なだらかに広がる土地。ここは、つい、この間まで田んぼだった。でも、収穫が終わった今、ここにあるのは、ただ、田んぼの上に残る、収穫された稲の切り株だけ。

 それを、あたしとおじいちゃんが眺めている。この光景は、いつ見ても……なんか、特殊な気持ちをあたしに与える。

「こんな広々とした処で、今まで、お米を作っていたのか。これって、すっごい、広いよね」って気持ち。そうだ、これはもの凄すごく広いのだ。意味がないくらい、広いのだ。

 あたしとおじいちゃんは、並んで立っている。ちょっと前まで、あたしはおじいちゃんの車椅い子すを押していたんだけれど、おじいちゃんは車椅子から立ち上がって、あたしの手を握っている。この田んぼの向こうには、この地域で収穫されたお米を貯蔵している倉庫がある。それが、切り株だけの土地の、はるか向こうに、ちらっと見える。

 あたしの手をおじいちゃんがぎゅっと握る。

「ゆたか。本当にいいのか? おまえは本当に」

 ぎゅっと。あたしは、おじいちゃんの手を握り返す。

「いいんだよ、おじいちゃん。あたしは、やるつもりなの」

 そうだ。やるつもりなの。

 これは多分(じゃなくて絶対)、違法行為。そんなこと、あたしだってよく判っている。そしてあたしがそれをやってしまうと、おじいちゃんが多分(じゃなくて絶対)、すっごく苦しむこと、それもよく判っている。でも……これは多分(じゃなくて絶対)、〝もの凄く正しい〟ことなのだ。少なくとも、あたしはそう思っている。

 だから、ぎゅっ。

 おじいちゃんの手を、ぎゅっ。




 ここは、島だ。いや、島というには広い。とはいえ、大陸と呼ぶには程遠い。おじいちゃんが生まれた頃(やっとワープ航法が一般的になり、宇宙船が光速の壁を超えて移動できるようになってちょっとした頃)、地球日本からの移民船がついた島。大変微妙な面積。だからまあ、いろんなものがいろいろと微妙だった。

 まず、島であるのに、かなり平坦。平野が島の大半を占めている。(地球の場合、島と呼ばれるものには、あまり平野がないことが多いらしい。火山等の関係で、海の中でそびえたった土地が、島と呼ばれることが多いのだから。)とはいえ、この平野が、あたしの知らない地球規模でいえば広いのかというと……そんなにまあ、広くはないよね。この島のことを、おじいちゃん達の世代のひとはネオ・ジャパンって称していて……まあ、地球日本からの移民達が、新たにこの星に地球の日本の飛び地を作ったって感じでいたらしい。

 おじいちゃんは、移民船の中で生まれたひとだから。だから、当然、おじいちゃんも地球のことを知らない。あたしなんて、〝知らない〟だけじゃない、「我々のルーツは太陽系の地球にある」っていくら初等学校の授業で教えられても、そもそも、太陽系ってものが感覚的によく判らない。いや、他の星系だってことは判るのよ、頭では全部理解できている。3D宇宙図で太陽系の映像だってよく見せられた。その地球の映像を拡大すると、大陸の脇、海の中にぽつんとある、弧こ状の列島が見えてくるのも判る。大陸の端っこに寄り添っているような、脇には大きな海が広がっている、そんな映像をよく見せられた。そして、それが、地球日本だって教わった。あたし達のルーツは、太陽系の地球にあるだけじゃなくて、そもそも、この弧状列島にあるんだって何度も何度も言われた。けど……それが、何?

 この惑星には、あたし達が住んでいるネオ・ジャパン以外にも、いくつかの国がある。いやまた、〝国〟っていう概念があたしにはよく判らないんだけれど……えー……その……地球から纏まとまって国家主導の下やってきた移民が、その場所を、地球と同じ名前にする……こと? それが、〝国〟? (多分違うと思う。)

 あたしが住んでいる処は、ネオ・ジャパン。同じく、ニューアメリカとか、新中国とかって名乗っている地域があって(うちの島ではない。もっと別な処に)……ここは、おじいちゃんに言わせると、〝外国〟なんだっていう。それから、ちょっと後に民間の船で来た、国として名乗っていない、そんなひと達が住んでいる処もある。

 はい。〝外国〟。ないしは〝国〟。これもまた、あたしにはまったく判らない概念なんだけれど……おじいちゃんには当然の概念らしい。

 えーと……おじいちゃんの親(つまりは、あたしにとってのひいおじいちゃん達だ)は、地球星人なんだ、よね。そして、この惑星にある、他の国のひとも……アメリカ人とか中国人とか、おじいちゃんが自分のことを「日本人」だって主張する意味では、アメリカのひととか中国のひとって言えばそうなんだろうけれど……でも、このひと達、みんな、地球星人ではないのか? あたしにしてみれば、そうとしか思えない。みんな、地球星人。それを、自分の出身地に則のつとって、日本人だの中国人だのアメリカ人だのって名乗る気持ちが……全く判らない。どう考えても同じ星で生まれ育った、同じ動物のホモ・サピエンスなんだから、纏めて地球星人で何が悪いの。

 まあ、でも。現在の状況は、そんなものなのだ。なんか、〝国〟っていう概念が、少なくともおじいちゃんの世代には、ある。(あたしの親世代は、微妙。あたしの世代では……ないっちゃ、ない、な。うちのおじいちゃんは言わないけれど、おじいちゃん達の世代のひとに、「おまえ達の世代にはほんとに愛国心ってものがない」ってよく言われるんだけれど……それ、何よ?)

「これは私も話で聞いているだけなんだけれどね、移民に乗り出す当時の地球日本では、〝少子化〟というのが非常に問題になっていたようなんだ」

 おじいちゃんの昔話に、必ず出てくる言葉がこれ。〝少子化〟。でもって、実はこの言葉、今のあたしはもの凄くよく知っている。

「親おや父じの話では……ああ、ええと……ゆたかにとっては会ったことがないひいおじいちゃんの話では、これの原因は、当時の日本で、さんざん取り沙ざ汰たされたらしい。何な故ぜ、子供の数が減ってしまうのか」

 うん。

「まず、子供の養育に費用がかかりすぎるということ。その為、多くの世帯では、経済的な問題で子供を作れなかった。生物の自然として、子供を生むことができたとしても……その子を自分達と同じ程度まで教育することが、経済的にむずかしかった。あるいは、一人は子供を作れても、二人目の子供を育てるのが経済的に辛かった。二人以上の子供ができた場合、最初の子と同じ程度の経済的資源を次の子供には割けないことが自明だった。当然、その子供に与えることができる教育の質は、劣ってしまう」

 まあ……これでは子供が少なくなるに決まっている。当たり前だが、人間は哺ほ乳にゆう類なので、男と女が番つがいになって子供を作る。そして、一カップルの男と女の間に生まれる子供の数が、二を越していなければ、そりゃ、人口はじり貧になる(だって、できた子供が全員大人になって次世代の繁殖ができる訳じゃないからね。故ゆえに、二では、足りないのだ)。そして、ある程度の水準の文化に浴している人間は、自分の子供が、それ以下の文化でしか育てられないことに諾うべなわない。それも、また、判る。なら、年を経へる毎に、人口曲線はあきらかに収しゆう斂れんしてゆく筈はず。

「また。まったく違う話もあったんだよ。当時、地球では様々な化学物質の影響でか、地球温暖化という異常な気象変動の為でか、野生動物の繁殖もあやしくなってきているという傾向があった。勿もち論ろん、人類も地球産の動物であるので、それらの影響を受け、人類自体が減少傾向にはいっていた、という可能性も、ある」

 その場合は。確かに、これは、人間が努力して何とかできるものではないよね。

「それからまた。まったく違う話もあったんだな。これは、当時の社会状況の話なんだが……その頃は、社会のあり方というものが、今とはまったく違っていてね。人口減少が問題になる前までは、夫婦はあんまり平等ではなかったんだ。男が女を養い、女は男に養われる。だから、社会的にやらなければいけないことはすべて男がやり、そのかわりに子供の出産とその養育と、家事って呼ばれている〝子供の養育場としての家庭〟を維持する仕事は、すべて女がやらなきゃいけないことだったんだ。〝出産〟と〝子供の養育〟と〝家事〟は、社会的に認められた〝仕事〟ではなくて、〝女がやって当たり前のこと〟だったんだ。男は仕事をして、女子供を養っているのだから、それは偉くて大変だ。だが、女は、ただ、当たり前のことを当たり前にやっているだけ。その労働を認められる訳でもなく、評価される訳でもなく、むしろ、やらなかったり失敗したら、ひたすら責められることになった訳だ。男が苦労して養って〝あげて〟いるのに、〝養ってもらっている女〟が、当たり前のことができないのなら、それは、女の方の不備だって」

「…………」

 あたしが。もの凄く不満な顔をしているのが判ったのかな、おじいちゃん、笑って。

「勿論、今、ゆたかが思っているとおり。これは……当時の男性は絶対に認めなかったのだが、女性にかかっていた負担が多すぎた。というか、あきらかに、何か変だ。子供の養育、つまり次世代の養育っていうのは、動物にとって非常に重要……というか、それ以上に重要なことはないよね。なのに、社会的に、重要であるのは男がやっている〝仕事〟であって、女がやっている子供の出産と養育は、やって当たり前のことだと思われていた。そういう扱いを、ずっと女は強しいられていて……当然のことながら、時代が進むと男に養われるだけの状況に諾わない女性がでてきて、彼女達が社会に進出し……その結果、少子化が進んでしまった、という意見もある」

 むうううう。あたしの不満顔はもっとふくれる。と、おじいちゃん、またちょっと笑って。

「これは、そう簡単な問題ではないんだ。この時代……女性がひたすら差別され搾さく取しゆされていたっていう訳でもないんだ。……いや、女性はそう思っていたかも知れないんだけれど……当時の常識は、そういうものではなくて」

 そういうものではなくて。じゃ、どういうものなんだ。

「何て言うのかなあ……常識が、今とは違う。ゆたかには判らないことかも知れないけれど、〝社会の常識〟というのは相当の拘束力を持つ。だから、常識が違う社会というのは、まるで違う世界なんだ」

 でも、だからって、女性が社会に進出したから、だから女性が少子化の犯人扱いされるっていうのは、あんまりだろうと思う。

 と。

 こんなあたしの心を読んだのか、おじいちゃん、まったく違う話題を口にする。

「それから……社会常識って言うのなら、LGBTQって問題もあった」

「それ、何」

「……まあ……ざっくり言って、性自認が本来の性別とは違うひととか……同性を愛するひと、そんなひと達を纏めた名称、かな。無茶苦茶おおざっぱなんだけれど」

 ああ、成程。そういうひと達は結構いる。昔は、そういうひと達にLなんとかかんとかって名称がついていたのか。(今では、そういうひとは普通にいるので、そういう名称はついていない。たとえば、色のうち、赤が好きなひとや青が好きなひとや黄色が好きなひとがいたとして――勿論いるんだが――、そういうひとに、別に名称をつけないじゃない。このひとは赤好きだから〝赤族〟とか、黄色が好きだから〝黄族〟とか。そんなの区別する意味がまったくない。だから、そういうひと達に個別の名称をつけ、他のひとと区別することは、今では、ない。)

 ただ。たったひとつ判ることは……こういうひと達は、人口増大にあんまり関与していない。でも、ひとというのは、人口を増やす為に存在している訳ではない筈だから……。

「そこで」

 おじいちゃんはくすっと笑う。

「昔。地球を出て……この惑星に移民しようとした時。私達の先祖は、思った訳だ」




 何故、人口は減っているのか?

 子供を養育するのが辛いという社会状況のせいなのか?

 それまで、男に隷れい属ぞくするしかなかった女が社会的に目覚めて、社会進出をしてしまい、そのせいで殆ほとんど女性任せだった子育てに遣う社会的な資源が、減ってしまったせいか?

 あるいは、男と女っていう性別による社会に納得ができなかったひと達が増えてしまったせいなのか?

 だから。当時の社会は……もの凄い勢いで、頑張ったらしい。学業に対する各種制度が充実し、片親しかいない家庭に対する保障も素晴らしい勢いで充実し……でも、それは、人口減少に対して、何の効果も及ぼさなかった。

(ここで。温暖化やホルモンなんかの問題で、「そもそも野生動物が繁殖しにくくなってきてしまった」っていう地球環境問題は、無視された。いや、だって、それを問題にしちゃうと、も、どうしようもなくなっちゃうからね。本当にどうしようもない問題は、無視するのが当時の地球では当たり前だったらしい。)

「私達の先祖は、思った訳だ」

 おじいちゃんは台詞せりふを続ける。

「そういうのとはまったく違う理由があるのかも知れない、と」

 そうだ。それが、惑星間移民が進んだ、本当の理由だ。

「それまで、人口はずっと、右肩あがりだった。当時の社会を思えば……少なくとも日本の場合は、戦争なんかがあって、人口が減ってしまった場合を除いては、ずっとずっと、人口は右肩あがりで増えていった。だが……歴史的に言って、人口がもの凄い勢いで減ってしまった、そんなことが、あった。……いや……人口、減るなんてもんじゃないわな、一部地域のひとが絶滅しかかったことだって、あったんだ。飢き饉きん、という言葉を、ゆたかは知っているのかな」

 飢饉。

 この言葉を口にした時の……おじいちゃんの声は、重い。

「気象的な問題で、米が、いや、すべての穀物ができなくなったこと、〝飢饉〟という言葉は、それのことだ。食べるものがない。……いや、勿論、私はその時のことなんか知らない。というか、今、私なんかが〝飢饉〟という言葉を口にしたら、あるいはご先祖様に怒られるかも知れない。そのくらい、今までの生涯において、御飯に不自由をしなかった私なんかが言ってはいけない言葉、それが〝飢饉〟なのかも知れないのだが、昔は、そんなことがあったんだよ」


 飢饉。

 これは凄い言葉だ。この言葉が意味することっていえば……その……とにかく……御飯が、ない。食べるものがない。これに尽きる。

 でも、これがもう、どういう状況であるのか、あたしには感覚的に判らない。

 けど、そういう状況が……あった、らしい、のだ、昔には。

 そして。それを回避する為に。

 いや、そのずっと前から。

 人類はやっていた。

〝農業〟というものを。


 そもそも。

 それまでの人類の発展は、〝あり得ない〟ことだった。だって。

 人類は、とにかく増える。それまで、ずっと、増え続けていた。右肩あがりでひたすら人類が増える、だが、こんなことは、普通あり得ない。

 あり得ない。とある一種類の動物が、ずっと右肩あがりで増える、増え続けるのが普通である……そんなこと、絶対にあり得ない。

 何故かっていえば、自分達が増えすぎてしまえば、自分達のエサである捕食される動物が減る、ないしは自分達を養ってくれる植物が減る、それで、すべての動物は……ある程度以上は増えられないようになっているのだ。自然が、世界が、その動物がある程度以上増えないように、それを抑制しているのだ。これで、調和がとれているのだ。

 そもそも〝飢饉〟というものは、「人類はこれ以上増えるのやめましょうね」っていう、〝自然〟からの、〝世界〟からの、注意信号だったのだろうと思う。

 だが。

 人類は、それを乗り越えて増えてしまった。

 あり得ないことに。


〝農業〟。


 ……これは……。

 すごい発明である。これは、食物連鎖ピラミッドの下層を勝手に増やす、ピラミッドの頂点にいる人類が、勝手にピラミッドそのものを拡張してしまう、そんな掟おきて破りの、そんな無茶な方策だ。だが、確かにこれをやっている限り……人類は、増え続けることができた。

 だから、人類は、無理に無理を重ねた。〝飢饉〟なんてマイナス・インパクトがあったら、もう、全力でそれを跳ね返すように努力した。

 とにかく、人口は増え続ける。農業は、更に無理を重ねる。改革を重ね、新しい方策を考えつき……そして、どう考えても〝養えない〟、そんな数の人間を、養い続ける。(また、牧畜だの魚の養殖だの、そういう〝食物連鎖ピラミッド〟の下層を無理矢理増やす行為だって、人類はやった。やり続けた。)

 だが。これがそのまま増大する為には……右肩あがりで増え続ける人類を養うことができる、そういう、〝新たな土地〟が、絶対に必要なのだ。農業をやる、牧畜をやる、養殖をやる、そんな土地。それが、フロンティア。増えすぎてしまった人類を養う、食物連鎖ピラミッドの下層を拡張することができる、そんな植物や動物が繁殖することができる、新たな土地。

 でも、当時の地球は、すでにどこもここも開発され尽くされていて……〝新たな土地〟というものがなかった。


 だから。

 惑星間移民というものが、成立した。

 新たな土地、フロンティア。

 これを手にいれる為に、惑星間移民は成立し、あたしの祖祖父母、そして、おじいちゃんは、この星にやってきた。

 でも……。




「何が間違っていたんだろうか……」

 おじいちゃんは、しみじみと、言う。

「結局。新たな土地があっても、それでも……それでも、人類は、増えなかった」

 うん。事実が、そうである。

 フロンティアを求めて、新たな土地を求めて、そしてやった移民事業も……今では停滞している。何故ならば、少子化ということ自体が……この、ネオ・ジャパンでも、ニューアメリカでも、新中国でも、同時に起こっているからだ。あたしが、〝少子化〟って言葉をよく知っているのは、別におじいちゃんに聞いたからじゃない、あたし自身が、この言葉をよく聞いていたからだ。開発するべき土地があっても、それで〝新しい土地〟がどんなにできても、この土地で農業が発展し、素晴らしい程の量のお米が収穫されても……それでも、減ってしまうのだ、人口は。新しい、まったく手つかずの、いくらでも開発ができ、農業が盛んな土地に来ても……それでも、何故か、人口はあんまり増えなかった。

 いや、最初の頃はね、おじいちゃんの世代ではね、一組の夫婦の出生率は、二を超えていたのね。だから、移民政府はもの凄く喜んだのね。

 でも。二を超えているっていっても、それは、二・三とか、そのくらい。これでは……成人になる前に事故や病気で亡くなってしまう子供がいる以上……あんまり、人口、増えることにはならなかった。よくて横ばい。

 そして。うちの親の世代になると、出生率はもっと減った。一・八とか。

 あたしの世代になると……あたしはまだ十六歳なので、同世代で結婚しているひとはほぼいないんだけれど……あたし達の世代が繁殖しだしたら、この数は、もっと減ることになるだろう。この数字は、公式にはまだでていない。でも、一・八を下回ることは確実。


 だが。

 まったく違う数字を叩き出している処もあるんだ。




 国主導の移民事業ではなく、民間が勝手にやって、そして勝手に移民してきてしまったひと達。

 このひと達は……あたし達とは違って、〝国〟というバックボーンを持たない。とにかく当時の地球から逃げ出したかったひと達が、適当に移民船を調達し、逃げ出してきた、そして、この星に居ついてしまい、順次纏まって居住区を作り、そしてそこで発展した、そういうひと達だ。一般的に、〝匪ひ賊ぞく〟とか、〝ならずもの〟とか呼ばれている、そんなひと達。

 だから、彼らは、この星の空いている処に適当に移住し、適当にそこに集落を作り、そこで……。

 そこで、発展してきたのだ! 増え続けているのだ!

 そうだ。

〝匪賊〟とか〝ならずもの〟とか言われていても、このひと達は、この星において、悪いことは何もしていない。略奪行為なんてまったくやっていない。だから、このひと達が〝匪賊〟って呼ばれるのは不当なんだが、とにかく、そう〝呼ばれて〟いるひと達。(というか、このひと達と、ネオ・ジャパンの人間は、殆ど交流がない。だから、略奪行為をしているのかどうかなんて、ネオ・ジャパンのひとに判る訳がない。それは、ちょっとでもこのひと達と交流しているあたしは、もう絶対に断言できる。)

 だから。〝匪賊〟とか〝ならずもの〟っていうのは、ただ、何となく、自分達より劣っている筈と思われている人々が発展した場合、それをよく思わない、自分がより上位だと思っている人間が、つまりは国主導でやってきたひと達が、意図的に彼らを貶おとしめようとして言っているだけの言葉だ。

 でも!

 だが!

 このひと達の社会には、今の処、〝少子化〟という問題が発生していない!

 何故か。

 それはまったく判らないのだが……とにかく、このひと達の社会には、この問題が存在しないのだ。みんな、見事に子供を生むし、増えている。

 一人の母親が六人も七人も子供を生む。

 勿論、一応〝国〟とかいうものをなしている他の地域に比べれば、このひと達の社会はまだ未成熟だ。(というか、社会保障というものをやってくれる〝社会〟そのものが、まだきちんと成立していない。)医療水準もあんまり高くない。故に、幼児死亡率は高い。けれど、生まれた子供の、仮に半数が死ぬとしても(勿論、幼児死亡率はそこまで高くはない)、二人の親から生まれた、三人以上の子供が生き残れるのなら……その社会は、〝増えて〟いるのだ。

 ネオ・ジャパンが。ニューアメリカが。新中国が。

 心の底から欲しがっている、望んでいる、希こいねがっている〝それ〟を。

 そもそも〝国〟として認められていない、勝手な民間移民のひと達がなし遂げていたのなら……。


 ここから先は、あたしの邪推だ。

 このひと達のことを……ネオ・ジャパンを筆頭にした、他の〝国〟は、嫉しつ妬とするだろう。

〝国〟として認められている、そのどの〝国〟だって、間違っても〝そう〟とは言わないだろうけど……絶対、意地でも言わないだろうけど……でも、嫉妬、したんだよね。

 だから。

 この星に存在している〝国〟は、新たに発生した、〝国〟主導ではないこの新興勢力のことを無視したのだ。……地理的に言って、すぐそばにあるのに、それらの地域のことを、〝ないこと〟にしたのだ。

 故に、この惑星に勃ぼつ発ぱつ的に発生した、人口が増えている地域を、この星の国家は、対等な〝国〟として認めていない。(いや、そもそも、〝国〟って何なんだか、あたしにはよく判らない。)当然、交流もない。貿易の類たぐいも一切ない。

 これは、もともとの地球ではあり得ないことだったろうと、あたしは思う。

 自分の国で作れないものを作っている地域があるのなら、欲しいものを相手が作っているのなら、そりゃ、どんな〝たてまえ〟があったとしても、それ無視して貿易をするのが普通だよね。でも……。

 ネオ・ジャパンも、ニューアメリカも、新中国も、ある意味では、たったひとつの要素を除いては……自分達だけで満足して、安定していたんだよね。

 移民事業はある意味で成功し、社会はそれなりに豊かになった。現時点で不足している物資は特にない。ただ……人口が増えないだけだ。

 そうだ、欲しいのは〝人口が増える〟という事実、それだけだ。

 とはいえ、〝増えている人口〟を貰もらう訳にも、奪う訳にもいかない。(大体、地球の国の名前をそのまま自分達の土地につけ、そういう〝国〟を作ってしまったのだ、こういうメンタリティを持った国々は、自分の処で増える以外の人口を欲しがる訳にはいかなかったのだろう。それにまあ、現実に増えている新興勢力の人々にしても、まさか、〝ひと〟を輸出する訳にもいかなかったんだろうと思う。大体、〝ひと〟って輸出するようなものではないし。それこそ、〝奴ど隷れい貿易〟か? そんなこと、あっていい訳がない。)

 普通だったら。これらの地域と〝国〟に交流があったのなら。移民を受け入れるっていう選択肢しがあった筈だ。〝増えている〟地域から、どんどん移民を受け入れ、そして、ネオ・ジャパンの人口が増える。こういう政策をとるという手段はあったのだが……どの国も、それをやらなかった。不思議なことに、何故か、断固として……これをやらなかった。

 あたしは、思う。

 だから……きっと、ここに、〝嫉妬〟があったんだろうなって。

〝嫉妬〟しているからこそ……そして、それを絶対に認めたくないからこそ……ネオ・ジャパンは、そして他の国も……それをやらなかったんだろうなって。


 だが。


 民間の船で移住してきたひと達には、難点があった。

 圧倒的な資金力、まあ、〝国〟じゃないんだけれど、気持ち的に、〝国〟としての体力の不足である。

 国主導で行われた、ネオ・ジャパンの移民は、その背景に、〝地球日本国〟というものがあった。予算的に、これは地球の日本がバックアップしており、移民当初の頃、かなりの勢いで地球日本から〝応援船〟がつき、それは、ネオ・ジャパンの社会を整備する助けになった。ニューアメリカも同じく。(というか、ここ程裕福な移民地帯はないってくらい、地球アメリカからの援助が凄かった。)新中国も、似たようなもの。

 なのに。当たり前だけれど、民間の船には、そんな援助は、なかった。どこからも、なかった。ある筈がない。

 援助をもとにして、ネオ・ジャパンがまずやったのは、お米の栽培。あっという間に、ネオ・ジャパンの平野部は、かなりの部分が水田になり……その、収穫された跡を、今、あたしは見ている。




 そうなんだ。

 今、あたしは見ている。

 切り株だけになった、そんな、以前田んぼであった処を。


 広い。

 広すぎる。


 只ただ今いま現在。

 ここで収穫されたお米は、そのまま精米され、あたし達の社会に流通している。あたし達はそれを食べている。けれど。

 実の処、それは余っているのだ。

 いや、ほんと、これ、大事。

 今、お米は余っているのだ。少なくとも、この、ネオ・ジャパンでは。

 この世界に移民船が着いた時、移民船にいたひと達は、移民が全部、そのまま右肩あがりの人口曲線を描くものだと思っていた。というか、それこそが、それだけが、その時の人々にとっての夢だった。だから、その、増えるべき人口曲線に備えて、お米の生産量を調整した。

 そして、AIは、この命令を遵じゆん守しゆした。

 だから、只今。

 今、枯れてしまっている田んぼでは、かなりのお米が収穫されたのだった。

 ひとが減ってしまっている現状、そこまでのお米は必要がまったくない、それは誰だって判っているんだけれど。

 でも、お米は作られる。

 だって、それは夢だったから。希望だったから。希っていたことだったから。

 誰も。

 実際に、余計なお米が収穫され、なのに人口が減ってしまい、余っているお米をどうしていいのか判らない事態に陥おちいってしまうなんてこと……想定なんてしていなかった。結果、お米がどうなっても……誰も、これをどうしていいのか判らなかった。減げん反たん政策なんて、とられる訳がなかった。

 だから。

 只今のネオ・ジャパンでは、かなりの量のお米が余っているのだ。

 そして、余っているお米は、貯蔵される。まあ、お米ってかなり保存がきくものだから。古こ米まい、古古米、古古古米……って、どんどん貯蔵庫に貯蔵される。

 また。他の野菜も、肉も、〝そう〟なのだ。只今では本当に冷凍技術が進化していて、大抵のものは、以前では考えられない程の長期間、保存ができる。さすがに、お米程ではないのだが、今、ネオ・ジャパンの国営冷凍庫の中には、結構凄い量の野菜やお肉が冷凍されている。

 この現実を知った後でも。

 あたしは、ずっと、何もしなかった。

 いや、何もできなかった。というか……何かしなきゃいけないとは、思わなかった。

 でも。

 今では、違う。

 少なくとも、今のあたしは、違う。


 ずっと、ずっと続く、切り株だけが残っている田んぼ。

 必要なお米を収穫した後、ただ、その跡に残されている切り株……これは、いわば、田んぼの廃墟なのだ。

 そして。

 只今現在のこの星には、このお米を心から必要としているひと達がいる。

 勝手にやってきた、国家主導ではない惑星移民の人々。このひと達は、それこそ、〝飢饉〟といえるような状況に対面しようとしている。今はまだ、〝飢饉〟といえる状況にまでは至っていないのだが、遠からず、このひと達は、きっとそんな状況になってしまう。そんでもって、ネオ・ジャパンでは、お米が余っている。なら、あたし達がやれること、そしてやっていいことは、ただのひとつだと、あたしは心から思っている。

 うん。

「売れよっ!」

 って、あたしは心の底から主張する。

「本当に心からお米を欲しがっている、今、飢饉になりそうなひと達が、同じ星の上にいるんだから。なら、お米くらい、売れよっ!」

 なのに、売らない。

 ネオ・ジャパンは、〝国〟ではない泡ほう沫まつ移民達とは、関係を持つことができない。ネオ・ジャパンの運営を設定されているAIは、初期設定により、移民と関係を持つことができない。(というか、そもそも、国家主導ではない勝手な移民は、当初では想定されておらず、そんな移民が発生した後も〝国家〟としては認定されておらず、従って、必然的に、関係が設定されていない。)

 いや。そんなことはどうでもいいや。

 人道的な見地からいえば、それ、売るんじゃなくて、そのまま渡せばいいんじゃないのか?

 でも……できないのだ、それは。

 そもそも、今、ネオ・ジャパンを維持しているAIは、他の、国家によらない移民達のことを認識していない。というか……できない。そういう設定になっていたから。


 この事態を政府が容認してしまった背景は。やっぱり嫉妬だったのだろうと思う。

 どうして、あいつらは、増えているのだ。

 どうしてだかまったく判らない。なのに、増えているのだ。

 ……これはもう、嫉妬するしかなくて……。

 だって、あいつらは、増えているんだ! 増えているんだもの!


 ただ。

 あたしは。

 今、ここに、おじいちゃんと一緒に立って、そして、この切り株を見ているあたしは。


 あたしは、違う。


 こんなやつらとは、違う。

 だから。


 くいっ。

 右腕を、大きく上げる。

 これは、合図だ。この合図によって、切り株が残っている田んぼとは逆方向、海岸線の方で、ちかっと何かが光った。これは、双眼鏡か何かで、あたしのことを見張っていた誰かが、この合図を受けたという証拠。


 あたしは。

 クーデターというものを、起こしたいと思っている。




 ちょっと前。

 あたしは、海で遊んでいて、遭難した。まあその……親や先生に言われていた、行っちゃいけないっていう、離り岸がん流りゆうがある処まで行っちゃって……自分でも信じられないくらいの距離を流されてしまい……有あり体ていに言って、溺おぼれてしまった。死ぬかと思った。いや、実際……助けてくれるひとがいなかったのなら、この時あたしは死んでしまっただろうと思う。

 この時、あたしのことを助けてくれたひとがいて、それで今、あたしは生きている。

 あたしのことを助けてくれたのが、〝匪賊〟のひとが乗っていた船だったので、最初あたしは物凄くぴりぴりしてしまった。

 ただ、まあ、当たり前だけれど、あたしのことを助けてくれたひとは、まったく普通のひとだったんだよね。変なひとでもなく、怪しいひとでもなく、普通に溺れているあたしを助けてくれ、あたしを船に収容してくれ、そしてあたしのことを介抱してくれた、そんな普通のひと。

 そんでまあ、これはもう感謝するしかなくて……あたしは、そのひとの船で丸一日寝かせてもらい、そのひとと仲良くなった。

 あたしはそもそも、日本人もアメリカ人も中国人も、みんな〝地球星人〟だと思っている。〝匪賊〟のひとだって、みんな地球星人。なら、命の恩人が〝匪賊〟って呼ばれるひとだとして、そのひとと仲良くして、それの何が悪いっていうの。

 それまでは、〝匪賊〟のひとって、もうまったく同じ人間だとは思えないようなことを言われていたから、そんな話しか聞いていなかったから、その後、定期的に連絡をとって会うようになった、そこで見聞きした〝匪賊〟のひとの生活は、目から鱗うろこが落ちるようなものだった。

 そして。今、このひと達が本当に〝飢うえそうになっている〟こと、このままでは間違いなく飢饉が発生してしまうこと、それが、本当に本当に判ってしまった。

 だからあたしは……。


 ぐいっと、右手を振り上げる。

 これは、合図だ。

 ここは、田んぼの廃墟である、切り株だけが残っている土地であるのと同時に……この辺で最も海に近い土地でもある。また、海岸線の関係で、この近辺で最も船がつけやすい、上陸しやすい地形になっているのだ。そして、田んぼの廃墟の向こうには、ネオ・ジャパンの食糧貯蔵庫がある。

 このあたしの合図を基にして。

 今、飢えているみんな。ネオ・ジャパンの国民ではないみんな。〝匪賊〟って呼ばれているみんな。

 そんなひと達が、あたしの合図によって、襲いかかるのだ。

 この社会に。

 この世界に。


 あたしは、おじいちゃんの手を、ひたすら握り続ける。

 ぎゅっ……って。

 ぎゅっ。




 丸一日遭難して、あたしが家に帰ってきた時。あたしのことを海で死んだって思っていた父と母とおじいちゃんに何度も何度も抱きしめられて。遭難していた間、どんなことがあったのかって聞かれて。

 でも、この時のあたし、その間の詳しいことを、最初は誰にも話せなかった。この時は、〝匪賊〟のひとに助けられたってこと、なんか抵抗があって言いにくかったし……それに、彼らとまた会う約束もしていて、それは言ったらいけないことだって気もしていて……だから、何となく、「よく覚えていない」「ぼーっとして」「なんか船に乗っているひとに助けてもらったんだけれど、あたしはしばらく寝ついていて」、なんて誤ご魔ま化かしていた。

 最初のうちしばらくは、父と母、ひたすら追及を続けていたんだけれど、両親には仕事がある。結構忙しい。なので、「ネオ・ジャパンのマリンレジャーをしていた善意のひとがあたしのことを助けてくれて、翌日、あたしのことを自宅の近所の海岸線まで送ってくれ、面倒くさいからうちの両親とは話をしないまま帰っていった」ってことで、親は納得してくれた。

 ただ、もうかなりいい歳としになって、車椅子じゃないと動きにくくなっているおじいちゃんは……おじいちゃんだけは、毎日大体家にいて、こんなあたしに誤魔化されず(それにあたしが、誰にも内緒で〝匪賊〟のひとに会う為に、勝手にちょくちょく外出するのに気づいていたし)、両親程性急ではなく、根気よく、わざと話を脱線させながらも、あっちこっちあっちこっち寄り道しながら、あたしの話をずっと聞いてくれて……こんな聞かれ方をされてしまうと。結局あたし、おじいちゃんにはすべての経緯を話してしまった。

 〝匪賊〟のひと達に助けてもらったこと。そして……自分が〝匪賊〟のひと達を助けようと思っていること、そんな、すべてを。

 本当にそんなことをやるつもりなのかって、おじいちゃんは何回もあたしに聞いた。

 あたしは何回もそれに答えた。これはやっていいことなのだって。いや、むしろ、やるべきことなんだって。

 うん。この結論は間違っていないと思う。

 でも……ぎゅっ。

 何かよく判らないけれど……ぎゅっ。


 あたしは、おじいちゃんと一緒に、立っている。

 この世界に。

 あたしはおじいちゃんの手を握る。車椅子に乗っているおじいちゃん。今は、あたしと一緒に無理矢理立っているんだけれど、さっきまでは車椅子に乗っていたおじいちゃん。その手を、ひたすら……ぎゅっ。




☆




 ぎゅっ、と。

 手を握られた。

 ……ああ……。


 孫が。ひたすら私の手を握ってくる。

 孫は、この世界の物理資源を分配しようとしているのだ。

 まあ、大変判りやすく言うのなら、ネオ・ジャパンで余っている食糧を今増えている連中に分配しようとしている。

 これは、ある意味、正しい。


 だが、おそろしい程に……間違っている。


 孫は。

 まだ本当に子供だから。

 自分の命を助けてくれたひとに恩を返す、それに何か問題があるとは思っていない。むしろ、積極的に、とても正しいことだと思っている。恩人の態度に、何の疑問も抱いていない。

 だが、さすがにある程度年をとった私には判る。

 勿論、そのひとは、最初はほんとに単純に孫の命を助けてくれたのだろう。その好意を疑うことはない。けれど……。

 詳しく話を聞くにつれ、私の心の中には疑問が湧いてきた。

 孫の話の中にでてくる〝恩人〟がやっていることに、聞いてくることに、あまりにも、あまりにも恣し意い的だろうと思われる箇所が、多々、見受けられるのだ。何よりも、孫がネオ・ジャパンの国民であることを知ってからのちの反応に。

 孫の家がどの辺にあるのかを聞くのは判る、それは、孫を家に帰す為に必要な情報だからね。でも、食糧貯蔵庫の位置を聞く必然性が、どこにあるのか? また、その場所と、ネオ・ジャパンの海岸線の位置関係を聞く意味は? 海岸線、そして離岸流に対して、孫の家の位置を特定するような質問の意味は、どこにあるのだ。偶然にも、何かの僥ぎよう倖こうで、溺れかけていた孫を助けたそいつ、この時、我が家の位置関係と海岸線の関係、そして食糧貯蔵庫の位置関係を聞いて、おそらくは子供である孫を、ある意味、唆そそのかしたのではないのか?

 おそらくは。

 殆どの人間が、今の社会の状況を認識したら思うだろう。どう考えたって、〝匪賊〟に援助をするべきだって。これをやらないのは、人道に反することだって。

 だが。

 それと。

 ある意味、場合によっては〝戦争〟になってしまう、その場合、とても必要になる情報を、〝匪賊〟に齎もたらしてしまう……それは、まったく違うことなのだ。

 ぎゅっ。

 孫が私の手を握る。私も孫の手を握りかえす。

〝でも、それでもいい〟。

 孫の手を握りかえす私が思っているのは、そんな言葉。

 あるいは孫は、その〝恩人〟に踊らされているのかも知れない。いや、そうとしか思えない。だが、只今のネオ・ジャパンの政策は、間違っているとしか思えない。今、まさに〝飢え死に〟しそうになっているひとが、自分達が住んでいる処の側にいるのならば……孫が考えているような方策がいいとはまったく思えないのだが……孫がやろうとしていることは、正しい。孫が思っているように、飢えてしまっている〝匪賊〟が、ネオ・ジャパンから、余っているお米を奪う、ここまでは〝正しい〟と言ってしまってもいいのかも知れない。

 だが……いや。

 相手がどこまでのことを想定しているのか、それはまったく判らない。

 孫は、〝匪賊〟の人々が、ただ、食糧貯蔵庫に勝手にはいって、米を強奪してゆくだけ、〝匪賊〟の人々がやろうとしているのはそれだけだと思っている。だが……果たして、それだけで話が済むのか……。

 済まなかった場合。最悪、それまでこの惑星にはなかった事態、戦争、というものを、引き起こしてしまう可能性も……あり得るのかも知れない。


 孫は。

 ネオ・ジャパンの米の貯蔵庫が襲われる、これだけのことしか、認識していないだろう。だから、これを、単なる〝強奪〟だと思っている。そんな気持ちが、漂っている。まあ、実際、これは、これだけなら、単なる〝強奪〟にすぎないのだ。

 その上、孫は、この〝強奪〟が強奪として認識されないだろう、だなんていう、とても甘い夢をみている。まあ、その気持ちは判らないでもないのだ。確かに今、ネオ・ジャパンでは米が余っている。余っているものが減ったとして、それを積極的に気にして、それを問題視するひとがいるとは思えない。それは本当にそのとおりだ。

 だが、今、食糧貯蔵庫の管理をしているのは、〝それを気にしない人間〟ではないのだ。AIである。いきなり、備蓄されている米の量が減ってしまったら……人間は、気にしないかも知れない、そこまでチェックをしないかも知れない、だが、AIがそれを認識しない訳がない。

 そして、それを、孫を唆した〝匪賊〟が、認識していない訳がないのだ。


〝匪賊〟は。間違いなくそれを判っている。

 他国の勢力が(これは簡単に〝軍勢〟と言い換えられる。実際、この二つは、少なくとも〝襲われた〟人々にとって、同じことだから)、自分の国の米の貯蔵庫を襲い、そして、食糧を奪いさったのなら。これは、〝強奪〟ではない。〝侵略〟だ。

 孫には。

 どうも、〝国〟という概念がよく判っていない気配がある。

 だが、事実は、事実だ。

 孫が画策したこの事態は……単なる、〝食糧がない人々が食糧がある処を襲って、それを強奪した〟というものとは、まったく違う絵図を描いてしまう可能性がある。

 これは、〝匪賊〟による、ネオ・ジャパンへの〝侵略戦争〟の始まりになってしまう可能性がある。

 勿論。

 孫がそんなことを考えていないことは、よく判っている。

 また……孫にいろいろなことを言っていた、〝匪賊〟だって、自分達の〝侵略〟がばれても、それと〝戦争〟という概念を直結して思っていない、そんな可能性はある。

 けれど。

 孫の命を助けてくれた、そんな〝匪賊〟が、まだ、考えてはいなくとも。

 いずれ……そういう話になってしまう可能性、それは、きっと、あるのだ。


 また。

 そこまでの事態に立ち至らなくとも……おそらくは、孫の努力は、徒労に終わるだろう。そんな気持ちが、只今の私には……ある。

 そうだ。

 私が何か、妙に平坦な気分で、只今の状況を眺めているのは、そんな気分が、あったからだ。

 この努力は、きっと、徒労に終わるだろう……。




 人類が、惑星間移民に乗り出した時、確かに、人類の多くは、考えていた。

 人口が減っているのは、フロンティアがなくなったせいだ、と。

 移民船の中で生まれ、地球のことを知らない私も、この考え方が正しいとずっと思っていて……思いたかったのだが……だが。

 今の私は、もっと違うことを考えている。

 自分が年をとってしまったせいか。

 何か、この〝考え方〟の方が、しっくりくるような気がする。

 今の私が考えているのは。


 人類は。

 認めたくはない、考えたくもないのだが……種として、晩年になってしまったのではないのだろうか。種としての終しゆう焉えんを迎え、あとは、静かに、体力が衰おとろえ、気力が萎なえ、そして衰退してゆくだけなのではないだろうか。


 人口は。

 増えない訳ではない、〝増える必要がない〟のだ。

 何故って、人類それ自体が、晩年を迎えてしまったから。

 勿論、これはまったく事実とは違う、悲観的な意見なのかも知れない。

 実際に、一部の国主導ではない移民達の間では、人口は増えている。

 だが、過去、地球でも、少子化が地球全体の問題になった時でも、〝増えて〟いたひと達は、存在した。それは、主に、生存が困難になったひと達だ。

 そのひと達の生存が困難になってしまったのには、いろいろな理由がある。

 戦争により母国を追われてしまったひと達。災害により自分の拠って立つ処である基盤がなくなってしまったひと達。社会に余力がなく保護の手が届かなくなったひと達。その他にもいろいろと……。

 生物は。

 外的要因により、圧迫され、生存が苦しくなった時には、一時的に増える。

 増えたって、もともとの〝生存が苦しくなった〟事態は、何ら改善されないのだが……それでも、増えることがある。

 そんな、末期の、最終的な反応として、移民後の〝匪賊〟は、増えているのではないのだろうか。

 それならば。

 待っているのは、ゆるやかな終末だ。

 何もカタストロフィはおこらない。何も酷ひどいことはおこらない。

 ただ、ゆるやかに、じわじわと、ひとの数が減ってゆき……そして。

 そして、いなくなるだけ、なのだ。




 ゆたか。

 私の、大切な、たったひとりの孫。

 おまえの名付け親は、実は私なんだよ。

 ひとり息子の配偶者が妊娠したと知った時、最初、私はそれを男の子だと勝手に思っていた。そして、用意した名前が、〝豊ほう作さく〟。

 この名前を提案したなら、おそらくはこれ、息子に却下されただろうと思う。いや、自分でも、今の時代の子供に〝豊作〟っていう名前はないだろうな、とは思う。かなり古めかしい名前なのだから。

 けれど、豊作。

 うちは、代々米作農家だった。(いや、私は、移民船の中で生まれたので、過去のことはそれこそ話でしか知らないのだけれど。だからこそ、話でしか知らないからこそ、それこそ余計な夢をみてしまうのかも知れないんだけれど。米作農家というものに憧れを抱いてしまうのだろうけれど。)

 豊作というのは、農家の夢だ。そして、〝農家〟の夢というのは……〝農業〟をやっている、すべてのひとの――つまりは、〝農業〟を作った、人類の、夢だ。

 実際に生まれたおまえが女の子だったので、〝豊作〟はやめて、〝ゆたか〟になった。

 命名権については、おまえのお母さんに、結構ぶうぶう言われたのだったけれど。(いや、おまえのお母さんが言っていることの方が正しいね。おそらくは生涯にひとりしか子供を生まない女性が、その子の命名権を持つのは至当だ。けれど、私は自分の我わが儘ままをおしとおしてしまった。)

 そのくらい……。

 ゆたか。

 おまえにつけた名前は……日本からやってきた我々の……夢、だ。

 あるいは、もう叶わないかも知れない……でも、昔あった、夢だ。

 夢である名前をつけることができて、おまえが精神的にとても〝ゆたか〟に……それこそ、ひとのことを思いやってくれる子供に育ってくれて、それを私はとても嬉うれしく思っている。

 そんな……いろいろなことを思い返しながらも。

 これから起こることを……ゆたかがしてしまうことを想像しながら……それでも。




 ぎゅっ。

 私の手を握る、幾分小さい、でもしっかりした、女の子の手。

 ぎゅっ。

 私もそれを握りかえす。

 それに、すべての意味を込める。


 そして……。



 ぎゅっ。


〈FIN〉