ヒーロー。天の岩戸という物語に、そんな横文字が登場するはずもない。

 いまのはきっと、台本にない、まひるの言葉だ。

「……っ!」

 アマテラスが引きこもっていた、岩戸がゆっくりと開く。俺はベッドから立ち上がって、パソコンの前に座った。

 ダンスも目立つことも苦手なくせに、苦手に苦手を上塗りして、なにをやってるんだ。

 必死すぎて、かっこ悪いにも、ほどがあるだろ。

「……あのバカ」

 呟つぶやきながらも俺は、途中まで進めていた編集作業を、もう一度再開する。

 いまの俺がやれる精一杯の『ヒーロー』は、きっとこれくらいだ。

「クラスの打ち上げ、三次会まで付き合わされた……」

 私はぐったりと言いながら、先に集まっていた花か音のちゃんとめいちゃんのもとに合流した。会場は私たちのバイト先のカフェバーで、めいちゃんが花音ちゃんのドリンクにストローをさそうとしているのを断られている。

「まあ、ヨルは今日の主役だもんね。ゲラゲラ笑ったよ~」

「ありがとう花音ちゃん……」

「呪のろいの踊り、素晴らしかったです!」

 すっごく純粋に投げかけられためいちゃんのズレた言葉に、私は苦笑しながらも、

「こちらこそ、三脚とかセットしてくれてありがと」

 感謝すると、花音ちゃんがぱあっと笑う。

「いいって! 届いてるといいね。キウイちゃんに」

「……うん」

 キウイちゃんにライブを届けるために演劇の前に三脚のセットをお願いしたけれど、二人にはキウイちゃんが噓うそをついていたことを伝えていないから、きっとただ幼おさな馴な染じみに自分の踊る姿を見せたかっただけだと思われているだろう。なんかちょっと恥ずかしいけれど、私はそれでよかった。

「……ん?」

 そのとき、私の携帯にDiscordのメッセージ通知が届く。

 見てみると、キウイちゃんからメッセージが届いている。イラストやデータを送り合うときによく使うメガアップロードのアドレスだけが送られてきていて、開くと一つの動画ファイル『完成 .mp4』がアップロードされていた。

「ね、これ……」

 二人に見せると、私たちは顔を見合わせた。

 三人で頷うなずいて、アップローダーの機能でそのまま動画を再生すると──。

「「「わあああ!」」」

 声が揃そろう。画面で再生されているのは、私の絵を使った、ミュージックビデオだ。

「もうできたの!?」花音ちゃんが驚く。「っていうかこれ、音声も……」

「楽器が一杯増えてます!」

 私の描いた少ない素材から、歌詞や背景、幾何学模様などを組み合わせてテンポよく。なんかすごくそれっぽいMVを作ってくれたキウイちゃんは、動画だけじゃなくてミックスまでやってくれていたみたいで。

 いや、ヒーローだとかなんでも出来るだとか思ってたけど、キウイちゃん、ちょっと私の想像を超えてるかもしれない。

 数分間、私たちはその映像に釘くぎ付づけになっていた。

「す、すごかった……」

「私とののたんの、初めての成果物……」

「いや四人のね?」

 感動している花か音のちゃんと、なんだかまたズレた感動をしているめいちゃん。私はめいちゃんに最低限のツッコミを入れつつも、スマホを持ってすっとカフェバーの勝手口から、屋外の階段へと抜ける。

 ビルの三階にあるこのお店の階段から見える景色はそこまで綺き麗れいではないはずだけれど、いまはすぐ近くの看板だとか街灯の光もなんだか、輝いて見えた。

 私がこうして外に抜けた理由は、ひとつ。あれからずっとステータスがオフラインだったキウイちゃん。けれどいまは覚悟を決めたようにずっとオンラインであることに気がついたのだ。

 自分から話しかけるのは、気まずいのだと思った。だから。

 私はえい、と気合いを入れて、キウイちゃんに通話を発信する。

 数回のコールのあと、キウイちゃんが通話口の向こう側に現れる。

「もしもし……キウイちゃん」

『……おう』

 元気のない声。気まずさとか罪悪感とか、そういうものが全部ごちゃ混ぜになってるんだと思う。なんだかそんな弱ったキウイちゃんは新鮮で、だけどいつも弱った姿を見せて励まされてるのは私のほうだったから、私はたぶん、励まし方も知っている。

「……私の踊り、見てくれた?」

『……見た。……下手すぎ』

「あはは。……やっぱり才能ないかな?」

 少しずつ、なんでもない言葉でこじれた関係をもとの位置になおすように。私はあえて本筋とは違う話題で、キウイちゃんと話した。

『……。……ごめん、噓うそついてて。それに、酷ひどいこと言って』

 頰ほおが緩む。

 その一言だけもらえれば、私はもうなんだっていいのだ。

「いいよ!」

 なるべく素直に、まっすぐ言った。

「キウイちゃん。じゃあ私からも一つ言わせて?」

 今度は少しだけ茶目っ気を入れて、懐に入るみたいに。

『……なに』

 キウイちゃんの声には少しだけ、警戒するような色がある。

「私が昔からずっと、キウイちゃんのどこが好きだったか、わかる?」

『……みんなの人気者で、輝いて見えてたところだろ。けど本当の私は──』

「違うよ」

 くすっと笑う。

 たしかにそこも魅力的だ。けど、人気があれば誰だっていいなんてことはない。

「私が思う、キウイちゃんのかっこいいところはね」

 あの頃、私たちを助けてくれたヒーローの姿を思いながら。

「誰が見てる前でも、自分は最強だとか、主人公だとか──堂々とハッタリかませちゃうところだよ!」

 私は思う。

 それってたぶん、いまもキウイちゃんがやっていることだ。

「ずっと噓うそついてたんだとしても、ぜんぶ作り話だったんだとしても……」

 キウイちゃんはいま、どんな表情をしているんだろう。

「最後はかっこよく決めてくれるって、私知ってるから」

『まひる……』

 そんなとき、

「あれ!? もしかしてキウイちゃん!?」

 私の不在が長いことに気がついたのか、花か音のちゃんがこちらにやってきた。なので自動的にめいちゃんもその後ろからぴょこぴょこ歩いてやってくる。わかりやすいシステムになっている。

「ねえ! MV見たよ! めちゃくちゃすごい! カッコいい!」

「音楽も素敵です! 私の曲を、こんな賑にぎやかにしてくれるなんて!」

 二人は本当に素直だから、言葉に噓がないことがキウイちゃんにも伝わっている気がした。

『お、おう……』

 そんなふうに褒められて、照れているキウイちゃんの声を聞きながら、私はご満悦だった。

 しどろもどろに、けれどキウイちゃんの声が少しずつ、ヒーローの強さを取り戻していく。

『まあ、……このキウイ様が、作ったからなっ!』

 私の大好きな最強ヒーローが、通話口の向こうにいるような気がした。

「ほら、言ったでしょ?」

 私はまた、キウイちゃんの虎とらの威を借りて、ドヤ顔をしてみせる。


「キウイちゃんは、最強なんだ」


 そうしてもう一度再生されたミュージックビデオ。

 その画面には花か音のちゃんがつけたあまりにも素直で真まっ直すぐすぎる曲名、『最強ガール』の文字が、ピンク色のエフェクトとともに、自分の居場所を主張していた。