バラをぬらす
クリーム色の子馬に、カリカリに焼いたりんごのシュトゥルーデル。
名画が歌う『私の好きなもの』はどれも詩的で美しくて、みんなが
アメコミヒーローのフィギュアに、ブレイクビーツの名盤CD。
あと……ヤンヤンつけボーにチロルチョコに、チョコあ~んぱん。
俺は俺の好きなものに囲まれた部屋で、俺の好きなことをしている。
「今日の生徒会が大変でさ~、ほら、俺って来年には受験だろ? だから引き継ぐことが多くてさぁ──」
目の前のパソコンの画面には最近俺がハマっているゲーム、エグゾプライマルのゲーム画面が表示されていて、プレイをYouTubeで配信しながら雑談をしている。いまの同接は四〇〇人くらいで、この最強VTuber
「おっ! スパチャありがとな!」
ゲーミングチェアに座り、マイクアームにつながれたコンデンサーマイクに向かって、スパチャ読みをする。画面に映っているLive2Dのアバターが、パソコンにつないだカメラが
「えーとなになに? 『ノクスが生徒会長の学校楽しそう。転校させろ』。だろ~?」
画面に流れるたくさんのコメントを読みながら、俺は座り方を変えて
「って、うわあああ!?」
不意に、画面のなかで自キャラが襲われた。俺は本音の驚きに四割増しくらいの配信補正をかけたリアクションをしながら、後ろにのけぞる。このくらい大きく動かないと、Live2Dのキャラに
「うわ、やられた……って、おっと、もうこんな時間か。そろそろ終わろうかな。明日もあるし」
画面には『まだ終わるな』とか『配信は1時からが本番』とか『チャンピオンから逃げるのか?』みたいなコメントが流れる。よしよし、いい感じで殺伐としたノリになってきていて、コメントも俺好みだ。俺はキーボードの横に置いておいた、人気アニメキャラの顔を模したペロペロチョコを一口食べながら、いつもの終わりのセリフを機嫌よく言う。
「それじゃ、──グッバイ世界!」
いくつか『おつ』『解散』『その決めゼリフいつまで言うんだ』みたいなコメントが流れるのを確認すると、俺はOBSの配信を切った。
「……ふう」
ヘッドホンを外すと、二年前にピンク色に染めた髪の毛が、少しだけ揺れた。

カフェタイムとバータイムのあいだの
「ここで……こう!」
「こう!?」
モップを片手にターンからびしっと決める花音ちゃんに、足の下に
「じゃなくて……こう!」
「こう!?」
さっきよりも重心を低くすることを意識したら、少しは安定した。私はターンのコツを
「こう!」
「こう!?」
「ちがう! こう!」
「なにが違うの!?」
「おじゃましまーす」
そのとき。カフェバーの扉が開いて、約束の時間通りにめいちゃんがやってきた。
「おおっ、めい! ようこそ!」
「め、めいちゃん、ちょっとそこに座っといて……!」
私たちは練習を続けながら、めいちゃんに対応する。
「
「えーと……実は、今度文化祭があるんだけど……」
ということで私は、数日前のことをめいちゃんに説明することにした。
***
ホームルームの教室で、私はエミやサオリ、チエピたちと目配せしている。
「ほーら誰かいないのかー!? かなり重要な役になるぞー!」
担任の
黒板には『現代版・天の岩戸』と書かれていて、その下に『脚本:村西先生』と書いてある。なんか気がついたら先生が流れるように決めていて、たぶん個人的にやりたかったんだと思う。
問題は、『アマノウズメ』の役が誰になるのか、ということだった。
「これはなあ、クライマックスで面白い、変な踊りを踊る、おいしい役なんだぞ!」
「それが嫌なんだけどな……」
「ねー」
エミとサオリがくすくす笑いながら言っている。ほかのクラスメイトたちもみんな目配せをして、責任から逃れているような雰囲気だ。
まあ、普通に考えたら全校生徒の前で変な踊りを踊る役なんて、恥ずかしくてやりたくないだろう。
そう。『普通』に考えたら、『変』な踊りなんて、いやなのだ。
けど、そんな空気へのあまのじゃく精神からだろうか。
自分はあの日を境に変わったのだという、
私は本当に普通でいいのだろうか、みたいな気持ちが芽生えていた。
「あのぉ……」
ひょっとすると、自分もなにか変わったのだと、自分に示したかったのかもしれない。
私は絶対にしなくてもいいことを、一人で決心していた。
恐る恐るゆっくりと、けれど最後までピンと、手を挙げる。
「私……やります!」
クラスじゅうから「あのまひるが!?」みたいな、驚きの視線が集まった。
***
「それでバイトしながら練習してるってわけ! 元プロの私の指導のもと、ねっ」
ドヤって感じで
「……や、やっぱりやめとけば良かったかな……」
本番のことを思うと胃が痛くなってくる。
「そんなことないって! とりあえずやってみるって、私はすっごく、好きだよ!」
「わあっ!?」
私は靴の下に敷いた
「こ、この人はすぐに好きとか言う……」
花音ちゃんはそういうところがある。めいちゃんも入り口の近くに立って、
「そ、そうですよ! 私にはまだ言ってくれたことないくせに!」
「え? めいのことも好きだよ?」
「んぃ~~っ!? わ、私も好きですっ!」
友情なのかファンサなのかわからない花音ちゃんの軽口に、めいちゃんはどう発音すればいいのかわからない悲鳴をあげながら発狂している。なんだこの空間……。
「あ、そうだ」
今日は
「めいちゃんにも、これ」
タブレットの画面をめいちゃんに見せる。表示されているのは、昨日描きあげた、クラゲのキャラクター・JELEEちゃん(仮)だ。
「わ! とっても素敵ですね!」
「でしょ!? うちのヨルはできる子なの」
「本当にマネージャーじゃなかったんですね!」
「それまだ言う?」
私はめいちゃんにツッコミを入れつつも、褒められて安心していた。めいちゃんってお世辞とか言うタイプじゃなさそうだし、褒め言葉が
そんな感じでJELEEのプロジェクトを進めながら、私と花音ちゃんは掃除をしつつ、ダンスの練習をする。なんかすごい忙しいな。
すると不意に裏口のドアが開いて、店長が入ってきた。
「おいお前ら、ちゃんと掃除してたのかー?」
「あ、はーい」
ターンを決めた花音ちゃんが返事をすると、店長は
「本当か……?」
そしてチェックするように、テーブルや床などに念入りに目をすべらせて、指先でカウンターをなぞった。
「……いや、めちゃくちゃ
私はにっと笑って、
***
バイトから上がった私たちは、
「あ、あの! これ!」
「うん?」
「わ、私からの気持ちです!!」
渡されたのはICレコーダー。……と、いうことは。
「昨日……一気に書き上げた曲です。
花音ちゃんが目を輝かせる。
「聴いていい!?」
めいちゃんは赤面しつつ口を一文字に結びながら、ぶんぶん
受け取った花音ちゃんがボタンを押すと、ICレコーダーのスピーカーから曲が流れはじめた。
「おお……本格的な演奏だ……」
細やかに刻まれるピアノの音に、跳ねるリズム。音楽のことはよくわからないけど、きっとよくできた曲なのだと思わされる説得力がある。
「すごい! 私の好きな感じ! さすがめい!」
「あ……わわ! わわわわわわわわわわわわっ」
めいちゃんはとんでもなく赤面して、人類が発声しうる限界くらいのスピードで「わ」を連呼している。
「よーっし! あとは私が歌を収録して、MVはヨルの絵を……」
花音ちゃんは考えるように言う。
でもたしかに、この曲すごくいいなって思う。私はさっきまで掃除しながら踊っていたからか、体が勝手にICレコーダーから流れる曲に合わせて動いて、なんかちょっと控えめにステップを踏んでいた。
「ねえ、ヨル」
はっと、天啓が降りたように、
「うん?」
「……踊らせたくない?」
「え?」
突然、なにを言っているのだろうか。
「この子、動画で踊らせたくない!?」
花音ちゃんは私のタブレットに映っている
「この人はまた無茶を……ね、めいちゃん」
「踊らせたいです!」
「イエスマンだった……」
二人は結託して、目を燃やしながらやる気満々に私を見つめている。ヤバいどうしよう、なるべく集団で多数派に埋もれるように立ち回ってきた私だけど、ここだとむしろ私が少数派みたいだ。
「けど、動画を作れる人なんて──」
言いながら、私の頭に一人の人物が浮かんでいた。……はあ。
「いや、いるな……」
私が言うと、花音ちゃんとめいちゃんは、他力本願に目を輝かせていた。
「どうもー竜ヶ崎ノクスです」
画面ではアバターが笑顔で手を振っている。
「ほ、ほんとにVTuberだ!?」
「よ、よろしくお願いします」
花音ちゃんが驚き、めいちゃんはぺこりとお辞儀をした。
「よろしくな! きみが元アイドルの?」
「はい!
「あー、いいよタメ口で。っていうか、たぶん……同い年だし」
「そうなんだ? じゃあそれで!」
さらっとタメ口を受け入れる花音ちゃん。すごく話が早い。
「っていうか……二人はどういう関係?」
「まあ……
そこに、私も言葉を付け加えた。
「うん。キウイちゃんは私の
「スーパーヒーロー……ですか?」
めいちゃんがきょとんと首を
「まひる、いっつもそれ言うよな」
「だって、実際そうじゃん。あのね……」
私は得意げに、キウイちゃんのヒーローエピソードを話しはじめた。
小学校時代。男勝りなキウイちゃんが私たちの先頭に立って、五人くらいで公園で遊んでいたとき、そこに、知らない男子が数人やってきたことがあった。
「お前キウイって言うんだってー? 変な名前ー」
「ていうかここ使わせろよー」
おそらくは他校の、もしかしたら上級生かもしれない男子の襲来。どうしよう……と私たちはそわそわしたけれど、キウイちゃんだけは余裕でにっと笑っていた。
「──
すべり台の一番上で、ヒーローポーズを決めて。
キウイちゃんは堂々と男子たちを見下ろしていた。
「変な名前ってことは、私は世界に一人だけってことなのである!」
「は、はあ?」
思わぬ態度に、男子たちは明らかに
「君たちの名前はなんていうのかね?」
「な、なんだっていいだろ……!」
「知らない人に名前言っちゃいけないしっ」
「言えないか……けど俺様は何度でも言えるぞ!」
堂々と、胸を張って。
自分が最強だと信じて疑わないキウイちゃんの言葉には、無根拠な自信があって。
「
キウイちゃんはすべり台を駆け下りながら叫んで、男子たちに突っ込んでいく。
「名も名乗れないものは、ここから去るがいい!」
そんな輝かしい姿に、私たちは本物のヒーローを見るみたいに憧れていた。
「……ちっ! ぶーす!」
「
男子たちは、口々に捨て
「正義は勝ぁーつ!」
びしっとポーズを決める。私たちは、キウイちゃんに
「へー!」
「で、いまはVTuberやりながら、
私が補足すると、めいちゃんが驚いたように目を見開く。
「立北!? あの制服がかわいすぎることで有名な!?」
「そうなの?」
私が聞き返すと、めいちゃんはスマホで情報を調べて、
「はい! ……ほら!」
制服の画像を探して見せてきた。……たしかにその制服はどこかアイドルっぽい雰囲気で。
「めいちゃんが好きそうだね……」
「はい!!!」
目をキラキラと輝かせている。この子は本当にかわいいものが好きだね。
「初めて知った……。それより、中高一貫でめちゃくちゃ進学校なことのほうが有名かな……」
私が言うと、花音ちゃんが感心したように「へー!」と声をあげる。
キウイちゃんのアバターは、満足げにうなずいていた。
「うんうん。で、そんな私に相談って?」
***
「なるほどねえ……」
「ど、どうかな!?」
花音ちゃんの言葉に、キウイちゃんは考えるような声を出した。
「正直……難しいなあ」
「や、やっぱり?」
「おう。ほらこれ」
キウイちゃんはDiscordの画面共有機能を使って、私の
「イラストの素材一枚だけで踊らせるってのは、結構厳しい。関節を動かすくらいならできるけど、踊るってなると……ほら」
キウイちゃんは
「そ、そっか……」
「まあ、けど。……ほっ。これ」
キウイちゃんはYouTubeのアドレスを送ってきた。
開いてみると、90年代くらいのアニメをつなぎ合わせた映像が流れはじめた。音楽もお
「なにこれ? ファンムービー?」
花音ちゃんが尋ねると、
「んー、似たようなもんかな。実際はMADっていって、ニコニコとかでよくアップされてたやつなんだけど。私、こういう文化が好きでよく作ってたからさ」
「え!? これあなたが作ったの!?」
「まあ、そうだな。あと大したことないけど、音楽も一応私がリミックスした」
「そうなの!? なんでもできるんだね……」
「へへ、すごいでしょ」
「お前が自慢するな」
便乗した私にキウイちゃんがツッコミを入れる。
「でさ……キウイちゃん。もし良かったら、私たちの活動に、協力してほしいんだけど……まあ忙しいし難しいとは──」
「おう、いいぞ」
「ええ!?」
「誘っといて驚くなよ……」
ぽかんとしてしまう私を横目に、花音ちゃんは画面に向かって身を乗り出した。
「
そんな様子を見ながら、私は思っていた。
なんだかちょっと、意外だなって。
***
その日の夜。
私は自分の部屋で絵を描きながら、キウイちゃんと作業通話していた。絵っていうのは
「そうだ、送られてきた曲、聞いたぞ」
「あ、ありがとう!?」
そして私は緊張しながら「ど、どうだった……?」と聞き返す。するとキウイちゃんは少し間を開けてから、
「……これ、結構いい曲だな」
「でしょ!?」
安心する。私が作った曲ってわけじゃないのに、なんかすごく
「動画、できそう?」
「そうだな……イラスト、追加で何枚かもらうことってできるか? まあ、表情とかポーズの差分とかでもいいんだけど」
「もちろん! どのくらいあればいい?」
「まあこのくらいの尺だったら、十枚くらいあればなんとかなるかな」
「りょーかい」
「背景は……まあ、写真でいいか」
「描くーっ!」
「そうか? じゃあ頼んだ」
私はタブレットに表示されている、JELEEちゃんの目のハイライトを微調整しながら考える。
「……けどさ、珍しいよね。キウイちゃん、生徒会にVの活動に、いろいろ忙しいわけでしょ?」
「そうだな」
「……なんでなのかな、って」
正直、らしくないなって思った。キウイちゃんのことだから
「あの子の歌と、まひるのイラスト」
「え?」
キウイちゃんは、しれっと言う。
「すごく合うと思ったし、楽しそうだった。それ以外に理由っているか?」
「……キウイちゃん」
これもなんだからしくないなって思ったけど、キウイちゃんがそう言っている以上、疑う理由もなかった。
「……じゃ、そろそろ明日の生徒会の準備しないと。じゃあなー」
「え、あ、うん。じゃあ」
そしてぷつり、と電話が切れてしまった。
「……ふむ」
やっぱりなんだかいつものキウイちゃんじゃないというか、なにかを隠しているような雰囲気があって、私のなかにはちょっとだけ、違和感が残った。

朝の六時半。
俺は昨日の夜にまひるに言ったことを思い出しながら、ため息を
『……じゃ、そろそろ明日の生徒会の準備しないと。じゃあなー』
こうして自分はいつまで、
「でも、これでいい……よな」
