本当に、勢いというのは怖い。

 たしかに私の気持ちは昂たかぶっていた。だからちょっとくらい熱いことを言ってしまうのもわかる。けど。


『だから私も……! 私もッ!!

 ──花か音のちゃんのそばにいたら、輝けるかな!?』


「……っ!」

 仰向けになっていた自分の部屋のベッドから、焦って起き上がる。

「わ~~~っ、私なにイタいこと言っちゃってるの~~~~!?」

 枕まくらを抱きしめたりバンバン叩たたいたり、ベッドの上をごろごろ転げ回ったりしながら、私は叫んでしまう。

「恥ずかしい恥ずかしい~~~~っ!」

 ジタバタしていると、不意にドアが開く。

「お姉ちゃん、うるさい!」

「勝手にドア開けないで!」

 たしかにぎゃーぎゃー騒いでいる私も悪いけど、かといって華の女子高生の部屋のドアを勝手に開けるのはもっとよくないはずだ。

「なに恥ずかしいって。高二にもなって中二病でも発症した?」

「小五が高二を語るなっ!」

 言いながらクッションを投げる。しかし佳か歩ほはそれをキャッチして、無言で投げ返してきた。

「ぐえっ」

 顔にクリーンヒットする。どうやら今日の姉は弱いみたいです。

「……お姉ちゃん、イラストまた始めたの?」

「え?」

 言われて佳歩の視線を追うと、それは私の机の上にあるタブレットに向けられていた。画面には花音ちゃんをモデルに擬人化したクラゲのキャラクター、JELEEジエリーちゃん(仮)のラフが表示されている。

 しかし参ったな、絵をやめて数年、これまでまったく再開する素振りを見せていなかった私がまた絵を描きはじめたことがバレるのは、なんとなくこう、気恥ずかしさみたいなのがある。理由はわからないけど。

「……わるい?」

 そんなわけで私は、なんかぶっきらぼうに素直じゃないリアクションをしてしまう。

「え。まあ、悪くはないけど……」

 佳か歩ほは言いかけたセリフを止めると、

「……ま、人生別れもあれば、出会いもあるってことだねぇ」

 からかうように言いながら、部屋のドアを閉じていく。

「佳歩、そういうのどこで覚えてくるの?」

 いつも芝居掛かったことを言ってくる佳歩は、普段どんな動画とか漫画を見てるんだろうか。私の言葉が届いてか届かずか、ぱたんとドアが完全に閉まった。

 はあ、と息をつきながらも私は、

「……よし」

 机の前に座って、タブレットと向き合いはじめた。


   ***


 その日のお昼。

「い、いらっしゃいませ~!」

 私は渋しぶ谷やにあるカフェバーで、花か音のちゃんと一緒にバイトをしていた。もともと花音ちゃんが働いていたお店らしく、木目を基調とした自然派な雰囲気で、わりとカジュアルに働きやすい。黒と白のツートーンになった制服を着て、紹介してもらった私は研修中の名札をつけているんだけど、それが幼稚園の名札みたいになっているのがちょっと恥ずかしかった。こういうお店のノリってやつだろう。

 いまいるのは女性客が四人ほどで、花音ちゃんも接客している。

「あ、私もキャストドリンクいいですか!? えーっと、どれが高いんだっけ……」

「値段で選ばないで!?」

 バーカウンターの向こうからお客さんにフランクに対応する花音ちゃんをうわー、自由だなあ……と思いながらも、私は洗い場で粛々とコップを洗う。どうやら花音ちゃんのお姉さんがここの店長と知り合いらしく、かなり自由に働かさせてもらっている、とのことだった。たしかに自由ですね。

「ヨルも私みたいに早く慣れるようにね!」

「うん。私なりにがんばるね」

 私はそんな花か音のちゃんのペースに巻き込まれすぎないよう、きゅっと兜かぶとの緒を締めた。



 数時間後。事務室。

 休憩となった私は花音ちゃんに、描いてきたイラストを見せている。

「ど……どうでしょうか?」

「おお~!」

 花音ちゃんは目を輝かせてタブレットに顔を寄せる。

「すっごくいい! 私の好きなヨルの絵だよ!」

「あ、ありがと……。まあまだラフ段階だけど……」

 なんかまた真まっ直すぐ褒められた照れ隠しに、ラフだけど、みたいな謎なぞの遠慮を付け足してしまう。やっぱりまだ慣れないなあこういうの。

「おおっ!? ラフとかなんかプロっぽいこと言っちゃってー!」

「そんな難しい言葉じゃないんだけどな……」

 けれどニコニコ楽しそうにしている花音ちゃんの言葉はやっぱり、素直に嬉うれしかった。

 鼻歌を歌いながら花音ちゃんは、自分のロッカーに入っているトートバッグから、手帳を取り出した。手帳はすごく普通なんだけどトートバッグがすごく個性的で、思わず視線が吸い込まれる。犬とタヌキのあいだみたいな水色の体から紫色の耳が生えていて、ハート形の眼帯をしている謎のキャラクターがプリントされているバッグだ。なんだあれ。

「これなら間に合いそうだね!」

「間に合うって?」

 バッグに吸い込まれた視線を戻しながら聞き返すと、花音ちゃんは手帳を開いて堂々と胸を張った。

「それでは、JELEEジエリー初のオリジナル曲の制作スケジュールを発表します!」

 高らかに宣言している。

「十一月十日、激エモ歌詞が完成! 十一月十七日、最強イラスト爆誕!」

「十七日?」

 当然のように言っているけれど、えげつないことを言っている。だっていまは十一月五日だ。二週間足らずでMV用のイラストを完成させるなんて、まあそんな経験がないから相場はわからないけど、それでも厳しいってわかる。

「え。無理だよ、文化祭の準備とかあるし!」

「十一月某日、神曲が堂々降臨!」

「某日?」

 雲行きが怪しくなってきた。

「そして某月某日なるはやで、超やばいMVが完成! すっごくバズる!」

「どんどんアバウトになってる……」

「う……そ、そうだけど!」

 花か音のちゃんはしゅんとしている。

「そもそも十一月に神曲って……誰が作るの?」

「そりゃあ私に決まってるじゃん!」

「え、花音ちゃん作れるの?」

「もちろん!」

 すると花音ちゃんは、さっきの変なデザインのトートバッグから、今度は一冊の本を出した。

「徹夜で勉強するね!」

 花音ちゃんの手には『ギャルでもできる! 作曲入門』と書かれた胡う散さん臭くさい本が握られていた。帯には「ギャル感激! こんな私でも曲が作れました!」とか書かれていて、そんなわけわからない本どこで売ってるんだ。ギャル感激! って具体的には誰なんだ。

「……他にできる人、探そっか」

「ひどい!?」

 ひどいのはそっちです、と言いたくなるのをぐっと堪こらえて、私は今後のことに思いを馳はせる。

「は~~~っ! この先大丈夫かな……」

 あのときの勢いで始まったこの計画。しかしなんというか、花音ちゃんのなかでも思った以上に見切り発車だったのかもしれない。

「……あのさ」

 花音ちゃんが不安げに、私の顔を覗のぞき込んでいた。

「ん?」

「私、突っ走りすぎてたりする……?」

 その表情はまるで捨てられることに怯おびえる子犬かなにかみたいで。散々強くて輝いた姿を見せておいてそれはズルい。私がなんとかしないとって思わされてしまう。あれ? なんか私かなり振り回されてます?

「……いいよ、乗りかかった船だもん。……花音ちゃんの歌に絵をつけてみたいってのはまあ、事実ではあるし」

 仕方ないなあ、みたいな気持ちで言う。

 けど、言っていることに、噓うそはなかった。

「うぅ……ヨルー!! ありがとー! 愛してるー!」

 花音ちゃんは勢いよく私に抱きついてきて、私は「はいはい、それはどうも」とか言いながらそれを受け入れていると、

「二人とも、休憩そろそろ──」

 ばたん、と突如開いたドアの向こうには、店長が立っていた。

「なにやってんだ、きみたち」


   ***


 カフェ営業を終えた私たちは、内装をバー営業のものへと切り替えながら、今後の話の続きをしていた。

「まあ作曲はなんとか……なってないけど。……あとは機材だよねえ」

「うん。まあ音にはこだわりたいから……」

 花か音のちゃんは唸うなりながらスマホの画面を睨にらんでいる。覗のぞき込むと、NEUMANNとかいうメーカーのマイクが一覧で表示されていて、そこには一五万~九〇万円くらいのマイクがずらりと並んでいた。なるほどなるほど。

 私は花音ちゃんのスマホをそっと、画面を下にして机の上に置く。

「ヨル先生の次回作にご期待ください」

「終わった!?」

「だってさすがにこれは値段が……」

「けど待って! しかたない……かくなる上は、秘密兵器を……!」

「秘密兵器?」

 花音ちゃんはそそくさと休憩室からあの変なデザインのトートバッグを持ってきて、そこから箱みたいな物を取り出す。

「じゃ~~ん!」

 言いながら、花音ちゃんはそれをレジの横に置いた。

「……JELEEジエリー応援BOX?」

 恐らく段ボールに紙をたくさん貼り付けただけのめちゃくちゃお手製の箱に、デカデカと手書きでそう書かれている。その下には『いただいたお金は全て機材の購入資金にします!』とかメッセージが書いてあって、私は頭を抱えた。

「花音ちゃんってもしかして、すっごくバカ……?」

 もしかして花音ちゃん、こっちが本性なのだろうか。

「わかんないじゃん! 私たちの才能に気づいた大金持ちがいきなりさ」

「そんなわけないでしょ……っていうかこんなの店長さんに怒られるって」

「なんとかなるって!」

 と、そのとき。

 お店のドアが、ガチャリと開いた。

「あ、すみません、バー営業は十七時からで──」

 紫色の上着を羽織った少女。私の言葉を無視して堂々と、けれどどこか上品かつ静かに歩いてきたその子は。

 当然みたいに、ばさりと札束をJELEEジエリー応援BOXに入れた。

「うぇえ!?」

 私は驚いて声をあげてしまう。目線を上げるとそこには背が高く、前髪をパッツンにした黒髪美少女が、じっと花か音のちゃんを見つめていた。花音ちゃんは……お金に釘くぎ付づけになっている。

「いち、にい……じゅ、一〇万円!?」

 そしてその少女はふぁさりと髪の毛を払うともう一度、私と花音ちゃんを睨にらみつけた。


「──推しごとをしにきました」


「……お仕事?」

 私はきょとんと、首を傾かしげた。


   ***


「サンドー時代の……花音ちゃんのファン?」

 黒髪少女はカウンターに座ってオレンジジュースをストローで飲んでいる。ハート形に曲がったストローがささってるドリンクをめちゃくちゃ澄ました表情で飲んでいるのが、なんだかギャップがあって面白い。

「はい」

 黒髪少女は力強く断言する。

「CDもDVDも全部持ってます。──各、五枚ずつ」

 それが常識、そうしないものは須すべからく悪であるみたいな口ぶりは、なんだか硬く不器用な印象だ。

「そうなんだ! ありがとね!」

 花音ちゃんはすごく柔らかく対応しているけど、こういうのに慣れてるんだろうか。でもたしかにアイドルって濃いファンとか一杯いそうだもんね。

「……けど、どうしてここが?」

 私が尋ねると、黒髪少女はおもむろにスマホを取り出し、なにやら生配信の切り抜き動画みたいなものを私たちに突きつけてきた。

「これ……」

 それはあのハロウィンの日、アイドルのみー子さんという人のライブに乱入したときの花音ちゃんの映像だった。私もバッチリ映っていて恥ずかしい。

「声を聞いて、もしかしてと思いました。けど、歌い方も違ったし、確信は持てませんでした。でも……ここです!」

 黒髪少女は勢いよく、動画に映っている花か音のちゃんの横顔にズームインした。カボチャの仮面の隙すき間まから、ほんの少しだけ花音ちゃんの鼻が映り込んでいる。

「このフェイスライン、すっと通った鼻筋。このクレオパトラのような顔の良さはののたんしかいません!」

 ドヤッと言う黒髪少女だけど、どうしよう、私もちょっとわかってしまった……。

 花音ちゃんはさすがに、こわ……と怯おびえた感じで見ている。

「あとはののたんのドジっ子属性のおかげですっ」

 なぜかちょっとご機嫌に言う黒髪少女は、今度はJELEEジエリーのXアカウントを表示する。そこには花音ちゃんが今日から二人でがんばるぞ、みたいな文面とともに画像を貼り付けているポストが表示されていて──よく見ると。

「特定ってこうやるんだ……」

 私はこのお店のコースターを手に取って、黒髪少女のスマホの画面と並べる。

 花音ちゃんの投稿した写真に映り込んでいたのは、私たちのバイト先で使われているオリジナルコースターだった。かなりズームしないとわからないくらいだったんだけどよく見つけたね、って思う。

 黒髪少女がアプリを閉じると、画面がホームに戻る。そこで一瞬見えたのは、黒髪の少女と赤髪の少女のツーショットだった。黒髪の子の髪型がこの子と一緒だったからおそらく本人だとして、赤髪の子は誰なんだろう、と少し気になった。花音ちゃん推しならどうして別の子と……?

 私がきょとんとしていると、そこで花音ちゃんが喋しやべり出す。

「あの、応援は嬉うれしいんだけど……もう引退したわけだし、特定とかはその……」

「……認めません」

「え?」

 黒髪少女はバーカウンターを両手で勢いよく叩たたいて、身を乗り出してきた。


「私は認めません!」