クレス覚醒


 ギルドから依頼された依頼の内容は、ゴブリンの住処になっていると思われる大きな洞窟だった。

 数日前に、薬草採取で訪れていたFランク冒険者が見つけたらしい。

 何匹ものゴブリンが行き来しているから、中には集落が出来上がっていると思われる。

 大規模な集落に発展すれば街道を襲ったりする恐れもあり、そうなる前に、討伐して欲しいという内容だった。

 最近精力的に活動していたのと、ジャイアントウーズを討伐した実績を買われて、俺達を指名しようとギルド内で名前が挙がったらしい。

 ちなみに、指名されたクエストを達成すると通常のクエストよりも評価が上がるらしく、これをクリアすればDランク昇格間違いなしですよと、ギルドの受付嬢に言われた。

 こちらとしても願ったり叶ったりなので、すぐにクエストを受諾して出発した。

 カンドから馬車で一日半かけてやってきた俺達は、洞窟から少し離れたところに馬車を留めて、エースを見張り番にした。

 食事を軽く済ませてから、諸々の準備を済まし、さっそく洞窟の調査を開始した。

 洞窟の入口には、見張りのゴブリンが数匹入れ替わりつつ警戒している。

 これは、見張りを立てられるくらい規模が大きい集落になっているということだ。

 ここに来る前に、ギルド職員からゴブリンの集落について詳しい話を聞いてきた。

 十~二十匹くらいでは、見張りを立てる集落は殆どなく、見張りがいた時点でそれ以上の規模になっているということらしい。

 さらに、見張りが武装している場合は上位種がいる可能性があるので、最初は偵察のため入口付近である程度戦闘をしたら一旦引き返すように言われている。

 さらに、見張りがホブゴブリンだった場合は、中にいる最上位種はゴブリンロードもしくはゴブリンキングとなるので、その時点で高位ランク冒険者の討伐隊を出すレベルになる。

 その場合は、戦闘せずにすぐに引き返してギルドに報告するようにと言われている。

 今回は、武装しているゴブリンとはいえ木を削ったこん棒などの簡易なものだった。

 なので、状況とギルド職員の話をすり合わせると、上位種はいないが集落としては三十匹以上はいるということになる。

 この時点で脅威度はEランクだ。

 つまり既に油断出来る状況ではなくなったわけだ。

「結構大きな集落になってそうだな」

「そうだねお父さん。でも、持っている武器や防具は粗雑なものだから、中規模ってところじゃないかな?」

 クレスも概ね俺と同じ考えのようだ。

 それにレイラとマリアも同じ意見だと頷き返す。

「まずは様子見で入口を制圧しよう。そこを起点にして、徐々に中に進んでいく」

「わたしは異議なし!」

「はい、問題ありませんわ」

「うん、じゃあ前衛は私とレイラ。マリアは真ん中で支援をよろしく。お父さんは殿しんがりをよろしくね」

 すっかり冒険者らしくなったクレスを見て、たくましく育ったなと涙腺が緩みそうになるが、まだ始まってすらいないのでグッと堪える。

 歳を取ると涙もろくなるって誰かが言ってたが、本当のようだな。

 まずは、こっちに注意を向かせるために石ころをぽいっと投げる。

 コロン。

 ギャギャッ!?

 落ちた石ころを見て、警戒しつつ近づいて来る見張りのゴブリン。

 その頭を目がけて、俺が弓矢を撃ち放つ。

 シュゥ! ドスッ。

 うん、うまく頭に命中。

 一撃で仕留められたようだ。

 我ながらいい腕だ。

 もう一匹いたゴブリンが警戒する声をあげようとするが、悲鳴をあげる間もなく素早く近づいたレイラに一撃で首を落とされる。

「よし、おっけーだよ」

 しかし、その物音に気づいた他のゴブリン達が洞窟の中から五匹ほど出てきた。

 どれも同じように粗末な装備しかしていない。

 若干痩せているようにも見えるな。

「ちぇっ。もう気づいたの? ええい、やー!」

 レイラが毒づきながらも二体のゴブリンを瞬時に仕留めた。

 ゴブリン如きというだけあり、レイラの力量の前ではゴブリン程度ではなす術がない。

 隣でクレスも危なげなく残りの二体を仕留めた。

 しかし、残りの一体を討ち損じてしまい、一目散に中に逃げ込んでいってしまった。

 ギャッギャギャギャギャー!

「あっ、まてっ! ううっ、逃げられたね」

「くーっ、逃げ足だけは早いんだから」

 打ち漏らしてしまい、悔やむクレスと毒づくレイラ。

 マリアはというと、魔物とはいえ血を流し絶命した魔物に顔を青くしていた。

 動物系の魔物なら平気なのだが、どうも人の形に近い魔物の死体は苦手のようだ。

 そろそろ慣れて欲しいところではあるんだけど、こればかりは本人次第なので待つしかない。

 なるべく視界から早く消えるように、それぞれの死体から魔石を抜いて処理する。

 ゴブリン肉は食べても不味いらしいので、肉食のペットの餌か、他の肉食獣をおびき寄せる撒き餌にしかならない。

 ひとまず入口前は安全になったので、馬車を近くまで持ってきて、エースも呼び寄せた。

 ゴブリン単体なら、エースの方が強いので問題ないだろう。

 ゴブリンから比較的柔らかいところを切り取ってエースに与えて、それ以外は穴を掘って埋めてしまう。

 外から魔獣が入り込んでも厄介だからね。

 さて、中に突入する準備は出来上がった。

 逃げたゴブリンが今頃仲間を呼びに行っているだろうが、どうせ駆除しないといけないのだ。

 前から来る分には好都合だ。

 もし捌き切れない数になったらこの入口まで戻ってきて、態勢を整える手筈にした。

 そうならないように、なるべくスムーズに討伐していかないとだな。

 クレスとレイラの二人ならそのくらい楽にやってくれそうだが。


 ――

 中に入ってすぐに、ゴブリンはわらわらと出てきた。

 それからひっきりなしに襲っては来るが、どれも装備が貧弱なので相手の攻撃を受ける前に倒してしまっている。

 打ち合いすらないのだから、剣筋が綺麗な二人の場合なら刃こぼれすら起きていない。

 それどころか、剣に一滴も血がついていないのだ。

 いや、どんだけすごいの君達!?

 クレスもすごいと思っていたが、レイラの剣技も改めて見るとかなりすごいんだな。

 今までそれほど大量の敵を相手にするところを見たことがなかったので、ここまでの腕だとは気づかなかった。

 しかし、いくら巣の中に侵入されたとはいえ、このゴブリン達の必死さは何だろう?

 どのゴブリンも逃げ出すどころか、必死の表情でこちらに襲いかかってくる。

 まるで何かに怯えた獣のように……。

 森で狩りをしていると、たまにこういう獣に遭遇する。

 普段はそこまで好戦的じゃないのに、遭遇した瞬間から殺気立っている獣だ。

 もちろん、狩りをするために行っているのでしっかり仕留めるのだけど、そのあとにその理由が判明する。

 大抵は、飢えた熊や魔獣がやって来た方向から現れるからだ。

 嫌な汗が流れる。

 ――まさか、こいつらは……。

「クレス、レイラ! もしかしたら、こいつら……」

 そう言いかけた時だった。

 突然奥から、聞いたことのない雄叫びが響き渡った。

 グオオオオオオオオオオオオ!!

 前にいたゴブリンを吹き飛ばし、その後ろから大きな体と屈強そうな体を持つ魔物の集団が現れた。

 その丈は俺の一・五倍はあり、凶悪そうに口からは牙が覗いている。

 手にはゴブリンが持っていた倍ほどもあるこん棒が握られており、目はギラギラとどうもうにぎらつかせていた。

 吹き飛ばされて壁に激突したゴブリンは、頭から血を流しそのまま絶命したようだ。

 大柄の魔物の一体が、その頭にかぶりついて喰らっていた。

「うえええ。ゴブリン丸かじりかよ~」

「そんなことより、この魔物達はっ! 皆、オーガだよ!」

 オーガ。その脅威度は単体でランクE、集団で現れたらランクD以上となる。

 集団といっても、それほど大勢で現れることは少ない。

 今回も、現れたのはオーガが六体ほどだが、それでも脅威度がDランクとなる。

 オーガは動きはどんだが、その怪力とタフさが特徴の魔物である。

 群れからはぐれた一体のみでも、冒険者のいない村などが襲われたらひとたまりもない。

 肉があるものを何でも喰らう悪食で、人や家畜を喰らうので発見されたらすぐに討伐対象となる。

 ちなみにこちらもあまり加食向きじゃない(ようは、不味い)。

 しかも、素材となる部位も少なくせいぜい大き目の魔石を持っているくらい。

 だから、腕の立つ冒険者しか好んで相手にはしないのだ。

 しかし、この状況はまずいな。

『ウードよ、一旦、町に戻って救援を求めた方がいいのではないか? 今のお主らでは、勝てなくもないが無事では済まんぞ』

 確かに、いくら何でも複数のオーガを、しかもこんな狭い洞窟で相手にするのはかなり分が悪いだろう。

 すぐに撤退を指示しようとした、その時だった。

 ガガガガ……。

 ゴゴゴゴゴ……ゴウン。

 重い地鳴りのような音を立てて、なんと後ろの道が塞がってしまった。

 そして、さっきまで壁だったところがぽっかり穴が開いて、そこから一体のオーガが現れた。

 ウガアアアアアッ!!

 力任せに振られたこん棒は、マリア目がけて振り下ろされる。

 突然の出来事に、目を見開いて動くことが出来ないマリア。

「マリアッ!!

「させるかああああっ!」

 咄嗟にレイラがオーガとの間に割って入るが、マリアごと吹き飛ばされてしまった。

 しかし流石と言うべきか、あの一瞬でオーガの腹部に横一文字の大きな傷を作っていた。

 ドバっとそこから血が流れる。

 ガアアアアアッ!!

 怒り狂うオーガ。

 乱暴にこん棒を振り回しながらも、さらに襲いかかってくる。

 マリアは今の一撃で壁に激突してしまい、意識を失ったようだ。

 そのマリアを庇うように、フラフラとしながらも立ち上がるレイラ。

「う……く……、やらせないよっ!! 『高速剣』!」

 レイラが無数に見える剣閃を煌かせ、オーガを切り刻んでいく。

 オーガはそれに構わずレイラに突進していった。

 その結果。

「がああああっ!!

 グゴオオオオっ!!

 レイラは強烈な一撃を喰らってしまい、再び吹き飛ばされた。

 だが、オーガも無数の傷を負い全身から血を噴出している。

 そして……。

 バターンとオーガは仰向けに倒れて、絶命したのだった。

「ぐ……、あ……」

「レイラ! 今治療するからな!」

 あまりの突然の出来事に我を忘れかけていたが、すぐにレイラとマリアに駆け寄りヘルメスの『治癒』の力を使う。

 しかしオーガの一撃が効いてしまったらしく、レイラもそのまま意識を失ってしまい動けなくなるのであった。

 マリアも、気を失ったまま目を覚ます様子はない。

 少し離れたところでも、剣と硬い木がぶつかる音が聞こえた。

 クレスがオーガ達と戦っているようだ。

「クレスっ!」

「お父っさんっ! こっちは、何とか、抑えるから! ……二人をお願いっ!」

 思わず駆け寄りそうになるが、その前に必死に戦うクレスから止められる。

 二人を先に治療して欲しい、と。

 既にヘルメスによる『治癒』で殆ど傷は塞がっている。

 しかし、打ちどころが悪かったのか、二人ともすぐには目を覚ましそうになかった。

 このままでは、撤退するのは難しい。

 しかも、退路は先ほど塞がれてしまっている。

 流石にあの岩で出来た壁を動かす自信はなかった。

 そうなると、かいを探すしかないが、道は突然オーガが現れた時に出来た道か、今クレスが戦っているオーガ達の後ろにある道か、どちらかしかない。

 当然、オーガ達の後ろの道に続くのはゴブリンの集落と思われていた場所に繋がっている。

 しかし、新たに出来た道はどこに繋がっているかも分からない。

 二人も戦闘不能の状態では、ゆっくり探索も出来ないが、さらに敵がいると思われる方に進むのも自殺行為に近い。

 どちらにしろ、このオーガ達をどうにかしないと今の状態では撤退すら不可能だろう。

「『加速』! いくぞぉぉ! はあああああああっっ!!

 風魔法の『加速』を使い、高速移動を繰り返しオーガを翻弄するクレス。

 オーガの力任せで大雑把な攻撃をくぐり抜け、一撃一撃を確実に入れていく。

 しかも、その殆どが急所を狙っての攻撃だ。

 右目を斬りつけて視界を奪い、次の手で死角から首筋を狙って切り裂く。

 さらにその隣のオーガを蹴りつけて、踏み台にして後ろのオーガの胸を一突き。

 それでさらに二体目が倒れた。

 素早く剣を引き抜くと、今度は低い位置で回転しながら一閃し、オーガの足を斬りつけた。

 バランスを失ったオーガに対し、わき腹から一突きしその鼓動を止めた。

 一分にも満たない時間で三体を見事倒したクレス。

 しかし、残った三体が黙って見ているわけがない。

 怒り狂うわけでもなく、今度は連携するかのように二体同時にこん棒を振り下ろしたかと思うと、時間を空けてさらにもう一体が襲いかかってくる。

 どうやら、一撃でもまともに当てればクレスに勝てると思っているようだ。

 その考えは合ってはいるが、そもそもクレスに当てられずにイライラしているように見えた。

『ほう、流石クレスだな。『加速』を使った状態では、愚鈍なオーガでは当てることすら出来ぬか』

「だけど、それも魔力が残っている内だけだ。ヘルメス、何とかならないのか?」

『我が戦闘に加わっても、邪魔になるだけで大した戦力にならんよ。お主にあのオーガの皮膚を貫通するだけの力量がなければ、そもそも突き刺すことも出来ぬしな』

 杖を奥深くまで刺すことが出来ないと、魔力を吸い取るのも難しいみたいだ。

 そうなると、俺が弓矢で攻撃するくらいしかないが、それこそクレスに当たるかもしれないので、下手なことは出来ない。

『向こうから突っ込んでくれでもすれば、刺さるかもしれんがな?』

「そんな馬鹿なこと……。いや、それだ!」

 オーガはそのタフさからか、自身が傷つくのを恐れないで攻撃をしてきている。

 先ほどの連携も、防衛するというより、より攻撃を当てやすくするためのように見えた。

 その証拠に今もクレスの攻撃を躱すことをせず、力いっぱいこん棒を振り下ろしている。

 そう、手加減した攻撃をする様子が見られないのだ。

「いくら皮膚が硬くても、自分自身の力に耐えられるほどじゃないだろう?」

『そんなこと、失敗したら大怪我じゃ済まんぞ?』

「大丈夫、こう見えて結構目はいいんだぞ? それに、このままでは皆あいつらの餌になってしまう」

 さっきのゴブリンだったものの残骸の方に目をやる。

 負ければ自分達の末路も、アレになるということだ。

 それだけは絶対にさせない!

 クレスは大量に汗を流しつつ、既に限界に近い状態でなおも交戦している。

 オーガ達はイライラを募らせているものの、まだまだ体力を残しているように見えた。

 チャンスは一度きり。

 失敗すれば流石のオーガにも警戒されてしまい二度と同じ手は使えない。

 しかも、先に俺達を狙うようになってしまい、そのまま全滅もありえる。

「ヘルメス、やつらの動きを教えてくれ」

『本当にやるのか? ……仕方ない、気取られるなよ?』

 スチャッと杖の尖った先の方を槍のように前に構えて、ヘルメスの声に耳を傾ける。

 クレスは三体相手に攻めきれず、次第に手数が減ってきている。

 グオオオオオオオッ!

 グガアアアッ!

 二体のオーガが雄叫びと共に、左右同時にクレスに攻撃を仕掛けた。

 そして、その後ろからもう一体のオーガが目をギラつかせながらクレスの隙を狙い、今まさに渾身の一撃を繰り出そうとしていた時だった。

『今だ! 真ん中の奴を狙って突っ込めっ!』

「うらあああっ! クレス避けろおおっ!!

「お父さんっ!?

 杖の尖った先を前に構えたまま、力いっぱい握りしめて一番後ろのオーガに突撃した。

 クレスは咄嗟に俺を避けつつ、右側のオーガに体当たりしつつ魔法を繰り出した。

「『電撃』!!

 グガガガガガッガッ!!

 そして、俺が突っ込んだオーガは構わずにそのこん棒を振り下ろした。

『今だ、杖の先を上に向けるのだ!』

「おらああああっ!」

 言われたまま、そのまま杖の先を上に向ける。

 すると、丁度そこにオーガの腕がものすごい勢いで振り下ろされた。

 その勢いで、智慧の杖の先がオーガの腕に深々と突き刺さる。

 俺は勢いに負けて、杖を離してしまい地べたに打ちつけられた。

 ガアアッ!!

 オーガは痛みに顔を一瞬顰めるも、そのくらいの傷を気にしないというように杖が刺さったまま、今度は俺を狙ってこん棒を振り下ろそうとした。

 その時。

『そのままやらせると思っとるのかデカブツめっ!『吸魔』!!

 カッっと杖が光り、オーガの持つ魔力を急速に吸収していった。

 オーガから力が抜けるまで、ほんの数秒だった。

 グラリとオーガがよろける。

「クレスっ!」

「分かってる!」

『電撃』で行動不能にしたオーガを蹴り飛ばして、すかさずもう一体のオーガの頸を狙う。

 一対一なら今のクレスならオーガの勝負は見えたようなものだ。

 ズシャッ……ドスン。

『加速』をかけたままのクレスの動きについて行けず、もう一体のオーガの首はあっけなくその胴から滑り落ちた。

 そして討ち取ったオーガを踏み台にして軽く『飛翔』し、その勢いのまま魔力を失ってフラついているオーガの首も一閃して刎ねた。

 そして最後に『電撃』で行動不能に陥っていたオーガの胸に深々と剣を突き刺して、その息の根を止めることに成功するのだった。

 はぁ……はぁ……。

 クレスの上がった息遣いが辺りに木霊こだまする。

 やった……のか!?

「うおおおっ、クレス流石は俺の娘ぇ~っ!!

「お父さんの馬鹿っ!!

 感激のあまり、クレスに抱きつこうとするがその前にお叱りを受けてしまう。

 あれっ、おかしいな。

 こういう時は感動のシーンになると思ったんだが。

「どうしてあんな無茶したの!? いくら押されていたからって、下手したらお父さん死んでいたかもしれないんだよっ!?

「いや、でもだな。あのままだとクレスが……」

「お父さんが死んだら、私は……私はどうしたらいいのっ!? 嫌だよ、そんなの」

「す、すまん……」

 少し涙目になったクレスに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 確かに、イチかバチかの賭けに近かったからな。

 だがクレスのあの動きは、俺が何をしようとしているか咄嗟に分かったように見えた。

 我が娘ながら、流石としか言いようがないな。

「だが、それでも俺を信じてくれたんだな」

「最初は、本当にそのまま体当たりするかと思ったけど、腕を目がけて杖で刺そうとしたのが見えたから……。だから、一瞬なら動きが止まると思ったの。でも、まさかそのまま動けなくなるまでとは思ってなかったわ……。あれは、ジャイアントウーズを討伐した時のチカラ?」

「ああ、ヘルメスの『吸魔』だよ。俺の力だけじゃ刺さらないとは思ったからな。相手の力を利用すればいけると思ったんだ」

 その話を聞いてクレスは、感心するというよりも呆れた顔をしながら「お父さんって、たま~にそういう無茶をするよね」と言われてしまった。

「でも、ありがとうお父さん、ヘルメス。おかげで何とか切り抜けられたね」

「ああ、早くレイラとマリアを連れてここを脱出しよう。こんなところにオーガがいるなんて異常事態だ」

「そうだね……。この辺に出るだなんて聞いたことないものね」

 なぜか嫌な予感が止まらない。

 オーガ達を倒した俺達は、脱出するためレイラとマリアのところに戻ろうとした。

 ――その時だった。

 ズシンッ……ズシンッ……ズシン……。

 オーガ達がやって来た方から、大きな足音が近づいて来る。

 急いで、倒れているオーガから智慧の杖を引き抜いて後ろに下がる。

 クレスもまだ肩で息をしながら、その音が来る方を見ていた。

 そして暗くてよく見えない暗闇の中から、徐々にその姿を現していく。

 現れたのは、さっきのオーガ達よりも一回り大きい。

『ガハハハハハッ! 面白い小娘がいたものだな。手下どもが人間をどう料理したのか見に来た筈がまさか全部やられちまってるとはなッ。キサマら、生きて帰れると思うなよッ!!

 なんと、そいつは人語を話す巨大なオーガだった。


 突如現れた巨大なオーガ。

 その雄叫びだけで、天井が震えている。

 この洞窟は、天井は高めに掘られているようで、さっきのオーガでもこん棒を振り上げるだけの余裕があった。

 しかし、このオーガは頭が天井につきそうなくらいデカい。

 しかも、その手には大きな剣が握られており、さっきまでのオーガとは明らかに違っていた。

「な、なんじゃありゃ……」

「お、お父さん。何あれ……」

 その図体だけでも驚愕なのだが、人語を話しさらに何か黒いもやみたいなのを纏っている。

 流石のクレスも、その風貌に気圧されているようだ。

『な、何だとっ、あやつはオーガロードだ! しかもあの異様な雰囲気は……もしや!? いかん、お主らでは勝てぬ。早く逃げるのだ!』

 徐々にゆっくりと近づいてくる巨大なオーガ、いやオーガロードか。

 しかも、悪夢はそれだけでは終わらない。

 後ろには、手には粗悪ながらも剣を武装し、頭には錆びた兜を装備したオーガ達が三体現れた。

 グオオオオオオオッ!

 オーガロードの前に出て、こちらを威嚇してきた。

 その目は獰猛かつ、俺達を獲物としか見ていない獣の目だ。

「逃げるったって、どこにだよっ!」

『今『神の目』で、脱出経路を探索している! あのマリアを襲ってきたオーガが来た方は……。くっ、ダメか、行き止まりだと!? あのオーガはどうやって出てきたのだ!?

 逃げろと言ったヘルメスから、逃げ道はないと知らされて絶望的な気分になる。

 しかし、ここで諦めるわけにもいかない。

 クレスはもちろん、レイラもマリアもこんなところで死なせるわけにはいかない。

 何としても、ここを切り抜けてこの子達を無事に帰さないといけない。

 まずは、あの武装しているオーガ達をどうにかしないとだ。

「クレス、俺がおとりになる。だから、あのオーガ達を一体ずつ倒すんだ」

「で、でもお父さん。あんなの、勝てるわけないよ……!」

 オーガロードのその異様な雰囲気にまれてしまい、おじづくクレス。

 まだ十五歳の少女なのに、正気を保っているだけでも褒めるに値する。

 しかし俺では傷つけることすら出来ないので、自分でも情けないがクレスに頼るしかないのだ。

 せめてレイラが意識を取り戻してくれれば、勝機がありそうなんだが。

 じりじりと詰め寄ってくるオーガ達。

 その後ろで、た顔でニヤつくオーガロード。

『さあ、やれお前達!』

 そう言うと、オーガ達が襲いかかってきた。

「くそ! やらせるか!!

 傷をつけられなくても、けんせいくらいなら!

 そう思い、智慧の杖で何とか剣を受ける。

 ギイイイイイインッ

 幸い、こん棒よりも重量が軽いせいか何とか受け流せた。

 振り下ろす速度は中々のものだが、そもそも大雑把な攻撃のため、完全に躱せなくても何とか受け流せている。

 長くは持たないだろう。

 だがこの隙を突いて、クレスが倒してくれれば……。

「え、お父さんっ!? ……私は馬鹿なの!? こんなところでお父さんを、友達を失うわけにはいかないのに、呆けている場合かっ!!

 バチーンと自分の両頬を叩き気合を入れると共に、恐怖を打ち消すクレス。

 すぐさま、剣を構え直しオーガに飛びかかった。

「せええええいっ!」

 俺に向けて剣を降ろすオーガ目がけて、目にも止まらない速さでその背中を斬りつけるクレス。

 一撃で倒すまでは至らなかったが、深手を負わせることに成功した。

 グアアアアアアッ!!

 怒り狂い、剣を振り回すオーガ。

 仲間のオーガも、その様子を見て目に怒りの色を灯す。

 だが冷静さを失った相手の攻撃などクレスにとって児戯に等しいだろう。

 難なく躱し、さらに追撃を仕掛ける。

 しかし、その時。

『やはり、この銀の娘が邪魔なようだな。しゃくな。これでも食らって大人しくしろっ『グラウンドスピア』!』

 なんと、オーガロードが土魔法で作った数本の槍を放った。

 は? オーガって魔法使えんの?

 って、言ってる場合じゃない!

「クレス!!

 あ、やってしまった……。

 すまん、クレス……。

 俺は咄嗟に前に出て、クレスを襲う魔法から守るため、身を挺してしまったのだった。

 これは……、流石に無理かも。

 ドスドスドスッ……ドサッ。

「お父さんっ!?

 そして、俺は床に血だまりを作りそのまま倒れるのだった。


 ――

 お父さんは、私を庇い全身から血を流し倒れた。

 お父さんが流した血で、辺りにどんどん血だまりが出来ていた。

 相手は武装したオーガ達。

 その奥には、彼等の王であるオーガロードが下卑た顔でニヤついていた。

 彼等の目には、もはや獲物を捕らえたという余裕すらうかがえる。

 このままでは、お父さんが死んじゃう。

「ああっ……、お父さん! お父さんが死んじゃうっ! いや、いやぁぁぁっ!!

『落ち着け娘。ウードは我が何とかする! だが、このままでは、全員奴等にやられてしまうぞっ!』

 取り乱す私を小さなヘルメスが宥める。

 お父さんの治療は、ヘルメスがやってくれているみたい。

 よく見ると少しずつ傷が塞がっている。

 でもヘルメスの言う通りだ。

 一命を取り留めたとしても、あのオーガ達をどうしにかしないと状況は変わらない。

 何とか、何とかしないと!

 マリアもレイラはまだ動けない。

 先ほどのオーガ達の強襲を受けて、意識が朦朧としているようで起き上がれない。

 今動けるのは私だけだ。

 このままでは、皆死んじゃう。

 大事な友達のマリア、レイラ…… そして大好きなお父さんがっ!!

「そんなの、そんなの嫌だあああああああああああああああっ!!

 私はえた。

 今まで活を入れる為に叫ぶのはあっても、ここまで感情を露わに絶叫したことなど生まれて初めてかもしれない。

 でも、叫ばずにはいられなかった。

 大好きな人達の命がここで尽きるかもしれない。

 そんなこと、私には許せる話でなかった。

「うああああああああああああああああああああ!!

 その時、私の中の何かが弾ける音がした。

 自分の中で魔力がマグマのようにたぎぎり、激流のように激しくうねるイメージが呼び起こされる。

 余剰となった魔力が体から溢れ出し、私を銀色の光が包み込んだ。

 その時だった。

『クレス……。クレス……。大丈夫よ、私が貴女を助けてあげる……』

 突然、辺りの景色が止まる。

 まるで時間が止まったかのようだ。

 そして突然現れた、優しい顔をした大人の女性がそっとクレスを抱きしめた。

「あなたは誰……?」

 私がそう問いかけるも、その問いには答えてくれなかった。

 その代わり、優しい笑みを浮かべて応えた。

『愛しき娘、私の可愛い子。このチカラは私からの最期のプレゼント。受け取って、これは私達一族の最期の希望……。私達は、ずっと貴女を見守っているから……』

「え……、おかあ……さんなの? 待ってっ、私は――」

 初めて見た筈なのに、私はすぐに理解した。

 美しい長い銀髪、同じ金色の瞳。

 どことなく自分の顔に似ているその人が何なのかを。

 そして時間は再び動き出す。

『グッグッグ、その倒れているニンゲンの男。歳を食ってるのに、なぜかうまそうな匂いがするな。お前達、ソレは俺に残しておけ。先に、アノ娘を狙うのダ!』

 お父さんの血の匂いを嗅いで、涎を垂らすオーガ達。

 しかし、オーガロードに止められてしまい、名残惜しそうにするもこちらに向き直した。

 そしてオーガ達は、オーガロードの指示の通り一斉にこちらに向かってくる。

 再びオーガ達の下卑た笑い声も聞こえてきた。

 しかし、もうそんなことは気にならない。

 先ほどまでの激情が嘘のように静まり、代わりに温かい感情と少しの哀しみが心を満たした。

 いつの間にか流れる涙。

 そして、体の奥から今まで感じたことがないチカラが湧いてくる。

『お主は、やはり……』

 ヘルメスは小さな体でオーガ達を近づけまいと、キシャーッと威嚇していたようだ。

『治癒』により治療しつつも、お父さんを守ろうとしてくれるなんてとってもいい子。

 でも私の様子が突然変わったせいで、へルメスも驚いたみたいだね。

 そばから見たら、絶叫していたと思えば柔らかな笑みを浮かべていたので、ちょっと怖いかもしれない。

 でも、まるで私がこうなるのを予想していたかの反応。

 もしかしたら、私のことを知っているのかもしれないよ。

「うん、ヘルメス。もう大丈夫だよ。きっと、何とかなるわ」

 何も教わらなくても、使い方は分かる。

 きっと、これは生まれた時から持っていたチカラ。

 あの人が、……お母さんがくれたチカラなんだと思うわっ!

 クレスから溢れ出す魔力が輝きを増した。

 元々銀色をした髪がより輝きを増し、本物の銀のように光を反射し、ふわりと浮き上がる。

 ヘルメスは、その様子をじっと眺めていた。

 自分の予想が合っているのであれば、きっと……。

『ンン? なんダその光は? ガハハッ、今更オマエ如きが抵抗しても無駄ダッ! お前等あの娘を叩き潰すのだ!』

「私は、私達はお前になんか負けない! ……退魔の光よ、悪意を打ち滅ぼせ! 『銀のシルバーサ制裁ンクティオッ』!!

 クレスから放たれた、何条もの銀の光がオーガ達を貫いていった。

 その光は触れた瞬間から、オーガ達の肉体を塵へと変えていく。

 ウガガガガガガアアアアッ!

 咄嗟にオーガロードの壁になるオーガ達。

 しかし、全てをちりに還す光の前になす術はなかった。

 オーガ達もろともオーガロードの体を貫いた。

 壁になったオーガ達は、跡形もなく消え去っている。

 後ろにいたオーガロードも、既に虫の息だ。

 しかし、クレスも限界が近いようだ。

 既に足元がおぼつかない。