「社? ここ数年ここら辺を見てきたけどそんなものは見た記憶がないな……」

「そうか。……ほう、お主は面白い魔力を持っているのう」

 唐突に俺を見て、面白そうに眼を細めて眺める大蛇。

 え、まさか美味しそうとか言わないよな!?

「な、何だ唐突に。魔力なんて俺には殆どないぞ?」

「ほう、自分のことが分かっていないのか? お主、動物にやたら好かれたりしないか?」

!? 何でそれを……」

「やはりな。なるほど、どうりでお主を食べたいと思わないわけだ。お主、我と契約する気はないか?」

「契約?」

「そうだ。我と契約すれば、お主は我を使役出来るようになる。もちろん、お主に害を与えられぬようにもな」

「それをしてお前にどんなメリットがあるんだ?」

「我は、いい加減ここから出たい。だが、今のままでは出来ぬ。そこで、お前の魔力だ。それが我に供給されれば我はここから出るのが可能になる。どうせ、人間の寿命などもって百年だろう。それ以降は、我も自由になるということだ」

「なるほど……。それで断ったら?」

 自然とごくりと唾を飲み込む。

 本能で、その答えを聞きたくないと思ってしまう。

 そう思わせる雰囲気を大蛇が醸し出す。

「答えるまでもなかろう。出ることは叶わぬが、お主達を喰って腹の足しにするまでよ」

 うああーっ! やっぱりか。

 逃げようにも、キールはすぐには動けない。

 いくら体力が自慢だとか言っても、キールを背負ってここから脱出するのはかなり時間がかかる。

 きっと、その間に食べられてしまうのだろう。

「だ、だが。お前は動けないんだろう? だったら……」

 シュッっと何かが飛び出てきて、俺に巻きついた。

 それはぬめっとして、それでいて体中を締めつけてくる。

「クックック、これでも逃げられると思うか? 我が舌は、この穴の中くらいなら届くほど伸びるのだぞ?」

 最悪だ。

 この巻きついているのは、大蛇の舌らしい。

 つまり、このまま引きられて食べられるか、契約するかの二択しかなくなったわけだ。

 最後の抵抗とばかりにナイフに手を伸ばそうとすると……。

 キイイイッンと甲高い音を立てて、ナイフが弾き飛ばされた。

 大蛇は舌の先を器用に使って、俺のナイフを弾いたのだった。

「往生際の悪い男よな。それに、お前を飲み込もうと思えばいつでも出来るのだぞ? さあ、最後のチャンスだ。契約するか? それとも、我が胃に収まるか?」

 その時、ふとキールに目が行った。

 キールは恐怖のあまり、既に意識がもうろうとしているみたいだ。

 俺が断れば、俺ばかりかキールの命もここで終わり。

 それを知った時、クレスはどう思うだろうか?

 ダメだ、こんなところで死んでいる場合ではない。

 あとのことは、あとでなんとかするしかない。

「分かった、契約しよう」

「おお、その言葉を待っていた! 我は、かつては神獣と呼ばれし翼を持つ蛇、ヘルメスだ。お主の名前を教えるのだ」

「俺は、ウード。しがないハンターさ」

「ふふふ、お前はこれからはハンターとは言われなくなるだろうよ。では、儀式をする。――我が名は、翼を持つ蛇、知を司るしん使。我を使いし神の名を受けたその名はヘルメス。我とウードは盟約を結び、ウードを主と認める!」

 すると俺とヘルメスの周りに魔法陣が浮かび上がった。

 同時に光に包まれ、光が収まると大蛇が消えていた。

「え?」

 そして、俺の手にはいつの間に持っていたのか不思議なつえが現れていた。

「ここだ、ウードよ」

 声のする方に目をやると、小ぶりな白蛇が飛んでいる。

 よく見ると、背中には翼があるようだった。

「お前、ヘルメスか?」

「そうだ、主と契約したことにより、その魔力と本体をその杖に封印した。今見えているのは化身なのだ」

「ええと、何で小さくなったの?」

「あんな大きな体では、外に出た時に不便だろう? それにな、あの状態では魔力を大量に消費してしまうのだ。そこの少年が壊した像で我は魔力を維持していたのだが、壊されてしまったのでな。あのままでは、危うく魔力を失い過ぎて命尽きるところだったわ」

 詳しく話を聞くと、どうやら壊した像は封印であり魔力を供給する魔導具でもあるようだ。

 自然に存在する魔力を集めてヘルメスに供給するのと同時に、ヘルメスの力を封印することで魔力の放出を防ぐ効果もあったらしい。

 つまり、像が壊れてしまったのであのままでは魔力が足りなくなり、体を維持出来なくなり消滅するところだったようだ。

「そんな時に、丁度よく変わった魔力を持つウード、お前が目の前にいたからな。契約してお前から魔力を供給して貰えば、我は消えずに済むというわけだ」

「つまり、本当はそれが目的で契約したのか?」

「お、流石に気づいたか? だが、最終手段としてお主を食べるという選択肢もあったのは事実だ。ただ、お主は動物や魔物などの生き物を活性化出来る魔力を持っているからな、契約してお主から魔力を供給して貰うのが一番効率がいいのだよ」

「魔力って、殆どないって認定だったはずだけど……」

「ふむ、人間の測定がどのようにして行われるかは分からぬが、確かにお主は魔力を持っておるよ。まぁ、魔力を持っていない生物などこの世界にはおらぬがな。ただ、お主は魔法として発現する能力を持っていないのだろうよ。なので、魔力を供給するには近くに寄らないと無理なのだ」

 ヘルメスが自己が消滅するのを防ぐために、契約させられた結果になったが、そのおかげで自分の体質を知ることになる。

「お主は、魔力がないのではなく魔力を使って具現化する力がないのだ。そのせいで、折角魔力があっても魔法を使うことが出来ない。しかし、その代わりに魔力自体が特殊でな、お主の魔力を浴びると肉体が活性化し幸福感を得ることが出来るのだよ」

「そんな話、聞いたことないぞ? もし、そうなら誰かそういうことを知ってそうな人が教えてくれそうじゃないか?」

「特殊だと言っただろう? そんな魔力を持つ者は滅多にいないのだ。だから、その存在を知るのは数百年生きる種族や知恵のある魔獣……即ち我のような存在だけなのだよ。ましてや、そんな情報はこの辺境には伝わるわけもないのだ」

「うーん、そう言われればそうなのかもしれないな」

「我ら神獣と言われる者達の間では、お前のような存在を〝神の贄サクリファス〟と呼んでいる」

「さ、サクリファス? 大層な名称だな。それでそれって俺にとっては何かメリットがあるのか?」

「メリットなら受けているだろう? この穴の上で待っている狼なぞは、そのおかげで懐いているのだぞ?」

 軽くない衝撃を受けた。

 そうか、その体質のせいで俺は狼にも懐かれていたのか。

 いや、それだけじゃないんだろうな。

 本来は気性の難しい馬や、その他の家畜達も苦労して捕まえた覚えはない。

 皆、大体ゆっくり近づくと警戒せずに捕縛用の縄をかけることが出来る。

 それもこれも、俺の特殊な魔力のおかげだというのか……。

「だが、逆に気をつけなければいけないぞ? 知性が極端に低いものには、お前は単なる〝ごそう〟にしか見えないからな? そういうのも引き寄せるから、色んな意味で好かれるのだ」

「それ、嬉しくないなぁ。下手したら、俺が魔物を引きつける可能性があるのか?」

「それはあるだろうな。お主から放たれる魔力のざんは、分かりやすく説明すると甘い香りがするのだ。それを辿ってくるものもおるだろうさ」

 こんなおっさんから甘い香りとか、何の冗談かと言いたいがヘルメスが言うのだからそうなんだろうな。

 そうだ、この杖について聞かないとだな。

 一体何なのだろう、すごいものだろうとしか分からない。

「先ほど言った通り、お主は魔力を魔法に換えることが出来ない。だが、我が本体が封じてあるその『の杖』があれば、それを通して効率よく魔力を我に供給出来るというわけだ」

「じゃあ、この杖を捨てるとお前は死ぬのか?」

「恐ろしいことを考える奴だな。だが、それはムリだぞ? 契約した本体はそちらにおるのだ。お主が死ぬか契約が破棄されない限りは、一生手放すことは出来ないと思え。お主はよき伴侶を得てよかったな」

 そう言うと、まるで意思を持っているかのように杖が浮遊し、俺の周りをクルクルと周り出す。

 手に持たなくても大丈夫というのはいいが、こんなものを町で見せたら色々と問題が起こりそうだ。

「誰がよき伴侶だよ! 再婚相手は蛇神様なんだってクレスに言ったら卒倒するわっ! てか、もうキールは気を失ってるし! どうしてくれるんだ!」

「わぁーわぁー喚くな。人間の姿がいいのか? 気が向けばなってやってもよいぞ? 魔力を大きく消費するから今は出来んが、お主の気に入る姿になってやらんこともないぞ? さて、この少年…… キールか? 怪我をしているのだろう? 我が杖をかざすとよい」

 何をするかは分からないが悪意は感じられない。

 言われた通りに智慧の杖を翳してみる。

「〝治癒の光〟」

 そうヘルメス(の分身)が発すると、杖から光が発せられキールを包んでいく。

 しばらくすると、キールが目を覚ました。

「う……う、父さん? はっ、さっきの大蛇は!?

「うん、もう大丈夫だ。あの大蛇は消えたよ。キール、体の調子はどうだ?」

「え? うん、何ともない……あれ、足も痛くないよ!?

 おお、本当に治療出来たようだ。

 しかも、足の捻挫も治ったみたいだな。

「すごいもんだな」

「我はこう見えて医学の神の使いでもあるのだ。この程度なら、わけもないのだ」

「うわっ! ……小さい蛇……の神様?」

 どうやらキールの中ではそういう結論になったようだ。

 そこでさっきの大蛇がこの蛇になったと説明をする。

 ついでに、もう食べられる心配もなくなったとも。

「そっか……、そうなんだね、よかったぁぁぁっ」

 と言って、涙をポロポロと零し始めた。

 どうやら、張り詰めていた緊張の糸が切れたようだ。

 まぁ、目の前に大きな蛇の顔があれば死しか想像出来ないよな。

 俺も諦めかけていたからしょうがない。

「とりあえず、帰ろう。今日はもう山菜どころじゃないわ」

「うん、そうだね。このヘルメス様はそのままついて来るの?」

「当たり前であろう? 我はウードが死ぬまで一生ついて行くのだからな」

「そ、そうなんですね」

「ヘルメスはそのまま飛べば大丈夫だよな? キールしっかり掴まってろよ?」

「うん、父さん大丈夫だよ!」

「よし、エース!! 引っ張れ~!!

 ウォオン!!と大きくくと、グイっと一気に体がロープに引っ張られて浮かぶ。

 自分からもロープをたぐり、徐々に上っていく。

 かなり時間がかかったが、何とか穴の外に出ることに成功する。

「エース、よくやったぞ。いい子だ!」

 頑張って俺達を引き上げてくれたエースを思いっきり撫でて労ってやる。

 しばらく嬉しそうにすると、ヘルメスを見つけてウヴーッ!と威嚇し始めた。

 見た目は小さい翼がある蛇にしか見えないが、それでもただならぬ力を感じたようだった。

 そんなエースに、「大丈夫だ、新しい仲間だよ?」と諭しつつ再度撫でてやる。

「ほう、勘の鋭い狼だな。エースというのか? 我はヘルメスだ、よろしくな」

 その言葉を理解したのか、エースもやっと警戒を解いてくれた。

 思わぬことで時間を食ってしまったので、俺達は急いで家に帰ることにした。

 キールの怪我は治ったが、歩くのがやっとだったのでエースの背中に乗せて運んで貰うことにした。

 俺は荷物を何とか一人で全て背負い、足早に森に入った。

 俺のあとにはキールを背負ったエース、そして俺の横にはふよふよ浮かぶヘルメスといった感じだ。

 何気にヘルメスが魔物を感知して知らせてくれるので、帰りは思ったよりもスムーズに戻れたのだった。

 これが俺の相棒の一匹、神獣ヘルメスとの出会いであった。

 そして、この出会いのおかげで俺はクレスについて行くことが出来るのだが、その話はまたあとの話だ。