「……んむ?」

 目を覚ました時、私は見知らぬ場所で寝転がっていた。

「ここは……?」

 そこそこの広さがある部屋なのは分かるけど、上質な木で作られた家に草で編まれた床という見た事も無い建築技術。

 更に人間に紛れて長年彼等の生活を見て来たはずの私でも目にした事がない、用途の分からない不思議な道具がそこかしこに並べられている。

 しかし見知らぬ場所に驚きはあるけど、不思議と恐怖は感じない。

 どちらかというと全体的に温かい雰囲気は、ある人物を思い起こさせる。

「そっか……ここが主の、ニオウイン・ジンの自己精神世界アストラルサイド

 召喚獣は術者の自己精神世界に本体を置き、術者の魔力で具現化する、だからこそ現実世界でやられても本体は無事……知識では知っていたけど。

「自己精神世界は術者の意識の影響を受ける……つまりここが主の用意した私の住処?」

 自分の口から出た言葉に思わず口元がほころぶ。

 だってそうでしょう? 召喚獣契約はようするに術者に隷属する事、つまりどういう扱いを受けても不思議ではない。

 イメージ的に鉄格子の中でもおかしくは無いのに。

 にも拘らず一番自分で住み良いと思っている『実家』を提供するとか……。

「どこまでお人好しなの、貴方は」

『それでは次のニュースです』

「わあ!?

 突然聞こえた声に飛び上がってしまう。

 ここが主の自己精神世界だとすると、召喚獣第一号の私が住人第一号でもあるはず。誰かがいるはずもないのに。

 慌てて辺りを見回してみると……用途の分からない道具の一つ、四角い黒い硝子みたいだと思っていた物が煌々と光を発して、その中で立派な服を着たオジ様が何やら話している。

『動物園でパンダが初の出産を……』

「どうぶつえん? ぱんだ? なんなのそれ?」

 思わず質問する私を余所に、オジ様は次々と情報を話している。

 その内オジ様の姿が件の【ぱんだ】の姿に変わった。

「これは……魔力の投影装置みたいな物なのかしら? 映像の綺麗さは桁違いだけど」

 しばらく色々試してみて、どうやらこの黒い道具が【てれび】という情報端末の一種である事が分かった。

 そして【りもこん】という長細い道具を使うとあらゆる情報を見る事が出来る。

 この道具は凄い、それに情報の種類も豊富だ。

 異なる世界の今、それに過去の情報だけではなく見る者を楽しませる目的の、本や劇のような物まである。

【どらま】というらしいけど……私は突然始まった【どらま】に魅入ってしまった。

 ……小一時間後。

『奥さん、俺は、俺はもう!』

『ダメよ年男さん! 私には主人が……』

「あ~ん、じれったいわね~。一気に行け一気に、トシオ!」

『次回へ続く……』

 なんですって! どらまの一種らしい【ひるどら】は一番盛り上がった辺りで終わってしまった。

「く……続きが気になる。愛と背徳のスーパーマーケット……」

 次の放送時間をチェックしておかないと……メモメモ。

 そしていつの間にかゴロ寝して【ひるどら】に耽っていた私だったけど、てれびを消して立ち上がると、自分の姿に今更ながら驚いた。

 姿はいつもの省エネ幼女から本来の大人サイズになって、自慢のメリハリボディも健在で文句は無いけど、着ている服がいつもと違う。

 上質な白い毛糸で編まれた首までしっかり温かいセーターと、丈夫な青い布で作られたズボンを着ている。

 いつものサキュバス形態を考えれば大分厚着なんだけど、体の線はしっかりと出ていていつもとは違うセクシーさがある。

 これはこれで悪くない……けど。

「この格好が主が私に抱くイメージって事?」

 なんだろう? 主が私と誰かを重ねているイメージを感じるね。


 家の中を探索してみると、そこは驚きの連続だった。何しろ全てが『こっちの世界』と概念が違うのだから。

 しかしここは主『ニオウイン・ジン』の自己精神世界、彼の召喚獣になった私には自然とここでの有り様が分かってくる。

 まずは台所。

 本来は術者の魔力を取り込める召喚獣になったのだから、魔力供給に形など要らない。

 にも拘わらず、ここでは魔力が術者のイメージのせいか『食事』として現れるようで、台所に入るとテーブルに載っていたのは湯気が立って香しいご飯。

 元々サキュバスは〝他者の精神エネルギー〟を力に変換するから、人間の食事は意味を成さない。

 でも、人間が日々糧にしている食事を羨ましく思った事が無いといえば、ウソになる。

 親しい人、愛しい人が作り、それを共に食す……そんな人間はいつも私に美味しい喜びの精神エネルギーを与えてくれた。

 そんな食事という物はどんな物なのだろうか?

 白く輝く主食、これはコメか?

 それにイイ匂いを放つ魅惑のスープと焼き色が美しい上等な海の魚。

 彩りの美しい副菜の数々。

 思い切ってテーブルに並んだ数々の料理に手を伸ばし、口にした瞬間、今までの人生で味わった事の無かった【味覚】の喜びが全身を駆け巡った。

「お……美味しい!!


 ……ぐむ、ちょっと食べ過ぎたかな?

 人間っていつもこんな食事をしているのか……そりゃあ喜びもひとしおでしょう。

 幸せそうに食べる人間のエネルギーが美味しいのも分かるね。

 さて……次はこの家の情報を集めてみようかな?

 この家は2階建てで、結構な広さがあって住人が各自部屋を持っているらしい。

 その中で見つけた【家族しゃしん】という精巧な絵を見て、主が無意識に私を誰と重ね合わせていたのか分かった。

 どちらかと言えばおっとりした感じの、優しそうに微笑む年上の女性は私の今の格好と同じ、シンプルでもセクシーさを失わない。

 主は私を『姉』の立ち位置でイメージしているらしいな。

「普段あんなちっちゃい姿でも、私をお姉さんとしてイメージしちゃうのか」

 外見ではなく本質を見られているようで……少々照れ臭くなるね。


 探索で分かった事だけど、どうやら自己精神世界の家でもあるじにイメージ出来ないものは現せないらしい。

 平たく言えば知らない事は具現出来ないらしく、外見はともかく各部屋の引き出しやらクローゼットやらは空な事が多い。

 特に部屋全体が白やピンクの色彩で、可愛い人形や縫いぐるみが多い、一目で女子、妹のだろうな~と思う部屋は引き出し、クローゼット、日記の中身に至るまで全てが空だった。

「ちぇ~、ジェントルマンめぇ~。ここで妹の日記やら下着やらが出てきたら面白かったのに~」

 本人にこんな事を言えば『アホか』の一言でバッサリでしょうけどね。

 そして私は遂にこの家の中で唯一、身が全て詰まっている部屋を見つけた。

 主の自己精神世界で部屋の中身を把握している場所……そう、主の、ジンの部屋。

 何だかんだいっても私もサキュバス。

 そっち方面の悪戯心は生来持っているつもりだ。

 年頃の男子が隠し持っている女性への性的な興味を覗き見てみたい。

 一体、あの強面の主にはどんな欲求が隠されているのか?

 私は目を光らせてターゲットを探す。

「引き出しの裏、ベッドの下、全ての本を抜いた本棚の奥……恐らくはそこに!」

 主にだってあるはずなのだ、1冊や2冊……エッチな本が!!

 そして何食わぬ顔で言ってあげるのよ「お兄ちゃんって○○が好みなんだ~」って。

 羞恥に歪む顔を思い浮かべて探ってみると……案の定出て来る出て来るカバー付きの本たちが。

「むふふふ……やはりね」

 十冊は超える、思ったよりも数が多い事に思わずほくそ笑んでしまう。

「うふふ……中々お盛んじゃない?」

 私は嗜虐的な感情の赴くままに本のカバーを取ってみる。

 そこにあったのは異国の文字。

 なのに召喚獣になった影響なのか、私にはその文字をしっかり読む事が出来た。


『人付き合いの方法』『他人に恐怖を与えない10の方法』『友達百人達成! 今日から君は人気者』『これで私は変わった。見た目で損する君へのアドバイス』


 ……ほろり。

 読めなきゃ良かった……。

 全てが怖がられる自分の悩みに対する本ばかり。

「あの……違うでしょ。ここは私を泣かせに来るところじゃないでしょうに」

 ちょっとしたイタズラのつもりだったのに……物凄い罪悪感が。

 ……なんかゴメン。


 少しの間一人で落ち込んでいると、机の上に置かれた一枚の【しゃしん】が目に入った。

 それは皆がとても良い笑顔なのだけど、本来ならありえないだろう場面。

 とても楽しそうにしている主と同じ服装のヤンチャそうな男子と真面目そうな男子。

 年の離れたおじさんや年下の女の子。

 その人たちが主の元いた世界で心から親しいと思っている人物である事はその笑顔から察する事が出来る。

 でも、ありえないのは主の横と頭。

 寄り添うシスター・マリーベルと頭にしがみ付いている幼女姿の私の姿。

 つまりこれは『世界を問わず、主が親しいと思った人たち』の象徴。

 その中に自分すら写っていた事実に、本日何度目か分からない苦笑が自然と漏れた。

「仕方がないなぁ~。貴方はそんなに私を下僕にするのが嫌ですか」

 あくまで強要はしない。

 隷属ではなく本人の意志での共存を望む。

 それはこの自己精神世界の家の門が開いていて、いつでも出て行ける事からも明白。

 主……いや、お兄ちゃんが私に望む事はそれだけで察せられる。

 恐怖、服従の上目遣いはいらない。

 対等な『人間』としての付き合いを召喚獣になった私にすら望む……。


「まったくもう……サキユバスを本気にさせる気なの? 貴方は……」