エピローグ 『貴様、私の聖女に何をする!!』


 村長と呼ばれた男は後悔していた。

『後はてめえで考えろ』

『魔導書ネクロノミコン』を自分に渡した赤い髪の者が目の前に立った時。

 自分よりも年下のはずの青年が言った言葉を、サキュバスがせんべつとしてくれた悪夢の意味を深く考えなかった事に。

 しかし後悔はいつでも先には立ってくれない。

「ま、待ってくれ! 頼む! もう一度チャンスを!!

 しかし必死の形相で懇願する男を目にして〝赤髪の女性〟は面倒くさそうに息を吐いた。

「やれやれ、なるべく人に在らざる精神を持つ者を選んだというのに……こういう実験体はそもそも根性が無いからこの辺りが限界か……」

 悪夢の通り、目の前の人物は手にしたノートに何やら書き記しながら、こっちの事など全く気にした様子も無く、目も合わせずに片手を向けて来る。

「全く、実験もいいけど実りが少ないとゴミ処理が面倒なのに……」

 その言葉には悪夢の通り、感慨も残虐性も無い。

〝赤髪の女性〟にとってはただの日常、面倒を片手間で処理するノリで発生させた魔力が村長だった男に向いた瞬間、男の全身から炎が噴き上がった。

 内側から燃え上がったように……。

「ギャアアアアアアアア

 後悔と苦痛に満ちた叫び声、それはほんの一瞬の出来事。

 ばくだいな熱量にさらされた男は骨すら残さずに灰になって虚空へと散っていった。

 恨み言すら言えずにアッサリと。

「いやいや、しかし実験自体に実りはありませんでしたけど、思いの他良い曲が作れそうではありますね。特にあの少年の周りでは」

 男の壮絶な死にすら何も感慨が湧かない様子だった〝それ〟は、しやくねつ色の赤い髪をさらりとなびかせ、その時になってようやく笑顔を見せた。

 目の前の光景にはそぐわない程、本当に、本当に楽しそうな笑顔で歌を口ずさんで。


「光をまとい大地を照らす少女……闇を集わせ大地を覆う少年……幾多の時を数え……二つが出会うは悲劇の序曲……」


 それは鎮魂歌のつもりなのか、曲調も歌も悲しげな物……。

 だというのに本当に楽しげに歌いたてごとを奏でる吟遊詩人の姿は禍々しく、そして不気味で……。



 怒れる修道女を何とかなだめ透かし、ご機嫌を取りつつ出発した俺たちだったのだが、何故だかマリーは不機嫌なままだった。

 妙なくらいに俺の肩に乗って頭をテシテシ叩くユメに視線が向かっているような……。

「ユメさん……その、はしたないですよ。女の子が気軽に男性と接触するなど」

 どうやら男女の接触について苦言を呈しているようだけど、この修道女、まとめて俺の事も睨んでないか?

 しかしユメは悪びれた様子もなく、むしろ楽しそうに言う。

「おんや~? もしかして羨ましいのかな~? 私がお兄ちゃんと仲良くしてるのが?」

「な! 何を言って!?

「んでも、お姉ちゃんじゃ肩車は難しいかな~? でもお姉ちゃんの太モモに挟まれるならお兄ちゃんも頑張れるか~。代わろうか?」

「な、な、な!?

 ユメの返しにドンドンと顔を赤くして行くマリー。やはりコイツは本質的に悪戯好きのサキュバスなんだな……。

「あんまり純情な修道女をいじめるなよ」

「でも、お兄ちゃんだって興味あるでしょ? お姉ちゃんに挟まれる感触……」

「なななななななな!!!?

…………そして俺まで巻き込むな」

 興味は大いにあるけれどな……。

 そんなバカ話をしながらの珍道中もたまには悪くない。

 そう思っていたのだが、どうやら簡単に先には進めないようで……山道を歩く俺たちの前にまたもや緑色のあんチクショウが数匹姿を現した。

「ぎゃ、ぎゃぎゃ!」「ぎゃぎゃ!!

「またお前等かよ……」

 正直なところもういい加減にして欲しいのだが、向こうが放って置いてくれるワケでもない。仕方なく武器召喚をすると、手に収まったのはまたもやバールだった。

「……出現頻度はコイツが一番多い気がするけど、俺のベストな武器がコレって事はないだろうな」

 そう愚痴りつつ俺はビクつくマリーをかばうようにゴブリンたちに向かってバールを構えた。様にならないのは分かっているが。

 しかし俺が連中と戦う事も無く、ましてビビらす事も無く、異変が起こった。

 一拍の間に現れたゴブリン全ての首が宙を舞っていたのだ。

「……は?」

 その光景にきようがくするけど、もっと驚愕したのは当のゴブリンたちだろう。何の前触れも無く、声も出せずに自分たちが絶命しているなんて。

 遅れて首の無くなったゴブリンの胴体から噴き出す飛沫しぶきの向こうにいたのはかつちゆう姿の騎士が一人、大振りなバスターソードを携えて立っていた。

 ここからでは顔は見えないけど銀髪である事は分かる。

「あ、あれは!」

「……知り合いか? マリー」

 その騎士の登場にいちはやく反応したのはマリーだった。

「ハイ! 私の護衛騎士でおさなじみの……無事だったのですね!!

 護衛騎士、つまりアイツがマリーの用心棒で、保護者で、幼馴染の……喜色を浮かべるマリーの姿に、またもやモヤっとした何かが浮かび上がって来る。

 だが、そんな事を考えている暇は無かった。

「イリス! 何をする気!?

「なに!?

 件の騎士は俺に向かって突然バスターソードを振り下ろして来たのだから。

 結構な距離があったというのに、前触れ無く、一足飛びでアッサリと。

 そのスピードに驚愕し、俺はとつにバールでけんげきはじかえした。金属音と共に火花が飛び散る。

「てめえ、何しやがる!」

 大振りを弾いた瞬間の隙を狙って、俺は退こうとする騎士のチェストプレートの隙間にバールをねじ込み、すれ違い様プレートを引っぺがしてやった。

「きゃっ!」

 同時に少々衣服も引っ掛けたらしく、「ビリ」という裂ける音が聞こえたが、同時に聞き捨てならない声が聞こえたような……。

「きゃっ?」

 恐る恐る視線を移すと、目の前にいるのは胸部をかばいつつ俺の事を怒りと羞恥の瞳で見据える銀髪の見目麗しい騎士の姿。

 チラリと裂けた服から見えるのは……確か英名ブラジャー……おや?

 え? あれ? もしかしてマリーの護衛騎士って……。

「女性……だったのか?」

「はい、そうですよ。言ってませんでしたっけ?」

 俺の間抜けな質問に答えるマリーは何故か少々軽蔑の瞳、お怒りのようで……いや、これは不可抗力じゃないか?

「このらち者め! 聖女から、マリーから離れろ!!