11章 『そんな貴方を見ていたい』


 せんこうを上げた魔導書の悪魔のような断末魔の声を聞いた村人たちは、恐怖しながらも恐る恐る教会前広場に集まり、そして目撃する事になった。

 消え行く邪悪な魔導書が、聖女に対して最後のじゆを唱える様を。

 そして長い暗黒を晴らす朝日を背に、邪悪な存在にさえも安息の祈りをささげる、黄金色に輝くシスター・マリーベルの神々しい姿を。

 ……何という日の出のタイミングの良さか。やっぱり持っている奴はこういうタイミング的な物を持っているって奴だろうか?

 その光景を目撃して誰ともなく口を突いて出たのは、2年前からは聞かれていなかった聖光教会での最高の称号だった。

「聖女だ」

「聖女様が、悪魔を打ち滅ぼしたんだ……」

 そして村人たちがれている隙に、覚醒していると死に至る呪いが消えた今、不用になった『眠り』の魔法をユメは拍手一つで解いた。

眠魔解呪デイスペル・スリープ



 窓の外で立ち上がった閃光を見つめる村人の中にはスキンヘッドの大男、ハリーもいて、当然背筋が寒くなるような絶叫も耳にしていた。

 全て教会方面からの事象で、彼は『この村はもう終わりじゃ?』など縁起でもない事を考えてしまっていた。

「アナタ!? アナタアアア!!

 そんな時に急に『眠り病』に侵され眠り続ける弟の部屋から義妹の叫び声が聞こえた。

 まさか、最悪の事態が!? と慌てて部屋の扉を開いたハリーが目にしたのは、絶望とは程遠い光景。

 眠り続けてすっかりやせ細ってしまったが、それでも起き上がり泣きじゃくる妻を優しく抱擁する弟の姿だった。

「兄貴……おはよう」

「お、お、おはよう……じゃねーぞおめえ! どれだけ寝過ごしたと思ってやがる!!

 鉱夫の中でも迫力のあるハリーの怒号。

 だが、笑いながら、泣きながら言ったところで説得力など欠片も無かった。



 長い間苦しめられて来た『眠り病』が解けた事を『悪魔の消滅』と結び付けるのは、まあ当然の流れで……ロロイプールは一瞬で『聖女マリーベル』をたたえる大喝采に包まれた。

「聖女様が眠り病を打ち滅ぼして下さった!」

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!

「お父さんが起きたよ!! ありがとう聖女さまああ!!

「チクショウ! 回復魔法であれ程おとしめた俺たちなのに……それでも助けてくださるとは、何と慈悲深い」

 圧倒的な村人たちの感謝の言葉、賞賛の嵐の中から小さく「違います! これは私の手柄では……」何て声も聞こえるけど。

 俺はそのけんそうを少し離れた場所、村の出口付近で聞きながら歩いていた。

 村を救った英雄、そこに俺みたいな悪人面の奴隷商がいては映えないだろうしな。

 俺は早々に村から出る事にしたのだ。

「いいの? お兄ちゃん。お姉ちゃんに黙って出てきちゃって~」

 そう言いつつユメは俺の頭をテシテシと無遠慮に叩く。

 ちなみに彼女は俺と契約した事で魔力の枯渇を心配する必要は無くなったらしいが、姿形は自由自在らしく、今は出会った当初のロリサキュバスの姿で俺に肩車されている。

 俺が望んだワケじゃない、飛んで勝手に乗ってきたのだ。

「お姉ちゃんが心配でしょうがないから今まで一緒にいたんでしょ~? なのに置いてきちゃって良いの?」

「……もともとアイツはこの村で仲間と合流する予定だったんだよ。後はそっちに任せれば問題無いだろうさ」

「と~かなんとか言っちゃって……夢の中じゃあ、あ~んな事をしちゃうくらいにお姉ちゃんが気になっているくせに~」

「……その辺にはもう触れるな」

「なんなら、もう一回イイ夢魅せてあげようか? 続編って事で」

「頼む……マジで止めてくれ」

 今思い出してみても顔から火が出そうな気分だ。

 連続で見続けた『マリーとの学園生活の夢』だったが、正直あと一回続きを見ていたら夢の中の俺は果たして何をしていたのだろうか。

 正直見たいような……でも見てしまうと戻れないような……。

「良いんだよ。あの分じゃマリーは村を救った聖女として歓迎されるだろうし、悪人面の奴隷商が一緒じゃ格好つかねーだろ?」

 俺がサラッと言うとユメはあきれたようなためいきを吐いた。

「そっちだって教会関係者が迫害受ける心配が無くなったんだから、偽りの奴隷商はもう要らないじゃない。本当の事を言えば?」

「……めんどい」

「あっそ」

 この顔のせいで第一印象が悪いのはいつもの事だけど、誤解が解けた時まず最初にあるのは謝罪だ。

 そりゃあ向こうは悪かったと思うかもしれないけど、俺的には最早いつもの事だから〝悪い事をした〟と気を使われるのも……何と言うか居心地が悪いのだ。

 ここは全て英雄様マリーに任せるに限る。

「無責任……」

「ほっとけ、英雄なんざなるべき奴がなるもので……それは俺じゃねー」

 俺は村で最低限の旅支度を整えて、今は街道を歩いている。

 こっちの世界の通貨を一つも持っていない俺だったけど、準備の金を提供してくれたのは意外にも金を持っていたユメだった。

「ワリーな大事な貯金を使っちまってよ。後で必ず返すから」

「いいよ別に。サキュバスアタシらに人間の通貨を使う機会は滅多に無いし、何よりアタシはお兄ちゃんの召喚獣、従者の全ては主の物よん」

「……そんな殊勝な事を言うなら、頭をテシテシたたくの止めね? 地味に痛てーよ」

「にゃはは」

 抗議しても手は止めてくれない、むしろ楽しげに寄り一層叩いてくる。んにゃろう。

「だいたい、お前はロロイプールのサキュバスなんだろ? もう村長いねーし討伐の心配も無いから契約解除したっていいんだぞ?」

 元々彼女との召喚獣契約は事件解決の為だった。主犯が逃げ出した今、彼女を俺との契約で縛っているのは、正直気が退けるんだが。

 しかしユメは今度は俺の髪を引っ張り出した。

「や~よ。お兄ちゃんに付いて行った方が面白そうだし、いろんな快感ごはんが食べられそうだしね」

「いでででで! 分かった、分かったから引っ張るな! ハゲたらどうする!!

「それで、これからどこに向かうの?」

 俺の抗議を何でもない事のようにスルーして話題を変えるロリサキュバス……こいつは。

「はあー、そうだな。取り合えず村を出る事しか考えなかったから、どこに向かうかはまだ考えてねーんだが」

 そもそも俺はこの世界の住人ではない。

 妙な力で妙な召喚獣みちづれが出来たけど、やっぱり最終目的は日本に帰る事。

 マリーから聞いた限りじゃ『聖都』ならば手がかりがあるかもしれないらしいが……。


「見つけましたよジンさん!!

「ぐふ!?

 そうあの娘の言葉を思い出した瞬間、怒りをたたえた、聞き覚えのある女性の声と共に腹部に強烈な衝撃が起こった。

 あ……柔らかい。何と言うか、全くと言って良い程に気配を感じなかったんだが?

 恐る恐るタックルをかましてしがみ付く修道女に目をやると、今まで見た事もないようなギラ付く瞳でにらんでいた。

 自分にそんな瞳を向けられる女性は母か妹くらいなものだったのに。

「マ、マリー……どうしてこんな所に?」

 村人たちに囲まれて喝采を受けているあの状態なら、最低半日は動けないだろうとふんでいたのに……。

 マリーは相当急いで来たのか、息を切らせたまま俺から離れた。

「それは、こっちの、セリフ、です!! 何で黙って出て行ってしまうのですか。あれでは私一人で呪いを解いた事になってしまうじゃないですか!!

「……いいんじゃね? そういう事にしておけば」

 俺が思った事をそのまま口にすると、マリーは顔を真っ赤にして更に怒鳴った。

「良いワケがありますか! あのまま村の人たちに本当の英雄の貴方が悪人だと思われ続けるのは我慢がなりません!! せっかく事件解決を元に貴方の誤解を解こうと思ってましたのに……」

 ああそういう事だったのか、眠り病調査から妙に張り切っているとは思っていたけど。

 結局彼女は村人の為、そして俺の為に事件を解決しようとしていたのな。

 彼女の怒りながらも泣きそうな顔を見ていると、自然と溜息が漏れる。

「そんなに人の事ばかり優先して考えなくても……」

「だ・か・ら! 貴方にだけは言われたくありません!!

 そう言うとマリーはグッと近寄って俺を見上げてきた。

 怒りを湛えた瞳のまま。

 あの……そんな近付かないでもらえます?

 後ろだけとはいえ、裸を見てしまってからまともに顔を見れなかったのに、息が掛かるくらい接近しているのは……ちょっと、その。

「何で目を逸らすんですか!? 私は怒ってるんです、ちゃんと前を見て下さい!!

 無茶言うな! そんな怒っているのに可愛い顔を直視できるか!!

「もう良いです、決めました! 貴方は私が直々に『聖都』までお連れします。元の世界へ帰還するその時まで、一緒に行きます!!

「……は!?

 あまりに唐突で強引なマリーの言葉、何もかもが今までの彼女とは違いすぎて戸惑ってしまう。

 えーっと……つまり気弱で折れそうになっているのは光魔法が使用不能になった後付で、こっちがこの娘の素なんだろうか?

 面食らう俺を他所に言いたい事を言ったマリーはプンプンと音が聞こえそうな勢いで先行して歩き出した。

「まったく、人の為だったらちゆうちよ無くケンカしてしまうなんて……こんなに危なっかしい殿方は初めてです。放っておけません!」

「……それこそお前に言われる筋合いねーよ」


 人知れず、二人のやり取りを脇で見ていたユメは悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。

「うん、やっぱり付いて行った方が美味しい『快感』が頂けそうだね。この二人」