9章 『すごい……テクニシャンなのね』


 敵地に乗り込むぞーって気合を入れて武器召喚をした時、出て来たのはバイクだった。

 それもこれはダチであるみようおうの愛車〝だった〟いわゆる族車だ。

 アイツとダチになった時に〝暴走族を解体するケジメ〟としてこのバイクの売却に付き合った事があった。

 無論改造車だった事でほとんど値は付かず、廃車料を取られないだけマシだった程度なのだが、どうもその事にひれが付いて何者かに伝わったらしく〝おういんは地元最強の暴走族を潰した〟という事になったのは甚だ理不尽だったな。

「何物思いにふけってんの、またトラウマ?」

「ほっといてくれ……」

 あきがおで言うユメには、既に武器召喚はセットで自分のトラウマも連れてくる事は伝えてある。同時に俺が『異世界人』である事も。

 しかし彼女はそんな事を気にする様子は欠片かけらも無い。

 契約した事で俺の精神世界と繫がりを持ったせいなのか俺の心情をある程度共有できるらしく、元々俺にあまり恐怖していなかったのに一層れしい態度になった。

「でもコレって凄く速いね、それに灯りだってランタンなんか目じゃないし!」

 初めてバイクに乗ったユメはご機嫌である。

「バイクって言う俺の国では当たり前の乗り物だ。舗装していない道じゃあこれ以上のスピードは出せねえけどな」

「! これ以上が出るの!? この〝ばいく〟って」

「やっぱり安全第一だよな……」

 驚く彼女にいつかもっとスピードを出してやろうかとも思わなくはないけど、今はそんな悠長な事は言ってられない。

 村人たちの病状もそうだけど、何よりもマリーが村人を救えなかった時の事を考えると背筋が凍り付く。

 その時は……間違いなく、あのシスターは折れてしまうだろう。

 救えなかった人たちを余す事無く覚えていて、今もなお後悔と自責の念に苦しんでいる。

 マリー一人の責任ではないというのに……。

「それだけは見たくねーな……何としても」

 そんな自分勝手な決意を新たに到着した場所、そこはロロイプールの集落からは少し外れた場所にあった。

 村と言う規模のワリには随分立派にも見える屋敷で、俺の感覚では〝役場〟もしくは〝公民館〟って言葉が浮かんでくる。

 ロロイプール村長宅、おそらく村に掛かった呪いの主犯格が住む家。

「お兄ちゃん、何で村長が怪しいって思ったの?」

「最初は確証なんか無かった。ほとんど消去法なんだけど……」

 俺は小首を傾げるユメに指を折りつつ説明をする。

「まず冒険者に〝村として〟サキュバス討伐の依頼が出来る。探索、討伐で洞穴に入る時間指定がある程度出来て、しかもワザワザ吟遊詩人に依頼して〝坑道に入れず村全体が不景気の中〟給金を払えるくらいには財力を持った人物……そして何よりも」

「何よりも?」

「一番最初に村の土地神、サキュバスを悪者だと言った張本人らしいからな」

 聞き込み、なんて必要なかった。

 村の中では形骸化しつつあった昔話を掘り起こし、積極的にサキュバスの排除を進めたのは村長ベンジャミンだったらしい。

 俺はユメを乗せたまま村長宅の正面玄関前でアクセルターンを決めると、暴走族名物アクセルからブカシを始めた。


 ヴォン! ヴォン! ヴォオオオオオン!!


 けたたましく不快でしかない爆音が闇夜に響き渡り、迷惑極まりない自己主張をする。

「うわあうるさい!」

 耳を塞いで顔をしかめるユメの意見に俺も全面的に賛成だ……なーんでコレをやりたがるのかね、奴等は。

 しかし今日に限って言えば効果的、俺は騒音に負けない勢いで声を張り上げた。

「出て来い、ロロイプール『村長』ベンジャミン! 村に呪いを掛けやがった落とし前を付けてもらおうか!?

 俺が叫ぶと村長宅の2階の窓が開いて一人の初老の男が顔を出した。

 それは酒場の前で一度見かけた男と同一人物、マリーが酔っ払いを介抱した時にサキュバス討伐の依頼を持ちかけた奴だった。

 ただし、殊勝な顔を浮かべていたあの時とは全く違う、見下しあざ笑う表情は別人のようにも錯覚させる。

「もう隠すつもりは無いって事か?」

「ふん」

 村長は鼻を鳴らすと2回手を叩いた。そうすると村長宅からゾロゾロとゴロツキと名付けても遜色ないガラの悪い連中が姿を現す。

 どうやら最初から襲撃がある事を予想していたらしい。ゴロツキの中には酒場で見かけた奴も混じっている。

「臨時雇いで自宅を守るとか……どんだけ後ろめたい事があるんだ?」

 2階に視線を向けると村長は見下したまま冷笑を浮かべている。

「ふ、何の事か分からんな奴隷商殿。異常者の思い込みで暴行を働かれては敵わんからな……やってしまえ!」

 2030人はいるゴロツキたちの殺気が一気に膨れ上がる。

 俺が正面から鉄パイプを持って凄んで見せてもにらかえして来る辺り、覚悟を決めていると思って良いだろう。

 しかし俺がどうやって切り抜けようか思案していると、ユメが目の前に立って自らの妖艶な全身を見せ付けるように両手を広げた。

「貴方にとっての最高な夢を魅せてあげる。永遠幻夢霧エターナル・ナイトメア

 その瞬間、村長宅全体に怪しげな霧が立ち込めた。

 ユメの能力は主の俺には効果が無いらしいけど、その霧は甘く落ち着く香りで……一度でも吸い込んでしまったゴロツキたちはさっきまでの威勢はどこに行ったのか、一様に目の焦点が合わずにトロンとした目付きになった。

 そして連中はうわ言のように何かに向かって話し始める。

「あ……ヨランダ、お前無事だったのか……待っててくれたのか」

「母ちゃん……ゴメンよお……」

「……ほんとうかあ? 本当に一緒になってくれるのか?」

 ユメの操る魅了の魔法で、掛かった者が最も望む幸せを魅せる強力な幻覚。

 殺気立った連中が一瞬にして無力化してしまう……とんでもないなこりゃ。

「本職の連中をアッサリと……魅了への耐性など身に付けた者たちばかりなのに」

 目の前の光景に余裕ぶっていた村長の眉がわずかに上がった。

「ふふん、確かにただの魅了だったら抗えるね。でもサキュバスの魅了は『快楽・幸福の幻覚』。強制するなんて無粋はしない、相手が本当に望む事を魅せてあげるだけだもの……もっともこの人数全て魅了できたのは私も驚いたけど」

 後頭部をきつつ、彼女も自分の力に驚いているようだ。

「でも、さすがはネクロノミコンに使われる人間。魅了魔法を防ぐくらいはするようね」

 どうやらユメは村長にも魅了魔法を試したようだが、奴には通用しなかったらしい。

「サキュバス……やはり貴様はサキュバスなのか。村に長年住み着く害虫」

 害虫と来たか。理由なんてどうでもいいけど、やっぱり村長からは他の村人たちには感じなかったサキュバスに対する異様な悪意を感じる。

「害虫は害虫らしく、このワシが踏み殺してくれるわ! いでよ、わが忠実なしもべよ!」

 不敵な笑みを浮かべて、突然村長は手にした一冊の古めかしい本を開いた。

 そして開いた本から勢い良く飛び出したのは血走った目をしたゴブリンの群れ。

 突如現れたゴブリンたちは、そのまま俺たちに向かってその小柄で俊敏な体を跳び上がらせて鋭い爪を振り下ろしてきた。

「ま、まさか召喚魔法!?

「「「ギャギャギャ!!」」」

「!」「あぶね!」

 跳び掛かる数匹のゴブリンを俺たちは慌ててかわしたが、連中は後ろに止まっていたバイクにそのまま突っ込んで鉄製のバイクを引き裂いてしまった。

 元々が俺の魔力で具現化した物だから光になって消えるのみで爆発はしないけど。

 こんな物を食らったらひとたまりもない。

「とんでもないな……召喚魔法って」

 警戒を強めて正面を見据えると、村長はすでに2階から俺たちの目の前に降り立っていた。左手に大事そうに一冊の本を携えて。

 表紙が黒く、紙自体は赤茶けて古めかしい本は、自分の容姿を棚上げにしても見るからにまがまがしく見えてしまう。

「そいつが、闇の魔導書ネクロノミコンか?」

 俺の言葉を受けて村長は勝ち誇ったかのようにニヤリと笑う。

「いかにも、コレこそがワシに絶大な力を与えてくれる至高の魔導書。コレさえあればワシは偉大な魔法使いとなる事が出来るのだよ……」

 しかし村長の言葉にユメは鼻を鳴らして、小バカにするように笑った。

「魔法? それのどこが魔法だって言うの?」

「どういう事だ?」

「だまれ!」

 ユメの言葉を遮るように追加のゴブリンたちが村長の本から飛び出してくる。

 今度は砲弾のように直接降りかかるように。

「ブワ!?

「なんの!」

 攻撃が当たる瞬間、ユメは翼を広げて瞬時に上空へと飛び上がった。俺の手を摑んで。

 なかなか出来た召喚獣である。

「サンキュー、助かった」

「なんの、なんの」

「チッ……サキュバスめ、どこまでもワシの邪魔をしおる」

 自分の攻撃がいなされた事もさることながら、それがサキュバスの仕業である事が一番気に食わないようだ。

「一体何をして恨まれてんだよ? さすがにここまで〝お前〟に直接恨み言を言う奴は村でも見なかったぞ?」

「……知らないわよ。言ったでしょ? 私は直接介入なんて無粋はしないし、伝承に限らず村で発生した幸せエネルギーのおこぼれをもらっていただけだしさ」

 だろうな、彼女が直接介入したのは『眠り病』が初めての事。奴がやらかす〝前〟に恨みを買うってのには無理がある。

「偽りの伝承よ。我が絶大なる魔力の前に滅び去るがいい!」

 うーむ、なんか実に中二臭い物言いだ。しかしユメは今の発言にイラッとしたみたいで、俺を抱えたまま怒鳴り返す。

「何が絶大な魔力よ! おおもとになったのは全部ネクロノミコンを使って村人たちから奪った生命力で、一つも自分の実力じゃないじゃない!」

「……だまれ」

「村の長である者が、守るべき村人の生命を脅かして喜びを奪うだなんて……そっちの方がよっぽど害虫の所業じゃない!」

「だまれええええええ!! やってしまえゴブリン共!!

「「「「「ギャギャギャギャギャアア!!」」」」」

 ユメの正論に耐え切れなくなったのか、村長は感情に任せて既に2030匹にはなっているゴブリンたちへ命令を飛ばす。

 ゴブリンたちは跳躍力も中々のモノで、跳び上がって何度も浮遊している俺たちへと襲い掛かって来る。

 同時に響き渡る村長の怒号。

「誰に言われようとも、貴様にだけは言われたくない! 苦しくても悲しくても望んでも、他の者には与えて、ワシには与えなかった貴様からだけは!!

!? 本当に何の事よ」

 目を血走らせて突然ワケの分からない事を叫ぶ村長にユメは戸惑う事しか出来ないようだ。それはそうだ、彼女は本当の意味で〝何もしていない〟のだ。

 元々村に伝わっていたサキュバス伝承を利用して、人間の幸福の感情エネルギーのお零れを貰っていただけなのだから……だけど。

「守るべき村人の生命!? 面倒事のみ押し付け、何も出来ない、生み出さない連中を守ってやる義理はワシには無いわい!」

 村長から出た言葉に俺たちは言葉を失った。

「サキュバス伝承の本質は縁結び、それは男と女に限った話ではなく『眠りに落ちた者を心配する誰かがいる』という事! だと言うのにワシには心配する者どころか罵倒する者すら一人もおらんかった!!

 その時俺は初めて知った。

 サキュバス=男女の恋愛と考えがちだったが、ロロイプールのサキュバス伝承はまさに縁結びの神様、本質は目覚めた時に心配する誰かがいる事だったのだ。

 友人だったら『残念だったな、お前を看病する女はいなかったな』なんて笑いあって、家族であったら心配掛けたと孝行を誓う、まさに縁を結ぶ伝承。

 つまり村長は……この男は一度眠りに落ちた事がある……そして。

「お前等に分かるか! 目覚めた時、誰一人として自分が数日眠りに落ちていた事に気が付いていなかった絶望が、この村の中で自分の存在が最初から無かったというどうこく!!

「……それが、貴方が私を恨む理由」

 ユメは目を血走らせる村長を哀れみを込めた目で見ていた。

 それは、どう考えても逆恨み以外の何ものでもない……ないのだが。

 ムカつく事に、実にムカつく事に……俺にはこいつの気持ちが分かってしまう。

 勝手に助けを〝期待〟して期待を裏切られたからと絶望して恨む……か。

 過去に一度だけ、身に覚えのある自分勝手な感情。そう思うと眼下で恨み言を吐き出す村長が他人には思えず……より一層ムカついてくる。

「ワシに気が付いてくれたのは〝あの方〟だけじゃった! あの方の理想の為、『間違った伝承』を破壊し、ワシの名を偉大なる魔法使いとして知らしめる為には、薄情者共の命など幾ら使っても構わんわい!!

「ふー、ユメ……降ろして貰っていいか?」

「え? うん、お兄ちゃん」

 ユメは大きな翼でゆっくりと着地した。グライダーとかってこんな感じなんだろうか?

「サンキューユメ。後は俺に任せてくれ」

「……大丈夫なの? 借り物とは言っても魔法の威力は本物。並みの人間じゃ……」

 心配そうに言うユメだったが、しかし俺の顔を見た瞬間に言葉を止めた。

「分かりました主、御武運を」

 そして何かを確信したように微笑を浮かべて後ろに下がる。彼女は俺の変化を敏感に感じ取ったようだな。

 反対に目の前に立ったのが俺である事に村長は嘲笑を浮かべていた。

 俺は右手に魔力を集中させる。ランダムに〝他人を恐怖させた日用品〟を呼び出す武器召喚だが、俺自身よりも状況を理解した必要な物品をその都度出してくれた。

 今回はどうだろうか?

 状況的には今までで一番危険、魔法を駆使する強敵に対して俺が手にする一番の武器。

 光が集まり実体化したそれは、ある程度の重量、刃は無いが反りのある本物を模した形の木製の棒。武器召喚で初めて現れた武器らしい武器、それは。

「やっぱり木刀コレだよな」

 俺が木刀を手にした途端、村長は耐え切れないとばかりに笑い始めた。

「くくく、かかかか! なんなんだそれは!? そんな木の棒切れで偉大な魔法使いたるワシを倒そうなどと思っておるのか!?

「……そのつもりだが?」

「ふん、やはり貴様は報告通り、顔だけの腰抜けのようだな!」

「報告だと? どういう事だ」

 あきかえったとばかりに見下した態度をとる村長の、報告という言葉が気になった。

 俺もマリーも、村の中で目立った行動をした覚えはあまり無いのに。

「貴様が奴隷商などではないのは元より、見てくれの恐怖で相手をたぶらかして、いさかいや争いを避けていた事など知っておる。ゴブリンですら同じ手でやり過ごしたらしいの」

!? 何でそんな事まで」

 ゴブリンの一件は俺たちが村に入るより前の出来事、そんな事を何でこの村長は知っている? いや、というよりも俺たちはいつから監視されていたってんだ?

 目の前の自称魔法使いよりもよっぽどその事が気になる。

「オマケに教えておいてやるが、ワシが作り出したゴブリンは狂暴性に特化していて攻撃以外出来ん。つまり、貴様が先日取ったそくな方法など通用しないのだよ」

 つまり逃走本能が効かず、威嚇をしても意味が無いって事か……面倒くさい。

「戦う意思を持たぬ腰抜けなどに、魔法を極めたワシが負ける道理は無い! かかれゴブリン共、骨も残さずらい尽くせ!!

「「「「「ギャギギャギャギャ」」」」」

 村長の得意気なご高説と共に、命令を受けたゴブリンたちは一斉に目を血走らせ、よだれを垂らして襲い掛かって来た。

 本能が赴くままに、ただ俺を食い殺すために。

「危ないお兄ちゃん!」

「ま、確かに俺は腰抜けの部類だよ」

 ユメの叫びを他所に俺に喰らい付こう、爪で引き裂こうとしたゴブリンたちは、一斉に俺を〝すり抜けて〟いた。

「ギ?」「ギャ!?

「……は?」

 一瞬ゴブリンたちが喰らい付いたように見えたのに、俺が無事である事に村長の口から間の抜けた声が漏れる。

「お前が言う通り、大抵の争い事は顔で片が付いちまうし、本当に危なかったら逃げれば良い。そんな事を考えている俺は、多分へし折れかかってるのに、それでも人を助けようとしているどっかの修道女よりもはるかに弱い、腰抜けだろうさ」

 俺は話しつつ〝威圧感を与えるいつもの姿勢〟を〝本来の姿勢〟へと戻した。

 大きく見せようと不用に開いていた脇や足を閉じ、足は肩幅と同じくらい、怒らせていた肩から無駄な力を抜いて木刀を両手で持ち正眼に構える。

 そして深く息を吐いて、眼前の敵をにらけた。

!?

 息を飲む気配は後ろから。俺の様変わりを真っ先に理解したのが敵ではなく味方のユメなのは皮肉な事だ。

「なるほど……お姉ちゃんの言う通り今までなんて少しも怖くないわ。この顔に比べれば」

 俺は顔立ちのせいで常に睨み付けていると思われてしまい、誤解を招きやすい。

 地顔がこうなのだからある程度はもう諦めたけど、友人が言うには俺が本当ににらんだ時は無表情に近く、強い奴であればある程いつもよりもはるかに怖い顔に見えるらしい。

「な、なんだ? 急に殊勝な顔になりおって……何をしておる貴様等、やってしまえ!」

 だが敵である村長はむしろ迫力が無くなったように見えるらしく……やっぱ彼は偉大でも何でもない。借り物の玩具おもちやでテンションを上げているド素人しろうとだ。

 さっきよりも数が多いゴブリンたちが俺へと襲い掛かる……が、全てのゴブリンの攻撃は俺に当たる事は無くすり抜けて行く。

「ギャ!?」「ギギ!?

 そして攻撃対象を見失い、魔力によって作り出されたゴブリンたちは、まるで戸惑いの声を上げるように、アッサリと黒い霧になって霧散してしまった。

 俺の木刀の一撃を食らって。

「な、何故だ? 何故ワシの魔法がすり抜けるのだ!? まさか幻影魔法の類……またしてもサキュバスが!?

 村長は憎しみのこもった瞳でユメを睨むが、当の本人はらんらんとした目で俺の事を眺めている。浮かべた微笑が興奮しているみたいで少し怖いが。

「そんな無粋、するワケないじゃない。私はさっきから主の動きにゾクゾクしっぱなしでそんなヒマはないのよ」

 不謹慎な物言いだが、確かに彼女は何もしていない。そもそも任せろと言った手前、手伝わせていたら格好が付かないし。

「そんな、魔法も使わずに……こんな事はあり得ない」

「元よりゴブリンの攻撃は単調だ。動きは素早いけど主の命令に詳細さは無く、ただ〝襲え〟や〝殺せ〟って雑な物ばかり、それが分かれば大体の見切りは出来る」

 構えたまま俺が説明すると村長の目がきようがくで見開かれた。

「最小の動きで、ゴブリンの素早い動きを見切っているだと!?

「俺は昔っからこの顔のせいで他人の反応は〝逃げる〟か〝排除〟の二つに一つだった」

「な、何を言っている?」

 俺は一息ついて自らのあまり思い出したくない過去を語る。語ってやる義理もないのだが、何となくコイツに対しては言ってやりたい気分なのだ。

「ガキの頃の俺はよ? ツラのせいで見舞われる事の全てを他人のせいにしていた。何にもしてねえのに、なんで俺ばっかりがこんな思いをしなきゃならねえ。誰か何とかしてくれ、助けてくれってよ」

「……何が言いたい貴様」

 村長の顔が驚愕から焦りへ、そして怒りへと変わって行く。見られたくない本心を言い当てられたように。

「知ってんだろアンタなら。待っていても助けてくれる人なんざいやしねぇ。望んでも期待しても、向こうから無償で助けてくれる都合の良い物語なんてあるワケねぇってよ」

「く、来るな!」

 俺は本から飛び出すゴブリンが迫り来るのを木刀を正眼に構えたまま、すり足で見切り全てたたき切り、黒い霧に帰す。

「自分にとって都合の良い物語は他人に与えられる事はありえない。特に俺みたいな第一印象最悪な奴にはな……だから俺は期待して待つのを止めた」

「だ、黙れ! 貴様に何が分かる!?

 俺は自分の事を語っているというのに、動揺する村長は、懲りずにゴブリンを生み出す。

 本当に攻撃はそれしか出来ないのか……。

 その姿は滑稽であり、哀れにも思える。

 俺は新たなゴブリンが本から吐き出される前に、まだ2~3メートルはあった間合いを一足で〝塗りつぶし〟た。

「は!? な!!

 魔法を放つ前に接近された事で動揺したのか、本から出ようとしたゴブリンは形を成さずに霧散消滅してしまう。

 集中を乱しただけで使えなくなるとは、魔法って意外と使い勝手が悪いな。

「分かるワケねーだろ。全部人のせいにして人を踏みにじっても良いと思うようなゲスの気持ちなんざよ……ひねくれてた時の気持ちが理解できるだけでも腹が立つ!」

「ひ、ひい!?

「人のせいにしたって良かった。心が折れないよう逃げたって良かった。なのに全部自分で抱え込んで、折れそうなのにそれでも人の為に『聖女』であった過去を否定して……それでも頑張るアイツの物語において、てめえは妨げにしかならねえんだよ!」

 驚愕と恐怖の声を上げる村長に、俺は木刀を振り下ろした。

「グガアアア!?

 ガッ、と木刀を通じて人を叩いた、鈍く、嫌な感触が両手に伝わる。

 いつもながら痛いのは自分であっても他人であっても好きにはなれない。

「だったら、俺はアイツの物語の『魔王』になってやる……アイツの望む尊い決意を全てをぶち壊す、最低な魔王にな」

 のうしんとうを起こす程度に加減した一撃を受けた村長は、その場で倒れた。

 俺が彼に向かって一礼すると、木刀は光になって虚空へ霧散する。

 お役目終了って事らしい。

 同時に脇から一人分の拍手が起こる。

「凄いね、お兄ちゃん。私、魔法使いに対して補助もマジックアイテムも無しに、不意打ちでもなく正面から倒した人間なんて初めて見たよ」

 ユメは興奮気味に賞賛してくれるけど、身に着けた経緯を考えればそんな大層な技術ではないんだよな。

「ウチのじいちゃんがそういう事の達人でな、昔から絡まれる事が多かった俺に色々仕込んでくれたんだよ」

 そのお陰で回避できた事件もあれば、逆に引き寄せてしまった厄介事も無くも無く……感謝していいのか少し微妙なんだが。



 男は夢を見ていた。それは闇をはらんだ甘美な夢。

 自分を無視し、蔑ろにし、厄介事ばかり押し付けて来た連中の生命力を奪い取って我が物とし、その結果、自分が最強の魔法使いになる夢。

 しかしそれは一転して悪夢へ変わる。

 強大な力を与えてくれた『魔導書ネクロノミコン』が手の中で燃え落ちる。

 全身がしやくねつの色の光で覆われた、顔も形も、性別さえ分からない目の前の人物によって。

『やれやれ、なるべく人に在らざる精神を持つ者を選んだというのに……こういう実験体はそもそも根性が無いからこの辺りが限界か……』

『な、何を……何を言って?』

 目の前の人物は手にしたノートに何やら書き記しながら、こっちの事など全く気にした様子も無く、目も合わせずに片手を向けた。

『全く、実験もいいけど実りが少ないとゴミ処理が面倒なのに……』

 その言葉に感慨も残虐性も無かった。ただただ面倒を押し付けられて別の仕事の片手間に処理しようとするだけの、日常をこなすようにしか見えない。

 しかしその片手間の動作だけで、自分の全身から炎が一斉に噴出したのだ。

 まるで内側から炎が燃え出したかのように。

『ギャアアアアアアアア!!


「ハ!?

 強烈な悪夢から目を覚ました時、村長と呼ばれる男は今見た事が夢であった事に深くあんしかけて……目の前に今さっき魔法を駆使する自分を苦も無くこんとうさせた男がサキュバスと共に立っている事実に、悪夢はまだ続いている事を自覚する。

「は! う、ゴ、ゴブリンよ!」

 とつに手を突き出して呪文を唱えても、手にしていた魔導書が無い事実に絶望する。

 それこそ魔法が使えたのが夢であったかのように。

「良い夢は見れたかしら?」

 ニヤリと妖艶に微笑むサキュバスにゾクリと全身に鳥肌が立つ、全ての毛が逆立つ。

 最早サキュバスに積年の恨みなど感じない、そんな余裕も無い。

 ただただ純粋な恐怖だけが男を支配していた。

「本当は無粋な悪夢なんて魅せるのは主義に反するけど、貴方には特別に魅せてあげたわ。悪夢の未来ナイトメア・スクルズ、貴方の悪事に見合った未来の姿を」

「な、なんだって!?

 それは目の前のサキュバスに対しての恐怖か、それとも魅せられた悪夢への恐怖か、どちらかは分からない冷や汗が全身から流れ落ちる。

「闇の魔導書ネクロノミコンと契約しといて、何も代償無しだなんて甘い事考えていたの? だとしたら相当おめでたい坊やねぇ~」

 クククと笑う様は魔族そのもの、男は既に腰を抜かして立ち上がる事が出来ずにただただ後ずさる事しか出来ない。

 頼みの魔導書が無ければ戦う術など無いのだから。

 そしてサキュバスの後方に控えていたジンが歩み出た瞬間、男の息が止まった。

「ひ、ひ……」

 さっきの戦いでジンに対する情報が間違っていた事など、戦いの素人しろうとである男にも最早明白であった。

『コイツは弱くも腰抜けでもない! 今まで手を出さなかったのは〝その気が無かった〟だけだったんだ!』

 後ずさりを繰り返し、ついには泣いて失禁までする男の姿にジンは深いためいきいた。

「今てめえに魅せた悪夢は俺の壱の召喚獣、ユメからの温情、けだ。そいつをどう判断するかはてめえで考えろ……」

「はひ、ひいいい!?

 静かに、本当に静かに語りかけるジンと目が合った瞬間、男の抜けた腰に力が戻った。

 本能が危機を察知して〝殺される〟と判断したのか、倒れこみそうになりながらもロロイプールの村長だった男は二人の目の前から逃げて行った。


「追わなくても良いの?」

「……さあな、俺は聖人でも警察でもないからな……許す許さないは他の奴に任すさ。最低限の逃げ道はお前が示してくれたし」

「買いかぶり過ぎよ……お兄ちゃん」


 残念な事に村長だった男は気が付いていなかった。

 自分に恐怖を与えた二人が、罪人である者に本当に温情を与えていた事に。

 己の所業を後悔し、自首する……それさえ出来ていれば。



 村長が逃げ出したところから少し離れた場所に、一冊の分厚い本が放置されていた。

 それは村長が得意気に自慢していた呪いの元凶、闇の魔導書ネクロノミコン。

「コイツが呪いの原因……」

「あ! 触っちゃダメ!!

 俺が何気なく拾おうとすると、ユメが慌てて俺の腕をつかんで止めた。

「魔導書ネクロノミコンはそれ自体が意思を持っていて、契約者か特殊な力を持った人じゃない限り、触れただけでも呪われて魂が食い尽くされるよ!」

「うお!? あぶね!!

 慌てて手を引っ込めて止めてくれたユメに感謝する。知らないってのはやっぱりおっかない事だよな。

「でもこのままってワケにゃ行かねーだろ? 誰かが知らずに触ったらコトだし、まかり間違って、またアイツが手にしたら……」

 俺がヤツが逃げた方向を目で示すと、ユメはその辺に落ちていた木の枝を使って魔導書をツンツンと突いてみせる。

「直接触れなきゃ大丈夫。シャベルで持つとか木の棒で挟むとかね」

「……そんないい加減でいいのか? だったら」

 俺は武器召喚を今の気分でしてみると……現れたのは柄が長いタイプの火ばさみ。

 バーベキューだけでなくゴミ拾いでも活躍する便利な奴だ。

 それを使って魔導書をそ~っと摑む。物凄くバッチイ物を扱うように……。

 しかし、コイツは本当にどう処分すべきか。

 ただの本に見えるのに黒い表紙からは禍々しい何かが見える気がするのは気のせいか?

「穴に埋めるか、海に捨てるか? でもそうするとまた拾う奴がいるかもしれない危険性が残るか……」

 マンガや映画でこの手の話の2部作はだいたいそのパターンだからな。金目当ての盗賊が手にしたり、近所の子供が掘り返したり……。

 俺は安易な続編は望まない方なので。

「やっぱ火を付けて燃やす方向かな?」

 しかし俺の結論にユメは首を振った。

「単純に火を付けてもダメだよ? 腐っても魔導書だからね。ただの火が引火する程ヤワじゃないのよ」

「……じゃあどうすりゃ良いんだ? この難燃性廃棄物は」

 火ばさみで摑んでブラブラしている魔導書に、地元の山に不法投棄してあった産業廃棄物と同じ憤りを覚える。

 触れただけで害があり普通の方法では処理できない、あるだけでも厄介な代物。

 しかしユメはあっけらかんとした顔でアッサリと答えをくれた。

「何言ってんの? 呪いのアイテムを処理できる特殊な人間なんてすぐそばにいるじゃない。闇が干渉できない光の魔力に守られた聖女様が」