7章 『イイ夢魅せてあ・げ・る』


「ほ、本当か? 本当に魔石の採掘を再開しても大丈夫なのか?」

「これ以上『眠り病』が広がる危険は無いのか!?

 村に戻ったマリーが坑道の事を説明した途端、集まっていた村人たち、特に鉱夫の男たちは色めき立った。

「採掘を行う事自体は問題無いかと思います。洞穴内部での『眠り』は先程説明した暗黒百合から出る粉を吸い込まなければ大丈夫です。ただ、必ずマスクとゴーグルを着用して坑道内部では単独行動を絶対に控えて下さい」

 マリーの説明に男たちはいっせいにうなずいた。

 暗黒百合の花粉を吸い込み、眠ったところに何らかの細工をされているという俺の考えはマリーにも伝えている。

 作業場の暗黒百合を処分してもいいのだが、どうやらあの洞穴内部には無数の暗黒百合が自生しているらしく、いつ何の拍子に花粉を吸い込むか分かったものではない。

 ならば、単独行動さえ控えれば最悪眠った者が出た際に救助、もしくは警戒が出来る。

『眠り病』のせいで本来の仕事が出来なかった鉱夫たちは仕事が出来る歓喜に打ち震える。

「やった、これで家族にひもじい思いをさせなくて済む!」

「チクショウ、今までの分稼ぎまくってやる!」

「よっしゃあ! 待ってろ魔石どもおおお!!

 そんな風に連中がスコップやツルハシを掲げて盛り上がる中、マリーはスキンヘッドの男に近寄った。酒場で彼女が介抱したハリーだ。

「ありがとよシスター、アンタのお陰でとりあえず仕事の再開は出来そうだ」

 そう礼を言うハリーだが、その顔は他の連中に比べれば複雑な物だった。

「とんでもありませんよ。……弟さん、まだ起きられていないのですね」

 マリーの質問はまさに直球だったようで、彼は重いためいきを吐いた。

「あいも変わらず、だ。『眠る』所まで解決して貰ったが『眠り続ける』連中は変わりなく目を覚まさない」

「ハリーさん、大変恐縮なのですが……弟さんを私に直接診察させていただく事は出来ませんか?」

 ハリーは目を見開くが、マリーの真剣な顔を見て口を開いた。

「何か理由でも?」

「この村の『眠り病』には、まだ裏がありそうなのです。直接被害に遭われた方々を直接診察できれば何か分かるかもしれません」

 ハリーはしばらく考えたようだが、マリーの変わらない真剣な表情に頷いて見せた。

「分かった……アンタなら信用できそうだ。後で弟の家まで来てくれ」

 マリーは〝打ち合わせ通り〟に彼と約束を取り付けると真剣な表情で頷いた。

 実はマリーには前もってハリーに弟の診察に行く許可を取るように打ち合わせをしておいた。直接被害者に確認したい事があったのだが、俺の連中からの評価を考えるとマリーから打診した方がスムーズだからな。

 ちなみに俺はと言うと、集合した村人たちからは離れた場所で全体を見渡していた。

 俺の思惑通りに行動する奴がいないかどうか……じっくりと。


 そろそろ昼にさしかかろうかという時間に、俺たちはハリーに連れられて件の『眠り病』のせいで眠り続けているという彼の弟宅へ辿たどいていた。

 手ごろな大きさのいわゆるログハウスで、通された部屋のベッドに横たわる男性はハリーと違って髪の毛もあり、体格もやや細身、であるものの顔立ちは非常に彼に似ていた。

 そんな弟の傍らには彼と同年代くらいの二人の女性が看病している。

 彼女たちは俺たち、ではなくマリーに向かって頭を下げた。

 ま、俺は未だに奴隷商扱いだから……その反応も仕方が無い。

「こっちが俺の嫁で、そしてこの人が弟の婚約者だ。弟は新居の為に仕事を頑張っていた時だったのに……」

 それは、酷い。婚約者の女性は〝新居〟と聞いて表情をゆがめた。どこかで自分のせいだとでも思っているのだろうか?

「弟さんが目覚めなくなったのはいつ頃からなんですか?」

「……こいつは他の眠り病の奴に比べれば少し遅いくらい……おおざつに1年ちょっとか」

 その答えにマリーは目を見開いた。

「1年!? お食事などはどうしているのですか!?

「コレばかりは不幸中の幸いなのか……こんな状態なのに食事は取れるんだよ」

 どうやら介助さえすれば食事は寝たまま取れるらしい。

「栄養状態に問題は無いのですね……では」

 そう言いつつマリーは眠り続ける男性の診察を始めた。最初は呼吸、こうこう、眼球、脈と順番に見て行き、触診の為に寝衣の胸元をはだけた辺りで……表情が変わった。

!! ……すみません皆さん。少し特殊な診察を致しますので、しばらく部屋を出ていただけますか? ドア付近に待機して貰っても結構ですので……」

 マリーの言葉に身内たちはあからさまにマリーではなく俺を警戒した視線を向けてきたのだが、マリーに「この診察には彼も必要ですので」と言明されて渋々退室して行った。

 そして部屋に俺たちと眠り続ける男だけになると、マリーは口を開いた。

「ジンさん……貴方の推測は、大当たりです」

「どういう事だ?」

「私は以前、光魔法を使役していた頃から相反する力を感じる事が出来ました。どうやらその力は魔法と言うよりは属性にるようです……見てください」

 そう言うとマリーは眠っている男性の胸元にゆっくりと手を近づける。

 触れたと思った瞬間、バチッと感電でもしたような音を立てて彼女の手が弾かれた。

「マリー大丈夫か!? 何だ今の」

「大丈夫です。しかしこれでハッキリしました。光属性魔力に反発するのは闇の魔法しかありえません」

 マリーは手を擦りつつ、真剣な表情でつぶやいた。

闇魔法の呪いカースたぐい……しかも相当強力な、何でこんな物が……」

 驚きのあまり一筋の汗がほおを流れるマリーだが、表情には少なからず憤りを感じる。


「闇の魔導書『ネクロノミコン』の他者の生命力を食らう呪い『吸精呪術魔法陣』、本来ならば一週間もたずに精気を食い尽くして死に至らしめる凶悪な呪い」


「「」」

 突然聞こえた解答に、俺たちはきようがくして声の聞こえた方へ視線を向けた。

 そこには薄紫のフワフワな髪、そしてルビーのようなあかい瞳が特徴的な、唯一俺に懐いて来てくれた少女が平然と立っていた。

「あ、貴方! いつの間に部屋に!?

「入り口からだよ? 廊下にいる人には〝何事も起こっていない〟幻覚を見て貰っているけどね」

「げ、幻覚!?

 マリーは少女の登場から驚きっぱなしだが、俺は急な登場にはビックリしたものの、彼女がここにいる事、大の大人を眠らせた事、そして呪いの正体を知っていた事などには、今更驚きは無かった。

「……今度こそ名乗っていただけますかレディ。俺の名はおういんじん、以後お見知りおきを」

 俺が少々芝居がかった仕草で自己紹介すると、返礼のつもりなのか少女はスカートをちょんと摘み上げてお辞儀をした。

「ご丁寧な名乗り上げ、痛み入ります。私はこの村で何年もお世話になっている永遠の美少女。そうですね……貴方がたにはサキュバスと名乗った方が分かりやすいかと」

「サ、サキュ、サキュバス!? 貴方が!?

 マリーは悲鳴に似た声を上げて、言葉を失った。

「やっぱり、村の伝承は洞穴の暗黒百合ゆりのこじ付けってだけじゃなかったんだな。まさか本物が出張ってくるなんてよ」

 俺が溜息混じりに言うと、少女……ロリサキュバスはニヤリと笑って見せた。

「あら、予想してたんじゃなかったの? 私がサキュバスって事」

「いや、ただの子供じゃないとは思ってたが……まさか人外、それも件のサキュバスご本人だったのは……予想外だった」

「よく言うね……あれ程おさなの私を警戒しておいて」

 気が付かれていたか。

 ハッキリ言えば俺は自分にひるまず近寄ってくる子供って時点で、100%の信用はしていなかった。人外とかは考えないけど、何らかの打算があるかなーくらいにはな。

 俺とロリサキュバスが普通に会話していると、マリーは急にハッとした表情になった。

「まってまって待って下さい! 本当に? 本当に貴方みたいなれんで可愛らしい女の子がサキュバスなんですか!?

 一般的なサキュバスのイメージからかけ離れている彼女の容姿に納得が行かないらしい。

 ともすれば難癖にも聞こえるけど。

「可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど……なら」

 そう言いつつロリサキュバスが何やら力を込める仕草をすると、彼女の全身は光に包まれて、一瞬の後に大人サイズに変化した。

 先程の子供っぽさはじんも感じさせない妖艶な美女。レオタード風のきわどい衣装からは胸やら尻やらがはち切れんばかりで、それなのに見事なくびれもあって、ぶっちゃけもの凄くエロイ。

 そして背中の蝙蝠こうもりの羽は彼女が人外であることを証明している。

「……これなら納得してもらえるかな?」

 俺もマリーもその光景にあつに取られてカクカク頷く事しか出来ない。

 しかしそれから数秒も経たない内に、妖艶な大人のサキュバスは元のロリサキュバス、村の子供の姿に戻った。

「ふう……数秒が限度みたいね。今のパワーじゃ」

 呼吸を整え額を拭う彼女からは余裕を感じられない。相当疲労しているようにも見える。

「エネルギー不足って事か?」

「そうね……私はこの村に長い事厄介になっているんだけど、最近はあまり精気をいただけていないから……」

 ロリサキュバスがそんな事を言うと、途端にマリーが顔を赤らめた。

 精気のくだりで少々勘違いしてしたようだ。

 そう言えばマリーにはサキュバスが糧にしているエネルギーを教えていなかったな。

 話を聞くと彼女は昔からこの村にいて、普段はこの姿で子供たちに混じっているらしい。

 都市伝説や昔話で良くある『一緒に遊んでいたのに名前も知らない娘』ってやつか?

 ん? という事は……。

「おい、まさかお前……この村に俺が来た日から……」

 俺がそう言うと何の事かピンと来たらしく、ロリサキュバスは露骨にニヤニヤし始めた。

「サキュバスは本人にとってイイ夢を魅せるだけよん。貴方が夢の中で誰とどこでラブラブちゅっちゅしてても、それは自己責任って事で」

!? やっぱりてめえの仕業だったのか!!

 おかしいとは思ったんだ。幾ら初めて親しくしてくれたのがマリーだったからって、連続で彼女との〝アレ〟な夢を見るなんてよ。

「いや~久しぶりに『思春期の純情』なんて頂けたからね~。行き着くところまで行けばもっと良かったけどお~。な~んであと5秒くらい寝ててくれなかったの?」

「だああああああ! だまれこの未成年!!

「もががががが!?

 俺は楽しそうに余計な事を言おうとしているロリサキュバスの口を塞いだ。

 コイツ夢を魅せるだけじゃねえ、見た夢の内容を分かっていやがる。質が悪いにも程があるだろうに!!

「ジンさんサキュバスとはいえ、小さな子に何をなさるのですか。それに5秒とは一体?」

「何でもない、聞くな。特にお前だけは……」

 脇に抱えているロリサキュバスがバタバタしながらもニヤニヤ笑っているのに腹が立つ。

 サキュバスの生態はともかく、コイツ自身が悪戯好きには違いない事を確信した。

 ある意味、らしいといえばらしいけどよ……。

 一通り落ち着き、絶対余計な事を言わないと確約させてからロリサキュバスを解放すると彼女はハッキリと言った。

「最初に言っておくけど『眠り病』は村人たちのうわさ通りよ。私、村に長年住み着いているサキュバスの仕業で間違いないわ!」

「「…………」」

 見事なドヤ顔で堂々と〝犯人は私だ〟と宣言するロリサキュバス。しかし、まあその辺はもう驚く段階ではなかった。

「……で、理由は?」

「あ、あれ~? ここは〝何でそんな事をしたんだ!〟とか〝今すぐ村人の呪いを解け!〟とか言いながら私に詰め寄る場面じゃないの?」

 詰め寄って欲しかったのか? 俺たちの反応にどうやらご不満のようである。

「何を期待してるんだよ。この前思わせ振りな事を言ったのは自分だろうが。眠り続けるのが本当に悪い事かってよ」

 どうやらその辺は忘れていたらしく、俺の指摘で「ウッ!」とうめいた。

「そりゃ言ったけどさ~。だったらせめてお姉ちゃんはここで聖職者らしく〝光の精霊シャイナ・ロウの名において命じます〟みたいな口上があっても良かったと思うよ?」

 ぶーぶーとそんな事を言う彼女にマリーも困った顔を浮かべることしか出来ない。

「私も教会で解呪を経験した事はあります。あの呪いがかけられている人が仮に起きて生活していたら、どうなっていた事か……」

「そう……やっぱり貴方は、それが分かる人なのね」

 マリーが言った途端、茶化すようだったサキュバスの顔が一気に引き締まった。

 しかし異世界の呪い、しかも種族は違えど女子同士で分かり合っているのは何となく疎外感を感じるな。

「何だよ、起きて生活していたらどうなってたって……」

 しかし俺は自分で言いながら、ロリサキュバスが登場と共に言った言葉を思い出した。

「……ま、まさか?」

「さっき言った通りよ。この魔法陣は闇魔法の吸精の、それも最高に質の悪い魔導書ネクロノミコンによる物。下手に活動なんかしたら一気に生命力を吸い尽くされちゃうわ」

 ロリサキュバスの説明にマリーもうなずいた。

「闇魔法の吸精の呪いは宿主の生命活動に呼応して活性化します。つまり〝起きている〟状態が一番危険、生命力を吸い尽くされ死に至ってしまいます」

 唇をめ魔法陣をにらみつけるマリーからはありありと憎悪が見て取れる。

「なるほど、だから目覚めさせる事が出来ない」

 結論を言うとロリサキュバスは椅子に腰掛け、足をブラブラさせてためいきを吐いた。

「だいたい2年前、この村に長年住み着いている私は坑道で寝落ちした人が最近結婚したばかりの新婚さんって聞いて、喜び勇んで彼の家に行ったのよ。ほら、村の伝承からこの時ラブラブイベントの発生率が高いからね」

 言っている事はほぼ出歯亀と変わらない気がするけどな。

「でも、駆けつけた時に私が見たのはこの魔法陣だった。私みたいなタイプの魔族はエネルギーをもらう生物、特に感情の起伏が激しい人間に死なれでもしたら死活問題なの。私は慌てて解除まで眠り続ける『呪眠不活術カース・オブ・スリープ』をかけて魔法陣の活性化を抑え込んだ」

 両手を使ってロリサキュバスは何かを押さえつける表現をする。

「強力な呪いではあるけど、解呪の光魔法さえ使えば良いと思ってね。でも知っての通り世の中は解呪どころか治療、回復の魔法すら使用できなくなっちゃった」

…………

 光魔法の使用不能、それは誰よりもマリーの心に刺さる事だろう。別にこのロリサキュバスは嫌みで言ってはおらず、起こった事実を述べているだけなのだが、いたたまれない気分なんだろうな。

「更に悪い事に同様の事件は続いた。私もその都度眠りに落とすしか無かったのよ」

「知らせれば良かったんじゃないのか? 村人に」

「それは私も考えない事はなかったけどね。私はこんなナリでもれっきとした人外者、サキュバス。直接話を聞いて貰えるかどうか……不審がられる可能性の方が高い」

「ぐ……」

 何だか怖い、何だか怪しい、それだけで避けられる、不審がられる……何だろう、めっちゃ他人事には思えない。

「そうこうしている内に、ついには村から対外的に『サキュバス討伐』みたいな依頼が出るようになっちゃって、ますます表に出られなくなって行ってね」

「そう、だったんですね」

 眠り病を始めとしたサキュバスに向けられる悪意の弊害か。軽い口調で話すロリサキュバスとは対照的にマリーの表情はドンドンと沈んで行く。

「村全体がこんな雰囲気だから、当然喜びのエネルギーなんて余剰が出るほどあるワケもない。そして重ね掛けた『眠り』の魔法にドンドン魔力は持って行かれて……今ではこのサイズで活動するのが精一杯って状態なのよ」

 サキュバスの現状は中々に重い。眠りの原因は確かに彼女の仕業で間違いない。しかしそれは別の呪いに取り殺されない為の苦肉の策だった。

 だというのに彼女は助けた村人たちに害悪と言われ追われる立場でもある。

 ハッキリ言ってしまえば彼女は村から逃げれば良かったはずだ。

 そうすれば村人たちの悪意にもさらされず、魔力を削られる事も無く気ままに生きていられたはずだ。

 なのに彼女はそれをしなかった。

 守ろうとした者たちの悪意に晒され、それでも連中の為に彼女は頑張ってきたのだ。

 何でもないはずが無い。

 あっけらかんと笑う彼女の奥にある悲壮な思いを、俺には理解できた。

「よく……今まで一人で頑張ったな……」

「……!?

 多分この見てくれでも俺よりもはるかに年上だろうけど、思わず俺が彼女の頭にポンと手を乗せると、途端に彼女がビクリと体を震わせて後ろを向いた。

 突然ジワリと浮き上がった涙を見せないように。

「な、何よいきなり! こんな幼女をくどく気? そんな怖い顔のクセに、油断も隙もないのね!」

 しばらくの間、彼女はこっちを振り返らず、何度も何度も袖で何かを拭っていた。

 それがどういう事なのか、追及する程無粋なつもりは無い。

 頑張っても何をしても悪意を向けられるだけ、労われる事の無い苦しみ。

 その事にかけては不本意ながら大変良く知っている。

 俺は彼女の気が済むまで気長に待つことにした。