6章 『あまり強引なのは……良くないと思います』


 俺たちは再び魔石の坑道、坑道の内部へと赴いていた。

 相変わらず暗くて寒々しい坑道内では、不気味な風の音が絶えず響いている。

 そして、マリーの灯光球ライト・ボールの灯りを頼りに洞穴の中央部に至った辺りで、またもや洞窟内の風が急激に強くなった。

「! また風が強くなってきました」

「やっぱりな、そうじゃないかと思ったけど……マリー見てみろよ、そこら中に生えている暗黒百合を」

「え?」

 俺に言われてマリーは灯光球ライト・ボールを頭上に掲げて、辺り一面を照らし、群生する暗黒百合が風に揺られているのを見た。

「! 暗黒百合のカフンが、風に揺られて……」

 黄色っぽい花粉が灯りに照らされて黄金色にも見える。

 この世界は魔法ありき、薬の概念も希薄で受粉などの植物知識も発達していない状態だ。

 だからこそ考え付きもしなかったのだ、『睡眠効果のある暗黒百合の花粉が、風に飛ばされ洞穴内部に充満している』だなんて。

「暗黒百合の花粉が睡眠薬に使えるだなんて、薬草の為に古文書を読み込んだマリーくらいしか知らない事だろうしな」

 これがロロイプールに昔から伝わる伝承の真相、長時間洞穴内で働いている間にどこかで暗黒百合の花粉を吸い込み眠ってしまう。

 そして洞穴からたすけ出されて薬効が無くなり次第目を覚ます……ということだったのだ。

「俺の世界じゃ百合みたいな匂いの強い花は大抵虫が媒介するもんだけど、特殊な環境に咲く暗黒百合は違うみたいだな」

 マリーの話ではこの花は〝寒くて暗い〟場所に咲くらしい。つまり虫などが寄ってくる場所にはあまり生えない、だからこそスギ花粉みたいに風に飛ばす方向に進化したのではないだろうか?

 まあだったとしたら対応策は簡単、花粉症対策と同じで良い。

 俺は自らの手に魔力を集中させると、またもや当たり前に出て来たのはマスクとゴーグル。しかし今回は疑う事無くガッチリと装着した。

 まさか春先のスギ花粉対策に付けて登校したら生徒指導の先生に『拳でのケンカは多めに見るけど、テロだけは勘弁してくれ!』と懇願された苦い記憶が役立つ時が来るとはな。

 あの時は用途が分からず地面にたたきつけてしまったが、俺自身とは違って〝召喚能力〟はしっかり仕事をしていたようだ。

 無知で正解を蔑ろにしてしまった事に、誰かに謝りたくなる心境である。

「思ったよりも優秀な力なんだな武器召喚。トラウマまで一緒に持ってこなければパーフェクトなんだけどよ」

 ちなみにマリーへは布製の簡易的なマスクと、雑貨屋で手に入れた竜騎士用のゴーグルを装着させている。

 修道服と相まって中々シュールな外見になっているが。

 花粉症対策を施した途端、前回の激しい眠気はなんだったのかと思える程全く眠くならず、むしろ吹き付ける強風が寒過ぎて目がえてくる。

「前は眠気を伴って凍死するかと思ったくらいなのに」

「……防寒対策、しておいて良かったですね」

 そう、今回の俺たちは花粉対策の他に超厚着をして防寒対策もばっちり行っていた。

 しかし、それでも寒い。どれ程吹き付ける風が冷たく強いかが分かる。


 光をまとい大地を照らす少女……闇を集わせ大地を覆う少年……幾多の時を数え……二つが出会うは悲劇の序曲……。


 そんな中、冷たい風に乗って歌声が聞こえ始めた。

!? ジンさん、この歌声は」

「! この前と同じ歌声だな」

 れいな女性の歌声が弦楽器の演奏と共に風に乗って洞穴内全体へと響く。

「綺麗な歌声……」

「……ああ、確かにな」

 その事については同感だ。確かに音、そして歌声は美しく透明感があり、素人しろうとの俺でも分かる程歌をなりわいにするプロのようだ。


 だけど何故だろう? 冷風が吹きつけているからか、鳥肌が収まらない。

 綺麗な歌声に何やら薄ら寒い物を感じるのは何故だろうか?

 これは哀愁……れんびん……いや? 炎を凍らす程激しい憎悪?


 ……まあいいか、今重要なのはそこではないのだから。

「歌声をハッキリと聞いているのに全く眠くはなりませんね」

 前回と違って耳を塞がず、むしろ歌を堪能できるくらいだ。

「これで歌と眠りは全く関係ないって事になるな」

 洞穴の中に無数にある穴、そのどれかから強風と歌が流れてきている。

 前回は調べる間も無く気を失ってしまったが、今回は余裕で一つ一つ確認できる。

!? ジンさんここです。強風も歌声も、この穴から流れて来ています」

 マリーが発見したのは正面からやや右上方にある横穴だった。手をかざしてみると確かに風の源になっているのはこの穴のようで、押し返される感触がする。

「この奥に歌声の主、サキュバスがいるのですね」

 マリーは緊張の面持ちで呟くが、俺は首を振って彼女の意見を否定する。

「いや、俺はもうこの先にいるのがサキュバスだとは思っていないけどな」

「……え?」

「ま……何にせよ百聞は一見にしかず、行くしかない。歯を食いしばって行くかな?」

 間の抜けた声を出したマリーを尻目に、俺たちは強風が吹きつける横穴に突入した。

 そこは洞穴内の強風の元になっている場所、当然だがこの洞穴内で一番強い風が吹いている。そこに入るのだから風が逆風であるのは当たり前。

 俺たちは歯をガチガチさせながら進んで行く。気分は最早真冬の行軍だ。

「寒い、寒い、寒い……クーラー効き過ぎだぞチクショー」

「何なんですか、クーラーって?」

 かぜけのつもりで彼女の前を歩いているけどあまり効果は無いようで、さっきからマリーは俺の背中にピッタリ張り付いてプルプルと震えている。

 こ、この娘はどこまでも……。

 こんな状況でも彼女を抱き枕にしてしまった事を思い出してよこしまな事を考えてしまう俺に対して、自然にくっついてくれて……いやいや、くっついて来やがる!

 しかし俺が背中の体温に集中していると、急に行く手を阻んでいた強風が止まった。

「風が……止みました?」

「本当だ。何なんだ一体……」

 冷たい強風が止まった途端厚着のせいか逆に暑く感じる。

 だが相変わらず女性の歌声は止まる事は無く、むしろ風に乗って聞こえて来ていた歌声がさっきよりも近く、鮮明に聴こえて来る。

「ジンさん……これって?」

 マリーも気が付いたらしく、真剣な顔で先を見据えている。

「いよいよご対面だな。鬼が出るか、蛇が出るか?」


 辿たどり着いたそこは、洞穴の内部としては随分と明るい所だった。

 おそらく地表から相当近いのだろうが、岩の間から降り注ぐ太陽の光が幻想的な光景を作り出していて、その景色の中一つの岩に座りたてごとを奏でる一人の女性。

 とんがり帽子から流れる赤い髪に着慣れた旅人の装束は質素だが気品があり、まるでその光景は一枚の絵画のように見える。

 その女性は俺たちの姿を見かけると、演奏を止めてニッコリと笑った。

「やあ、珍しいね。私の歌を直接聴きに来てくれた人は初めてだよ」

 慌てず騒がず、自分の歌声に寄って来た客に対応するような女性に一瞬ひるんだマリーだったが、意を決して一歩前に出た。

「そこまでですサキュバスさん! 光の精霊シャイナ・ロウの名の下、貴方の悪行は明るみになりました。私の話を聞いてください!」

「……は?」

 それは今まで見た事も無かった、マリーのシスターらしいレアな姿なのだが……肝心な赤髪の女性は竪琴を抱えたまま面食らった顔になっている。

「貴方にも相応の事情があるのでしょう。でもその為に村の人たちは大変な思いをしていらっしゃるのです」

「は、はい?」

「今ならまだ間に合います、眠り病の呪いを解いて下さい! 村の皆さんには私も一緒に謝罪します。共に償いをいたしましょう」

「ちょ、ちょっと待ってよシスター。一体何の事なの?」

 興が乗ってきたマリーに対して完全に置いてかれている赤髪の女。

 ……らちがあかねえ。

 その緊張感が無い振る舞いに、俺は思わず右手に具現化した武器を握った。

 毎度おなじみのバールで、どう見ても魔物には見えない女性と〝お話〟する為に。

「お前は一体何者だ! 何故こんな所で歌っている!? なぜ洞穴内部に強風を起こしていた!?

 俺がバールを振り上げにらみつけると、途端に余裕のあった女性の顔がビクッと崩れた。

「は、は? え? 歌っちゃ……ダメ、なんですか? それに強風?」

 あの風は俺たちが洞穴内、中央部に入った途端に強くなった。

 件の魔法が原因なのか、それとも他に理由があるのか分からないが、少なくともこの女が意図的に風に合わせて歌っていた事は間違いないはずだ。

 怪しいなんてものじゃない。

「てめえが実行犯なんだろうが! 都合良く誰かさんにぎぬを着せる為の!!

 どうかつと共にバールで手近な岩を叩くと、岩はボコッと案外簡単に崩れた、意外ともろい。

「ひ、ひいいい!」

「ネタは上がってんだぞ、キリキリ吐かねえと……」

「ジンさん!」

 俺が恫喝を繰り返しにじり寄ると、隣でマリーが怒鳴った。可愛い目が釣りあがっていつもよりも威圧感がある。

「脅かしてはダメです! それでは恐喝と同じではないですか」

「……だがマリー、風上にいたんだから犯人はコイツで決まりだろ? コイツを一発締め上げれば事件は万事解決だろ?」

「ひい!?

 俺がそう言って視線を投げると、赤髪の女性は腰を抜かしてへたり込んだ。

 俺にとってはいつもの反応だが……さっきの余裕ぶった態度はどこ行ったんだ?

「暴力はもっとダメです! 貴方は口を挟まないで下さい、お話は私がします!」

「何か!? 何か私にお聞きしたい事が!? 何でも聞いて下さい。何なら歌いましょうか? 1曲と言わず10曲でも100曲でも……」

 俺に抗議するマリーが向こうにしてみれば救いの主にでも見えたのだろうか、赤髪女性は涙目でマリーに懇願し始めた。

 ……少しやり過ぎたか?


「私はソアラ、しがない旅の吟遊詩人です」

 吟遊詩人ソアラは帽子を取ると少し距離を取る形でマリーと会話を始めた。

 相変わらず俺に対しては目が合うたびにビクビクしているけど。

「ではソアラさん。何故こんな人気の無い場所で歌を? 吟遊詩人というのは人前で歌う事を生業にしている方々だと思っていましたが」

 マリーの疑問は至極当然だ。聞かせる相手も無くただ歌っているのであれば吟遊詩人とは言わない。第一生計が立たないだろう。

 しかしソアラはむしろキョトンとした表情を浮かべた。

「何故って……作業中の鉱夫たちに癒しを与える目的で定期的に『決まった時間』に歌ってくれと依頼されたからですけど」

「「は?」」

 俺とマリーの間の抜けた声が被った。

「ソ、ソアラさん? それっていつからの話なんでしょう?」

「2年ほど前から……かな? 依頼された日にここへ来て歌ってくれれば良いと……坑道を通った事は数回しか無いから鉱夫の人たちには会った事が無かったですけど」

 悪びれた様子が無い、と言うよりも内容を全く知らない様子の彼女に内心イラッとしてしまう。

「おいコラ、適当言ってんじゃねーだろうな。大体坑道内も通らずにどうやってここに来たんだよ」

 俺が立ち上がるとソアラは青くなって後ずさった。

「ほ、本当ですって! それに坑道の内部は素人しろうとが近寄ると作業の邪魔だからって、そっちの裏山から入れって言われてて……」

 そう言い彼女が指差した先には確かに岩場から上る坂と、山から森に抜ける小道が続いている。確かにコレなら洞穴を通らなくてもこの場所に来る事が出来る。

「……じゃあ聞くが、てめえにここで歌えって依頼したのは誰なんだ?」

 俺がそう聞くとソアラは帽子を弄びながら上を向いた。

「多分村の人じゃないかと……いつもフードを被っていて顔も見た事がありませんでしたので。ただ一回来て歌うだけで銀貨20枚は中々破格ですから……なにぶん私もお金には毎度困っていまして」

 照れたように言うコイツは、本当にただ頼まれて歌っていたようにしか思えない。

 うそをついている可能性も否定は出来ないが……俺には何となく察しが付いた。

 この事件、眠り病とサキュバスを利用して得をしている何者かが別に、それもごく近くにいるって事が。

「じ、ジンさん一体どういう事なんです? この方はサキュバスではないのですか?」

 俺の質問の意図が分からなかったようだな。マリーは不安気な顔を寄せて来た。

 至近距離がちょっと恥ずかしい。

「眠り続けさせている要因がうわさどおりサキュバスなのかは分かんねーけどよ、魔族が金を払って吟遊詩人雇うってのか?」

「まさか、そんな……」

「……待って下さい。私がここで歌っていたのは何かまずかったのでしょうか?」

 さすがに俺たちの反応を見ていて不安になってきたようで吟遊詩人ソアラが表情を引き締めて聞いて来た。

 もしも知らずに歌っていたのだとしたら、この人も暗黒百合ゆり同様『何者か』に利用されていた事になるのだろうか?

「実は私たちがここに赴いたのは……」

 マリーは吟遊詩人に、村の現状から今回原因究明のため洞穴に俺たちが赴いた経緯まで懇切丁寧に説明した。

 静かに聞いていた吟遊詩人ソアラだったが、原因がこの洞穴で、オマケに自分が歌っていた歌声がサキュバスの歌扱いされていたくだりで急激に青くなった。

「そんな事になっていたんですか!?

「知らなかったのかよ」

「その……恥ずかしながら世情に疎くて……」

「……情報の最先端を歌う吟遊詩人が、冒険者やハンター、あげくは巡礼中のシスターでも知っていた事を知らなかったってのか?」

 俺があきれたようにジト目を送るとソアラは頭をきつつ目を泳がせる。

「え~っと、白状致しますと……確かにロロイプールの眠り病は知ってましたが、流行はやり病の一種としか思わず、原因になっているのがこの坑道だとかは露とも知らず、ましてや私の歌声がサキュバスと勘違いされていただなんて……」

「ようするに、お金に目がくらんで他の事は見ていなかったと?」

 最後にマリーが直球を投げ込むとソアラは「うっ」とうなってうなれてしまった。

「……おっしゃる通りです。指定された時間に歌う事以外は何も」

 この体たらくを見る限り間違いは無いだろうけど。

 どうも俺はこの事件の裏にいる何者かがしていることの方向性が気になっていた。

「なーんか一連の『眠り病』の関連する事件、全てがロロイプールの土地神のような存在だったサキュバスをおとしめようとしている節があるように思えるんだけどな」

「そうですね。暗黒百合を利用した『眠り』もわざわざソアラさんに歌わせ〝女形の魔物〟を連想させていた事といい、何やらサキュバスに対する明確な悪意を感じます」

 そこまで言うとマリーは目を閉じて重い息を吐き出した。

「それに、村で〝眠り続けている〟方々が目覚めない理由はここにはありませんでした。解明した『暗黒百合』が原因なら、先日の私たちと同じように目覚めているはずですから」

 思った通り、か……むなくそワリー。

 事件の裏側にいる何者かは洞穴の暗黒百合が『眠り』の原因だと知った上で利用、ソアラの歌声で『サキュバスの仕業』という印象を植え付け、眠った村人に何らかの細工をした、結果眠った者たちは目覚めなくなる。

 犯人はソアラに依頼した者、もしくはそれに連なる何者か……だろうが。

「本当に依頼者は分かんねーのか? 直接交渉して顔も声も、何一つ心当たりは無いのかよ」

「顔はフードで隠していましたし、声は出さずに筆談で……背格好は男性じゃないかな~とは思いましたけど」

 チッ……そうだろうな。つまり顔や声を漏らすのが都合の悪い人物って事なんだろう。

 どうしてもこういう輩、顔を出さずに人にぎぬや悪名を押し付けるってのは……ムカ付いて来る。

 押し付けられた側の気持ちが、俺には痛いほど分かるだけに。

「なんだか……ドンドン事件の真相が分からなくなってしまいました。結局この村の病は誰の仕業になるのでしょう?」

 逆に色々と情報がさくそうして混乱しているマリーは頭を抱えてウンウン唸り始めた。

 その様は子犬や子猫のようで、俺は思わずマリーの頭をポンとでる。

 ちょっと照れくさい。

「ふわ? ジンさん?」

「分かんねーなら、直接聞くしかねーな。今度こそ本物に」

「え……本物!?

 まあ、向こうが会ってくれるのか。それ以前に〝認めてくれるのか〟は問題なんだがな。

 そうこうしていると赤髪の吟遊詩人がおずおずと割り込んで来た。

「あの……ところで私のギャラは今回もいただけるのでしょうか?」

「知るか!!

「知りませんよ!!