4章 『ダメです……そんなに強く抱かれたら……』


 根本的に俺は学校行事という物が苦手だ。

 特にペアを作る必要のある、体育祭などのイベントは誰もが俺と組みたがらないのだからな……理由は言わずもがな、だ。

 当然男女ペアなんて論外、運悪く俺とペアになってしまった女子などがいたら翌日から不登校になってしまうだろう。

 だからこそ俺はこの手のイベント、HRでの組決めなんかは意図的に居眠りしてスルーする事にしていたのだ。

 去年までは。

『じゃあもう一度行きましょう。お願いしますジンさん』

 何故そんなに張り切っているのか分からないが、体操服の委員長マリーは〝俺の右足と自分の左足〟を結びつけたまま言った。

 誰もが俺との関わりを避けていたというのに、彼女は何と俺との二人三脚相手に立候補したらしいのだ。

 何故か分からないけど、俺には『拒否』するなんて考えは浮かばない。

『1、2、1、2……んきゃ!?

 あまり運動は得意じゃない彼女は、すぐタイミングが合わず転びそうになり……その度に俺の腰の辺りに抱き付いて来るのだ。

 ふにゃっとした感触付きで。

 慌てて離れようと考えるのに、意に反して俺は彼女の体から離れようとしない。

 いや、本当に意に反してなのか? それとも……。

『ご、ごめんなさい。私、鈍臭くて……』

 彼女と目が合って、俺は慌てて明後日の方向へ視線を逸らした。

 申し訳無さそうに笑う彼女の邪気の無い笑顔がまぶしい。

 組んだ思っていたよりもずっと小さい肩が、いつもよりも顔が近いせいで聞こえる吐息が、位置的に上目遣いになる瞳が、そして受け止めるたびに押し付けられる見た目よりもずっと豊満な体が、俺の右半身以外の感覚を奪ってしまう。

『むう~このままでは私がクラスの足を引っ張ってしまいます……。ジンさん、せめてゴール出来るようになるまで練習に付き合ってもらえます?』

 すまんマリー、そしてクラスメイトの諸君。

 俺は最早本番の勝敗などどうでも良いと思っている。

 学校行事……体育祭……最高じゃねーか!


「……またかよ」

 正直学校行事のくだり辺りで既に違和感はあったけど。

 しかし……今回の夢は昨日よりも具体的で、目が覚めたというのに心臓がバクバクと鳴っている。多分顔も真っ赤だろうな……火でも出るんじゃないかと思う程熱いし。

「何でだ? 何でこんな夢ばっかり見るんだ!?

 ヤバイ……2日連続で『もしもマリーが高校にいたら』の夢を見てしまった。

 今なら恥ずかしさで死ねるかもしれない。

 理由は多分、自分でも単純だとは思うが、今まで俺に普通に接してくれる女性がいなかったからなんだろうけど……日に日に内容がエスカレートして行っているような。

 いや、そうじゃないな。今まで想像もしなかった異性に対する欲求の全てにマリーが組み込まれ出している気がするのだ。

「あーくそ! 初めて親しくしてくれた女性、しかもシスターをそんな目で見てしまうとか……俺って実はそんなにダメな奴だったのか!?


 おういんじん、ナリはこうでもまだまだ青春真っ盛りなのである。



 俺たちは昨晩村長に依頼された『眠り病』の調査を結局受ける事にした。

 何か裏がありそうにも思えるんだけど、この話を聞いたマリーは食い気味に「行きましょう!」と了承したのだ。

「マリー? 何か今日は妙に張り切ってないか? 昨日に比べていやにテンションが高いって言うか」

「そうですか!? 私はいつも通りですよ!!

 ……やはりおかしい。フンフンと鼻息が聞こえてくるくらいに、何と言うか空回り気味に張り切っていると言うか。

「でも、少し意外だったな」

「何がでしょう……わわ!?

 先行してズンズン進んで行くマリーだったが、とうとう裾を引っ掛けて転んでしまった。

「危ねーな。足元はちゃんと見ろよ? ある程度舗装してあっても山道に違いは無いんだから」

「イタタタタ……すみません。それで、何が意外ですか?」

 バツが悪そうに修道服のホコリを払うマリーが誤魔化すように半笑いで聞き返した。

「……村に被害が出ているとはいえ、『討伐の為の調査』をお前が了承した事だよ」

 勝手な分析だがマリーは暴力反対の平和主義者、おまけに融通が利かないタイプだと思っていたから、最終目的が討伐なんて頼み事はスルーするものかと。

 しかしマリーは俺の疑問に対して満面の笑顔を浮かべた。

「はい、私は眠り病の調査と、そしてお話し合いに行くつもりなのです。討伐など物騒な事をするつもりはありませんよ」

…………

 何だろうか、出会ってからまだ日も浅いというのに心の底から〝やっぱりな〟と思ってしまうこの心情は。

「……具体的に何をどうするつもりなんだ?」

「まずサキュバスさんに会えたのならば、村の惨状を何故引き起こしたのか、その理由をお聞きしたいですね。それから解決策、妥協案がないか共に模索したいと思います」

 鼻息がより一層強くなるシスター。

 見た目は思慮深そうなのに、中々の考えなしのちよとつもうしんぶりだ。

 コイツ昨日自分で言ってた事をもう忘れているのか? いや、励ましたのは俺だけども。

 俺はマリーの額に向かって中指を軽く弾いた。

「みぎゃ!」

 バチンと景気の良い音と一緒に上がる、子猫のようなマリーの悲鳴。彼女は額を押さえつつ涙目で抗議してきた。

「ジ、ジンさん、何をなさるんですか!?

「いいから少し落ち着け、そして足元をよく見ろ」

 さっきこけた事も含めて色々な事を忘れていたらしく、恥じ入ったようにマリーは顔を赤らめた。

「あ、う……そうでしたね。私ったら」

 足元に警戒しつつしばらく道なりに歩くと、山の中腹辺りで急に開けた場所に出た。

 そこは岩がむき出しになった石切り場に似た雰囲気で、何と言うか岩壁に所々ボコボコ穴が開けられ、まさに鉱山と言う体を成している。

 しかし周辺に人の気配は皆無、発掘に使われていただろうスコップやツルハシもそこら辺に放置されている。

「みんな『眠り病』を警戒して仕事にならなくなったんですね」

つわものどもが夢の跡……か」

 しかし何と言うかそこらじゅう穴だらけで、どれが正解なのか分からなくないか?

 そんな俺の心情を読んだようにマリーはキョロキョロと辺りを見渡すと、沢山の穴の中でも一番大きい奴に視線を止めた。

「地続きの一番大きく横に広がった洞穴、どうやらここのようですね」

 マリーが手にした用紙をのぞき込んでみると、ご丁寧に洞穴のイラストまで載っていて、なるほど確かにここで間違いは無さそうだ。

 横幅は9~10メートル、縦は2~3メートルって所かな?

 内部には当然闇が広がっていて、ここからは中が確認できず、陳腐な表現だが地獄の底からの亡者の悲鳴にも思える風の音が〝オオオオ〟と不気味に鳴り続けている。

「さーて……この不気味な暗がりをどうやって」

灯光球ライト・ボール

 マリーが小さく呟くと、彼女の眼前に野球ボールくらいの輝く小さな球が現れた。

「それって……」

 それは出会った時にマリー自身が言っていた唯一使える光魔法。

「……治療、回復、解毒、解呪、浄化、そして攻撃。あらゆる光魔法が使用不能になっても唯一使用可能だったのが、この灯光球ライト・ボールです」

 さっきまでの張り切りようはどこに行ったのか、手元でフワフワと浮かぶ光の球をマリーは複雑な表情で見つめていた。

 正直なところ、予想はしていた事だけど。

「つまり、光属性の人たちは軒並み灯光球ライト・ボール以外の魔法が使えなくなってしまって、魔導師としてもやっていけなくなったと?」

 マリーは悲しげにうつむいた。

「2年前までは光属性を持つという事はたとえ微弱な魔力であっても回復・治療を行える可能性を持つという〝誉れ〟だったのですよ……」

 光魔法が使えた者たちが失った物は大きかったって事だろう。

 甲子園だけを目指して幼少から特訓していたのに、ある日突然怪我に泣く球児のように。

 しかし今その辺はあまり関係ない。俺には灯光球ライト・ボール〝しか〟使えないんじゃなく、灯光球ライト・ボール〝こそ〟今必要な魔法なのだから。

「つまり、その光の球は火じゃないって事だよな? だったら上等上等」

「何がでしょう? コレは光魔法の中でも初歩の魔法。暗闇を照らすだけ、そんなの火の魔法でも出来る事なのに、いざと言う時には何の役にも立たないのですよ?」

 そう言いつつ肩を落とすマリー、自分の魔法が本当に必要なくなったと思い込んでいるらしいな……。

「照明なら魔法じゃなくても松明たいまつがあれば良い。コレしか使えない私には価値なんて……」

 やれやれ、勘違いもはなはだしい。

「鉱山なんかでは火気厳禁が基本中の基本だからな。ハッキリ言ってマリーがいてくれなきゃどうしようもなく引き返す所だったぞ」

「え?」

「天然ガスの引火、ふんじん爆発……素人しろうとでも思い付くのでこんだけあるんだからな……この場に光属性のマリーがいるから坑道に入る事が出来るな、おめでとう!」

 一気にまくし立ててやるとマリーは驚いたように目を丸くした。

「えっと……ジンさん」

「だから今後一切、自分に価値が無いとか役に立たないとかそういう下らない事は言わないように。大体その基準だったらまともな魔法一つ使えない俺はどうなるってんだか」

「あ、あう……」

 二の句が継げずにアウアウ言い出すマリーから俺は何となく浮かんでいる灯光球ライト・ボールさらってみた。意外にもつかめた球は俺のてのひらでもこうこうと光を放っている。

「へえ、術者を離れても光を維持できるなんて便利だな」

 そう言って俺が洞窟の内部に入ると後ろから何か聞こえて来たが、聞き返したりはしない。それは無粋だろうからな。

「……ありがとうございます」



 洞穴の内部は落盤を防ぐ為に要所要所が木材で補強されていて、やはり坑道と言った方がしっくり来る気がする。

 ただ俺のイメージでは重い石を運ぶ為にトロッコやレールが敷かれているもんなのだが、その手の運搬方法を使っている形跡が見当たらない。

 まだ開発されていないだけか、それとも『魔法』の概念で別の方法が取られて思い付きもしないだけなのかは分からないが。

 代わりにあるのは坑道内の要所要所で光って道を示しているキノコ。

 日本でも光るキノコはあるけど向こうは白色だったのに、こっちは赤いかさのキノコが光っていて暖色の灯りを灯している。一本持って帰っても良いかな?

 相変わらず奥からは風の音が不気味に響き、元より気温が低い坑道内部の体感温度を更に下げてくれる。

「冷えますね。お肉やお野菜が長持ちしそうです」

「同感、まるっきり冷蔵庫だな」

 食料保存には水魔法からの派生で氷で冷やす冷蔵庫みたいな魔法の道具があるらしい。

 冷所保存の感覚が共有できるのは嬉しいけど、寒いのは勘弁だな。

 更に足場は悪く、高さもマチマチで急に目の前に岩盤が迫りぶち当たりそうになる。お世辞抜きでもマリーの照明は大活躍中だ。

 そしてしばらく奥に進んだ時、灯光球ライト・ボールを向けていない後方を何となく振り返ると、闇に一面星空のように輝く光の粒子が見えた。

「お、おお! 何だこの光は!?

 俺が驚いているとマリーもその輝きに驚いたようだが、ゆっくりと説明してくれる。

「白い輝き……おそらくこの辺の岩石は細かい魔石の粒子を含んでいるんだと思います。属性付加をしていない魔石はあらゆる魔力に反応します。私が持つ光属性の魔力に反応したのではないでしょうか?」

「魔力に反応……じゃあ他の魔力の光は何色なんだ?」

「え~っと……火は赤、水が青、風が緑、土が黄色、サキュバスが持つ闇属性が紫……で、さっき言ったように光は白ですね」

 そう言われると自分の属性の魔力が何色なのかが気になってしまう。少々ワクワクしながら、俺は闇に輝く白い光へと近付いてみた。

 だが、美しい星空は俺が近付いただけでフッと消えてしまった。

「何だよコレ? 俺には召喚士の魔力があるんじゃなかったのか?」

 俺が理不尽な不満を漏らすとマリーは困ったように笑った。

「実は、召喚士の属性については不明な事が多いんですよ。魔法使いとは違い、属性の違う神獣や魔獣を呼び出す事が出来る事で『全ての属性』とも言えるし、本人に属性が無いとも言えるからそもそも『属性は無い』とも言えますしね」

「……つまり俺が近付いただけで消えたって事は、属性が無いからって事になるのか?」

「かもしれませんね」

「なんだろう……スゲー悔しい。マリーみたく星空みたいじゃなくても良いから、何かの色に光ってくれるかと思ったのによ」

「そう言われましても……」

 少し離れた事でマリーがまるで闇夜の星空に飛んでいるような幻想的な光景に見える。

 そんな神秘とも言える舞台なのに、なんとか俺にフォローをしようとする様は……なんとも彼女らしい。

「……お?」

 だが遠目で見ていた俺の視界に一部分、妙な物を発見した。

「なあ、今魔石が紫に光ったんだが……」

 俺の突然の質問の意図が摑めないのか、一瞬キョトンとするマリー。

「えっと、黒に近い紫は……確か闇属性、きゃ!?

 俺はそこまで聞いて、慌てて彼女を担ぎ上げてその場から退避させる。

 思わず腰から抱えてしまったのは本能ではないと思いたい。

「ちょ、ジンさん何なんですかいきなり!? ダメですこんな時に!!

「紫は闇属性! たった今お前が教えてくれた事だろうが!」

「え!?

 突然の事に真っ赤になってジタバタしていたマリーが、聞いた瞬間ピタリと動きを止めて、今度は顔面をそうはくにして今まで自分が立っていた場所を振り返る。

 ごくりと二人同時に唾を飲み込み周囲を警戒する。だがどっちの方角に〝マリーを向けても〟何も見当たらない。

「見間違いって事はありませんか?」

 体勢のワリに緊張の面持ちを崩さずマリーが聞いてくるけど、そう考えるのはさすがに楽観的だろう。

 知ってて警戒してたなら見間違いもありそうだけど、俺は〝知らなかったのに発見した〟ワケだからな。予備知識が無いだけに……な。

 俺は感触の良い照明を携えたまま警戒しつつ奥へと……。

「あの……そろそろ降ろして頂けません? おなか、くすぐったいです……」

「あ……すまん」

 肩に残る心地良い温度と感触を惜しみつつ、俺はマリーを静かに地面へと降ろした。

 ……ヤバイな、今までの人生においてここまで女性と親しくなった経験は無いと言うのに……ドンドンとスキンシップが過剰になってきている気がする、しかも自然に。

 その事実に気が付いて、乱れた着衣を恥ずかしそうに正す姿にドキドキしてしまう。

 どうも今朝けさ見ていた夢とリンクして段々と現実との境目が分からなくなっているような……やべえなコレ。

 それからしばらく進むと、急に開けた場所に出た。

「村長から渡された地図によると、ここは坑道内部の中心部に当たる場所のようですね。本来ここから更に別々に掘削するようです」

「みたいだな、採掘された岩石やら運搬の道具、ツルハシなんかも入り口よりも放置されてるし……ん?」

 鉱夫たちの置き土産の脇、岩陰にユリに似た花がチラホラと生えているのを見つけた。

「花? こんな寒くて光も無い場所によく育つもんだな」

 ところが興味無く俺がそう言った事で気が付いたマリーは、途端に目を輝かせて花に向かってしゃがみ込んだ。

「まあ、コレは暗黒百合ゆり! こんなに群生しているなんて珍しいです」

 そう言ってマリーはザックから小さなスコップを取り出して、根を傷付けないように掘り返し始めた。

「何か珍しい薬草か何かなのか?」

「はい、コレはある一定の気温条件、『寒くて暗い』が満たされないと生育できない珍しい花なんです。一説には北の永久凍土など年中低温が維持できる場所じゃなければ自生しないとも言われますね。これは貴重です」

 そう言いつつマリーは空の瓶にくだんの花を一株、土ごと採取して大事にザックへしまった……その時だった。

 ゴオオオオオオオオ!

「! 何だ」

 さっきまでは一定だった風の音が急激に強くなった。

 一方向から吹き付ける強風は出口を求めて空間内部を彷徨さまよい、出て行きそびれた風は空間内部に留まって強く循環し始める。

 空気の循環と言えば聞こえは良いけど、もう少し穏やかだったらな。

「なんなのですか坑道内でこの強風は!?

「コイツはヤベエ! こんな冷たい風を浴び続けたら、それだけで……」

 強風は寒いというよりは痛いくらいだ。ものの数分で全身が冷えて、体力がドンドンと持っていかれている。

 慌てて徐々に強くなっていく風を防ぐ為に俺とマリーは固まってその場で伏せたのだが、突然マリーがハッとして目を見開いた。

「……ジンさん、何か聞こえませんか?」

「聞こえる? ……!?

 マリーの指摘で耳を澄ませてみると、逆巻く空気の流れに乗って何かが聞こえてくる。

 音楽の事は分からないが、それが弦楽器の音に乗せた〝女性の声〟である事は分かる。


 光をまとい大地を照らす少女……闇を集わせ大地を覆う少年……幾多の時を数え……二つが出会うは悲劇の序曲……。


「……ぐ!?

 歌詞の意味は分からなくても、何故か悲しい『歌』である……そう気が付いた瞬間、急激にまぶたが重くなり出した。そして瞼だけじゃなく体も、思考も何もかもが重くなってくる。

「幾らなんでも凍死寸前って言うには早すぎるだろ!?

「ジ、ジンさん……」

 マリーも同じ状態のようで、瞼を開いている事もおつくうそうに、フラフラし始めている。

「歌による……催眠魔法……耳を……」

 マリーはそう言うと自分の耳を塞いで見せた。

 そうだった、歌を眠りに使う敵だった場合、まず耳を塞いで歌を聴かない事からだった。

 単純だが、歌う事で眠りを誘導する魔法は基本、聴覚に作用するらしい。

『聴いた』と意識した途端にはまって行くんだとか。

 俺は彼女に倣って両耳をガッチリと塞ぐ。

 神話の類だとそれでも聴こえて来るとかありそうではあるが、今回はそんな事は無く歌どころか風の音すらも聞こえなくなった。

 ……しかし音は全く聞こえなくなったというのに眠気は覚めず、むしろ悪化して行く。

「どう……いう事だ? 歌は……聞こえないのに」

「おかしい……です。歌声に魔力を乗せるなら……効果……あるのに」

 ついにマリーは瞼を開いている事が出来ず、頭がガクリと落ちた。

「マリー!? おい、しっかりしろ!!

 サキュバスの仕業かどうかは知った事じゃないけど、鉱夫たちはここで眠った事で目覚めなくなったんだから。

 こんな所で寝ちまったら。

「くそ、何か……何か出ろ! 何か今役に立つ武器!!

 こんな状態で何かに襲われたら対抗のしようが無い。この際何でも良い! バールだって武器としては使える方だ。

 願いを込めて俺は手に魔力……だと思われる力を集中させる。瞬時に光が集まり形となって俺の手に握られたのは二つの物。

「なん……だよコレ!?

 それは例に漏れず俺が人を怖がらせた品、だがどう考えても今必要な物とは思えない。

「マスクとゴーグル……だよな」

 俺は現れたそれらを全力でたたきつけてしまった。

「今、こんな時にこんなもんが何の役に立つってんだ……クソ!」

 やっぱり俺は異世界からの漂流者、魔法が常識の世界とは相性が良くないようだ。

 ……せめてマリーの防寒対策くらい出来なくては。

 そうこうしている間にも洞穴を巡る冷たい風はドンドン強くなり、俺たちの体温を確実に奪って行く。冗談抜きで今度こそ寝たら死んでしまうかもしれない。

「残る……手段は……」

 俺は普段より何倍も動きが鈍くなった体を引きずる思いで何とか動かして、もうすでに瞳を閉じて動かなくなってしまったマリーにおおいかぶさった。

 視界の端、灯りの当たらない暗闇に〝紫色の光〟を僅かに捉えながら……。



『ゴメンねジン君、こんな事になっちゃって……』

 そこは夕日に照らされた保健室……夕日に負けないくらいに顔を真っ赤にした委員長、マリーが目の前にいる。

 モジモジしながら視線を彷徨さまよわせる彼女の姿にある種の予感を感じるのだが、今現在の彼女の格好、体勢、そしてこの状況……全てに問題があった。

 しばらくすると彼女はおもむろに決心した顔で言った。

『私は貴方が……ジン君が好きです。お付き合いしてください』

 告白、それは自分とは絶対に縁が無いと思っていた事。

 それを〝上着をはだけて、保健室のベッドの上で、しかも俺の前にいる〟状況で……。

 成績優秀、品行方正で学校だけではなくあらゆる分野で評判が良い才女のこんなあられもない姿……。これは……完璧にアウトなのでは?

 しかし俺の方はと言うと、上半身裸で準備万端……おい、ちょっと待とうか自分!

『私は、どれ程人に悪く言われても曲がらない、本当に優しい貴方の事が大好きなんです!!

 その言葉が完全にトリガーになった。

 怖がられるばかりだった俺にこんな事を言ってくれる娘がいるなんて……俺はたまらなくなって、気が付くと了承も得ずに彼女を思いっきり抱き締めていた。

 そして俺の腕に納まった彼女は、目が合うと静かに瞳を閉じた。

 ……コレは、この反応は……そういう事だよな。

 ダメだ……これは抑えられない!

 俺ははやる気持ちを抑え込んで、瞳を閉じほおを赤らめる彼女の唇へとゆっくりと……。


 そして……目が覚めた。

 ……もう俺、人としてダメな気がする。

 初めて普通に接してくれた娘でこんな夢を見てしまうなんて。

 いっその事誰か殺してくれ……次同じような夢を見たらいよいよってヤバイ。

 まどろみの中、俺は何故あと5秒は眠っていられなかったのかと後悔しつつ、抱き枕をギュッとする。

「ふみゃ!?

 余談だが俺は就寝時抱き枕推奨派で、自慢じゃないけど抱き枕は3つ持っている。

 ……でもこんな妙な、でも何度も聞きたい可愛い音がしたっけ?

「ふきゅ!? ふ、ふわ? わわわ!?

 ……いや待て? 普段使いの抱き枕はこんなに感触が良かったか? 心地良い温度と柔らかさ、それだけじゃなく甘い吐息と激しい鼓動すら聞こえて……。

「ジ、ジンさん!? その、あの……こ、困ります」

「ハ!?

 聞こえて来た心底困惑した女性の声で、俺は寝落ちする直前に何をしたのかを思い出し、目を開けると……自分の腕の中で顔を真っ赤にして困ったシスターと目が合った。

 夢の中と同じような格好で……。

「! あ、あの!? コ、コレはその!?

「ふひゃ!?

 自分の置かれている状況があまりにありえない事に今更気が付いた。丸まり包み込む形で彼女を抱き締め、更に手は彼女の背中と腰に回されている。

 オマケにきようがくしてまたもや締め上げて彼女が悲鳴を上げた。

 ヤ、ヤバイ、コレはヤバイ!! 許可無く女性に触れる行為はセクハラでしかない。

 ましてや抱き締めるだなんて……。

 犯罪者面のワリに前科は無い、それが俺の自慢だったのに。目撃証言があっても俺の悪人面はマイナスにしかならず『いたいけなシスターに襲い掛かった強面こわもて』にしかならないだろう。情状酌量の余地は無い! チクショウ!!

 しかし俺がそんな事を考えていると、腕の中のマリーは気遣わしげに笑った。

「あの、大丈夫ですよ? そんなに困った顔をしなくても、分かってますから。私が凍えないように守ってくださったんですよね」

 お? まさかの被害者本人からの情状酌量の発言が……?

「あの、守っていただいてありがとうございます。 ……ところでそろそろ放していただけるとありがたいのですが」

「うわ!?

 俺は慌てて彼女を放して立ち上がった。

「わ、わりい! あまりに抱き心地がいい……いや、眠り心地が……いや、えっと柔らかくて温かいのを放したくない、でなくえっと……」

 慌てて何か言い繕おうとすればする程ワケの分からない事ばかり口走ってしまう。

「そ、そのくらいで……勘弁して下さい……。男の方に抱き締められたのは……初めてなのに……そんな風に言われてしまうと……その……お嫁に行けなくなっちゃいます」

 マリーは立ち上がってしわくちゃになった修道服を伸ばしつつ、真っ赤になってつぶやいた。

 すみません。お嫁に行けないってセリフにメチャクチャらちな事を考えてしまって、ほんっとすみません。

 しばらくして落ち着いて周囲を見回してみると、自然と疑問が湧く。

「しかし、ここはどこなんだ?」

 頭上には太陽が見え、周囲には生い茂る木々、遠くに見えるのは青々とした山脈の峰。

 洞穴の外にいる事は間違いないようだけど。

「ここは村から洞穴に至るまでの中間くらいの場所ですね」

 マリーは自信あり気にそう言う。旅慣れていない俺には全く分からないが、マリーには分かる目印のようなものがあるのだろうか?

 しかしそうなると気になる事はただ一つ。

「何でこんな所にいるんだ? 間違いなく二人とも洞穴の中で気を失ったはずだよな?」

「確かに。それに村の方々の話では昔と違い、一度洞穴で眠ってしまえば二度と目を覚まさなくなるんじゃなかったでしたっけ……」

 そう、普通に考えれば絶体絶命の状態だったはずだ。

 なのに無防備な状態の俺たちは、こんな場所でワザワザ眠りこけていたのだ。

 そう考えると、不思議な推測、結論が出てくる。

 俺は寝落ちする瞬間、視界の端に見えた紫色の何かを思い出し、思わず呟いた。

「俺たちを攻撃して来た奴と、助けてくれた奴がいる?」