2章 『今日から貴方は私のご主人様です』


 あれから一晩、俺は生まれて初めて女性と夜を明かした。

 しかも超美人のシスターと……しかし現実は甘くない。

 昨晩はマリーから色々な話を聞いた。

 その結果少し分かった事と、より多くの分からない事が増えてしまい、どうしたものか分からない……そんな状況に現在の俺は陥っている。

 まずここが魔法なんかがリアルに存在する異世界で、でもある日突然、治療、回復の魔法が一切使用不能になったらしいって事。

 コレが切掛になり今まで回復魔法に依存していた連中から死傷者が続出して、治療、回復の魔法で信仰されていた『シャイナ・ロウ教会』が一気に地位を落とした。

 そんな中、今まで存在しなかった魔法とは異なる技術、『医療行為』を実践しようとしたシスター・マリーベルが問題視されて、このまま教会にいると『異端』として排斥される危険があった。

 その為、魔法が使えなくなった日から連絡の途絶えた『聖都』への巡礼にかこつけて旅をしている真っ最中だったらしい。

 そして今現在俺たちがいるのが五大大陸の一つ、その中でも一番南寄りに位置する大陸のやや中央付近、キガストの森という森林地帯らしい。

 地球に比べて文明のレベルは中世くらいか? とRPGの感覚で勝手に解釈していたのだが、この世界には翼竜ワイバーン鷲獅子グリフオンなどの空を飛ぶ獣を使役する連中もいるらしく、地上をかんで見る技術を有していた。

 その為かマリーが持っていた地図は非常に精巧で、多少文明的に上から目線であった自分を反省する事になった。


 そして俺の身に起こった現象は異界へ来た事だけではない。


 俺はてのひらを宙にかざして心の中で念じる。

『武器、出ろ……今度はまともな奴』と。

 すると数秒もしない内に宙に魔力の光が集約されて物体が具現化されて行く。

 昨晩から何度も試した、だがいつも同じ物が現れるワケではない。

 今もそう、具現化された棒状の〝それ〟は見覚えのある形状になると俺の手に収まった。

 棒状で長さはつえくらいなのだが、素材は木製の杖など比べ物にならない程強固で頑丈だ。

 先が少々湾曲しているが内部は空洞になっていて、ただ同じ素材で棒状にするよりもはるかに軽く、そして柔軟性を高め強度を上げる事に成功している。

 そしてその柔軟性を遺憾なく発揮すれば、昨夜のゴブリンの頭部などものの見事に……。

「止めよう、どう見ても鉄パイプをこれ以上持ち上げられない」

 それは廃材置き場や工事現場でよく落ちているアレにしか見えなかった。

 この世界に来た俺には何の因果か『召喚士』としての力があったらしい。

 元々才能があったのか、それとも突然発現したか、定かじゃないけど。

 だが初歩の初歩で契約なんて一切していない俺に『召喚』できる召喚獣なんているワケもなく……たった一つ使えるのがこの『武器召喚』なんだそうだ。

 これは俺の記憶、マリーが言うには『自己精神世界アストラルサイド』から〝強烈な記憶に残る武器〟を魔力で具現化する物で、昨晩俺が手にしていたのがバールと脚立だった事にも理由があったようなのだ。

 バールと脚立は俺が学校で同級生を恐がらせた際に使っていた物で、この鉄パイプも思い起こせばダチと一緒に行ったバイトで、鉄パイプを運んでいただけで通報された苦い記憶が……。

 つまり俺が召喚した物の共通点は『他者に恐怖を与えた物』のようだった。

 ……もういい加減その手のネタはよくね?

 異世界特典の特殊能力ですらそっち扱いを受けなきゃイカンのか?

「おはようございます……どうかなさったのですかジンさん?」

「あ、おはよう。別に何でもない」

 八つ当たり気味に鉄パイプを明後日の方角にブン投げると、欠伸あくびころしながらマリーが話しかけて来た。

 今朝も昨日と同じ修道服なのだが、眠そうな表情も相まって非常に愛らしい。

 昨日も思った事だがやはり彼女は美少女、清純派の雰囲気を持っている。

 あとスタイルも良い。特に目を引くのが腰のくびれ。その腰付きは魅惑的で、厳格な修道服を着ているのに妖艶な曲線がミスマッチを生んで何とも倒錯的な……。

 そしてあの小さく可愛らしい唇……あれが昨日傷口にそっと触れて……。

「どうかなさいましたか? 先程からずっとうつむいて」

「は!? イヤイヤ何でもない、何でもないぞ、うん」

 俺は思わず下げてしまっていた視線を慌てて正面に戻した。

 いかんいかん、危うく自分のルールを侵す所だった。

 通常なら男の〝いやらしい視線〟に対して女性は不快を示すか、もしくは逃げるなどの選択肢が取れる。しかし俺の場合はそうではないらしい。

 一度週刊誌のグラビアを目にした時、妹から『ジン兄、快楽殺人鬼みたいな顔になってる』『一般の女性だったら見ただけで腰を抜かすと思うから気を付けた方が良い』と指摘を受けて、恥ずかしいというよりも泣きたくなるショックを受けた苦い思い出が……。

 以来俺は〝女性に対してそういう目を向けない〟事を自らに課して生きて来た。

 ……が、どうやら目の前のシスターには今までの自分のルールが適用されないようだ。

「何でもないって……お顔が真っ赤ですよ? もしかして熱でもあるのでは?」

「ふわ!?

 そう言いつつマリーは恐怖も恥じらいもない、単純に俺の体調を心配した表情のまま、自分の額を俺の額に寄せる。

 ま、マジか!? これはいわゆる『お熱を測ります』的なあれじゃないか!?

 彼女に他意が無いのは分かるけど、視界一杯に美少女のアップ。

 ……心配そうな瞳はまつが長くキラキラして吸い込まれそう……。

 ほんのり桜色のほおは思わず突っつきたくなる衝動が……。

 そしてさくらんぼのような愛らしい唇は昨日俺の傷口に触れた……。

 超至近距離に迫る天然美少女の『甘い暴力』に……ヤバイヤバイヤバイ!!

「大変、ドンドン熱が上がっています! やっぱり昨日の間違った消毒のせいで!?

「い、いや、これは感染症とかそんなのじゃねーし」

「もしかして心臓の音も……」

 よどむ俺を尻目に、今度は俺の上着の前を無遠慮に開くと〝直接〟胸に耳を当てた。

 ここで重要なのは直接耳を当てるとどうなるか、なのだが……当然ながら美少女シスターに寄り添われるみたいな格好になるワケで。

 彼女の程よく柔らかいもろもろが無遠慮に押し付けられるワケで……。

 今までの人生でここまで接近した女性はいなかったと言うのに!

 柔らかい……良い匂い……マズイ! このままでは何かがヤバイ!!

 右手と左手が獲物マリーを捕獲しようと勝手に動き始めている!!

「これは……心臓の音が急激に早くなって行ってます! たたた大変です! すぐに何とかしないと!!

「頼むから……少し離れてくれ……」

 本当に大変だ。俺はもしかしたら数日中にこのシスターに『ころされる』のかもしれん。

 それからしばらく天然シスターとの攻防があったのだが、それは割愛させて頂く。

 ただ俺の人生において経験のない、実に恥ずかしい時間だったとだけは言っておく。


 その後マリーはを利用して簡単な朝食を作ってくれた。

 手持ちの野菜とベーコンを煮込んだ野菜スープと保存が利く固いパンってメニューなのだが、これが……凄く美味うまい。

「美味いなこのスープ。具の種類が少ないのに塩加減が絶妙だ」

「手持ちの食料も残り少なかったので、お口にあって何よりです。もう少し香辛料があれば良かったのですが」

 言われてみれば確かにこのスープは優しい味わいだ。

 味を引き締める香辛料無しに塩加減のみで味付けするのは熟練の職人でも難しい事だとか……だとしたら大したもんだ。

「マリーは料理が上手いんだな」

 俺は素直な感想を言ったつもりだったのだが、マリーはキョトンとした目をすると一気に顔を赤くして慌て始める。

「そそそそそそんな事ないです! こんなの誰でも出来る事ですし! 私が特別秀でているワケはないですし! そもそも一味足りませんし!!

 自己否定と自己批判がやたら早い……どうしてそこまでネガティブかな?

 それからしばらく朝食を堪能させて貰っていると、焚き火を挟んで朝食を取りつつマリーが話し始めた。

「ところでジンさんは、これからどうなさるつもりなんですか?」

「うーん……今のところ当てがあるワケじゃねえけど」

「なら、やはり私と一緒に聖都を目指しませんか? 異界転移に関する文献は存じ上げませんけど魔法の歴史や伝承を調べるのなら、聖都以上に情報が集まる所は無いですよ」

 マリーが問いかけているのは俺の今後についてだ。

 現状の俺は着の身着のまま、帰宅中のガクランで異世界に放り出された不審者でしかない。どう考えても今後の身の振り方すら考え付かない。

 俺にとって本当に幸いだったのは最初に遭遇した人間が彼女だった事だ。

 彼女も、ある意味『異端』であった事で俺のような不審者とコミュニケーションをとってくれたのだから。

 ただ、だからこそこれ以上彼女に迷惑を掛けたくない。

 自分の身の安全だけを考えるのなら付いて行くべきなのだが、この世界における彼女の立場は相当微妙なようだ。

 ただでさえそんな状況なのに、俺のような素性は元より見た目はもっと不審な輩が一緒にいたらどうなる事か……彼女にはマイナス要因にしかならないだろう。

 しかし俺がそんな事に考えを巡らせていると、マリーの目から突然光が消えた。

 あ、やばい始まった。

「そうですよね……私のような怪しいシスターと旅を共にするなんて……」

「まてまてまて! 俺は嫌だなんて一言も言ってねえ!!

 しかし自身のマイナス要因を加味しても、この娘を一人にしてはいけない気がする。

 何が切掛になっているのかは分からないが、コイツは今のように突然自己否定の超ネガティブモードに陥ってしまう。

 コレさえなければ笑顔が可愛らしいシスターだと言うのに……もつたいい。

「俺の事はひとず良いんだよ。それよりお前はこれからどうするんだ」

 肩をつかんで揺さぶると、ようやくマリーは焦点が戻り〝こっち〟に戻って来た。

「ハッ!? そうです、はぐれてしまった護衛騎士と合流しなくては!」

「護衛騎士? そんな奴がいたのか?」

「はい、私の専属護衛騎士です。その騎士とは長い付き合いなのですが、昔から迷惑ばかりかけてしまって……」

「昔から……」

 騎士、か……さぞかしイケメンなんだろうな。

 少し暗い顔を見せるマリーに対して、俺は何となく旅を共にしていた人物が『騎士』である事にモヤっとしてしまう。

「はい、それこそ子供の頃からの付き合いで……考えなしの私をいつも叱ってくれて、でもいつも助けてくれて……」

「しかもおさなじみって奴か……」

 マリーの照れ笑いを交えた説明に、良く分からないいらちを覚えるが、俺の脳裏に『マリーの保護者』という言葉が浮かんだ。

 ネガティブで天然……このシスターは非常に危なっかしい。

 でも放置する気にはなれないのだ……何と言うか放って置けない。

 しかしこのシスターを保護者の元へ送り届ける事が出来ると言うのなら……。

「? なんでしょう」

「いや……それならとりあえずその護衛騎士と合流するところまでは付き合うか。今んとこ予定が立たねーのは事実だしよ」

 俺が頭をきつつ結論を出すと、マリーは小首をかしげたままホッとした顔を浮かべた。

 ……やっぱりこのシスターには柔らかい笑顔が一番だな。



「ロロイプール?」

「そうです」

 俺たちは朝食を済ませてから山道を歩いていた。

「森を抜けたところにある鉱山の村で、護衛騎士とはぐれた時、合流場所にしていました」

 結構勾配のキツイ山道が続いているのだが、一見きやしやにも見えるマリーは中々の健脚で、薬草や図鑑など治療に必要な荷物が多いのに息を乱す事無く返事をくれる。

 一度荷物持ちを提案したけど『これは私に課せられた試練ですから!』とかたくなに拒否したのだった。男としては少々寂しい気分である。

 しかし健康的な身体能力に反して村の説明をするマリーの表情は暗い。

「何か問題があるのか?」

「……これから行く予定のロロイプールは昔から、奇病『眠り病』で知られる村なんです」

「眠り病?」

「はい、ある日突然眠りに落ちそのまま目覚めなくなるというロロイプールにのみ伝わる奇病なのですが」

「それはまた、随分と直球な病名だな。でも眠るだけなんだったら、それこそ魔法で目覚めさせるとか……って」

 言いながら気が付いた。そうだ、ここはゲームのように都合良く眠った仲間を目覚めさせる、なんて事は出来ないんだった。

「お気付きですか?」

 マリーの暗い表情に俺はうなずかざるを得ない。

「2年前までは光魔法によって目覚めさせる事が出来たので、あまり『病』扱いをされていなかったのですが」

「今は眠らされた村人を目覚めさせる手立てが無い……」

「この2年、かかった方は眠りから目覚めていないのだそうです」

「に、2年……」

「村人たちはいつ我が身に降りかかるかも分からない『眠り病』におびえ、そして……治療の出来なくなった教会を〝肝心な時に役に立たない〟と忌み嫌っているようなのです」

…………

 正論を言えば完全な八つ当たりだ。

 教会にとっても光魔法が使えなくなった事は寝耳に水、その途端に掌を返すのは……気に食わねえ。

 でも原因不明の病に対する恐怖、そのストレスのはけ口として教会関係者たちをやりだまに上げる村人たちの考え方も……残念ながら分からなくはない。

 原因不明の眠り病……か。

 俺は改めてここは違う世界である事を実感し、クラスメイトに尊敬の念を送った。

 お前やっぱスゲーよ。俺には回復役無しの縛りプレイは無理だ。



 山道を歩き続けていると森林が急に開けて目の前に畑が見え始めてきた。

「畑か……って事は村が近いのかな?」

「ええ、そのようです」

 マリーの顔がさっきとは違う意味で引き締まる。

 さっきまでは人っ子一人会う事は無かったのに、山道が終わった辺りから時折畑仕事にいそしむ村人の姿が目に入るようになってきた。

 ただ連中の態度が気になる。

 一様に余所よそものに対する警戒の目をしている。何よりもマリーの姿に対しては『憎しみ』とも取れるような形相をする者までいるのだ。

「すみません。私はシャイナ・ロウ教会の修道女、マリーベルと申す者です。こちらの村に聖光教会の騎士は来ておりませんか?」

…………

 しかしマリーの質問に答えず村人たちは無言でこちらをにらみつけるのみだ。

 非常に残念な事だが、俺は諸般の都合上他人の悪意に対してはやたらと鋭い方だ。だからこそ連中の態度の違いが気になるのだ。

 連中の視線は『教会全体』と言うよりは『マリー個人』に向いているような。

 しかしそんな事には気が付いていないマリーは言葉を重ねる。

「もし来ていないのならば、しばらくこの村での滞在を許可していただきたいのです。森ではぐれた仲間と合流できるように」

 真剣に訴えるマリーだったが、村人たちは一様に忌々しいとばかりに睨みつけ、そして村長らしき先頭のオッサンが歩み出て予想通りな事を言う。

「断る。教会関係者ならばこの村が今現在どういう状況なのかは知っているのだろう? 高いお布施を要求していても肝心な時には役に立たない。お陰でこの村ではすっかり働き手が減ってしまった……こんな時に厄介で役に立たないだけの教会関係者などに関わるつもりはワシ等には無い」

 淡々とした、しかしハッキリとした拒絶。

 興奮も激高もせずに言われた言葉は村人たちの総意なんだろう。周囲の連中も村長の言葉に眉一つ動かさない。

「我々が必要な時に役に立てなかった事は誠に申し訳ありません。その事については申し開きのしようもないです。でも森ではぐれた仲間と合流する為には……」

 マリーは諦めずに深々と頭を下げた。

 しかし必死に懇願すればする程、村人たちは迷惑そうに眉をひそめてみせる。

「……アンタ、教会の聖女だろ」

!?

 村長とおぼしき男が忌々しげに口にした名称に、マリーは目を見開いた。

 聖女? 何なんだそれは?

「……違います。私は聖女などではありません」

 悲痛な表情でその名称を否定するマリーだったが、オッサンは鼻で笑うように彼女を責め立て始めた。

「俺は見た事があるんだよ、聖都の大聖堂でな。きらびやかな衣装を身に付けてお高くとまってた聖女様のお姿をよ」

…………

 今度こそマリーは言葉を失ってしまった。

「ワシ等の村には役に立たなくなった教会に義理立てする余裕は無い。たとえアンタが以前シャイナ・ロウ教会の聖女だったとしてもな!」

 村長(仮)の言葉に周囲の村人たちの視線もドンドンと冷たくなって行く。

 俺には連中がやりだまに上げている『聖女』ってのが何なのかは分からないが、どうやらマリーは教会関係で有名人らしいな。

 ただ村人たちからは『聖女』に対する明確な憤りが感じられ、健気なシスターの姿でさえ新たな厄介事にしか映っていないようだ。

 普段の俺なら入村を諦める事を考えるが、今はそう出来ない理由がある。

 俺は周りを見渡し状況を確認して、自分が一番望む展開を想定する。

 村長以下数人の村人……誰もが大勢で〝たった一人の少女〟を責め立てている事に気が付いていない。

 マリーを傷付けず、村人を納得させる為には?

 自分がこの場で最も〝邪悪に見える〟ように……。

「お願いします! せめて軒先だけでも」

「あーしつけえな! 治療も出来ない聖女様にしてやる事はねーんだよ!!

 そう言い捨てた一人の男が苛立ち紛れに手を振り上げた瞬間、俺はとつにマリーをかばい、手を出そうとした村人の前に出る。

 俺のそんな行動にマリーが小さく悲鳴を上げた。

「だ、ダメですジンさん! 暴力は!!

 村人の暴力に対して俺が感情的に暴力で対抗するように見えたようだな。

 見た目通り、マリーは暴力反対派か。

 ……何だよ、だったら心配するな。暴力反対、俺だって一緒なんだから。

 俺は咄嗟に目の前の男の腕を払い、マリーの片手を引き寄せた。

 そして〝暴力から助けた〟と思われないように、そして絶対痛くないよう注意を払ってそのまま片腕をひねり上げ、残った片方の腕を彼女の魅惑の腰に絡ませる。

 俺が邪悪で陰険な、見目麗しい女性をめにしようとしている最低野郎に映るように、必要以上にいやらしい手付きを意識して。

「え? あえ!?

『黙って……合わせろ』

 通じたかどうかは分からないが、俺は目だけでマリーに合図をした。

「やれやれ……私に任せて下さいっつーから任せたのに全然ダメじゃねーか。良いのは顔と体ばっかりかよ」

「な、何なんだよお前……その女の従者か、それとも教会関係者か何かか!?

「ほお、俺がそんなにけいけんなシャイナ・ロウ信者に見えるのか。お宅、随分人を見る目が無いようだな」

 俺がそう言ってニヤリと笑ってやると、威勢の良かった男はひるんで一歩下がる。

 ……見えませんか、そうですか。

「うちの商品に勝手に手を出さねーで貰えるか? コイツは最近入荷した中でも極上の部類に入るんだからよ。顔に傷でも出来たら商品価値が暴落しちまう」

 俺の一言で村人たちの間に動揺が走った。俺の言った言葉の意味を理解したのだろう。

「お前……まさか人買い、奴隷商か?」

「人聞きの悪い事言うなよ。この国で人買いは〝表向きは〟法で禁じられている。そんな事はガキでも知っている事だろう?」

 奴隷制度、日本人である俺にはみが無いってか嫌悪しか湧いてこない言葉だけど、現代でも国によって奴隷は未だに存在するらしい。

 しかし昨晩マリーに聞いた通りこの国では禁じられているのだが、それでも『非合法』と言う名の抜け道があるのも事実なんだとか。

「で、でもたった今この娘はシャイナ・ロウ教会の……」

「だ・か・ら、価値が高いってんだよ」

 動揺してうめく村長に、俺は即興の『聖女マリーベル』の悲惨なちようらく話を作り、嘲笑を交えて話す。

「2年前、教会の威光が無くなって今までみたいな金集めが出来なくなった。それでも弱者救済を唱える教会は何をすると思うよ?」

 教会が金を集めるって言うと悪い事のようだが、結局金は使いようでしかない。

 貧困や病気にあえぐ人たちに食事を与えるのだって必要なのは金になる。

「こんな器量良し、しかも清廉潔白のシャイナ・ロウ教会の元シスター、おまけに元聖女……労働に使うよりも良い稼ぎ方があるだろう?」

 俺はマリーの腰を抱いたまま、今度は片手で彼女の顎をクイッと上げた。

 彼女自身は目を丸くして完全にあつに取られている。

 目から『何を言っているんですか??』という心情が伝わって、予定通りだけど罪悪感が……何か本当にゴメン。

「この女は苦しむ連中を助ける金を作る為に自らを差し出した敬虔なシスター〝だった〟んだよ。人一倍清らかでありたかったシスターが人買いに……世も末だと思わねーか?」

!?

 見回してみると村人たちの目付きが明らかに変わっていた。

 主に『聖女』と言われていたマリーへの哀れみと、そして俺に対する怒りと侮蔑の感情。

 特に女性陣からにじみ出る、虫でも見るような視線……頃合だな。

「村長さんや、俺たちゃ別に高級宿でもてなせってんじゃねーんだ。第一足が付くと俺らも困るからよ。ただ……」

 俺は未だに戸惑いの表情を浮かべるマリーを顎で示した。

「少しの間休ませねーと、さばくまでに倒れでもしたら困るんでな」

「あ、あんた……本当に教会の聖女を奴隷に?」

「ゲス野郎め!」

 ゲス野郎、村人の誰かがそう言った。俺はその言葉に今までの中で一番カチンと来る。

 自覚の無いその言葉に、俺はとどめの一言を放ってやった。

「良いじゃねーか。お前等もってたかって教会への不満を一人の娘にぶつけて、それで聖女様を見て見ぬ振りするご同類だろ? 仲良くしようぜ」

「「「「」」」」

 この辺でようやく自分たちの行動の意味に気が付いたようだ。

 自分たちはこんなゲス野郎、つまり俺とは違う多少は上等な人間だ……なんて逃げ道を俺は認めない。

 村の平穏の為に余所者は入れない、それだって甘い事を言っていられない時なら必要な決断になる時だってあるだろう。納得行くかは別だが。

 でも、だからと言って『自分たちは助けを乞うた者を見捨てた』という事実は絶対に忘れさせない。

 お前等はこのままだと、そんな憎しみを込めた目で見る『ゲス野郎』と同類である事を。

「……村の外れに、シャイナ・ロウの廃教会がある」

「お、おい待て!」

 最初に口を開いたのは中年の女性、俺を見る目付きには憎しみすらこもっている。

 そうするとたしなめようとした村長に今度は別の青年が口を挟む。

「滞在くらいは良いんじゃないか? あそこは2年前から誰も近寄らないはいきよだしよ」

「し、しかしな」

「あの娘の滞在は認めてあげて村長。私、あんなクズと同じにはなりたくない」

 尚もよどむ村長だったが、最後の若い女性の言葉に渋々うなずいた。

「……いいじゃろう。短期間の滞在は特別に許可しよう」

「ほ、本当ですか! ありがとうございます!!

 喜色全開にお礼を言うマリーの笑顔は輝かんばかりで、同時に村人たちは見ていられないとばかりに目をらした。

 うん、最初は追い返そうとしていた手前、後ろめたいよな……気持ちは分かる。



 その後、俺たちはそのまま村の外れにある教会まで案内された。

 相変わらず俺への侮蔑の瞳は変わらないけど、その辺は結果オーライ。

 教会自体は確かに古い造りだが、以前はそれなりに立派だった事がうかがえる中々の大きさだ。以前は大勢の信者が集まって祈りをささげていたのだろう。

 ただ、長い間放置されていた事で要所要所にひびが入り、ステンドグラスは割れて石壁が崩れている所もある。

 とても信者が集まって賛美歌を歌う神々しさは無く、どちらかと言えば映画でゾンビや悪魔が出て来そうな怪しい雰囲気だ。

 それでもかつて修道士が寝泊りしていたと思しき部屋があり、布団も無いけど一応木製のベッドが使える状態で放置してあった。

 これならしばらく滞在するには問題無さそうだな。

「ジンさん、さっきのは一体何なのですか!?

「うお!?

 突然掛けられた大声にビックリすると、振り向いた先にはマリーがあからさまに不満の表情を浮かべていた。

「村の人たちにあんな事を言ってしまったら、貴方はこの村で悪い人だと思われてしまうのですよ!?

 この娘にとっては自分が奴隷扱いされた事よりも、俺が悪者として見られる事の方が重要なのだろうか? やれやれ。

「でも……村に入れたんだから良いだろ?」

 俺が何でもない事のように言うと、その瞬間マリーはハッとした顔になった。

「ま、さか。ジンさん……私の為に?」

 まあその気持ちは無かったとは言わないが……彼女を引き寄せる時、村人たちに対して不快感をあおるつもりで腰を抱いたけど、あの時の感触は未だに手に残っていて、役得感もあった事は否めない。

 あの時、いやらしい手付きをしたのが果たして本当に演技であったか? 自分でも少々断言できる自信が無いのだ。

 しかしマリーは途端に落胆して肩を落としてしまった。そして悔しそうに拳を握り締めて、目には涙が膨らみ始める。え!? 何で泣くの??

「私は、あの場で何も出来ず、貴方一人を悪者にしてしまったのですね……」

「お、おいおい、そんな大層な事じゃ」

 そんな事は俺にとっては日常だった。

 まず第一に俺が怖い、悪い、嫌いという立ち位置になってしまえば解決するごとが多かったから……俺は手っ取り早く結果が出せるんだったら、この際その辺は最早気にしないことにしている。

 でも、彼女はそれが許せないらしいな。

 村に滞在するって結果が出たんだから割り切れば楽だろうに……優しい娘なんだな。

「いつも、いつもそう……れいごとばかり言って、矢面に立って傷付くのは周りの人たちばかり……。私が聖女なんて調子に乗っていたばかりに」

 大分沈み込んで来たらしい。俺は大きく息を吸い込んで、一気に吐き出した。

「喝!!

!!

 突然俺が上げた気合の声にマリーはビクリと体を跳ねさせた。

「え! ええ!? 何です今のは!?

「悩むのは良い。自らの行いを反省する事も悪くは無い。でも己を疑い過ぎて他者の幸福すらも疑ってはならない」

「……他者の幸福を、疑う?」

 コレは俺の先生、爺ちゃんが以前に教えてくれた事だった。

 自分が他者に不快感や恐怖を与える事で、家族に迷惑を掛けていると本気で悩んだ時期が俺にもあった。『自分のような化け物は早急に家族から離れるべき。一緒に暮らしていたらいつか迷惑がかかる』と。

 そんな時、特に相談もしていないのに爺ちゃんが俺にそう言ったのだ。

「自分の行いを反省し過ぎて、自分が人を不幸にしているって勘違いすんなって事だよ。俺が迷惑だなんていつ言ったよ、ああ?」

「でも、そのせいで貴方が憎まれ役に……」

「俺にとってそれはいつもの事だ。とりあえず野宿しなくて済んだのは俺も同じだし結果オーライ結果オーライ、後は野となれ山となれってな」

 ハッキリ言ってしまえばここは異世界の知らない村の一つ。利用できさえすれば本当に他人が何を言おうと関係ないのだ。

 肝心な人が、笑ってくれるのであれば。

「でも……」

「それでも気になるんなら、この世界についてもっと教えて貰えればそれでいい。まだまだ俺の常識とはかけ離れている事は多いみたいだしな」

 その辺は本当に切実だ。魔法や魔物、社会情勢、そもそも元の世界に帰れるのかどうかも分かっていない。

 下手に物を知らず不敬や犯罪を犯す事にでもなったらえらい事だからな。

 そこまで言うと、ようやくマリーは納得してくれたようで、袖で涙を拭くとニッコリと笑って見せた。

「ジンさん……貴方って、お節介な人なんですね」

 その表情に俺は一瞬、文字通り言葉を失った。

 今までも彼女の笑顔は愛らしいと思ってはいたのだが、それはどちらかと言えば営業用、つまり修道女マリーベルとしての笑顔だった気がする。

 だけど今目にしたのは、彼女が俺に対して何かを委ねてくれたような、そんな気がする普通の女の子としての笑顔。

 守りたい……瞬間的にそんな言葉が浮かんできた。

「分かりました……では早速一つ」

 俺の心情とは裏腹に、マリーは恥ずかしそうに頷いて、消え入りそうな声で言った。

「え? 何かやらかしてたの俺?」

「シスターの体を……その、あんまりえっちな目で見ちゃダメです。いつも胸から腰にかけて……視線が……その」

…………

 そう言うとマリーは耳まで真っ赤にして「お水んで来ます」と慌てて部屋から出て行った。残された部屋で聞こえる音は無く、自身の呼吸すら止まって聞こえない。

「……気付かれてた? 俺がマリーのボディラインにばっかり目が行っていたのを?」

 男のチラ見は女にはガン見、しかし俺の場合顔面の恐怖が勝るせいで今まで一度としてそんな事を言われた事は無かった。

 大抵睨んでいると思われ腰を抜かすか、気絶するかだったのだが。

 それは初めての経験だった。

 世の男子が『見てないよ』と言い訳したくなるのも分かる……これは強烈に恥ずかしい。

 でも、それでも不思議な、それでいて凄くうれしい気持ちの自分もいるのだ。

「初めてだな……目で俺の気持ちを読み取ってくれた女の子は」