プロローグ 『そんな目でみないで!』


 一年で学校を挙げて一番盛り上がるイベントと言えば学園祭だろう。

 その中でも人気が高いのが喫茶店かお化け屋敷、これもまあ定番だな。

 競争率が高い中、俺たちのクラスは委員長の頑張りにより見事お化け屋敷の権利を獲得して、現在は総出で準備の真っ最中だ。

「昨日ついにラスボスまで行ったんだよ」

「マジか! だってお前僧侶無しだったじゃん」

 設置に失敗した看板をはずすために脚立に乗りバールでくぎを抜いている俺の耳に、大工仕事の音の他に教室の会話が聞こえてきた。

 その中でもクラスメイトのどちらかと言えばオタクっぽい二人は作業をしつつゲームの話に興じている。

 俺も少しやった事のある、典型的な世界を救う系RPGの話だが、どうやら彼は回復役をあえて外してやる、いわゆる縛りプレイをしているらしいのだ。

 うーむすごい。防御最強にしてから何をおいても回復役の僧侶などを優先して守るスタイルの、痛い事は嫌いな俺には考えられないやり方だな。

 イベントの準備中なのだからお化け屋敷の作業が主なのは当然だけど、関係ない話が混じるのも当然といえば当然。これでサボっていたら目も当てられないけど、真面目に作業しながらだべっているのなら、何の問題も無い。

 むしろ混ぜて欲しい。俺のやり方も含めて意見交換なんて出来ればどんなに楽しいだろう……相手が目を合わせてくれるのならば、だが。

 しかし俺が背中で彼の偉業に感心していると別の声がかれの会話に割り込んできた。

「うわ……オタクきも……」

 明らかに馬鹿にしたような声。それはクラスの中でもギャル的なグループのほうからで、その中心人物になっている女子のものだった。

 スクールカースト、学校でのグループ別人間関係に位を付けてそんな上手うまい皮肉を言った人がいるらしいが、彼女たちはまさにそのカーストの上位、男女関係無くチャラい連中たちで仲良くつるんでいる集団だった。

「アンタら、こんなイベントでもオタク同士でゲームの話? やっぱどうしようもね~よなオタクは」

「お~い、やめてやれよ。コイツらイベントでガンバったってどうしようもないからオタク仲間で仲良くしてんだし」

「あ~そうか。ガンバったらガンバったでキモいしな」

「「……………」」

 連中の小バカにした言葉にせつかく楽しげにしていた彼等の会話が止まってしまった。

 彼女に合わせるように仲間たちもクスクスと見下した笑い方で同調し始める。

 この手の連中はグループの一員でいる為には人を見下しても良いと思っているフシがある。『キモい』だの『うける~』だのと、自分が言われたら絶対に切れるだろうにな。

「あ……」

 カラン……。

 少しだけイラッとしたその時、俺は作業に使っていたバールを取り落としてしまった。

 その瞬間、乾いた金属音と共に教室に静寂が訪れる。

 落としてしまった方向に脚立の上から視線を向けると、そこには今まで調子よく人を見下していたチャラい5人の集団がいて……目が合った。

「あ……ああ……」

 途端に今まで調子付いていた茶髪のギャルっぽい彼女はそうはくになって震え出した。取り巻いていたチャラい連中も同様に『やべえ!』とばかりにカタカタと震え出している。

 俺を見た瞬間にだ。

「あの……これはその……そういうのではなくてですね……」

 視線に彼女を捕らえただけでこの反応。仕方が無いと思いながら俺は脚立から降りて落としてしまったバールを拾い上げた。

「ひ、ひいいいいい!」

「に、にに、におういん!?

 それだけで腰を抜かしてへたり込んでしまうカースト上位の連中……あのな。

 普通ならこういう手合いには『何だ、文句でもあんのか?』とか言いつつ仲間のチャラ男たちが反応するものなのに……連中は俺が見ただけで『俺たちは何にも言ってないです』アピールをして後ずさっている。

 ……おめーら、ここは女に良い格好をする絶好の機会だろうがよ。

「仕方ねーな」

 俺は気持ちを切り替えて、拾ったバールで肩をポンポンたたきつつ腰を抜かしたままの茶髪ギャルを見下ろした。

 出来るだけ恐怖をあおるように。

「……今は文化祭の準備中。しやべりこそすれ真面目にやってる連中を、サボって迷惑かけてる連中がバカにするとか……」

「は、はひ……」

「お前等、良い度胸してんじゃねーか……あ?」

 既にカタカタと歯の根が合わないほどおびえていた彼女は俺の『あ?』の部分でビクリと体を跳ねさせて、ついには涙を浮かべて付けまつげがズレてきている。

「ちちちち違うんです! 俺たちは邪魔をする気なんて……」

「ひ、ひひぃ! めてくれ! 俺は、俺は何も言ってない!!

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、何もしないで、殺さないで……」

 震えながら腰を抜かす男共、更に女子から出て来たのは泣きながらの命乞いである。

 いや、あのな……。

 その時怯えて腰を抜かした彼女の前に立ったのは、つるんでいたギャルでもチャラ男たちでもなく、意外な人物だった。

「ち、違うんですよおういんさん。か、彼女たちはいわゆる僕等のダチって奴でしてね」

「そそ、そうですよ。あれは僕たちをバカにしたとかそういう奴じゃなくて、毒舌を交えた一種のコミュニケーションと言いますか……」

 それはさっき上から目線でバカにされていたオタク男子の二人。

 意外な援軍の出現に茶髪ギャルは目を丸くしていた。

 冷汗ダラダラ、膝をガクガクさせながらも〝彼女に悪意は無い〟と主張する。

 えーお前等はそっちの味方なのかよ……。

 もしかしたらコレを切掛に会話に混ざれないかなーとか思いもしたけど……。

 震えながらも俺の前に立った二人に注がれる茶髪ギャルの輝く瞳を発見して……全てを諦めた。チャラ男共よりもよっぽど根性を見せたもんな。

 どうやら今日も俺は悪人であるべきらしい。

 静まり返る教室を尻目に再び脚立に上り、作業を再開する事にした。

「ったく……タメに敬語使ってんじゃねーよ」



 俺の名は仁王院じんぎんそく高校の3年生だ。

 基本的にスポーツに力を入れている学校だけど、現在の俺はどこの部活にも所属していない。肩書きだけで言えば至って平凡な帰宅部男子といったところだ。しかし……。

「ひい!」

 特に何かしたわけでもなく、ただ単に前方にいた女子を〝見ただけ〟で悲鳴を上げられてしまった……失礼な。

 教室の一件で分かる通り、世間一般では俺は〝平凡〟ではない。

 全ての原因は何もしていなくても周囲に多大なる恐怖を与える、俺の顔にあった。

 目は極端に釣り上がり、口からは犬歯が牙のようにのぞく。更に地毛は茶髪に近く、何もしていなくても不良学生に見られてしまう。

 高校を陰から操る裏番。

 地元の暴走族をたった一人で潰した狂人。

 実はさる広域暴力団の跡取り。

 既に二桁を超える人を闇に葬っている凶悪犯だが、どうやら国家の闇ともつながっていてまともな警察では手も足も出ない。

 ……信じたくないがコレは全て俺に関するうわさなのだ。

 知っているだけでもこの体たらく、細かい事例を挙げればキリが無い。

 ようするに仁王院陣は凶悪で残忍な危険人物、それが共通した認識だった。

 断っておくが俺は校則違反した事も無ければ盗んだバイクで走り出した事も無い、非常に一般的な高校生だ。

 だがたまたま通りがかったショーウインドウのガラスに映った自分の顔にためいきが出る。

 ガラスには、相変わらず目が合っただけでも殺されるんじゃないかと錯覚する程〝冷酷な悪魔〟にしか見えない顔が、俺にしか分からない困り顔で映っていた。

 この顔面が原因で、さっきクラス内で起こったような事件は今まで何度も起こっている。

 そのせいで俺はスクールカーストの上位はおろか下位にもいない、強いて言うなら欄外に位置する化け物のような扱いになっているのだ。

 ……いかん、少し泣けてきた。

 おまけに弊害はそれだけではなく……。

「銀足の仁王院ってのはお前か!?

 背後からかかった威勢の良い、というかガラの悪い呼び声にゲンナリしてしまう。

 チラリと視線を送れば案の定、今時こんな不良がいるのかと思える金髪ピアス、ガクランの前を開けてすごむ、いかにもな連中が徒党を組んで立っていた。

「てめえ、色々と調子乗ってるらしいな。この俺がタイマン張ってやんよ」

 この俺って……誰だよお前。

 たまにこの手のやからが絡んでくるという、輪をかけて面倒くさい弊害が付いて回るのだ。

 もちろん俺はこの手の輩にケンカを売った事も無ければ調子に乗った事も無い。

 向こうが勝手に俺を見てビビッたり噂をねつぞうするのはどうしようもないし、むしろ俺は迷惑しかしていないというのに。

 非常に厄介な事に、この顔面が作り上げた風評被害のせいで〝銀足の仁王院へケンカを売る〟というのは一種の度胸試しとして連中のステータスになっているらしい。

 その為毎年一定の時期に、この手の輩が絡んでくるのだ。

「ああん? てめえビビッてんじゃねーぞ? こっち向けや!!

「親がいなけりゃ突っ張れねーなら、最初から調子こいてんじゃねーぞ!」

 ヤレヤレ……だからうちの親父はただの整体師だし、母ちゃんは看護師だっての……。

「まともにタイマンも張れねーのなら……ヒ!!

 数人で徒党を組んでおいてタイマンもクソもないと思うが。俺があきれつつ顔を向けただけで一人の不良が悲鳴を上げて腰を抜かした。

 更にしっかり振り返ってたいすると、さっきまで調子良く絡んでいた連中が一言も喋らなくなった……おいおい。

「……用事があったのはそっちじゃねーのか?」

「「「「!!!!」」」」

 俺がそう言っただけでビクリと体を震わせる不良諸君。そして8割方の連中がきびすを返して逃げ始めた。

「や、やっぱり俺は止めとくぜ」

「銀足の仁王に目ぇ付けられたくねえ……」

「あ、おいお前等待て!」

 ちょっと視線を向けただけでコレだよ……自分たちで絡んで来ておいてよう。

 どうも連中にとって一番重要なのは『悪名高い仁王院にケンカを売った』という事実のみらしい。

 俺が対応しようとすれば定番の『覚えてろ!』などの台詞ぜりふと共に立ち去るのが一連の流れになっている。

 俺にとってはピンポンダッシュされているようで半端に傷付くんだが。

 しかし、この日は少々勝手が違っていた。二人の不良が根性出して残っていたのだ。

「ビ、ビビんな! 噂じゃコイツ、今までガン付けてビビらすだけでまともにケンカした事はねーって話だぞ!」

 ……あ、気付かれた。

 どうやら先頭に立っていた金髪の彼は俺のことを色々下調べしていたようだ。

「え? マ、マジか!?

「ああ、みんなあの凶悪面にビビッて手を出せないらしいが……本当は……」

 そう、俺は基本的にケンカをしない……だけど金髪の彼はまだまだ調べ方が甘いな。

 自分で言うのもなんだが、俺は幼少期から剣術師範の師匠であるじいさんに鍛えられて実はそれなりに戦うすべを知っている。

 ただ連中が言うように大体は顔で勝手にビビッてくれるせいで実力を出す必要はあまり無いために、この手の連中は早合点を起こす事がある。

 ……こうなると非常に面倒くさい。

 そもそも俺は〝痛い〟のは嫌いなのだ。

 ……くか。

 そう決定し、踵を返してスタートダッシュを敢行した。

 一瞬あつに取られた不良たちだったが、すぐに気を取り直したらしく後方から威勢の良い罵倒が聞こえてくる。

「に、逃げた、逃げたぞ! やっぱりアイツは顔だけだったんだ!! お前等、ビビる事ねーぞ!!

「お、おお! ちょっといかついからって調子こきやがって!」

「待ちやがれ! ぶっ殺してやる!!

 何とも勝手な事ばかり言ってくれる。

 待てと言われて、しかもぶっ殺すとまで言われて待ってやる奴がいるかよ。

 俺はそれからしばらく連中を撒くつもりで色々と小道を駆使して走り続けた。



 しかし連中の連携か、はたまた意外と根性があったのか、中々撒く事が出来ず……結構な時間を走り回る結果になってしまっていた。

 そして、気が付けば帰宅路からは随分と外れた山道に入り込んでいた。

 しばらく歩いていると、不意に視界が開けて目の前にそこそこの深さの渓谷が現れた。

 崖のように切り立っているが下をのぞき込むと川があって、遠目から見ても流れが急だ。

 落ちたらヤバイだろうな……暗さも相まって見ただけで鳥肌が立つ。

 しかし俺がそんな感想を抱いていると、どこからか楽しげな子供の声が聞こえて来た。

「すげ~こんなの渡れるのか?」

「簡単だって、ほらよ!」

「おおお、カッコいい!」

 声のする方に向かってみると、そこには古めかしいつりばしが渓谷を繫いでいて、三人のガキ共が楽しげに話していた。

 吊橋の入り口では二人のガキがはやし立てていて、中程で得意気に橋を揺らしているガキが一人。

 その光景を危ねーなと思って見ていた俺だったが、連中が騒いでいる橋の前に立っている看板を目にして背筋が凍った。


『危険! 老朽化のため崩落の恐れあり。撤去予定にて立ち入り禁止』


「バカヤロウ! 揺らすんじゃねえ!!

「「「!!」」」

 俺の怒鳴り声を聞いたガキ共は一斉に体を震わせて、更に駆け寄る俺を目にすると腰を抜かしてへたり込んだ。

「あ、ああああ」

「ううう……」

 はやし立てていた二人は俺の顔を見て腰を抜かしたらしい……まあいい、今は気にしている時じゃない。

 吊橋の方を見ると、中程でふざけていた方も俺の登場に恐怖したらしく動きを止めて警戒色バリバリにこっちを見ている。

 不意にロープから〝ピシ〟と何かが徐々に千切れていく音が聞こえ出す。

 何が千切れてきているのか正確には知りたくない。

「おいそこのガキ! ゆっくりだ、ゆっくりこっちに来い。この橋は危ねーんだ!」

「ひ!」

 しかし俺がそう言った途端、体をビクつかせて子供は後ずさってしまう。

 チッ……、こんな時でも俺の風貌はマイナスにしか働かないのか?

「待て、そっちに行くな! ロープが千切れちまう!!

「お、鬼……鬼!?

 焦れば焦る程、必死になればなる程、俺の顔は〝それ〟に近寄ってしまうのか、ついに腰を抜かしていたその子供は勢い良く立ち上がって俺とは反対側に駆け出してしまった。

「あ、バカ!! 急に走る……」

 俺は『な』まで言い切る事が出来ず、耐え切れなくなった吊橋の片側のロープが〝ブツ〟と音を立てたのを聞いた。

「やべえ!」

「あ……」

 その瞬間、俺は反射的に繫がっている反対側のロープを足場にして走り出していた。

 綱渡りなんて曲芸をした経験は一度も無いが……そんな事を言っているヒマはない。

「おおおおおおおおおお!!

 間に合え、間に合え、間に合えええええええええ!!

 何とか中程に辿たどり着いた俺は落下するガキへと手を伸ばす……だがそんな緊急事態になっていても俺の顔を見た瞬間、ガキは恐怖の瞳でとつに手を引っ込めてしまった。

 溺れる者はわらをもつかむと言うのに、俺はその藁にすらなれんのか?

 やはり俺が摑めるのは、どこまでも助けを求める手ではないらしい。

「結局おびえる者の胸倉だけかよ、こんちくしょうおおおお!!

 俺はガキの胸倉を片手で強引に握り締めて、そのまま一本のロープを駆け抜ける。

 最早ここから戻るよりも駆け抜けて反対側に渡った方が早いと判断したからなのだが、もう少しで渡りきれると思った時、再び〝ブツ〟という聞きたくもない音が聞こえた。

「マジか!?

 右足が空を切った感覚で片側のロープも切れた事を実感する。

 その瞬間、俺は全力でガキを反対側へと放り投げた。

「くそったらあああああ!」

「わあああああ!?

 火事場の馬鹿力とは良く言ったものだ。俺は叫び声と一緒に吊橋の反対側に転げて着地したガキを見てあんした。

 だがそれを確信したと同時に感じた浮遊感、既に俺の体は谷底へと向かっている。

 落下している事を実感した時には既に吊橋のあった崖ははるか上に、そこからは向こう側に放り投げたガキが涙目で覗き込む姿が見えた。

 怯えるな、泣くんじゃねえ……ちくしょう。

「次から危険な所で遊ぶんじゃねえぞおおおおおおお!!

 それは俺にとっては負け惜しみのようなものだった。

 最後の最後まで鬼扱いだった事に対する『俺は人間だ!』という人間らしいアピール。

 それを最後に俺の意識は渓谷の闇に飲まれて行った。