どうりで朝から寒いわけだ。が、家の中は快適なので、いつから降り出したのかまったく気づかなかった。そのことをポロっと漏らしてしまったら、宮園が「あれだけ夢中でヤッていたら気づかない」とからかってくるため、毛布の中へ隠れなくてはならなかった。
丸まった明日香を笑って抱き締める彼が、毛布越しに話しかけてくる。
「雪といえばさ、明日香の故郷ってもう積もっているのかな」
「うん。今年は例年より早く雪が降り始めたって」
そう答えつつシーツから顔を出すと、宮園が「そうか」と呟きながら残念そうな表情になった。
彼は自分と暮らすことが決まったとき、裏木村に住む母親へ挨拶に伺いたいと言い出したのだ。明日香はこの生活を同居とみなしているものの、はたから見れば同棲に変わりはない。そのため彼はケジメをつけたいと考えたらしい。どうも外堀を埋めようとしている気はするが、彼の気遣いは嬉しかった。
とはいっても故郷はすでに雪が積もっているので、4WDの車でなければ立ち往生する危険がある。それでも行くと彼は言い張ったが、雪道の運転は本当に危ない。故郷へ顔を出すのは春になるまで待ってと制止し、母親へは電話で恋人と暮らす報告を済ませておいた。
「……雪が解けたら裏木村へ一緒に行こうね。地元の料理をたくさん食べさせてあげる。信州には美味しいものがいっぱいあるのよ」
「ああ、信州牛と信州サーモンだっけ?」
ニヤニヤと笑うその表情を見て再び顔を隠した。高山での夜、酔っぱらった自分がペラペラと喋ったことは、酔いがぶっ飛んでもしっかり残っている。これも宮園の脳裏から消し去りたい記憶の一つだ。
毛布の中からくぐもった声を出した。
「うう……それだけじゃないもん。……そうだ、柾樹さんのご実家に持って行くお土産は、地元のお菓子なのよ」
「もしかして取り寄せた?」
「うん」
「そんなに気を遣わないでもいいのに」
宮園が毛布の上から頭を撫でてくる。その力加減に優しさを感じて、再び外の世界へ顔を出した。
実は三十一日の昼間に宮園家へ挨拶へ行くことになっている。同棲の件を宮園も両親へ伝えたところ、意外なことに父親の功から「二人で食事においで」と言われてしまったのだ。
……もの凄く行きたくない。が、彼氏の父親の誘いを無下にできるはずがないし、自分も挨拶はするべきだろう。彼とずっと付き合っていきたいから。
「でもさ、お招きいただいたのはありがたいけど不思議なのよね。私って社長から嫌われていると思ってたんだけど」
相続問題が解決したのがそんなに嬉しかったのだろうか。首をひねると宮園が抱き締めてきた。
「まあ、株の問題が解決して馬鹿みたいに喜んではいたけど、それとは別に詫びの気持ちがあるんだよ」
「何それ?」
「明日香が松原に付き纏いされただろ。あと証券会社の営業の件も。あれで」
なぜ赤の他人である松原が、遺言書の中身という超プライベートな内容を把握していたかというと、すべて功が原因なのだという。
実は松原は、功の母親の孫にあたるのだ。というのも功の母親は清と離婚後、子持ちの男性と再婚し、相手の連れ子がまだ幼いのもあって実の母子のように仲良く暮らしていた。その義理の息子の子供が松原になる。
それを聞いた明日香が宮園の腕の中で声を上げた。
「えーっ! あの松原記者って、柾樹さんのお祖母さんのお孫さんだったの!」
「ああ。親父が相続問題を祖母に愚痴って、それが巡り巡って孫にまで伝わったらしい」
「あれ? ってことは松原記者って、柾樹さんの従兄弟になるんじゃない?」
すると宮園が凄まじく不愉快そうな表情になった。
「違う。血の繋がりがないから赤の他人だっ」
奴の存在など今まで知らなかったと、むちゃくちゃ嫌そうな顔つきになっている。
なるほど、功にとって母親とは、父親と離婚して家を出て行っても母親に変わりはない。だが彼女が新しく築いた家庭の中までは踏み込めないため、その家族に誰がいるかなど把握していないだろう。そんな繋がりがあったとは盲点だ。
でも、なんとなく功と会うことに対する億劫な気持ちが解消された。
「世間って狭いわね」
感心したように明日香が呟くと、「そうだな」と宮園が重々しく頷く。
「思いもよらないところに親戚がいたりする」
溜め息混じりに呟きながらこちらの頬を撫でてきた。そのときの彼の瞳はいつもと違う色を帯びていた気がしたけど、すぐに覆い被さってきたので見えなくなる。
「でも、俺はそんなどうでもいい繋がりより、こうしてそばにいて欲しいと思う相手とだけ繋がっていたい」
「そうだね。私もよ」
遠くの親戚より近くの他人だ。かかわる必要もない人間に
宮園の硬い体を抱き締めて広い背中を撫でていると、突然ドアをガリガリと引っかく音が聞こえてきた。一匹や二匹ではない気がする。
「いけない、夕方のご飯の時間だわ」
「……」
小さく舌打ちをした宮園が、明日香にキスをしてから溜め息を漏らしつつ立ちあがる。渋々と服を身に着けて鍵を開けると、四匹の猫が入り込んできた。
なかでも一番人懐っこい性格のサバニャンは、ベッドに駆け寄ってくるとジャンプして乗り上がり、明日香へスリスリと甘えてくる。──可愛い!
しかし剥き出しの乳房へすり寄ったのが仇となったらしく、宮園が首根っこを捕まえてポイっと放り投げてしまった。もちろん猫だけあって難なく着地している。
その様子を眺めていた彼が、自動餌やり機を買おうかなと呟いているではないか。大人げない。
明日香も急いで服を身に着けようと起き上がる。幸いなことに宮園に奪われた青いブラジャーも床に落ちていたため、素早く回収した。
彼と共に一階へ降りて、猫グッズが置かれている部屋へ向かう。ここは二つの空間に分かれており、一つは餌をやる部屋で、もう一つは猫用トイレが設置されている部屋だ。トイレ部屋は換気扇があるため匂いがこもらないのがいいらしい。猫たちは大人しく餌部屋で食事を待っている。
清は、人間のキッチンに猫を近づけないようにして欲しいと話した。不衛生というより、人間の食事は猫に与えられないものが多いため、誤食しないようにとのことで。
彼から説明を受けたときは〝お猫様〟なる単語が脳裏に浮かんで、微笑ましい心持ちになったものだが、この広い家へ入って猫たちに向き合うと清の孤独が胸に迫る。
もともと猫好きとのことだが、猫を飼わねば耐えられない夜もあっただろう。人間は一人ぼっちで生き続けることが難しい生き物だと思うから。
「──明日香? どうした?」
キャットフードを手に持ったまま固まっていたら、宮園がこちらを案じる声を出した。
「あ……、ごめん、なんでもない」
猫たちが、ミーミーと甘える声を出しているのも聞こえなかった。慌てて猫に餌をやり、その様子を宮園と眺める。
猫がキャットフードを食べるカリカリという音以外、とても静かだった。こんなに広くて静かな家で一人暮らしを始めたら、そのうち孤独に負けてしまったのではないかと不意に思う。狭い部屋で一人暮らしは慣れているけど、広すぎる家で一人だったら心許ない。
だから隣にいる
……以前、自分の勘は外れないのだと、宮園とはご縁がなかったのだと諦めたことがあった。でも第六感という曖昧なものなど、状況によっていくらでも変わるのだと今になって理解する。絶対ではないのだと。
宮園を見上げると、視線に気づいた彼がこちらを見るので、背伸びをして彼の頬にキスをした。驚いた表情の宮園だが、すぐに明日香を抱き締めて唇にキスを返す。
その力強さと温もり、甘い香りとひそやかな吐息、優しい眼差しと鮮烈な気配……あなたが身にまとうすべてが愛おしい。
彼という存在を得られた運命に感謝し、万感の思いを込めて愛する