転生六十四日目。待ってました勲章授与式! 誰も待ってない? まあ、俺も待ってなかったけどさ。

 昨日届いたばかりの馬車で城まで乗りつける。この馬車はモンダルクが必要だからと手配してくれたもので、授与式に間に合わせるように製作を急がせたらしい。職人たちに悪いことをしてしまった。

 城には多くの貴族が登城していた。この人たち全員が授与式に出席するの? ウワー、キンチョウスルー(棒読み)。

 馬車にはうちの紋章がついていて、地味ながらも貴族用の凝った造りの馬車になっているらしい。木材、塗料、ニスなどの材料が一般向けよりも良いもので、要所に彫刻もある。良い材料と手間暇をかけた馬車になっているとモンダルクが言っていた。

「旦那様は貴族でありますので、華美な装飾はともかく、材料にはこだわるべきでしょう。もちろん、職人も厳選しております」

 貴族家に長く仕えていただけあって、モンダルクはいい仕事をしている。俺に足らないものを補ってくれる。


「フットシックル名誉男爵だ」

 ガンダルバンが今日の主役の登城を告げる。

 ガンダルバンは軍馬に乗っている。あの巨体だから軍馬もゴゴリア種という大型馬だ。千三百キロはありそうなきょである。

 見習い執事のジュエルとバースは馬車の御者席、アンネリーセ、ロザリナ、ソリディアの三人は俺と一緒に馬車の中にいる。

 馬車は二頭立てでこれも大型種のベルディゴ種。ゴゴリア種よりはやや小さいが、それでも千キロくらいある巨躯。馬車をかせるのに軍馬がいるのだろうか? 素人の俺が考えても分からないから聞いてみる。

「ガンダルバン様がもしもの時のために、体の丈夫な軍馬がいいとおっしゃっていました」

 ソリディアの話では、ガンダルバンが馬を決めたようだ。「もしも」という単語が気になるが、その「もしも」がないことを祈ろう。

 他にジョジョクとリンも軍馬に乗っている。こちらの軍馬は中型馬のボルディア種だ。

 フットシックル名誉男爵家御一行様とか告げる声が外から聞こえた。気が重い。

 主役だからか、他の貴族とは別のルートで入城できた。馬車と馬の世話はジュエルに任せ、他全員で城内に進む。

「こちらでお待ちください」

 立派な部屋に通される。メイドが一人ついた部屋だ。お茶を出してもらって飲んでいると、ザイゲンがやってきた。

「今日の進行について説明する」

「お願いします」

 進行も何も、勲章もらうだけじゃないの? あとはアンネリーセの奴隷解放だと思うんだけど?

「まず最初に騎士たちの勲章授与式がある。フットシックル名誉男爵家は貴族の末席に列席してもらう」

 公爵家の騎士たちにも勲章が贈られるようで、俺たちはその後なんだとか。

「次にフットシックル名誉男爵への勲章授与。名前が呼ばれたら貴族席から前に進み出てくれ。騎士たちが立っていた場所まで進めばいい」

 OK、そのくらいは簡単だ。

「授与式が終わると、アンネリーセを奴隷から解放する。それは私の執務室で行われる」

「ありがとうございます」

 それで帰ればいいんだね。

「少し休憩があってパーティーが開催される」

 何それ、聞いてないんですけど。

「パーティーでは他の貴族たちと交流するといい」

「交流しないとダメですか?」

「味方を作っておくのも、貴族の務めだ」

 面倒くせー。

「立食形式のパーティーだが、ダンスもある」

「踊れないんですが」

「立ち話をしていればいい」

 踊れと言われても困るので助かる。

「主役には最後までいてもらう。途中で帰るようなことがないように」

 嫌だー。帰りたいよー。

 ザイゲンが退室して、フットシックル名誉男爵家御一行様だけになった。

「あー、緊張するなー」

「ご主人様なら立派に受勲されますよ、きっと」

「アンネリーセも一緒にいてくれたらいいのに。そしたら心強いのになぁ」

「奴隷がいていい場所ではないですよ」

「奴隷解放を先にしてくれればいいのに、公爵様も気が利かないなぁ」

「そんなことを言ったらばちが当たります。解放されるだけで私は幸せなのですから」

 アンネリーセへの褒美は奴隷解放だから勲章はない。

 今日で本当に奴隷から解放させられると思うと、俺も肩の荷が下ろせるよ。


 お茶がカップからなくなる頃に呼ばれ、とても広いえっけんの間に通されて末席に陣取る。

 俺を値踏みしようという貴族たちの視線が集まる。ジロジロ見んなよ。見世物じゃないんだぞ、俺は。などとは言えないけどね。

 公爵が玉座(?)に座ると、騎士たちが謁見の間に入ってきた。ロークと数人の騎士と兵士だ。騎士と兵士の差はマントだね。騎士はマントをつけているが、兵士はつけていない。

 騎士がロークを入れて三人。兵士は十五人だ。あの悪魔騒動の時に避難誘導などの貢献をした人たちらしい。

「悪魔襲撃の際、よく民を守ったローク=バルカンに勲四等椿つばき勲章を授ける」

 公爵がよく通る声でそう宣言すると、ロークが前に出て四段ある階段の三段目まで上がった。

 公爵が立ち上がって、勲章をロークの胸につけた。

 その後も一人一人名前が呼ばれ、公爵が勲章を与えていった。

 ロークは謁見の間から出ていく時に、俺にウインクしてきた。こわもての男にされてもうれしくない。


「名誉男爵トーイ=フットシックル。前に」

 俺の名前が呼ばれ、俺たちはふわふわで真っ赤なじゅうたんの上を歩いて公爵の前まで進み出る。

 俺の後ろにガンダルバン、その後ろにうちの兵士たちが並ぶ。

「名誉男爵トーイ=フットシックルは悪魔を退け、このケルニッフィの危機を救った。その功績をたたえ勲三等たん勲章を授ける」

 進み出て階段の三段目まで上がり、公爵の前に。

「よくやった。これからも期待しているぞ」

 期待されなくていいです。

「ありがとうございます」

 俺が下がると今度はガンダルバンが呼ばれ、続いて兵士たちが呼ばれて順に勲章が授与された。


 無事に勲章授与式が終わり、やっとアンネリーセの解放の時間になった。

 ザイゲンの執務室に俺とアンネリーセだけが入る。

「これは悪魔撃退の褒美に代わる恩赦である。今後は罪を犯さず、真っ当に暮らすように。いいな」

「はい」

 ザイゲンの言葉に神妙な表情でうなずくアンネリーセ。

 公爵家に仕える奴隷商人によって解放が行われる。これでアンネリーセは自由の身だ。

「おめでとう、アンネリーセ」

「これもご主人様のおかげです。どれほど感謝してもしきれません」

「ご主人様じゃなく、トーイだ。トーイと呼んでくれ」

「ですが……」

「トーイ」

「と、トーイ……様」

「うん。それでいい。美しい顔に涙は似合わないよ。ほら、拭いてあげる」

 アンネリーセの涙をハンカチで拭く。涙は似合わないけど、涙を流していてもアンネリーセはれいだ。彼女を抱き寄せ、よしよしと頭をでてやる。

 残念ながら今の俺の背丈よりも、アンネリーセのほうが高い。俺の背はもっと伸びるのだろうか?

「ゴホン。フットシックル名誉男爵、いちゃつくのは他でやってくれないかね」

「「あっ……」」

 ザイゲンの執務室なのを忘れていた。ザイゲンと奴隷商人と文官たちが苦笑している。

 こりゃ失礼。ははは、笑ってそう。


 アンネリーセの解放も終わったし帰りたいところだが、まだ帰れない。パーティーに参加しないといけない。俺はドレス姿のアンネリーセと腕を組み、音楽が奏でられている会場に入った。どや、俺のアンネリーセは美人だろ。うらやましいか、あははは。

「このような場所に私など相応ふさわしくないです……」

 こんなことを言うアンネリーセに、俺は言う。

「俺の横に立つのは、アンネリーセ以外にいない。だから気にせず、俺の横にいてくれ」

「ごしゅ……トーイ様……ありがとうございます」

 まだ名前呼びに慣れてないアンネリーセだけど、それもいとしい。

 まずは公爵に挨拶。さっき顔を合わせたのに、わざわざ挨拶に行かないといけない。面倒なしきたりだ。

「公爵様。本日はありがとうございました。おかげをもちまして彼女を解放できました」

「美しいな」

「私のアンネリーセですからね」

「ははは。大丈夫だ、取りはせぬ」

 美しいとか綺麗だと思うのはいいが、アンネリーセに手を出そうというなら、全力で排除する。それで世界を敵に回すことになってもだ。それだけは覚えておいてね。

「それで、いつ式を挙げるのだ? 私が媒酌人をしようじゃないか」

「「えっ!?」」

 式……。

「その顔ではプロポーズもしてないのか? いかんな、そういうことはちゃんとしないと、後からずっと言われ続けるぞ。ハハハハ」

 し、式ってもしかして結婚式のこと?

 アンネリーセはほおを赤らめうつむいている。俺とアンネリーセが結婚……いいじゃないか! それ、採用!

「公爵閣下。フットシックル名誉男爵」

 式のことを考えていたら、ザイゲンがやってきた。俺は公爵の横で共に彼の挨拶を受けた。

 面倒だけど、今夜の主役である俺は公爵の横で笑みを絶やさず立っていなければならない。

 その横にはアンネリーセもいる。その微笑ほほえみには一〇〇億グリルの価値があってもいいと俺は思う。その笑みで俺の引きった笑みをカバーしてくれ。

 次はロークとその父のバルカンがやってきた。いやもう一人、バルカンと同じ顔をした奴がいるぞ。バルカンの長男か!

 なんて強い遺伝子なんだ、バルカン遺伝子恐るべし。

「この度は息子をお引き立てくださり、感謝いたします」

 バルカンが長文をしゃべっている!? こいつ、こんな長文が喋れたのか。

「さらなる忠勤に励みます。これからもよろしくお願いいたします」

 ロークはちょっと緊張気味。顔が怖いよ、笑みだよ、笑み。

「公爵閣下。弟をお引き立ていただき、感謝いたします」

 おお、お兄ちゃんはしっかり話せるんだ。バルカン遺伝子を駆逐しろ。

「フットシックル名誉男爵。初めてお会いします。私はイージス=バルカンと申します。父と弟がお世話になっていると聞いています。二人がご迷惑をおかけしていませんか?」

 お兄ちゃん、ものすごく常識人!?

「これは丁寧な挨拶痛み入ります。私はトーイ=フットシックルと申します。お父上とローク殿には大変お世話になっていますよ、イージス殿」

 本当はお父上には大迷惑をこうむっていましたけどね。社交辞令ですよ。そこんところ分かってね。

 イージスも騎士団に所属している武人で、今は連隊長をしているらしい。その顔……じゃなかった、鍛え抜かれた大きな体を見たら文官じゃないことは簡単に想像できる。きっと父親にシゴかれたんだろうな(遠い目)。

 長男のイージスと三男ロークがバルカン遺伝子の猛威にさらされていることを考えると、次男もバルカン遺伝子全開なんだろうな。一家そろったら、気温が五度くらい上がりそうだ。

 バルカン一家の後は公爵の家臣の貴族たちが挨拶してきた。

 貴族の中にはアンネリーセを見ていやらしい笑みを浮かべる奴もいたけど、手を出そうというのなら覚悟しろよ。

 ずっと立っていて、料理も味わえない状態。拷問か、これは?

 貴族たちの挨拶がピークに達し、あと少しというところだったのにそれは起こった。

 爆発音と共に足の裏に振動を感じた。何か良くないことが起こったようだ。

 俺がそんなことを考えていると、バルカン一家が公爵を取り囲んで守る態勢を取った。さすがというべき動きだ。

 でもフットシックル名誉男爵家御一行様もさるものだ。すぐに俺のそばに飛んできて周囲を警戒している。他の貴族の騎士や兵士はぼうぜんと立ちすくんでいるというのに、素晴らしい動きだよ。

「ザイゲン殿。公爵様を避難させないのですか?」

「この場で何か起こったのではない以上、状況がつかめていない状況でやみくもに動くのはよくない。報告を待って、判断することになる」

 こういう時は状況が分かるまで動かないらしい。そこに兵士が駆け込んでくる。

「申し上げます。城内に魔法生物が現れましてございます」

「魔法生物だと? ……何者かが魔法生物を城内で放ったわけだな」

 公爵は厳しい顔をして、うなった。

「アンネリーセ。魔法生物って何?」

「簡単に言いますと、モンスターのことです───」

 魔法生物というのは、ダンジョン内だとモンスターと言われる生き物のことらしい。ダンジョン内でモンスターを倒すとアイテムを残して消滅するが、地上のモンスター、つまり魔法生物は死骸が残る。

 もちろんアイテムはドロップしない。その代わり、死骸を解体して皮や肉、骨、牙などを有効利用できる。

 さらに兵士が駆け込んでくる。

「申し上げます。ベニュー男爵、謀反にございます」

「ベニューか……恩をあだで返しおって」

 公爵は吐き捨てるように言う。

「ベニュー男爵ってどんな人ですか?」

 ザイゲンに聞いてみる。

「シャルディナ盗賊団と通じていた家だ。当主以下数名を処刑したが、親戚から新当主を立て子爵から男爵に爵位を下げて家を存続させてやったのだが、それが仇になったようだ。あの時温情をかけずに全ての者を族滅していればこのようなことにはならなかっただろう。痛恨の極みだ」

 何それ、逆ギレで謀反したの? 処刑されず男爵の地位は残してもらったのに、感謝するべきところを恨んじゃったわけ? バカじゃないの。

 ザイゲンの苦虫を嚙みつぶしたような顔を見ると、本当に後悔しているようだ。

 こんなことがあると、今後同じようなことがあったら罪もない人が一族や親族だからと族滅されちゃうじゃん。ベニューって奴は最悪だな。

 しかし当主と一部の人だけ処刑して族滅しなかったなんて、公爵も優しいところがあるんだな。結構非情な人かと思っていた。公爵を見る目が変わるよ。

「申し上げます。モンスターはガーゴイルです。ガーゴイルが数十体です。味方に大きな被害が出ています」

 ガーゴイルは空を飛べるから城壁を飛び越えてきたのか。

「ガーゴイルであれば、一般兵では太刀打ちできぬ。バルカン、行ってくれるか」

「承知」

 公爵の命令でバルカンがガーゴイルの撃退に向かおうとする。何か引っかかる。なんだ……?

「お待ちください」

「なんだ、フットシックル名誉男爵」

 無意識に口が動いていた。自分自身が気味悪い。

「ガーゴイルは私たちが対処しましょう。バルカン様は公爵様のそばから離れないほうがいいと思います」

 なんでこんなこと言っちゃったんだろうか? 俺の脳は何を考えているんだ? そうやって厄介ごとに首を突っ込むから、前世でも面倒臭いことになったんだろうが! はぁ……。自分で自分が嫌になる。

「私もフットシックル名誉男爵に任せるのがよいと愚考いたします」

 ザイゲンが俺に任せろと後押しする。

「……分かった。ガーゴイル退治はフットシックル名誉男爵に任せる。ロークは補佐をせよ」

「はっ」

 ロークが敬礼し、俺の横に。

「ローク隊長。武器を貸してもらえますか」

「承知しました。こちらへ」

 近くにいた騎士と兵士から、剣とやりを手に入れる。公爵家の騎士だけあって、良い剣を使っている。ガンダルバンだけは盾も借りたが、傷一つない綺麗なその盾がどうなるか……公爵に弁償してもらってくれ。

 彼らには魔法使い系のジョブ持ちは少なく、持っている人は貴重な戦力になるからアンネリーセとソリディアのつえは確保できなかった。杖がなくても魔法や呪術は使えるが、あったほうが威力が上がったりするので残念だ。

「行くぞ」

 俺たちはモンスターが暴れる場所へ駆けた。今の俺のメインジョブは剣豪、サブジョブは暗殺者になっている。

 見えてきた。ガーゴイルだ。レベルは二〇、こっちは二二、あいつは二五だ。ダンジョンよりレベルが高いだと?

「ダンジョンのモンスターよりも強そうだ。気をつけろ」

 ロークがいるから明確にレベルの話はしないが、戦闘力が高いことを告げると皆が頷いた。分かってくれたようだ。

 ひどい状況だ。倒れて動かない騎士や兵士が二十人くらい。を負って仲間の手で後方へ下げられた者はもっと多い。

「ローク隊長。騎士たちを下げてもらえますか。それと今からソリディアが死霊を召喚します。それは味方なので攻撃しないように徹底してください」

「し、死霊ですか」

「詳しい話は後です。皆に徹底してください」

「承知しました」

 ロークが大声を張り上げて、騎士たちを後方に下げる。あの巨躯から発せられる大声は、耳によく響く。

 騎士たちが下がっていく。

「ガンダルバン、行くぞ」

「はっ!」

 俺、ガンダルバン、ジョジョク、リン、ロザリナが突出する。

「サモン、ハイゴースト」

 ソリディアは霊体族召喚でハイゴーストを三体召喚。

けんぞく合成!」

 ネクロマンサー・レベル二〇で覚えたスキル・眷属合成は、複数の眷属を合成することでより強力な眷属にすることができる。

 現在の眷属合成(低)では三体を合成して強力なハイゴーストを作れるが、強さが三倍にならないところが残念だ。

 黒く透けた一メートルほどの球体に短い手足が生えたハイゴーストが合成され、二メートルほどになる。短い手足はそのままだが、さらに目と口がついた姿になった。

 まるで「ケタケタ」と笑っているように見えるが、声は聞こえない。

 三体のハイゴーストを合成したソリディアの眷属は、ハイゴースト・オーバーという種族名になっている。レベルは三五だ。合成したことでレベルも高くなっている。

「ハイゴースト・オーバー。てつく冷気!」

「………」

 短い両手を上下に振ると、突風が吹きガーゴイルを凍りつかせていく。すると飛んでいたガーゴイルは地面に墜落。普通に強い。

「ファイアストーム」

 アンネリーセの魔法が発動。烈火が数体のガーゴイルを巻き込む。ガーゴイルが落ちて地面に激突。

 落ちてきたガーゴイルを、俺たちがボコって倒す。

 これの繰り返しでガーゴイル三十体を倒した。

「あああ……私のガーゴイルたちが。なんなのだ、お前たちは!?

 こいつがベニュー男爵か。神経質そうなほそおもての三十代の男だ。こんな奴が公爵に謀反? とてもそんな決断力があるようには思えないんだけど?

「この私がこんなところで。ああ、女神様。私をお守りください」

 女神? 何を言っているんだ、こいつ。

「女神様、女神様、女神様、女神様、女神様、ああ、女神ーっ」

 完全にぶっ飛んでるよ、頭が。

 詳細鑑定で見てみると、ここにもいましたよ……悪魔き。

 衣服をぶち破るように筋肉が盛り上がって、大きくなっていく。

「こいつ、悪魔憑きか!?

 ロークがきょうがくする。そんなに怒鳴らなくても分かっているよ。

「ガンダルバン。下級悪魔ジャミル・レベル三五だ」

 ロークたちには聞こえないように、ガンダルバンと肩を並べささやく。

「承知」

 前回戦った下級悪魔パティスよりもレベルは高いが、こいつも下級悪魔だ。

 てかさ、下級悪魔憑きなのに、女神様ってなんだよ? 悪魔が女神をかたっていたわけか? 悪魔も布教活動が大変なんだな。

「ローク隊長。全員を避難させてください。守りながらは戦えませんから」

「は、はい。分かりました」

 これでよし。うそも方便。そしてリンに目で合図する。彼女なら悪魔に対して有効な聖属性の攻撃ができる。なんと言ってもリンは槍聖をオープンにしている……ん、俺、リンのことを公爵に伝えたっけ? ……まあ、いいか。

 下級悪魔ジャミルは下級悪魔パティスと同じような羊頭にゴリラの体、尻尾がありコウモリの翼を持っている。代わり映えしないことにがっかりだよ。

「オソレ オノノケ ワガ マエニ ヒザマズケ」

「バカ言うな」

 恐れおののいていたら、戦えないじゃないか。

 剣で足を斬りつける。あまり斬れ味のよい剣ではない。ミスリルの両手剣と比べたら可哀かわいそうだが、どうしても比べてしまう。

 だが問題ない。前回の下級悪魔パティス並みにデカくレベルも高いが、俺たちもレベルが上がっているんだ。決して倒せない悪魔じゃない。

「ワイショウナ ニンゲンノ クセニ」

「お前はデカいだけだろが!」

 口で応戦だけじゃないぞ、剣で足を斬る。

「アンガーロックッ」

 ガンダルバンが敵対心を固定すると、すぐにアンネリーセの魔法が発動し炎に包まれる。

「アガガガッ オノレー キサマタチニ テンバツヲ アタエル!」

 悪魔のくせに天罰とか頭大丈夫か?

 下級悪魔ジャミルの周囲に魔法陣が浮かび上がる。そこから魔法生物が生み出される。ガーゴイルのような体だけど、ガーゴイルじゃない。下級悪魔ジャミルと同じくらいの大きさで、人型ロボットのような岩のゴーレムだ。レベルは二五から三〇。それが十体生み出され、俺たちに襲いかかってくる。

「しゃらくせーっ」

 ゴーレムのパンチをかわして、その腕を駆け上る。

 ジャンプして剣をゴーレムの頭に振り下ろす。剣豪・レベル二〇で覚えたスキルのかぶとわりは頭部への攻撃を行うと自動で発動し、物理攻撃力が二倍になる。

 俺はゴーレムの頭部を粉砕した。剣で斬ったのに、粉砕とか……。

 これがミスリルの両手剣だと斬れたと思うけど、この剣ではそこまでの斬れ味はない。その代わり、粉砕か。いいのか、悪いのか。

「三連突きっ」

 頭の再生を行うゴーレムに、リンのスキル・三連突きが放たれる。

 その攻撃でゴーレムは再生が追いつかず生命力がゼロになって、その場に崩れるように伏した。

 ガーゴイルもそうだが、地上に現れる魔法生物は死骸を残す。石のガーゴイルと岩のゴーレムが残っても邪魔なだけな気がするのは、俺だけだろうか? オブジェにどうだ? ゴーレムに攻められた城の名物だ。

 俺たちは次々にゴーレムを倒していったが、その間に下級悪魔ジャミルは城の奥へと飛んでいってしまった。

「ガンダルバン。リンは連れていく。後は任せた」

「お任せください!」

 ガンダルバンたちにゴーレムを任せて、俺はリンを連れて下級悪魔ジャミルを追った。


 下級悪魔ジャミルの気配は陰湿でけんのんなものだから、すぐに居場所は分かった。

 二階建ての建物くらいの巨大な体だからあまり奥には行けないと思っていたが、天井や壁を壊しながら進んでいるようだ。どんな脳筋だよ。

 けんそうが聞こえてきて下級悪魔ジャミルが戦っているのが分かった。相手はバルカンだ。さすがはバルカン、下級悪魔ジャミル相手に無双している。レベル四二はではない。

「加勢します」

 俺が言うと、戦いながら視線は下級悪魔ジャミルに向け、バルカンは器用にコクリとあごを引く。

 ジャンプして下級悪魔ジャミルの片翼を斬り落とす。

「ギャァァァッ マタ キサマ カ」

「ゴーレムで足止めして公爵を狙おうとした作戦は良かったが、バルカン様がいることを失念していたお前は愚か者だ」

「バカニ スルナッ」

 腰をかがめて太い腕をやり過ごす。

 俺に意識が向いたところでバルカンが残った片翼を斬り落とす。

「ニンゲンノ ブンザイデェェェェェェッ

 大きな口を開き、そこから漆黒のブレスが吐き出された。

 俺は後方に大きく飛びのいて、そのブレスをやり過ごす。だがバルカンは微動だにしない。

 後方に公爵がいるからバルカンは自分の身を犠牲にしてもブレスを受けた。身をていして主人を守るとか、俺にはできないことだ。そんなバルカンを尊敬するよ。

 腐食ブレスによって、バルカンは体中を腐食させるダメージを負った。それでも下級悪魔ジャミルに攻撃を仕掛ける姿は、さすがと言うほかない。

「リン。行け!」

「はい! 聖槍召喚!」

「「「なっ!?」」」

 公爵たちが驚く中、バルカンは手を止めずに下級悪魔ジャミルを追い詰める。そこに聖槍でリンが攻撃する。

「ギャァァァッ キサマ ソレハッ!?

 リンの聖槍はピンクに淡く光っていて、振る度にキラキラとピンクの粒子が飛散する。桜が散り際に見せる桜吹雪のようで、とても綺麗な光だ。

「ライトニングランスッ」

「ヤ ヤメローッ……

 ライトニングランスを受けた下級悪魔ジャミルの生命力がゼロになって、死体が砂に変わった。

「リン、よくやった!」

 俺はリンを褒め、その肩をポンッとたたいた。これで二体目の悪魔討伐だ。また変なことになりそうだが、こればかりは諦めるしかないか。

「バルカンッ!?

 その声に振り返ると、床に膝をついたバルカンが剣を杖のようにして体を支えながら荒い息をして苦しんでいた。

 先ほどの腐食ブレスが体を侵しているのだろう。公爵をかばった代償だ。

「父上」

「騒ぐでないっ」

 駆け寄ろうとする長男のイージスを手で制した。

「ですが───」

「閣下のそばを離れるな。全ての敵を駆逐したと確定したわけではないのだぞ!」

 俺はバルカンに、本物の騎士を見た気がした。自分が確実に死に向かっているのにあるじのことを第一に考えるのは、誰にでもできることではない。


「神官を呼べ! 早くしろ!」

 ザイゲンが神官の手配をする。

「バルカン。すまぬ」

「閣下が謝ることではありません。これはそれがしの不徳。鍛え方が足りなかったのです」

 感動する場面なんだと思うが、そんなときでもバルカンの脳筋が顔を出す。鍛えたからといって、腐食ブレスをレジストできるものなのか?

 騎士がポーションを飲ませ生命力を回復させるが、バルカンの生命力は減り続ける。ポーションでは腐食ブレスのマイナス効果を除去できない。

 ほどなくして神官が到着し、バルカンの腐食は浄化された。

 神官いいな。俺はヒールはできるが、今回のような腐食は神官のキュアが必要だ。もしかしたら転生勇者を育てていけば覚えるかもだけど、それを期待する気はない。

 実を言うとロザリナが神官に転職可能なんだ。彼女は素手でモンスターを百体倒しているからね。でもバトルマスターが彼女の天職だと思うから転職する気はないだろうし、俺も無理に転職を勧めるつもりはない。


 騎士や兵士、それと文官たちは下級悪魔ジャミルが壊した城のれきやゴーレムなどの後始末で徹夜だろう。

 公爵やザイゲンは、フットシックル名誉男爵家御一行様に後始末をしろとは言わなかった。だけど城内の部屋で待機を命じられて屋敷には帰ってない。

 風呂に入れないから、久しぶりに体を拭いた。ロザリナは兵士になったから、リンとソリディアと一緒の部屋で休んでいる。だから寝室では俺とアンネリーセだけだ。城のメイドにはご退場願ったからね。

 お互いに体を拭き合い、アンネリーセの首に無骨な奴隷の首輪がなくなったのを実感した。

 もちろんアンネリーセが嫌がれば拭き合うことはしない。だけどアンネリーセは自分から体を拭くと言い出した。これはOKなんだろうか。

「アンネリーセの肌は白くてきめ細かくて柔らかいね」

「そんなことありません……」

「そんなことあるよ。俺が言うんだから、間違いない」

 この世界に転生して知ったが、風呂に入る者は貴族でもあまりいない。それなのにアンネリーセの肌は少しもくすみがなく、綺麗だ。

 以前せっけんを作ったが、今後はシャンプーも作りたいしコンディショナーも欲しい。でも石鹸は理科の実験で作ったことがあるけど、シャンプーとコンディショナー作りの知識はない。とりあえずやれることはやっておこう。スキルのことでやりたいこともあるが、それは今はできないか。屋敷に帰ってゆっくり取り組もう。


 一夜明けて、転生六十五日目。城内の瓦礫はあらかた始末された。かなり酷く壊されているのに、崩れない城の頑丈さは素直に凄いと思う。

 公爵の執務室へ入ると、目の下にクマをつくった公爵たちに面会。俺はアンネリーセを抱き枕にしてしっかり寝たよ。ふふふ、美少女を抱き枕にできる俺を羨むなよ。

「昨夜のこと、私はとても満足している。城はこのようになってしまったが、幸い死者はゼロだった。城はまた築けばいいが、人はそうではない。それに悪魔は完全に滅んだ。全てはフットシックル名誉男爵のおかげだ。感謝する」

 公爵の感謝の言葉は誠心誠意だと分かった。ここまで低姿勢で臨まれると、逆に身構えてしまう。

「いえ、私は大したことはしてません。それよりもバルカン様は大丈夫ですか?」

 この場にいないバルカンを心配する。神官に治療してもらったからバルカンの状態異常はなくなっていたが、それでもかなり危険な状態だったからね。

「バルカンなら騎士たちの陣頭指揮を執っている。休めと言ったのだが、私の言うことを聞かん。困ったものだ」

「あまりバルカン様のことは知りませんが、バルカン様らしいですね」

 脳筋は今日も脳筋だった。そういうことだろう。

「あの悪魔が憑いていたのは、ベニュー男爵家の跡を継いだサロマという者だ」

 公爵は事のてんまつを語り出した。それによれば、シャルディナ盗賊団騒動において、処刑された者の中にサロマの妹がいたらしい。騒動には直接関係していなかったが、公爵が命じて全ての貴族のレコードカードを確認したら犯罪者だったのだ。

 貴族内では有名な女性で、これまでに三度結婚して三度死別しているらしい。三人とも妹よりもはるかに年上の貴族や富豪ばかりであり、死別しても不思議はなかったのだが、夫たちを毒殺していたのが発覚してしまった。発覚した以上はその女性を処罰しなければならない。サロマは最後まで妹は何もしていないと主張していたらしい。妹は男たちの心を操る天才だったようだ。それが兄でもだ。

 妹が処刑されたのは自業自得だが、サロマはそのことで公爵を恨んだ。そして悪魔と契約したらしい。

「悪魔は人の心の闇の臭いを嗅ぎつけて忍び寄ってくる。フットシックル名誉男爵家も気をつけるように」

「はい。気をつけます」

 忍び寄ってきたら討伐して宝珠を手に入れるチャンスだなんて思ったりしてないよ。

「さて、今回は悪魔を撃退ではなく、討伐したわけだ。フットシックル名誉男爵家の兵士、あのネコ獣人の女性、たしかリンといったか? 彼女は何者だね?」

 やっぱその話になるんだね。覚悟はしていたからいいけど。

「彼女は当家の兵士でリンといいます。先日、やりから槍聖へジョブが進化しました」

「そういう大事なことはすぐに報告してもらわないと困るぞ、フットシックル名誉男爵」

 公爵の眉間にシワができる。そんな目で見ないで、怖いじゃないですか。

「授与式の直前に進化しましたので、授与式後に報告するつもりだったのです」

 ガンダルバンに報告するように言われていたから、これは言いわけではないし忘れていたわけでもない。本当に授与式の後に報告しようと思っていただけだ。それに直前というのは嘘じゃない。直前がどれだけ前のことをいうのかは、人それぞれだけどね。

「報告のことは、今回が初めてゆえ不問にするが、今後は速やかに報告するように。よいな」

「そうします」

 これでめでたしめでたし。さあ、帰ろう。

「それで褒美の件だ」

「えぇぇ……

「そんなに嫌そうな顔をするな。悪魔を撃退しただけでも勲三等牡丹勲章を与えるのだ。討伐した今回は勲二等菊花勲章を与える。城がこのような状況だ、少し時間は空くがそう思っておくように。もちろん、そのほうの配下の者たちもだ」

 ですよねー……。

 そんなに勲章要らないんだけど、ガンダルバンたちが勲章をもらうのはいいことだ。

「それと悪魔から手に入れた宝珠のことだが」

 公爵が視線で指示すると、文官が宝珠を載せたトレイを持ってきた。

「それはフットシックル名誉男爵のものだが、当家で購入したい。どうであろうか?」

 宝珠はユニークスキルの精霊召喚が手に入る貴重なアイテムだ。本当は持っておきたいが、公爵がこのように言っているのなら売らないわけにはいかないんだろうな。

 その宝珠の使い方を知ってますなんて言えないし、ここは嫌そうに了承だ。

「承知しました。それは公爵様のほうで引き取っていただいて結構です」

「そうか。できるかぎりの対価を用意しよう」

 できる限りの対価……。どんな対価か聞くのが怖い。今のうちにお金でいいと言っておくべきか。

「対価については後日相談させてもらう。今日はご苦労であった」

「はい。それでは失礼します」

 なんか言い出せなかった。後でザイゲンにそっと耳打ちしておこう。


 城を辞して途中で買い物をしたから、屋敷に帰ったのは昼前のことだった。

 それでもモンダルクたちは慌てもせずに昼ご飯を用意してくれた。しかも風呂の用意までしてあった。

 昼ご飯前に風呂に入り、疲れをいやした。風呂はいい。アンネリーセと一緒の風呂はとても癒される。ここは天国か。

 OPPAIは今日も柔らかだった。しかも今のアンネリーセには奴隷の首輪がない。それだけで俺の心が軽い。やっぱりいい人が奴隷になるのは間違っている。そう思うわけですよ。