転生十七日目。今日は朝から魔法使いの装備を購入し、怪しい露店巡りをした。

 露店では知力か精神力を上げるアクセサリーがあったら買おうと思ったが、他の効果も含めて今日はいいものがなかった。残念。


 ・魔法使いのつえ:魔法攻撃力+六 知力+二 耐久値一二/一二

 ・魔法使いのローブ:魔法防御力+二 精神力+二 耐久値一〇/一〇

 ・魔法使いの帽子:魔法防御力+三 知力+一 精神力+一 耐久値一〇/一〇

 ・迷宮牛革のグローブ:物理防御力+四 体力+一 器用+一 耐久値一四/一四

 ・迷宮牛革のブーツ:物理防御力+四 体力+二 耐久値一五/一五

 ・幸運のネックレス:即死を三回だけ回避する(三/三)

 ・幸運の尻尾:レアドロップ率が五パーセント上昇。重複効果はない


 アクセサリー以外はアンネリーセが持つ装備と同じものだが、効果に多少の違いがある。

 着替えはダンジョンの中でするとして、少し早いが昼食を食べることにした。

 外を出歩く時は、ジョブは旅人にしている。アンネリーセとロザリナのジョブに比べると、レベル一の旅人は見劣りする。それでも他の人に知られている俺のジョブは旅人だから、これにしている。何かあった時は二人が守ってくれると思うし、大丈夫だろう。

 ちょっとオシャレな店に入ったんだけど、定食屋だった。昼は五つのセットしかやってないというので、アンネリーセは肉のセット、ロザリナは魚のセット、俺は肉と魚のハーフセットを頼んだ。

 そろそろ米が恋しくなってきた。汁も久しぶりに口にしたいな。しょうに近いバーガンという調味料があるから、味噌があってもいいと思うんだけどなぁ。味噌は自分で作ったことあるけど、こうじがないと作れない。さすがに麹なんて自力でなんとかできないし。

 今度ゴルテオさんの店で味噌がないか、聞いてみよう。


 ダンジョンに入ったらすぐにダンジョンムーヴで六階層に移動。昨日の続きから探索開始。何度も言うけど、ダンジョンムーヴ、マジで便利。ダンジョンムーヴを知ってしまったら、普通の探索はできないよ。

 少し歩いたらすぐにガーゴイルが出てきた。六階層ではガーゴイルしか出てこないのかな。

「エンチャント・ファイア」

 小さな火がロザリナに飛んでいき、拳に炎をまとう。あれ、足にもつかないかな? 次、やってみよう。そんなことを考えている間に、ガーゴイルは瞬殺されていた。

「お疲れ~」

「全然疲れていないなのです」

「ご主人様のエンチャント・ファイアが強すぎて、ロザリナの攻撃が三発で終わります」

 ロザリナは不完全燃焼だと言い、エンチャント・ファイアが強すぎるとアンネリーセが言う。苦戦するよりはいいよね。

「ガーゴイルは体力が高い代わりに、精神力がかなり低いからだよ」

 レベル一八のガーゴイルは物理攻撃力が一〇八、物理防御力が八〇、魔法攻撃力が八、魔法防御力が二。見ての通り、物理防御力は異常に高いが、魔法防御力はかなり低い。

 エンチャント・ファイアの攻撃力は、エンチャンターの俺の魔法攻撃力に依存する。レベル八でしかない俺だが、魔法攻撃力は装備込みで一一一もある。

 これで魔法防御力の低いガーゴイルに大ダメージが出なければ、ステータスなんて無意味だよな。


「ちょっと試したいことがあるから、つき合ってくれるかな」

「………」

「何を試されるのですか?」

 ロザリナは難しいことが分からないから、こういうことには答えない。対してアンネリーセは興味深々で聞いてくる。二人のこういう違いを見るのも楽しい。

「エンチャンターの魔法に、エンチャント・ハードとエンチャント・アクセルというものがある。この二つを試しておきたいんだ」

 実戦でいきなり使うのはリスクがある。モンスターを倒した直後の今なら、他のモンスターに襲われることもないはずだ。……多分、しらんけど。

「ロザリナにエンチャント・ハードをかけるけど、いいかな」

「はいなのです」

「それじゃあ、エンチャント・ハード!」

 エンチャント・ハードを発動させるが、ロザリナに変わったところはない。

「おかしいな? 発動したと思ったんだけど? ロザリナ。何か変わったところはないか?」

「………」

 ロザリナの返事がない。無視されたわけじゃないよな?

「ご主人様。ロザリナの体を触ってみてください」

 アンネリーセがロザリナの腕に手を置いている。俺もロザリナの腕に手を置くと、すごく硬かった。

「まさか……」

「そのまさかかと」

 そこでロザリナが動き出した。

「びっくりしたのです! 体が全然動かなかったなのです!」

「「やっぱり」」

 ロザリナに聞くと、息はでき瞳も動かすことができる。だけど口も体もまったく動かないらしい。

 エンチャント・ハードは全てのダメージを無効化するけど、これじゃあ逃げる時に使えないじゃないか。使いどころに困る魔法だな。

「それじゃあ次はエンチャント・アクセルだ。ロザリナ。構わないか?」

「大丈夫なのです!」

「エンチャント・アクセル!」

 エンチャント・アクセルを発動させる。

「走ってみてくれ」

「はいなのです」

 ビューンッ。

「おおおっ」

「速すぎて見えませんでした」

「俺もだよ」

 ロザリナの姿が消えたように見えた。

 多分暗殺者なら見えたと思うけど、今の俺はエンチャンターレベル八だから、いやレベルが上がって九になったけど、どちらにしても魔法使い系ジョブの目では追えないくらいの速さになったようだ。

「凄く体が軽いなのです!」

 帰ってきたロザリナがうれしそうだ。

 当面はエンチャント・アクセルとエンチャント・ファイアでゴリ押しかな。

 そのゴリ押しでガーゴイルは瞬殺、探索者のマッピングで迷うこともなく、アンネリーセの魔力感知でわなにも引っかからない。俺たち、いいパーティーなんじゃないかな。


 六階層のボス部屋の前に到着。誰も順番待ちしていない。五階層までは他の探索者の気配を感じてかいしていたが、この六階層は探索者の気配があまりしない。

 魔法がないとこの六階層は厳しいから、五階層でウロウロして剣士ややりのレベルを上げているんだろうな。くいけば上位ジョブに転職できるかもしれないし、魔導書がドロップするかもしれない。

「今までの傾向だと、ボスは上位種が出てくるはずだ。俺はこのままエンチャンターでいこうと思うが、アンネリーセとロザリナはどう思う?」

「ガーゴイルの上位種なら、物理攻撃に強いはずです。私はエンチャンターでいいと思います」

 アンネリーセはいいと言う。

「よく分からないなのです」

 ロザリナはそう言うだろうと思っていた。

「それじゃあ、俺はこのままエンチャンターで」

 唐草模様のドアを開ける。

 さあ、鬼が出るかじゃが出るか。そういえば、ゴブリンは小鬼族だったな。その進化種のゴブリンファイターのロザリナは鬼ということになる。もういたよ、鬼さん。

 ボス部屋の中に入ってドアが閉まると、ほどなくして床が光った。

「来るぞ」

「はい」

「はいなのです」

 光から現れたのは、ソードガーゴイル。これまでのガーゴイルは悪魔の姿をしているだけで武器は持っていなかったが、こいつは剣を持っている。剣を持とうが、やりを持とうが能力はガーゴイルの上位互換でしかない。他の能力にくらべ、魔法防御力値がかなり低いのは変わらない。

「エンチャント・アイス。行け、ロザリナ」

 雪の結晶のような氷がロザリナの拳に纏わりつく。エンチャント・アイスはエンチャンターがレベル一〇になった時に覚えた付与魔法だ。これまでの傾向では、ガーゴイルに対してエンチャント・ファイアよりもダメージが大きくなる。

「はいなのです」

 はじかれるように飛び出したロザリナは、一気にソードガーゴイルに迫り拳を入れた。多分数発入れているけど、よく見えない。

「ん、これは……」

 詳細鑑定の結果を読んでいたら、ソードガーゴイルの特徴が分かった。

「そいつの生命力が三割を切ったら、生命力を全回復するぞ」

「それは面倒ですね。私も攻撃しましょうか」

「いや、この六階層までは俺とロザリナで対処したい。アンネリーセは今までと同じように、危なくなったら介入してくれ」

「承知しました」

 やれることは二人でやる。アンネリーセに活躍してもらうのは、七階層からと決めている。

 この六階層は攻撃の全てをロザリナに任せると決めて挑んでいる。だったら、ロザリナを信じて全て任せる。それだけだ。

「エンチャント・ファイア」

 ロザリナの足に炎が纏わりつく。

 ロザリナの拳と蹴りがガリガリとソードガーゴイルの生命力を削っていく。さすがはボスだけあって、生命力が高いから攻撃回数が増える。

「てやっ」

「はっ」

「ふんっ」

 ロザリナがソードガーゴイルの剣をかわしつつ殴る。精神力と集中力の要る攻防だ。

 ここに至るまでにエンチャント・ファイアをかけた後に両手剣の英雄に転職して参戦しようとしたら、エンチャントが切れてしまった。魔法付与中にジョブを変えると、魔法がリセットされるのだ。なんでもかんでも俺の思い通りにはならないということが、よく分かったよ。


「きた。生命力三割で全回復だ」

 ソードガーゴイルの体が一瞬光って、生命力が全回復した。ただでさえ硬いのにこれはきょうだ。だがこれを越えなければ、俺たちは先に進めない。

「ロザリナ。集中を切らすなっ」

 俺は叫ぶ。

「はいなのですっ」

 ロザリナも叫んで応える。

 生命力を七割削るのに二分三十秒かかった。

 エンチャント・アイスとエンチャント・ファイアの効果は共に五分。

 残り二分三十秒でロザリナが削れるソードガーゴイルの生命力は七割。三割足りない。

 だが、手はある。俺はそのタイミングを間違えずに、ロザリナに指示する。それができなければ、俺とロザリナでは勝てないということだ。

「ロザリナ。鉄拳としゅうげきを発動させるんだ!」

「はいなのです!」

 鉄拳は拳の攻撃時に物理攻撃力値+三〇ポイント、蹴撃は足で攻撃した時に物理攻撃力値+四〇ポイントのスキルだ。

 物理攻撃だから大きなプラスにはならないが、ないよりはマシというやつだな。


 残り二分。残り生命力は八割ちょっと。

 残り一分三十秒。残り生命力は七割を切っている。鉄拳と蹴撃の効果で、生命力の減りが早くなっている。

 残り一分。生命力は五割ほどになっている。

 残り三十秒。残り生命力は三割ちょっと。ここだ!

「ロザリナ。闘気だ! 物理攻撃力値を四倍にするんだ!」

「はいなのです!」

 ボフンッとロザリナの存在感が膨れ上がる。

 たった三十秒しか持続しないが、ロザリナの物理攻撃力値を四倍にしてくれるユニークスキルだ。

 だが、これで終わらない!

「エンチャント・アクセル!」

 ロザリナの俊敏値を三倍にする。単純に速度が三倍になるわけではないが、おおむね三倍だ。これなら手数も足数も三倍にでき、ソードガーゴイルの生命力を削り切れるはず。

 俺にはロザリナの残像しか見えない。それでも火花や氷花が飛び散るのが分かる。

「ロザリナ、いぃぃぃっぇぇぇっ!

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 パリンッ。ソードガーゴイルが消滅した。ロザリナが削り切ったのだ。

 直後、エンチャント・アイス、エンチャント・ファイア、エンチャント・アクセル、そして闘気が切れた。

 ギリギリの戦いだったが、ロザリナは一度も被弾することなくソードガーゴイルを倒した。


「おめでとうございます。ご主人様、ロザリナさん」

「ありがとう」

「ちょっと疲れたのですが、面白かったなのです」

 アンネリーセからドロップアイテムのガーゴイルソードを受け取る。石製の片手剣だけど、鋼鉄の片手剣よりも優秀だ。

 俺のステータスを確認するとレベルが一八に上がり、ロザリナもレベル二〇に上がっていた。

「もうすぐアンネリーセに追いつくぞ」

 俺は笑顔になる。

「お待ちしています」

 アンネリーセが微笑ほほえみ返してくれた。この微笑みを見ると、疲れが吹き飛んで元気になる。

「ロザリナもよくやったな」

 汗でれた髪をワシャワシャと乱暴にでてやる。

「あわわわ~」

 反応が可愛かわいいくて、ついやってしまう。

〈トーイ〉

【ジョブ】エンチャンター レベル一八

【魔 法】魔力強化(中) エンチャント・ハード(中) エンチャント・アクセル(中)

     エンチャント・ファイア(中) エンチャント・アイス(低)

【ユニークスキル】詳細鑑定(中) アイテムボックス(中)

〈ロザリナ〉

【ジョブ】バトルマスター レベル二〇

【スキル】剛撃(中) 鉄拳(中) 蹴撃(中) 防御破壊(中) 生命力回復(低) 気法(微)

【ユニークスキル】闘気(低)


・気法(微):五分間拳に気を纏い、無属性のダメージを与える。魔法攻撃力値+三〇ポイント。消費魔力七。(アクティブスキル)


 ダンジョンの六階層から帰り、探索者ギルドで換金した。換金中に背中がモゾモゾしたから誰かが俺を狙っているのかと思って振り向いたけど、人の目が多すぎて誰が嫌な視線を投げてきたか分からない。

 そもそものことだが、俺たち三人は美人だ。不本意だけど、俺を含めて三人とも可愛らしい顔をしている。ガサツな探索者たちにいやらしい視線を向けられても不思議はない。

 後方を気にしながら待っていると、無事に換金できた。


Fランク魔石 三二個×六〇〇グリル=一万九二〇〇グリル

石化の短剣(レア) 二本×二万五〇〇〇=五万グリル

ガーゴイルソード 一本×一万六〇〇〇グリル=一万六〇〇〇グリル

 ※合計八万五二〇〇グリル


 ガーゴイルのレアドロップアイテムである石化の短剣が二本もドロップしたから、そこそこの額だ。すでに一本持っているから、この二本は売っても問題ない。

「今日は少し早く戻ってきたから、何か食べて帰るか。二人は何が食べたい?」

 俺がそう言うと、二人の顔がパッと明るくなった。別に暗くはなかったけど、美少女度が一段上がったような感じだ。

「なんでもいいぞ。何が食べたい?」

「私はジョルド亭のクーのバーガン煮が食べたいです」

 クーは川魚なんだけど淡白でしい魚だ。それをバーガンで煮込んだものがクーのバーガン煮。そのままだな。

 俺はジョルド亭に行ったことはないが、アンネリーセが言うにはかなり美味しいらしい。

「私は池イカの姿焼きがいいなのです」

「そんな安いものでいいのか?」

 ロザリナは池イカの姿焼きがお気に入りだが、何でもいいと言われて選ぶほど好きになってしまったらしい。

「それじゃあ、池イカの姿焼きを買ってからジョルド亭に寄るか」

「はい」

「はいなのです」

「ちょっとよろしいですか?」

 ん? 今、変な声が混じった? 振り返ると、四十歳くらいの男性が微笑んでいた。

「少しお時間をいただきたいと思って声をかけさせてもらいました」

 おじさんは一定の距離感を残しつつも踏み込んでくる。なかなかやるな。

「なんでしょうか?」

「私はこのケルニッフィを治めておいでのガルドランド公爵閣下に仕える者です」

「っ!?

 あの公爵の部下か。まさか俺の正体が? どうして分かった?

「トーイ殿が四階層を踏破したと聞き、こうしてやってきたわけです」

「四……階層?」

 どういうことだ、盗賊の件じゃないのか?

「ご主人様」

 アンネリーセが小声で俺を呼び、袖をちょんちょんと引っ張った。

「四階層を踏破していると、大概はレベル一〇を超えています。公爵家の兵士にスカウトされているのです」

 けんそうき消されそうな小さな声で耳打ちしてくれた。以前にレベル一〇を超えた辺りでスカウトされると聞いたことがある。なんだ、そっちか。焦って損をした。

 でも俺が四階層を踏破したのをどこで知った? 探索者ギルドしかないが、どうやって? どいつが俺の情報を流した。受付嬢か? それとも裏方の奴か?

「ご主人様。あちらに探索者の探索状況が貼り出されています」

「え?」

 壁になにやら貼り紙があるが、それに四階層以上を踏破した探索者の名前が出ているらしい。

 個人情報ダダれじゃないか。

「すみません。しばらく探索者をしてなかったので、すっかり忘れていました」

「いや、アンネリーセが悪いわけじゃないから、気にしないでいいよ」

 そういったことを気にするべきは俺だった。もっと探索者ギルドの中を見て回るべきだったんだ。

「どうでしょうか、一度政庁で話をさせていただければと思うのですが」

「せっかく声をかけていただいてありがたいのですが、私などにとても宮仕えができるとは思えません。それに四階層を踏破できたのもここにいる二人のおかげで、私は弱いので公爵様のお役には立てないと思います」

 ジョブ・旅人は戦闘ではレベルアップしない。だからレベル一でも怪しまれない。だけどそれでは怪しまれるから、二人がいるおかげでダンジョン探索ができているのだというスタンスだ。

「なるほど、そちらの二人が……。失礼ですが、譲っていただくわけには?」

「ご冗談を。どれほどの大金を積まれてもお譲りできません」

「左様ですか。残念ですな」

「では私はこれで」

 公爵の部下の横を通り過ぎようとして、俺は固まった。

 ギルドの入り口から、あの化け物が入ってきたのだ。公爵家を武において支えるバルカンだ。バルカンのたたずまいは他の誰とも違う。全身から圧倒的な闘気を発しているようだ。その存在感はまるで剣のように鋭く、俺の身に突き刺さってくる。

「ご主人様……」

「怖いなのです……」

 アンネリーセとロザリナもバルカンの異常に鋭い圧に当てられているようで、顔を真っ青にしている。

 バルカンが固まっている俺の前で止まる。元々巨体だけど、それ以上に大きく見える。くっ、これはマズい。なんとか逃げないと。

「し、失礼……」

 バルカンを避け、全身の力を足に集めて動かそうとした。

「待て」

「っ!? ……な、何か?」

 こえぇぇぇっ。顔面凶器だろ、こいつ。

「俺についてこい。逃げることは許さん」

 そう言うと、剣のつかに手をかけた。

 どうして俺を? レベル一〇だと思ってスカウトに来た? そんなことでこいつが出てくるとは思えない。公爵は俺のことを知ったのか?

 逃げるのは得策ではない。少なくともこいつの前で逃げることはできない。

「あ、アンネリーセとロザリナは家に戻っていて」

「しかし……」

「ご主人様……」

「大丈夫だ……二人は家に」

 大丈夫だとは思えないが、これ以外に言葉が思い浮かばなかった。


 二人を帰して、俺はバルカンについていく。その周囲には兵士が六人。さっきのスカウトのおじさんもいる。これはスカウトの一環なのか?

 いや違う。スカウトは時間稼ぎだ。バルカンが来るまでの時間稼ぎだったんだ。やられた……。そう考えると、バルカンが俺の正体を知っている可能性が高い。公爵は俺をどうするつもりだ? まさか殺そうとか捕まえようとかするのか?

 城がどんどん近づいてくる。ドナドナドーナーとバックミュージックが聞こえるようだ。

 いつでも逃げられるように準備はしてある。アイテムボックスに武器も入っている。食料もある。お金もある。だが逃げるのは最後の手段だ。

 無言のまま城の中に入っていくが、腰に差しているだけの鉄の剣は取られた。ミスリルの両手剣じゃないから構わない。


「レコードカードを確認する」

 ほそおもての文官が詠唱し、俺の胸からレコードカードが出てくる。何度見ても不思議な光景だ。

 問題ないと言われ、レコードカードが返された。死んだ人のレコードカードは一年で消えるけど、生きた人のレコードカードは十分ほどで自然に消えるからポケットに入れておく。盗まれても自然に消えるから、問題ない。

 城内でも無言で進む。このまま行くと……。

「入れ」

 公爵の執務室だ。もちろん公爵が自分の席に陣取っている。帰りたい。

 公爵は相変わらず表情筋が動かない。

「ガルドランド公爵閣下である」

 バルカンがそう言うけど、俺はどうすればいいのか分からない。しょうがないよね、俺、平民だよ。公爵と話すのもちゃんと会うのもこれが初めてなんだ。

「あの……礼儀作法を知らないのですが……」

「構わん」

 公爵の渋い声。

「さて、バルカンが連れてきたということは、そうなのだな」

「はい。間違いなく」

 なんの話? バルカンがなんだというの? 二人の間でどんな話になってるの!?

「トーイとかいったな」

「はい」

「面倒なことはいい。褒美を取らす。意味は分かるな」

 面倒なことって、これ以上面倒なことはないでしょ。そのことを無視してもだ……褒美をくれるということは、俺のことはすでにバレているということだろう。

「な、なんのことでしょうか?」

 俺は認めないよ。認めないったら、認めない。

「シャルディナ盗賊団のことだ。この名簿をプレゼントしてくれただろ」

 名簿を手に取って見せてくる。一応悪あがきしてみるか。

「心当たりがありません。ですから褒美を受け取るわけにはいきません」

「構わん。私が恩に報いた。そういうことになればいいのだ。そのほうの心情や都合は二の次だ」

 ぶっちゃけたな。でも言葉通りに受け取れるわけない。この人は俺がその名簿を渡したことを確信している。なんでバレたのか聞いてみたいが、聞けば認めたことになる。さて、どうする?

「私には心当たりがないのですが、それでも褒美をくださるとおっしゃるのですか?」

 多分だけど、バルカンだ。あいつが俺をここに連れてきたから、公爵は俺が名簿を渡したと確信した。でもバルカンはどうやって俺のことを判別したんだ? 詳細鑑定で見ても、鑑定やそれに類するスキルはない。どういうことだ……?

 っ!? まさかこれか、これなのか!? バルカンの説明を見ていて気づいたが、こいつは野生の勘が働くとある。野生の勘で俺を特定したというのか!?

「その通りだ」

 俺が否定しても無理やり褒美を渡す。そういったスタンスだから、俺が拒否しても受け入れないようだ。ここは否定しながら、褒美をもらっておくか。それで公爵の気も済むだろう。気が済めば俺に絡まない。そう願いたいものだが、どうだろうか?

「心当たりはありませんが、公爵様がこちらの都合は関係ないと仰りますのでいただきます。ですが、後から間違いだったと仰られても私は何もできませんので」

「うむ。では、褒美の内容だ」

 ゴルテオさんからは、盗賊退治を手伝って五〇万グリルをもらった。公爵はどれほどの金額を出すのかな。少なすぎたら笑うけど、あまり多すぎても引く。元は税金で公爵の金ではないから、無駄遣いしないでほしい。

 そういえば、シャルディナ盗賊団の屋敷にあったあの金庫の中身はなんだったんだろうか? でも、これを聞いちゃうと、自分で白状していることになる間抜けな構図だよな。気になるけど、聞かないでおこう。

「探索者トーイ」

「はい」

 背筋を伸ばす。

「其方を名誉男爵に叙する」

「は……はい?」

「聞こえなかったか。名誉男爵に叙すると言ったのだ」

「……褒美はお金ではないのですか?」

「誰がそんなことを言った?」

「……誰も言ってません」

 おーいっ! そんなこと普通思わないだろっ!

「ザイゲン。すぐに手続きをしろ。それと貴族の心構えを教えてやれ」

「承知いたしました」

 俺、められた? くっ、こうなったら貴族の権力にものを言わせてやる!

「以後、何かあればそこのザイゲンに相談しろ」

「は、はい……」

 マジか……。俺、貴族になったのか? こんなことは予定になかった。どうしたらいいんだよ?

 ぼうぜんと立ち尽くす俺だった。