

眉間にシワを寄せるザイゲンが、不機嫌そうに報告書をめくる。
「今回のシャルディナ盗賊団壊滅作戦の結果として、四商会と八貴族家を処分することになりました。商会のほうは
「その後の領地経営が成り立たんか」
領地持ち貴族と言っているが、実際には公爵である私に代わってその土地を治める代官である。
領地を任せている六家を潰すと、その後の領地経営が問題になる。
「とはいえ、その六家に任せていた領地はかなり
「……八家とも潰す。盗賊に手を貸した者が、どうなるのか見せしめだ。容赦するな。当主とその妻は斬首。男子も成人は斬首。女子供は神殿に入れる」
子供たちは
「親族はいかがしますか」
「レコードカードを提示させよ。それで犯罪が確認できたら、処罰する。それ以外は特に処分しなくてもいい」
なんでもかんでも処分していては、恐怖政治になる。ケジメは大事だが必要以上の処分はしなくていい。それに当主一族を完全に排除し、さらに多くの者を処罰したらそれこそ領地経営がままならぬ。犯罪に手を染めてないのであれば、それでいい。
「それでは次の報告です。例の協力者ですが、身元が判明したと思われます」
思われる……か。確証はないが、ほぼ断定しているということだな。
「本人に確認はしてないということだな」
「ええ、あれだけの隠密能力を持つ者を下手に刺激したくありませんので」
「うむ。その通りだ。それでいい。で、その者とは?」
「探索者をしております、トーイなる者にございます」
ザイゲンの報告を聞くと、なんとも
そのトーイなる者のジョブは旅人だという。このケルニッフィにやってきてまだ一カ月も
ジョブは旅人のままらしいが、それでダンジョンに入っている。私の記憶がたしかなら、旅人は戦闘ではレベルが上がらないはずだ。どういうことだ?
「なんでも奴隷を二人連れてダンジョンに入っているそうです。報告によればすでに四階層を踏破して五階層を探索しているとのことです」
「はぁ? まだ一カ月も経っていないのだろ? その二人の奴隷が優秀なのか?」
バルダーク迷宮の五階層を探索する探索者は、一応は一人前と呼ばれる。だが五階層ではまだ二流の探索者だ。その先の六階層を踏破するのが大変なのだ。
六階層に出てくるガーゴイルが、とにかく硬いのだ。ガーゴイルを倒すには、魔法使いか属性攻撃ができる者が必要だ。それ故に六階層を越えることが、一流探索者への第一関門になっている。
普通、一カ月で五階層を踏破などできない。早い者でも一年以上はかかるだろう。それでも六階層の探索はままならないだろうが……。
「奴隷は優秀です。人物鑑定させましたが、一人は魔法使い・レベル二一、もう一人はバトルマスター・レベル一六だとか」
「バトルマスター? 聞いたことがないジョブだな」
「文献を確認したのですが、バトルマスターなるジョブの記録はありませんでした」
珍しいジョブは、総じて強力なものが多い。おそらくそのバトルマスターも強力なジョブなのだろう。
「魔法使い・レベル二一なら五階層を踏破し、六階層のガーゴイルとの戦いでもダメージを与えられるか」
「はい。六階層のガーゴイルも問題ないでしょう。ただ……トーイが購入した奴隷は
意味が分からぬ。それは若くて容姿の良い奴隷を購入したということではないのか?
「ゴルテオ商会からの奴隷売買報告では、老婆とゴブリンでした。あの店はしっかりとした店ですから、誤記があるとは思えません」
ゴルテオ商会は王都に本店を置く大商会だ。犯罪に手を染める必要などないだろう。今回のシャルディナ盗賊団にも関係していなかった。
それに誤った奴隷売買記録を提出するとも思えぬ。ザイゲンの言う通り、おかしな現象が起きているようだ。
「……同名の別人では?」
「名前だけならそうかもしれませんが、老婆のほうはジョブとレベルも一致しております。ゴブリンのほうはホブゴブリンに進化した可能性もありますから、なんとも言えません。ただホブゴブリンでもゴブリンはゴブリンですので、美女になったというのはいささか納得いかぬところです」
同名の別人の奴隷というわけではなさそうだ。なんとも不思議なことだ。
不思議なところが多い者は癖はあるが、えてして優秀だ。そのトーイなる者が協力者でなくとも、興味が湧いた。しかも怪しい。私もザイゲン同様この者が協力者だと、なんとなくだが思えてしまう。
「捕縛した盗賊の証言では、トーイに仲間を殺されて
「旅人のスキルは健脚と、レベルが上がって疲労回復だったはず。盗賊たちの尾行に気づき、それを
「おそらくトーイは気配に敏感であり、隠密が得意な暗殺者ではないかと思われます」
「暗殺者のジョブがあることは私も知っているが、あれはこの百年以上出てないジョブだぞ」
剣士や
もしかしたら世界のどこかで存在していたかもしれぬが、それとて一人いればいいところだ。暗殺者とは、それほど珍しいジョブなのだ。
「だが、そのトーイは旅人だったのだろ?」
「政庁でレコードカードを確認しております。また探索者ギルドの登録時にも確認されておりますが、トーイのジョブは旅人です。ただし暗殺者にはジョブやスキルを偽装するスキルがあると聞いたことがあります。それを使ったのではないでしょうか?」
幻のジョブと言われる暗殺者のスキル構成は記録に残っていない。ザイゲンが言うように偽装系のスキルを持っていると言われているが、それは定かではない。
「バルカンはどう思うか?」
「その者に会ってみないとなんとも言えません」
バルカンなら、会えばトーイなる者が協力者なのか判断できるかもしれぬな。スキルではなく、バルカンの野生の勘がそれを教えてくれるだろう。
「それとなく遭遇したふうを装うことは……できんか」
「
武に関してはこれほど頼もしい者はいないが、それ以外のことは当てにできない。腹芸などもってのほかだ。
「ザイゲン。良い案はないか?」
「無理でしょう。ですから正々堂々と会うのがよろしいかと」
考えるまでもないか。無理なものは無理なのだ。
「では、バルカンがそのトーイなる者と会えるように、調整してくれ」
「協力者を捜し出した後は、いかがいたしますか?」
「褒美を与える。これだけのことを解決したのだ。褒美を与えぬわけにはいかぬ。これは私の名に関わることだ」
協力者が褒美を欲しがるなら、すでに名乗り出ているだろう。それをしないのは褒美が不要か、私と距離を置きたいか、それとも他に何か理由があると考えるべきだ。
功績を立てた者に褒美を与えないのは、公爵家の
これだけの大きなことを行った者のことを把握してないことが、そもそも問題なのだ。私の名にかけて、その者を突き止めて褒美を与えなければならない。
どのような理由があるにしても、私は褒美を与えるのみ。協力者が要らぬと言っても、与えたという事実があればいいのだ。
それにこの城の警備は王都の王城にも引けを取らないというのに、私の寝所にやすやすと入られた。協力者がその気になれば、国王の寝所に入ることも可能だということだ。この者を放置はできぬ。せめてどういった性質の者か、見極めなければならない。
もし協力者が
「バルカンがそのトーイを協力者だと判断したなら、私の前に連れてきてくれ。時間を置くなよ、監視しているのが知られて逃げられるかもしれぬからな」
本当に暗殺者なら、簡単に逃げおおせるだろう。逃げる必要はないが、身元を知られるのを嫌っているようだから念のためだ。
「承知しました」
バルカンであれば後れを取ることはないだろうが、ザイゲンにしっかりフォローさせるように指示する。
さてトーイなる者は、協力者か否か。善か悪か。そして何者か。

公爵家の騎士団によって、シャルディナ盗賊団が壊滅に追い込まれた。
幹部のほとんどが捕縛かその場で斬り殺され、
これに焦ったのは、シャルディナ盗賊団と
公爵家の家臣の中にも、シャルディナ盗賊団と繋がっていた貴族や官僚がいた。彼らの中には自己保身を図って逃げようとした者もいたが、公爵の動きは非常に速くほぼ全ての者が捕縛された。
「た、助けてください。私たちは脅されてしょうがなく……」
このような言いわけをする者も多かったが、公爵は犯罪者の言葉に耳を傾けず断罪した。
捕縛された貴族の一家、ベニュー男爵家も荒海の激しい波が打ちつけたような衝撃に襲われていた。
ベニュー男爵とその妻、さらに息子は犯罪に手を染めていたことで、処刑されることになった。本来であれば家は
とはいえ嫡子も処刑され、ベニュー男爵の直系の跡取りはいなくなってしまった。そんなベニュー男爵家を継いだのは、その分家の当主をしていたサロマであった。彼は自分が凡庸だと知っている人物で、これまでベニュー男爵家のいち騎士として微力ながら男爵家を支えていた。
サロマは武も文も凡庸で、突出して優秀なものを持っていない。そんな彼が騎士としてベニュー男爵家を支えてこられたのは、妹のキャスリルが時に厳しく時に優しく兄を
二人は仲の良い兄妹であったが、サロマが一方的にキャスリルに依存するような関係でもあった。キャスリルは兄のサロマと違い野心家であり、容姿端麗だった。彼女はその美貌をもって三度の結婚と夫との死別を三度経験している。
最初は商人と結婚した。これは父親が決めた結婚だったが、十七歳のキャスリルは五十代の商人のもとに嫁いだのだ。この結婚は三年ほど続き、商人が他界したことでその財産を受け継ぐことになった。
二回目の結婚は六十近い男爵の継室だった。男爵は一年ほどで他界した。嫡子がいたことで、キャスリルはある程度の財産を手に入れて家に戻された。
三回目の相手は六十代の子爵だったが、こちらは半年で子爵が他界した。
キャスリルは三人の夫が残した財産を食い潰しながら優雅な生活を送っていたが、今回のシャルディナ盗賊団摘発を受けて公爵が全貴族と官僚のレコードカードを確認する命令を下した。
キャスリルのレコードカードには、三人の夫と父親を殺した記録が残っていた。シャルディナ盗賊団とは全く関係ないが、これはこれで問題となり彼女は捕縛され、処刑されることになったのだ。
「なんでだ……なんでキャスリルまで……」
妹を
公爵がサロマに男爵家の継承を許したことで、ベニュー男爵家の分家や家臣たちは路頭に迷わずに済んだ。公爵に感謝こそすれ、それ以外の感情があってはならない。
だが妹が極悪人として処刑されたことで、日に日にサロマの瞳から光が失われていった。
『妹を取り戻したいですか?』
最初は気のせいだと思った。空耳だろうと。
『わたくしが妹を奪い返す力を与えてやりましょう』
心の中に響くまるで女神のようなその声に、サロマは心を動かされていく。
『公爵はキャスリルの美貌に目をつけたのです。キャスリルを奴隷にし、自分の
「あぁぁ……女神様……」
『そう、わたくしは
女神の言葉はサロマの心を