「俺が卒業して、もう六年か。懐なつかしい」

映えい:きすみくん、今年の文化祭は絶対に遊びに来て! 絶対だよ!

 その圧の強い連れん絡らくをきっかけに、俺は永えい聖せい高等学校の文化祭へ足を運ぶことに決めた。

 我が妹である瀬せ名な映えいは小学生の頃ころからの宣言通り、晴れて俺の母校の後こう輩はいとなり、おまけに一年生の時から生徒会長まで務めている。

 せっかくだからと瀬せ名な会かいのみんなにも声をかける。社会人となった今、全員集合は難しいが今日が休みのメンバー数名が集まることになった。

 永えい聖せい高等学校を訪おとずれたのはいつぶりだろうか。

 見慣れた校舎も、自分が通っていた頃ころに比べればなんだか小さく感じる。

 それでも文化祭の賑にぎやかな雰ふん囲い気きは変わらない。

 現げん役えきの頃ころは文化祭実行委員会として裏方でバタバタしていたから、純じゆん粋すいな客として満まん喫きつした記き憶おくは薄うすい。特に高二の時は、ぶっ倒たおれたから余計にそう思う。

 そんな俺も二十四歳になった。

 今は就職して、ある企き業ぎようの経営企き画かく室の一員として働いている。

 仕事内容を簡単に言うと、社内の便利屋かつ調整役。その業務の幅はばは多た岐きに渡わたるが、メインは色んな部署の人や経けい営えい陣じんと関わりながら会社全体の舵かじ取とりをサポートする。とりあえず潰つぶしの利きく営業職志望で採用面接を受けたところ、最終の役員面接で今の上司にやたら気に入られて現在の部署へ一いつ本ぽん釣づりされた。

『君みたいなタイプはパイプ役に向いているから、早く会社中の人に顔を覚えてもらって社内を活性化させてくれたまえ』

 要するに社会人になっても、相変わらず橋はし渡わたし役だ。

 自分の働きが結構色んな人からありがたがられているので、毎日忙いそがしいがやりがいは感じている。

 さて集合場所である昇しよう降こう口の前に行く前に、俺はひとりで校舎裏へと向かう。

 ここだけは時が止まったようにあの頃ころと変わらない。

 俺が有あり坂さかヨルカに告白した桜の木は今も残っていた。

 秋だから美しい花が咲さいてはいない。

 春の盛せい大だいに開花している印象があまりにも鮮せん烈れつだから、他の季節だと思わず枯かれ木きと勘かん違ちがいしてしまいそうになる。

 かといって年がら年中満開だとありがたみも失うせてしまう。

 長い一年の、ほんの一時だからこそ特別に思えるのだ。

 目を閉じれば、いつでも満開の桜を浮うかべることができる。

 最後にここで桜を見たのは卒業式の日だ。

 式を終えて、ヨルカとふたりで並んで見上げながら高校時代を振ふり返かえり、将来のことを語り合った。

 忘れようとしても忘れられるわけがない。

 すべてはこの桜の木の下ではじまった。

 この場所で俺が告白をしなければ、また違ちがった人生を歩んでいたと思う。

 しばし感傷に浸ひたっていると、ふいに背後から声をかけられる。

 振ふり返かえると、そこにはよく知っている顔があった。

「朝あさ姫きさん」

 支はせ倉くら朝あさ姫きがそこに立っていた。

「さびしそうな背中をしちゃって。私が慰なぐさめてあげようか?」

「それってお医者様の治ち療りようってこと?」

「ご希望とあらば、お好みで」

「さすがに本物のお医者様に友達価格は申し訳ないので遠えん慮りよしておく」

「あら、残念」

 念願叶かなってお医者さんになった朝あさ姫きさんは多た忙ぼうな日々を送っていた。理想と現実の間で自らの技術と経験を磨みがきながら、命と向き合っている。

 彼女の髪かみは学生時代よりも伸のびており、より知的な顔つきになっていた。

「朝あさ姫きさん、少し瘦やせた? ちゃんと食事できている?」

「心配ありがとう。今日は当直明けで、一応ひと眠ねむりしてから来たからいつもより元気よ」

 強がることなく自然に言う彼女の顔には充じゆう実じつ感があった。



 俺は朝あさ姫きさんと一いつ緒しよに、集合場所である昇しよう降こう口のところに移動すると、見知った面々が既すでに集まっていた。

「きー先せん輩ぱいと、え、アサ先せん輩ぱいッ!?」

 最初に声をかけてきた紗さ夕ゆはやけに驚おどろいた声を出す。

「なによ、私達が一いつ緒しよだとそんなに変?」

 紗さ夕ゆの声に、寝ね不ぶ足そく気味な朝あさ姫きさんは不ふ機き嫌げんな表情をつくる。

 その迫はく力りよくに気け圧おされて、紗さ夕ゆはそれ以上余計なことを口にはしなかった。

「紗さ夕ゆ。帽ぼう子しにマスクにサングラスって、風か邪ぜでも引いたのか?」

 幸ゆき波なみ紗さ夕ゆは一見して彼女とわからないような格好をしていた。ほとんど変装に近い。

「ぶぅ! 私の名前を出さないでくださいよッ。他の人に気づかれたら、皆みなさんにまで迷めい惑わくをかけちゃうんで」

「すっかり有名人だな。よ、出しゆつ世せ頭がしら」

 幸ゆき波なみ紗さ夕ゆは現在キー局のアナウンサーとして働いており、毎日のようにテレビで見かける。

 彼女は、お忍しのびの芸能人みたいに正体を隠かくすのがすっかり板についていた。

「若い子への人気なら、こちらのグラフィック・デザイナー様の方がもっとすごいですよ。ね、ひなか先せん輩ぱい」

 みやちーはトレードマークの金きん髪ぱつを伸のばしていた。その服装もデザイナーらしくオシャレに磨みがきがかかっていた。

 大学卒業後に大手デザイン事務所に就職、そこで手て掛がけた作品が有名な広告賞を受賞。

 もともと学生時代からSNS上での個人活動も盛さかんで、大勢のフォロワーがついており、今や名実ともに飛ぶ鳥を落とす勢いで大だい活かつ躍やくしていた。

「みやちーの作ったポスター見たよ」

「スミスミ、ありがとう。けど目立つって意味なら、やっぱりななむーが断トツじゃない」

 残念ながら七なな村むら竜りゆうはここにはいなかった。

 というか日本にすらいない。

 やつは宣言通り、ほんとうにNBA選手になった。

 高校三年、最後の夏に惜おしくも全国大会を逃のがすも、関東大会での活かつ躍やくがスカウトの目に留まりスポーツ推すい薦せんで大学に進学。そこで良き指導者に恵めぐまれて、あれよあれよと急成長を遂とげてアメリカへと旅立った。

 外国人にも当たり負けしないフィジカルとゴールへの執しゆう念ねんで、チームで頭角を現しつつある。またあいつの陽気な性格のおかげで、チームメイトと地元の人々から愛される人気者になっていた。

 俺も七なな村むらのチームの試合は常にチェックしている。

「私、高校の先せん輩ぱい後こう輩はいってことでこの前七なな村むら先せん輩ぱいのインタビューを担当したんですけど、あの人マジで変わってなくて超ちよう話しづらかったです」

「そのニュース番組見てたよ。紗さ夕ゆ、七なな村むらにかなりいじられておもしろい感じに編集されていたな」

「笑い事じゃありませんよ! せっかく知的なお姉さんキャラとして売り出していたのに、最近バラエティー番組の仕事がどんどん増えちゃって」

「それだけ場を回す受け答えが上う手まいってことだろう?」

 俺は、紗さ夕ゆの愚ぐ痴ちを宥なだめてやると彼女は満まん更ざらでもない顔になる。

「メイメイも今海外でレコーディング中だから、来れなくて悔くやしがっていたよ」

 みやちーと叶かのうは今でも仲良しだ。

 叶かのうミメイは永えい聖せいでは珍めずらしく大学へは進まず、卒業後はそのままプロのミュージシャンとしての活動を本格化させた。アーティスト・叶かのうミメイは次々とヒット曲を世に送り出し、彼女への楽曲制作の依い頼らいは途と切ぎれることがない。

 そんな叶かのうの楽曲のアートワークを、みやちーが今も担当していた。

 新しいアルバムが出る度たびに送ってくれて、そこには〝リンクスのリーダーより〟という一文が必ず添そえられていた。

 俺達の腐くされ縁えんは今も変わらない。

「ひなかちゃん、花はな菱びしくんは今日仕事?」

 朝あさ姫きさんはわざとらしい含ふくみ笑わらいを浮うかべて、みやちーに質問する。

「……朝あさ姫きちゃん。なんでまたあたしに訊きくかなぁ」

 実家が病院をやっている花はな菱びしもまた医者になった。医者という肩かた書がきを手に入れてますます女性へのモテっぷりに拍はく車しやがかかるのかと思いきや、そうでもないらしい。

 かつて『瀬せ名なちゃん、僕は本気である人に恋こいをしているのかもしれない』と相談を受けて、今度は俺が背中を押して以来、流されるままの女遊びは収まったようだ。

「でも、たまに花はな菱びしとは飲んでいるんだろう?」

「お互たがい不規則だから、たまの息抜ぬきでタイミングが合うのが花はな菱びしくんなだけ!」

 俺の質問にみやちーは困りつつも、以前ほどの拒きよ否ひ反応は薄うすれていた。

「あら、有あり坂さかさんはまだいらっしゃらないのですか?」

 そこには我らが担任、神かん崎ざき紫し鶴づる先生が立っていた。

 映えいの計らいにより、ここで先生と合流して体育館に向かうことになっていたのだ。

 俺達の顔を見み渡わたし、みんなが変わりないことに満足そうな楚そ々そとした微び笑しようを浮うかべた。

「先生。有あり坂さかさんっていうのは……」

 みやちーが俺に気を遣つかって、それとなく注意する。

「──、そうでした。いけませんね、私ばかり昔のままでは」

「むしろ先生が昔と一いつ切さい変わっていないことに驚おどろきなんですけど」

「瀬せ名なさん、お世辞は結構です」

 先生はいつも通り表情は少なく、静かな態度で応じる。

「いえ、大マジな感想です」

 俺が高校生だった時に教わっていた神かん崎ざき先生が、ビックリするほど昔のままである。

 この場の誰だれもが等しく年ねん齢れいを重ねているのに、ひとりだけ時間が止まっているみたいに美び貌ぼうは翳かげらない。むしろ自分達の大人になった分、余計に神かん崎ざき先生の変わらなさに驚おどろきを隠かくし切れない。

 あれ、タイムスリップでもしたのか?

 俺の言葉に、女性陣じんが口火を切ったように悲鳴じみた感想を上げる。

「記き憶おくの中の先生とまったく変わらないですけど」と朝あさ姫きさん。

「なんで老ふけないんですか」とみやちー。

「どんな化け粧しよう品とか使っているんですか! ぜんぶ教えてください!」と紗さ夕ゆ。

 JKを経て、彼女達も働く大人の女性になった。

 その美容に対する食いつき方がすごい。

「体育館へ先に移動しましょうか。あまり時間もありませんし、美容の話はまた後で」

 反応に困った神かん崎ざき先生は、とりあえず俺達を先導する。



 体育館に着くと、俺達の在学中とはステージが大きく様変わりしていた。

「へぇ、今のステージは花道があるんですか」

「これも生徒会長である映えいさんの成果のひとつですね」

 増設されたメインステージは上から見るとTの字の形になっている。中央部から客席に向かって花道が突つき出だした。

 その先せん端たんに立つと単純に目立つだろうし、各団体の演出の幅はばも広がったに違ちがいない。

「派手なことするなぁ」

「演劇部や軽音楽部、それにアイドル研究部などは上う手まく活用して盛せい況きようでしたね」

 あぁ、俺が手助けした頃ころはアイドル同好会だったのに、いつの間にか部に昇しよう格かくしたようだ。

「なんで映えいはこんな目立つ場所を増やしたんですか?」

「それは、見てのお楽しみです」

 神かん崎ざき先生もまた意味深な言い方をする。

 映えいにいくら訊たずねても『当日のお楽しみ』と、詳くわしい内容については教えてくれなかった。

 妙みようにソワソワと浮うき足あし立だつ会場内はほぼ満員。

 花道を設けた分、座席数は俺達の頃ころより減っている。

 座席は外部のお客さんを優先し、生徒達はほぼ立ち見にも拘かかわらず大勢が集まっていた。

 ありがたいことに生徒会長の権限により、事前に俺達の席は確保されていた。

 しかもちょうど俺がリンクスとして演奏していた時、先生やアリアさん、映えいがステージを観みていた場所だった。わざわざ同じ位置にしたのは映えいの小こ癪しやくな気配りか。

 みんなで順番に詰つめていき、最後に俺が座ると一席分だけ空いていた。

 壁かべに面した通路側なので、いつでも後から入ってこれる。

 俺は首を後ろに巡めぐらし、出入り口を見ながら彼女の姿を探す。

 ヨルカのために用意された席に──彼女はいない。

「気になる、ヨルカのこと?」

 となりの朝あさ姫きさんが見み透すかすように囁ささやく。

「遅おそいのが心配だからさ。なにかトラブルでもあったのかな」

 連れん絡らくを入れてみても彼女からの返事はない。

「もう大人なんだから大だい丈じよう夫ぶでしょう」

「そりゃそうだけど、この混み具合だとヨルカひとりだと大変だろうし……」

「入いれ違ちがいになった方がもっと面めん倒どうになるでしょう。それに映えいちゃんは希き墨すみくんに見てほしくて今日呼んだわけだし」

 朝あさ姫きさんは相変わらず冷静だ。

 まもなくイベントの開始時刻となり、入り口からひっきりなしに生徒が入ってくる。

 一度体育館を出てしまえば戻もどってくるのも大変そうだ。

「なによりヨルカが希き墨すみくんを見失うわけないじゃない」

 朝あさ姫きさんは、今や親友であるヨルカのことをよくわかっていた。

「いや、だけど……」

 それでも落ち着かない。

 俺の心配事はヨルカのことだけではなかった。

「────、放っておいても私がこういうことすると」

 朝あさ姫きさんが急に俺の膝ひざの上に覆おおい被かぶさるように、通路の方へ身を乗り出そうとした。

「え、朝あさ姫きさんッ!?」

 いきなり近づかれて、俺は思わず動どう揺ようしてしまう。

 脳のう裏りによぎる非ラブコメ三原則。

 久しくそんな心配もなかったから、完全に油断していた。

 こんなところを彼女に見られたりでもしたら──


「ちょっと朝あさ姫き。わたしの夫に近づいたら許さないんだからね」


 振ふり返かえると、ヨルカがいた。

「ヨルカの姿が見えたから、手を振ふろうとしただけじゃない。相変わらず嫉しつ妬と深ぶかいところは、子どもができても変わらないわね」

「ヨルヨル!」「ヨル先せん輩ぱい!」

 ヨルカがようやく姿を見せて、みやちーと紗さ夕ゆは喜んだ。

「瀬せ名なさ──、この場に三人もいると不便ですね。ヨルカさん、お久しぶりです。美み月つきちゃんもお元気そうで」

 左手の薬指に結けつ婚こん指輪を輝かがやかせて、ヨルカはベビーカーを押して俺の横にやっと来た。

 瀬せ名なヨルカ。今は俺の妻だ。

「神かん崎ざき先生、ご無ぶ沙さ汰たしています。美み月つき、この人がパパとママの先生だよ」

 ヨルカはベビーカーから大切な娘むすめ・美み月つきを抱だき上あげる。

 その様は少女ではなく、もう立派な母親だ。

「ヨルカ、どこに行ってたの?」

「美み月つきのおむつ交こう換かんで女子トイレ。その後、人が大勢並んでいたから体育館に入るの時間がかかっちゃって」

 なるほど。おむつを交こう換かんして、ベビーカーを押していればスマホも簡単にはいじれないから連れん絡らくもつかないのも当然である。

「それより希き墨すみ、ちょっと美み月つきをお願い」

「おー美み月つき、ママと学校を回って楽しかったか?」

 俺の顔を見ると、娘むすめの美み月つきはニコリと笑う。

 ずっしりとした命の重さと温ぬくもりに、俺も自然と頰ほおが緩ゆるむ。

 愛いとおしさが止まらない。

 子どもという存在はかわいらしいものだと思っていたが、我が子は別格だ。

 必死の受験勉強の末に俺はヨルカと同じ大学に合格した。

 その後、ヨルカとの楽しいキャンパスライフを経て、就職と同時に同どう棲せいを開始した。

 有あり坂さか家のご両親に預けていた婚こん姻いん届を引き取り、役所へ提出。

 俺とヨルカはついに結けつ婚こんする。

 このあたりは、ヨルカのお父さんの完全なる読み通りだったのだが、それからすぐに美み月つきを授さずかった。

 両家の家族は初はつ孫まごに泣くほど喜び、特に映えいの号ごう泣きゆうぶりには驚おどろかされた。

 あんなに泣いている妹を見たのは赤あかん坊ぼうの頃ころ以来だ。

 臨月に差しかかる頃ころには、ヨルカのご両親もアメリカから緊きん急きゆう帰国。

 孫パワーの偉い大だいさを思い知った。

 俺が指を差し出すと、その小さな手がしっかりと握にぎってくる。

「ヨルヨルに似て美人さんだね。おめめパッチリ」

「私も早く寿ことぶき退社したーい」

「美み月つきちゃん、ずいぶんと大きくなりましたね」

 みやちー、紗さ夕ゆ、神かん崎ざき先生も身を乗り出して美み月つきの顔を見てくる。

「元気いっぱいで、毎日振ふり回まわされっぱなしです」

 俺とヨルカの娘むすめの名前は美み月つき。

 ヨルカの名前のイメージである夜を引ひき継つぎつつ、俺の名前である希き墨すみにも連なるように、「きすみ」→「みつき」としりとりのように繫つながっている。

 それに俺とヨルカがはじめて連れん絡らく先を交こう換かんした夜も、「月が綺き麗れいですね」と俺がメッセージを送った。そのことをヨルカはずっと覚えていてくれた。

 美み月つきが生まれた日も、ちょうど満月が美しい夜だった。

 俺達は両りよう想おもいの恋こい人びとから夫ふう婦ふへ、そして両親になった。



 ステージの花道にスポットライトが当てられ、映えいが現れる。

 映えいはチラリとこちらを見て、俺達が来ていることを確かく認にんすると得意げな笑えみを浮うかべた。

 映えいの登場に満員の会場から大きな歓かん声せいが上がる。

 俺の妹はずいぶんと人気者らしい。

「ほら、映えいだよ。美み月つきも応おう援えんしてあげようね」

 俺の膝ひざに乗りながら、美み月つきは不思議そうにステージを見つめていた。

「こんにちは、生徒会長の瀬せ名な映えいです。皆みなさん、今日はお集まりくださりありがとうございます。いよいよ永えい聖せい高等学校の文化祭もフィナーレです」

 実に慣れた様子で、映えいは客席との会話のキャッチボールを楽しんでいた。

「映えいちゃん、大したものね。わたしも高校生の時にこれくらい話せたらな」

 ヨルカがそっと耳打ちしてくる。

「それだと俺の出番が無くなって、美み月つきにも会えなくなるぞ?」

「それは困るな。今より幸せな自分なんて想像つかないもの」

 ステージ上で、映えいは今回の企き画かくの説明に入った。

「この永えい聖せい高等学校では昔から、文化祭のステージで出し物を終えたタイミングで告白すると成じよう就じゆするジンクスが伝わっています。皆みなさんはご存じですよね?」

 俺はヨルカと顔を見合わせる。

 おいおい、今はそんなことになっているのか。

 まさか自分達の行いが、そんな風に後こう輩はい達に引ひき継つがれているとは思ってもみなかった。

「あれ、実は文化祭実行委員会的にはかなり迷めい惑わくなんですよね。告白で休きゆう憩けい時間に食いこむと、どんどんプログラムが遅おくれちゃうので」

 冗じよう談だんっぽい言い方に、客席から笑い声が零こぼれる。

「だけど、これを他ならぬ私が否定することはできません。なぜなら、そのステージでの告白を最初にはじめたのは、なにを隠かくそう私のお兄ちゃんだからです! しかも正しくは告白じゃなくてプロポーズ!」

 映えいが打ち明けると、会場がどよめく。

 俺だけは妹がようやく人前で「お兄ちゃん」と呼んだことにひとり謎なぞの感動を覚える。

「よかったね、希き墨すみ」

 俺の妻は、その密ひそかな達成感にきちんと気づいてくれていた。

「ずいぶんと時間がかかったよ」

「映えいちゃんが生徒会長なんて不思議な気持ち」

「しかも娘むすめと一いつ緒しよに眺ながめるなんてな」

 かつて、俺とヨルカはステージの上にいた。

 今は客席から家族三人でステージを見上げている。

 その変化がこそばゆくも嬉うれしくて、なんだか笑ってしまいたくなる。

 映えいの演説は続く。

「だから、ここにいる皆みなさんには特別に、お兄ちゃんとその恋こい人びとがどうなったのかをお伝えしようと思います」

 聞きたーい! という声がそこら中から上がる。

 もはや映えいのオンステージ状態。完全に会場を掌しよう握あくしていた。

「お兄ちゃんはこのステージでプロポーズした恋こい人びとと結けつ婚こんしました!」

 おめでとう! とノリのいい誰だれかが叫さけぶと、そのまま盛せい大だいな拍はく手しゆが沸わき起おこる。

「しかも、子どもまで生まれました! 名前は美み月つきちゃんといいます。私の姪めいっ子で、すごくかわいいです! 愛しているよ~~美み月つきちゃーん!」

 俺の妹は手本を見せるようにステージ上で、いきなり愛を叫さけんだ。

 おい、生徒会長。

 ロックスターさながら会場を震ふるわせるようなステージ上での告白。

 あぁ、俺のプロポーズも客席で見るとこんな感じだったのね。

 我が娘むすめはそれをわかっているのか、キャッキャと喜んでいた。

「っと、こんな感じで色んな告白をしたい子達を一堂に集めて、それ自体をイベントにしようと思って今年のフィナーレ企き画かく〝花道で愛を叫さけべ〟を立ち上げました。これならスケジュール通りに進むし、面おも白しろいでしょう?」

 完全に温まった会場が告白の背中を押すように、笑っちゃうほどテンションが高い。

 こんなにお祭りモードなら、たとえ告白に失敗してもスッキリと終われるだろう。

「これまで何度も言ってきましたが念のため注意事じ項こうです。これはガチの告白です。この場もこの後も周りの人が笑ったり、いじったりするのだけは絶対禁止。勇気を出した人をみんなで応おう援えんしてあげましょう。それから返事をする人も正直に答えてください。空気なんかは読まず、自分の気持ちに素す直なおでいきましょう。成功すればお幸せに。失敗してもお互たがい恨うらみっこなし。白黒ハッキリさせて、スッキリ文化祭を終えましょう」

 事前にずいぶんと周知してきたのだろう。

 映えいのお願いに、会場ははーいと行ぎよう儀ぎよい反応を返す。

 勇気ある挑ちよう戦せんは等しく讃たたえられるべきなのだ。誰だれもが自分の告白に後こう悔かいしてほしくない。

「そのために、告白の返事は即そく答とうしてね。待たされる方はとてもツラいんですから」

 映えいは付け加えて、かわいくウインクを飛ばす。

「ヨルカ、言われてるぞ」

「最初だけじゃない!」

 俺達夫ふう婦ふにとっては笑い話だが、小学生だった映えいには告白の返事を待っていた俺の姿がよっぽど記き憶おくに刻まれていたのだろう。

 会場が静まり返るのを待って、映えいが最後の言葉を告げる。

「これは映えいの、大切な師し匠しようからの伝言でもあります。好きなら絶対言った方がいい。イベントでも願掛かけでも、勇気を出すきっかけになるならなんでもいいの。言わないで後こう悔かいするより、全力で愛を叫さけぼう。もしかしたら両りよう想おもいかもしれないじゃん!」

 人生には言わずにしまってしまった大切な感情がいくつあるだろうか。

 俺達は照れ屋で不器用だ。

 自分の気持ちに正直になるのが苦手だし、それを言葉にして伝えるのはとても難しい。

 傷つくのが恐こわくて、勇気が出せなくて、勝手に諦あきらめてしまう。

 それでも想おもいを伝えるのは決して無む駄だじゃない。

 昨日よりも、一歩だけ自分を前に進められる。

 人と人が繫つながることで、新しい未来が開かれることがある。

 ひとりがふたりになれば、現実も超こえていけるかもしれない。

 コミュニケーションはその第一歩だ。

「希き墨すみの行動が、こんな風に未来まで繫つながっていくなんて感動するね」

「あぁ。あの頃ころは想像もつかなかった」

「あなたが愛を叫さけんでくれたおかげで、わたし達は一いつ緒しよにいられて、この子が生まれて、今度は知らない誰だれかの背中を押しているよ」

 ヨルカの言葉に頷うなずく。

 それはなんて素す敵てきなことだろう。

 ステージの花道に、一人目の男子生徒が立つ。

 あれはかつての自分だ。

 君に告白して、俺の人生は変わった。

 どうか彼らにも幸福な未来を。

 少年は好きな少女の名前を呼び、シンプルにこう告げる。


「好きです。俺と付き合ってください」


 愛は巡めぐり、そしてまた両りよう想おもいの恋こい人びとが生まれた。


『わたし以外とのラブコメは許さないんだからね』 完