「教えてほしい。君の目から見たうちの娘むすめはどんな子なんだ?」

 お父さんは話の先を促うながす。

 やはり興味を持ってくれた。

 家族の持っていない情報を提供できるのが、俺の数少ないアドバンテージだ。

 たかが一いつ介かいの高校生に、他所の家の親の考えを変えさせるなんて不可能に等しい。

 お父さんの判断は親として決して間ま違ちがっていないのだ。

 もしも支配的な親であれば押しかけてきた俺を歓かん迎げいするはずもないしヨルカのアメリカ行きについて議論の余地さえ発生しないだろう。

 愛情ある親としての、常識的な結論。

 その正しさを覆くつがえすことは極きわめて難しい。

 だけど、新しい情報を与あたえることでより多角的に判断できる可能性を増やせる。

 情でダメなら、理でアプローチをする。

 想定外の範はん囲いから事実を突つきつけろ。

 認にん識しきをアップデートさせてやる。

 今の結論に、疑念を抱いだかせろ。

 相手の正しさを揺ゆさぶれ。

 今度は俺の番だ。

 その上で、父と娘むすめをもう一度向き合わせてみよう。

 瀬せ名な希き墨すみはすれ違ちがっている親子の橋はし渡わたし役だ。

 ヨルカは親が思うほど大人ではなく、また子どもでもない。

 俺は落ち着いた態度を保ち、客観的に語り出す。

「まず、有あり坂さかさんは今のヨルカが感情的でまだ幼いと仰おつしやっています。確かに今日ふたりのやりとりを見る限り、ヨルカの反応はそう思われるのが当然のものでした。俺も夕飯の席での会話だけを見れば同意見です」

「実際には違ちがうと?」

「俺と出会った頃ころのヨルカは、感情をずっと押し殺しているような女の子でした。教室にいても誰だれとも話さず、表情も変えず、つまらなそうに毎日を過ごす。そういう自己完結していた印象でした。よく言えば大人っぽくてクールな、悪く言えば協調性がなく他人に無関心なクラスメイトで、感情的とはおおよそ真逆です」

「ヨルカが?」

「はい。孤こ高こうの優等生は、友達をつくらず・求めず・寄せつけず。クラスメイト達はヨルカの綺き麗れいさや態度にビビッて誰だれも話しかけなくなり、ヨルカ本人も徹てつ底てい的てきにコミュニケーションを拒きよ絶ぜつしていました」

「学校ではそんなに極きよく端たんなのか? 家族といる時とはずいぶん違ちがう」

 お父さんははじめて動どう揺ようの色を見せた。

「ヨルカ自身が優ゆう秀しゆうで、アリアさんという手本を真ま似ねしていたおかげで大たい概がいのことは上う手まくこなせていました。それでも手に余る状じよう況きように直面した時ほど、本人の性質が明らかになります。思春期に入ったヨルカは、傷つくのを避さけようとコミュニケーションを閉とざすことを選びました。あの子は意外と臆おく病びようなんです」

 対人関係のストレスは誰だれでも感じるものだ。

 一晩寝ねて切きり替かえられる人もいれば、いつまでも引きずってしまう人もいる。

 ヨルカは後者で、その積み重ねたストレスの反動から人付き合いのすべてを拒きよ絶ぜつした。

 ある意味では潔いさぎよい選せん択たくだ。

 それでも人は生きていく中で、他人との繫つながりを強要される。

 学生時代の集団生活では特に顕けん著ちよだ。

 教室というせまい檻おりの中で、コミュニケーションが苦手な人がそれをますます嫌きらいになるとしても不思議ではない。

「どうして、君はそこまでわかる?」

「ヨルカを助けているうちに俺なりに理解して、またヨルカ本人から聞いたりしてきました。それを、俺が代弁しているに過ぎません」

 ここにいるのは恋こい人びとの瀬せ名な希き墨すみではなく、娘むすめの有あり坂さかヨルカの代弁者だ。

 お父さんと話している時のヨルカは嫌いやだという感情が先走ってしまい具体的にどういう経けい緯いがあって日本に残りたいのかを説明できていない。

 無理もない。

 それは自分のトラウマを開示することに他ならないからだ。

 自分の弱みを誰だれかに晒さらすのは恐こわいし、恥はずかしいし、相手の反応次し第だいでさらに自分が傷つくことになりかねない。

 コミュニケーションで傷ついてきたヨルカが、無意識的に拒きよ否ひしていたのだろう。

 まして昔から親の前では平気なフリをしてきた健けな気げな子である。

 身内のアリアさんから聞くのと、他人である俺から聞くのでは衝しよう撃げきも大きく違ちがう。

 その証しよう拠こに、お父さんの態度が変わってきた。

「そんな悩なやみがあったなら、なぜ相談しなかったんだ」

 お父さんは娘むすめの知らない一面を聞かされて、ショックを受けている様子。

 やっぱりこの人は娘むすめが大好きで、愛しているがゆえに過保護だ。

 俺の手前、見み栄えを張ったのかもしれないが内心ではヨルカとハグしていた光景にかなり腹を立てていたのかもしれない。

 ポーカーフェイスが巧うまい人である。

「自分が本気で困っていることを、親には話しづらいじゃないですか。それに性格や感性に関する悩なやみですから、親が介かい入にゆうして解決するとも限りませんし」

「離はなれて暮らしていたからこそ、できるだけ話は聞いていたつもりだったんだが……」

「そうやって親が疑わないくらい、ヨルカは賢かしこい子なんです」

 またひとつ、親の認にん識しきのズレを指し摘てきする。

「私達の質問に答えてくれた学校生活のことは噓うそだったのか?」

「えーと、それっていつの時期の話ですか? 小学生、中学生、高校生?」

 俺はあえて自分の情報量を誇こ示じするように、選せん択たく肢しを与あたえてみせた。

 ヨルカやアリアさんの話を総合すれば、親の見えていなかった一面も説明できる。

「君の知っていることを、ぜんぶだ」

 お父さんのお酒を飲む手は完全に止まっていた。

「ご両親と別々に暮らすことになったヨルカは小学校高学年、当然さびしさは感じていたはずです。片や姉のアリアさんは中学生、内心はいざ知らず妹のヨルカには平気そうに見えたのでしょう。アリアさんに憧あこがれて、その真ま似ねをすることでさびしさも紛まぎらわしてきました」

「妹が姉の真ま似ねをするのは当たり前じゃないか。あのふたりは昔から仲がいい」

「アリアさんみたいに他人とのコミュニケーションが得意な人の真ま似ねをすれば、そりゃヨルカだって他人と交流するエピソードは増えますよね。親に話す話題には困りません」

「それが、中学生になるとどうなる?」

「自分も周りも思春期に入り、人間関係が今まで以上に複雑で難易度も上がります。未熟者同士のやりとりは予想外のことも多く、ヨルカはただ姉の真ま似ねをしているだけは対応しきれなくなります。姉に助言を求めても根本的には解決しません。だってアリアさんとヨルカは性格が違ちがうんです。そりゃ性しように合あわないことを続ければストレスが溜たまりますよね」

「顔を合わせていた時は、そんな様子はなかったのに」

 お父さんの表情がみるみる苦いものに変わっていく。

 頭の中では、幼いままのヨルカが泣いているイメージが浮うかんでいそうだ。

「そりゃ久しぶりに親に会えれば嬉うれしいから元気にもなりますよ。だって好きなんですから」

「アリアからもヨルカが無理をしていると相談は受けていたが……。それで、どうして君は娘むすめと親しくなれたんだ?」

「俺も、最初はクラス委員の仕事として接していただけでした」

 あっけらかんと事実を打ち明ける。

「なに?」

「担任の神かん崎ざき先生からフォローを頼たのまれて、俺も渋しぶ々しぶ話しかけました。彼女が校内で引きこもっている美術準備室に顔を出しては、毎度のように邪じや険けんに扱あつかわれましたよ」

 思い出しても笑ってしまう。

 あんな罵ば声せいに近い言葉を浴びせられたら、ふつうは嫌いやがって逃にげ出だしたくなる。

「……そこから付き合うなんて、どんな魔ま法ほうをつかったんだ?」

「運命の人だったので」

「仕事柄がら、そういうものは信じない主義でね」

 惚のろ気けには乗らないという断固たる態度だった。

「──だってヨルカ、いい子じゃないですか。あんないい子が困っていたら助けたくなるのが当然です。いざ話してみたら意外と会話が弾はずんで、その時間がとても楽しかったんです。臆おく病びようの反動でキツイことをつい言ってしまうとわかれば、その反応を見るのがむしろ面おも白しろくなってきちゃいました。それに本人は口走ってから後こう悔かいしているのもいじらしくて。そうやって瀬せ名な希き墨すみは、有あり坂さかヨルカのぜんぶを好きになりました」

 俺と出会って、ヨルカはたくさんの経験を積んだ。付き合うようになって、色んなトラブルもあった。その度に彼女は乗のり越こえてきた。

『弱い自分が情けなくて、悔くやしくて、イラつく』

 夏の旅行の最後、ふたりで朝の海に行った。そこでヨルカは泣きながら怒おこっていた。

『ねぇ、希き墨すみ。わたしは成長したい。自分の大好きな人を守れるくらい強くなりたい』

 直後にそう宣言した通り、ヨルカは見事に文化祭をやり遂とげた。

 俺はそんなヨルカが愛いとおしくて誇ほこらしい。

「……そうか。娘むすめを、好きになってくれてありがとう」

 お父さんはなんとも味わい深い微び笑しようを浮うかべた。

「家族相手のヨルカだけを見ていると昔と同じように感じますけど、ヨルカはきちんと成長していますよ。誰だれにも笑わなかった女の子がすごく感情的になって、今では友達と一いつ緒しよになって笑っているんです。文化祭での写真を見ましたよね? あれが、今のヨルカなんです」

 彼女はもう他人に怯おびえていない。

 たとえ困難が待ち受けていても、他人と手を取り合って立ち向かえる。

 もうひとりじゃない。俺がいて、友達だっている。

「俺がこの場で言いたいのは、ひとつです。今のヨルカを見てあげてください。親の心配は子どもが目の届かないところで、ちゃんとやれているかということですよね? ならヨルカはできています。もっと、彼女を信じてあげてください」

「────」

「たとえ失敗しても、何度でも応おう援えんしてあげるのが家族じゃないんですか。一番の味方として信じ合えないのは悲しいんじゃないですか?」

 ヨルカは、憧あこがれていたアリアさんとでさえ喧けん嘩かしてみせた。

 話し合って、わかり合って、そしてまた家族として愛し合っている。

 ご両親も幼い子ども達の言葉を信じて、別々に暮らすことを選んだ。

 すべてが上う手まくいくとは限らない。たまには失敗もあるだろう。

 それでも変わりながら、家族の歴史は続いていく。

「だから、今のヨルカをアメリカに連れていくことはないと?」

 お父さんは、明確に問うた。それは最初で最後の相談なのかもしれない。

「なにかあれば俺がいつだって助けにいける距きよ離りにいます。だからヨルカを連れていくんじゃなくて、俺に託たくしてください。必ずあの子を守ります」

 長い沈ちん黙もく。

 深い瞑めい目もくの末、お父さんはこう言った。

「──無む償しようの愛か。まるで家族だな」

 お父さんはどこか悔くやしそうに、最後にそう呟つぶやいた。


◇◇◇


「明朝、食事を終えたら、もう一度ヨルカと話そうと思う」

 バーから去る際、お父さんはそう言った。

 自分の部屋に行くと布ふ団とんが敷しかれていた。

 布ふ団とんに倒たおれこむ。糊のりの利きいた布ふ団とんの感かん触しよくを味わいながら息を吐はく。

 疲ひ労ろう感が一気に押し寄せ、頭がぼーっとしてしまう。

 スマホを見ると、瀬せ名な会かいのグループラインに写真が貼はられていた。

 みんなはカラオケに行った後、近所の公園で雪ダルマを作ったらしい。

 その楽しげな写真に、思わず和なごむ。

 このまま寝ね落ちしてしまう前に、俺は風ふ呂ろに入ることにした。

 綺き麗れいな内うち風ぶ呂ろもついているが、せっかくだから浴衣ゆかたに着き替がえて大浴場へ足を運ぶ。

 身体からだを洗って、露ろ天てん風ぶ呂ろに出ると、雪は今もハラハラと振ふり続いていた。しかもうまい具合に貸し切り状態だ。

 空気はとても冷たいが、湯に肩かたまで浸つかっているおかげでちょうどいい。

 あたりはシンと静かで、湯の流れる音だけだ。

 夜闇やみに消えていく湯ゆ煙けむりをぼんやり眺ながめながら全身の力を抜ぬいていく。

「不思議な正月になったもんだ」

 ヨルカの両親と会うなんてもっと先の話だと思っていた。

 意識がクリアになったことで、先ほどのバーでの会話を振ふり返かえる。

「やれることはやれたよな」

 伝えるべきことは伝えられたと思う。

 結局、あの場でアメリカ行きの件は保留のままだ。

 最終的な決定はおそらく明日の朝に下されるのだろう。

 あらゆることに決着がつく。

 もしもヨルカと離はなれることになったら、残りの高校生活はどうなるのか。瀬せ名な会かいのメンバーとたまに遊んで、受験勉強に明け暮れて、大学入試が終わればすぐに卒業。

 永えい聖せい高等学校という学まなび舎やともおさらばだ。

 卒業後、みんなもそれぞれの進路でがんばりながら大人になっていく。

 俺も日本で大学生としての日常を送るのだろう。

 今と同じくメッセージのやりとりは続く。

 電話はアメリカとは時差があるから、朝起きるのはちょっと辛つらくなるだろうな。

 アルバイトでお金を稼かせいで、長期休きゆう暇かにはアメリカに遊びに行こう。

 できるだけ会える頻ひん度どを増やす。

 あぁ、英語の勉強もしておいた方がいいだろうな。喋しやべれた方が便利だし、就職活動でも役に立つかもしれない。案外、俺の大学生活も忙いそがしくなりそうだ。

 たとえ遠えん距きよ離り恋れん愛あいになっても、数年で日本に戻もどってくることもありえる。

 長い人生で見れば、ほんの一いつ瞬しゆんの期間かもしれない。

 そうやって、遠えん距きよ離り恋れん愛あいになった時の希望的観測を必死に浮うかべてみせる。

「恋れん愛あいは、惚ほれた方の負けってほんとうだな」

 ヨルカのお父さんが懸け念ねんする理由がわかった。

 俺を気き遣づかってくれるのは、やさしさからだ。

 たとえヨルカが日本にいなくても、その生活はヨルカ中心で回っていく。

 思おもい描えがく日々で、俺は有あり坂さかヨルカという不在に振ふり回まわされてしまっていた。

 愛さえあれば乗のり越こえられる。

 口では簡単に言えても、ほんとうにできるのか?

 ──君のいない日々を、俺は上う手まくやり過ごせるのだろうか。

「…………無理だって」

 夜空を見上げても、分厚い雲で埋うめ尽つくされていた。

 美しい月は見えない。

 ヨルカが遠くへ行けば、同じ月を見上げて愛を囁ささやくこともできなくなる。

 彼女と付き合ってからの日々が楽しくて、それ以前はどんな風に生きていたのだろうか。

 ヨルカがいなくなるなんて考えられない。

 頰ほおを伝う雫しずくはただの水すい滴てきか、汗あせか、それとも涙なみだか。

 ずっと考えないようにしていた。意識したら頭がおかしくなってしまいそうだからだ。

 押し殺していた不安と恐きよう怖ふが一気に溢あふれ出だす。

 嫌いやな想像が止まらない。

 環かん境きようの変化は心にも影えい響きようを及およぼす。

 もっと別な理由で、あっさりと別れてしまう可能性だってある。

 今ここにあるはずの愛情がロウソクの火を吹ふくより簡単に消えてしまうかもしれない。

 そんな残ざん酷こくな現実がこの先に待っているとするならば、ここで時間を止めてくれ。

 大人にならなくていいから、このままヨルカと一いつ緒しよにいさせてほしい。

 さびしさが膨ふくれ上あがり、愛いとしさに胸が締しめつけられる。

 その存在が大きすぎて、ヨルカを失った自分がどうなるのかわからない。

 あぁ、ダメだ。強がっていたけど、もう限界だった。

 俺は泣いてしまう。

 どうしようもなく涙なみだが止まらなかった。

 裸はだかのまま、まさに赤子のように泣きじゃくってしまう。

 どうかこの恋に希望を、この愛に祝福を。

 無様に声を上げて、俺はこのやるせない現実に絶望しそうになる。

 別れの予感で壊こわれそうな心を今すぐ誰だれか救ってほしかった。

 耳を塞ふさいで、どこかへ逃にげ出だしたかった。

 こんな風に涙なみだを流すくらいで現実は変えられないのは知っている。

 俺はもう子どもではいられない。

 でも、まだ強い大人にもなれていなかった。

 せめて最後の瞬しゆん間かんにカッコつけられるように、今だけは弱い自分を許してください。


◇◇◇


 身体からだ中の水分を出し尽つくしたような状態で風ふ呂ろから上がる。

 十分に水分補給をして喉のどを潤うるおし休んで、やっと心身が落ち着いた。

「おかえり。お風ふ呂ろで温まれた?」

 部屋に戻もどると、扉とびらの前には浴衣ゆかた姿のヨルカが待っていた。

 半はん纏てんを羽織り、髪かみはラフにアップにしており、まさに温泉旅館にいますという格好だ。

「どうした、こんな時間に」

「ちょっと希き墨すみと話がしたくて。部屋に入れて」

 ヨルカの様子はもう落ち着いていた。

「それは……」

 布ふ団とんのある場所で女の子とふたりきりは色々とマズい。

 ご両親にこうして部屋までとっていただいている手前、大事な娘むすめさんを招き入れるのは躊ちゆう躇ちよしてしまう。

 クリスマス・パーティー以来、あんなに悩なやまされていた下心もいつの間にか忘れていた。

「パパから連れん絡らくが来たの。明日の朝、もう一度だけ話そうって。その前に希き墨すみと話したことを聞きたくて」

「あぁ、そういうことか」

 湯当たりしたのか、なんとなくまだ頭が回っていない。

 ヨルカと共に部屋に入る。

 室内には間接照明による暖色系の明かりがやわらかく灯ともる。

「遅おそくにごめんね。なんか、疲つかれた顔している」

「今日は長い一日だったからさ。それに露ろ天てん風ぶ呂ろが立派だから、ちょっと長湯しすぎた」

「ちゃんと水分補給した?」

「いつも以上にたくさん飲んだから大だい丈じよう夫ぶ」

「そんなに汗あせかいたの?」

「そんな感じだ」と俺は軽く笑う。

 大だい丈じよう夫ぶ、いつもの自分にちゃんと戻もどれている。

「それよりヨルカもひとりで部屋から抜ぬけてきて大だい丈じよう夫ぶなのか?」

「お姉ちゃん、帰ってきたら部屋のお風ふ呂ろにすいぶん長い時間こもってて、出たらすぐに寝ねちゃったから」

「……、そうか」

 横になったらすぐに寝ね落ちしそうな気がして、布ふ団とんの側そばのテーブルにもたれるように座る。

「となり、座ってもいい?」

「もちろん」

 ヨルカはゆっくりと近づいて、俺の横にピッタリとくっつく。

「こうやってふたりで落ち着くのって、今年初ね」

 ヨルカはそれだけで嬉うれしそうだった。

「再会した瞬しゆん間かんは熱ねつ烈れつなハグだったもんな」

「だって、まさか希き墨すみが来てくれるとは思わなかったんだもん。最初はわたしが希き墨すみ恋こいしさで見た幻まぼろしかもって一いつ瞬しゆん疑ったくらいだし」

「俺も、ヨルカ不足で死にそうだったよ」と俺は彼女の手を握にぎる。

 その手には今もプレゼントであげた指輪を嵌はめていた。

 美術準備室にいる時と同じだ。どれだけ理性でブレーキをかけても恋こい人びとが側そばにいたら、それだけで触ふれたくなってしまう。

「すごく落ち着くな」

「わたしで癒いやされるなら存分にどうぞ」

「じゃあお言葉に甘えて」

 頭を軽くヨルカの肩かたに乗せる。シャンプーの香りがいつもより強く感じた。

「希き墨すみの匂においが、いつもと違ちがう気がする」

「思いつきで来たからな」

 着の身着のまま、財さい布ふとスマホと鍵かぎくらいしか持ってきていない。

「ちょっと新しん鮮せん。それに、いつもと違ちがう場所で、こうしてふたりきりなんて」

「意外な形で、温泉旅行の夢があっさり叶かなったな」

「ね、びっくり!」

 ヨルカが身み振ぶりを交えた拍ひよう子しに胸が腕うでに当たる。やわらかい。

 思わず白い胸の谷間に視線を奪うばわれてしまう。

 寒い季節になって厚着になってしまったせいで、久しく見ていなかった気がする。

「……希き墨すみのエッチ」

「男の性さがだ。すまん」

「……なんか元気ないね? 疲つかれているとは、ちょっと違ちがうみたい」

 ヨルカにあっさり見み抜ぬかれていた。

 風ふ呂ろ場で泣いていた余よ韻いんがまだ残っていたのだろう。

「もしかしてパパからキツイことでも言われた?」

 申し訳なさそうに表情を曇くもらせる。

「むしろ気き遣づかってもらったよ」

「ほんとに? すごく理り屈くつっぽくやりこめられたりしていない?」

 その言い方は夕飯の席でのことを引きずっているようだった。

「ま、これまで通りのヨルカだと、あのお父さんの心を動かすのは難しいわな」

 この子の心構えも切きり替かえてあげないと、明日もこれまでと同じ展開を繰くり返かえして終わってしまう。

 俺はバーでのやりとりを一通り説明してから、その上で俺なりの秘策をヨルカに伝える。

「え、そんなことでいいの?」

 ヨルカは拍ひよう子し抜ぬけしたような顔をしていた。

「感情的に特とつ攻こうするよりはマシだ」

「人をイノシシみたいに言わないでよ」

「ヨルカは感情的な爆ばく発はつ力に頼たよりすぎ。お父さんには通じないのはわかるだろう」

 俺はあえて断言する。

「けど、ふつうすぎない?」

 俺の授さずけた秘策に、いまいち確信が持てないらしい。

「俺を信しん頼らいできない?」

「むしろ信しん頼らいしかないわ。だけど、相手はあのパパだから……」

「ヨルカ、お父さんは敵じゃない。あの人は娘むすめの君を理解したいと思っている。ただ、心の底から安心したいんだ」

 俺は念を押す。

「文化祭のステージを思い出せよ。大勢の観客を前にして緊きん張ちようせず、演奏にすごく集中できていたのはどうしてだ?」

 ヨルカは他人の視線が苦手で、演奏技術はあるのに人前で本領を発揮できずに悩なやんでいた。

 だけど本番では練習以上の見事な演奏を披ひ露ろうして、観客を魅み了りようした。

 その決め手がなにかを思い出させ、自覚させる。

「わたしは、希き墨すみのことだけをずっと考えていた。それで冷静でいられたの」

 初う心ぶでかわいらしい返答だった。

「ネクタイも締しめ直してくれたもんな」

 あの会場の熱ねつ狂きようの最中で、この子は落ち着いた気き遣づかいをしてくれた。

 そんな真ま似ねは感情に振ふり回まわされていてはできない。

 大だい丈じよう夫ぶ。今回もヨルカならできる。

「同じように俺のことを想おもってくれ。今度は俺も一いつ緒しよだ。ひとりじゃない。プロポーズは済ませたんだ。あとはふたりで、ご両親の許可をもらうだけさ」

 大げさだけど、そんな心境だった。

「うん。わたし、がんばる。希き墨すみと絶対離はなれたくない」

 ヨルカはそう言って俺に抱だきついてきた。

 俺もいつものように彼女の背に腕うでを回す。

 そのまま重力に身を任せるように、ふたりで布ふ団とんの上で横になった。

 布ふ団とんのやわらかさとヨルカの体温が気持ちいい。

「この感じ、希き墨すみの家にお泊とまりした時以来だね」

「朝起きたら横にいて、びっくりしたよ」

「嫌いやだった?」

「まさか。ただ刺し激げきが強すぎた」

「ねぇ、ちょっと耳を貸して」

 ヨルカは顔を近づけて、そっと俺に耳打ちをしてきた。

「……あれね、実は夜中にわたしが自分で希き墨すみのとなりに潜もぐりこんだの」

 ヨルカは照れくさそうにそんな秘密を打ち明けた。

 囁ささやく吐と息いきが耳をくすぐる。

 その悩なやましい刺し激げきと甘い告白が、俺を衝つき動うごかすには十分すぎた。

 俺は片手をヨルカの細い腕うでに這はわせながら、彼女の手を握にぎる。

 逃にがさないように、離はなさないように。

 唇くちびるを重ねる。

 最初はやさしくしながらも自然と激しさが増してくる。

 お互たがいを深く味わうように舌を絡からめ、唾だ液えきを交こう換かんするように唇くちびるを貪むさぼった。

 そうして俺は彼女の首元に顔を寄せていく。

 触ふれるか触ふれまいかの加減で肌はだにそっと唇くちびるを這はわす。

 耳元、首筋、肩かた、鎖さ骨こつと唇くちびるが触ふれる度たび、ヨルカは小さな声を漏もらす。

 敏びん感かんな身体からだはそれだけで跳はねるように素す直なおな反応をする。

 その度に、俺の手を握にぎる力がぎゅっと強まった。

 刺し激げきを必死にこらえようとして自然に立ってしまう彼女の膝ひざを押さえつけるように、俺の脚あしを上から重ねた。浴衣ゆかたから露あらわになったふともものすべすべした感かん触しよくが気持ちいい。

 俺が顔を下げていくのに合わせて、背中に回していたもう一方の手も下へ向かう。

 腰こしの細さを入念に確かめるように添そわせながら、お尻しりに辿たどり着つく。張りと大きさを手のひらでしっかりと味わうように触ふれる。

 ヨルカが身をよじるたびに浴衣ゆかたは着き崩くずれ、胸むな元もとははだけていた。

 露あらわになった谷間はかすかに汗あせばみ、甘い香りが頭をクラクラさせる。

 そのまま胸むな元もとに顔を埋うめるように抱だきつく。

 驚おどろくほど大きくて、やわらかい。

「希き墨すみ、赤ちゃんみたい」

「本能的に落ち着くんだよ」

 俺はそのまましばらくそのままでいた。

 ヨルカが慈いつくしむように俺の頭を撫なでる。

 そうやって大好きな人の温ぬくもりに包まれているうちに、昂たかぶり以上に安あん堵どが広がっていく。

 その幸福な感覚にいつまでも満たされていたかった。



「寝ねちゃった」

 わたしを抱だきしめているうちに彼は眠ねむってしまった。

 ずっと緊きん張ちようしていただろうし、疲つかれていたのだろう。

 わざわざ雪の中、東京から来てくれた。彼はわたしのピンチにいつも駆かけつけてくれる。

 大好きな人。

 彼がいたから、わたしは変わることができた。

「いつもありがとう」

 穏おだやかな顔で寝ね息いきを立てている。

 愛した男が腕うでの中で無防備な姿を見せてくれるのは女としての母性が満たされる。

 近くにいるから触ふれることができるのだ。

 その喜びを手放したくない。

 好きな人と両りよう想おもいになれた奇き跡せきを片時も逃のがしたくない。

 いつだって、わたしの答えは簡単だった。

 彼に対する好きだという気持ちに従えばいい。

 ただ、それだけでわたしはずっと強くなれる。

 彼のすべてに、わたしも応えたい。

「あなたと一いつ緒しよにいることが、わたしの幸せよ」