一月二日、瀬せ名な会かいの初はつ詣もうでで午前中から近所の神社に集合する。

 メンバーは俺、映えい、朝あさ姫きさん、みやちー、七なな村むら、紗さ夕ゆ。そしてクリスマス・パーティーに来れなかった花はな菱びし清きよ虎とらと叶かのうミメイも今回は参加していた。

 旅行中のヨルカは欠席である。

ヨルカ:みんなは、わたしの分まで初はつ詣もうでを楽しんで!

 わざわざ集合時刻にメッセージを送ってくるくらい、ヨルカは残念がっている。

 こういう時に、どこでもドアがあればいいのにと心底思う。

 万が一、日本とアメリカの遠えん距きよ離り恋れん愛あいになっても簡単に会いに行ける。

「きすみくん、甘あま酒ざけ飲もうよ!」

 先頭を歩く映えいが待ち切れないとばかりにみんなを急せかす。

 夏祭り以来、半年ぶりに訪おとずれた神社境けい内だいには今回も屋台が軒のきを連ねており、本ほん殿でんに向かうまでに美お味いしそうな匂においが食欲をそそった。

「お参りを済ませてからな。はしゃぎすぎて、また迷子になるなよ」

「ならないから大だい丈じよう夫ぶ!」

 威い勢せいよく答える小学生、返事だけは百点満点だ。

「セナキスの妹、超ちよう元気でかわいいね! ウチもあんな妹欲しかったな」

 叶かのうミメイは、映えいの活発さを一目で気に入っていた。

 軽音楽部のカリスマであり、リンクスのリーダーである彼女は文化祭でのライブ終しゆう了りよう後にニアミスしているが、映えいとはほぼ初対面に近い。

 叶かのうは一見してギャルと見み紛まがうような派手な容姿。髪かみの毛けは金きん髪ぱつに染められ、エキゾチックな印象をもたらす肌はだの色に、派手な顔立ちで背の高いスタイル抜ばつ群ぐんな女の子。フードにファーのついたボリューム感のあるダウンジャケット、首元の開いたニットワンピに網あみタイツとブーツ。みんながしっかり防寒する中、ひとりだけ露ろ出しゆつの多いセクシーなコーディネートである。

「瀬せ名なちゃん、心配いらないよ。たとえ迷子になって僕が必ず見つけてあげるさ」

 そう優ゆう雅がに答えるのは、永えい聖せい高等学校の生徒会長である花はな菱びし清きよ虎とら。

 プリンス清きよ虎とらというあだ名の通り、甘いマスクの爽さわやかなイケメンは如じよ才さいない笑えみを浮うかべていた。リンクスではドラムを担当しており、文化祭では普ふ段だんのやわらかい物もの腰ごしとギャップのある激しい演奏で、さらに女性ファンを増やしたともっぱらの噂うわさだ。どんな女性に対して紳しん士しな振ふる舞まいをする人気者は、安心しなよと俺の肩かたに親しげに手を置いた。

 その言葉通り、夏祭りで映えいが迷子になった時に見つけてくれたのが花はな菱びしだ。

 参拝の列に並びながら、俺はこれからのことに思いを馳はせる。

「いよいよ高三か。これからは受験だから、こんな風に気軽に集まりづらくなるよな」

 妙みようなさびしさに駆かられて、俺はポロリとこぼしてしまう。

 二年生になってからの怒ど濤とうの日々は俺のあらゆるものを変えてくれた。

 俺達が高校生でいられる期間は、あと一年少々。

 三学期なんて一いつ瞬しゆんで過ぎるし、三年生の大半は受験勉強にあてられ、それが終わるとすぐに卒業だ。早いもんだ。

「おいおい、幹事がそんな調子でどうするんだよ。おまえが俺達の命いのち綱づななんだから積極的に声をかけてこい! むしろ気楽に、迂う闊かつに、軽けい薄はくに呼びつけろ! おまえがいなけりゃはじまらないんだよ!」

 俺に幹事を押しつけた張本人である七なな村むらが説教してくる。

「そりゃ希き墨すみくんとヨルカはこの先も一いつ緒しよかもしれないけど、私達はそうとは限らないのよ。ちゃんと幹事が定期的に声かけないと、自然と疎そ遠えんになりかねないんだから。ただでさえここに集まっているメンバーはみんな方向性がバラバラなんだから」

 朝あさ姫きさんもさらに苦言を呈ていする。

「朝あさ姫きちゃんの言う通り、あたし達ってタイプが違ちがうもんね。それがこうやって同じグループで仲良くしているのも、スミスミの人徳のおかげだよ」

 みやちーはしみじみと呟つぶやく。

 確かに俺達が仲良くなったきっかけは同じクラスになったからこそ。

 学生時代の人間関係は偶ぐう然ぜん、特定の時期に同じ環かん境きように集まっただけのものだ。

 その時期を終えてなお関係性が続いていく友人は決して多くない。

 どれだけ親しくても卒業すれば終わってしまう付き合いはありふれている。

 たとえば小学校時代の友達で今も付き合いがあるのは何人いるだろう?

「そうですよ。私は後こう輩はいなんだから余計に遠えん慮りよしちゃうんですよ。きー先せん輩ぱいがしっかりしてくれないと困ります!」

 紗さ夕ゆも好きにやっているように思えて、意外と気にしいな子である。

「セナキスが声かけてくれると、ウチも休めるからありがたいかも。一度作業に没ぼつ頭とうしはじめると、ずーっと引きこもっちゃうからさ」

 叶かのうが抱かかえる音楽家の職業的な悩なやみには、友人との約束を入れることで息をつく暇ひまを入れられるのだろう。根を詰つめすぎるのは身体からだに悪い。

「すべてのきっかけはやっぱり瀬せ名なちゃんなんだよ。瀬せ名なちゃんが声をかけるから、みんなは集まる。もちろん僕も喜んで馳はせ参さんじるよ」

 花はな菱びしがまとめる。

「おい、おまえの瀬せ名な会かい加入を許可した覚えはないぞ」

「七なな村むら。その権限は、少なくとも幹事である瀬せ名なちゃんにしかない。君が任命したね」

 睨にらみ合あうワイルド系イケメン・七なな村むら竜りゆうと王子系イケメン・花はな菱びし清きよ虎とら。

 年を越こしても、竜りゆう虎この仲は変わらず相あい容いれない。

「セナキス、ウチも入れてほしいなぁ」

 叶かのうも同意見のようだ。

「映えいも入っているよね! クリスマスもお正月も一いつ緒しよだし」と妹さえ新規加入を求める。

 ちょっと感傷的になった俺の言葉を、みんなは意外なほど重く受け止めていた。

 俺自身が感じている以上に、瀬せ名な会かいには存在する意義があるようだ。

「幹事の責任って重いもんだな」

 だが、そうやって必要とされているのは存外悪くない。

「──スミスミがいないと困るのは、文化祭の時に全員で実感したことなんだよ」

 みやちーが代表して答える。

 どうやら俺が倒たおれて病院に運ばれてから、みんなにも色々あって大変だったらしい。

「困るって?」

「病院に運ばれた後、みんなで会議したんだけどね。スミスミがいないと、そもそも話し合いが上う手まくいかなくてさ、もうガタガタだったんだから」

 みやちーは苦く笑しようしていた。

 文化祭が終わった後ですら誰だれも語らなかったから、そんな話は初耳だ。

「ひなかがリーダーシップを発揮してくれなかったら、あの本番は迎むかえられなかったよ」

 叶かのうは感謝をこめるように、みやちーを後ろからハグする。

「うん。宮みや内うちさんがいなかったら、僕らはステージに立たなかったよ」

 花はな菱びしも認める。

 てっきり朝あさ姫きさんがみんなを纏まとめてくれたのだと思っていた。

 宮みや内うちひなかはどんな時も否定せず乗ってきてくれるけど、先頭に立って仕切るようなタイプではない。

「ステージに着いた時には、そんなガタガタな感じはなかったけど……」

 すると堰せきを切ったように、みんなは口々に本番当日の俺の様子を証言してきた。

「きすみくん、ゾンビみたいに顔色悪かった。だから止めたんだよ」

「おまえヘロヘロで、周りを見る余よ裕ゆうなんてなかっただろう」

「きー先せん輩ぱい、立つのもやっとだったじゃないですか」

「スミスミ、ギターを担かつぐだけでもかなりきつそうだったよ」

「希き墨すみくん、今にも死にそうだったわよ。よくアンコールまで演奏できたよね」

 文化祭の舞ぶ台たい裏うらは、俺もみんなもギリギリの綱つな渡わたりだったようだ。

「ご心配おかけしました」

「ま。瀬せ名なを頼たよりにしていることの裏返しだから、引き続き気張れや」

 七なな村むらは偉えらそうにまとめる。

「じゃあ瀬せ名な会かいの引き続きの存続、新メンバーの正式加入に異議がなければ拍はく手しゆ!」

 朝あさ姫きさんの音おん頭どに、なんやかんやと全員が認める。

 わーい、と映えいは喜ぶ。

「セナキス、ありがとう。これからも頼たよりにしているよ!」

「では、今度は僕が瀬せ名なちゃんの右みぎ腕うでになろうかな」

「お、いきなりナンバーツー狙ねらいは厚かましいぞ、花はな菱びし」

「我が瀬せ名な会かいは永久に不ふ滅めつです☆」と紗さ夕ゆはノリノリ。

「よっ、ミスター・セナ!」とみやちーもすかさず合いの手を打つ。

「そのままじゃねえか!」

 ミスター巨ジヤ人イア軍ンツみたいな呼び方をするな。ナイスですね、なんて言わんぞ。

「決まった以上は、これからも幹事をがんばらせてもらう。みんな忙いそがしいだろうけど、末長くこうやって集まってくれよな」

 そうして俺は瀬せ名な会かいの結成以来、二度目の所信表明をした。


◇◇◇


 そうこうしているうちに列は順調に進んでいき、お賽さい銭せん箱の前に辿たどりつく。

 全員で二に礼れい二に拍はく手しゆ一いち礼れいを済ませると、その流れでおみくじを引く。

 さぁ、年の初めの運試だめし。

 開かい封ふうの結果、俺以外の全員が大だい吉きち。

「なんでじゃー!!」

 大だい吉きちオンパレードの中、狙ねらい澄すましたかのように俺のおみくじだけが大だい凶きようだった。

〝かつてない試練が訪おとずれます。協力して乗のり越こえよ〟

 おいおい、もうちょい手心加えてくれよ。ピンポイントすぎじゃないか。

 割と去年も色々あったが、心当たりがありすぎて辛つらい。

 まさかアメリカ行きの件が断り切れず、ヨルカが遠くへ行ってしまうのか。

 その可能性がかつてないほどリアリティーを持って、気分が沈みそうになる。

 俺は深呼吸をして平静を保つ。

 みんなは凹へこんでいる俺をぐるりと取り囲んで、おみくじを覗のぞきこんできた。

「おいおい瀬せ名な、新年早々波乱の幕開けだな」

 他人の不幸を嬉うれしそうに笑うな、七なな村むら。

「きすみくん、ドンマイ!」

 励はげましつつも兄より上であることに優ゆう越えつ感に浸ひたっている妹。

「大だい凶きようってこんなベリーハードだっけ? スミスミ、あんまり気にしない方がいいよ」

 みやちーはいつもやさしいなぁ。泣けてくる。

「きー先せん輩ぱいに降り注ぐ容よう赦しやない試練とは一体ッ!?」

 紗さ夕ゆ、ちょっとワクワクするな。

「セナキス、運は自分で切り拓ひらくものだって」

 叶かのうはいつだって前向きだ。少なくとも俺は彼女が凹へこんでいる姿を見たことがない。

「瀬せ名なちゃん、トラブルを楽しむくらいの余よ裕ゆうを持たないと」

 モテ男らしいマインドである。そりゃ恋れん愛あいを同時並へい行こうでこなせるわけだ。

「来年、大だい凶きようを引くよりはいいんじゃない。受験直前だし」

 朝あさ姫きさんの冷静なフォローはその通りなのだが、俺の気が紛まぎれることはない。

「まさか有あり坂さかちゃんが来ないのも、その予兆か?」

「ヨルカはただの家族旅行中だ!」

 俺は大だい凶きようのおみくじをしっかりと枝に結ぶ。悪い気よ、今すぐ去れ。


 参拝の列に並んで疲つかれたので、屋台で食べ物など買って小休きゆう憩けい。

 俺は映えいに待望の甘あま酒ざけを買いつつ、団子など目についたものをとりあえず食べて気分転てん換かんを図はかる。こうなりゃやけ食いだ。

 女性陣じんはベビーカステラなど甘いものを適当に買って、仲良くシェアしている。

 七なな村むらと花はな菱びしは買いたいものが被かぶって、店の前でまた喧けん嘩かしていた。他のお客の迷めい惑わくにならないように程ほど々ほどにな。

 朝から晴天とは言い難がたい空模様は、神社に着いた頃ころよりもさらに分厚い雲に覆おおわれ、寒さが一層身に沁しみる。この分では雪でも降りかねない。

「うわー超ちよう寒いよ。どっかでお店に入って、温かいものでも飲みたい」

 叶かのうは網あみタイツからむき出しの生脚あしをさすりながら告げる。

「叶かのうが薄うす着ぎすぎるんだよ。服を選ぶ前に、天気予報のチェックしないのか?」

「そんなの見ないし、ウチは着たい服を着るだけ」

 叶かのうは当然のように答える。

 彼女らしい天てん衣い無む縫ほうさ。

 ふつうに縛しばられていない振ふる舞まいができるのは、少しだけ羨うらやましい。

 実際、叶かのうの音楽センスと技術はとうに商業レベル。SNS上で知名度は高かったが文化祭のライブ映像を動画サイトに公開したところ、仕事のオファーが殺さつ到とうしている。

「才能があるってすげえな」

「セナキス、それは違ちがうよ。ウチは極きよく端たんに偏かたよっているだけ。音楽は好きですごく得意だけど、音楽しか取とり柄えがないの。文化祭の時のセナキスみたいになんでも引き受けて、きちんとこなせる方がウチはすごいと思うよ」

「そのせいで人生初の救急車に運ばれたのに?」

「ウチは才能とかよくわからないけど、自分の意志で倒たおれるまでがんばれる人は特別なものを絶対に持っているよ」

 誰だれが見ても天才と呼ぶに相応ふさわしい叶かのうミメイから飛び出した一言は、凡ぼん人じんを自負していた俺にとっては目から鱗うろこのような言葉だった。

 才能の足りない人間は努力で補うしかない。

 俺は、ずっとそう考えていた。

「努力できるのも才能ってことか?」

「え、違ちがうよ」

 叶かのうの言葉を嚙かみ砕くだいたつもりが、本人はあっさりと否定する。

「うん? 解説を求む」

「好きなことをしている時って努力しているなんて感じないじゃん。楽しいから勝手にしたくなるわけだし、なんか知らないうちにすごいことできちゃうみたいな」

 天才様はキョトンとした顔で言い放つ。

「それは叶かのうみたいに、好きと才能が一いつ致ちしている人間の特権じゃないか。ふつうの人間は得意でもないことを覚えるために、必死に努力しなきゃいけないんだ」

「だからフォローしてくれるセナキスみたいな人にはマジ感謝なの。そもそもウチは得意でもないことを覚えることさえできないし!」

 叶かのうはドヤ顔でそう答える。

 わかるような、わからないような。

「瀬せ名なちゃん。ミメイが言いたいのはね、自分ができないことだらけだから周りの助けに感謝している。そんな風に色んな人の苦手や不足、困り事に力を貸してくれる瀬せ名なちゃんをミメイは心から褒ほめているんだよ」

「そう、それ! 生徒会長って頭いいんだ!」

 花はな菱びしの意訳に、叶かのうは正解と指をさす。

「僕も同意見だ。ふつうはできないことまで頼たよられるのを嫌いやがる。けど、瀬せ名なちゃんは引き受けた以上、きちんとがんばってくれるじゃないか。別に便利な幹事として頼たよっているわけじゃない。その責任感に対する信しん頼らいは宮みや内うちさんが瀬せ名なちゃんを評した、人徳ってやつだよ」

 キザな花はな菱びしらしい、憎にくいことを言ってくれる。

「だから人助けで頼たよられているセナキスはマジ尊敬できるくらい最高!」

 叶かのうはもう一度自分の言葉で伝え直す。

 こういう律りち儀ぎなところがあるから、俺も二年連続でマネージャーを引き受けたのだろう。

「希き墨すみくんだけの魅み力りよくがあるから、ヨルカも最初に心を開いたんでしょう」

 朝あさ姫きさんが最後にそう締しめた。

「確かにそうかも。スミスミには頼たよりやすいところあるし」

「きー先せん輩ぱいは昔からそうでしたよ!」

「きすみくんはやさしいよ」

 映えいの言葉に、みんなが吹ふき出だす。

「なぁ、この後だけどカラオケにでも行かないか?」

 室内だから空調は効いているし、飲み食べもできる。新春カラオケ大会として騒さわぐのも楽しいだろう。

 幹事の提案に、全員賛成だった。


◇◇◇


 神社から駅前のカラオケボックスまでみんなで移動する。

 駅のロータリーまで出たところで、ヨルカからメッセージが届く。

 グループラインではなく俺への個人宛あてだった。

 風雲急を告げるメッセージを読んで、俺は立ち止まってしまう。

ヨルカ:パパと話したけど、納なつ得とくしてくれなかった。

もう無理かもしれない。どうしよう。

「希き墨すみくん、どうかしたの?」

 俺が遅おくれていることに気づいた朝あさ姫きさんが声をかけてくる。

「……悪い、先に行ってて。後で追いつくから」

 そう断って、すぐにヨルカに電話をかけた。

 初はつ詣もうでの集合時に届いたメッセージとはテンションが百八十度違ちがう。

 この間になにかあったのか。それともあの時から無理していたのか。

 いずれにしても本人に確かく認にんするしかあるまい。

 コール音がいつもよりやたら長く感じた。

 早く。早く出てくれ。

 祈いのるような気持ちで俺は待つ。

『もしもし』

 ヨルカは涙なみだ声ごえで応答する。

「メッセージを読んだ。お父さんからなんて言われたんだ?」

 前置きはしない。

 しかし、動どう揺ようをできるだけ抑おさえた声で語りかける。

 聞くまでもなくヨルカの気配から楽しい内容ではないのは察しがつく。

『……アメリカ行きの話をしたの。わたしは今のまま日本で生活したいって言ったけど、心配だから一いつ緒しよに暮らした方がいいだろうって』

 クソ、大だい凶きようが的中しているぞ。あの神社に祀まつられている神様ってそんなに強力なのか。

 もっとお賽さい銭せんを奮発しておけばよかった。

 俺は神様に舌打ちする。

「心配って、ご両親がそんな気になることでもあったのか?」

『うん。このままだと迷めい惑わくをかけるから、日本を離はなれた方がいいって』

「──なっ!?」

 それは一方的な言い分すぎるだろう!

『ごめんね、希き墨すみ』

「ッ、ヨルカが謝ることじゃないだろう」

 俺はつい大きな声を上げそうになる。

『だって、わたしの好きを認めてもらえないのが、こんな悔くやしいなんて思わなかった』

「────」

 その一言は、俺の抑おさえていた怒いかりを解放するには十分だった。

 これまでは家族の問題であるからと、俺は一歩引いていた。

 自分は有あり坂さか家の部外者だから口を挟はさむのは憚はばかられる。

 いくら外野が騒さわいだところで無意味だ。見守るのが常識的には正しい。

 ヨルカの『信じて待っていて』という言葉の通り、我が慢まんするのが正解だと思っていた。

 それが、ふつうの反応だ。

 だけど、遠えん慮りよは終わりだ。

 そんな言葉を、俺の大好きな人に言わせた時点でダメなのだ。

 家族ゆえに聞く耳を持ってもらえないなら、他の誰だれかが代わりに訴うつたえてやらねばならない。

 このまま流されてしまえば俺は死ぬまで後こう悔かいする。

 それほどに俺はキレていた。

 一いつ瞬しゆんにして意識を真っ白に燃もえ尽つきさせるほどの怒いかりの高熱、その後に訪おとずれた急速な冷れい却きやくは異様な静せい寂じやくを頭の中にもたらした。

 腹を立てながら、頭は冴さえ渡わたるという両極きよく端たんな状態が併へい存ぞんしている。

 冷静と情熱の間というやつだろう。

 奇き妙みような精神的均きん衡こうは余計な迷いを消し去った。

 今やるべきことを脳内で峻しゆん別べつし、実行に移す。

「ヨルカ。今は旅館か?」

 心の荒あれ狂くるい方に反して、語りかける声は自分でも驚おどろくほど穏おだやかになった。

『ううん。冷静になろうと思って、ひとりで駅前の喫きつ茶さ店てんで休んでいる』

「そこで落ち着くまで、二、三時間でもゆっくりとのんびりするといい。コーヒーのお代わりは? ケーキも食べたらいいと思うぞ」

『そうする。ごめんね、希き墨すみ』

「気にするな。俺にとって一番大事なのは、ヨルカが幸せなことだ」

 ──そのためなら、どんなものとでも戦ってやる。

『ありがとう』

 電話が切れる。

 ヨルカは「来てくれ」とは言わなかった。

 このまま有あり坂さか家における最終決定を待つのが常識的な判断なのだろう。

 これまでの俺なら、このまま待っていた。

 瀬せ名な希き墨すみという男は基本的に誰だれかに頼たのまれて、ようやく行動してきた。

 相手のヘルプやお願いなどを受けることで動く受動的なスタンス。

 人の頼たのみ事を断らないことは重宝される。

 俺もその立ち位置に自分の存在価値を見み出いだしていた。

 妹の願いを叶かなえるために偏へん差さ値ちの高い近くの学校に挑いどんだ。入学するとクラス委員に指名され、コミュ障な美人とクラスメイトの橋はし渡わたし役を務めた。瀬せ名な会かいの幹事を任され、代理彼かれ氏しを演じ、初心者ながらギターとしてバンドに参加など挙げればきりがない。

 凡ぼん人じんである俺の能力やキャパシティーでは引き受けたことをこなすだけで手いっぱいになる。

 自ら動いてしまえば簡単に限界を迎むかえると、無意識にブレーキをかけていた。

 事実、文化祭では救急車に運ばれたりもした。

 ──それでも恐おそれず、自らの意志による行動で後こう悔かいしたことは一度もない。

 頼たのまれていなくても、さっさと動け。

 迷っているうちに手て遅おくれになったら、「頼たのまれなかったから」と納なつ得とくできるのか。

 余計なお節せつ介かい、上等である。

 準備不足は承知している。むしろ万ばん全ぜんな時なんて一度もない。

 たとえ時間とお金をかけて空から振ぶりになったとしても、それはそれで構わない。

 どうせ大だい凶きようなのだ。成功なんて保証されていない。

 それにおみくじによれば、〝協力して乗のり越こえよ〟の一文が添そえられていた。

 俺とヨルカがふたりで協力しなければ乗のり越こえられない問題なのだ。

 前を歩くみんなを足早に追いかけた。

 そのままカラオケボックスの中に入ろうとするみんなに、俺は声をかける。

「ごめん。俺から誘さそっておいて申し訳ないけど、ここで抜ぬけるわ」

「スミスミ、急にどうしたの? 帰るの?」

 みやちーは心配そうに語りかける。

「なにかあったのね。表情がずいぶんと違ちがうよ」

 朝あさ姫きさんはなにか察したような顔をしていた。

「ちょっと、人生を左右する野や暮ぼ用ができた」

「──恋人はお正月から頼たよられて大変ね」

「俺が好きでやっていることさ」

「……そう。がんばって」

「ありがとう」

 俺は財さい布ふから映えいの分の料金を出そうとすると、

「瀬せ名な。妹ちゃんの分くらい出してやる」と七なな村むらに制される。

「悪いな」

「気にすんな。有あり坂さかちゃんによろしく」

 七なな村むらの一言で、他のみんなも事態に気づいたようだった。

「カラオケに行かないの?」

 映えいはストレートに訊たずねる。

「あぁ、ヨルカがピンチなんだ。ちょっと助けに行ってくる」

「きすみくんはヨルカちゃんが大好きだねぇ」

 妹は呆あきれながらも面おも白しろがっていた。

「紗さ夕ゆ。映えいを任せていいか。帰りは家まで送り届けてほしい」

「も、もちろん構わないですけど」

 急に話しかけられて、紗さ夕ゆの背筋が伸のびる。

「頼たよりになる後こう輩はいが近所にいてくれてよかったよ」

 俺が感謝すると、紗さ夕ゆはサッと頰ほおを赤くする。

「映えいちゃんとは仲良しなので別にいいんですけど、なんかきー先せん輩ぱいに余よ裕ゆうが出てきて腹が立ちますね。……男の人で彼女持ちがモテる理由ってちょっとだけわかるかも」

「紗さ夕ゆちゃーん。真に受けると、便利な浮うわ気き相手になるから絶対やめた方がいいからね」

 紗さ夕ゆの独り言のような感想に、朝あさ姫きさんがすかさず釘くぎを刺さす。

「わ、わかってますよ! 戦う相手を見み極きわめるくらいできますから」

 戦う相手か……。

 今の俺はきっと戦う相手の実態をろくに見み極きわめられていないのだろう。

 だが、居ても立っても居られないのだ。

「セナキス、そしたらまた別の機会にカラオケ行こうね」

「あぁ。叶かのうの歌声を聞くのも楽しみだ」

 モチロン、と叶かのうはピースサインを作る。

「瀬せ名なちゃん、また後あと押おししようか?」

 察しのいい花はな菱びしは片手を挙げる。

 いつかの夕暮れの屋上で、俺は花はな菱びしに『応おう援えんは無責任だけど、無意味じゃない』と伝えた。

「あぁ、頼たのむ」

「行ってらっしゃい!」

 俺はこけそうになるくらい強く背中を押され、最後に振ふり返かえる。

「みんなが友達でよかったよ」

 俺は心からそう思った。

 ここにいる面々と過ごした日々が、瀬せ名な希き墨すみに踏ふみ出だす勇気をくれたのだ。

 俺もみんなとはこの先の人生で長い付き合いをしていきたい。

 そんな最高の友人ばかりだ。

 俺はそのままの勢いで、駅の改札をくぐる。

 スマホで有あり坂さか家が泊とまっている旅館から一番近い駅である伊い豆ず・修しゆ善ぜん寺じまでのルートを検けん索さく。

 階段を駆かけ上のぼり、寒風の吹ふくホームに立つ。

 ヨルカが今いるのは日本だ。アメリカじゃない。

 東京から修しゆ善ぜん寺じまで二時間強あれば会いに行ける。

 陸続きの距きよ離りなんて今の俺にとってはゼロに等しい。電車に乗れば会いに行けることがどれほど恵めぐまれているのか。

 この距きよ離りに躊ちゆう躇ちよするなんて馬鹿げている。

 たとえ無意味な自己満足だとしても知ったことか。

 俺は無む性しように自分の恋こい人びとの顔を見たい。直接会って話したい。

 ただ、それだけだ。

 眼前に広がる曇どん天てんは真昼にも拘かかわらず重くて暗い。

 雪が降って、電車の運行に影えい響きようが出ないことを祈いのるばかりだ。

 もはや討うち入いりのような心境で、俺はとにかくヨルカの親に一言物申したかった。

 どうすれば、ここから逆転できるのか。

 頭の中はひたすらにそのことばかり考える。


 完璧パーフエクトでなくとも、最シユ高プリのーム最・ベ善ターを尽つくせ。


 おまじないのように何度も俺を支えてきた言葉を再び思い返し、電車に乗りこんだ。