
一月二日、瀬名会の初詣で午前中から近所の神社に集合する。
メンバーは俺、映、朝姫さん、みやちー、七村、紗夕。そしてクリスマス・パーティーに来れなかった花菱清虎と叶ミメイも今回は参加していた。
旅行中のヨルカは欠席である。
ヨルカ:みんなは、わたしの分まで初詣を楽しんで!
わざわざ集合時刻にメッセージを送ってくるくらい、ヨルカは残念がっている。
こういう時に、どこでもドアがあればいいのにと心底思う。
万が一、日本とアメリカの遠距離恋愛になっても簡単に会いに行ける。
「きすみくん、甘酒飲もうよ!」
先頭を歩く映が待ち切れないとばかりにみんなを急かす。
夏祭り以来、半年ぶりに訪れた神社境内には今回も屋台が軒を連ねており、本殿に向かうまでに美味しそうな匂いが食欲をそそった。
「お参りを済ませてからな。はしゃぎすぎて、また迷子になるなよ」
「ならないから大丈夫!」
威勢よく答える小学生、返事だけは百点満点だ。
「セナキスの妹、超元気でかわいいね! ウチもあんな妹欲しかったな」
叶ミメイは、映の活発さを一目で気に入っていた。
軽音楽部のカリスマであり、リンクスのリーダーである彼女は文化祭でのライブ終了後にニアミスしているが、映とはほぼ初対面に近い。
叶は一見してギャルと見紛うような派手な容姿。髪の毛は金髪に染められ、エキゾチックな印象をもたらす肌の色に、派手な顔立ちで背の高いスタイル抜群な女の子。フードにファーのついたボリューム感のあるダウンジャケット、首元の開いたニットワンピに網タイツとブーツ。みんながしっかり防寒する中、ひとりだけ露出の多いセクシーなコーディネートである。
「瀬名ちゃん、心配いらないよ。たとえ迷子になって僕が必ず見つけてあげるさ」
そう優雅に答えるのは、永聖高等学校の生徒会長である花菱清虎。
プリンス清虎というあだ名の通り、甘いマスクの爽やかなイケメンは如才ない笑みを浮かべていた。リンクスではドラムを担当しており、文化祭では普段のやわらかい物腰とギャップのある激しい演奏で、さらに女性ファンを増やしたともっぱらの噂だ。どんな女性に対して紳士な振る舞いをする人気者は、安心しなよと俺の肩に親しげに手を置いた。
その言葉通り、夏祭りで映が迷子になった時に見つけてくれたのが花菱だ。
参拝の列に並びながら、俺はこれからのことに思いを馳せる。
「いよいよ高三か。これからは受験だから、こんな風に気軽に集まりづらくなるよな」
妙なさびしさに駆られて、俺はポロリとこぼしてしまう。
二年生になってからの怒濤の日々は俺のあらゆるものを変えてくれた。
俺達が高校生でいられる期間は、あと一年少々。
三学期なんて一瞬で過ぎるし、三年生の大半は受験勉強にあてられ、それが終わるとすぐに卒業だ。早いもんだ。
「おいおい、幹事がそんな調子でどうするんだよ。おまえが俺達の命綱なんだから積極的に声をかけてこい! むしろ気楽に、迂闊に、軽薄に呼びつけろ! おまえがいなけりゃはじまらないんだよ!」
俺に幹事を押しつけた張本人である七村が説教してくる。
「そりゃ希墨くんとヨルカはこの先も一緒かもしれないけど、私達はそうとは限らないのよ。ちゃんと幹事が定期的に声かけないと、自然と疎遠になりかねないんだから。ただでさえここに集まっているメンバーはみんな方向性がバラバラなんだから」
朝姫さんもさらに苦言を呈する。
「朝姫ちゃんの言う通り、あたし達ってタイプが違うもんね。それがこうやって同じグループで仲良くしているのも、スミスミの人徳のおかげだよ」
みやちーはしみじみと呟く。
確かに俺達が仲良くなったきっかけは同じクラスになったからこそ。
学生時代の人間関係は偶然、特定の時期に同じ環境に集まっただけのものだ。
その時期を終えてなお関係性が続いていく友人は決して多くない。
どれだけ親しくても卒業すれば終わってしまう付き合いはありふれている。
たとえば小学校時代の友達で今も付き合いがあるのは何人いるだろう?
「そうですよ。私は後輩なんだから余計に遠慮しちゃうんですよ。きー先輩がしっかりしてくれないと困ります!」
紗夕も好きにやっているように思えて、意外と気にしいな子である。
「セナキスが声かけてくれると、ウチも休めるからありがたいかも。一度作業に没頭しはじめると、ずーっと引きこもっちゃうからさ」
叶が抱える音楽家の職業的な悩みには、友人との約束を入れることで息をつく暇を入れられるのだろう。根を詰めすぎるのは身体に悪い。
「すべてのきっかけはやっぱり瀬名ちゃんなんだよ。瀬名ちゃんが声をかけるから、みんなは集まる。もちろん僕も喜んで馳せ参じるよ」
花菱がまとめる。
「おい、おまえの瀬名会加入を許可した覚えはないぞ」
「七村。その権限は、少なくとも幹事である瀬名ちゃんにしかない。君が任命したね」
睨み合うワイルド系イケメン・七村竜と王子系イケメン・花菱清虎。
年を越しても、竜虎の仲は変わらず相容れない。
「セナキス、ウチも入れてほしいなぁ」
叶も同意見のようだ。
「映も入っているよね! クリスマスもお正月も一緒だし」と妹さえ新規加入を求める。
ちょっと感傷的になった俺の言葉を、みんなは意外なほど重く受け止めていた。
俺自身が感じている以上に、瀬名会には存在する意義があるようだ。
「幹事の責任って重いもんだな」
だが、そうやって必要とされているのは存外悪くない。
「──スミスミがいないと困るのは、文化祭の時に全員で実感したことなんだよ」
みやちーが代表して答える。
どうやら俺が倒れて病院に運ばれてから、みんなにも色々あって大変だったらしい。
「困るって?」
「病院に運ばれた後、みんなで会議したんだけどね。スミスミがいないと、そもそも話し合いが上手くいかなくてさ、もうガタガタだったんだから」
みやちーは苦笑していた。
文化祭が終わった後ですら誰も語らなかったから、そんな話は初耳だ。
「ひなかがリーダーシップを発揮してくれなかったら、あの本番は迎えられなかったよ」
叶は感謝をこめるように、みやちーを後ろからハグする。
「うん。宮内さんがいなかったら、僕らはステージに立たなかったよ」
花菱も認める。
てっきり朝姫さんがみんなを纏めてくれたのだと思っていた。
宮内ひなかはどんな時も否定せず乗ってきてくれるけど、先頭に立って仕切るようなタイプではない。
「ステージに着いた時には、そんなガタガタな感じはなかったけど……」
すると堰を切ったように、みんなは口々に本番当日の俺の様子を証言してきた。
「きすみくん、ゾンビみたいに顔色悪かった。だから止めたんだよ」
「おまえヘロヘロで、周りを見る余裕なんてなかっただろう」
「きー先輩、立つのもやっとだったじゃないですか」
「スミスミ、ギターを担ぐだけでもかなりきつそうだったよ」
「希墨くん、今にも死にそうだったわよ。よくアンコールまで演奏できたよね」
文化祭の舞台裏は、俺もみんなもギリギリの綱渡りだったようだ。
「ご心配おかけしました」
「ま。瀬名を頼りにしていることの裏返しだから、引き続き気張れや」
七村は偉そうにまとめる。
「じゃあ瀬名会の引き続きの存続、新メンバーの正式加入に異議がなければ拍手!」
朝姫さんの音頭に、なんやかんやと全員が認める。
わーい、と映は喜ぶ。
「セナキス、ありがとう。これからも頼りにしているよ!」
「では、今度は僕が瀬名ちゃんの右腕になろうかな」
「お、いきなりナンバーツー狙いは厚かましいぞ、花菱」
「我が瀬名会は永久に不滅です☆」と紗夕はノリノリ。
「よっ、ミスター・セナ!」とみやちーもすかさず合いの手を打つ。
「そのままじゃねえか!」
ミスター巨人軍みたいな呼び方をするな。ナイスですね、なんて言わんぞ。
「決まった以上は、これからも幹事をがんばらせてもらう。みんな忙しいだろうけど、末長くこうやって集まってくれよな」
そうして俺は瀬名会の結成以来、二度目の所信表明をした。
そうこうしているうちに列は順調に進んでいき、お賽銭箱の前に辿りつく。
全員で二礼二拍手一礼を済ませると、その流れでおみくじを引く。
さぁ、年の初めの運試し。
開封の結果、俺以外の全員が大吉。
「なんでじゃー!!」
大吉オンパレードの中、狙い澄ましたかのように俺のおみくじだけが大凶だった。
〝かつてない試練が訪れます。協力して乗り越えよ〟
おいおい、もうちょい手心加えてくれよ。ピンポイントすぎじゃないか。
割と去年も色々あったが、心当たりがありすぎて辛い。
まさかアメリカ行きの件が断り切れず、ヨルカが遠くへ行ってしまうのか。
その可能性がかつてないほどリアリティーを持って、気分が沈みそうになる。
俺は深呼吸をして平静を保つ。
みんなは凹んでいる俺をぐるりと取り囲んで、おみくじを覗きこんできた。
「おいおい瀬名、新年早々波乱の幕開けだな」
他人の不幸を嬉しそうに笑うな、七村。
「きすみくん、ドンマイ!」
励ましつつも兄より上であることに優越感に浸っている妹。
「大凶ってこんなベリーハードだっけ? スミスミ、あんまり気にしない方がいいよ」
みやちーはいつもやさしいなぁ。泣けてくる。
「きー先輩に降り注ぐ容赦ない試練とは一体ッ!?」
紗夕、ちょっとワクワクするな。
「セナキス、運は自分で切り拓くものだって」
叶はいつだって前向きだ。少なくとも俺は彼女が凹んでいる姿を見たことがない。
「瀬名ちゃん、トラブルを楽しむくらいの余裕を持たないと」
モテ男らしいマインドである。そりゃ恋愛を同時並行でこなせるわけだ。
「来年、大凶を引くよりはいいんじゃない。受験直前だし」
朝姫さんの冷静なフォローはその通りなのだが、俺の気が紛れることはない。
「まさか有坂ちゃんが来ないのも、その予兆か?」
「ヨルカはただの家族旅行中だ!」
俺は大凶のおみくじをしっかりと枝に結ぶ。悪い気よ、今すぐ去れ。
参拝の列に並んで疲れたので、屋台で食べ物など買って小休憩。
俺は映に待望の甘酒を買いつつ、団子など目についたものをとりあえず食べて気分転換を図る。こうなりゃやけ食いだ。
女性陣はベビーカステラなど甘いものを適当に買って、仲良くシェアしている。
七村と花菱は買いたいものが被って、店の前でまた喧嘩していた。他のお客の迷惑にならないように程々にな。
朝から晴天とは言い難い空模様は、神社に着いた頃よりもさらに分厚い雲に覆われ、寒さが一層身に沁みる。この分では雪でも降りかねない。
「うわー超寒いよ。どっかでお店に入って、温かいものでも飲みたい」
叶は網タイツからむき出しの生脚をさすりながら告げる。
「叶が薄着すぎるんだよ。服を選ぶ前に、天気予報のチェックしないのか?」
「そんなの見ないし、ウチは着たい服を着るだけ」
叶は当然のように答える。
彼女らしい天衣無縫さ。
ふつうに縛られていない振る舞いができるのは、少しだけ羨ましい。
実際、叶の音楽センスと技術はとうに商業レベル。SNS上で知名度は高かったが文化祭のライブ映像を動画サイトに公開したところ、仕事のオファーが殺到している。
「才能があるってすげえな」
「セナキス、それは違うよ。ウチは極端に偏っているだけ。音楽は好きですごく得意だけど、音楽しか取り柄がないの。文化祭の時のセナキスみたいになんでも引き受けて、きちんとこなせる方がウチはすごいと思うよ」
「そのせいで人生初の救急車に運ばれたのに?」
「ウチは才能とかよくわからないけど、自分の意志で倒れるまでがんばれる人は特別なものを絶対に持っているよ」
誰が見ても天才と呼ぶに相応しい叶ミメイから飛び出した一言は、凡人を自負していた俺にとっては目から鱗のような言葉だった。
才能の足りない人間は努力で補うしかない。
俺は、ずっとそう考えていた。
「努力できるのも才能ってことか?」
「え、違うよ」
叶の言葉を嚙み砕いたつもりが、本人はあっさりと否定する。
「うん? 解説を求む」
「好きなことをしている時って努力しているなんて感じないじゃん。楽しいから勝手にしたくなるわけだし、なんか知らないうちにすごいことできちゃうみたいな」
天才様はキョトンとした顔で言い放つ。
「それは叶みたいに、好きと才能が一致している人間の特権じゃないか。ふつうの人間は得意でもないことを覚えるために、必死に努力しなきゃいけないんだ」
「だからフォローしてくれるセナキスみたいな人にはマジ感謝なの。そもそもウチは得意でもないことを覚えることさえできないし!」
叶はドヤ顔でそう答える。
わかるような、わからないような。
「瀬名ちゃん。ミメイが言いたいのはね、自分ができないことだらけだから周りの助けに感謝している。そんな風に色んな人の苦手や不足、困り事に力を貸してくれる瀬名ちゃんをミメイは心から褒めているんだよ」
「そう、それ! 生徒会長って頭いいんだ!」
花菱の意訳に、叶は正解と指をさす。
「僕も同意見だ。ふつうはできないことまで頼られるのを嫌がる。けど、瀬名ちゃんは引き受けた以上、きちんとがんばってくれるじゃないか。別に便利な幹事として頼っているわけじゃない。その責任感に対する信頼は宮内さんが瀬名ちゃんを評した、人徳ってやつだよ」
キザな花菱らしい、憎いことを言ってくれる。
「だから人助けで頼られているセナキスはマジ尊敬できるくらい最高!」
叶はもう一度自分の言葉で伝え直す。
こういう律儀なところがあるから、俺も二年連続でマネージャーを引き受けたのだろう。
「希墨くんだけの魅力があるから、ヨルカも最初に心を開いたんでしょう」
朝姫さんが最後にそう締めた。
「確かにそうかも。スミスミには頼りやすいところあるし」
「きー先輩は昔からそうでしたよ!」
「きすみくんはやさしいよ」
映の言葉に、みんなが吹き出す。
「なぁ、この後だけどカラオケにでも行かないか?」
室内だから空調は効いているし、飲み食べもできる。新春カラオケ大会として騒ぐのも楽しいだろう。
幹事の提案に、全員賛成だった。
神社から駅前のカラオケボックスまでみんなで移動する。
駅のロータリーまで出たところで、ヨルカからメッセージが届く。
グループラインではなく俺への個人宛だった。
風雲急を告げるメッセージを読んで、俺は立ち止まってしまう。
ヨルカ:パパと話したけど、納得してくれなかった。
「希墨くん、どうかしたの?」
俺が遅れていることに気づいた朝姫さんが声をかけてくる。
「……悪い、先に行ってて。後で追いつくから」
そう断って、すぐにヨルカに電話をかけた。
初詣の集合時に届いたメッセージとはテンションが百八十度違う。
この間になにかあったのか。それともあの時から無理していたのか。
いずれにしても本人に確認するしかあるまい。
コール音がいつもよりやたら長く感じた。
早く。早く出てくれ。
祈るような気持ちで俺は待つ。
『もしもし』
ヨルカは涙声で応答する。
「メッセージを読んだ。お父さんからなんて言われたんだ?」
前置きはしない。
しかし、動揺をできるだけ抑えた声で語りかける。
聞くまでもなくヨルカの気配から楽しい内容ではないのは察しがつく。
『……アメリカ行きの話をしたの。わたしは今のまま日本で生活したいって言ったけど、心配だから一緒に暮らした方がいいだろうって』
クソ、大凶が的中しているぞ。あの神社に祀られている神様ってそんなに強力なのか。
もっとお賽銭を奮発しておけばよかった。
俺は神様に舌打ちする。
「心配って、ご両親がそんな気になることでもあったのか?」
『うん。このままだと迷惑をかけるから、日本を離れた方がいいって』
「──なっ!?」
それは一方的な言い分すぎるだろう!
『ごめんね、希墨』
「ッ、ヨルカが謝ることじゃないだろう」
俺はつい大きな声を上げそうになる。
『だって、わたしの好きを認めてもらえないのが、こんな悔しいなんて思わなかった』
「────」
その一言は、俺の抑えていた怒りを解放するには十分だった。
これまでは家族の問題であるからと、俺は一歩引いていた。
自分は有坂家の部外者だから口を挟むのは憚られる。
いくら外野が騒いだところで無意味だ。見守るのが常識的には正しい。
ヨルカの『信じて待っていて』という言葉の通り、我慢するのが正解だと思っていた。
それが、ふつうの反応だ。
だけど、遠慮は終わりだ。
そんな言葉を、俺の大好きな人に言わせた時点でダメなのだ。
家族ゆえに聞く耳を持ってもらえないなら、他の誰かが代わりに訴えてやらねばならない。
このまま流されてしまえば俺は死ぬまで後悔する。
それほどに俺はキレていた。
一瞬にして意識を真っ白に燃え尽きさせるほどの怒りの高熱、その後に訪れた急速な冷却は異様な静寂を頭の中にもたらした。
腹を立てながら、頭は冴え渡るという両極端な状態が併存している。
冷静と情熱の間というやつだろう。
奇妙な精神的均衡は余計な迷いを消し去った。
今やるべきことを脳内で峻別し、実行に移す。
「ヨルカ。今は旅館か?」
心の荒れ狂い方に反して、語りかける声は自分でも驚くほど穏やかになった。
『ううん。冷静になろうと思って、ひとりで駅前の喫茶店で休んでいる』
「そこで落ち着くまで、二、三時間でもゆっくりとのんびりするといい。コーヒーのお代わりは? ケーキも食べたらいいと思うぞ」
『そうする。ごめんね、希墨』
「気にするな。俺にとって一番大事なのは、ヨルカが幸せなことだ」
──そのためなら、どんなものとでも戦ってやる。
『ありがとう』
電話が切れる。
ヨルカは「来てくれ」とは言わなかった。
このまま有坂家における最終決定を待つのが常識的な判断なのだろう。
これまでの俺なら、このまま待っていた。
瀬名希墨という男は基本的に誰かに頼まれて、ようやく行動してきた。
相手のヘルプやお願いなどを受けることで動く受動的なスタンス。
人の頼み事を断らないことは重宝される。
俺もその立ち位置に自分の存在価値を見出していた。
妹の願いを叶えるために偏差値の高い近くの学校に挑んだ。入学するとクラス委員に指名され、コミュ障な美人とクラスメイトの橋渡し役を務めた。瀬名会の幹事を任され、代理彼氏を演じ、初心者ながらギターとしてバンドに参加など挙げればきりがない。
凡人である俺の能力やキャパシティーでは引き受けたことをこなすだけで手いっぱいになる。
自ら動いてしまえば簡単に限界を迎えると、無意識にブレーキをかけていた。
事実、文化祭では救急車に運ばれたりもした。
──それでも恐れず、自らの意志による行動で後悔したことは一度もない。
頼まれていなくても、さっさと動け。
迷っているうちに手遅れになったら、「頼まれなかったから」と納得できるのか。
余計なお節介、上等である。
準備不足は承知している。むしろ万全な時なんて一度もない。
たとえ時間とお金をかけて空振りになったとしても、それはそれで構わない。
どうせ大凶なのだ。成功なんて保証されていない。
それにおみくじによれば、〝協力して乗り越えよ〟の一文が添えられていた。
俺とヨルカがふたりで協力しなければ乗り越えられない問題なのだ。
前を歩くみんなを足早に追いかけた。
そのままカラオケボックスの中に入ろうとするみんなに、俺は声をかける。
「ごめん。俺から誘っておいて申し訳ないけど、ここで抜けるわ」
「スミスミ、急にどうしたの? 帰るの?」
みやちーは心配そうに語りかける。
「なにかあったのね。表情がずいぶんと違うよ」
朝姫さんはなにか察したような顔をしていた。
「ちょっと、人生を左右する野暮用ができた」
「──恋人はお正月から頼られて大変ね」
「俺が好きでやっていることさ」
「……そう。がんばって」
「ありがとう」
俺は財布から映の分の料金を出そうとすると、
「瀬名。妹ちゃんの分くらい出してやる」と七村に制される。
「悪いな」
「気にすんな。有坂ちゃんによろしく」
七村の一言で、他のみんなも事態に気づいたようだった。
「カラオケに行かないの?」
映はストレートに訊ねる。
「あぁ、ヨルカがピンチなんだ。ちょっと助けに行ってくる」
「きすみくんはヨルカちゃんが大好きだねぇ」
妹は呆れながらも面白がっていた。
「紗夕。映を任せていいか。帰りは家まで送り届けてほしい」
「も、もちろん構わないですけど」
急に話しかけられて、紗夕の背筋が伸びる。
「頼りになる後輩が近所にいてくれてよかったよ」
俺が感謝すると、紗夕はサッと頰を赤くする。
「映ちゃんとは仲良しなので別にいいんですけど、なんかきー先輩に余裕が出てきて腹が立ちますね。……男の人で彼女持ちがモテる理由ってちょっとだけわかるかも」
「紗夕ちゃーん。真に受けると、便利な浮気相手になるから絶対やめた方がいいからね」
紗夕の独り言のような感想に、朝姫さんがすかさず釘を刺す。
「わ、わかってますよ! 戦う相手を見極めるくらいできますから」
戦う相手か……。
今の俺はきっと戦う相手の実態をろくに見極められていないのだろう。
だが、居ても立っても居られないのだ。
「セナキス、そしたらまた別の機会にカラオケ行こうね」
「あぁ。叶の歌声を聞くのも楽しみだ」
モチロン、と叶はピースサインを作る。
「瀬名ちゃん、また後押ししようか?」
察しのいい花菱は片手を挙げる。
いつかの夕暮れの屋上で、俺は花菱に『応援は無責任だけど、無意味じゃない』と伝えた。
「あぁ、頼む」
「行ってらっしゃい!」
俺はこけそうになるくらい強く背中を押され、最後に振り返る。
「みんなが友達でよかったよ」
俺は心からそう思った。
ここにいる面々と過ごした日々が、瀬名希墨に踏み出す勇気をくれたのだ。
俺もみんなとはこの先の人生で長い付き合いをしていきたい。
そんな最高の友人ばかりだ。
俺はそのままの勢いで、駅の改札をくぐる。
スマホで有坂家が泊まっている旅館から一番近い駅である伊豆・修善寺までのルートを検索。
階段を駆け上り、寒風の吹くホームに立つ。
ヨルカが今いるのは日本だ。アメリカじゃない。
東京から修善寺まで二時間強あれば会いに行ける。
陸続きの距離なんて今の俺にとってはゼロに等しい。電車に乗れば会いに行けることがどれほど恵まれているのか。
この距離に躊躇するなんて馬鹿げている。
たとえ無意味な自己満足だとしても知ったことか。
俺は無性に自分の恋人の顔を見たい。直接会って話したい。
ただ、それだけだ。
眼前に広がる曇天は真昼にも拘わらず重くて暗い。
雪が降って、電車の運行に影響が出ないことを祈るばかりだ。
もはや討ち入りのような心境で、俺はとにかくヨルカの親に一言物申したかった。
どうすれば、ここから逆転できるのか。
頭の中はひたすらにそのことばかり考える。
完璧でなくとも、最高の最善を尽くせ。
おまじないのように何度も俺を支えてきた言葉を再び思い返し、電車に乗りこんだ。