七なな村むらは先に部屋へ戻もどり、俺はクリスマスケーキを取りに一階のキッチンへ下りていく。

 ヨルカも手伝いで一いつ緒しよに来てくれた。

「紅茶も淹いれるね。お湯は私が沸わかすから」

 ヨルカは我が家やに泊とまった時に夕飯を作ってくれたから、やかんの場所も覚えていた。

 俺も人数分のお皿とフォーク、切り分ける用の包丁を準備しながらも、ついヨルカの方に目を奪うばわれてしまう。

「キッチンでテキパキとしていると頼たのもしいな」

「お湯を沸わかしているだけじゃない」

「一いつ緒しよに暮らしたら、こんな感じなのかなって考えるだけで楽しいよ」

 お湯が沸わくのを待ちながら、俺達はキッチンで雑談をする。

「──。サンタクロースはクリスマスにだけ来るからありがたみがあるのよ」

「結けつ婚こんしたらヨルカは毎日いてくれるだろう?」

「むしろ希き墨すみは、毎日帰ってきてくれないとダメだからね」

「? そんなの当然だろう」

 将来どんな仕事に就つくのかわからないが、愛する家族の待つ家には一刻も早く帰りたい。

「うちの家ではそれが当然じゃなかったのよ」

 ヨルカは無感情に漏もらす。

「そりゃ、ご両親がアメリカで働いていると毎日帰宅するのは難しいな」

 両親不在であることが有あり坂さか家の日常だった。

「日本にいた頃ころからパパは仕事で遅おそいし、先に帰ってくるママもかなり大変そうなのは小さいながらによく覚えているわ。あぁ、親って子どもと遊ぶ時間を作るのも一苦労なんだって」

「ずいぶんと賢かしこい子どもだったんだな」

「からかっている?」

「まさか。ヨルカは、もっと甘えたかったのか?」

「どうだろう? それが当たり前だったし、希き墨すみに言われたように昔のわたしは『自分の欲がわからない』子だったから」

 一年生の頃ころ、美術準備室で油絵が崩くずれてきた日の放課後、確かにそんな話をした。あれを機にヨルカが心を開いてくれるようになったと思う。まぁその前に蹴けられそうになってパンツも見てしまった。色んな意味で鮮せん烈れつだった。

「昔の分までお父さんと話してあげれば?」

 やましい気持ちが沸わき起おこる前に、俺は真面目な話題に引ひき戻もどす。

「嫌いやよ」

 昨日の今日で喧けん嘩かが収まるほど、軽いものではないらしい。

「ヨルカもそんな反はん抗こう期の女の子みたいな反応を親にするんだな」

「その分、希き墨すみに甘えて心のバランスをとるの」

 おそらく彼女の口から無意識に出た、心のバランスという言葉。

 単純に恋こい人びととのスキンシップは基本的に誰だれでも楽しいものだ。

 それに加えて、両親と物理的に離はなれて暮らしている反動で、身近で親しい存在である俺と触ふれ合あうことで精神的な安心を得ているのだろう。


「──それって、やっぱりさびしかったんじゃないの?」


 俺の指し摘てきにヨルカはキョトンとした顔になる。

 ほんとうに不意打ちだったらしく、彼女はしばらく固まっていた。

 本人は今の生活に慣れて割り切ったつもりでも、心の底では両親を恋こいしいと思っている方が自然である。

 有あり坂さかヨルカはまだ十七歳の女の子なのだ。

 普ふ段だんは会えない親を恋こいしがることは別に幼いわけではない。

「ヨルカ。いい機会だから教えてくれないか。ご両親とは、いつから離はなれて暮らすようになったんだ?」

 俺は有あり坂さか家の歴史を知りたかった。

「パパとママがアメリカで仕事をするようになったのは、わたしが小学四年生くらいの時かな」

「十歳くらいか。ずいぶん早いな」

「そっか、ちょうど今の映えいちゃんと同い年くらいなんだ」

 ヨルカはふと感かん慨がいに耽ふけるように呟つぶやく。

 彼女にとっては大昔の出来事であるかのように、実感の薄うすい反応だった。

「ふたりの年ねん齢れいを考えれば、家族全員でアメリカに行く方がふつうじゃないか?」

 当時小学四年生のヨルカと中学二年生のアリアさんというまだ幼い娘むすめ達だけを日本に置いていくには早すぎるように思えた。

「パパは今コンサルタントの会社を経営していて、アメリカ国内を飛び回るような仕事ばかりなの。向こうで家を借りても、毎日は帰れない生活になりそうだったのよ。言葉も通じない、見知らぬ土地に子どもを留守番させるよりは日本の方がまだ安心でしょう。パパとママもかなり悩なやんでいたけど、お姉ちゃんと話し合って『ふたりで行ってきなよ』って送り出したの」

「経けい緯いには納なつ得とくしたけど、よく両親の背中を押せたな」

 いくら四歳年上のアリアさんが優ゆう秀しゆうでも、当時はまだ中学生である。

 姉し妹まいで話し合ってその決断ができたのは大したものだ。

 俺が十歳の頃ころは曖あい昧まいだが、映えいを見ていると親と離はなれて暮らすのは結構大変だと思う。

「パパとママはふたりともバリバリ働きたいタイプなのよ。ママは子育てのために仕事量をかなりセーブしていて、それは子どもながらに我が慢まんしていることはわかってたからね。娘むすめ達としてもママには、もっと活いき活いきとしてほしくて。それは今も昔も同じ気持ちよ」

「親孝行な娘むすめだな」

 家族は大切だが、その幸せや人生のやりがいをどこに見み出いだすかは人それぞれ。

 古い家族像が時代に合わないのは誰だれの目にも明らかだ。

 家で事業をやっている家庭と、会社に勤めている家庭では物の考え方も変わってくる。

 それは子ども達にも無意識下で影えい響きようが出てくるものだ。

「わたしが小さい頃ころからパパは出張が多くて、毎日顔を合わせてはいなかったから。今とそんなに変わらないし。なによりパパがアメリカでの仕事を本格化させるためには優ゆう秀しゆうなママの力が必要だった。だから、いい機会だと思ったのよ」

 ヨルカとしても家族の一員として協力するのが当たり前という態度で話す。

「そっか。家に帰れば、必ず家族全員が揃そろっているってわけでもなかったんだな」

「パパとママが日本を離はなれる前から信しん頼らいできるお手伝いさんに来てもらっていたから、両親がアメリカにいる以外は生活環かん境きようが大きく変わるわけでもなかったし」

「そういう生活の下地が最初からあったわけね」

 いきなり両親と子どもが別れて暮らすのは難易度が高いだろうが、有あり坂さか家では両親が日本で生活していた頃ころから既すでに今と近い環かん境きようではあった。

「むしろ忙いそがしいのに両親は入学式や卒業式、受験や進学とか色んな手続きが必要な時にはきちんとアメリカから帰国してくれたからね。わたしも、もっと力になりたいって思って家事を覚えたのよ」

「ヨルカ、偉えらい子だね」

 幼き日の彼女を褒ほめたたえるように、俺はそっと頭を撫なでてやる。

「別に、それが有あり坂さか家の当たり前だっただけよ」

「それでも我が慢まんもあったんじゃないか?」

「生きていたら我が慢まんはつきものでしょう。その分、甘えられる喜びも格別なの」

 ヨルカはそっと抱だきついてくる。

 今日はみんなの前だから、こうしてイチャつくタイミングがなかった。

 ミニスカサンタの薄うす着ぎで密着されると破は壊かい力りよく抜ばつ群ぐんだ。

 しかも両親不在とはいえ、実家で恋こい人びととイチャつくのは背徳感がすごい。

 非常にいけないことをしている気持ちになる。

「はぁー落ち着く」

 ヨルカは心底幸せそうだった。

 しばらく浸ひたるように抱だき合あっていると、ミニスカサンタはあるおねだりをしてくる。

「……今夜は帰りたくない」

 その一言だけで、心臓が超ちよう新しん星せい爆ばく発はつしたくらいドキドキした。

 男が女の子から一度は言われてみたい台詞せりふの上位に入るであろう。

 落ち着け、瀬せ名な希き墨すみ。

 女の子が振ふり絞しぼってくれた勇気を無む駄だにするな。

 彼女の望みを叶かなえるために脳内で必要なプロセスを洗い出す。

 全員を帰した後、上う手まくヨルカだけを留まらせる。自室の後片づけも急いで済ませなければならない。その上でうちの家族をどう説得するか。いっそこっそり泊とまらせるか?

 どうすればスマートに事を運べるのか!?

「なんてね。映えいちゃんもいるし、ご両親も帰ってくるものね」

 ヨルカは顔を上げて、こちらの顔を覗のぞきこんでくる。

 もちろん、ヨルカの言うことは正しい。

 俺も後先考えないで押し切るほどアホでもない。

 頭ではわかっていても、俺の内側では羞しゆう恥ち心しんと劣れつ情じようが愚おろかな泥どろ仕じ合あいをしていた。

「ほーら、そんな顔をしないで。サンタクロースは次のプレゼントを配りに行くものでしょう?」

「トナカイがいなきゃ難しいだろう。今晩はこのまま休むべきじゃないかな」

 強がりを口走ってみる。

 友達の集まるパーティーの最中で、聖夜の奇き跡せきが起きる確率が低いのはわかっていた。

 が、ホッとしたような残念なような複雑な心境である。

 だってサンタクロースのコスプレをしたヨルカは死ぬほどかわいいんだぞ。

 美少女にミニスカサンタなんて最強の組み合わせすぎる。

「希き墨すみのエッチ……、ねぇポケットになんか入っている? ふとももに当たるんだけど」

 ヨルカは、俺の着ぐるみに手を伸のばす。

「小さな、箱かな?」

「──ッ!?」

 ヤバい、七なな村むらから貰もらった例のブツが入れっぱなしだった。

「いや、別に大したものじゃないから」

「えー気になる。中身なに?」

「気にするなって」

「なーんか怪あやしいな。見せてよ」

 ヨルカはいきなりポケットに手を入れてこようとする。

「ちょっ、大だい胆たんすぎません!」

 俺は身体からだをよじって避さけようとするが、ヨルカは逃にがさないとばかりに抱だきつく力を強めてくる。ダボダボの着ぐるみはポケットの口も大きいため、ヨルカの手が入ったら簡単に持ってかれる。

「後生だから勘かん弁べんしてくれ!」

「そうやって抵てい抗こうされると余計に知りたくなるんだけど!」

 ヨルカは強ごう引いんに手を入れてこようとする。

「キッチンでふざけたらいけませんって学校で習わなかったのか?」

「恋こい人びとの隠かくし事ごとが気になる場合は対象外!」

「そんな例外、初耳だよ!」

「いいから大人しくしなさい」

「俺は安全第一なだけだ!」

 イチャつくようにふたりで密着しながらくるくると回っていた拍ひよう子しに、例のブツがポロっとポケットから落ちる。

「あれってなに?」

 ヨルカは曇くもりなき瞳ひとみで訊たずねる。

 オシャレなパッケージなので一見しただけでは、その小箱の正体がわからないようだ。

 非常に答えづらい。

 恋こい人びと同士、男と女だからこそ生々しい意味を帯びてしまう。

「ゴム」

 黙もく秘ひしていてもバレると踏ふんだ俺は、素す直なおに答える。

「────!」

 ヨルカは驚おどろきと慌あわてるのを咄とつ嗟さに耐たえた。

 その反応から、名めい称しようとその使用目的についての知識はあるようだ。

 ヨルカは逃にげたり叫さけんだりすることはしなかった。

「それって、あの時につかうもの、だよね?」

「あぁ」

「なんでポケットにあるの?」

 ヨルカは慎しん重ちような声で質問する。

「さっき七なな村むらと廊ろう下かに出た時に渡わたされた。そのままキッチンに来たから隠かくすタイミングがなくて、ポケットに入れっぱなしだったんだ」

「そ、そうなんだ。じゃあ仕方ないね。まったく、七なな村むらくんには困っちゃうな」

 ヨルカは露ろ骨こつに安心した顔になった。

 俺はおもむろに箱を拾い上げてから、なおも打ち明ける。

「だけど七なな村むらから貰もらわなくても、俺も自前で買ったんだ。ヨルカと、もしもの時のために」

 自分の正直な欲望を口にするのは恥はずかしい。

「ずっと、我が慢まんしていたの?」

「ヨルカに嫌いやな思いをさせたくはないんだ。だから我が慢まんというか、まぁタイミングを探していたのは確かだな」

 この期に及およんで言い訳をするだけ無む駄だだ。

 俺はできるだけ自分の本心を言葉にしようと努力する。

「……今日ね、最低限のお泊とまりセットは持ってきているの」

 今度は俺が驚おどろく番だった。

「ほら、家ではお父さんと喧けん嘩か中だし、パーティーが盛り上がったらそのままみんなで朝まで泊とまったりすることもあるのかなって! 希き墨すみの家には一度泊とまったこともあるし。あくまで念のために、ね!」

 ヨルカは早口でまくし立てた。

「ただ」と彼女は急に言葉を途と切ぎれさせる。

「ただ、なに?」


「──今夜は帰りたくない、って気持ちはわたしもあるよ」


 そこに帯びる響ひびきはさっきとは別物だった。

 秋に友人である叶かのうミメイの自宅でバンドの合宿をした時の危あやうい一夜を思い起こさせる。

 あの瞬しゆん間かん、俺達は間ま違ちがいなくお互たがいを求め合っていた。

 自分の本能に従いたい。

 激しい衝しよう動どうが自分の腹の底で渦うず巻まき、熱を持つ。

 今すぐに彼女の唇くちびるを奪うばいたい。

 俺はもう一度、ヨルカの腰こし元もとを抱だき寄せて近づく。

 ヨルカは抵てい抗こうしない。ぎこちなくも、俺に身を預けてくる。

 このままでは止まれなくなってしまう。

 最後の理性を頭から消し去ろうとして──

「パーティーで抜ぬけ出だしてイチャつくなんて、ベタベタの定番ね」

「スミスミとヨルヨル、空気がピンクだよ」

 扉とびらの方を見れば、呆あきれた表情を向ける朝あさ姫きさんと苦く笑しよう気味なみやちーが立っていた。

「中々帰ってこないと様子を見に来ればこれだもの。お邪じや魔まだったかしら?」

 ピィーと沸ふつ騰とうした音がヤカンから上がった。まるで警告音だ。

「わ、わ、わたし、みんなの分の紅茶を淹いれるから、希き墨すみはケーキを取り出して!」

 ヨルカはパッと俺から離はなれて、慌あわてて作業に戻もどる。

 俺の恋こい人びとは衣い装しようだけでなく、耳まで真っ赤にしていた。

「……有あり坂さかさん、家に帰りたくないの?」

 朝あさ姫きさんはからかうように訊たずねた。

「ど、どこから聞いていたのよ!」

 ヨルカは恥はずかしさで爆ばく発はつしそうだった。


◇◇◇


 ケーキ一式を持って、四人で部屋に戻もどってきた。

 ちょうどテレビの音楽番組から、アイドル研究会の動画でも見た曲が流れてくる。

 ビヨンド・ジ・アイドルの『七色クライマックス』。

 当時ダブルセンターだった恵え麻ま久く良ら羽うと立たて石いし蘭らんの息の合ったパフォーマンスで話題となり、今もよく耳にするロングヒットした曲だ。

「映えい、この曲を踊おどれるよ!」

 我が妹は立ち上がって、メロディーに合わせて踊おどり出す。

 驚おどろくべきことに振ふり付つけを完かん璧ぺきに覚えており、その見事なダンスにみんなは拍はく手しゆを送った。

 俺と違ちがって、びっくりするくらい器用な妹である。

「歌ったり踊おどったり演奏できると盛り上がるわね。文化祭もいいライブだったな」

 朝あさ姫きさんがふいにこぼすと、みんなもうんうんとあの時の思い出に浸ひたる。

 裏方として際きわどいスケジュールを調整してくれた朝あさ姫きさんは間ま違ちがいなく陰かげの功労者だ。

「妹さんは希き墨すみくんのライブはどう思ったの?」

 朝あさ姫きさんは、純じゆん粋すいな観客であった映えいの反応が気になるようだ。

「カッコよかったよ。けど……」

「けど、どうしたの?」

 ヨルカが答えの続きを求める。

 常に元気でハキハキした答え方をする映えいにしては珍めずらしく歯切れが悪い。

「きすみくんが、きすみくんじゃないみたいだった」

 映えいは不思議な感想を口にした。

 ライブ直後に神かん崎ざき先生やアリアさんと舞ぶ台たい袖そでに来てくれた時はあんなに喜んでいたのに。

 その証しよう拠こに、あの時に舞ぶ台たい袖そでで撮とった集合写真で映えいも満面の笑えみを浮うかべている。

 俺もその写真を気に入っており、記念にプリントして机の前に飾かざっていた。

「そりゃ自分の兄貴が恥はずかしげもなくステージ上で愛を叫さけべば、妹ちゃんとしては違い和わ感かんあるだろう」

 七なな村むらはすかさず弄いじってくる。

「えーああいうストレートなのって結構グッときません? 私、見ながらふつうに感動して泣いちゃいましたよ」

 紗さ夕ゆは思い出して、また泣きそうだった。

「バンドの鬼き気き迫せまる演奏で会場は総立ちだったし、ダメ押しで希き墨すみくんのプロポーズで大盛り上がりからのアンコールは、永えい聖せい史上の伝説に残る文化祭になったでしょうね」

 朝あさ姫きさんは満足げに総そう括かつする。

「母校に変な逸いつ話わが残らないといいけど……」

 そういうのは柄がらじゃないから照れくさい。

「叶かのうさんや花はな菱びしくんも今日のパーティーに来れればよかったのにね」

 ヨルカは不在のバンドメンバーの名前を出して残念そうだった。

 俺とヨルカ、みやちーに加えて叶かのうミメイと花はな菱びし清きよ虎とらの五人で組んだバンドがリンクスである。

 叶かのうミメイと花はな菱びし清きよ虎とらも誘さそったのだが、ふたりとも先約があり本日は欠席していた。

「仕方ないよ。メイメイはご両親の出演するクリスマスライブを毎年見に行っているし、花はな菱びしくんはお家うちのパーティーなんだって。お医者さんは大変だよね」

 答えたのは、みやちーだった。

 飛とび交かっていた言葉が止まる。

「え? なんで急に黙だまるの?」

 みやちーは不思議そうな顔で、他のみんなを見み渡わたす。

「いや、みやちーは叶かのうと仲がいいから欠席理由を知っているのはわかるけど、なんで花はな菱びしの事情まで知っているのかなって」

 俺が代表して質問する。

 幹事の俺は出欠確かく認にんし、瀬せ名な会かいのグループラインで最終的な参加者を共有した。

 が、不参加者の欠席理由までは伝えていない。

「廊ろう下かですれ違ちがった時にたまたま聞いただけだよ。ほら、花はな菱びしくんって勝手に喋しやべるでしょう」

 みやちーは何事もないとばかりに答える。

「ひなかちゃんって割と花はな菱びしくんに厳しくなかったっけ?」

「けど、文化祭以降、ふたりが話している場面を何度か見かけたかも」

 ヨルカと朝あさ姫きさんが顔を見合わせる。

「あれあれ、宮みや内うち先せん輩ぱいと花はな菱びし先せん輩ぱいってもしかして……恋こいの予感ッ!? 文化祭マジックが発動しちゃった的な!」

 紗さ夕ゆは興きよう味み津しん々しんという顔でテンションを上げていた。

「ないない。あんなキラキラ王子様系は、あたしのタイプじゃないし」

 みやちーは、その可能性が微み塵じんもないときっぱり否定する。



 ケーキまで食べ終えると、さすがに満腹感で苦しい。

 テレビもちょうどCMに入り、なんとなくまったりとした休きゆう憩けいタイムになる。

 時計を見れば、気づけば夜の九時を過ぎていた。

「さて、ケーキを食べたからっておしまいモードに入るのはまだ早いぞ」

 和なごやかな雰ふん囲い気きに包まれたところで七なな村むらはどこからともなく数字の書かれた割りばしの束を取り出す。わざわざ事前に準備してきたらしい。

「みんな、王様ゲームしようぜ!!」

 七なな村むらがノリノリで提案すると、

「嫌いや」「嫌いやよ」「嫌いやかな」「嫌いやです」「どんなゲーム?」「死ね」

 ルールを知らない映えい以外、全員が拒きよ絶ぜつする。

「おい、最後! 死ねは言いすぎだろう瀬せ名な」

「アホぬかせ! 小学生もいる状じよう況きようでなんつー提案をしている!」

「妹ちゃんだけ仲間外れはかわいそうだろう」

「なら映えいでも参加できるゲームを提案しろ」

「楽しいだろう、王様ゲーム」

「どうせエロいことしようとでも企たくらんでいるくせに」

 七なな村むらの魂こん胆たんくらいお見通しである。

「偏へん見けんだ! エロだけが王様ゲームじゃない。スリルとスキンシップで、パーティーをさらに盛り上げたいだけだ」

「おまえ、マジで我が家やを出禁にするぞ」

 俺は真顔で告げる。映えいが変な言葉でも覚えたら大変だ。

「幹事のパワハラ。横暴だ」

「常識的な判断と言え」

「シスコンめ。過保護すぎるぞ」

「兄から妹への教育的配はい慮りよだ」

 俺も譲ゆずる気はない。

「いくら子どもだって思っていても、知らぬ間に成長して大人になっていくんだよ」

 七なな村むらはなぜか訳知り顔だ。

「誰だれ目線だよ」

「兄貴の親友ポジ」

「今、限りなく七なな村むらとの友情が揺ゆらぎつつあるぞ」

「……ほぅ、瀬せ名なよ。俺おれ様さまにそんな態度をとってもいいのか」

 七なな村むらは引かない。むしろ不気味なほどに余よ裕ゆうがあった。

「なにがだ?」

「俺がおまえにあげた例のブツ、この場でバラシてもいいのか?」

「──おまえ、まさかこのためかッ!?」

 七なな村むららしからぬ知略。

 わざわざ俺を廊ろう下かに呼び出してコンドームを渡わたしたのは王様ゲームをやるための罠わなだったらしい。ご苦労なことだ。

「さぁどうする。俺はどちらでも構わないぞ」

 七なな村むらは、ヨルカにバレていることを知らないから脅きよう迫はく材料として通じると思っている。

 下手に却きやつ下かすれば、俺がコンドームを持っていることを容よう赦しやなくバラしてくるだろう。

 七なな村むらとはそういう男である。

 他の女性陣じんからどんな反応をされるか想像もつかないし、そんな状じよう況きようを妹に目もく撃げきされて兄の威い厳げんが地に墜おちるのは避さけたい。

 なにより好こう奇き心旺おう盛せいな妹が、コンドームに興味を持つのはまだ早いッ!

「……わかった。じゃあ、エロい命令は禁止。あくまでも常識的なパーティーゲームの範はん囲いでのみ。これならどうだ?」

 仕方なく嫌いや々いやながら譲じよう歩ほするという芝しば居いを打つ。

 俺が提案した限定条件付きでの王様ゲームならと、女性陣じんも許容した。

「ちっ、まぁ、そこで手を打ってやろう」

 ということで、王様ゲームがはじまる。



「「「「「「「王様だーれーだ!」」」」」」」

 みんなで一いつ斉せいに割りばしを引く。

 全員が手元の割りばしを確かく認にんしつつ、互たがいを見回す。

 そして、王様が名乗りを上げる。

「映えいが王様だよ!」

 我が妹ながら豪ごう運うんである。

 いきなり引き当てるのだから大したものだ。

 俺と違ちがって、映えいにはこういうスター性みたいなものが確かにあった。

「王様、ご命令を!」

 七なな村むらがノリノリで促うながす。

「ヨルカちゃん! ちょっとだけ指輪貸して!」

 数字ではなく、いきなり名指しだった。

「おい、映えい。番号で指名しろ。それはルール違い反はんだぞ」

 トップバッターがいきなりルールを破るな。この後がなし崩くずし的になりかねない。

「いいじゃない。別に構わないわよ」

 ヨルカはそう言って、指輪を外して映えいに渡わたす。

「ありがとう。ヨルカちゃん!」

 映えいは指輪を右の薬指に嵌はめる。

 案の定、若じやつ干かん緩ゆるそうだ。

「…………、うん。ありがとう。これ返すね」

 映えいはしばし指輪を嵌はめた自分の指を見つめてから満足したようで、あっさりと外す。

「もういいの?」

 わざわざ王様が命令したのに思いの外すぐに返へん却きやくされて、ヨルカは不思議そうだった。

「うん。やっぱりヨルカちゃんがつけているのが一番似合うと思う。それにきすみくんが選んだものを失なくしたら大変だから!」

「うん、この指輪は映えいちゃんのお兄さんから貰もらった大切な宝物なんだ」

 ヨルカは指輪を大切そうにつけ直す。

「おまえも、そういう気き遣づかいができるようになったんだな」

「だって失なくしたらヨルカちゃんもきすみくんも悲しいでしょう?」

 映えいの大人な対応に、まだ子どもと思っていた妹のふとした成長を実感させられた。



 割りばしを回収して、二巡じゆん目。

「「「「「「「王様だーれーだ!」」」」」」」

 再び割りばしを引く。

「あ、俺か」

 割りばしには王おう冠かんのマークがあった。

 さて、どんな命令をすべきだろうか。

 少し考えて、俺は自分が訊ききたい質問をしてみた。

「みんなの将来の夢や、なりたい職業とか進路を聞かせてほしい」

「真面目か。青あお臭くさい質問しやがって」

 七なな村むらは不満を隠かくさない。こいつ、王様になったら絶対に間接的にエロい命令するだろう。

「王様の命令は絶対。いいから七なな村むらから答えていけ」

「あぁ? 俺はプロのバスケットボール選手になるぞ」

 先せん陣じんを切った七なな村むらは当然とばかりに宣言する。そこには微み塵じんの迷いもない。

「七なな村むらはそうなるだろう」「七なな村むらくんらしいね」「むしろ七なな村むらくんからバスケを取り除いたら、女の敵だし」「ななむーならそれしかないよね」「才能は存分に活用すべきだと思います!」「七なな村むらくん、おっきいもんね」

 その進路こそが正解だと全員が太たい鼓こ判ばんを押す。

「私はアナウンサーを目指そうかなって、ちょっと考えてます」

 続いて答えたのは紗さ夕ゆだった。

 紗さ夕ゆなら絶対向いていると、この場の全員が思っただろう。

 彼女の持っているタレント性と実は努力家なところが合わされば、きっと上う手まくいく。

「私は医者を目指すから、医学部のある大学に進学する」

 朝あさ姫きさんはあっさり答えてみせた。きっと家族の影えい響きようもあるのだろう。

 お母さんも看護師で、最近再さい婚こんしたお父さんもお医者さんである。

 これまでは家族の負担にならないように、よい成績をとって推すい薦せんでいける一番いい大学しか選せん択たく肢しに入っていない、という条件による選せん択たくだった。

 だが、今は明確な彼女自身の意志を感じさせた。

「あたしは本気でデザインをがんばってみようかなって。文化祭でクラスの出し物でロゴとかチラシを作ったの楽しかったし、自分の性にも合っているみたい」

「ひなかちゃんのTシャツ、今は映えいが着ているよ!」

「え、映えいちゃんが?」

「俺のクラスTシャツのデザインを気に入って、自分の服にしているんだ」と補足する。

 せっかく記念に取っておこうと思ったのに、いつの間にか妹に奪うばわれていた。

「映えいちゃんにも気に入ってもらえたならよかったよ」

 みやちーは控ひかえ目めな反応だが、クラスメイト以外が自分のデザインを気に入ってくれることをかなり喜んでいるのだと思う。

 次に質問に答えたのは、映えいだった。

 そう言えば、映えいのなりたい職業や夢は聞いたことがない。

「映えいもみんなと同じ高校に行って、きすみくん達みたいに文化祭で面おも白しろいことする!」

 我が妹は本気で永えい聖せいの生徒になりたいそうだ。

 アリアさんの指導のおかげで俺も合格できたのだから、映えいも今のままなら実現しそうだ。

 俺が十歳くらいの頃ころと比べて、妹の方がよっぽど優ゆう秀しゆうだった。

 みんなが語る将来は割と具体的なことで少々驚おどろいた。

 まるでクリスマスツリーの飾かざりのように、それぞれが個性的な形で輝かがやいて感じられた。

「で、瀬せ名なは?」

 俺が感心していると、七なな村むらが振ふってきた。

「王様も答えないとダメ?」

「日本に王様って職業はねぇぞ」

 要するに、さっさと答えろということだ。

 自分の具体的な将来像を描えがけないからこそこの質問をしたのだ。

 俺自身はまだ答えを持ち合わせていない。

「……俺はさ、みんなみたいに目指したい職業がまだなくて、この質問したんだ。今答えられるのは大学に通いながら就つきたい仕事を見つけるくらいか」

「希き墨すみくん。やりたい仕事は決まってなくても、理想くらいはあるんでしょう?」

 朝あさ姫きさんは、俺が答えやすいように上手に質問をかみ砕くだいてくれた。

 さすがはクラス委員の相棒である。気き遣づかいがありがたい。

「あぁ、どうなりたいかだけはもう決まっている」

 みんなの視線が俺に集まる。

 このくらいでおどけるほど俺の覚かく悟ごは弱くない。

 なんせ文化祭のステージでプロポーズをするような男だ。

「俺は楽しい家族を築いて、ヨルカを幸せにする」

 自分のプロポーズの言葉に偽いつわりはない。

「で、有あり坂さかちゃんは?」

 七なな村むらは間かん髪ぱつ入れず、そのままヨルカへ繫つなげる。

 すると、ヨルカはなにか躊躇ためらう素そ振ぶりを見せた。

 ん。ん。ん? 待て。もしかして俺だけ先走りすぎたか?

 急に不安になってきたぞ。

 この微び妙みような沈ちん黙もく、すごく嫌いやな感じ。

 ヤバい、自分の鼓こ動どうが激しくなってきた。

 だが、俺の心配をよそに、ヨルカは俺を安心させる言葉を言ってくれた。


「わたしは、その、希き墨すみのお嫁よめさん」


 俺とヨルカは完かん璧ぺきで完全に両りよう想おもいの恋こい人びとだ。

 愛する恋こい人びとのド直球な希望に、不安は吹ふき飛とび心は雲一つない青空のように晴はれ渡わたる。

「はい、撤てつ収しゆう」と朝あさ姫きさんがパンと手を叩たたく。

「お疲つかれさん。なんか瀬せ名なのおかげですっかり冷めちまったな」「あたし、胸がいっぱいだよ」「きー先せん輩ぱい、ヨル先せん輩ぱい、惚のろ気けごちそうさまでした!」「映えいはまだ食べられるよ!」とガサガサと一いつ斉せいにテーブルの上を片づけようとする。

「みんな淡たん泊ぱくすぎるぞ。もっと祝福してくれてもいいだろう」

「さすがに甘すぎて胸焼けになるわ」

 七なな村むらがマジで嫌いやそうな顔になる。

「あ? そんなの春に教室で恋こい人びと宣言した時からずっと変わんないだろう」

 俺も俺で開き直る。

「そうなんだよねぇ。スミスミはずっとヨルヨル一筋だもん」

 俺の恋こいをずっと見てきたみやちーは納なつ得とくの表情。

「まさかあんな古典的な台詞せりふを言っちゃう人が実在するなんて。ヨル先せん輩ぱい、尊敬します」

 紗さ夕ゆは驚きよう愕がくしながら笑っている。

「わたし、そんな恥はずかしいこと言ったかな!?」

「言ったわよ、バカップル」

 朝あさ姫きさんが容よう赦しやなくツッコむ。

「ヨルカちゃん、きすみくんとラブラブぅ~~」

 映えいまで調子に乗って冷やかしてくる。

 そうして楽しかったクリスマス・パーティーはお開きとなった。


◇◇◇


「みんな、気をつけて帰って。ヨルカ、年末の旅行を楽しんで!」

「よいお年を! みんな、来年も遊んでね!」

 希き墨すみと映えいちゃんに見送られて、わたし達は瀬せ名な家を後にする。

 もう夜の十時近くで、残りの片づけはふたりに任せた。

 サンタの衣い装しようから制服に急いで着き替がえたわたし達はご近所である紗さ夕ゆちゃんをお家うちに送った後、残りのメンバーで駅へと向かう。

 七なな村むらくんという強力なボディーガードがいるから夜道も安心だ。

「じゃあヨルヨル、朝あさ姫きちゃん。またね」

「有あり坂さかちゃん、支はせ倉くらちゃん。新年会もしようぜ」

 ひなかちゃんと七なな村むらくんはホームが反対方向なので、駅の改札を入ったところで別れた。

 残ったのは、わたしと支はせ倉くらさんのふたりだけだ。

 普ふ段だんみんなでいる時はあまり意識しないが、ふたりきりになると会話に困ってしまう。

 思い返せばこの一年はずっと支はせ倉くらさんと戦っていた気がする。

 支はせ倉くら朝あさ姫きは、わたしと同じように瀬せ名な希き墨すみという男の子に恋こいをしていた。

 彼女は自分から希き墨すみに告白できる勇気のある女の子だ。

 もちろん希き墨すみとわたしの両りよう想おもいが揺ゆらぐことはなかったけど、わたしにとって別格の存在感と脅きよう威いをずっと感じていた。

 彼女はわたしと違ちがって、愛あい想そがよくお話が面おも白しろくて万ばん事じを器用にこなす人気者だった。

 人との距きよ離り感の取り方がとても上手で、同性のわたしから見ても魅み力りよく的な女の子。なにより自分の気持ちをきちんと言葉にできることを尊敬してしまう。

 彼女に対する複雑な感情は、憧あこがれの裏返しでもあったのだと今ならわかる。

 もしも希き墨すみのことさえなければ、違ちがった関係になれていたかもしれない。

 だけど希き墨すみと付き合えなければ、わたしはずっとひとりのままだっただろう。

 誰だれともろくに口を利きかずに高校三年間を過ごして卒業していた。

 そう考えると、不思議なものだ。

 支はせ倉くら朝あさ姫きという恋こい敵がたきがいてくれたおかげでわたしは人とのコミュニケーションを取れるようになった。

 彼女への強きよう烈れつな対たい抗こう意識があったから成長できたと思う。

 希き墨すみやひなかちゃんと同じように、支はせ倉くら朝あさ姫きはわたしにとって必要な存在だった。

「ねぇ、私達ってなんだかんだふたりきりで話すこと少なかったよね」

 寒いホームで電車を待ちながら、ふととなりに並ぶ彼女が語りかけてきた。

「そうだね。文化祭の舞ぶ台たい袖そででステージに立つ直前、支はせ倉くらさんが背中を押してくれたおかげで助かったわ。今さらだけど、ありがとう」

「……ねぇ、家に帰りたくないって言ってただけど、希き墨すみくん以外でも有効?」

「え?」

「有あり坂さかさんとは一度ゆっくり話したいなって思ってて。だから、これからうちに泊とまりに来ない?」

 彼女はやっぱりすごい。

 わたしができないことをあっさり言ってのける。