「早とちりしないで。アメリカ行きなんて拒きよ否ひするに決まっているでしょう」

 ヨルカは当然とばかりに答えた。

 あまりにも寝ね耳みみに水なことを聞かされて恐きよう慌こう状態に陥おちいってしまった俺。

 観覧車から下りると、遊びどころではないと園内にあるレストランに連れていく。

 暖だん房ぼうで温かい室内、軽食と飲み物を買ってテーブルに就ついて、詳くわしく話を聞いた。

「アメリカで一いつ緒しよに暮らさないかってパパから提案されているの。わたしはもちろん断ったし、このまま日本に残るに決まっているでしょう」

「聖夜に息の根が止まるかと思った」

「希き墨すみが最後までわたしの話を聞かないから」

「あんな心臓に悪い単語が飛び出せば、勘かん違ちがいもするって……」

 巨きよ人じんの手で握にぎりつぶされたくらい内臓がぎゅっと縮こまったのがわかった。

「そんなに慌あわてるくらい好きってことがわかって安心したわ」

「好きじゃ足りない。大好きだからこそ、即そく死し級の衝しよう撃げきを受けるんだよ」

 俺は動どう揺ようの余波がまだ消えず、顔をしかめてしまう。

 反対にヨルカは嬉うれしそうだった。

「拗すねないで。あんなにパニくった希き墨すみって、なんか新しん鮮せんで面おも白しろかったよ」

「アメリカに引ひっ越こすって、有あり坂さか家ならリアリティーのある話だろう」

 ヨルカのご両親はアメリカを拠きよ点てんに働いており、文化祭が終わった頃ころに帰国されていることまでは聞いていた。日本でのお仕事で、来年三月までは日本にいるそうだ。

「わたしと希き墨すみを引ひき裂さこうなんて提案、絶対に認めるわけないでしょう」

 ヨルカは一考の余地なしとバッサリと切り捨てる。

 あぁ、俺の恋こい人びとが頼たのもしくて惚ほれ直す。好き。

「だいたい将来のためとか、人生経験とか、もっともらしいことを言うけど、今またアメリカで一いつ緒しよに暮らそうなんて急すぎるわよ」

「どういう経けい緯いはわからないが、よく提案を却下できたな」

 子どもには理り不ふ尽じんに聞こえるかもしれないが、海外生活を経験させることで将来のプラスにしてほしいという親心も想像はつく。

 子どもの一存だけで取り下げられるほど軽い提案でもないだろう。

「そこはまだ終わってないわ」

 ヨルカの断定調の口くち振ぶりに油断していた俺は、一いつ瞬しゆんにして凍こおりつく。

「今なんと?」

「だから、まだ結論は出ていないの。わたしの気持ちが変わるわけないのに、今回はパパが珍めずらしく粘ねばってて」

「ちょ、ちょっと待て! じゃあアメリカ行きの可能性はまだ……」

「ないわよ! わたしの中ではね」

 ぼそりと最後に大事なことを付け加える。

 それはあくまでも娘むすめ側のヨルカの意見であって、お父さん側が納なつ得とくしたわけではないようだ。

 つまり、事態は今も平行線。

「おかげで、パパと人生ではじめての親子喧げん嘩か中よ」

「大おお事ごとじゃねえか!」

「関係ないわ。もし強ごう引いんに話を進める気なら、家族の縁えんを切るって突つき放はなしたもの」

 親が子を想おもう心情があるように、子どもにも真しん剣けんに反対するだけの理由がある。

「思い切ったことを言うなぁ」

 絶対に嫌いやだ、という気持ちはもちろんわかるし、俺もそうでなければ困ってしまう。

 とはいえ、家族の縁えんを切る、という発言はそれなりに重い。

 人生初の親子喧げん嘩かで飛び出す台詞せりふとしてはかなり強きよう烈れつだ。

「わたしがいくら気持ちを伝えても、パパって冷静だから暖簾のれんに腕うで押おしって感じで埒らちが明かないんだもの。だから多少過激と思われようが、強く言うしかないの」

 ヨルカの焦あせりは十分に感じ取れた。

 彼女なりにがんばっているようだが、親子の対話はどうにも上う手まくいっていないようだ。

「ヨルカのお母さんは、どういう反応なんだ?」

 両親ふたりから反対されれば、ヨルカの劣れつ勢せいを覆くつがえすのはかなり難しいだろう。

 俺は、もうひとりの親であるヨルカのお母さんの考えも気になった。

「ママはわたしの気持ちをわかってくれているけど、最後に決めるのはパパだから」

 ヨルカは歯がゆそうに漏もらす。

 有あり坂さか家では、お父さんが最終決定権を持つようだ。

「どうやってお父さんを納なつ得とくさせようとしたんだ?」

「わたしの気持ちを包つつみ隠かくさず伝えたわ。もちろん希き墨すみのことも」

「え。俺の話も出たの?」

「娘むすめが将来を考えている相手なんだから、むしろ先に知っておいてもらいたいくらいよ」

「具体的に、なにをお伝えしたの?」

「入学してからの希き墨すみとの馴なれ初そめでしょう。告白してもらって恋こい人びとになってからデートではどこへ行ったとか、ほぼぜんぶ」

「ぜんぶっ!?」

「だってママがすごく訊きいてくるんだもの。ちょっとした取り調べよ」

「じゃあ文化祭のプロポーズも?」

「動画でバッチリ見せました」

 恥はずかしいッ!?

 恋こい人びとの両親に自分のプロポーズを見られているのか。

 俺の気持ちは本気だけど、客観的に見れば文化祭のステージで感かん極きわまった高校生が告白しているだけの動画だ。

 瀬せ名な会かいの連中はもちろん、会場に居合わせた観客はその前にライブでテンションも爆ばく上がりしているから俺の熱も共有できている。

 だが、映像だけを見せられて、果たして俺の真しん剣けんな気持ちが正しく伝わっているのか?

 むしろ俺ってばちょっとイタい子って思われていない?

 若気の至りと失しつ笑しようされていないだろうか。

「それでその、ご両親の反応は……?」

「ママは大喜び、パパは無言って感じかな」

 ですよねー。

 娘むすめがどこの馬の骨ともわからない男からプロポーズをされている動画を見せられて諸もろ手てを挙げて祝福できるほど吞のん気きな父親ではないだろう。

「お父さんに俺のことを伝えても逆効果だったりしないか?」

「わたしの、トドメの一言は確実に効いている」

 ヨルカは不敵な笑えみを浮うかべた。

 なにやら物ぶつ騒そうな単語が出てきたぞ。

「トドメの一言って?」


「希き墨すみと結けつ婚こんして、わたしだけの家族をつくる。孫ができてもパパには絶対に会わせない」


 ヨルカはさらりと言い放つ。

 一いつ切さいの迷いなき表情。その目は本気だった。

 孫という未来の家族まで持ち出して、自分の意志を主張するヨルカ。

「熱ねつ烈れつな愛情表現だな。ありがとう」

「どういたしまして」

 愛という名の力ちから技わざで、強ごう引いんにねじ伏ふせにかかったようだ。

 俺を想おもって、親の前でも未来のことを話してくれたのは嬉うれしい。

「ただ、ヨルカのお父さんには強きよう烈れつな脅おどし文句だ」

 ヨルカ的に必死なのはもちろんわかる。

 が、下手にお父さんの逆げき鱗りんに触ふれて、裏目に出ていなければ良いのだが。

「これは人生を左右する大事な選せん択たくなの。躊ちゆう躇ちよも遠えん慮りよもしている場合じゃないの! 大人の都合に流されたら負けよ!」

 ヨルカはブレないし、譲ゆずらないし、根本的なところで絶対に揺ゆらがない。

 長い人生を歩むのに、これほど頼たのもしい相手はいないだろう。

「あぁ、わかっている」

 それは俺もヨルカに対して同じだ。

「……希き墨すみは気が早いと思う? わたしの言うこと、子どもっぽいかな?」

 ヨルカはふと不安そうに訊たずねる。

 どれだけ感情的でなっても、ヨルカはきちんと理性的な一面を残している。

「まさか。遅おそかれ早はやかれ、結けつ婚こんをご家族に認めてもらうことは変わらない」

 俺は即そく答とうした。

 大好きな恋こい人びとと結けつ婚こんして家族になるという未来予想図は俺の中にもある。

 むしろ、それ以外の未来なんて考えたくもなかった。

 叶かなえたい未来が、今この瞬しゆん間かんと繫つながっている。

 その実感を確かめるように、ヨルカの手を握にぎった。

「そ、そんなに潔いさぎよく言ってくれるんだ。頼たのもしい」

 俺の恋こい人びとはやたらと照れていた。

「はぁ、いい加減パパと話さないとなぁ」

「そんなにお父さんとは会話していない?」

「うん。一ひと月つき以上」

 長ながッ!?

「要するに結論は保留のまま、しかも今は絶交中と」

「こうなれば持久戦よ。パパが下手に出るまでわたしから話さない」

 ヨルカは徹てつ底てい抗こう戦せんの構えだ。

「家の中が気まずくない? 帰国しているんだし、お父さんもヨルカと喋しやべりたいのでは?」

 ご両親の人となりを知らないから、持久戦が正解なのか俺には判断がつかなかった。

「──むしろ今みたいに親といつでも会話できる方が、わたしには不自然なくらいよ」

 ヨルカはさらりと言う。

 彼女の表情から察するに今の生活スタイルに慣れきっており、親のいないさびしさもあまり感じていないという様子だ。

 両親の万ばん全ぜんのサポートにより有あり坂さか姉し妹まいは都内の一等地に建つ高級マンションに住み、不自由ない生活をしていた。

 生きていく上では過不足ない毎日を送っている。

「だからこそ帰ってきたと思ったら、いきなり希き墨すみと遠えん距きよ離り恋れん愛あいさせるような提案、許せるわけないのよ!」

 ヨルカの怒いかりに共感しながらも、俺の方は冷静でいなければと意識する。

 ここで怒おこっているだけでは状じよう況きようは解決しない。

「ヨルカ。持久戦って言っているけど、どこかでもう一度しっかりと話さないとダメだぞ。時間切れになった時、最後は親の決定を押し切られたら元も子もない」

 残念ながら、子どもが感じている自由とは親の庇ひ護ご下にあってこそだ。

「わかっている……年末年始に家族で修しゆ善ぜん寺じの温泉に行くから、その時に話してみる」

 話したくない、という本音がにじみ出ていた。

 ヨルカは一度決めたら、梃て子こでも動かぬ頑がん固こなところがある。

 加えて、慣れない親子喧げん嘩かで落としどころを見失っているようにも見えた。

「いいじゃないか。正月から温泉で寛くつろげるなんて贅ぜい沢たくだぜ」

 俺は明るい声で、彼女が前向きになるように促うながす。

 環かん境きようが違ちがえば気分も変わる。話し合いもしやすくなるかもしれない。

「わたしは、お正月も希き墨すみと一いつ緒しよがよかった」

「それは、俺もそうだけど」

「ゴールデンウィークにも家族旅行したけど、やっぱり希き墨すみのことばかり気になっちゃって」

「帰国したその日の放課後に登校してきたもんな。あれは嬉うれしかったよ」

「希き墨すみと離はなれると落ち着かないんだもん。だからアメリカなんて連れていかれたらメンタルを絶対に病やむと思う」

 正直、俺もそんな気がしている。

 恋こい人びとと離はなれるのが嫌いやなのはもちろん、単純にヨルカのことが心配だった。

 わざわざ新天地で苦しい思いをするとわかっていて、笑え顔がおで送り出せる自信はない。

「──俺はいつだってヨルカの味方だ。だから、なんの役に立てるかわからないけど」

 この先を言うか言うまいか、俺はわずかに躊ちゆう躇ちよする。

「けど、なに?」

 ヨルカは続きを求めた。

「必要であれば、俺も話し合いに参加させてくれ」

 思い切って言ってみる。

 差し出がましいことは百も承知だ。

 家族の問題に、まだ部外者である俺が立ち入るのは失礼なのかもしれない。

 恋こい人びとである俺が現れたところで、余計にこじれる可能性も十分ある。

 だが、これは間ま違ちがいなく俺とヨルカの問題でもある。

 他ひ人と事ごとではいられない。

 俺にもできることがあるはずだ。

 家族相手だからこそヨルカが言いづらいことは代わりに言うし、感情的になって言いすぎるなら上う手まくフォローしてみせる。

「それって、希き墨すみがパパとママに会ってくれるってこと?」

 ヨルカは晴れやかな表情に変わり、慎しん重ちような態度で確かく認にんしてくる。

「もちろん」

 俺は橋はし渡わたし役だ。

 喧けん嘩か中の父と娘むすめの架かけ橋はしにもなってみせよう。

 この強みは、高校に入ってからの日々で知ることができた。

 恋こい人びとのヨルカや瀬せ名な会かいの友人達、神かん崎ざき先生やアリアさん、多くの関わり合いの中で発揮され、いくつもの困難を乗のり越こえてきた。

 それらの経験は、こういう自分の人生の重要局面のためなのだろう。

「嬉うれしい」

 その短い言葉の中に、十分すぎるほどの喜びを感じられた。

「とはいえ、ご両親との初対面が親子喧げん嘩かの最中ってかなりヘビーだな」

 俺は正直に吐と露ろする。

 ただでさえ恋こい人びとの親に会うなど緊きん張ちようするのに、まして喧けん嘩か中など難易度が高い。

「大だい丈じよう夫ぶよ。希き墨すみは自じ慢まんの恋こい人びとだもの」

 ヨルカの太たい鼓こ判ばんは、平へい凡ぼんな男である俺にとってなによりの自信になる。

「ご両親に気に入られるといいんだけどね」

「あのお姉ちゃんにだって好かれているんだから、希き墨すみなら余よ裕ゆうよ」

「……、そういうものかな」

 俺の反応の悪さに、ヨルカはわずかに表情を曇くもらせた。

「わたしだって希き墨すみのご家族みたいなのが一番いいと思うわ。文化祭にも家族みんなで遊びに来て、息むす子こを応おう援えんするような関係はとても憧あこがれるもの」

「瀬せ名な家をべた褒ほめだな」

「希き墨すみのご両親にご挨あい拶さつして、すごくやさしかったから安心したもの。いつか自分が親になるなら、あんな風になりたい」

「そこまで言ってくれてありがとう」

 まさかヨルカが瀬せ名な家についてそんな好印象を抱いだいてくれているとは思わなかった。

 自分にとっては当たり前の日常で、その特別さなど普ふ段だんは意識することは少ない。

「だけど、うちは違ちがうの。一年の大半は離はなれ離ばなれで、お互たがいに干かん渉しようしないことで上う手まくやってきたから」

 長い年月がそういう家族の距きよ離り感を作り上げた。それは覆くつがえしようがない、と。

 ヨルカはどこかで諦あきらめたような表情を浮うかべた。

「自立した大人の関係だな」

「本気でそう思ってくれているなら、今さら一いつ緒しよに暮らそうなんて言わないでしょう」

 ヨルカはまた眉まゆを逆立てる。

「……なぁ仮に恋こい人びとがいなかったとしたら、ヨルカはアメリカに行っているか?」

 俺は試ためしに訊きいている。

「その質問自体ナンセンスだし、なにより質問がおかしいから!!」

 ヨルカは真顔で怒おこっていた。

「いや、俺が足あし枷かせになっていることだってあるかなって。一応の確かく認にん」

「希き墨すみがそんな弱気でどうするのよ! 足あし枷かせどころか、わたしに自由な翼つばさをくれた人なの! 希き墨すみがいてくれたおかげで学校が楽しくなったし、友達もできた。クラスメイトの人ともふつうに話せるようになった。わたしは、生きるのが楽になれたのよ」

「ヨルカ……」

「希き墨すみがいないなんて、わたしの人生ではもうありえないから!」

「ごめん。ヨルカの言う通りだ。ちょっと弱気が出た」

「いいよ。迷めい惑わくかけているのはこっちだから」

 ヨルカはぎこちなく微ほほ笑えむ。

「ちなみに質問に答えるなら、素す直なおにアメリカに行っていると思う」

「そうか」

 やはりヨルカもそれくらいの冷静な判断力は持ち合わせていた。

 そこをご両親から突つかれている可能性は十分にありえる。

「だけど、日本を離はなれたくないのは恋こい人びとがいるからじゃないから」

「え?」

「希き墨すみだから一いつ緒しよにいたい。瀬せ名な希き墨すみっていう特別な人がわたしの恋こい人びとだから離はなれたくないの。他の人と付き合うなんて考えたこともないけど、わたしにとって希き墨すみが最高の相手なのは自信をもって言えるわ。それだけは間ま違ちがいないもの」

 その言葉はどんなプレゼントよりも価値があった。

 自分の人生で、そこまで別格と呼べる相手がどれほどいるだろうか。

 他人からそんな風に思われるのが光栄なことだ。

 そこに、ヨルカの愛情や覚かく悟ごが痛いほど伝わってきた。

「だから希き墨すみは、わたしを信じて待っていて! これは有坂家うちの問題だから。希き墨すみには迷めい惑わくをかけたくないの」

 家族の関係は人それぞれだ。価値観、距きよ離り感は家の数だけある。

 それでも俺は大好きな人のために、できることをしたかった。

「わかった。ただ、なにかあれば必ず相談してくれ」

「うん。いつも心配してくれてありがとう」

 アメリカ行きの話題はそこで切り上げた。他愛もないお喋しやべりに興じながらココアを飲み終えて再び外に出る。

「まだ時間あるし、もう一回ジェットコースターに乗らない?」

「あぁ、せっかくのクリスマスだ。まだまだデートを満まん喫きつしよう!」

「うん! それが一番!」

 イルミネーションに輝かがやく遊園地デートを、俺達は時間が許すギリギリまで楽しんだ。



 充じゆう実じつ感と名残なごり惜おしさ、心ここ地ちよい疲ひ労ろう感に満たされながら帰路につく。

 ヨルカを最も寄より駅えきまで送り、ひとりになって今日のデートの余よ韻いんに浸ひたる。

 はじめてのクリスマス・デートは楽しかった。

 だけど、観覧車を下りてからのヨルカとの会話がどうしても思い起こされる。

 ヨルカがアメリカに行けば、遠えん距きよ離り恋れん愛あいになってしまう。

 いくら通信技術が発達したとはいえ、気軽に会えないのはキツイ。

 会いに行くには海を越こえていかなければならないのだ。

 そこにかかる費用は安くない。学生のアルバイトで渡と航こう費を稼かせぐにも限度がある。

 物理的にも金銭的にも、今のように頻ひん繁ぱんに会うのが難しくなる。

 もしも遠えん距きよ離り恋れん愛あいになった時、俺達はこの両りよう想おもいを保てるのか?

 そんな疑問が頭をよぎる。

 人生、なにが起こるかわからない。

 その厳しい現実に直面した時、理想は脆もろくも崩くずれ去さる。

 君のいない世界を想像して、俺は怯おびえてしまう。

 どれだけ愛し合っていても、様々な事情で別れる恋こい人びと達がいる。

 愛情だけでは乗のり越こえられない問題もある。

 ──俺は、その現実と戦うためになにができるのか?

 未来が不確かなことは誰だれにとっても平等だ。

 ただ、子どもゆえの己おのれの頼たよりなさが恨うらめしい。

 俺は大人になって、大好きな人を守れるようになりたかった。


◇◇◇


「「「「「「「メリークリスマス!!!!!!!」」」」」」」

 クラッカーが一いつ斉せいに弾はじけて、派手な音が俺の部屋に響ひびく。

 昨日のヨルカとのクリスマス・デートから一夜明けて、十二月二十五日。

 今日は我が家やで、瀬せ名な会かいのクリスマス・パーティーを開いていた。

「ウェーイ! メリクリ乾かん杯ぱい! サンタとトナカイのパーティーだぜ!」

「最初からテンション高えよ、七なな村むら! 部屋がそこまで広くないんだから、あんまり動き回るなって。ぶつかったら危ないだろう」

 飲み物の入った紙コップを高く掲かかげる七なな村むらが、みんなと乾かん杯ぱいして回る。

 みんなで買い出しに出た際、食べ物と共にクリスマスの仮装衣い装しようも買った。

 俺は全身をすっぽりと覆おおうトナカイの着ぐるみを着こんでいた。

 フリーサイズだから、俺には大きくてダボダボしている。フードにはちゃんと角の飾かざりがついており、地味にポケットまであるから便利だ。

 七なな村むらはバスケ部で鍛きたえた筋肉質の長身ゆえにサイズが合わず角のカチューシャと赤鼻の飾かざりのみ。その似合わなさが余計に浮うかれたパリピ感を強調する。

 実際テンションも死ぬほど高い。

「有あり坂さかちゃんとデートしたからってクリスマスが終わった気分か? イブのデートを優先させてやった友情に感謝しつつ、今日もちゃんと楽しめよ」

「感謝しているし、楽しんでいるよ」

 男のひとり部屋に七人も集まれば、みんなで肩かたを寄せ合うような状じよう況きようになってしまう。

 女子は床ゆかにクッションを置いて座り、俺はベッドに腰こしかけ、七なな村むらはデスクチェアに座る。

 その真ん中のテーブルには、これまた所狭せましと並んだパーティーメニュー。

 骨付きフライドチキンやポテト、ピザにサラダ、各種オードブルの盛り合わせ、軽く摘つまめるようなお菓か子しもたくさん用意した。

 好きなものを自分の紙皿に取っていくスタイル。

 だが、俺は目の前の食べ物より、やはり女子達の格好に目を奪うばわれていた。

 男子がトナカイなら、女子はサンタクロースだ。

 彼女達が身につけているのはパーティー用ミニスカサンタのコスプレ衣い装しようである。

「サンタなのに、こんなにセクシーでいいの!?」

 ヨルカは、しきりに胸むな元もとの開き具合や丈たけの短さを気にしていた。

 艶つやのあるベロア生き地じの赤いワンピースタイプで、端はしを白く縁ふちどられている。その上から肩かたに羽織るケープ、頭には白いボンボンのついた三さん角かく帽ぼう子しを被かぶる。

 両りよう脚あしを包む黒のニーソックスと相まって、セクシーとキュートが両立していた。

 サンタクロースという記号を女性らしい装よそおいに落とし込んだ衣い装しようは、シンプルながら圧あつ倒とう的てきな魅み力りよくに溢あふれている。

「なんか全体的に微び妙みように隠かくせてなくない? 落ち着かないんだけど」

 ヨルカはソワソワしながら片手でスカートの裾すそを押さえつつ、ケープの下から飛び出す胸むな元もとに手を置く。

「それはあれですよ、ヨル先せん輩ぱいがナイスバディだから衣い装しように収まりきってないだけですよ! キャーエッチ」

 ストレートにコメントするのは俺の一年後こう輩はいである幸ゆき波なみ紗さ夕ゆ。

 同じサンタ衣い装しようを着ているが、こちらは堂々としたものだ。

 ショートヘアや本人の活発な雰ふん囲い気きもあり、元気で明るいサンタさんといった感じ。

「水着も見ているんだし、今さら気にすることないでしょう」

 支はせ倉くら朝あさ姫きはクールなアドバイスを、ヨルカに送る。

 彼女は俺と一いつ緒しよにクラス委員をしており、その人望と振ふる舞まいから学年の中心人物だ。

 華はなやかさと落ち着きの両方を備える朝あさ姫きさんもまたサンタ衣い装しようを照れることなく着こなす。

 彼女は頼たのまれるまでもなくテーブルの料理を手て際ぎわよく、お皿に取り分けていく。

 女子力が高い振ふる舞まいである。

「ヨルヨル。よく似合っているし、ここには友達しかいないから気にしたら負けだよ」

 冗じよう談だんっぽく語りかけるのは金きん髪ぱつのサンタクロースこと宮みや内うちひなか。

 この場で一番小こ柄がらであるみやちーは既き製せい品ゆえに衣い装しようのサイズ感がやや合っていない。そのオーバーサイズ感が絶ぜつ妙みようなかわいらしさを醸かもし出だす。

「それにスミスミもすごく喜んでいるみたいだし」

 みやちーのキラーパス。俺のコメントが待たれる。

「もちろん、最高。こんなサンタが来てくれるなら一晩中起きていられると思う」

 素す敵てきすぎるサンタが我が家やにやって来たッ!

 サンタ天国よ、永遠なれ!

 そんな心の叫さけびをオブラートに包んで言ったつもりだった。

 俺としては素す敵てきなサンタに一目会えて幸せだな、それくらい素す晴ばらしいという純じゆん粋すいな賞賛のつもりだった。

 だが、部屋の空気はなにやら固まっており、女性陣じんは頰ほおを染めながら俯うつむいていた。

 ……やらかしたか?

「瀬せ名な、いきなり下ネタなんて飛ばすなぁ! 立てるのは頭の角だけにしておけよ」

 大笑いする七なな村むらは長い腕うでを伸のばして、俺が着ているトナカイの着ぐるみのフードについている角を摑つかんで頭ごとを振ふり回まわしてくる。

「俺が言いたいのは心からの賛辞だ。やましい気持ちはない!」

「ほんとうは有あり坂さかちゃんに『プレゼントはわ・た・し』とか言ってもらいたいくせに」

「──、それは男のロマンだろう。誰だれだってそうだ」

「開き直ったな、瀬せ名な。おまえも男よの」

「なんだよ、悪いか」

「いいや。あとでいいものをくれてやろう。楽しみにしておけ」

 七なな村むらがニヤリと不敵な笑えみを浮うかべる。

「男子ってコスプレ好きよね。文化祭の企き画かく会議でも、そこのふたりはバニーガールでやたらと盛り上がっていたし」

 くそ、否定できない。

 朝あさ姫きさんの冷ややかな感想に、俺達は押し黙るしかなかった。

「ねぇねぇ。きすみくん、映えいはサンタさん似合っている?」

 俺の小学四年生の妹・瀬せ名な映えいもまた今日のパーティーに参加していた。

 映えいのサンタ衣い装しようも買ってきており、十歳にしては発育がよいため大人用のSサイズでも問題なく着ることができた。

 はじめて着るサンタ衣い装しようがみんなとお揃そろいでご機き嫌げんだ。

 遠目に見れば大きな妹も、その反応はまだ子どもだ。

「よく似合っている。だからサンタさん、俺にプレゼントをくださいな」

 俺は遊び半分に、妹サンタにねだってみた。

「えープレゼントなら映えいにちょうだいよ」

「俺、トナカイ。運ぶの専門」

 この格好を見てわからぬかと、妹のおねだりを回かい避ひする。

「きすみくんのケチ」

「ケチって言うような口の悪い子には本物のサンタが来てくれないぞ」

「きすみくん。サンタさんがいるってまだ信じているの? 子ども~~」

 小学生に煽あおられる。

「映えいだって、去年まで信じていただろう。サンタを見るんだって言って、毎年寝ね落ちして悔くやしがっていたくせに」

 両親の代わりに映えいの枕まくら元もとにプレゼントを置いていたのは、なにを隠かくそうこの俺だった。

 足音を殺して、バレずに部屋に入るのはちょっとしたゲームである。

「知らなーい」

 そんな妹のとぼける発言に、みんながかわいいものを見る目で眺ながめる。

 我が妹は相変わらず愛されキャラだ。

 こうして定期的に瀬せ名な会かいの集まりに参加して、映えいはみんなからかわいがってもらっている。

 乾かん杯ぱいして早々、映えいは一本目の骨付きチキンを食べ終わり二本目に手を伸のばす。

「映えい。たくさんあるんだから、ゆっくり食べれば?」

「おいしいものは、ゆーげんなんだよ。だから早い者勝ち」

 あぁ、有限ね。まぁ、クリスマスに食べるチキンはごちそうっぽくて、テンションが上がるのは俺にも覚えがある。

「あんまり食べすぎると、ケーキが入らなくなるぞ」

「デザートは別腹だから大だい丈じよう夫ぶ!」

「なぁ、一体どこでそういう表現を覚えてくるんだ?」

「アリアお姉ちゃん!」

 不意を突ついて出てきたヨルカの姉の名前に、ぎょっとする。

「おまえって、そんなアリアさんと仲良しだっけ?」

 夏や文化祭の時など何度か会っているが、下の名前で呼ぶような間あいだ柄がらだっただろうか?

「──映えい達だけの内ない緒しよ」

 俺の知らないところで、妹は内ない緒しよを作っていた。



「ところで、ヨル先せん輩ぱい。その右手の指輪ってはじめて見ますけど、もしかしてきー先せん輩ぱいからのクリスマスプレゼントですか?」

 紗さ夕ゆの眼めがキラリと光る。ずっと聞きたくてウズウズしていたようだ。

「そうなの。昨日渡わたしてくれて」

 ヨルカもさり気なく今日も指輪を身につけていた。

「かわいいデザインだね。いいセンスしているよ」

 デザインに造ぞう詣けいの深いみやちーが指輪に太たい鼓こ判ばんを押す。

「その感じ、有あり坂さかさんのチョイスでしょう。ね、そうじゃない?」

 すかさず朝あさ姫きさんが鋭するどい洞どう察さつで、選定事情を見み抜ぬいていた。

「女子の目め利ききはすごいな。そういうのまでわかるもんなんだ」

 その正確さには脱だつ帽ぼうである。

「男子だけのセンスなら、ハートとかもっとわかりやすい物を選びがちだからね」

「ヨルカの好みに合わせて買って正解だったな」

 迂う闊かつなものをプレゼントしなくてよかった。事前のリサーチはやはり大切だ。

「わたしは、希き墨すみがくれるものならなんでも嬉うれしいから!」

 ヨルカはすかさず意見する。

「甘い。それは希き墨すみくんだから言える台詞せりふ! もしもセンスが壊かい滅めつ的なプレゼントでも笑え顔がおを保っていられる?」

「や、やけに突つっかかってくるじゃない」

 ヨルカはややたじろいでいた。

 そりゃ微び妙みような物を贈おくられたら、誰だれでもどう反応していいか困ってしまうだろう。

 この時期になるとフリマサイトにアクセサリー類が大量出品される現実を見ると、すべてのプレゼントが幸福な結末を迎むかえているとは限らない。切ない話である。

 真実の愛は中々見つからない。

「ヨルカちゃん、いいなぁ」と映えいはじーっとヨルカの指輪を眺ながめていた。

「ねぇ、きすみくん。映えいも指輪欲しい!」

「小学生に指輪は早くないか? それにすぐサイズも合わなくなるだろうし」

「映えいもオシャレしたい!」

「なら来年のサンタに頼たのめ。俺はやらん」

「むぅ、きすみくんがヨルカちゃんだけ贔ひい屓きする」

 ヨルカは困ったように眉まゆを下げ、他のみんなも苦く笑しようしていた。

「人聞きの悪いことを言うな。ヨルカは恋こい人びとなんだから特別に決まっているだろう」

「映えいだって妹だもん!」

「妹が兄の恋こい人びとと張り合うな。そもそも勝負にすらならん。はい、おしまい!」

 食い下がる映えいの相手をしていたら、いつまで経たってもごねられかねない。

「きすみくん、映えいのことが嫌きらいなんだ……」

 膝ひざを抱かかえて拗すねる妹は、物言いたげにこちらを睨にらむ。

「ほら、あんな冷血なお兄ちゃんは放っておいて俺が買ってやるよ」

 見かねた七なな村むらが代わりに機き嫌げんを取ろうとする。

「嫌いや! きすみくんにもらいたい! 七なな村むらくんは大きくてちょっと恐こわいんだもん!」

 ガーンと、七なな村むらは珍めずらしく本気でショックを受けていた。

 女子の手厳しい意見をいつも笑い飛ばす七なな村むらも、小学生の率そつ直ちよくな意見は刺ささったらしい。

 小学生の女の子からすれば、七なな村むらのような体格に恵めぐまれたスポーツマンは頼たのもしいと感じる以前に、巨きよ人じんにも匹ひつ敵てきする威い圧あつ感を感じてしまうのだろう。

「いっそ、きー先せん輩ぱいが女子全員にプレゼントをすれば丸く収まりますよ!」

「名案閃ひらめきましたみたいなノリで恐おそろしい提案をしやがる! 男子高校生の懐ふところ事情を舐なめんな! 大赤字になるわ!」

「えーこんなに、かわいい女の子をいっぱい集めておいてお土産みやげのひとつもないんですか? 幹事さんの、ちょっといいとこ見てみたいなぁ」

 紗さ夕ゆのやつ、都合のいい時だけ甘えた声を出しやがる。

 この後こう輩はいも美少女だから、付き合いの浅い男なら簡単に騙だまされるぞ。かわいいを悪用するな。

「紗さ夕ゆちゃーん。わたしも、それはちょっと見過ごせないかなぁ」

 ヨルカは地の底から響ひびくような声で、小悪あく魔まな後こう輩はいを諭さとす。

 決して多くは語らないが効果は十分だった。

「い、嫌いやだなぁヨル先せん輩ぱい、ただの冗じよう談だんですってば。まさか本気できー先せん輩ぱいにプレゼントをねだるわけないじゃないですか」

 紗さ夕ゆは引きつった声と表情で自らの意見をさっと取り下げる。

「むしろ会場を貸してくれて、細こま々ごまと動いてくれた幹事の希き墨すみくんを労ねぎらうべきじゃない?」

 そう提案してきたのは朝あさ姫きさんだった。さすが、いつも気が利きくな。

「別に大したことしてないし、気にしなくていいよ」

 みんなで楽しくパーティーができれば、俺はそれで満足だ。

「瀬せ名な、器うつわ広いアピールか?」

「ただの遠えん慮りよだ。妹まで混ぜてもらえて助かっているくらいなんだから」

 本日は両親共に仕事が夜まで入ってしまい、俺しか映えいの面めん倒どうを見る者がいない。

 さすがにクリスマス当日に妹を家でひとり留守番させるのは可哀かわい想そうだ。

 瀬せ名な会かいのグループラインでそう相談すると、全員二つ返事で映えいの参加をOKしてくれた。

 そうした経けい緯いもあって本日のパーティー会場は我が家やとなったのだ。

「希き墨すみくんは欲がないのね。そうだ、買い出しで荷物を持ってくれたから疲つかれたでしょう? 私がマッサージしてあげる」

 朝あさ姫きさんがベッドに座る俺のピタリと横につく。

「え? いや、運ぶのがトナカイの仕事だし」

「なら、褒ほめてあげるのがサンタの役目じゃない」

 朝あさ姫きさんは俺の左ひだり腕うでを手に取り、揉もみほぐしていく。

「きー先せん輩ぱい。私もさっきの失言をお詫わびさせてくださいッ」

 すかさず紗さ夕ゆも反対側に回りこみ、同じように右みぎ腕うでをマッサージする。こちらはバスケ部時代から筋肉をほぐすのに慣れているから、ふつうに気持ちいい。

 朝あさ姫きさんと紗さ夕ゆは阿あ吽うんの呼吸で、俺をはさみこむ。

 なに、この連係プレイ!

「じゃあ、あたしは両りよう肩かたを揉もめばいいのかな?」

 みやちーまで悪ノリしてきて、俺の背後に立って肩かたに手を置く。みやちーの小さな手はピンポイントに凝こりを刺し激げきしてくる。

 いきなり三人のミニスカサンタに完全包囲されて、俺は身動きがとれない。

「映えいも!」

 わちゃわちゃしていることを面おも白しろがった映えいがトドメとばかりに、俺の膝ひざの上に横から飛びこんできた。

 映えいが毎朝起こしに来るノリでフライング・ボディープレスをぶちかます。

 その衝しよう撃げきで俺はバランスを崩くずしてしまい、連れん鎖さ的にみんなでベッドの上に倒たおれこむ。

「あははは、楽しい~~!!!!」

 映えいは俺の上でバタ足をするから腹部を圧あつ迫ぱくされる。苦しい。

 ふと横を向けば、朝あさ姫きさんの顔が間近にあった。

 目が合い、ドキッとしてしまう。

「さすがにベッドで男の子と横になると、ドキドキするね」

 先ほどまでのからかう雰ふん囲い気きはなく、身動きの取れない朝あさ姫きさんは頰ほおを赤くする。

「スミスミ、あんまり頭を動かさないで。角が、当たっちゃう」

 頭上から降ってきた声につられて思わず首を巡めぐらす。

 みやちーが困った顔で、彼女の胸むな元もとに当たっていたフードの角をそっと遠ざける。

 慌あわてて俺は強ごう引いんに身をよじって脱だつ出しゆつを試みると、右耳がなまめかしい嬌きよう声せいを拾う。

「きー先せん輩ぱいの腕うでが挟はさまっているんですから、じっとしててくださいよ」

 右を見れば、紗さ夕ゆが恨うらみがましくこちらを睨にらむ。

 右みぎ腕うでに意識を集中すると、やわらかい感かん触しよくではさまれていることに気づく。紗さ夕ゆの両りよう脚あしの間に腕うでが収まっていた。

 マズイ、下手に動いたら余計に事態が悪化しかねない。

「映えい、早く上からどいてくれ!」

 追おい討うちをかけるようにパシャリとスマホのシャッター音が鳴る。

「証しよう拠こ写真ゲット。タイトルはサンタ・ヘブンってところか。クリスマスにミニスカサンタの美少女達をはべらしやがって」

「七なな村むらは勝手に撮とるな! 今すぐ消せ!」

 俺が必死に訴うつたえながら、はたと肝かん心じんの人物がまだ一言も発していないことに気づく。

「きーすーみー。わたしが昨日教えた三原則をもう忘れたの?」

「起こさず、近づかず、起こさせず!」

 俺は即そく座ざに復唱してみせる。

「ぜんぶ守れてないじゃない!」

 クリスマス、雪の代わりにヨルカの雷かみなりが落ちる。

 危あやうく血で血を洗うミニスカサンタ大戦がはじまるかと思った。


◇◇◇


「瀬せ名なよ、ちょっと廊ろう下かに来い」

 クリスマス・パーティーが盛り上がる中、七なな村むらがこっそり声をかけてきた。

「ここじゃダメなのか?」

「俺は構わんが、女子がどういう反応をしても知らんぞ」

 悪い顔をして予言する七なな村むら。

 なにか企たくらんでいるのは明白であり、俺は大人しく従うことにした。

 七なな村むらがちょっとトイレと先に部屋から出る。

「新しい飲み物を持ってくるよ」と、俺も時間を空けて立ち上がった。

 暖かい部屋から出ると、廊ろう下かの空気が余計に冷たく感じる。

「来たか」

 七なな村むらは廊ろう下かの角で薄うす闇やみに紛まぎれるように待ち構えていた。

 カチューシャ外せ、このトナカイ男。

 暖だん房ぼうを効かせているので俺の部屋の扉とびらは閉じている。

 万が一、誰だれかが廊ろう下かに出てきても、この位置ならすぐには見つからない。

 まるで裏取引をするような警けい戒かいっぷりだ。

「わざわざ呼び出してなんだよ。寒いから早く戻もどろうぜ」

「アホ。声が大きい」

 注意されて口を噤つぐむ。それから声を潜ひそめて話す。

「一体なんだよ」

「おまえにコレを渡わたしてやろうと思ってな。俺からの個人的なクリスマスプレゼントだ」

 七なな村むらはポケットから取り出したのは謎なぞの小箱。

「俺にプレゼント? どういう風の吹ふき回しだ?」

 不ふ審しんに思いながらも手て渡わたされた箱を確かく認にんする。

 かなり軽く、振ふると中でカサカサと個包装されているであろうものが鳴った。

 手のひらサイズの長方形の箱で、赤いパッケージは一見すると中身がわからない。よく見なければ詳しよう細さいはわからず、0・01という白抜ぬきの数字だけが異様な存在感を放つ。

「──、これはまさかッ!?」

 俺は小箱の正体に気づいた。

「親友の気遣いアシストに感謝しろ。いくらあっても困らないだろう」

「なんで、コンドームなんて渡わたすんだよッ」

 大きな声を出しかけるのを、なんとか耐たえた。

「楽しいことほど安全第一だぞ」

「せめてラッピングしろよ。丸見えじゃないか」

 こんなものが見つかったらどうするんだ。

「は? わざわざ男友達にラッピングで渡わたすとかキモイだろう」

 いや、まぁその通りなんだけどさ。

「気き遣づかいの問題だ」

「わかりやすくていいだろう。ナイスリアクション」

「うぜぇー」

「有あり坂さかちゃんといいムードになった時に安心だろう。それとも自前で用意しているのか?」

「…………」

「あるのか!? え、もうやった?」

「まだだよ!」

 夏休み前にヨルカの家にはじめてお呼ばれした時、実はリュックの中に忍しのばせていた。

 もっともそれは俺の完全なる勇み足であり、しかもあの時は着いて早々ソファーで寝ねていたアリアさんに押し倒されて、それどころではなかった。

 あれから半年の月日が流れた。

 バンド合宿の夜にはスキンシップ不足で発情したヨルカと危あやういところまでいきかけただが、俺達はまだ清いままである。

「ミニスカサンタの有あり坂さかちゃんと楽しい夜を過ごすかもしれんだろう。備えあれば憂うれいなしだ」

「この状じよう況きようで、さすがに泊とめるわけにもいかんだろう」

「瀬せ名な、恋こい人びとがあんなかわいいコスプレしてよく我が慢まんできるな。ビビッてるの?」

「むしろ我が慢まんしっぱなしだよ。だけどタイミングとか、色々あるんだよ」

「ヘタレめ。あんだけ有あり坂さかちゃんとイチャイチャしておいて、ずいぶんと健全なお付き合いをしているんだな」

 図星だから、なにも言い返せない。

 興味があるからこそはじめては大切にしたいし、未経験ゆえに決定的な一歩が恐こわくなる。

 そういう気持ちに揺ゆれ動うごきながら、いつの間にか冬になっていた。

「文化祭でプロポーズまでかましておいて、今さら恐こわいもんなんてないだろうに」

「じゃあ、どうすれば上う手まくいくんだ?」

「俺おれ様さまクラスになると、勝手に女の方から寄ってくるからな」

「参考にならない意見ありがとよ」

「ま、予備に持っておけ」とポケットに詰つめこまれた。

「今貰もらっても困るって」

「どうせ一度知ったら夢中になるんだ。数があるに越こしたことはない」

「…………」

 俺もその言葉を否定できる自信はない。

「無事に童どう貞てい卒業したら、ちゃんと報告しろよ」

「言うか!!」

 つい大声を出してしまい、何事かと女性陣じんが部屋から顔を出してきた。