
「早とちりしないで。アメリカ行きなんて拒否するに決まっているでしょう」
ヨルカは当然とばかりに答えた。
あまりにも寝耳に水なことを聞かされて恐慌状態に陥ってしまった俺。
観覧車から下りると、遊びどころではないと園内にあるレストランに連れていく。
暖房で温かい室内、軽食と飲み物を買ってテーブルに就いて、詳しく話を聞いた。
「アメリカで一緒に暮らさないかってパパから提案されているの。わたしはもちろん断ったし、このまま日本に残るに決まっているでしょう」
「聖夜に息の根が止まるかと思った」
「希墨が最後までわたしの話を聞かないから」
「あんな心臓に悪い単語が飛び出せば、勘違いもするって……」
巨人の手で握りつぶされたくらい内臓がぎゅっと縮こまったのがわかった。
「そんなに慌てるくらい好きってことがわかって安心したわ」
「好きじゃ足りない。大好きだからこそ、即死級の衝撃を受けるんだよ」
俺は動揺の余波がまだ消えず、顔をしかめてしまう。
反対にヨルカは嬉しそうだった。
「拗ねないで。あんなにパニくった希墨って、なんか新鮮で面白かったよ」
「アメリカに引っ越すって、有坂家ならリアリティーのある話だろう」
ヨルカのご両親はアメリカを拠点に働いており、文化祭が終わった頃に帰国されていることまでは聞いていた。日本でのお仕事で、来年三月までは日本にいるそうだ。
「わたしと希墨を引き裂こうなんて提案、絶対に認めるわけないでしょう」
ヨルカは一考の余地なしとバッサリと切り捨てる。
あぁ、俺の恋人が頼もしくて惚れ直す。好き。
「だいたい将来のためとか、人生経験とか、もっともらしいことを言うけど、今またアメリカで一緒に暮らそうなんて急すぎるわよ」
「どういう経緯はわからないが、よく提案を却下できたな」
子どもには理不尽に聞こえるかもしれないが、海外生活を経験させることで将来のプラスにしてほしいという親心も想像はつく。
子どもの一存だけで取り下げられるほど軽い提案でもないだろう。
「そこはまだ終わってないわ」
ヨルカの断定調の口振りに油断していた俺は、一瞬にして凍りつく。
「今なんと?」
「だから、まだ結論は出ていないの。わたしの気持ちが変わるわけないのに、今回はパパが珍しく粘ってて」
「ちょ、ちょっと待て! じゃあアメリカ行きの可能性はまだ……」
「ないわよ! わたしの中ではね」
ぼそりと最後に大事なことを付け加える。
それはあくまでも娘側のヨルカの意見であって、お父さん側が納得したわけではないようだ。
つまり、事態は今も平行線。
「おかげで、パパと人生ではじめての親子喧嘩中よ」
「大事じゃねえか!」
「関係ないわ。もし強引に話を進める気なら、家族の縁を切るって突き放したもの」
親が子を想う心情があるように、子どもにも真剣に反対するだけの理由がある。
「思い切ったことを言うなぁ」
絶対に嫌だ、という気持ちはもちろんわかるし、俺もそうでなければ困ってしまう。
とはいえ、家族の縁を切る、という発言はそれなりに重い。
人生初の親子喧嘩で飛び出す台詞としてはかなり強烈だ。
「わたしがいくら気持ちを伝えても、パパって冷静だから暖簾に腕押しって感じで埒が明かないんだもの。だから多少過激と思われようが、強く言うしかないの」
ヨルカの焦りは十分に感じ取れた。
彼女なりにがんばっているようだが、親子の対話はどうにも上手くいっていないようだ。
「ヨルカのお母さんは、どういう反応なんだ?」
両親ふたりから反対されれば、ヨルカの劣勢を覆すのはかなり難しいだろう。
俺は、もうひとりの親であるヨルカのお母さんの考えも気になった。
「ママはわたしの気持ちをわかってくれているけど、最後に決めるのはパパだから」
ヨルカは歯がゆそうに漏らす。
有坂家では、お父さんが最終決定権を持つようだ。
「どうやってお父さんを納得させようとしたんだ?」
「わたしの気持ちを包み隠さず伝えたわ。もちろん希墨のことも」
「え。俺の話も出たの?」
「娘が将来を考えている相手なんだから、むしろ先に知っておいてもらいたいくらいよ」
「具体的に、なにをお伝えしたの?」
「入学してからの希墨との馴れ初めでしょう。告白してもらって恋人になってからデートではどこへ行ったとか、ほぼぜんぶ」
「ぜんぶっ!?」
「だってママがすごく訊いてくるんだもの。ちょっとした取り調べよ」
「じゃあ文化祭のプロポーズも?」
「動画でバッチリ見せました」
恥ずかしいッ!?
恋人の両親に自分のプロポーズを見られているのか。
俺の気持ちは本気だけど、客観的に見れば文化祭のステージで感極まった高校生が告白しているだけの動画だ。
瀬名会の連中はもちろん、会場に居合わせた観客はその前にライブでテンションも爆上がりしているから俺の熱も共有できている。
だが、映像だけを見せられて、果たして俺の真剣な気持ちが正しく伝わっているのか?
むしろ俺ってばちょっとイタい子って思われていない?
若気の至りと失笑されていないだろうか。
「それでその、ご両親の反応は……?」
「ママは大喜び、パパは無言って感じかな」
ですよねー。
娘がどこの馬の骨ともわからない男からプロポーズをされている動画を見せられて諸手を挙げて祝福できるほど吞気な父親ではないだろう。
「お父さんに俺のことを伝えても逆効果だったりしないか?」
「わたしの、トドメの一言は確実に効いている」
ヨルカは不敵な笑みを浮かべた。
なにやら物騒な単語が出てきたぞ。
「トドメの一言って?」
「希墨と結婚して、わたしだけの家族をつくる。孫ができてもパパには絶対に会わせない」
ヨルカはさらりと言い放つ。
一切の迷いなき表情。その目は本気だった。
孫という未来の家族まで持ち出して、自分の意志を主張するヨルカ。
「熱烈な愛情表現だな。ありがとう」
「どういたしまして」
愛という名の力技で、強引にねじ伏せにかかったようだ。
俺を想って、親の前でも未来のことを話してくれたのは嬉しい。
「ただ、ヨルカのお父さんには強烈な脅し文句だ」
ヨルカ的に必死なのはもちろんわかる。
が、下手にお父さんの逆鱗に触れて、裏目に出ていなければ良いのだが。
「これは人生を左右する大事な選択なの。躊躇も遠慮もしている場合じゃないの! 大人の都合に流されたら負けよ!」
ヨルカはブレないし、譲らないし、根本的なところで絶対に揺らがない。
長い人生を歩むのに、これほど頼もしい相手はいないだろう。
「あぁ、わかっている」
それは俺もヨルカに対して同じだ。
「……希墨は気が早いと思う? わたしの言うこと、子どもっぽいかな?」
ヨルカはふと不安そうに訊ねる。
どれだけ感情的でなっても、ヨルカはきちんと理性的な一面を残している。
「まさか。遅かれ早かれ、結婚をご家族に認めてもらうことは変わらない」
俺は即答した。
大好きな恋人と結婚して家族になるという未来予想図は俺の中にもある。
むしろ、それ以外の未来なんて考えたくもなかった。
叶えたい未来が、今この瞬間と繫がっている。
その実感を確かめるように、ヨルカの手を握った。
「そ、そんなに潔く言ってくれるんだ。頼もしい」
俺の恋人はやたらと照れていた。
「はぁ、いい加減パパと話さないとなぁ」
「そんなにお父さんとは会話していない?」
「うん。一月以上」
長ッ!?
「要するに結論は保留のまま、しかも今は絶交中と」
「こうなれば持久戦よ。パパが下手に出るまでわたしから話さない」
ヨルカは徹底抗戦の構えだ。
「家の中が気まずくない? 帰国しているんだし、お父さんもヨルカと喋りたいのでは?」
ご両親の人となりを知らないから、持久戦が正解なのか俺には判断がつかなかった。
「──むしろ今みたいに親といつでも会話できる方が、わたしには不自然なくらいよ」
ヨルカはさらりと言う。
彼女の表情から察するに今の生活スタイルに慣れきっており、親のいないさびしさもあまり感じていないという様子だ。
両親の万全のサポートにより有坂姉妹は都内の一等地に建つ高級マンションに住み、不自由ない生活をしていた。
生きていく上では過不足ない毎日を送っている。
「だからこそ帰ってきたと思ったら、いきなり希墨と遠距離恋愛させるような提案、許せるわけないのよ!」
ヨルカの怒りに共感しながらも、俺の方は冷静でいなければと意識する。
ここで怒っているだけでは状況は解決しない。
「ヨルカ。持久戦って言っているけど、どこかでもう一度しっかりと話さないとダメだぞ。時間切れになった時、最後は親の決定を押し切られたら元も子もない」
残念ながら、子どもが感じている自由とは親の庇護下にあってこそだ。
「わかっている……年末年始に家族で修善寺の温泉に行くから、その時に話してみる」
話したくない、という本音がにじみ出ていた。
ヨルカは一度決めたら、梃子でも動かぬ頑固なところがある。
加えて、慣れない親子喧嘩で落としどころを見失っているようにも見えた。
「いいじゃないか。正月から温泉で寛げるなんて贅沢だぜ」
俺は明るい声で、彼女が前向きになるように促す。
環境が違えば気分も変わる。話し合いもしやすくなるかもしれない。
「わたしは、お正月も希墨と一緒がよかった」
「それは、俺もそうだけど」
「ゴールデンウィークにも家族旅行したけど、やっぱり希墨のことばかり気になっちゃって」
「帰国したその日の放課後に登校してきたもんな。あれは嬉しかったよ」
「希墨と離れると落ち着かないんだもん。だからアメリカなんて連れていかれたらメンタルを絶対に病むと思う」
正直、俺もそんな気がしている。
恋人と離れるのが嫌なのはもちろん、単純にヨルカのことが心配だった。
わざわざ新天地で苦しい思いをするとわかっていて、笑顔で送り出せる自信はない。
「──俺はいつだってヨルカの味方だ。だから、なんの役に立てるかわからないけど」
この先を言うか言うまいか、俺はわずかに躊躇する。
「けど、なに?」
ヨルカは続きを求めた。
「必要であれば、俺も話し合いに参加させてくれ」
思い切って言ってみる。
差し出がましいことは百も承知だ。
家族の問題に、まだ部外者である俺が立ち入るのは失礼なのかもしれない。
恋人である俺が現れたところで、余計にこじれる可能性も十分ある。
だが、これは間違いなく俺とヨルカの問題でもある。
他人事ではいられない。
俺にもできることがあるはずだ。
家族相手だからこそヨルカが言いづらいことは代わりに言うし、感情的になって言いすぎるなら上手くフォローしてみせる。
「それって、希墨がパパとママに会ってくれるってこと?」
ヨルカは晴れやかな表情に変わり、慎重な態度で確認してくる。
「もちろん」
俺は橋渡し役だ。
喧嘩中の父と娘の架け橋にもなってみせよう。
この強みは、高校に入ってからの日々で知ることができた。
恋人のヨルカや瀬名会の友人達、神崎先生やアリアさん、多くの関わり合いの中で発揮され、いくつもの困難を乗り越えてきた。
それらの経験は、こういう自分の人生の重要局面のためなのだろう。
「嬉しい」
その短い言葉の中に、十分すぎるほどの喜びを感じられた。
「とはいえ、ご両親との初対面が親子喧嘩の最中ってかなりヘビーだな」
俺は正直に吐露する。
ただでさえ恋人の親に会うなど緊張するのに、まして喧嘩中など難易度が高い。
「大丈夫よ。希墨は自慢の恋人だもの」
ヨルカの太鼓判は、平凡な男である俺にとってなによりの自信になる。
「ご両親に気に入られるといいんだけどね」
「あのお姉ちゃんにだって好かれているんだから、希墨なら余裕よ」
「……、そういうものかな」
俺の反応の悪さに、ヨルカはわずかに表情を曇らせた。
「わたしだって希墨のご家族みたいなのが一番いいと思うわ。文化祭にも家族みんなで遊びに来て、息子を応援するような関係はとても憧れるもの」
「瀬名家をべた褒めだな」
「希墨のご両親にご挨拶して、すごくやさしかったから安心したもの。いつか自分が親になるなら、あんな風になりたい」
「そこまで言ってくれてありがとう」
まさかヨルカが瀬名家についてそんな好印象を抱いてくれているとは思わなかった。
自分にとっては当たり前の日常で、その特別さなど普段は意識することは少ない。
「だけど、うちは違うの。一年の大半は離れ離れで、お互いに干渉しないことで上手くやってきたから」
長い年月がそういう家族の距離感を作り上げた。それは覆しようがない、と。
ヨルカはどこかで諦めたような表情を浮かべた。
「自立した大人の関係だな」
「本気でそう思ってくれているなら、今さら一緒に暮らそうなんて言わないでしょう」
ヨルカはまた眉を逆立てる。
「……なぁ仮に恋人がいなかったとしたら、ヨルカはアメリカに行っているか?」
俺は試しに訊いている。
「その質問自体ナンセンスだし、なにより質問がおかしいから!!」
ヨルカは真顔で怒っていた。
「いや、俺が足枷になっていることだってあるかなって。一応の確認」
「希墨がそんな弱気でどうするのよ! 足枷どころか、わたしに自由な翼をくれた人なの! 希墨がいてくれたおかげで学校が楽しくなったし、友達もできた。クラスメイトの人ともふつうに話せるようになった。わたしは、生きるのが楽になれたのよ」
「ヨルカ……」
「希墨がいないなんて、わたしの人生ではもうありえないから!」
「ごめん。ヨルカの言う通りだ。ちょっと弱気が出た」
「いいよ。迷惑かけているのはこっちだから」
ヨルカはぎこちなく微笑む。
「ちなみに質問に答えるなら、素直にアメリカに行っていると思う」
「そうか」
やはりヨルカもそれくらいの冷静な判断力は持ち合わせていた。
そこをご両親から突かれている可能性は十分にありえる。
「だけど、日本を離れたくないのは恋人がいるからじゃないから」
「え?」
「希墨だから一緒にいたい。瀬名希墨っていう特別な人がわたしの恋人だから離れたくないの。他の人と付き合うなんて考えたこともないけど、わたしにとって希墨が最高の相手なのは自信をもって言えるわ。それだけは間違いないもの」
その言葉はどんなプレゼントよりも価値があった。
自分の人生で、そこまで別格と呼べる相手がどれほどいるだろうか。
他人からそんな風に思われるのが光栄なことだ。
そこに、ヨルカの愛情や覚悟が痛いほど伝わってきた。
「だから希墨は、わたしを信じて待っていて! これは有坂家の問題だから。希墨には迷惑をかけたくないの」
家族の関係は人それぞれだ。価値観、距離感は家の数だけある。
それでも俺は大好きな人のために、できることをしたかった。
「わかった。ただ、なにかあれば必ず相談してくれ」
「うん。いつも心配してくれてありがとう」
アメリカ行きの話題はそこで切り上げた。他愛もないお喋りに興じながらココアを飲み終えて再び外に出る。
「まだ時間あるし、もう一回ジェットコースターに乗らない?」
「あぁ、せっかくのクリスマスだ。まだまだデートを満喫しよう!」
「うん! それが一番!」
イルミネーションに輝く遊園地デートを、俺達は時間が許すギリギリまで楽しんだ。
充実感と名残惜しさ、心地よい疲労感に満たされながら帰路につく。
ヨルカを最寄り駅まで送り、ひとりになって今日のデートの余韻に浸る。
はじめてのクリスマス・デートは楽しかった。
だけど、観覧車を下りてからのヨルカとの会話がどうしても思い起こされる。
ヨルカがアメリカに行けば、遠距離恋愛になってしまう。
いくら通信技術が発達したとはいえ、気軽に会えないのはキツイ。
会いに行くには海を越えていかなければならないのだ。
そこにかかる費用は安くない。学生のアルバイトで渡航費を稼ぐにも限度がある。
物理的にも金銭的にも、今のように頻繁に会うのが難しくなる。
もしも遠距離恋愛になった時、俺達はこの両想いを保てるのか?
そんな疑問が頭をよぎる。
人生、なにが起こるかわからない。
その厳しい現実に直面した時、理想は脆くも崩れ去る。
君のいない世界を想像して、俺は怯えてしまう。
どれだけ愛し合っていても、様々な事情で別れる恋人達がいる。
愛情だけでは乗り越えられない問題もある。
──俺は、その現実と戦うためになにができるのか?
未来が不確かなことは誰にとっても平等だ。
ただ、子どもゆえの己の頼りなさが恨めしい。
俺は大人になって、大好きな人を守れるようになりたかった。
「「「「「「「メリークリスマス!!!!!!!」」」」」」」
クラッカーが一斉に弾けて、派手な音が俺の部屋に響く。
昨日のヨルカとのクリスマス・デートから一夜明けて、十二月二十五日。
今日は我が家で、瀬名会のクリスマス・パーティーを開いていた。
「ウェーイ! メリクリ乾杯! サンタとトナカイのパーティーだぜ!」
「最初からテンション高えよ、七村! 部屋がそこまで広くないんだから、あんまり動き回るなって。ぶつかったら危ないだろう」
飲み物の入った紙コップを高く掲げる七村が、みんなと乾杯して回る。
みんなで買い出しに出た際、食べ物と共にクリスマスの仮装衣装も買った。
俺は全身をすっぽりと覆うトナカイの着ぐるみを着こんでいた。
フリーサイズだから、俺には大きくてダボダボしている。フードにはちゃんと角の飾りがついており、地味にポケットまであるから便利だ。
七村はバスケ部で鍛えた筋肉質の長身ゆえにサイズが合わず角のカチューシャと赤鼻の飾りのみ。その似合わなさが余計に浮かれたパリピ感を強調する。
実際テンションも死ぬほど高い。
「有坂ちゃんとデートしたからってクリスマスが終わった気分か? イブのデートを優先させてやった友情に感謝しつつ、今日もちゃんと楽しめよ」
「感謝しているし、楽しんでいるよ」
男のひとり部屋に七人も集まれば、みんなで肩を寄せ合うような状況になってしまう。
女子は床にクッションを置いて座り、俺はベッドに腰かけ、七村はデスクチェアに座る。
その真ん中のテーブルには、これまた所狭しと並んだパーティーメニュー。
骨付きフライドチキンやポテト、ピザにサラダ、各種オードブルの盛り合わせ、軽く摘まめるようなお菓子もたくさん用意した。
好きなものを自分の紙皿に取っていくスタイル。
だが、俺は目の前の食べ物より、やはり女子達の格好に目を奪われていた。
男子がトナカイなら、女子はサンタクロースだ。
彼女達が身につけているのはパーティー用ミニスカサンタのコスプレ衣装である。
「サンタなのに、こんなにセクシーでいいの!?」
ヨルカは、しきりに胸元の開き具合や丈の短さを気にしていた。
艶のあるベロア生地の赤いワンピースタイプで、端を白く縁どられている。その上から肩に羽織るケープ、頭には白いボンボンのついた三角帽子を被る。
両脚を包む黒のニーソックスと相まって、セクシーとキュートが両立していた。
サンタクロースという記号を女性らしい装いに落とし込んだ衣装は、シンプルながら圧倒的な魅力に溢れている。
「なんか全体的に微妙に隠せてなくない? 落ち着かないんだけど」
ヨルカはソワソワしながら片手でスカートの裾を押さえつつ、ケープの下から飛び出す胸元に手を置く。
「それはあれですよ、ヨル先輩がナイスバディだから衣装に収まりきってないだけですよ! キャーエッチ」
ストレートにコメントするのは俺の一年後輩である幸波紗夕。
同じサンタ衣装を着ているが、こちらは堂々としたものだ。
ショートヘアや本人の活発な雰囲気もあり、元気で明るいサンタさんといった感じ。
「水着も見ているんだし、今さら気にすることないでしょう」
支倉朝姫はクールなアドバイスを、ヨルカに送る。
彼女は俺と一緒にクラス委員をしており、その人望と振る舞いから学年の中心人物だ。
華やかさと落ち着きの両方を備える朝姫さんもまたサンタ衣装を照れることなく着こなす。
彼女は頼まれるまでもなくテーブルの料理を手際よく、お皿に取り分けていく。
女子力が高い振る舞いである。

「ヨルヨル。よく似合っているし、ここには友達しかいないから気にしたら負けだよ」
冗談っぽく語りかけるのは金髪のサンタクロースこと宮内ひなか。
この場で一番小柄であるみやちーは既製品ゆえに衣装のサイズ感がやや合っていない。そのオーバーサイズ感が絶妙なかわいらしさを醸し出す。
「それにスミスミもすごく喜んでいるみたいだし」
みやちーのキラーパス。俺のコメントが待たれる。
「もちろん、最高。こんなサンタが来てくれるなら一晩中起きていられると思う」
素敵すぎるサンタが我が家にやって来たッ!
サンタ天国よ、永遠なれ!
そんな心の叫びをオブラートに包んで言ったつもりだった。
俺としては素敵なサンタに一目会えて幸せだな、それくらい素晴らしいという純粋な賞賛のつもりだった。
だが、部屋の空気はなにやら固まっており、女性陣は頰を染めながら俯いていた。
……やらかしたか?
「瀬名、いきなり下ネタなんて飛ばすなぁ! 立てるのは頭の角だけにしておけよ」
大笑いする七村は長い腕を伸ばして、俺が着ているトナカイの着ぐるみのフードについている角を摑んで頭ごとを振り回してくる。
「俺が言いたいのは心からの賛辞だ。やましい気持ちはない!」
「ほんとうは有坂ちゃんに『プレゼントはわ・た・し』とか言ってもらいたいくせに」
「──、それは男のロマンだろう。誰だってそうだ」
「開き直ったな、瀬名。おまえも男よの」
「なんだよ、悪いか」
「いいや。あとでいいものをくれてやろう。楽しみにしておけ」
七村がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「男子ってコスプレ好きよね。文化祭の企画会議でも、そこのふたりはバニーガールでやたらと盛り上がっていたし」
くそ、否定できない。
朝姫さんの冷ややかな感想に、俺達は押し黙るしかなかった。
「ねぇねぇ。きすみくん、映はサンタさん似合っている?」
俺の小学四年生の妹・瀬名映もまた今日のパーティーに参加していた。
映のサンタ衣装も買ってきており、十歳にしては発育がよいため大人用のSサイズでも問題なく着ることができた。
はじめて着るサンタ衣装がみんなとお揃いでご機嫌だ。
遠目に見れば大きな妹も、その反応はまだ子どもだ。
「よく似合っている。だからサンタさん、俺にプレゼントをくださいな」
俺は遊び半分に、妹サンタにねだってみた。
「えープレゼントなら映にちょうだいよ」
「俺、トナカイ。運ぶの専門」
この格好を見てわからぬかと、妹のおねだりを回避する。
「きすみくんのケチ」
「ケチって言うような口の悪い子には本物のサンタが来てくれないぞ」
「きすみくん。サンタさんがいるってまだ信じているの? 子ども~~」
小学生に煽られる。
「映だって、去年まで信じていただろう。サンタを見るんだって言って、毎年寝落ちして悔しがっていたくせに」
両親の代わりに映の枕元にプレゼントを置いていたのは、なにを隠そうこの俺だった。
足音を殺して、バレずに部屋に入るのはちょっとしたゲームである。
「知らなーい」
そんな妹のとぼける発言に、みんながかわいいものを見る目で眺める。
我が妹は相変わらず愛されキャラだ。
こうして定期的に瀬名会の集まりに参加して、映はみんなからかわいがってもらっている。
乾杯して早々、映は一本目の骨付きチキンを食べ終わり二本目に手を伸ばす。
「映。たくさんあるんだから、ゆっくり食べれば?」
「おいしいものは、ゆーげんなんだよ。だから早い者勝ち」
あぁ、有限ね。まぁ、クリスマスに食べるチキンはごちそうっぽくて、テンションが上がるのは俺にも覚えがある。
「あんまり食べすぎると、ケーキが入らなくなるぞ」
「デザートは別腹だから大丈夫!」
「なぁ、一体どこでそういう表現を覚えてくるんだ?」
「アリアお姉ちゃん!」
不意を突いて出てきたヨルカの姉の名前に、ぎょっとする。
「おまえって、そんなアリアさんと仲良しだっけ?」
夏や文化祭の時など何度か会っているが、下の名前で呼ぶような間柄だっただろうか?
「──映達だけの内緒」
俺の知らないところで、妹は内緒を作っていた。
「ところで、ヨル先輩。その右手の指輪ってはじめて見ますけど、もしかしてきー先輩からのクリスマスプレゼントですか?」
紗夕の眼がキラリと光る。ずっと聞きたくてウズウズしていたようだ。
「そうなの。昨日渡してくれて」
ヨルカもさり気なく今日も指輪を身につけていた。
「かわいいデザインだね。いいセンスしているよ」
デザインに造詣の深いみやちーが指輪に太鼓判を押す。
「その感じ、有坂さんのチョイスでしょう。ね、そうじゃない?」
すかさず朝姫さんが鋭い洞察で、選定事情を見抜いていた。
「女子の目利きはすごいな。そういうのまでわかるもんなんだ」
その正確さには脱帽である。
「男子だけのセンスなら、ハートとかもっとわかりやすい物を選びがちだからね」
「ヨルカの好みに合わせて買って正解だったな」
迂闊なものをプレゼントしなくてよかった。事前のリサーチはやはり大切だ。
「わたしは、希墨がくれるものならなんでも嬉しいから!」
ヨルカはすかさず意見する。
「甘い。それは希墨くんだから言える台詞! もしもセンスが壊滅的なプレゼントでも笑顔を保っていられる?」
「や、やけに突っかかってくるじゃない」
ヨルカはややたじろいでいた。
そりゃ微妙な物を贈られたら、誰でもどう反応していいか困ってしまうだろう。
この時期になるとフリマサイトにアクセサリー類が大量出品される現実を見ると、すべてのプレゼントが幸福な結末を迎えているとは限らない。切ない話である。
真実の愛は中々見つからない。
「ヨルカちゃん、いいなぁ」と映はじーっとヨルカの指輪を眺めていた。
「ねぇ、きすみくん。映も指輪欲しい!」
「小学生に指輪は早くないか? それにすぐサイズも合わなくなるだろうし」
「映もオシャレしたい!」
「なら来年のサンタに頼め。俺はやらん」
「むぅ、きすみくんがヨルカちゃんだけ贔屓する」
ヨルカは困ったように眉を下げ、他のみんなも苦笑していた。
「人聞きの悪いことを言うな。ヨルカは恋人なんだから特別に決まっているだろう」
「映だって妹だもん!」
「妹が兄の恋人と張り合うな。そもそも勝負にすらならん。はい、おしまい!」
食い下がる映の相手をしていたら、いつまで経ってもごねられかねない。
「きすみくん、映のことが嫌いなんだ……」
膝を抱えて拗ねる妹は、物言いたげにこちらを睨む。
「ほら、あんな冷血なお兄ちゃんは放っておいて俺が買ってやるよ」
見かねた七村が代わりに機嫌を取ろうとする。
「嫌! きすみくんにもらいたい! 七村くんは大きくてちょっと恐いんだもん!」
ガーンと、七村は珍しく本気でショックを受けていた。
女子の手厳しい意見をいつも笑い飛ばす七村も、小学生の率直な意見は刺さったらしい。
小学生の女の子からすれば、七村のような体格に恵まれたスポーツマンは頼もしいと感じる以前に、巨人にも匹敵する威圧感を感じてしまうのだろう。
「いっそ、きー先輩が女子全員にプレゼントをすれば丸く収まりますよ!」
「名案閃きましたみたいなノリで恐ろしい提案をしやがる! 男子高校生の懐事情を舐めんな! 大赤字になるわ!」
「えーこんなに、かわいい女の子をいっぱい集めておいてお土産のひとつもないんですか? 幹事さんの、ちょっといいとこ見てみたいなぁ」
紗夕のやつ、都合のいい時だけ甘えた声を出しやがる。
この後輩も美少女だから、付き合いの浅い男なら簡単に騙されるぞ。かわいいを悪用するな。
「紗夕ちゃーん。わたしも、それはちょっと見過ごせないかなぁ」
ヨルカは地の底から響くような声で、小悪魔な後輩を諭す。
決して多くは語らないが効果は十分だった。
「い、嫌だなぁヨル先輩、ただの冗談ですってば。まさか本気できー先輩にプレゼントをねだるわけないじゃないですか」
紗夕は引きつった声と表情で自らの意見をさっと取り下げる。
「むしろ会場を貸してくれて、細々と動いてくれた幹事の希墨くんを労うべきじゃない?」
そう提案してきたのは朝姫さんだった。さすが、いつも気が利くな。
「別に大したことしてないし、気にしなくていいよ」
みんなで楽しくパーティーができれば、俺はそれで満足だ。
「瀬名、器広いアピールか?」
「ただの遠慮だ。妹まで混ぜてもらえて助かっているくらいなんだから」
本日は両親共に仕事が夜まで入ってしまい、俺しか映の面倒を見る者がいない。
さすがにクリスマス当日に妹を家でひとり留守番させるのは可哀想だ。
瀬名会のグループラインでそう相談すると、全員二つ返事で映の参加をOKしてくれた。
そうした経緯もあって本日のパーティー会場は我が家となったのだ。
「希墨くんは欲がないのね。そうだ、買い出しで荷物を持ってくれたから疲れたでしょう? 私がマッサージしてあげる」
朝姫さんがベッドに座る俺のピタリと横につく。
「え? いや、運ぶのがトナカイの仕事だし」
「なら、褒めてあげるのがサンタの役目じゃない」
朝姫さんは俺の左腕を手に取り、揉みほぐしていく。
「きー先輩。私もさっきの失言をお詫びさせてくださいッ」
すかさず紗夕も反対側に回りこみ、同じように右腕をマッサージする。こちらはバスケ部時代から筋肉をほぐすのに慣れているから、ふつうに気持ちいい。
朝姫さんと紗夕は阿吽の呼吸で、俺をはさみこむ。
なに、この連係プレイ!
「じゃあ、あたしは両肩を揉めばいいのかな?」
みやちーまで悪ノリしてきて、俺の背後に立って肩に手を置く。みやちーの小さな手はピンポイントに凝りを刺激してくる。
いきなり三人のミニスカサンタに完全包囲されて、俺は身動きがとれない。
「映も!」
わちゃわちゃしていることを面白がった映がトドメとばかりに、俺の膝の上に横から飛びこんできた。
映が毎朝起こしに来るノリでフライング・ボディープレスをぶちかます。
その衝撃で俺はバランスを崩してしまい、連鎖的にみんなでベッドの上に倒れこむ。
「あははは、楽しい~~!!!!」
映は俺の上でバタ足をするから腹部を圧迫される。苦しい。
ふと横を向けば、朝姫さんの顔が間近にあった。
目が合い、ドキッとしてしまう。
「さすがにベッドで男の子と横になると、ドキドキするね」
先ほどまでのからかう雰囲気はなく、身動きの取れない朝姫さんは頰を赤くする。
「スミスミ、あんまり頭を動かさないで。角が、当たっちゃう」
頭上から降ってきた声につられて思わず首を巡らす。
みやちーが困った顔で、彼女の胸元に当たっていたフードの角をそっと遠ざける。
慌てて俺は強引に身をよじって脱出を試みると、右耳がなまめかしい嬌声を拾う。
「きー先輩の腕が挟まっているんですから、じっとしててくださいよ」
右を見れば、紗夕が恨みがましくこちらを睨む。
右腕に意識を集中すると、やわらかい感触ではさまれていることに気づく。紗夕の両脚の間に腕が収まっていた。
マズイ、下手に動いたら余計に事態が悪化しかねない。
「映、早く上からどいてくれ!」
追い討ちをかけるようにパシャリとスマホのシャッター音が鳴る。
「証拠写真ゲット。タイトルはサンタ・ヘブンってところか。クリスマスにミニスカサンタの美少女達をはべらしやがって」
「七村は勝手に撮るな! 今すぐ消せ!」
俺が必死に訴えながら、はたと肝心の人物がまだ一言も発していないことに気づく。
「きーすーみー。わたしが昨日教えた三原則をもう忘れたの?」
「起こさず、近づかず、起こさせず!」
俺は即座に復唱してみせる。
「ぜんぶ守れてないじゃない!」
クリスマス、雪の代わりにヨルカの雷が落ちる。
危うく血で血を洗うミニスカサンタ大戦がはじまるかと思った。
「瀬名よ、ちょっと廊下に来い」
クリスマス・パーティーが盛り上がる中、七村がこっそり声をかけてきた。
「ここじゃダメなのか?」
「俺は構わんが、女子がどういう反応をしても知らんぞ」
悪い顔をして予言する七村。
なにか企んでいるのは明白であり、俺は大人しく従うことにした。
七村がちょっとトイレと先に部屋から出る。
「新しい飲み物を持ってくるよ」と、俺も時間を空けて立ち上がった。
暖かい部屋から出ると、廊下の空気が余計に冷たく感じる。
「来たか」
七村は廊下の角で薄闇に紛れるように待ち構えていた。
カチューシャ外せ、このトナカイ男。
暖房を効かせているので俺の部屋の扉は閉じている。
万が一、誰かが廊下に出てきても、この位置ならすぐには見つからない。
まるで裏取引をするような警戒っぷりだ。
「わざわざ呼び出してなんだよ。寒いから早く戻ろうぜ」
「アホ。声が大きい」
注意されて口を噤む。それから声を潜めて話す。
「一体なんだよ」
「おまえにコレを渡してやろうと思ってな。俺からの個人的なクリスマスプレゼントだ」
七村はポケットから取り出したのは謎の小箱。
「俺にプレゼント? どういう風の吹き回しだ?」
不審に思いながらも手渡された箱を確認する。
かなり軽く、振ると中でカサカサと個包装されているであろうものが鳴った。
手のひらサイズの長方形の箱で、赤いパッケージは一見すると中身がわからない。よく見なければ詳細はわからず、0・01という白抜きの数字だけが異様な存在感を放つ。
「──、これはまさかッ!?」
俺は小箱の正体に気づいた。
「親友の気遣いに感謝しろ。いくらあっても困らないだろう」
「なんで、コンドームなんて渡すんだよッ」
大きな声を出しかけるのを、なんとか耐えた。
「楽しいことほど安全第一だぞ」
「せめてラッピングしろよ。丸見えじゃないか」
こんなものが見つかったらどうするんだ。
「は? わざわざ男友達にラッピングで渡すとかキモイだろう」
いや、まぁその通りなんだけどさ。
「気遣いの問題だ」
「わかりやすくていいだろう。ナイスリアクション」
「うぜぇー」
「有坂ちゃんといいムードになった時に安心だろう。それとも自前で用意しているのか?」
「…………」
「あるのか!? え、もうやった?」
「まだだよ!」
夏休み前にヨルカの家にはじめてお呼ばれした時、実はリュックの中に忍ばせていた。
もっともそれは俺の完全なる勇み足であり、しかもあの時は着いて早々ソファーで寝ていたアリアさんに押し倒されて、それどころではなかった。
あれから半年の月日が流れた。
バンド合宿の夜にはスキンシップ不足で発情したヨルカと危ういところまでいきかけただが、俺達はまだ清いままである。
「ミニスカサンタの有坂ちゃんと楽しい夜を過ごすかもしれんだろう。備えあれば憂いなしだ」
「この状況で、さすがに泊めるわけにもいかんだろう」
「瀬名、恋人があんなかわいいコスプレしてよく我慢できるな。ビビッてるの?」
「むしろ我慢しっぱなしだよ。だけどタイミングとか、色々あるんだよ」
「ヘタレめ。あんだけ有坂ちゃんとイチャイチャしておいて、ずいぶんと健全なお付き合いをしているんだな」
図星だから、なにも言い返せない。
興味があるからこそはじめては大切にしたいし、未経験ゆえに決定的な一歩が恐くなる。
そういう気持ちに揺れ動きながら、いつの間にか冬になっていた。
「文化祭でプロポーズまでかましておいて、今さら恐いもんなんてないだろうに」
「じゃあ、どうすれば上手くいくんだ?」
「俺様クラスになると、勝手に女の方から寄ってくるからな」
「参考にならない意見ありがとよ」
「ま、予備に持っておけ」とポケットに詰めこまれた。
「今貰っても困るって」
「どうせ一度知ったら夢中になるんだ。数があるに越したことはない」
「…………」
俺もその言葉を否定できる自信はない。
「無事に童貞卒業したら、ちゃんと報告しろよ」
「言うか!!」
つい大声を出してしまい、何事かと女性陣が部屋から顔を出してきた。