それは孤児院を建て直している頃のことだ。呼び出されたマリアは、孤児院の裏手にある敷地でリスティアと向き合っていた。

「孤児院で食堂を経営する……?」

「うん、そうだよぉ」

リスティアが満面の笑みで答えるけれど、マリアは不安を抱く。

「どうしたの? 孤児院で食堂、マリアは反対?」

「……うぅん。みんなのためにはなると思う。だけど私、男の人に急に触れられると、その……嫌なことを思い出しちゃって」

前院長に幼い頃から奉仕活動をさせられていたマリアは、男性に触れられることを恐れている。

だから、ウェイトレスなんてしたら、迷惑を掛けちゃうと思ったのだけれど……そんなマリアを、リスティアはぎゅーっと抱きしめてくる。

「大丈夫だよ。マリアにはウェイトレスじゃなくて、料理を担当してもらうつもりだから」

「……私が料理を担当? でも私、必要最低限の料理しか出来ないわよ?」

「でも、孤児院で料理を担当してたんだよね?」

「そうだけど……食材も限られてたし、まきも最低限しか使わせてもらえなかったから、あんまりレパートリーはないのよ」

「それなら問題ないよ。あたしがちゃ〜んと教えてあげるから」

「……リスティア院長が? 料理を?」

リスティア院長がマリア達の期待を裏切ったことはない。

しかし、期待の斜め、遥か上を行くことは日常茶飯事である。

「……なんか、ちょっぴり不安なんだけど」

「大丈夫、大丈夫」

「……まあ、リスティア院長がそこまで言うのなら」

「えへへっ。それじゃさっそく、料理のお勉強だよっ」

リスティアがクルリと半回転してマリアに背を向け、どーんと両手を広げる。その直後、リスティアの真正面に、可愛らしいお家が出現した。

「……えっと、なにそれ?」

「あたしの厨房だよ。便利だから、持ち歩いてるんだぁ」

「……そうなんだ」

厨房は普通持ち運ぶ物じゃない──なんて、当たり前の突っ込みはしない。どうせ、そんなことで突っ込んでいてもきりがないと分かっているからだ。

ということで、マリアは扉を開けて「おじゃましまーす」と部屋の中へと入る。

「あ、そこで靴を脱いでね」

「……靴を? まぁ良いけど」

マリアは言われたとおりに靴を脱いで部屋の中に入る。そこには、見たこともないような調理器具がずらりと並んでいた。

「……またなんか、凄そうなのが一杯出てきたわね」

「あっちが冷蔵庫で、こっちが急速凍結庫。あっちが遠心分離機で……って、いまから説明しても覚えられないよね。まずはなにか料理を作ってみようか」

「……ええ、それでお願い」

リスティアの所有する魔導具はどれも油断ならない。いちいち説明を求めて、その効果に驚いていたら、それだけで日が暮れちゃうとマリアはスルーした。

「それじゃ……そうだね。エビグラタンの作り方を教えてあげるね」

「……グラタンがなにか知らないけど、取り敢えず見て覚えるわ」

「うん。それじゃ、まずは取り出した新鮮なえびを──捌いた後」

えびと呼ばれたなにかが、一瞬で切り身になる。

「タマネギを──剥いて刻んだら、フライパンにバターを強いた上に乗せるんだよ」

タマネギが一瞬で細切れになって、フライパンから香ばしい香りが漂うまで、わずか十秒足らず。マリアは無言でこめかみを押さえた。

「……えっと、リスティア院長、いまなにがあったか良く分からなかったんだけど」

「あれ? じゃあもう一回やって──みたね」

ひゅんと音がしたかと思えば、フライパンがもう一つ。そのフライパンの中では、既に同じ食材が炒められている。

「いや、あのね。私にはなにがあったか見えてないんだけど」

「あ、そっかそっか。ごめんね」

リスティア院長は可愛らしく笑って、今度はゆっくりとえびを剥いて見せてくれた。

「ちなみに、この背わたを取るのがポイントなんだよぉ〜」

「ふむふむ、なるほどね」

「ちなみに……タマネギは分かるよね?」

「ええ、それは大丈夫。後は……バターってなに?」

「それは、牛乳をこうやって──」

リスティア院長は牛乳が入った瓶を、手で掴んでぶんぶんと振り回す。

なにこの可愛い生き物。

……あれ? でも、振り回している手がよく見たら残像のような……気のせいじゃないわね。どれだけ凄い勢いで振り回しているのよとマリアは呆れる。

「と、こんな感じで遠心力を使って分離して、出来た生クリームに塩を混ぜつつ攪拌するんだよ」

なお、テーブルの上のお皿に、出来上がったバターが乗っかっている。さっきまでなかったのだが、リスティア院長の手にあったはずの瓶もなくなっているので、その中身だろう。

「それがバターなの?」

「うん。パンとかに塗っても美味しいんだよぅ。……あーん」

リスティアが指でバターをすくって、その指をさしだしてきた。

私は一瞬だけ迷った後、リスティア院長の指をパクリと咥える。

あ、凄く変わった味だ……というか、リスティア院長の指、細くて柔らかいなぁ。

「……んっ。そんなに舐められたらくすぐったいよぅ」

「ご、ごめんなさいっ」

私は慌ててリスティア院長の指から口を離した。

「えへへ、気に入ってもらえたみたいで良かったよ。それじゃ、続きを教えるね」

「え、えぇ、お願いするわ」

マリアはなぜだか少しだけドキドキしつつ、リスティア院長から続きを教わった。

初めは気付いたら調理が終わっていたりで戸惑うことが多かったのだけれど、リスティアも次第に慣れてきたのか教え方が上手くなっていく。

そうして、マリアはどんどんレパートリーを増やしていき、やがては料理においてはリスティアの右腕と評されるほどにまで成長していく。

だけど、マリアはなにより、大好きなリスティア院長と一緒に料理を出来ることが嬉しかった。