真っ赤になるマリアに、必死にいたずらっぽい顔で笑いかける。そうして、さっとお湯で泡を洗い落として「それじゃあたしは先に上がるからね」と、浴場から逃げ出した。


「はぁ……っ。ぅあ……どう、して」

自分の部屋に逃げ込んだリスティアは、ベッドで自分の胸を押さえてうずくまっていた。部屋に戻っても、吸血衝動が一向に治まらない。

もちろん、リスティアのアイテムボックスの中には様々な食材が入っており、中には生き血がしたたる──と言うか、まだ血抜きもしていないような肉も存在している。

だけど、リスティアの身体は、そういった血では満たされなかった。リスティアが飲みたいと感じるのは、マリアやナナミ、そして孤児院の子供達の生き血。

だけど、だからこそ、リスティアは苦しんでいた。

食事として血を飲む行為自体に抵抗はないけれど、マリアやナナミ、それに孤児院の子供達は、リスティアにとって大切な家族だ。

なのに、その家族を食事の対象として見ている。その結論にいたってショックを受けた。

「ぁう……っ。はぁ……あたし、どうしたら」

必死に頭を働かせるけれど、対策が思いつかない。

このままじゃ、いつかマリアを襲ってしまう。だけど、そんなことをしたら、マリアは一生心に消えない傷を負ってしまうだろう。もちろん、他の子供達を襲うのもありえない。

状況を知っているナナミなら、怯えさせる心配はない。事情を話せば、快く血を飲ませてくれるはずだけれど……リスティアはナナミを食料として見たくない。

こうなったら、一度この街を離れるしかないかもしれない。そんな風に思い始めたそのとき、不意に部屋の扉がノックされた。

「……誰?」

「私、マリアだけど……入ってもいい?」

「マリア……」

よりによってこのタイミングで──と泣きそうになる。だけど、掛けられた声はなんだか不安そうで、そんな声を出すマリアを拒絶するなんてことも出来そうになかった。

だから──

「うん、もちろん、入っていいよ」

リスティア唇をきゅっと噛んで、なんでもない風を装ってマリアを迎え入れた。

「お邪魔します──って、どうしたの!?

薄手のパジャマを身に纏ったマリアは、ベッドでうずくまるリスティアを見て駆け寄ってきた。

「うぅん、なんでもない、よ」

平気な顔を取り繕って微笑みを浮かべる。

「嘘つき。ちっともなんでもないように見えないわよ。どうしたの? 熱があるの?」

マリアはお姫様ベッドに上がり、リスティアのおでこに手のひらを押し当ててくる。パジャマ姿で、リスティアを心配するナナミが愛おしい。

リスティアがそう思った瞬間、吸血衝動は更に強くなった。

「くっ……」

「熱は……ないわね。でも、だったらどうして……」

「なんでも、ないよ」

「なんでもなく見えないって言ってるでしょ!」

声を荒らげる。そんなマリアを初めて見たリスティアは、驚きに目を見開いた。

「リスティア院長が、ときどき苦しんでるのは知ってたわよ」

「そ、そうなの?」

「ええ、そうよ。それなのに、なんでもないって……どうして教えてくれないの? リスティア院長からみて、私ってそんなに頼りない?」

「そんなことは、ないよ」

繊細で弱いのに、子供達のために必死に頑張っている。マリアが頼りないとは思わない。だけど、大切なマリアに、自分の事情を話すことは出来ない。

そう思ったのだけれど──

「だったら、ちゃんと私に話してよ。悲しいじゃない!」

マリアは必死な様子で訴えかけてきた。

それに驚いたリスティアは、一時的に吸血衝動を忘れてマリアを見つめる。

「……マリア。悲しいって……どうして?」

「そんな風に聞かれると、凄く寂しいわ。リスティア院長は私を闇から救い出してくれた。そんなリスティア院長の様子がおかしければ、心配するのは当然でしょ?」

「恩返しって……こと?」

「そうね。でも、義理とかじゃないわよ。私はリスティア院長に凄くすっごく感謝している。だから、リスティア院長の力になりたい。心からそう思っているわ」

「マリア……」

マリアは心から心配してくれているのに、リスティアはそんな相手を食料としてみている。自分はマリアの気持ちを裏切っている。その事実に胸が苦しくなった。

だけど──打ち明けるか否か、迷ったのは一瞬だった。

マリアを食料としてみることが裏切り行為であるのなら、事情を打ち明けて欲しいというマリアを拒絶するのもまた裏切り行為に他ならない。

吸血衝動は自分の意思でコントロールできないけれど、マリアに事情を打ち明けるかどうかは自分の意思で決定することが出来る。

だから──リスティアは自分の罪を告白する決断を下す。

「あたし、実は……マリアのことを襲いたくて仕方がないの」

「──ふえっ!?

マリアが素っ頓狂な声を上げた。そして淡々と視線を彷徨わせた後、ベッドの縁まで後ずさると、その身を掻き抱いた。

パジャマ一枚のマリアが自分のお腹辺りを抱きしめたものだから、年齢や背丈の割りに豊かな胸が強調される。それがなんだか艶めかしく見えた。

「リ、リスティア院長、私を襲いたいって、それって、その……本気?」

「うん。今すぐ襲いたいって思ってる」

「そ、そう、なんだ。えっと、その、私はリスティア院長に助けられたわけだし、その、穢れちゃってるけど、こんな私が欲しいって言ってくれるのなら……」

「でも、ね。それと同時に、あたしは大切なマリアを食料としてみたくないって思ってるんだよ」

「リ、リスティア院長が望むのなら、私は別に一夜の食料でも……食料?……どういうこと?」

マリアがこてりと首を傾げた。

「えっと……だからね。あたし、最近マリアの血が飲みたいって衝動に囚われて、襲いそうになっちゃってるの」

「……ええっと、血? どういうこと?」

やっぱりきょとんとしている。

リスティアは、自分の正体をまだ打ち明けていないことを思い出した。

「えっと……あたしは、ヴァンパイアなの」

真祖という事実は伏せる。ナナミの反応を思い出しても、ヴァンパイアであること以上に、真祖であると言うことは衝撃を与えそうな気がしたからだ。

とは言え、ヴァンパイアである事実ですら、マリアを驚かすのには十分だった。

「ヴァンパイア……って、え? 本気で言ってるの?」

「うん。あたしは人間じゃなくて、ヴァンパイアだよ」

リスティアが繰り返した直後、マリアはびくりと身を震わせた。やっぱり怖がらせちゃったと、リスティアは後悔した。

だけど……そんなリスティアの袖を、不安そうなマリアの小さな手が掴んだ。

「……マリア?」

「リスティア院長は、どうして私達を助けてくれたの? 私達の血が欲しかったから?」

「ち、違うよ! そんなこと、全然考えてなかったよ」

「そう、なの……?」

「うん。あたしが孤児院に来たのは、困ってる子供を助けて仲良くしたかったからだよ」

「でも、今は私の血を吸いたいと思ってる?」

「それは……うん」

マリアに追及されて、リスティアは力なく頷いた。いくら動機が別のものだとしても、結果的にそうなっているのは事実で、言い訳の余地はないと思ったからだ。

だから、マリアに嫌われたって仕方がない。罵られたって受け入れるしかない。

そう思ったのだけれど──

「ねぇ……ヴァンパイアが眷属を作るのって、血を吸うのじゃなくて与えた場合、よね?」

「うん、そうだよ」

「だったら、私の血を飲んでくれても良いわよ」

それは、ナナミと同じような反応で、ある意味では予想していた申し出だ。だけど、だからこそ、リスティアはそれは出来ないよと即答した。

「どうして? 私の血が飲みたいんでしょ?」

「飲みたいけど、飲みたくないんだよぅ」

「……どういうこと?」

「だから、ね。マリアの血を飲みたいって衝動はあるけど、あたしはマリアのことを大切な、その……家族だって思ってる。だから、そんな家族を食料として見たくない」

心の内を打ち明ける。そんなリスティアを前に、マリアは「私のこと、そんな風に思ってくれてたのね」と頬を緩めた。

「ねぇ、リスティア院長。どうして私の血が飲みたいと思ったの?」

「マリアの血が飲みたい理由?」

「うん、私の血だから欲しいの? それとも、誰の血でも良いの?」

「それが……あたしにも良く分からないの。どうしてだか、マリアやナナミちゃんを見ていると、不意に吸血衝動に襲われちゃうことがあって……」

「私やナナミちゃんを見ていると?」

「うん。可愛いなぁって思ってみてると、吸血衝動が襲いかかってくるんだよね」

リスティアが打ち明けると、マリアは考えるような素振りを見せた。

「ねぇ……ヴァンパイアが血を吸うのはどうしてなの?」

「えっと……食事的な意味が強くて、身体能力が上がるからだよ」

「ホントに? 親愛の証かなにかじゃないの?」

「うぅん、そんなことはないよ。と言うか、それならこんなに苦しんだりしないよ」

「でも、私やナナミちゃんを、その……可愛いって思ったときに、吸血衝動が湧き上がってくるのよね? だったらやっぱり、それって愛情表現なんじゃないの?」

「そんなはずは……」

「ないとは言い切れないはずよ」

リスティアのセリフは途中で、マリアによって否定されてしまった。

「……どうしてそう思うの?」

リスティアが問いかけると、マリアは少し迷う素振りを見せた後に、あのねと口を開いた。

「私が奉仕活動をした相手の中には、歪んだ愛情表現を持っている人が一杯いたわ。そしてそれは歪んでいても、紛れもなく愛情表現なのよ。たとえ一方通行だとしてもね」

「ええっと……その、それって、あたしの愛情表現が歪んでるって……言ってる?」

予想の斜め上で反応に困ってしまう。

「普通のヴァンパイアがどうかは分からないけど……リスティア院長のそれが愛情表現じゃないとは言い切れないはずよ?」

「それは……そうかもしれないけど」

「そうかもじゃないわ。と言うか、実際はどっちでも良いわ。私はその愛情を受け入れる」

マリアは言い放ってパジャマの肩をはだけた。そして、リスティアに首筋を見せてくる。

「マ、マリア?」

「リスティア院長が私の血を飲んで楽になるのなら、それがどんな理由でも飲んで欲しい。それに、その衝動が私を大切だという思いから来てるのならなおさらよ」

少し照れくさそうにマリアが言い放つ。それを見た瞬間、リスティアの中で再び吸血衝動が湧き上がってきた。そして気付いたら、ベッドにマリアを押し倒していた。

「ひゃう……リスティア院長、優しくしてね」

「……ん、ごめん。それじゃ、血を吸わせてもらうね」

なんだかんだと言って恐いのだろう。首筋を見せて小さく震えている。そんなマリアの頬を優しく撫でつけ、まずは首筋にチュッとキスをした。

「……リ、リスティア院長?」

「まずは痛みを感じないように、首筋を麻痺させるからね」

唾液に麻痺させる成分を含み、マリアの首筋に舌を這わせる。

「ひぁ……んっ、くす、ぐったい」

「……んっ。もう、大丈夫だよ。それじゃ、……血を飲ませてもらうね?」

「うん。……来て、リスティア院長」

マリアが両手を広げ、リスティアの首に抱きついてくる。そうして抱き寄せられるに任せ、リスティアはマリアの首筋に牙を突き立てた。

「──ぁ、ん……」

「ちゅ、んっ、ちゅ……」

マリアの首筋から流れる血を、リスティアは舌を這わせて舐めとっていく。それに伴い、信じられないほどの多幸感がリスティアを包み込んでいく。

膨れあがるのは、マリアが愛おしいという気持ち。リスティアは夢中になって、マリアの首筋に舌を這わせる。

「はぁ……ぁん、……はあ、はぁ……。リ、リスティア院長、まだ……ぁ、なの? 私、このままじゃ、ちょっと……ぁう」