もちろん、リスティアはからかってなどいない。ただ純粋に、年下の可愛い女の子を可愛がっているだけである。

まあ……それが、相手にとってはからかわれているも同然なのだが。

「あ〜、マリアお姉ちゃんがまっかっかだ〜」

「ホントだ。まっかっかだ〜」

「まっかっか、まっかっか〜」

マリアの、いままでは最年長としてお姉さんぶっていたマリアの照れる姿に、子供達が一斉に囃し立て始める。それがマリアの限界だった。

「こらっ、貴方達! 馬鹿なこと言ってないで部屋で作業の続きをしてなさい!」

「わーっ、マリアお姉ちゃんが怒った!」

「怒ったーっ!」

「怒った、怒ったーっ!」

子供達はなぜか嬉しそうにはしゃぎながら、部屋の奥へと逃げ去っていった。その中には、少しだけ複雑そうな表情を浮かべる、ツンデレ少年アレンくんの姿もあった。

これはリスティアの予想だけれど、彼は宣言どおり、子供ながらにリスティアの人柄を見極めようとしているのだろう。あれから、視線を感じることが多い。

凄く凄く真剣で、リスティアと視線が合うと、顔を赤くしてそっぽを向くほどだ。

「ふふ、子供は可愛いなぁ……」

「……それには同意するけど、そのダシに私を使うのは止めて欲しいんだけど」

「なに言ってるの。マリアだって、可愛い子供達の一人なんだからね?」

「〜〜〜っ。だから、そうやってからかうのを……もう良いわよ」

リスティアの笑顔に一切の邪気がないことに気付いたのだろう。マリアは恥ずかしさをごまかすようにそっぽを向いた。

「ところでマリア、昼食は大丈夫だった?」

「そうっ、それよ! あの食材はなんなの!?

物凄い勢いで詰め寄られる。食材は、出かける前に取り急ぎ並べたものだったので、もしかしたらなにか失敗しちゃってたかな? なんてリスティアは不安になる。

たしか……最上級のお肉を五十キロくらいに、にんじんやキャベツを初めとした新鮮な野菜を十キロほど置いておいたよね。

香辛料も一緒に並べておいたから、特に不備はないはずなんだけどなぁ?

「──あ、もしかして宗教的な理由でお肉はダメだった?」

「そういう問題じゃないわよっ」

「……なら、にんじんが嫌いだとか」

「だから、そういう問題でもないって! それに私達に好き嫌いをする余裕なんてないわ」

「……じゃあ、もしかして量が?」

「もしかしなくてもそうよ」

「ごめん、少なすぎたんだね」

「多すぎるのよ!」

子供達っていっぱい食べるんだなぁと、リスティアの感想は全否定された。

「そっかぁ、少し多かった?」

「少し多かったというか、食べた分が少しだけだから、ほとんど多かったのだけど」

「そうなんだ?」

みんな痩せ気味だったし、とにかく食べさせてあげたいという考え。ペットとかを飼ったら、むやみに食べさせまくってぶくぶく太らせるタイプである。

「それで残ったお肉なんだけど、干し肉を作り始めてるわ」

「……あぁ、作業ってそのことだったんだね」

「ええ、リスティア院長に確認するべきだとは思ったんだけど、なにしろ量が多くて、早く始めないと腐りそうだったから」

そういうマリアは少し不安そうだ。リスティアは全部食べてもらうつもりだったので気にしていないのだけど、マリアは勝手なことをしたと思っているのだろう。

だから、リスティアは「ありがとうね」とマリアに微笑んだ。

「……リスティア院長?」

「あたしの説明不足だったからね。フォローしてくれてありがとう」

「え、あ……その、わ、私は当然のことをしただけよっ」

マリアは照れくさそうにそっぽを向いた。

ちなみに、リスティアは知り得ぬことだけれど、ゲオルグ前院長はマリアが自主的に動けば勝手なことをと叱りつけ、自主的に動かなければ自分で考えて動けと怒る人間だった。

なので、リスティアがマリアの判断を評価して、あまつさえ感謝したことに、マリアは言いようのない感動を覚えていた。

だからこそ、恥ずかしくなってそっぽを向いたのだ。

「えっと……それで、全部干し肉にしちゃった方が良いかしら?」

「そうだねぇ……実のところ、生のまま保存する方法はあるんだよね」

「え、そうなの? ならもしかして、余計なことだったかしら」

「そんなことはないよ。別にいくらでもあるから。干し肉にしちゃっても良いし、あたしが保管しておいても、どっちでも良いよ」

なお、リスティアが家出する前に集めていたので、千年ほど経った食材なのだけど。時の止まるアイテムボックスの中に保存していたので鮮度に問題はない。

あるとすれば、この時代では既に絶滅したような動物のお肉だったりする程度だ。

「なんだか、どこから突っ込めば良いか分からないんだけど」

「全部事実だよ」

「……もし本当なら、全部干し肉にしても良いかしら」

「もちろんかまわないけど、理由は聞いても良いかな?」

ちょっぴり不安そうに問いかけてくるマリアからは、リスティアの言葉を疑っている素振りは見えない。でも、リスティアの言葉を信じるのなら、急いで干し肉にする必要はないはずだ。それなのに全てを干し肉にしたいという、マリアの思惑を聞きたいと思った。

「あのね、リスティア院長は知ってると思うけど、あたしが奉仕活動をしていたのはみんなに食べさせるご飯を買うお金がなかったからなの。もちろん、そのことをみんなは知らないけど、生活が苦しいのはみんな知ってたから」

「……マリアは優しいね」

干し肉がたくさんあれば、飢えの心配はないとみんなが安心できるということ。それを理解したリスティアは「そういうことなら、全部干し肉にしちゃって良いよ」と微笑んだ。

なお、さっきも言ったが、干し肉にしているのは既に絶滅したような動物の高級なお肉。

もしここに貴族がいたら、それを全部干し肉にするなんてとんでもない。金ならいくらでも出すから生のまま売ってくれ! とか叫んだかもしれない。

──けれど、幸か不幸か、ここにいるのは孤児達と真祖のお姫様だけだった。

という訳で、リスティアは子供達と作業を開始。塩水に漬け込んだお肉から順番に茹で上げ、お肉を日干しにする作業を進めた。


──翌日の朝食後、リスティアはみんなにそのまま席に残ってくれるようにお願いした。子供達は少し不安そうにしつつ、リスティアに視線を向ける。

「みんなに残ってもらったのは、率直な意見を聞きたいからなの」

リスティアが切り出すと、子供達は一斉に小首を傾げた。そして口々に、意見ってなんの意見? みたいなことを言い始める。

でもそれは予想どおりだったので、リスティアはマリアへと視線を向けた。

この二日ほどで、マリアがみんなのお姉ちゃんで信頼されていることに気付いたリスティアは、なんの話をするか、マリアにだけは軽く説明をしておいたのだ。

「ほらほら、みんな静かにしなさい。リスティア院長が聞きたいのは、孤児院の立て直しについてよ。どんな風に立て直すか、みんなの意見を聞きたいんだって」

そうよね? と、マリアに視線を向けられ、リスティアはこくりと頷いた。

「いまマリアが言ったとおり、あたしは孤児院を建て直すつもりなの。だから、みんなどんな風に建て直して欲しいか、希望を言ってくれると嬉しいな〜」

リスティアがふわっと微笑むと、子供達の表情がぱああああっと輝いた。

そして──

「俺、みんなと遊べる庭が欲しい!」

「じゃあ俺は一人部屋が欲しい〜」

「ずるい、私も一人部屋が欲しいよ!」

「ボク、足湯が欲しい!」

「あ、お風呂に入ってみたいなぁ〜」

などなど、好き勝手言い始めた。リスティアは「うんうん、そうだよねぇ」とか微笑みながら聞いていたのだけど、マリアが横で慌て始める。

「ちょっとちょっと、みんな待って。誤解しないで、立て直しって、孤児院の建物を建て直すんじゃなくて、孤児院の経営を立て直すって意味だよ」

マリアが訂正した瞬間「えーっ」と、みんなが不満そうな声を上げた。

「……みんな。あのね。孤児院の経営はすっごく大変なんだよ。今まで黙ってたけど、本当ならとっくに閉鎖されてもおかしくなかったんだから」

「……え? 孤児院、閉鎖しちゃうの?」

ミュウちゃんが泣きそうな顔をした。

「大丈夫、リスティア院長がなんとかしてくれるから。孤児院が閉鎖になんてならないよ。でも、みんなもわがまま言っちゃダメだよ」

マリアに諭され、現状を理解したのだろう。子供達は「そうだよね……」と神妙な顔をした後、「わがまま言ってごめんなさい」と謝り始めた。

なにやらとても良い話になりつつあるのだけれど、話を聞いていたリスティアは「マリアはなにを言ってるの?」とクエスチョンマークをたくさん飛ばしていた。

「なにって……リスティア院長の私財だけでは、経営の立て直しは無理だから、みんなで切り詰めていこうって言う、話、だよ……ね?」

マリアが徐々に不安そうな顔をする。最悪のケースを想定したからなのだが──リスティアは「違うよ」とあっけらかんに言い放った。

「孤児院を建て直すだけのお金を用意してきたから、みんなはどんな風な建物が良いかな? って言う話だよ?」

「……は? え? いや、あの……孤児院の建物を、建て直すお金を準備したの? 当面の生活費という話じゃなく?」

「うんうん、そうだよ?」

「は…………はああああああああああああああああああああっ!?

信じられないと叫ぶマリアの傍ら、子供達が一斉に歓声を上げた。

── 6 ──

「リスティア院長、この指は何本に見える?」

三本の指を立てた手をマリアが見せてきたので、リスティアは思わず唇を尖らせた。

「一応言っておくけど、あたしは正気を失ったわけじゃないからね?」

「でも、孤児院を建て直す資金を得たなんて言われても……リスティア院長は、どこかの貴族様だったりするの?」

「あたしは普通の女の子だよ?」

「……普通の女の子は、一晩で孤児院を譲り受けたり、孤児院を建て直すほどの資金を得たりなんてしないわよ」

「孤児院を譲り受けたり、お金を入手する方法があるだけの、普通の女の子だよ?」

「それもう、普通の女の子でもなんでもないわよ」

思いっきりため息を吐かれてしまった。普通であるがゆえに普通なはずなのに、普通の女の子になるのって大変なんだなぁとリスティアは思った。

「もう一度確認するけど、資金を得たのは本当なの?」

「うん。いまは手元にないけど、建て替えに必要な資金は商会が払ってくれることになってるんだよ。もうすぐ大工さんが来るから、そのときに聞いてみれば良いよ」

「……そうね、聞いてみることにするわ」

そんなわけでマリアの説得は完了──とリスティアは考えた。なので、テーブルの上に真っ白な図面を用意して、みんなの意見を取り入れた設計図を描くことにした。

「んーっと、んーっと、一人一部屋で、孤児が増えても対応できるようにして……あとは遊戯室と足湯。庭には遊び場だったよね。それと、あたしの部屋は二人部屋にして……」

さりげなく、いつか妹が出来たときのことを考えつつ、リスティアは細くしなやかな指でボールペンを走らせ、まるで定規を使ったかのように綺麗な製図を描き上げていく。

「院長先生、すっごーい」

「えへへ、ありがとう〜」

子供達に褒められて上機嫌のリスティアは、離れを増やして大きなお風呂を追加した。ついでに孤児院本体も二階建てにして部屋を増やしておく。

「それと……こっちは畑。でもって、お店も建てちゃおうかなっ」

リスティアはよどみなく図面を引き、コの字型に連なる三つの建物を設計。

更には別の用紙を取り出し、そっちには給排水のラインや、空調用のダクトを書き込み、魔導具を使って、上下水道に、冷暖房を完備出来るようにする。

最後は、建物の素材を決めて、荷重計算を書き込んで、リスティアはあっという間に完璧な製図を完成させて──

「これは叩き台だから、みんなの希望があったら反映するよ〜」

まだ叩き台だった。

子供達はわくわくして図面に目を通して、なぜか微妙な顔をする。

リスティアはどうしたんだろうと首を傾げるが、子供達は困惑顔で答えてくれない。リスティアは、困ったときのマリアに助けを求める。

「なにかダメだったかな?」

「えっと、なんと言うか……本当に、こんなに凄い建物を作れるの?」

「作るのはあたしじゃなくて大工さんだよ?」

「いや、そういう意味じゃなくて、資金とか。あと、この魔導具の給水システムってなによ」

「魔導具で、地下の水を汲み上げるシステムだよ?」

「いや、そもそも、そういうシステムが……うぅん、もう良いわ。後で大工さんに聞くから」

なんとなく、ダメな子扱いされた気がして、リスティアはしょんぼりした。そして、もっとマリア達に凄いって言ってもらえるように、もっともっと頑張ることにした。

なお、やりすぎて呆れられていることには残念ながら気付かない。



図面を完成させたリスティアは、子供達を連れて孤児院の外へとやって来た。

ちなみに、リスティアのストッパー役となっていたマリアは同席していない。この街にあるグラート商会の支部に、お金の立て替えについて確認に行くと出かけてしまったからだ。

どう考えてもリスティアの行動は非常識で、ちゃんと確認するしっかりしたマリアを褒めるべきなのだが──リスティアは、あたし信用ないなぁとちょっぴり落ち込んだ。

だけど、落ち込んでばかりもいられない。

リスティアの周囲には、十一人の子供達がいる。ここで良いところを見せれば、みんなが「お姉ちゃん凄い!」と言ってくれるかもしれない。

それに、確認に出かけたマリアだって、そのうち帰ってくる。

戻ってくるまでに色々と変えておけば、「私が留守のあいだにこんなに、お姉ちゃん凄い!」って言ってくれるかもしれない。

という訳で、やる気を出したリスティアは作業を開始することにした。

「まずは……古い建物を退かせるところから、かな」

サーチ系の魔法を使い、旧孤児院の基礎部分を確認する。その結果、地中にはほとんど手が加えられていないことが分かった。

これなら簡単だね──と、リスティアは無詠唱で魔法を発動。敷地の隅っこの土を、孤児院の建物と同じ広さで、深さを三十センチほど撤去。アイテムボックスに放り込んだ。

「うわぁっ、急に地面が陥没した!?

「なになに、なんなの!?

子供達が一斉に慌て始める。それを見たリスティアは、驚かせちゃったと反省。

「みんな落ち着いて、あたしが魔法で土を撤去しただけだから、驚くことなんてないよ〜」

もしここに魔法の知識が多少でもある者がいれば「撤去しただけって、そんなわけあるか!」と全力で突っ込んだだろう。けれど、孤児院で育った子供達にそんな知識はなく──

「ふぁっ、院長先生って、魔法使いなんだ!」

「院長先生、すっごーい!」

子供達は純粋に驚き、凄い凄いと囃し立てた。

それを聞いたリスティアは、やった、凄いって言ってもらえたよ! お姉ちゃんって言ってもらうまでもう少しだよ! なんて喜ぶ。

そして、今度はみんなを驚かさないようにと、ちゃんと魔法陣を展開──凄まじく大きくて綺麗なそれは、子供達をなおさら驚かしたのだが、それはともかく。

孤児院を基礎部分ごと浮かし、先ほど空けたスペースにゆっくりと下ろした。

「お家が移動しちゃった!」

「院長先生、すごい、すごーいっ!」

興奮した子供達にしがみつかれ、リスティアは『わぁい、みんながあたしを慕ってくれてる。嬉しいよぅ。えへへ〜』と内心ではしゃぐ。

けれど、お姉ちゃんとしてそんな態度は見せられないと態度には出さず、「ありがとうね」と、みんなの頭を優しく撫でつけた。

ただ、表面上は平常心を装っていても、胸の内で興奮しているのは事実。

リスティアはさらにあれこれ進めることにする。

「よーし、それじゃ次、いっくよ〜」

まずは建築予定地を掘り下げて、基礎工事がすぐにおこなえる状態に持って行く。

続いて、地下千メートルほどをサーチ系の魔法で調べて、地下水と高温泉を確認。地上までぶち抜いて、そこにオリハルコンで作ったパイプを突き刺した。

学者が知れば『神話の金属を、給水のパイプにするなんて!?』と発狂するかもしれないが、リスティアにとっては絶対に錆びない金属くらいの認識である。

魔石を利用したポンプを設置して、いつでも温泉やお水を取り出せるようにした。もちろん、部屋にも温泉を引いて、足湯を作れるようにするのも忘れない。

「次は……下水だね」

家の設計図に従って、下水を流す場所にパイプをつなげ、魔石を使った浄化装置で汚水を処理、近くにある川にまで流すようにする。

もちろんパイプはオリハルコンで、学者が知れば『神話の金属を、下水のパイプに……』と涙したかもしれないが、もちろんリスティアは気にしない。

さくさくっと作業を終えてしまった。

そうして一息入れたリスティアはみんなを見たのだが、子供達はきょとんとしていた。

どうやら、基礎部分を掘り下げたのが確認できたくらいで、他の作業は見えない部分が多くて、子供達には理解できなかったのだ。

「院長先生、いまなにをしたの?」

「えっとねぇ、地下水と温泉を引いたんだよぉ」

「地下水と……温泉?」

孤児院で生まれ育った子供達は世間に疎いため、温泉を知らないのだろう。

そんな子供達にリスティアは優しい眼差しを向けつつ、「非火山性温泉って言って、地下の深いところにあるお湯を、魔法で地上まで汲み上げたんだよ」と教えてあげた。

もちろん、子供達にはその説明の半分くらいしか理解できなかった。けれど、魔法が凄くて、それを使える院長先生が凄いと言うことは理解できたらしい。

みんなが、リスティアに尊敬の眼差しを向けてくる。

リスティアは、そこでお姉ちゃんって呼んでも良いんだよ! とか思っているのだが、子供達にとってリスティアは院長先生なので、いくら凄くてもお姉ちゃんとなるはずがなかった。

もちろん、リスティアは気付いていないのだけれど。

「ねぇねぇ院長先生、温泉って……もしかしてお風呂?」

赤い髪の女の子が紫の瞳を輝かせ、期待に満ちた視線を向けてくる。アヤネはまだ九歳ながらにおませさんで、マリアの次に世間について知っている。

先ほどのやりとりから、お風呂という答えを導き出したのだろう。

「アヤネちゃんの予想どおり、お風呂を作るんだよ〜」

リスティアは、お風呂となる場所を指差し、あのくぼみ部分がお風呂で、こっちが脱衣所だよと説明していく──が、なぜかアヤネの表情が曇った。

「あれ、気に入らなかった?」

「うぅん。ただ、お風呂って、その……院長先生しか入れないのかなって」

「え、みんな一緒に入れるよ」

「……そうなの?」

なぜか、意外そうな表情。どうしてアヤネ達が意外そうなのか分からなかったけれど、リスティアはみんなに安心してもらえるように微笑んだ。

「完成したら、みんなで温泉に入ろうね」

「みんな一緒って……女の子だけ?」

「え、ここにいるみんなのつもりだけど?」

リスティアがそう口にした瞬間、男の子達は真っ赤になって、女の子達が慌て始めた。

ちなみに、子供達だけであれば問題はなかった。

いままではお風呂なんてなかったし、桶に汲んだ水で身体を拭く程度しか出来なくて、そこには男女別々と言っている余裕がなかったからだ。

けれど、リスティアは立ち居振る舞いともに、貴族の令嬢のように美しい。

そんなリスティアと一緒にお風呂だなんて、男の子達が真っ赤になるのは当然で、それを聞いた女の子達が慌てるのもまた必然だった。

ちなみに、女の子達はリスティアに嫉妬したわけではなく、綺麗で優しい院長先生の裸が、男の子達の目に晒されることを嫌ったのである。

なお、リスティア自身は、みんなおませさんだなぁなんて、暢気に思っていた。

だから、それを察した女の子達は『リスティア院長先生は無防備だから、私達が気をつけないといけない』と、リスティアが聞いたら泣きそうな共通認識を抱いた。


その後、アヤネ達に諭されたリスティアは、お風呂場を男女別に設置することを約束。敷地の隅っこに自家菜園を作ったりしていると、ようやく大工達がやって来た。

「待たせたな、俺が棟梁のウッドだ。グラート商会に言われてやって来た」

大工達の一人がリスティア達の前にやって来た。三十代後半くらいだろうか? がしっとした体つき、いかにも親方っぽい見た目の男性である。

「初めまして、あたしが孤児院の管理をしているリスティアです」

「……ほう、孤児院の管理者が代替わりしたというのは本当だったんだな」

なにやら思案顔。リスティアはどうかしましたかと小首を傾げた。

「いやなに。前の院長はいけ好かないやつだったからな。あいつが関わってるなら、この仕事を断るつもりだったんだが……どうやら、違うようだな」

「ゲオルグ前院長なら、後を任すと言って旅立ちました」

さらっと嘘をつく。リスティアはちょっぴり悪い女の子だった。

「……旅立った、ねぇ」

ウッドはなんともいえない表情で呟き、リスティアの足下にまとわりついている子供達に視線を向け、目線を合わせるように片膝をついた。

「お前ら、このお姉ちゃんのこと、好きか?」

「うん、大好き! だって、前の院長先生みたいにひどいことしないんだ!」

「すっごく優しいんだよ!」

子供達が口々に答え、リスティアが「えへへ」と顔をほころばせる。それを見たウッドは「なるほど、嬢ちゃんは良い奴のようだな」と頷いた。

「よし、この仕事、俺達が引き受けよう」

「ありがとうございます。みなさん、よろしくお願いしますね」

リスティアが大工達に向かって微笑む。成り行きを見守っていた大工の男達が、リスティアの笑顔を見て顔をだらしなく緩ませた。

「よし、さっそくだが、どういう風に建てるか希望はあるか? なにやら、基礎工事のような物が、始まっているみたいだが……」

「あぁ、あれはあたしが準備しただけです。希望は……出来れば、この図面のように建てて欲しいんですが、可能ですか?」

リスティアが図面をウッドに差し出す。その瞬間、ウッドは困ったような表情を浮かべた。

「あぁ〜、嬢ちゃん。先に言っておくが、家って言うのは荷重計算とかがあってな。好き勝手に間取りを決めたら良いわけじゃ──おいおい、ずいぶんと詳細が書かれた図面だな」

図面に視線を落としたウッドが、食い入るようにその内容を確認し始める。それに気付いた他の大工達も図面をのぞき始め、思い思いの表情を浮かべた。

ほどなく、目を通し終えたウッドが、リスティアに視線を戻した。

「大した技術だな。どこにもほころびが見当たらねぇ」

「では、その通り作って頂けますか?」

「いや、それは無理だ」

「……ええっと?」

どこにもほころびがないのに、図面どおりに作ることは出来ないという。その意味が分からなくて、リスティアはきょとんとした。

「この図面に書いてあるとおりなら、なんの問題もねぇ。だが、書かれている素材がおかしいだろ。この数値どおりなら、攻城兵器でも壊れねぇような孤児院が出来ちまうぞ」

「ええ、そのつもりで設計しましたから」

素で答えるリスティアを前に、ウッドはなんとも言えない顔をした。

「……嬢ちゃん、一応言っておくが……この図面にあるような性能の建材なんて、この世界のどこにもねぇぞ?」

「あぁ、それはあたしが用意するから大丈夫ですよ。取りあえず、柱を用意しますね」

リスティアはアイテムボックスからオリハルコンを出すと同時に、それらを柱の形へと加工。敷地の片隅に積み上げていった。

「……は?」

ウッドや他の大工達が、目を丸くする。

「な、なんかいま、なにもないところから金属の塊が出てこなかったか?」

「ああ、俺にもそんな風に見えた。と言うか、その金属が柱に変形した気がする」

「けど……そんなことあるはずないよな?」

「ああ、ありえるはずがない。疲れてるんだよ、俺達」

大工達はゴシゴシと目を擦り、あらためて敷地の端っこに視線を向ける。そこでは、リスティアが現在進行形で、新しい柱を積み上げているところだった。

「現実、だと?」

「どうなってやがる!?

「おい、嬢ちゃん、なんだそれは!?

大工達が口々に言い放ち、リスティアに詰め寄ってくる。だがしかし、リスティアとて真祖のお姫様。いつまでも同じ失敗を繰り返したりはしないのである。

という訳で、リスティアは大工達へと振り返り、穏やかな微笑みを浮かべた。

「みなさん、これは魔法じゃないので、別に驚くことはないですよ?」

「いや、魔法とは言ってないというか、魔法でもそんなこと出来るはずないと言うか……」

「そうですよ。あたしは普通の女の子だし、そんな魔法出来るはずないですよ」

「そう、だな。いや、そうなのか? なんだかわけが分からんが、だったらその建材はどうやって出したって言うんだ?」

混乱しつつも、なんとか状況を把握しようと尋ねてくる。そんなウッドに向かって、リスティアは穏やかに微笑み──

「これは手品です」

「……はあ?」

「だから、手品です」

「あぁ、なるほど。手品ね、手品。それなら、なにも不思議はない──はずないだろ!?

大工達から総ツッコミされた。

ただ、なぜかそれ以上追及されることはなかった。

だからリスティアは、なんだかんだと手品と信じてくれたのだろう──なんて思ったのだけれど、もちろんそんなはずはない。

リスティアは知り得ないことだが、リスティアが絶対にやらかすだろうと予想したナナミの進言により、グラートが根回しした結果。

ウッド達の仕事には、ここで見聞きしたことを口外しないことや、あれこれ追及しないこと。リスティアに普通じゃないと言わないことが含まれているのだ。

天使と称される自称普通の女の子は、真の天使によって護られていた。

けれど──

「ただいま──って、孤児院が移動してる!?

「院長先生が移動させたの〜」

「なにそれどういうことっ!?

戻ってきたマリアと子供達のやりとりがあり、大工達のあいだでは『あの嬢ちゃん、絶対普通じゃない』という共通認識が出来上がった。

── 7 ──

孤児院の建て替えは迅速に開始された。

とは言え、リスティアの使う魔法のように一瞬で完成──と行くはずもなく、建て替えが完了するまでのあいだ、リスティア達は旧孤児院で生活していた。

──そんなある日。リスティアはマリアから相談を受けた。

「怪しい男が、うろちょろしてる?」

「ええ、どうも孤児院の様子をうかがったり、あれこれ聞いて回ったりしてるみたいなの。私、子供達のことが心配で……」

マリアによると、ここ数日で、何度かその男を見かけているらしい。

普通に考えれば、貧乏孤児院の羽振りが急に良くなったので様子を見に来た──と言ったところだが、リスティアは『妹や弟候補を探しに来たのかな?』と、ずれたことを考える。

「大丈夫、子供達は絶対に渡さないよ!」

あたしがみんなのお姉ちゃんになるんだから! あとから来た人になんて、絶対の絶対に渡さないんだからね! と、想いを込めて叫ぶ。

その瞬間、軽い吸血衝動に襲われ、リスティアは切れ長の眉をひそめた。けれどマリアはそれに気付かず「リスティア院長なら、そう言ってくれると思ったわ」と微笑んだ。

会話のキャッチボールが成り立っているようで成り立っていない。けれど、あちこちに跳ね返った結果、手には収まっているのでお互いに気付かない。

そんなわけで──


「今日はみんなにプレゼントがあるよ〜」

昼食の後、リスティアは子供達に向かって笑顔を振りまいた。

テーブルの上に広げるのは人数分の装身具。葉っぱに三つの木の実が連なったような、男の子でも使えるようなデザインのブローチだ。

「うわぁ、キラキラしてて綺麗……」

「なんだこれ、すげぇ」

子供達がブローチと同じくらい、目をキラキラと輝かせる。

「みんなへのプレゼント、あたしが作ったブローチだよ」

「えっ、これ、院長先生が作ったの!? すっごーい──って、私達にくれるの!?

「うん、そうだよぉ〜」

なお『この子達は、あたしが妹や弟にしようとしてるんだからね。後から来た人につけいる隙なんてないんだからね!』という主張が目的である。

これで、不審な男への対策はバッチリだね! なんて思いながら、リスティアは子供達が、自分の衣服にブローチを装着するのをニコニコと見守る。

けれど、マリアが呆れ眼を自分へと向けていることに気がつき、そちらへと視線を向けた。

「……えっと、どうしたの?」

「どうしたのと言うか、突っ込みたいことがありすぎてなんと言えば良いのか」

「マリアのお話なら、あたしはちゃんと聞くよ?」

「なら言わせてもらうけど、こんな高価そうなブローチを身に付けてたら、狙ってくださいと言ってるようなものじゃない」

たしかにマリアのいうとおりだ。子供達はただでさえ可愛いのだから、ブローチで魅力が増したら、もっと妹や弟にしたくなるに決まっている。

なかには、我慢できなくなって子供をお持ち帰りしようとする人も現れるかもしれない。

だけど──

「心配はいらないよ」

「どういうこと?」

マリアが小首を傾げる。

その問いにリスティアが答えるより早く、子供達が騒ぎ始めた。

「あ、あれ? 手にあった怪我が消えていくよ?」

「私、なんだか目がよく見えるようになったよ。いままで、遠くはぼやけてたのに!」

「お腹痛いのが治った!」

「すっごい、身体が軽くなったよ!」

「わぁ、力が強くなったみたい!」

子供達を見たマリアが「今度はなにをしたのよ?」と、呆れ顔を向けてきた。

「作ったブローチに、エンチャントを施しただけだよ。身体能力の強化と、怪我の再生。それに状態異常の無効化を施してあるから、変な人に襲われても大丈夫だよ!」

リスティアの、ちょっぴり本気のエンチャント品である。

少し前のリスティアなら、あたしは普通の女の子だから──と、自重していたはずなのだけど、子供達は凄い凄いと喜んでくれるので、最近は自重がなくなっている。

いわく『あたしはちょっと凄いエンチャントが出来るだけの、普通の女の子だよ』だそうだ。

ここ数日で突っ込んだら負けと悟ったマリアは「みんなの安全が確保できてるなら良いわよ」と、自分のブローチを服につける。

「あ、ホントに身体が軽くなった気がするわ。これは便利ね」

マリアはリスティアの非常識っぷりに順応しつつあった。

なお、孤児院という閉鎖された空間で育った子供達は、リスティアが凄いとは思っても、ありえないような存在であるとは思っていない。

最初はリスティアを警戒しまくっていたアレンすらも、最近はすっかり懐柔されて「なんだこれすげーっ!」とはしゃいでいる。

ちょろい──と言いたいところだが、リスティアによる恩恵が凄すぎて、疑うのもバカらしくなったと言うのが、実際のところだろう。

こうして、リスティアがいることが普通の──よそから見たらとても普通とは言えない領域が、街の片隅に形成されつつあった。


そんなある日、グラートが訪ねてきた。

「こんにちは、リスティア様。本日はオークションの件でうかがいました」

「こんにちは、グラートさん。良かったら上がってください」

リスティアはふわりと微笑んで、グラートを旧孤児院の応接間に招き入れた。

「はあ……色々と噂は聞いていましたが、素晴らしい部屋ですね」

部屋を見回しながら、グラートが感心したような口調で言い放つ。

取り敢えずと言ったレベルで、自分の部屋と同程度に体裁を取り繕っただけの部屋なのに、グラートさんはお世辞が露骨だなぁと、リスティアは苦笑いを浮かべる。

「やっつけなので、そんな風に評価して頂くと恥ずかしいです」

「ははは……やっつけですか。リスティア様は本気で思っているのでしょうね」

「……ふえ?」

「いえ、こちらの話です。それではまず最初に、鑑定の水晶をお返しいたしますね」

グラートが、リスティアの作った鑑定の水晶を返品しようとする。けれど、リスティアはその水晶──と言っても、材質はクリスタルケージの欠片ダイヤなのだが──受け取りを拒否した。

「それはグラートさんにあげたものですから」

「──なっ、本気で言ってるんですか!? アーティファクトも真っ青な鑑定の水晶ですよ!?

「やだなぁ。あたしが片手間に作ったの、グラートさんも見てたじゃないですか。アーティファクトなんて大げさな代物じゃない、普通のエンチャント品ですよぅ」

「どこから突っ込んで良いのやら……でも、本気で言っているんでしょうね」

「もちろん、本気ですよ。だから、遠慮せずにもらってください」

グラートの鑑定の水晶が砕けたのは、リスティアの作ったブローチが原因。

自分に責任があると受け止めているわけではないけれど、代わりの物を簡単に用意できるのだから、あげるくらいかまわないだろう──という考えである。

「……はあ、最近はなんだか、金銭感覚とか一般常識が崩れそうですよ。私の知っている普通は、どこへ行ってしまったんでしょうね……」

なんだかよく分からないけど、グラートは疲れているようだ。

妹の対象にならない相手にあまり興味はないリスティアだけど、お世話になっている相手を気遣うくらいの優しさは持ち合わせている。

「良かったら、体調を整えるエンチャント品もプレゼントしましょうか?」

「本気で止めてくださいっ、私の普通が帰って来れなくなりますからっ!」

なぜか、涙目で懇願されてしまった。

「ええっと……必要ないというのなら、止めておきますけど。でも、鑑定の水晶はもらってくださいね。じゃないと、あたしも責任を感じちゃいますから」

「……分かりました。ありがたく頂戴いたします。その代わり、今回のオークションでかかった費用や手数料は、全てうちで負担いたしましょう。もちろん、建築費用もね」

「……良いんですか?」

「良いもなにも、こっちが思いっきり得をしていますからね。気にしないでください。と言うか、こちらが気にしてしまうのでお願いします」

「……それじゃ、ありがとうございます」

リスティアは感謝の気持ちを込めて微笑んだ。

「お礼を言うのはこっちなんですけどね。えっと……それで、オークションでの落札金額ですが、大金貨で千八百枚となります」

「そうですか、ありがとうございます」

大金貨一千八百枚は、金貨に換算すると一万八千枚分。

一般人であれば──いや、たとえ貴族だったとしても、目を見開くような金額なのだが、金銭感覚のないリスティアは淡々としている。

その様子を見たグラートが「やはり驚きませんか」と苦笑いを浮かべた。

「どうかしましたか?」

「……いえ。問題なければ、運び込ませて頂きますが……よろしいですか?」

「かまいませんけど?」

どうしてわざわざ聞くのかと首を傾げた。

「いえ、孤児院に大金を置くのは危険なので……普通は」

「あぁ、なるほど。あたしが管理するので大丈夫です」

リスティアのアイテムボックスより安全な場所は存在しない。

という訳で、大金貨はリスティアが受け取った。

「それと……お伝えしたいことがあります」

これからが本番だとばかりに、グラートが表情を引き締める。

「……伝えたいこと、ですか?」

「ブローチですが、予想どおり、世間を揺るがすほどの話題となりました。オークションの落札金額も、参加者の中で一番、その時点で動かせる金額の多かった者が落札したという形です」

ブローチが紹介された瞬間、会場は騒然となった。そして参加者が次々に入札していき、やがて入札額が所持金を上回った者から脱落。

最終的には、資金を一番多く所持していたものが落札という結果に終わったらしい。

なので、落札できなかった参加者達からは、事前に告知があれば家を抵当に入れてでも資金を用意したのにと嘆く声が多く上がった。

つまりは、事前に告知しておけば、落札金額は更に上がったということ。

本来であれば、事前に告知するべきだったと嘆くところだ。

ただ、リスティアは高く売ることにこだわっていなかったし、大々的に宣伝して大きな組織にブローチを狙われたら、グラート商会では守り切れない可能性がある──などの判断があった。

だから、リスティアは納得済みの話ではあるのだけど──

「実は、落札できなかった者達が、出品者が誰か探りを入れてきています」

アーティファクトでもトップクラスのエンチャント品をサクッと売り抜けたことから、様々な憶測が飛び交った。そのことが様々な憶測を呼び、他にもまだ売るのであれば、自分と商談を──などといった思惑で動いている者達がいるそうだ。

「もちろん、依頼主を護るのも契約のうち。全力でリスティア様のことは隠し通そうとしたのですが、貴族達が本気になりまして」

「……隠しきれなかったってことですか?」

グラートは「今のところ、バレた兆候はありませんが……」と前置きを一つ。

自分がこの街に支店を持ち、ちょくちょく立ち寄っていることはもちろん、その支店が孤児院の建て直しの仲介をしたことも、隠し通すのは難しいと続けた。

そして、そんな孤児院の院長はつい最近代替わりしている。それらをつなぎ合わすことの出来る人物ならば、リスティアが出品者だと知ることも不可能ではないという話。

「申し訳ありません。その辺りも考えておくべきでした」

グラートが非を認めて頭を下げる。

「頭を上げてください。あたしが自分でなんとかしようとしていたら、絶対にもっと面倒なことになっていましたから。あたしは感謝しています」

「……ありがとうございます。そう言って頂けると、多少は救われると言うものです。本当は、こちらから警備を出したいのですが──」

「必要ないですよ」

「……そうですね。警備などつけたら、自分からオークションの出品者をばらすようなものですからな。分かりました。なにか困ったことがあれば、すぐに相談してください」

「ありがとうございます、そのときはそうさせて頂きますね」


──数週間。新しい孤児院の建築は順調に進んでいた。そんなある日の昼下がり。リスティアはいつものように、大工のみなさんに飲み物の差し入れをした。

「嬢ちゃん、いつもすまねぇな」

「いえ、あたしこそ、みなさんには感謝してます」

感謝の気持ちを持って笑顔で答える。

リスティアは、涼しげなワンピース姿で、漆黒の髪は無造作に後ろで束ねている。

明らかに育ちが良さそうなのに、ラフな姿でみんなと気さくにおしゃべりをする。リスティアはいまや、大工からも大人気となっていた。

俺、この建築が終わったら告白するんだ──などと、言う者が出る始末。もちろん、ウッドが睨みを利かせているので、リスティアは今のところ気がついていないが。

「ところで嬢ちゃん、一つ気になっていたんだが……聞いても良いか?」

「もちろんかまいませんけど、なんですか?」

リスティアはこてりと首を傾げた。

「孤児院の建て直しと、風呂は……まあ分かるんだが、正面に建てる建物はなにに使うつもりなんだ? 食堂っぽいが……それにしてはデカすぎやしないか?」

「あぁ、そこはお店を作るつもりです」

「……お店?」

「はい。軽食を中心とした、大衆食堂をするつもりです」

「食堂? こんな立地じゃ、採算が取れないんじゃないか?」

「そこは気にしません。子供達に働いてもらうのが目的なので」

採算は気にせず働いて貰うとリスティアが言ったことで、ウッド達は目を見開いた。

「そう、か……子供のうちに働かせて、手に職をつけさせようって言うのか。嬢ちゃんは本当に、子供達のことを考えているんだな」

普通は、幼い子供──それも孤児を働かせてくれるような店はない。けれど、リスティアの作ったお店であればその心配はない。

今のうちに経験を積ませ、将来お店で働けるようにするつもりなのだとウッドは感心する。

なお、リスティアには他に思惑があるのだが──それは別のお話。子供達のことを考えているというのは事実なので、微笑んで受け流した。

「リスティアちゃん、リスティアちゃん」

大工の一人、メンバーの中では比較的若いお兄さんが、リスティアに話しかけてくる。

「はい、なんでしょう?」

「その食堂は、俺達平民でも食べに来られるのか?」

「ええ、もちろんですよ」

「「「おおおおおおっ!」」」

なにやら大工達から歓声が上がる。若い大工ばかりではないのだが、リスティアはおじさんからも人気だった。「俺にもこんな娘がいたらな」なんて声も聞こえてくる。

「俺、店がオープンしたら食べに来るからな!」

「俺も来るぜ!」

「えへへ、みなさんのお越しをお待ちしてますね」

リスティアが可愛らしく微笑む。その瞬間、大工達の思いは一つになった。食堂がオープンしたら毎日通って、リスティアちゃんと仲良くなろう──と。

まあ、リスティアは知り得ないことなのだが。

「よし、そういうことなら迅速に建築を再開するぞ!」

「「「おうっ!」」」

大工達は飲み終わったコップを、リスティアが持っていたトレイに返却。やる気に満ちた顔で、建築現場へと戻っていった。

「すまねぇな、うちの若い者が」

最後に、ウッドがお茶をトレイに返却、苦笑いを浮かべる。

リスティアに対してアピールしている男達の暑苦しさに対する謝罪なのだが、まったくもって気付いていないリスティアは小首を傾げた。

そうして、リスティアはトレイに乗っているコップを魔法で洗浄してアイテムボックスの中へ。

「ところで、あたしに手伝えることはありませんか?」

「いや、気持ちだけ受け取っておくよ。これは俺達の仕事だからな」

「そうですか? なにかあれば遠慮なく言ってくださいね。あたしとしても完成が早くなるのは歓迎ですから」

「ふむ……なら、一つ頼みがある。嬢ちゃんの出してくれた建材がかなり重くてな。二階部分に上げるのが大変なんだ。もし好きな場所に移動できるなら……」

「あぁ、なるほど。そういうことであれば、使いやすい場所に並べ直しますね」

言うが早いか、リスティアは建築中の孤児院の真横に、基礎工事でアイテムボックスに入れていた土を積み上げて硬め、二階部分へ続く坂道を作り上げた。

「おいおい、今度はなにをやったんだ?」

「もちろん、手品ですよ?」

「……そうか、手品なら仕方ないな」

なにやら悟りの境地に至ったウッドは、すんなりとその超常現象を受け入れた。

そしてそんなウッド達をよそに、建築の設計図が頭に入っているリスティアは、建材を片手でひょいっと持って、軽い足取りで二階部分へと続く坂を登っていく。

◇◇◇

リスティアが軽い足取りで建材を運ぶ。

通りすがりがその光景を見ても、リスティアが重い物を持っているとは思わないだろう。けれど、ウッド達はその建材が百キロを超えることを知っていた。

その結果「やっぱり嬢ちゃんはただ者じゃねぇ」という認識が共有されたのだが──

「あれ〜、院長先生、なにしてるの〜?」

子供達が数名、建材を運んでいたリスティアのもとに駆け寄った。

「孤児院を建て直すのに必要な建材を二階部分の側に運んでるんだよ」

「じゃあ、俺も運ぶ!」

「私、私も!」

リスティアにまとわりつく。そんな子供達を見たウッド達が最初に思ったのは、建築現場に子供が近づくのは危ないと言うこと。

子供達を退散させようと、慌ててリスティアのもとへと駆け寄るが──

「なら、みんなも運んでみる?」

リスティアの発言に、ウッドは目を剥いた。

「おいおい、なにを考えてるんだ嬢ちゃん。いくらなんでもそれは──」

ウッドは最後まで言うことが出来なかった。リスティアが百キロオーバーの建材をひょいっと手渡し、イヌミミの女の子が「よいしょ」と受け止めたからだ。

「「「────は?」」」

同じことを考えて、子供達のもとに向かっていた大工達が一斉に間の抜けた声を漏らす。

「ゆっくり、丁寧に運ぶんだよ。絶対に他の人に迷惑かけちゃダメだからね?」

「うん、分かった〜」

幼女に分類されるであろうイヌミミ族の女の子が、百キロ以上ある建材を二階部分へと運んでいく。その足取りはゆっくりだが、大変そうには見えない。

「な、なんだ、どうなってやがる?」

「イ、イヌミミ族だからじゃないか?」

「たしかに獣人は、人間より力が強いと聞くが……幼女だぞ?」

混乱するウッド達の視線の先、リスティアが今度は人間の男の子に、同じように建材を手渡した。そしてやはり、男の子は苦もなく建材を運んでいく。

そんな子供達の胸元にはブローチが輝いているのだが──さすがにそこまでは気付かない。

とにかく、その光景を目の当たりに、ウッド達は確信した。普通じゃないのは嬢ちゃんだけじゃなく、この孤児院そのものだ──と。

── 8 ──

新しい孤児院の建築作業が始まって二ヶ月ほど過ぎたある日。リスティア待望の大浴場が完成した。子供達の希望で、男女別々に分かれた二つの浴場である。

もちろん、子供達にもすぐさま浴場を開放。

リスティアは「裸の付き合いだよぉ〜」と、男女見境なく誘って一緒に入ろうとしたのだけれど、女の子達に断固として反対されてしまった。

リスティア自身もまだ幼く、子供達はもっと幼い。まだ性的な意識なんてないだろうと思っていたリスティアは、みんなおませさんだなぁと感心する。

そんなわけで、浴場を開放した日の深夜。

リスティアにはその日の疲れなんてものはないのだけれど、久しぶりにのんびりしたい気分で脱衣所にやってきた。

まずはブラウスを脱ぎ、浄化の魔法を掛けてアイテムボックスへ。続いてブラ、ショーツ、最後にスカートと、同じ作業を繰り返す。

生まれたままの姿になったリスティアは、最後に長い髪をまとめ上げ、浴場へと向かった。

「えへへ、おっきなお風呂、久しぶりだよぉ〜」

上機嫌のリスティアはお湯に浸かる前のマナーとして、浄化魔法で身体の汚れを浄化した。この時点でお風呂に入る必要はなくなったのだけれど、そこは気分の問題である。

と言うことで、かけ湯をして湯船にその身を浸した。

最初は下半身から、徐々に上半身まで浸かっていく。そうして肩まで浸かったリスティアは、寝転ぶことの出来るスペースでごろんと横になった。温泉の成分によるものか、はたまたプラシーボ的な効果か、リスティアはリラックスした気分になっていく。

「はぁ……気持ち良いよぅ」

ちゃんとしたお風呂に入るのはいつ以来だろうか──とぼんやりと考えたリスティアは、それが千年の眠りにつく前、姉達と入ったきりだと思い出した。

「お姉ちゃん達、今頃どこでなにをしてるのかなぁ……」

妹はまだ出来ていないけれど、妹がどういうものかは分かった。今なら姉たちがリスティアをどれだけ大切にしてくれていたかも分かる。

久しぶりに会いたいなぁ……とリスティアは考えた。けれど、さすがのリスティアも、この世界のどこかにいるか分からない家族の居場所をサーチすることは出来ない。

もっとも、大きな力でも使ってくれれば地域を限定できる。そうすれば、探すことだって可能だし、そのうち見つかるだろうとも思っている。

お姉ちゃん達に会うまでに妹をつくって紹介したいなぁ……なんて考えていると、脱衣所へと繋がる扉が音もなく開いた。そうして姿を現したのは、ブルネットの女の子。

「マリアも来たんだね〜」

「誰──って、リスティア院長。いないと思ったらお風呂に入っていたのね。……もしかして、邪魔だったかしら?」

「まさか、そんなことないよぅ」

リスティアは柔らかく微笑んでお風呂から上がった。

「……リスティア院長、もう上がっちゃうの?」

「うぅん、マリアの身体を洗って上げようと思って」

「え、それは、その……私は」

警戒するように身を縮める。

恐らくは、自分が穢れているという意識が残っていて、更には他人に触れられる恐怖心が残っているのだろう。だから、みんなと一緒に入らず、こんな時間に一人でお風呂に入ろうとした。

そんなマリアの心情が分かったので、リスティアは大丈夫だよと微笑む。

「マリアは綺麗だよ。それに、あたしはマリアに怖がられたって平気だから。少しずつならしていこう。……ね?」

「……リスティア院長。えっと、それじゃ……お願い」

「うん、お姉ちゃんにお任せ、だよ!」

ちょっぴりお姉ちゃんぶって、マリアを洗い場の椅子へと腰掛けさせた。リスティアはその斜め後ろに膝をつき、シャワーを手に取る。

「はーい。それじゃ、お湯を掛けるねぇ〜」

「ひゃっ!? な、なに? なんなの!?

シャワーを知らないのだろう。シャワーから吹き出すお湯に、マリアがびくりと身を震わせた。

「これはシャワーと言って、効率よくお湯を浴びることが出来るんだよぉ」

リスティアは、びくつくマリアの横でシャワーのお湯を浴びてみせる。そうして、マリアの恐怖心が和らぐのを見計らって、その脚にお湯を掛けて見せた。

「──っ。くす、ぐったい……んっ」

びくりと身を震わせたけれど、先ほどのように恐怖を抱いているようではない。それを確認したリスティアは、ゆっくりとマリアの全身にシャワーを浴びせていく。

マリアの瑞々しい肌が、シャワーのお湯を弾く。リスティアの魔法によって細胞レベルで全身を再生された結果だ。

「気持ち良い……けど、こんな風にお湯を使うなんて、すっごく贅沢よね」

「自然の恵みだからね。好きなだけ恩恵にあずかって大丈夫だよ」

温泉が自然の恵みという意味では……まあ、間違っていないだろう。リスティアのアーティファクト級のあれこれや、地下千メートルまで力業でぶち抜いたことに目をつぶれば。

それはともかく、マリアの身体がある程度ぬくもったのを確認。リスティアは特製ボディーソープを取り出して、同じく取り出した特製スポンジに落として泡だてていく。

「よーし、それじゃあ、今から背中に触れるね」

マリアの背中にスポンジをそっと押し当てる。

「──っ」

マリアの身体がこわばった。

「マリア、大丈夫?」

「……大丈夫よ。反射的に身がすくんじゃうけど、リスティア院長が恐くないのは知ってるから」

「そっか……それじゃ、ゆっくり洗うから、痛かったりしたら教えてね」

怖がらせないように優しく。だけど、ちゃんと汚れが落ちるような力加減で擦っていく。

もちろん、リスティアの浄化魔法で汚れを落とすことも可能だけれど、お姉ちゃんは妹の身体を洗うもの、そう姉たちから教え込まれていたリスティアは、その教えを忠実に守る。

──嘘だ。リスティアは今まで、浄化魔法を使わずに身体を洗ってくる姉たちに疑問を感じていた。けれど、今こうしてマリアの身体を洗っていると優しい気持ちになる。

姉たちがリスティアの身体を洗いたがるわけが、今ようやく分かった気がした。

幸せなひととき。

だけど──マリアの背中を洗い終えて、次はどこを洗おうかなと思ったそのとき、リスティアの視界に、マリアの艶めかしい首筋が映った。

その瞬間、どくんと心臓が高鳴り、今まででになく強い吸血衝動が湧き上がる。

「──あっ、くっ……」

とっさに唇を噛んで衝動に耐える。

だけど、いつもはすぐに治まる衝動は、治まるどころか強くなっていく。今すぐマリアを掻き抱き、その首筋に牙を突き立てたい。そんな衝動に駆られる。

──ダメ、だよっ。マリアは大切な妹候補で、絶対に食料なんかじゃない! それに、マリアはゲオルグ院長に酷いことされて傷ついている。そんなマリアを、襲うなんて絶対に出来ないっ。

血が出るほどに唇を噛み、自分の内から湧き上がる衝動に耐える。

「……リスティア院長?」

気がつけば、振り返ったマリアが自分を見上げていた。その無防備な裸体が目の前に広がり、リスティアは思わず仰け反った。

「……リスティア院長、どうかしたの? 大丈夫?」

「え、あ、大丈夫だよ。でも、後は自分で洗えるよね。それとも、前もあたしに洗って欲しい?」

「そ、そんなこと言わないわよっ」

「ふふっ、そうだよねぇ」