「おい、お前、何者だ!」
不意に、険のある声で誰何をされる。
……あれ? あたし、今なにを……?
我に返ったリスティアは、声のする方に視線を向ける。そこには、先ほどナナミに飛び掛かっていた青年がいて、リスティアを睨みつけていた。
歳はリスティアより少しうえ、二十歳くらいだろうか? 精悍な顔つきの青年だ。
「あたしはリスティアだよ?」
「ならリスティア、ナナミとはどういう関係だ?」
「どういう関係?」
リスティアはナナミを見下ろし、そして青年へと視線を戻した。
「……どういう関係なんだろう?」
「こっちが聞いてるんだろうが!」
「──止めて、リスティア様に突っかからないで」
我に返ったナナミが、二人の会話に割って入った。
「リスティア様、もう大丈夫だから下ろしてください」
「えっと……うん」
リスティアは、ナナミをゆっくりと下ろした。
「リスティア様は、私の命の恩人だから、失礼なことは言わないで、お兄ちゃん」
ナナミがきっぱりと言い放つ。
「──命の恩人? 命の恩人って、どういうことだ?」
「──お、お兄ちゃん? ナナミちゃん、お兄ちゃんがいたの!?」
戸惑う青年の横で、リスティアはとんでもない衝撃を受けていた。
そ、そんな、ナナミちゃんに、既にお兄ちゃんがいたなんて! それじゃ、どんなにあたしが頑張ってもお姉ちゃんにはなれない!?
お、おおおち、落ち着こう、あたし。お兄ちゃんがいたら、お姉ちゃんになれない、なんてことはないはずだよ。そうだよ、大丈夫、頑張れあたし!
「……リスティア様?」
「な、なんでもないよ。ただ、お兄ちゃんがいるって知らなかったから、驚いて」
「あぁ……えっと、リックお兄ちゃんは、身寄りをなくして奴隷商に買われそうになっていた私を拾ってくれた、義理のお兄ちゃんなんです」
「──拾った!? 義理!? そ、それって……」
リスティアは、信じられないと目を見開き、リックと呼ばれた青年を見る。それに対して、リックはなぜか不機嫌そうな顔をした。
「言っておくが、俺がナナミを拾ったのは成り行きで、別にやましい理由なんて──」
「尊敬するよ!」
「……はぁ?」
「だって、路頭に迷ってる女の子を保護して、自分の義妹にしたんだよね! 凄く、凄く大変だったと思う。それをやりとげるなんて凄いよ!」
「お、おぉ、分かってくれるか?」
「もちろんだよ!」
リスティアはキラキラと目を輝かせた。
なお、そもそも路頭に迷っている女の子を探すのが大変で、見つけたとしても信頼を得るのが大変。更には妹になりたいと言ってもらうのが大変。
なのに、それを成し遂げてしまうなんて凄い、羨ましい! という意味である。
「それで、えっと……リスティア様だっけ?」
「リスティアで良いよぉ」
「いや、しかし……」
リックはリスティアの着ている服に目を向けた。ナナミがリスティアを様付けで呼ぶ。それには相応の理由があると思ったようだ。
「ナナミちゃんにも、もっと砕けた話し方で良いよって言ってるんだけどね」
「そんな恐れ多いことは出来ません」
「──ってことらしいよ。あたし、普通の女の子なんだけどなぁ」
だから、お姉ちゃんと呼んで甘えてくれても良いんだよ? という想いを込めて、ちら、ちらっと、ナナミにアピールする。が、恐れ多いですと一刀のもとに斬り伏せられてしまった。
リスティアは「む〜」と唇を尖らせた。
「まぁ……よく分からんが、それじゃリスティアは──」
「ジロリ」
ナナミが外見からは想像できないような眼力で、リックにプレッシャーを与える。その視線に晒されたリックは頬から一筋の汗を流し、コホンと咳払いをした。
「──リ、リスティアさんは、ナナミの恩人だという話だけど、どういう意味なんだ? 調査隊が期日になっても帰ってこなかったのと、なにか関係があるのか?」
「それは……」
「──それは、私が説明するよ、お兄ちゃん」
ナナミが前置きを一つ、調査に入った迷宮に様々な魔物が巣くっていたこと、迷宮の最奥にはドラゴンが巣くっていて、調査隊が全滅したことを打ち明けた。
「ドラゴン、だと!? それでナナミは無事だったのか!?」
「無事だから、こうして帰ってきたんだよ。と言っても、リスティア様が助けてくれなかったら、今頃は餌になってたかもしれないけど」
「それじゃ、まさか……リスティアさんが、ドラゴンを倒したって言うのか?」
信じられないと、リックがリスティアに視線を向けてくる。それに対してリスティアは少し困ったような顔で微笑んだ。
リスティアのエンジェルスマイルに、リックが顔を赤らめる。
「……お兄ちゃん?」
「お、おう、なんの話だっけ?」
ナナミに少し不機嫌そうな声で呼ばれ、リックは慌てて視線を戻した。
なお、リスティアは、リックが自分に見とれていたことに気がついている。
その上で、あたしはリックさんから見たら年下、妹対象だからね。既に妹のナナミちゃんが、焼き餅を焼いたり、心配するのは仕方ないね。
でも心配しなくて平気だよ。あたしがなりたいのは妹じゃなくて、お姉ちゃんだから!
──なんて感じで、完全に的外れなことを考えていた。
「だから、リスティア様の話──なんだけど、そのまえに。リスティア様、今日の宿がまだ決まってないの。だから……ダメかな?」
「ん? あぁ、俺はかまわないけど……うちに泊まってもらって大丈夫なのか?」
「それは大丈夫だと思う」
「なら、俺は問題ないぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
なにやら、自分のあずかり知らぬところで、この後の自分の行動が決まっている。リスティアは、ナナミに「なんの話?」と視線を向けた。
「リスティア様、今日は私の家に泊まりませんか?」
「ナナミちゃんのお家?」
「はい。正確には、私は居候なんですけど……部屋は余ってるので」
「気持ちは嬉しいけど、迷惑じゃない? あたし、宿代を持ってるよ?」
「……そのお金使ったら、一文無しですよね? それに……お兄ちゃんにどこまで話して良いかとか、色々と相談したいんです」
ナナミが顔を寄せて、背伸びをして耳打ちをしてくる。それが可愛くて、リスティアは思わず、ナナミを抱きしめた。
「ひゃ、リ、リスティア様!?」
「あ、ごめんね。ナナミちゃんが可愛くて思わず」
「か、かわ……はふぅ。え、えっと、それで……泊まっていただけますか?」
「あたしはありがたいけど……」
本当に良いのかと、リックへと視線を向けた。
「ナナミの恩人なら、俺にとっても恩人だからな。気兼ねはしないでくれ。それに、色々と話も聞きたいからな」
「そっか、ありがとう。そういうことなら、お世話になるね!」
── 4 ──
やって来たのは、ナナミの家族が住んでいるというお家。表通りから少し外れた位置にある、小さなマジックアイテムのお店だった。
「ここが俺達のうちだ。狭い家だけど、入ってくれ」
リックが店の中に入り、その後ろにナナミとリスティアが続いた。
「いらっしゃい……って、なんやリックか。帰ってきたんやね」
「なんだはないだろ、母さん。ナナミが帰ってきたぜ」
リックがそう言って一歩横に退く。
それによって、リスティアとナナミから、店番をしていた女性が見えた。
リックは母さんと呼んだが、二十代後半くらいのお姉さんにしか見えない。リックが二十歳くらいなので、親子とみるには違和感がある。
ただ、真祖の一族は自立できる程度──つまりは少年少女の姿になってからは、極端に成長速度が遅くなるので、リスティアは二人を見ても特におかしいとは思わなかった。
「……ナナミ? ナナミ!」
ナナミを見たお姉さんがガタッと立ち上がり、物凄い勢いでナナミのもとに駆け寄る。
「ナナミ、良かった、無事やったんやね!」
「わぷっ。うぅ〜苦しいよぅ」
ぎゅううううううっと豊かな胸に抱きしめられて、ナナミが息苦しそうに藻掻いている。
「はぁ……本当に無事で良かったわ。期日になっても帰ってこおへんから、うち、物凄く心配したんよ?」
「……あう。ごめんなさい、お母さん」
「ホントに心配かけて。……一体、なにがあったん?」
「それが、調査隊が全滅して……」
「調査隊が全滅!?」
ナナミが調査隊が魔物に襲われて壊滅、危ないところを救われたという事情を話す。それに対して、お姉さんは驚きつつも、とにかくナナミが無事で良かったと抱きしめた。
家族の愛情が感じられる光景。それを見たリスティアは、自分の家族のことを思い出した。
リスティアの家族は千年程度で老衰はしないし、他種族に滅ぼされるとも思えない。けど、それと同じくらい、自分を千年以上も放っておくとは思えない。
どこかで生きているはずだけど、一体どこでなにをしているのか。
そのうち探しに行ってみようかなと考える。
「それで、さっきからいるそこの嬢ちゃんはどこのどなたなん?」
「リスティア様だよ」
「……リスティア様?」
「さっき説明した恩人だよ。お礼をしたくて、家までついてきてもらったの。だから、今日はうちに泊まってもらっても……お母さん?」
ナナミが紹介の途中で首を傾げた。自分の母親の反応がないことに気付いたからだ。と言うか、お姉さんはリスティアを見てなぜか硬直していた。
どうしたんだろう? と、リスティアはちょこんと小首を傾げた。
「な、な、な……なんなんこの子! むっちゃ可愛い! お人形さん? お人形さんなん!?」
「えっと、あたしはお人形じゃなくて普通の女の子だよ?」
「はあああああ、声も凄く可愛い! うちが抱きしめても良い? いや、ダメと言っても抱きしめるわ! ぎゅうううううっ!」
擬音を発しながら、言葉どおり熱烈に抱きしめてくる。そんなお姉さんの胸に押しつけられながら、やっぱりお姉ちゃんとそっくりだよ。なんてことを考えた。
「おい、見ろよナナミ。リスティアさん、全然動じてないぞ」
「さすがリスティア様だよ!」
そして、よく分からないところで評価が上がっている。
その評価が上がって、お姉ちゃんと呼んでもらえるなら、喜んで評価を上げるのになぁ。なんてことを考えつつ、リスティアはお姉さんが満足するのを待った。
それからしばらく経って、ようやく解放された。
「はぁ〜最高の抱き心地やったわ。それで、貴方が……リスティア様なん?」
「リスティアで良いですよ〜。あたしは普通の女の子だから」
リスティアが無邪気に言い放つと、お姉さんは「へぇ……」と、小さく息を吐いた。
「いきなり失礼な態度を取られただけやのうて、抱きしめられても、まるで怒った様子はなし、か。鼻持ちならない貴族の娘かと思ったけど、どうやら違ったようやね」
「うん。あたしは貴族じゃないですよ」
真祖のお姫様ですから、なんてことはわざわざ言わない。
「おいおい、母さん。貴族と思って試したのかよ。怒られたらどうするんだ」
「はん、そんときは謝り倒すに決まってるやん」
にやりと笑う。それを見たリックはため息を吐いた。
「なんにしても気に入ったのなら良かった。俺とナナミはギルドに報告に行くから、母さんはリスティアさんの相手をしてやってくれ」
「えっ? お兄ちゃん? ちょっと待って、私、リスティア様とお話が」
「後にしろ」
「ふえぇ? リ、リスティア様ぁ……」
ナナミが助けを求めるような視線を向けてくる。
ドラゴンを倒した件で、どこまで話しても良いかを話し合いたいと言っていたから、話を合わせる前に、ギルドに連れて行かれたら困ると言うことだろう。
だからリスティアは、ナナミちゃんに任せるよと微笑んだ。
「いえ、そうじゃなくて。いえ、それもですが、リスティア様が自重を、ですね」
「うん、大丈夫。ちゃんと大人しく待ってるよ」
「いえ、それは少しも大丈夫に聞こえません」
「ほら、早くいくぞ」
「ふえええ、分かった、分かったよぉ。いくよ、いくから引っ張らないで〜」
ナナミはリックに連行されていった。なんと言うか……兄や姉が強引なのは、どの種族でも同じなんだなぁなんて、リスティアは暢気に思った。
「さて、リスティアちゃん……で良いんやったか?」
「もちろんですよぉ。えっと……」
「うちはエインデベル。ベルで良いよ」
「分かりました、ベルお姉さん」
「お、お姉さん!?」
なにやらエインデベルは動揺している。
「……ダメでしたか?」
「い、いや、ダメなんてことはないよ。ただ、リックやナナミがあんな感じやろ? だから、なんとなく、おばさん扱いされるのかなって、覚悟してたんよ」
「あんな感じ?」
よく分かっていないリスティアは小首を傾げる。
「ああ、リスティアちゃんは聞いてないんやね。うちは二人を拾って育ててるだけなんよ。だから、二人の本当の母親ってわけじゃないんよ」
「それなのに……お母さん、なんですか? お姉さんじゃなくて?」
リスティアは凄く動揺した。年下の女の子を保護して慕ってもらえば、必然的にお姉ちゃんと呼んでもらえると思っていたからだ。
「年の離れた姉の方がしっくりくる年齢差ではあるんやけどね。まあ……あの子達は姉よりも、母親を求めていたってことなんやろね」
「それは……苦労してるんですね」
「分かってくれるんか!?」
「ええ、もちろんです!」
珍しく、噛み合っている──かもしれない。
「リスティアちゃんは良い子やね。うちの妹になるか?」
「せっかくの申し出ですけど、お姉ちゃんは二人いるのでごめんなさい」
「へぇ、二人もいるんや」
「うん。今はどこにいるかも分からないですけどね」
「……っ、ごめんな」
「平気ですよ。気にしてないですから」
自分と同じように、どこかをうろうろしているんだろうと思っているだけのリスティアは、可愛らしく微笑んだ。
だが、事情を知らないエインデベルは、なにか深い事情があるのだと誤解。自分の方が辛いはずなのに、他人の気遣いが出来る優しい子なんやねと目元を拭った。
リスティアはまったくもって気付いていないのだが。
「話を戻すけど、ナナミの命を救ってくれたんやってね。ありがとう、心から感謝するよ」
「いえ、あたしは偶然居合わせただけなので」
「それでも、助けてくれたことには変わりないやろ。ホントにありがとうな」
リスティアがドラゴンを倒した話を、エインデベルはまだ聞いていない。けど、リスティアがいなければ危なかったとは聞いているので、心から感謝と頭を下げた。
「なにか困ってることはないか? 出来る限りのことはしてあげるよ」
「困ってること……そう言えば、お金がないです」
「それはまた……ストレートやね」
エインデベルが苦笑いを浮かべる。
もし口にしたのがリスティアでなければ、謝礼をせびられていると誤解しただろう。
「正確にはお金だけがないんです。どこか、買い取りをしてくれるお店は知りませんか?」
「ふぅん? 売りたいのは、どんな物なん?」
「エンチャントの触媒とか、完成品ですね」
「なんや、それならうちで代わりに売ってあげても良いよ?」
「え、良いんですか?」
この店に来たときからちょっぴり期待していた。
このお店がマジックアイテムを取り扱うお店で、陳列棚にはポーションの類いや、エンチャントされたアイテムが並べられていたからだ。
なので、お願いできるなら──と、兵士のおっちゃんにも見せた革袋を取り出した。
「──あれ? いま、なにもないところから革袋が現れたような……気のせいなんか?」
エインデベルが戸惑っているが、リスティアはそれに気付かず、革袋に入っている触媒を、一つずつ、カウンターの上に並べていく。
「……葉っぱ? 見たことのない種類だけど……妙に魔力が多いなぁ」
「あぁ、それは世界樹の葉っぱですね」
「あ、あぁ、世界樹ね。…………は? 世界樹?」
エインデベルは、辺りにクエスチョンマークを飛ばしている。あまりに非常識すぎて理解が追いついていないのだが……リスティアは気付かない。
そんな彼女の横で、他の触媒を並べ始めた。
「……って、そっちは魔石やん! しかも、なんやの、この魔力量は! これ一つでも、十分な財産になるやん!」
「あ、そうですか。それなら、たくさんあるので安心ですね」
リスティアはあらたな革袋を取り出し、ジャラジャラっと、カウンターの上に同じような魔石をぶちまけた。
エインデベルの口があんぐりと開かれる。
「ちょ、ちょっと、待ちぃな! なに、なんなん!? なんで、一つで家が建ちそうな魔石が、こんなに一杯出てくるん!? おかしいやろ!」
「魔石は自分で作ってるので、数はたくさんありますよ」
「つ、作ったぁ!? なにそれ、どういうことなん!?」
「色々と練習してたんですよ〜」
リスティアは可愛らしく言っているが、もちろん普通の人間は魔石を作れたりはしない。魔石が欲しければ、魔物を狩りまくるか、古代遺跡をあさらなくてはいけない。
だと言うのに、魔石を作ったとのたまうリスティアは、それがまるで当然のような態度で、アイテムボックスから別の革袋を取り出した。
「って言うか、気のせいかと思ったけど、アイテムボックスを使ってるやんね!?」
「ええ、使ってますよ。便利ですから」
「いや、便利とかそういう問題じゃなくて、アイテムボックスやで? 伝説の魔法やよ!?」
「ちなみに、あたしの最高傑作は、この魔石です。綺麗だと思いませんか?」
リスティアが取り出したのは、数百カラットはありそうな真っ黒な魔石。周囲の光を受けて、とんでもなくキラキラと輝いている。
「人の話を聞きぃや──って、な、なんなん、それは!?」
「え? ですから、あたしの作った魔石ですけど」
「嘘、やろ。こんな途方もない魔石、見たことも聞いたこともないよ」
エインデベルは呆然としていた。実のところ、エインデベルは第三階位の魔法を扱えるエンチャンターで、この時代の人間としては、かなり優秀な部類である。
だけど、だからこそ、エインデベルは自分の理解の及ばぬ魔石に戦慄した。従来の品とは桁違いの、まるで神話に出てくるような凄まじい魔石。
どう考えても国宝級の代物で、一介の少女が持ち歩くような魔石では決してない。
「……あんた、何者なん?」
「普通の女の子ですよ?」
「ふ、普通の女の子が、こんな魔石を持ってるはずないやろ!?」
「ふえぇ!? そ、そうなんですか!?」
知らなかったよ──っ! とばかりに驚く。その姿はひたすらに普通で、普通じゃないほど可愛い。ただそれだけの女の子にしか見えない。
にもかかわらず、その言動は明らかに異常。
そのアンバランスな少女に、エインデベルは言いようのない不気味さを覚える。
「もう一度聞くよ。……あんた、何者なん?」
「え、ええっと……その、ちょっと魔石を作るのが上手なだけの、普通の女の子ですよ?」
「いやいやいや、ちょっとってレベルやないからね!? そもそも普通の女の子はアイテムボックスなんて使われへんし、普通やなくても魔石は作れたりせぇへんから!」
「……しょんぼり」
普通じゃないの範疇ですらないと言われ、リスティアはしょんぼりした。
まるで捨てられた小動物のように、儚げで可愛らしい。そんなリスティアを見て、エインデベルは「うぐぅ」とうめき声を上げる。
「な、なんでそんなに落ち込むんよ。なんや、うちが悪いことしたみたいやん」
「え? そ、そんなことないですよ! ベルお姉さんはなにも悪くないです。あたしが、勝手に落ち込んでるだけだから、だから大丈夫です!」
ちょっぴり目元に涙を浮かべ、一生懸命に健気なセリフを口にする。エインデベルは自分が極悪人になったような気持ちになり、大ダメージを受けた。
「ご、ごめんやで。リスティアちゃんは、普通の女の子なんやね」
「え? 本当ですか? 本当にそう思いますか?」
「う、うん。もちろんやよ。罪悪感で口にしてるとか、そんなことはあらへんよ」
「わぁい、やったぁ〜。あたしちゃんと、普通の女の子出来てるよ!」
涙目でえへへとはしゃぐリスティアが可愛すぎて、エインデベルは「もう、リスティアちゃんは普通の女の子でいいわ。そういうことにしとこ」と悟りを開いた。
もっとも、心の中で、詳細は後でナナミを問い詰めれば良いしね。なんて計算もしているのだが、はしゃいでいるリスティアは気付かない。
こうして、ナナミの気苦労が一つ増えた。
── 5 ──
「それで、これらの触媒を、このお店で売ってもらうことは出来ますか?」
「こ、これらを、うちのお店で売って欲しい、言うんか?」
エインデベルは額から一筋の汗を流しつつ、愛らしい見た目の、得体の知れない少女──リスティアに向かって聞き返した。
エインデベルの目の前につまれている触媒は、どれか一つとっても、エインデベルのお店で取り扱う全ての商品よりも価値が上回るようなものばかり。
軽い気持ちで代わりに売っても良いなんて言ったけど、これはさすがに無理やろと考える。
「そうだ。必要なら、これらをエンチャント品に加工しても良いですよ」
「なっ、その歳でエンチャントまで出来るんか!?」
もはや何度目か分からないが驚愕の声を上げた。
魔石を作るのは、おとぎ話に出てくるような技能で実感が湧きにくかった。けど、エンチャントは、エインデベルにとって得意分野。
小さい頃から打ち込んでいるからこそ分かる。
リスティアのような十代半ばくらいの女の子が、目の前につまれているような触媒でエンチャント品を作れるなんて、天地がひっくり返ってもありえない、と。
だけど──
「……あ、そうでした。あたしは普通の女の子だから、エンチャントは出来ないです」
可愛らしく言ってのけるリスティアに、エインデベルは戦慄した。
どう考えても、出来るはずはない。出来るはずはないのだけど、その発言は出来るようにしか聞こえなかったからだ。
だから──エインデベルは一芝居打つことにした。
「なあ、リスティアちゃん。最近の普通の女の子は、エンチャントも出来たりするんよ?」
「え、そうなんですか?」
「ああ、そうなんや。うちかて女の子──やけど、エンチャントのお店を開いてるやろ?」
自分が出来るのは、幼少の頃から──それこそ二十年近く修行をした成果。その辺をごまかすために、女の子と自称したわけだが、さすがに苦しいか……と、エインデベルは思った。
けれど──
「たしかに……ここにあるエンチャント品は、ベルお姉さんが制作者だね」
なんでそんなことが分かるん? という疑問は、目的を達成するために飲み込んだ。
次の瞬間──
「そっか、そうなんだ。じゃあ、ナナミちゃんが勘違いしてただけなんだねっ」
リスティアは天使のように微笑んだ。
それを見たエインデベルは、この子……チョロすぎひん? なんてことを思う。
というか、今の言い様。ナナミが入れ知恵したってことやんね。そうなると、ナナミはこの子の正体を知った上で、黙ってるように言うたってこと、か?
当たらずとも遠からず。エインデベルはそう判断を下した。
その時点で、追求を控えることは可能だったし、無垢な少女を騙すことに罪悪感もあった。けれど、好奇心の方がまさった。
「リスティアちゃん、実はエンチャント出来るんやろ?」
「うん、出来ますよ」
やっぱりか! と、エインデベルは興奮していた。ただ、エンチャントが出来るだけ、本当に出来るだけのレベルなら、凄い才能に恵まれた子供ってだけで終わる話だ。
けれど、もし、もしも、目の前につまれている触媒を扱えるレベルなら──
「良かったら、リスティアちゃんがエンチャントした品、うちに見せてくれへんかな?」
平然を装って、けれど内心はドキドキしながら尋ねる。それに対してリスティアは、なんの疑いもなく「良いですよぉ」と微笑んだ。
いったいどんな素晴らしいエンチャント品が出てくるのか──と、エインデベルの鼓動が一気に早くなる。
だけど、リスティアが取り出したのは、白い金属の塊だった。
「……それは?」
「これはプラチナですよ。これでブローチを作ろうと思って」
「……作る? 今から、ブローチを作る言うんか?」
それじゃ、何週間待たされるか分からない。出来れば既に完成しているエンチャント品を見せて欲しい──と、みなまで言うことは出来なかった。
リスティアを中心に、信じられないほどに緻密な魔法陣が浮かび上がったからだ。
「なん──っ、やの、それ、は……」
この世界における魔法とは、魔法陣──すなわち回路を魔力素子で描き、そこに魔力を流し込むことで、望む効果を引き出すことが出来る。
基本となる第一階位の魔法は、一つの魔法陣で構成されている。
そして第二階位は、魔法陣の中に別の効果を及ぼす魔法陣が一つ。第三階位は、魔法陣の中に別の効果を及ぼす魔法陣が二つと、階位が上がるほどに複雑化していく。
リスティアがこともなげに書き上げた緻密な魔法陣は、七つの魔法陣を内包している。
それはつまり──
「第八階位の……魔法」
ありえない。ありえるはずがない。人類が到達できたのは第四階位まで。第五階位まで到達した魔法使いがいるという話もあるが、それはあくまでおとぎ話のレベル。
人間に、第八階位の魔法なんて使えるはずがないのだ。
いや、人間に限った話ではない。神話の時代に頂点に君臨していた真祖ですら、第七階位が限界だったと伝えられている。
第八階位を扱える生物なんて、この世界にいるはずがない。
けれど、リスティアは目前で魔法を起動。プラチナと呼ばれた金属は、左右のバランスが違うオープンハートに変形。その中心に、虹色の輝きを放つ魔石が固定される。
「エンチャントは少し控えめに、状態異常の無効化で良いかな。……ありとあらゆる荊棘を払いのける加護を──エンチャント」
状態異常の無効化なんて、アーティファクトの領域やん!
そんな突っ込みは、かすれて声にならず──
「えへへ、完成だよぉ〜」
エインデベルが戦慄していることにも気付かず、リスティアは無邪気に微笑む。
その手のひらの中には、オープンハートに宝石が収められたブローチ。アクセサリーとしての価値だけでも、とんでもない価値のつきそうな代物が収められていた。
エインデベルは、そのブローチを呆然と見つめる。
「これ、状態異常の無効化や、言うた?」
「うん。ありとあらゆる状態異常の無効化、ですよ」
「……ありと、あらゆる。……試させてもらっても、ええか?」
「うん、良いですよぉ」
無造作に、その芸術品を差し出してくる。エインデベルは恐る恐るに受け取った。
「えっと……これは、魔力を流せば良いんか?」
「うぅん、それは魔石を使ってるから、持ってるだけでも発動しますよ」
「あ、そ、そうやったね」
一般的なエンチャント品は使い捨て、もしくは魔力を使用者が流し込むことで発動する。
けれど、高出力の魔石の場合はその限りではない。定期的に魔石の魔力を充電する必要があるかわりに、魔石の魔力を消費して自動で発動させることが可能なのだ。
エインデベルも、ここまで凄まじい魔石ではないものの、魔石を扱うことはある。魔石付きのエンチャント品は、発動に魔力を注ぐ必要がないというのは常識。
どうやら、その常識を忘れるくらいに動揺しているようだ。
「そ、それじゃ、試すよ」
エインデベルは棚からしびれ薬の入ったポーションを取り出し、ブローチを手に持った状態で中身を少しだけ口に含む。
本来であれば、ピリピリとするはずなのだが……その感覚はまるでない。そして代わりとばかりに、ブローチが少しだけ虹色に輝いた。
エインデベルは口の中のポーションを嚥下し、更にポーションをこくこくと喉を鳴らして大胆に飲み干す。だけど、やっぱり、しびれることはなく、ブローチはまたもや輝きを放つ。
それを見たエインデベルは、ブローチがしびれ薬の効果を消しているのだと確信する。
実のところ、いまエインデベルが口に含んだ程度のしびれ薬を無効化するエンチャントを作ることは、エインデベルにも可能だ。
けれどそれは手間暇をかけなければ作れないし、効果もこんなに即効性はない。ましてや、全ての状態異常の無効化。そんな幅の広いエンチャントは作れない。
他の状態異常は試していないけれど、無作為に選んだしびれ薬を無効化した以上は、ほぼ間違いなく、全ての状態異常を消すというのも事実だろう。
つまり、ブローチはアーティファクトの領域で、それを一瞬で作り出したリスティアもまた、神話級の生き物だ。
──あんたは何者なん?
先ほどと同じ疑問が湧き上がるが、普通の女の子にこだわるリスティアを気遣って、その言葉は口にはしなかった。
代わりに「なあ、あんたはなにがしたいん?」と問いかける。その力があれば、この街──いや、この大陸を支配することすら可能だと思ったから。
だけど──
「あたしは、困ってる子供を助けたいんです。それで、そのためには生活費が必要で。だから、そのブローチを買ってもらえたら嬉しいなぁ……って」
無邪気に微笑むリスティアの口から紡がれたのは、予想とはまるで違う答え。そのあまりにも予想外なセリフに、エインデベルは目をぱちくりとさせる。
「それ、本気で言うてるん?」
「うんっ、本気ですよ!」
大粒の紅い瞳は、どこまでも澄み渡っている。少なくともエインデベルには、リスティアが嘘を吐いているようには見えなかった。
それ以前、第八階位の魔法を使うようなリスティアがなにかを企んでたとしても、エインデベルに──いや、人類に止める術はない。
そう考えれば、リスティアが嘘を吐く必要はない。それになにより、リスティアがナナミを傷つけないのならそれで良い──と、エインデベルは思った。
だけどそこに、ギルドへと向かったはずのリックが飛び込んでくる。
「母さん、無事か!」
「なんやの、急に」
「まずは、その子から離れてくれ。ギルドに行く途中で、ナナミからあれこれ聞き出したんだけど、どう考えてもその子は普通じゃない。だから慌てて帰ってきたんだ」
「……ふえ?」
リスティアが、普通じゃないと言われて驚いている。ここまで普通にこだわるのにも、なにか理由があるんやろうかね? と、エインデベルは不思議に思った。
「聞いてるのか、母さん」
「ん? あぁ、聞いてるよ。この子が普通やない言うんはどういうことなん?」
「ナナミを助けるときに、ドラゴンを倒したらしいんだ。それも、調査隊を全滅に追いやった、体長五メートルほどのドラゴンを一撃で」
「はぁ……それはまた、凄いねぇ」
この時代、そんなドラゴンを目撃するなんてことは滅多にない。
ドラゴンが生息していた事実には驚いたが、ドラゴンであれな調査隊が全滅するのも無理はないと思ったし、リスティアがドラゴンを倒したことにはまったく驚かなかった。
第八階位の魔法を使えるリスティアが、ドラゴン程度に苦戦するはずがないからだ。
「母さんっ、暢気に感心してる場合じゃないだろ。彼女はドラゴンを一撃で倒したんだぞ」
「うんうん。それは分かってるよ。それで、ナナミはなんて言うてたん? リスティアちゃんが、危険な化け物や言うたんか?」
「いや……ナナミは、彼女は危険じゃない。彼女は天使だ……と」
困った顔をする。リックは義妹を溺愛しているので、ナナミの言葉は信じたいけれど、天使なんかがいるはずはないと葛藤しているのだろう。
けれど、エインデベルは言い得て妙だと思った。
「ナナミが天使や言うんやったら、リスティアちゃんは本当に天使なんやろ」
「母さんまで、なにを言い出すんだ!?」
「リックも、リスティアちゃんと話してみたら分かるよ。まるで天使みたいや、ってな」
リスティアの無邪気さが演技とは思えない。
もしリスティアが演技派だったとしたら、エインデベルはもう、明日からなにを信じて生きていけば良いか分からなくなる。
だから──と、エインデベルはブローチを差し出した。
「このブローチは高価すぎて、うちで売りさばくのは無理や。だから、返しておくわ」
「そう、ですか」
残念だけど仕方がないといった面持ちでブローチを受け取った。だけど、しょんぼりするリスティアに、エインデベルがイタズラっぽく微笑む。
「──その代わり、うちのツテに買い取ってくれるように頼んだるわ。それと、当面の生活費も面倒を見てあげるよ」
「それは……嬉しいですけど、良いんですか?」
「あぁ、もちろんや。その代わり、ナナミと仲良くしたってな」
リスティアは瞳をぱちくり。嬉しそうに「うんっ」と笑顔を浮かべた。
それを見たエインデベルは、やっぱりリスティアは素直な良い子だと再認識する。そうして可愛さのあまりに抱きしめそうになったのだが、そこにリックが割り込んできた。
「ちょっと待ってくれ、母さん。本気で言ってるのか?」
「もちろん、本気やよ」
「でも──」
不満そうなリックがなにか言おうとするが、エインデベルは言葉を被せる。
「あのな、リック。リスティアちゃんがナナミになにかするつもりやったら、ここに連れてくる必要なんてないやろ?」
ナナミになにかするつもりなら、生存をエインデベル達に教える必要なんてない。調査隊が全滅しているのであれば、ナナミを連れ去られたとしても分からなかったのだから。
「それは……たしかに」
「ナナミを溺愛するのは良いけど、周りが見えなくなるのがリックの欠点やね」
「うっ……す、すまない」
「謝る相手はうちやないやろ?」
「そ、そうだな。えっと……リスティアさん、失礼なことを言ってすまなかった」
「うぅん、気にしてないから大丈夫だよ」
リスティアは微笑む。
けれど、さっきのやりとりを聞いていたときは、凄く所在なさげにしていた。気遣っての発言なのは明らかで、それに気付いたリックは罪悪感からかうめき声を上げた。
そして──
「──はぁ、はぁ、ちょっと、リックお兄ちゃん。置いてかないでよ」
「ナ、ナナミ!?」
リックにとっては最悪のタイミングでナナミが帰ってくる。
「お兄ちゃん、リスティア様に失礼なこと、言ってないよね? リスティア様に失礼なことを言ったら、いくらお兄ちゃんでも許さないからね?」
遅れて戻ってきたナナミのセリフに、リックはますます追い詰められていく。そんなリックを見て不審に思ったのだろう。ナナミはリスティアへと向き直った。
「リスティア様、なにか失礼なこと言われてないですか?」
リックは大ピンチで、汗をだらだらと流し始めたが──
「うん、大丈夫だよ。二人とも、ナナミちゃんのこと、大好きなんだね」
リスティアは告げ口をするどころか、リックやエインデベルのことを持ち上げた。
「リスティアさん……」
辛く当たった相手に優しくされたリックは、感銘を受けたかのようにリスティアを見た。その顔が少し赤らんでいると思うのは──決してエインデベルの気のせいではないだろう。
リックにもようやく春が来たんやね──って言いたいところやけど、相手はリックの手に負える相手やないと思うなぁ。
エインデベルはこれからのリックの苦難を思い、苦笑いを浮かべた。
── 6 ──
ナナミちゃんのお家でお世話になった翌朝。リスティアは朝食のお相伴にあずかっていた。
「ところでリスティアちゃん」
「うん?」
食事も終盤にさしかかった頃、エインデベルに話しかけられて小首を傾げる。
「マジックアイテムを売るツテを紹介する話やけど、相手に連絡を取るから数日待ってもらってもええかな? もちろん、そのあいだはうちに泊まってくれていいから」
「待つのは大丈夫です。でも、住むところは自分でなんとかするつもりです」
「えぇ、リスティア様、この家に住まないの!?」
ナナミがびっくりしたような顔をしているけど、リスティアにそのつもりはない。いつまでもナナミの家にお世話になるなんて、お姉ちゃんを目指す者としては立場がないからだ。
「教えて欲しいんですけど、困ってる子供を助けられるようなお仕事ってありませんか?」
自分を姉と慕ってくれる子供を見つけるのと、取りあえずの生活費を稼ぐ、一石二鳥の手段はないかと考えて尋ねる。
「困ってる子供を助けるお仕事……なぁ。ぱっと思いつくのは孤児院やけど……」
エインデベルがなぜか言葉を濁す。
「孤児院って言うのはたしか……身寄りのない子供を育てる施設、ですよね?」
つまりは、困っている子供を集めた施設。
もしそこで働けるのなら、まさに一石二鳥だよと喜んだのだが──
「リスティアさん、孤児院で働こうと思ってるならやめておいた方が良いぞ」
斜め向かいの席で黙々と食事をしていたリックが難色を示した。
「どうして?」
「あの孤児院は、いくつか黒い噂があるんだ」
「黒い噂って言うと……どんなの?」
「孤児院を管理している院長が、領主から出ている補助金を横領しているとか、行方不明になる子供がいるとか、そういう類いの物だ」
「へぇ……そうなんだ。それで、その孤児院は、働き手を募集しているの?」
「黒い噂があるから、街の人間は寄りつかない。人手は足りていないはずだが……俺の話を聞いていたか?」
「もちろんだよ。つまり、子供達が困ってるかもしれないってことだよね?」
孤児院の管理人が悪人であるのなら、そこで暮らす子供達は凄く困っているはず。なら、なおさら行くしかないよねとリスティアは思ったのだが、エインデベルとリックは呆れ顔だ。
ただ、ナナミだけは「さすがです、リスティア様」とか言っているが。
「母さん、どう思う?」
「まあ……リスティアちゃんなら大丈夫やとは思うけど」
「それもそうか。ドラゴンを一撃で倒したのが事実なら、なにかあったとしても、そうそう後れは取らないだろう」
「そうやね。──という訳で、リスティアちゃんが行きたい言うなら、場所は教えてあげるけど、くれぐれも注意するんやよ?」
「はい、ありがとうございますっ!」
エインデベルから孤児院の場所を聞き出したリスティアは、満足気に微笑んだ。
「はいはい! リスティア様が行くのなら、私も孤児院に行ってみたいです!」
「ナナミはダメだ」
リスティアが答えるよりも早く、リックがそんな風に言った。
「えぇ、どうして?」
「お前は、俺と一緒にギルドに報告に行かないとだろ。昨日、行かなかったから、今日行かないと怒られるだけじゃすまないぞ?」
「うっ、そ、そうだったよ。……うぅ、リスティア様ぁ〜」
ナナミが縋るような目で見てくるが、そればっかりはリスティアにもどうしようもない。
「報告しなきゃなら、仕方ないよ」
「でも……リスティア様、うちには戻ってこないかもしれないんですよね?」
「それは分からないけど、どこかに泊まるとしても、ちゃんとナナミちゃんには教えるよ?」
「……本当ですか?」
「うん。だってあたしは、これからもナナミちゃんと仲良くしたいって思ってるからね」
「リスティア様……ありがとうございますっ!」
嬉しそうなナナミを見て、慕われてる感じが嬉しいなぁとリスティアは微笑んだ。
その後、リスティアは街外れにある丘の上。孤児院の前へとやって来た。石造りの建物だが、ところどころが破損していて、そのうち壊れそうな雰囲気がある。
普通であれば、近づくのを怖がりそうなものだが、リスティアはここに困っている未来の妹がいるかも! と興奮していた。
「すみませーん」
扉をトントントンと控えめにノックする。そうして少し待つと、ぎぃっと音を立てて木製の扉が開いた。そして姿を現したのはブルネットの少女。
身長から考えるとナナミよりも年下で、恐らくは十代半ばくらい。にもかかわらず、なにやら妖艶な雰囲気を醸し出している。艶めかしい少女だ。
「……お姉さんは誰かしら?」
「お姉さん!」
うわぁい、生まれて初めてお姉さんって呼ばれたよ! 慕われてる感じのお姉さん呼びじゃないけど、それでも嬉しいよ!
リスティアは孤児院に来て良かったと興奮する。だけど、少女が不審そうな目を自分に向けていることに気付いて、慌ててコホンと可愛らしく咳をした。
「驚かせてごめんね。あたしはリスティア。この孤児院で働きたいと思ってきたの」
「……働きたい? どういうつもりかしらないけど、今すぐに帰った方が良いわよ」
ブルネットの少女に突き放されるが、リスティアは微笑みを一つ。小首を傾げて「どうして、そんなことを言うの?」と問いかけた。
それに対し、ブルネットの少女はどこか不機嫌そうな表情を浮かべ、続いて周囲を確認。少しだけ、リスティアに顔を近づけてきた。
「……この孤児院の噂、お姉さんは聞いたことないの?」
「噂って言うと……」
「──マリア、そこでなにをしている」
男の咎めるような声が響く。
視線を向けると、小太りした中年男性がこちらを睨みつけていた。
「──っ、なんでもないわ。この人が、道を聞きに来ただけよ」
「違います。あたし、この孤児院で働きたくて、ここに来たんです」
「ちょっと──っ」
「ほう、これはこれは。可愛らしいお嬢さんだ。貴方がうちで働きたいと言うんですか?」
「はいっ!」
リスティアは元気よく頷き、小太りした中年男性はそうですかと笑みを浮かべた。
その横では、ブルネットの少女が「……あぁもう、知らないからね」と顔を覆ったのだが、リスティアは気付かない。小太りした中年男性に、それでは奥の部屋でお話を伺いましょうと誘われ、孤児院の中へと足を踏み入れた。
案内されるに任せて廊下を歩き、一番奥にある部屋へと通された。
わりと古めかしい建物で、玄関先からもそれは伝わってきたのだけど、案内された部屋だけはずいぶんと整えられている。
来客のために気を使っているのか、それとも自分の生活空間にだけお金を使っているのか、果たしてどっちなんだろうと、リスティアは考えを巡らせる。
「どうぞ、そこにおかけになってください」
「はい、失礼しますね」
リスティアは自分で椅子を引き、優雅に腰を下ろした。続いて、小太りした中年男性も、リスティアの向かいの席に腰を下ろした。
「まずは挨拶をしましょう。私はこの孤児院の院長を務める、ゲオルグと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。あたしはリスティアと申します、ゲオルグ院長」
「ふむ。ずいぶんと育ちが良さそうですが……素性をうかがっても?」
「あたしは、普通の女の子です」
値踏みをされている状況下で、平然と普通の女の子だと言ってのける。その精神だけでも明らかに普通じゃない。
もちろん、ゲオルグ院長もそう考え、探るような視線を向けてきた。
「……今まで、どこでなにをしていらしたか、うかがっても?」
「少し前に家を飛び出してきたんです」
「ほう……家を飛び出して。それはつまり、帰るところも住むところもないので、うちで働きたいと言うことですか?」
「いえ、衣食住が目的じゃありません。もちろん、住み込みで働かせて頂けるのならそれに越したことはありませんけど。あたしは、困っている子達を助けたいんです」
リスティアは、満面の笑みで答えた。それだけは、ゲオルグ院長にとって意外だったのだろう。驚きに目を見開き──続いて、小さく喉の奥でくくくと笑った。
「……あの、なにか?」
「いや、これは失礼。まだ幼いのに、立派な考えをお持ちだ。ぜひうちで働いてください」
「……良いんですか?」
あまりにもあっさりとしていて、リスティアは驚いてしまう。
「もちろんです。貴方のような方がうちで働いてくださるのなら歓迎です。ただ、住み込みで働いていただく代わりに、給金の方はそれほど多く出せませんが……大丈夫ですか?」
ゲオルグ院長が前置きを一つ、提示した金額は──正直、多いのか少ないのか、リスティアには分からなかった。
けれど、リスティアにとって給金は重要ではないので「問題ありません」と頷く。
「そうですか。では、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「はい。貴方が孤児院の役に立ってくれることを期待していますよ。リスティアさん」
ゲオルグ院長は笑顔を浮かべて、パンパンと手を叩いた。直後、玄関で出会ったブルネットの少女が姿を現す。
「……呼んだかしら?」
「ああ。彼女──リスティアさんは、今日からうちで働くことになった。今日は、子供達の紹介をしたり、なにをすれば良いか教えてやってくれ」
「──なっ。お姉さん」
マリアが、咎めるような顔でリスティアを見たけれど──
「──マリア」
ゲオルグ院長がマリアの肩を掴んだ。その瞬間、マリアはびくりと身を震わせる。
「……わ、分かってるわよ」
ブルネットの少女は早口に言い放つと、リスティアを一瞥。「案内するからついてきて」と、逃げるように部屋を退出していった。
「あ、待って。それじゃ、失礼します。ゲオルグ院長」
リスティアはそう断りを一つ。ブルネットの少女の後を追った。
もしかしたら置いて行かれているかもしれない。なんて思ったのだけど、幸いにしてブルネットの少女は部屋の外で待っていてくれた。
けれど──
「……こっちよ」
リスティアを確認したブルネットの少女は、さっさと歩き始めてしまう。
「……ねぇ、貴方の名前を聞いても良いかな?」
横を歩きながら問いかけるが返事をしてくれない。
「ねぇねぇ、貴方は──」
もう一度問いかける。けれど最後まで口にするより前に、ブルネットの少女は曲がり角で足を止め、険しい表情でリスティアを見上げた。
「お姉さん、私は帰れって言ったわよね? どうして帰らなかったの?」
「帰らないよ。あたしは、困ってる子供を助けたいんだもん」
「……そう。なら、私もこれ以上は言わないわ。あたしも、子供達を助けたいから」
意味ありげな言葉を口にする。ブルネットの少女の表情は、十五歳くらいの見た目からは想像できないほど愁いを帯びていた。
まるで、見た目の何倍も生きているような雰囲気。もしかして人間じゃないのかな? なんて思ったリスティアは、魔法でもってマリアの身体をスキャンする。
だけど、そうして示されたデータは、マリアが間違いなく人間であることを示していた。
ただ、他に気になる情報を見つける。
下半身にいくつかの小さな擦過傷。さらに、感染症にかかっていたのだ。
感染症は、主に大人が感染する種類で、子供が患っているのは少し珍しいが、その病の症状が、女性に現れることは少ない。少女に感染症にかかっている自覚はないだろう。
リスティアは、少女に治癒魔法をかけようと手を伸ばすが──
「──触らないでっ」
少女はリスティアの手を払いのけた。その予想外の反応に、リスティアは目を丸くする。
「えっと……ごめんね。急に手を伸ばしたりしたら驚くよね」
「う、うぅん、私の方こそごめんなさい。少し驚いてしまったの」
驚いただけと少女は言うが、今も触れられることを警戒しているように見える。リスティアはひとまず、治癒魔法を使うことは諦めた。
そして、まずはこの空気をなんとかするべきだと、別の話題を探す。
「そう言えば、貴方の名前を聞いてなかったわね。良かったら、自己紹介してくれるかな?」
「……私はマリアよ。今年で十五歳になるわ」
「マリアちゃん?」
「ええ。でも、ちゃん付けは必要ないわ」
「……分かった。それじゃマリアだね」
ブルネットの少女は、名前と年齢以外にはなにも答えてくれない。とても素っ気ない自己紹介に思えるけど、マリアの表情を見たリスティアは、そうじゃないと気がついた。
きっと、この女の子は他に語れるような過去を持ち合わせていないのだ。だからリスティアも、そんなマリアにあわせて「あたしはリスティアだよ。今年で十七歳だよ」と答えた。
「……それだけ?」
「他は、今から知ってもらえば良いかなって思って」
「……お姉さん、変わってるのね」
「そんなことないよ、あたしは普通の女の子だよ?」
「……ふふっ、面白い」
なぜか笑われてしまった。リスティアは笑わせたつもりはないのにと不満に思ったけれど、マリアが楽しそうなので、まあ良いかという気持ちになる。
「それで、マリア。案内してくれるんだよね?」
「それは……本当に良いのね?」
「うん、大丈夫だよ」
「……不思議よね。お姉さんなら本当に大丈夫かもなんて、ちょっと思っちゃうわね。……そんなこと、あるはずがないのに」
マリアがぽつりと付け加える。それは本当に小さな呟きだったけれど、真祖であるリスティアにはちゃんと聞こえていた。
「本当に大丈夫だよ?」
「……はぁ、分かったわ。それじゃまずは、孤児院に住むみんなに紹介してあげるわ」
── 7 ──
「という訳で、今日からみんなのお世話をしてくれることになったお姉さんよ」
孤児院にある大部屋に案内されたリスティアは、孤児院で暮らす孤児、マリアを含めた総勢十二人と対面していた。
男の子が四人で、女の子が八人。
マリアを見たときは幼いと思ったけれど、他の子供達は更に年下の子供ばっかりだった。
マリアに聞いたところ、だいたい十二歳を過ぎた頃に〝卒業〟していくらしい。
ともあれ、磨けば光りそうな子供達が十二人。不安と期待が入り交じったような表情で、リスティアを見上げている。
リスティアは、みんなの前に膝をついて目線を合わせる。
「みんな、こんにちは。あたしはリスティアだよ。困ってる子供を助けたくて、この孤児院で働かせてもらうことにしたの。みんなのお名前、聞かせてくれるかな?」
天使の微笑みを浮かべる。
男を魅了し、お姉さんの保護欲を刺激。そして年下の子供を安心させる微笑みに、警戒していた大半の子供は籠絡されていく。
子供達は「ボクはミュウって言うの!」「あたしはアヤネだよ」「俺はグレンってんだ!」と、一斉に自己紹介を始めた。
「こーら、貴方達。そんなにいっぺんに言ったら、お姉さんが混乱しちゃうでしょ」
みんなを諭すように、マリアが声を上げる。
すると子供達は「はーい、マリアお姉ちゃん」と静かになった。
「ふわぁ……」
リスティアは、マリアを尊敬の眼差しで見つめる。
その内心では『マ、マリアお姉ちゃん! 凄いよ、マリア。みんなから、お姉ちゃんって慕われてるよ! あたしの先輩だよ!』なんてことを考えていた。
そして、あたしも負けてられないよとやる気を出す。
「ありがとう、マリア。でも、大丈夫だよ」
「え、大丈夫って……?」
「みんなの名前、ちゃんと覚えたから」
「なにを言ってるの? あんな一斉に言われて覚えられるはず……」
ないと、マリアが口にするより早く、リスティアは一番前にいた女の子に視線を向けた。
「可愛らしいイヌミミ族のボクっ子が、ミュウちゃん」
リスティアは微笑んで、ミュウちゃんの青い髪に覆われたイヌミミを撫でつける。ミュウちゃんは、「わふぅ」と気持ちよさそうに目を細めた。
「でもって、こっちのスレンダーな女の子がアヤネちゃん。紫の瞳がとっても綺麗だね」
ミュウの時点では、子供達はまだよく分かっていない感じだったが、リスティアが続けて名前を言い当てたことで、徐々に驚きの表情を浮かべ始める。
「じゃ、じゃあボクは?」
「あたしと同じ黒い髪のキミは、グレンくんだね」
リスティアはごく自然に、グレンの頭を撫でつけた。まだ十歳くらいの男の子だが、リスティアに微笑まれ、その頬を赤く染めた。
そして──
「「「お姉さん、すごーいっ!」」」
子供達から拍手喝采を受けたリスティアは、こんなにたくさんお子供からお姉さんって呼ばれちゃったよ! と歓喜した。
そして、更にみんなに慕われるように頑張って、『年上のお姉さん』から、『私のお姉ちゃん』的存在にランクアップを目指すよ! と、気合いを入れる。
という訳で、リスティアは十一人中、十人の名前を言い当てた。
「最後に、キミは……名乗ってなかったよね」
少し離れた位置に一人、そっぽを向いている男の子に話しかける。けれど、ブラウンの髪の男の子はピクリと反応しただけで、こちらを向いてくれない。
「こーら、アレン。ダメでしょ」
見かねたのか、マリアが男の子の両肩を掴んで、その顔を覗き込んだ。
「マリア姉ちゃん……どうしてそんなことを言うんだよ? こいつ、院長の仲間なんだろ?」
それがどういう意味を含んでいるのか。普通に孤児院で働く同僚という意味では仲間で、それは当然のことのはず……なんだけど、マリアは首を横に振った。
「少なくとも、私は違うと思ってるわよ」
「どうして言い切れるんだよ!」
「どうして……」問われたマリアはリスティアをチラリ。「そうだね……ぽやぽやっとしてて、頼りなさそうだから、かな」
頼りなさそう!? あたし、マリアに頼りなさそうって思われてるの!?
リスティアは床の上に突っ伏した。
うぅ、ショックだよぅ。まだ出会ったばっかりだから、頼りにされないのは仕方ないけど、まさか初対面でそんな風に思われるなんて。
こ、こうなったら、あたしも本気だよ! もう自重なんてしない! マリアに、お姉ちゃん凄い! って慕われるように、全力全開で頑張るよ!
リスティアが、密かな誓いを立てる。
後から考えればきっと、この瞬間に孤児院──いや、街の命運は決していたのだろう。
けれど、そのことに気付いた者は一人としていない。『このお姉さん、急に項垂れたと思ったら、今度は拳を握りしめたりしてどうしたんだろう?』などと思った子供がいただけだ。
「……お姉さん、大丈夫?」
「あ、ありがとう。アヤネちゃん、大丈夫だよ」
これ以上頼りないと思われたくないと、リスティアはなんでもない風を装った。
……ちょっぴり涙目だったけれど。
「それよりも、院長の仲間って、どういう意味か分かる?」
言い争っているマリアやアレンを横目に問いかけると、アヤネは首を横に振った。けれど小声で「アレンは、院長先生のことを嫌ってるのと関係あるかも」と教えてくれた。
「……どうして嫌ってるの?」
「あのね。アレンは、マリアお姉ちゃんのことが好きなの。でも、マリアお姉ちゃんは、院長先生と仲が良いから」
「……仲が良いの?」
リスティアは、二人のやりとりを思い返して小首を傾げる。険悪という感じではなかったけれど、とても仲良しという感じではなかったからだ。
「あのね、夜中におトイレに行ったときのことなんだけど、院長先生がマリアお姉ちゃんの部屋から出てくるのを見たことがあるんだ」
「……へぇ、そうなんだ?」
心当たりのあるリスティアは、もう少し詳しく聞きたいと思ったのだけれど──
「あ〜アヤネちゃん、ダメだよ。その話はしちゃダメだって、言われたでしょ」
「あっ、そうだった。そういう訳だからお姉さん、ごめんね?」
「うぅん、こっちこそごめんね」
リスティアは素直に引き下がり、口論を続けているアレンとマリアへと視線を戻す。
「とにかく、俺はそんな、なんとなくなんて、あやふやな根拠は信じないからな」
「だから、お姉さんはアレンの思ってるような人じゃ──」
リスティアは、マリアの肩に手を触れて「ありがとう」と微笑んだ。
「……お姉さん?」
「庇ってくれてありがとうね。でも、大丈夫だから」
疑われても気にしないという意味ではなく、一人で出来るから頼りなくなんてないよ! 的な意味だが、それはともかく、リスティアはアレンと向き合った。
「な、なんだよ? 俺は他のみんなみたいに騙されないからな?」
「うん、今日が初対面だもん。アレンくんが、あたしを信用できないのは仕方ないよ」
リスティアはそこで一度言葉を切り、アレンの碧眼を覗き込む。
その瞳は、リスティアを睨みつけている。けどそれは、マリアが心配だからだと理解する。
「大丈夫だよ。あたしは、大切な人に酷いことをしようとする相手には容赦しないけど、そうじゃない人に酷いことをしたりしないから」
そう言って、リスティアはアレンを自分の胸もとに抱き寄せた。リスティアのそれなりに豊かな胸に押しつけられ、アレンは耳まで真っ赤になる。
「うわぁっ!? ちょ、な、なにするんだよ!?」
「なにって……こうしたら安心するかなって思って」
「あ、安心って、そういう問題じゃ──っ」
正気に返ったアレンがリスティアを突き飛ばすようにして離れる。
「そ、そんなに簡単に信じないって言ってるだろ!」
アレンは捨て台詞を残して、部屋から飛び出してしまった。それを見送ったリスティアは、嫌われちゃった……と傷つきつつも、放っておいたらダメだと後を追おうとする。
だけど、それはマリアに止められた。
「アレンには、私から言っておくわ。だから、お姉さんはみんなと遊んであげて」
「でも……」
「大丈夫。あれはちょっと照れてるだけだから」
「……照れて? どうして?」
「良いから。お姉さんはこっちをお願い」
「……良く分からないけど分かった。それじゃ、アレンくんのことはお願いね」
色々と考えた結果、リスティアはマリアの言葉に従うことにした。マリアは少女とは思えないほどにしっかりしているし、みんなのこともよく分かっていそうだと思ったからだ。
という訳で、アレンのことはマリアに任せ、リスティアはみんなと遊ぶことにした。
その後、みんなから色々なお話を聞いたリスティアは、夕食後──
「この孤児院を建て直して良いですか?」
直談判をしに、ゲオルグ院長のもとを訪れていた。
「……リスティア、貴方はいきなりなにを言い出すんですか」
「ですから、孤児院の建て直しです。子供達に話を聞いたら、隙間風などが酷いと言いますし、色々とボロが来ているようなので……あの、ダメですか?」
ゲオルグ院長が呆れ顔なのを見て、リスティアはトーンダウンする。
まずは建て直しの許可をもらい、そこからどんな風に建て直すかを話し合うつもりだったので、最初で躓くのは予想外だったのだ。
「良いですか、リスティア。貴方の子供に対する愛情は、今日一日で十分に伝わりました。けれど、世の中には出来ることと、出来ないことがある。まずは貴方の出来ることをしなさい」
「……はい、すみませんでした」
ここで、家を建て直すくらいあたしにも出来るもん。なんて反論するほど、リスティアは子供ではない。もっとも、はいそうですかと諦めるほど大人でもないのだけれど。
「とにかく、今日はお疲れ様でした。どうですか、今日一日働いた感想は」
「子供達と過ごすのは凄く楽しかったです!」
リスティアは満面の笑みで答えた。
それに対して、ゲオルグ院長は面をくらったような表情を浮かべる。
「そうですか。……どうやら、貴方はこの仕事に向いているようですね」
ゲオルグ院長は朗らかな笑みを浮かべて、棚から瓶とグラスを二つ取り出した。
「リスティア、貴方はお酒を飲める口ですか?」
リスティアはお酒を飲んだことはなかったが、そもそもアルコールで酔うなどという概念がない。なので、飲めますと答えた。
ちなみに、リスティアの年齢は十七歳だが、この世界に未成年はお酒を飲めないという法律はないので、そっちの理由でも問題はない。
というか、そもそも真祖の姫君に、人間の法など意味はないのだけど。
「では、ささやかですが、貴方がここに来たお祝いをいたしましょう」
ゲオルグ院長は背中を向け、二つのグラスに瓶の中身を注ぎ始めた。そうして、再びリスティアに向き直ると、グラスを手渡してくる。
リスティアはグラスに注がれた、ワインらしき飲み物を受け取った。
「貴方の新しい未来に乾杯しましょう」
「新しい未来、ですか?」
「ええ。子供達のために、その身を捧げてください」
「はい、ご期待に添えるように頑張りますっ」
グラスを掲げ、ゲオルグ院長の所作を真似て、ワインを喉に流し込んだ。芳醇な香りと、わずかな渋みがリスティアの口の中に広がっていく。
お酒を飲むのは初めてだけど、リスティアはワインがちょっと気に入った。
「えへへ、美味しいですね」
幸せな気持ちで、ワインを飲み干していく。
ホントに美味しいなぁ。お酒は造ったことなかったけど、今度作ってみようかなぁ──なんて考えたリスティアは、舌でワインの成分を分析していく。
ん〜っと、ワインってブドウをアルコールで発酵させたものだったよね。
……うん、たしかに、ブドウとエタノールが主成分みたいだね。後は……渋みがあるのはタンニンかな。後はアミノ酸とか……ん?
これは……睡眠作用のある薬草のエキス? かすかな苦みはこれのせいだね。味的には必要なさそうなんだけど……夜にぐっすり眠るために入れてあるのかな?
どっちにしてもあたしには効かないし、純粋にワインを楽しむのには必要ないかなぁ。
普通の女の子なら、なにをされても目覚めないレベルの成分だが、鎮静作用のあるハーブほどの効果も感じない自称普通の女の子リスティアは、まるで気にしなかった。
という訳で、ゲオルグ院長と雑談を続けながら、勧められるままにワインを空けていく。
「まだ若いのに、なかなかの飲みっぷりですね」
「ありがとうございます。ワインは初めて飲んだんですけど、想像以上に美味しかったです」
「それはそれは……ですが、今日はそろそろ止めておきましょう。仕事に支障を来しては困りますからね」
「そうですね。それじゃ……えっと」
住み込みと聞いていたが、部屋に案内されたわけではないことを思い出した。けれど、ゲオルグもそれは覚えていたようで、ご心配なくと答えた。
「部屋は隣に用意してあります。どうぞ、今日から使ってくださって結構ですよ。部屋に戻って、ぐっすりとおやすみなさい。……ぐっすりとね」
部屋の鍵を手渡される。今日はナナミちゃんのお家に戻って、あれこれ報告をしようかな──なんて思ったのだけど、今日はもう遅いし、今度で良いよねと思い直した。
「ふみゅ……ここが、あたしのお部屋」
リスティアは、言われたとおりの部屋に足を踏み入れ、感慨深そうに呟いた。
考えてみれば、リスティアはずっとお城──それも、この時代の人間とは比べものにならないほど優れた技術で建てられたお城に住んでいた。
こんなことを言えば相手の気分を害してしまうだろうが、リスティア的には田舎に遊びに来たような感じで、ちょっと楽しかった。
──あぁでも、この硬そうなベッドでは眠れないかも。部屋もなんだかかび臭いし……ちょっと、内装を弄っちゃおうかな。
リスティアは魔法を使って、部屋の除菌とホコリの除去を実行。
古いベッドをアイテムボックスに片付けて、床にはふかふかの絨毯。窓にはレースのカーテンを取り付けて、部屋の真ん中に愛用のお姫様ベッドを置いた。
そして天井には魔石の魔力で光る魔導具のシャンデリアを設置。壁には室温と湿度、それに空気洗浄機能を兼ね揃えた魔導具を取り付けた。
これでよし。後は……そう言えば、お風呂とかってあるのかな?
リスティアは可愛らしく首を傾げるが、もちろん答えは返ってこない。と言うか、返ってきたとしても、あるという答えが返ってくることはないのだけれど。
なかったら作ろうかな? などと考えたリスティアだが、さすがに今から作業しては、子供達を起こしてしまうかもしれないと思い直す。
今日は早めに眠って、本格的に部屋の改装をするのは明日にしよう。
そんなわけで、今日のところは魔法で自分の身体を浄化。寝間着代わりに可愛らしいキャミソールに着替え、ランプを消してベッドに寝っ転がる。
だけど、それからほどなく。
「……部屋の外に、誰かいる?」
ベッドで横になっていたリスティアは、扉の前に招かざる客がいることに気がついた。