── 2 ──
ドラゴンを一撃で消滅させた余波で、嵐が巻き起こる。そんなフロアの中心で、ドレスの裾をはためかせていたリスティアは、内心でドヤっていた。
──えへ、えへへ。完璧、完璧だよ、あたし! これなら、ナナミちゃんも、あたしをお姉ちゃんと呼ばずにはいられないはずだよ!
そんなことを考えつつ、クルリと振り返ったリスティアが目にしたのは、キラキラと目を輝かすナナミ──ではなく、恐怖に怯える瞳だった。
……あ、あれ? どうしてそんな目であたしを見ているの?
もしかして、調子にのってオーバーキルしちゃったから、野蛮だって思われちゃった? 必要最低限の力で、スマートに倒した方が良かったのかな?
人間の女の子は、そもそもドラゴンを一撃で倒せたりしないのだが──動揺したリスティアは気付かない。そうして戸惑うリスティアに対し、冒険者の男が恐る恐る口を開いた。
「お、おい、今のはなんだ?」
「いまの……って、なんのこと?」
状況を飲み込めていないリスティアは小首を傾げる。その姿はとても愛らしかったのだが、先ほどの行動のせいで逆に不気味さが増している。
冒険者の男の恐怖は極限に達した。
「と、とぼけるなっ! ドラゴンを一撃で屠った攻撃に決まっているだろう! 一体どうやったら、そんな化け物じみた一撃が放てるって言うんだよ!?」
「──ガ、ガウェインさんっ!」
取り乱す冒険者の男、ガウェインと言うらしい──を、ナナミが必死に止める。リスティアを気遣ったわけではなく、ドラゴンを一撃で倒したリスティアを刺激したくなかったからだ。
ただ、その辺の事情は、リスティアにとってはどうでも良かった。そんなことよりも、今のやりとりで自分がやりすぎて怯えられていると理解して焦り始める。
そ、そうだよね。あんな子供ドラゴンを恐れるくらいだし、それを一撃で倒す相手がいたら恐いよね。びっくりするよね。
も、もっと苦戦するべきだったよぅ……
慌てたリスティアは、どうやってフォローするかを考え──
「さ、さっきのは、その……えっと。そ、そう。このレイピアのおかげなんだよ!」
全てレイピアの力だと言い張ることにした。
「レイピアのおかげ、だと?」
「う、うん、そうだよ! このレイピアには、身体能力の向上に、攻撃の威力をアップする効果があるの。だから、このレイピアがすごいだけで、あたしは普通の女の子なんだよ!」
「武器にそんな能力が……?」
ガウェインの視線がレイピアに釘付けになる。それを見たリスティアは、もしかして信じてもらえそう? なんて期待する。
「ね、ねぇ、貴方は本当に、普通の女の子……なの?」
黙りこくったガウェインの代わりに、恐る恐る問いかけてきた。リスティアは、そんなナナミの手を掴み、指先で自分の頬を触らせる。
「な、なにするんですか!?」
「触ってみれば、普通の女の子だって分かるかなって思って。ほら、柔らかいでしょ? 強化をしなければ、すぐに傷つくのは、みんなと変わらないんだよ? ホントだよ?」
一生懸命に、普通の女の子アピールをする。
もしここにリスティアの家族がいたら、必死に言い訳するリスティア、可愛すぎか! と悶絶していただろう。
けれど、古代の人間と現代の人間に、身体能力の差は特にない。ただ、魔法や様々な技術が、今より格段に優れていただけ。
リスティアが真祖の姫だなんて夢にも思っていない彼女らは、武器のおかげという言葉を信じてしまった。
そして、その勘違いが、彼──ガウェインにとっての運命の分岐点だった。
「その武器はまさか……アーティファクト、なのか?」
「え、そんな大げさなものじゃないよ? 身体能力の強化と、切れ味の増加。それに自動修復に、剣を振るったときに炎を放って敵を焼き尽くすだけだよ?」
「思いっきりアーティファクトじゃねぇか!」
「えぇ……」
リスティアは困惑する。
なにしろ、リスティアの思い浮かべるアーティファクトというのは、正真正銘の神器。一撃で地図に書き込まれるレベルの谷を作り出すような代物だ。
間違っても、自分がエンチャントの練習に作ったような武器ではない。
だけど、この時代の人間にとって、リスティアの説明したレイピアの能力は、十二分にアーティファクトの領域である──なんて夢にも思わない。
だから──
「そのレイピア、俺にも見せてくれないか?」
「え? それは……別にかまわないけど?」
リスティアはあっさりと、レイピアをガウェインに手渡した。
「ね、ねぇ、良いんですか?」
袖を引かれて振り返ると、戸惑った様子のナナミと目が合った。
「えっと……どうかしたの?」
「どうかしたの、じゃなくて。簡単に貸しても良かったんですか?」
「え? それってどういうこと?」
「──こういうこと、だ!」
どん──っと、背後から背中を突かれる。
同時に、胸の辺りにわずかな痛みが走った。なんだろうとリスティアが視線を下ろせば、胸からレイピアが生えていた。
「あ、あぁっ」
その現実を目の当たりに、悲痛な声をこぼす。
「ガウェインさん、なんてことを──っ」
「くっ、くはははっ、これでアーティファクトは俺の物だ!」
ガウェインがレイピアを引き抜いた。刹那、リスティアの胸から、真っ赤な血があふれ出る。
そして──
「あ、あたしのお気に入りの服に穴がああああああ──っ!?」
リスティアは心の底から絶叫した。
「し、しっかりしてください! すぐに回復魔法を使います!」
ナナミは大慌てで魔法を使おうとして──途中でリスティアの悲鳴がおかしかったことに気付いて動きを止めた。
「………………服に穴?」
「そうだよぅ。この服、あたしのお気に入りだったのにぃ……」
むーっと拗ねるリスティアを見て、二人は混乱した。
「い……いやいやいやっ、服がどうとかじゃなくて胸を刺されたんですよ!?」
「……え、それが?」
「それが……って、胸を刺されたんですよ? 刺されたんです……よね?」
「刺されたよぅ。おかげで、服に穴が空いちゃったんだからね?」
「いえ、だから……」
胸に穴が空いたら死んじゃうじゃないですか──と、しごく当たり前なはずのセリフを、ナナミは口にすることが出来なかった。
最初こそ派手に出た血が、今は止まっていることに気がついたからだ。
ちなみに、真祖のリスティアは不死身同然である。一般的なヴァンパイアが持つような弱点もなければ、心臓を消し飛ばされたとしてもどうと言うことはない。
とは言え、刺されたら普通に血が出たりするので、強化していなければ普通の女の子と同じように傷つくというのも、まぁ……嘘ではない。
ただ、人間の女の子と同じように傷ついた後、ありえない速度で再生するだけの話。
──などとリスティアは思っているが、それはあくまでリスティアが思っているだけ。普通の人間であるナナミ達は、リスティアが普通ではないと思い始めた。
そして、その衝撃が最も大きかったのは、ガウェインである。
ただの少女であるリスティアを殺して、アーティファクトを奪ったはずだった。にもかかわらず、レイピアで刺されたリスティアが平然としていたからだ。
「なんだ、なんなんだお前は!」
「ふえ? だから、あたしは普通の女の子だってば〜」
「ふざけるなっ!」
恐怖を抱いたガウェインは冷静さを欠いた。
「落ち着いてください、ガウェインさん」
「うるさいっ、役立たずが出しゃばるなといっているだろう!」
かんしゃくを起こし、ガウェインがレイピアを軽く振るう。ただそれだけで、ナナミが持っていた杖ごと、その身体を大きく切り裂いた。
「──あうっ!?」
ナナミは血を撒き散らしながらくずおれる。それを見たリスティアはびっくりして、ナナミの側に膝をついた。
「ナナミちゃん、大丈夫?……再生は、出来る?」
「……魔法で少しなら。あぁでも、杖が壊れちゃいました」
答えるナナミの声は弱々しく、迷宮の床に赤い花が咲いていく。
リスティアであれば一瞬で修復できる傷。だけど、ナナミはそうじゃないのかもしれない。
その可能性に気付いて、リスティアは不安になった。
「く、くくくっ、どうやらアーティファクトと言うのは事実だったみたいだな。なら、お前が死ななかったのは、なにか別のアーティファクトを隠し持ってるから、だな」
ガウェインが高笑いを上げる。
もちろん、ガウェインもリスティアの異常性には気付いているのだが、現実を受け入れるだけの強さを持ち合わせていなかったため、自分に都合の良いように解釈してしまった。
「見たところ、アクセサリーの類いはつけてないな。さっきの反応と合わせて考えると……なるほど、その服がアーティファクトだな」
「服? まあ、エンチャントはしてあるけど」
「くくっ、やはりそうか。なら……殺されたくなかったら服を脱げ」
中年のおっさんが、愛らしい美少女の服を脱がそうとする。
完全に事案である。
しかし、リスティアは、そのセリフにも特になにも感じない。それどころか、服を渡せば、普通の女の子だとしらを切り通すことが出来るのかな? なんて思った。
だけど──
「ごめん、後にして。今はナナミちゃんの怪我を見るのが先だから」
ナナミの前に座ったまま、肩越しにそう告げた。
リスティアが普通の女の子と言い張っているのは、ナナミに怖がられたくないから。なのに、そのナナミに死なれてしまったら意味がない。
ナナミを優先するのは当然だ。
「ふざけるなっ! そんな暇を与えるはずがないだろう! 良いから、そのドレスを脱げ!」
「だから、少し待ってくれたら脱ぐっていってるじゃない」
「ちっ!……こうなったら、力尽くで脱がしてやる」
ガウェインはレイピアを腰だめに構えた。その攻撃意思に反応して、レイピアが付与された能力を発動。ガウェインの身体能力を格段に引き上げる。
「あらたに手に入れた俺の力、受けてみやがれ!」
ガウェインが、全力でレイピアを振り抜く。リスティアが振るったときとは比べるまでもないが、それでも魔力を帯びた一撃がリスティアに襲いかかる。
けれど──
ガウェインがレイピアを振るうのと同時、リスティアもまた魔法を発動していた。
リスティアの展開した第四階位の攻撃魔法が、ガウェインの攻撃を飲み込み──ガウェイン自身すらも飲み込み、灰すら残さずに焼き尽くした。
ガウェインの断末魔の叫びだけを広いフロアに残して。
「よし──っと」
一人の人間を跡形もなく消し飛ばしたリスティアは、けれどなんの感慨も見せず、あらためてナナミへと向き直った。
ナナミは血を流しすぎたのだろう。顔色は青く、既にぐったりとしている。このままだと死んでしまう。そう思ったリスティアは、ナナミに手を伸ばすが──
「さっ、触らないでっ」
「ふえぇっ!?」
息も絶え絶えなナナミに拒絶されて、リスティアは大ダメージを受けた。あまりにショックすぎて、思わず床に突っ伏してしまう。
う、うぅ……ナナミちゃんに嫌われるなんてショックだよぅ。
やっぱり、人を消し飛ばしたのがダメだったのかな? でも、早くしないとナナミちゃんが死んじゃいそうだったし……と言うか、早くしないと、ナナミちゃんが死んじゃう。
これ以上嫌われたくはないけど、ナナミちゃんが死んじゃうよりは──と、リスティアは、なけなしの気力を振り絞って、ナナミに手を伸ばした。
「こ、こないで、こないでよぅ」
「ごめんね、恐いよね。でも、少しだけ我慢して。怪我を治してあげるから」
「……え? な、治して、くれるん……ですか?」
「うん、あたしが、治してあげる」
リスティアにとって、人間はその辺の動物と大差がない。
可愛ければ可愛がるし、そこにいるだけならば干渉しない。そして、自分に敵対するのであれば、容赦なく撃退する。そういう認識。
そして、リスティアにとって年下の女の子は、思いっきり可愛がる対象だった。
「と言うことで、魔法を使っても良いかな?」
優しく問いかける。怯えていただけのナナミの瞳に、希望が宿った。
「おね、がい、します……私、を……たす、けて……」
「うん、任せて」
了承を得たリスティアは、ナナミの傷口に手をかざし、自身が使える最高の回復魔法。第八階位にある再生の魔法を行使した。
神々しい光が包み込み、ナナミの傷を瞬時に塞ぐ。
──どころか、身体にある全ての異常を取り払い、失った血を生成。更には、肌にあるシミやソバカスすらも消去し、華奢な肉体を強化していく。
ほどなく、焦点がぼやけていた瞳に光が戻り、顔色はいつも以上に良くなった。
「ふ、わぁ……」
ナナミが信じられないといった面持ちで、自らの身体を確認しはじめた。
「どう、かな。ちゃんと治ってるかな?」
「は、はい。全部、全部治ってます。子供の頃に受けた傷も、全部。それに、なんだか凄く、身体が軽くなったみたいです」
「そっか、良かったぁ〜」
自分のことのように喜ぶ。そんなリスティアを目の当たりにして、ナナミの頬が赤くなった。
「えっと……その、助けてくれて、ありがとうございます!」
「うぅん、お礼なんて必要ないよ」
お姉ちゃんと慕ってくれたら十分だよ! なんて思うが、もちろん口には出さない。
恩に着せて、お姉ちゃんと呼ばせても意味がない。ナナミの意志で、お姉ちゃんと呼んでもらいたい──と、そんな風に思っているからだ。
その代わり、せめてもの主張として「あたしはリスティアだよ」と名乗った。
「リスティアさん、ですね」
「……リスティア、さん」
がっくりと項垂れる。
「え? ダ、ダメでしたか?」
「えっと……うぅん、かまわない、けど……」
リスティアお姉ちゃんと呼んでくれるかも? なんて期待していたリスティアは、ちょっぴり落ち込んだのだが、すぐに気力を振り絞ってなんでもないフリをした。
「それで、リスティアさんは何者なんですか?」
「え? あたしは普通の女の子だよ?」
「普通の女の子は、胸を剣で突かれて平気だったりしませんよ!」
「むぅ……」
拗ねるような素振りを見せた。リスティア的には、心臓を一突きにされても平気なくらいは普通の範疇。斬られたくらいで死にかける方がおかしいからだ。
けれど、さすがにそんなことは想像もしていないナナミはため息を吐く。
「そんな可愛く拗ねてもごまかされないですからね? さっきはレイピアの力だなんて言ってましたけど、そのレイピアを持っていたガウェインさんを消し飛ばしましたよね?」
「もしかして、ガウェインさんを消し飛ばしたらダメだった?」
「そ、それは……相手が手を出してきたわけだし、ダメではないと……思います」
「そっかぁ……」
思いますというナナミの表情は複雑そう。つまり、ダメではなかったけれど、やりすぎだと思われているのだろうとリスティアは認識した。
「──って、そんなことじゃごまかされませんよ? リスティアさんは何者なんですか?」
「あたしは普通の女の子なんだけどなぁ……」
「……じゃあ、聞き方を変えます。リスティアさんは人間じゃないですよね?」
「それは……」
リスティアは困る。力を見せただけで怯えられたのに、真祖のお姫様だなんて打ち明けたら、また怯えられるかもしれないと思ったからだ。
「もしかして、言いたくないんですか?……そう、ですよね。さっき、ガウェインさんにあんなことをされたんですから、私を信用できなくても仕方ないですよね」
それは、ナナミなりの恩人に対する配慮。不安がないと言えば嘘になるが、恩人に対して根掘り葉掘り聞くのは失礼だと思った結果。
──なのだけど、その対応にリスティアはものすごおおおおく焦った。
自分がナナミを警戒しているなんて思われたら、お姉ちゃんと呼んでもらう道が完全に閉ざされてしまうと思ったからだ。
「信用出来ないなんてことはないよ!」
「無理しなくて良いですよ。いきなり剣で刺されたんだし、私のことも疑って当然です」
「うぅん、ホントにホント。ナナミちゃんを疑ったりしないよ!」
仲良くなりたいリスティアは必死である。
「ホントのホントに、疑ったりはしてないの。ただ、その……ね。あたしの正体を教えたら、さっきみたいに怖がられちゃうかなって、思って」
「怖がる? リスティアさんの正体を聞いた、私が怖がるってことですか?」
「う、うん。怖がったり……しない?」
不安そうに上目遣いで尋ねる。そんなリスティアの視線に晒され、ナナミは顔を赤らめた。
「た、たしかにリスティアさんはなんだか凄い感じですけど、私の命の恩人ですから。怖がったりなんてしません」
「……ホント?」
おっかなびっくり問いかける。
「さっきは取り乱してごめんなさい。驚いちゃったりはするかもしれませんけど、さっきみたいに怯えたりはしません。約束します」
リスティアは、外見や仕草がとても愛らしい。だから、不安に怯えるリスティアに対して、ナナミは慌てて励ましに掛かった。
その結果、素直なリスティアはその言葉を鵜呑みにする。
「ありがとうっ。実はあたし、真祖の末娘なの」
ナナミは硬直した。
「……………………え? し、真祖? 真祖って……千年前まで大陸を支配していた、始まりのヴァンパイア一族のことじゃ、ない……ですよね?」
「そうそう。ヴァンパイアの王族だよ!」
ナナミの顔がこれ以上ないくらいに引きつった。
「え、あの……どうしたの?」
「な、なんでも、ない、です。怯えたり、して、ません」
ぷるぷると震えながら、ナナミは必死にそんなことを言う。どう見ても怯えているのだけど、怯えないと約束したから必死にごまかしているのだろう。
「えっと、その……なんかごめんね?」
「い、いえ、こっちこそ、ごめんなさい。私を助けてくれたんだから、私を殺すつもりなんてないと分かってるのに……」
そこまで呟いたところで、ナナミがハッと息を呑んだ。そして、恐る恐るといった面持ちで、リスティアに視線を向ける。
「あ、あの、一つだけ聞いても良いですか?」
「え? 一つと言わず、好きなだけ聞いてくれて良いけど……なにかな?」
「リスティア様は、真祖の末娘──つまりは、ヴァンパイアのお姫様、なんですよね?」
「……リスティア様」
また妹が遠くなったと嘆く。
「……あの、どうかしました?」
「うぅん、なんでもないよ。えっと……ヴァンパイアかってことだよね。そうだよ、あたしは真祖のお姫様。ヴァンパイアだよ」
「なら、もしかして……私を助けてくれたのは、その……眷属にするため、ですか?」
「え!? そ、それは、その……」
ナナミが眷属になって、妹になってくれないかなぁ? なんて、ちょっぴり考えていたリスティアは口ごもる。
それを見たナナミの顔に、この世の終わりを知ったかのような絶望が浮かんだ。
なお、ここで一つ悲劇が起きた。
真祖であるリスティアの眷属になるというのはすなわち、不死同然で高い身体能力を持ち、更には長い寿命を得て、吸血衝動もほとんどない。
最高の身体を手に入れると言うこと。
だけど、ナナミの想像する──その辺りにいる下級のヴァンパイアの眷属になるというのはすなわち、多少の身体能力を得ることが出来るが、多くの弱点を持ち、人の血を啜らなくては生きていくことすら叶わない、最悪の場合は自分の意思すらも失ってしまう。
生きた屍のような身体になると言うこと。
二人の思い浮かべる眷属には、圧倒的な隔たりがあった。
けれど、リスティアはそんなこと予想もしていなくて、ナナミが絶望したのを見て、自分が拒絶されたのだと思った。
「ご、ごめんね、眷属なんて嫌だよね! 大丈夫、眷属になんてしないから!」
「ほ、本当、ですか?」
「うんうん! あたしは、ナナミちゃんが望まないことなんて絶対にしないから!」
ふえぇぇ。こんな約束したら、ナナミちゃんを妹になんて出来ないよぅ。
でもでも、ナナミちゃんは本気で怯えてたし、嫌がることは絶対にさせられないよね。そんなのお姉ちゃん失格だし。
だから、仕方ない、仕方ないよ……ぐすん。
リスティアは心の中で泣きながら、眷属にはしないと必死にまくし立てた。
── 3 ──
「ほ、本当の本当の本当に眷属にしないんですか?」
「本当の本当の本当の本当だよ!」
リスティアは迷宮のフロアに可愛らしい声を響かせながら、不安そうなナナミを必死になだめすかす。それを根気よく続けていると、ナナミは少しだけ落ち着きを取り戻してくれた。
「……分かりました。リスティア様の言うことを信じます」
「うん、信じてくれてありがとう」
リスティアはホッと一息ついた。
「ところで……リスティア様はどうして、ケージの中で眠っていたんですか?」
「それは、その……妹が……」
「妹、ですか?」
「えっと……うぅん、なんでもない」
「そう、ですか……」
ナナミは台座に書かれていた文章を思い出し、込み入った事情があるのだろうと追及しなかった。実際は『妹が欲しくて家出した』なんて、恥ずかしくて言えなかっただけなのだが。
「聞きたいことは、それだけなのかな?」
「えっと……なら、もう一つだけ。リスティア様は、これからどうするつもりなんですか?」
「どうする……って、どういうこと?」
「それは、えっと……人類を滅ぼしたり、とか?」
「……ナナミちゃんがあたしをどんな目で見てるのか、ちょっと気になるんだけど」
あたしはこんなにも普通の女の子なのに、どうしてそんな物騒なことをすると思われてるんだろう? と、リスティアは可愛らしく首を傾げる。
「今よりずっと栄えていた時代、様々な種族の頂点に君臨した真祖のお姫様です。気に入らない種族は皆殺しにしたんですよね」
「してないよ!?」
「してないんですか?」
「してないよぅ。お気に入りの場所が荒らされたりしたら、おしおきくらいはしたけどね」
なお、種族間で争っている戦場に降臨して「あたしの作ったお花畑を踏み荒らすなんておしおきだよ!」と、全員を叩きのめしたとか、そういったレベルの微笑ましいおしおきである。
リスティアがそう思っているだけで、真祖だけは怒らせるなという教訓が様々な種族のあいだに残っているのだが……それはさておき。
「じゃあ……人間を滅ぼしたりは……?」
「しないよぅ。……って、さっき、今よりずっと栄えていた時代って言わなかった?」
ワンテンポ遅れて、リスティアはその意味に気付く。
リスティアが眠る予定だったのは数十年程度。ただし、不慮の事故で起こされた以上、まだ数年しか経っていないと思っていた。
だけど、もしかしたら──
「あの、驚かないで聞いてくださいね。リスティア様が真祖の一族だとおっしゃるのなら、今は、その……千年ほど経っていると思います」
「……え? せ、千年?」
「え、ええ。真祖の一族が姿を消したのが千年前ですから。たぶん、ですが……」
そんな嘘を吐く理由はない。
それに、今の状況で嘘を吐くと思えない。つまり、リスティアが眠りについてからすぐに真祖が姿を消したとしても、既に千年が経っていると言うこと。
だから、リスティアは、すごく、すごぉく驚いた。
千年も娘を作らないなんて、お父様はどれだけイジワルなの!?──と。もちろん、人間の感覚でいうと色々とおかしいのだけど、リスティアは至って真面目だ。
まず前提条件として、真祖の一族は数千年くらいの寿命がある。数十年ほど眠るつもりが、うっかり千年ほど眠ってしまった。凄くびっくりだね! くらいの認識だ。
そしてなにより、リスティアにとってはあれから一時間も経っていない。まだ怒りもおさまっていないし、重要なのは妹がいないという事実のみ、だった。
だけど、だからこそ、事実は受け止めなくてはいけない。
数十年の予定が千年。
それだけ経っても妹が出来ていないというのであれば、もう一度眠りについたとしても、そのあいだに妹が生まれてくる可能性は低いだろう──という意味で。
うぅん、やっぱり、自分で妹を作ろうかなぁ。
さっきはちょっぴり失敗しちゃったけど、次はもっと上手くやれそうな気がするし、真祖の一族だって秘密にして仲良くなれば、きっと妹になってくれる女の子が見つかるよね。
「あの、大丈夫ですか?」
考え込んでいたリスティアは、ナナミに呼ばれて我に返る。
気がつけば、ナナミが心配げにリスティアを見上げていた。
「え、あ、ごめんごめん。大丈夫だよ。これからどうするのかって質問だったよね。あたしはこれから、人里に行ってみるよ」
「人里、ですか? それは……なにをしに、ですか?」
「……困っている子供達を助けに、かな」
「困っている子供達を助けに、ですか?」
「うん。困っている子供を探し出して、助けてあげたいの」
「えっと……それは、なぜ……ですか?」
「それは、それはね」
リスティアは一度言葉を切り、少し恥ずかしそうに──そして、天使のごとく微笑んだ。
「あたしが、困っている子供を助けたいから、だよ」
それはつまり、困っている子供──特に女の子を助けて、いつかは眷属にして、妹にしたいという、よこしまな理由なのだが……言葉や仕草だけでは、その思惑までは分からない。
「……天使みたい」
「は、はい? あたしは天使じゃなくて、普通の女の子だよ?」
リスティアにとってはつい数時間前にかわした、父親とのやりとりの焼き直し。だけど、あのときとは違って、相手の本気度が違った。
「私、誤解してました。困ってる子供を助けたいなんて、凄く、すっごく素敵です! 伝説に出てくる真祖は悪魔のように語られていますが、リスティア様は天使のような方ですね!」
なにやら壮絶に勘違いされていた。
一度はリスティアに対して怯えたナナミだったが……一度怯えたがゆえに、リスティアの天使のような発言に心を打たれた。
手のひらをクルリと、まるで本当の天使に出会ったかのように心酔しはじめる。
「あの、よろしければ、私に案内させてくれませんか? と言うか、案内させてください!」
「え、ナナミちゃんが案内してくれるの?」
「はい。護衛は……必要ないと思いますが、道案内は必要ですよね? 私としても、助けて頂いたお礼をしたいですし……ダメでしょうか?」
「ん〜、そうだね。ナナミちゃんがそう言うなら、案内してもらおうかなぁ」
「ありがとうございます、リスティア様!」
お姉ちゃんに甘えてくると言うよりは、なにやら崇拝されている。それが少し残念だったけど、慕われている感じは悪くないと思った。
なにより、リスティアのまわりには、生まれてからずっと年上の家族しかいなかった。だから、妹にはなってもらえなかったけど、ナナミと過ごす時間を楽しいと感じている。
リスティアは、しばらくはナナミと一緒に行動しようと考えた。
「それじゃ、準備をするから少しだけ待っててねっ」
リスティアはパタパタと奥の部屋へ走って移動。
砕け散ったクリスタルケージをアイテムボックスに片付けた。
「あとは……あ、服を着替えなきゃ、だね」
うんしょっ──と、リスティアは可愛らしく呟き、胸に穴が空いた血まみれのドレスを脱ぎ捨てる。そうして淡いブルーの下着姿になったリスティアは、スタイルの良い肢体をダンジョンの冷たい空気に晒しつつ、アイテムボックスにしまってある自作の服をあさった。
取り出したのは、可愛らしい春色のワンピース。それを上からもぞもぞと被る。
後は同じくアイテムボックスから取り出した姿見で、身だしなみをチェック。後ろで束ねていた髪をほどいて、ナナミの待つフロアへと舞い戻った。
「おまたせ、だよぉ」
「お帰りなさいませ、リスティア様。うわぁ、お着替えになったのですね!」
ナナミが、リスティアの春色ワンピースを見て目を輝かせる。
「うん。ドレスは穴が空いちゃったし、歩き回るのならこっちの方が良いかなって思って。ねぇねぇ、どうかな? 似合ってるかな?」
リスティアはクルリとターン。漆黒の髪とスカートの裾をひるがえして、背中越しにナナミを見た。キラキラと輝く紅い瞳が非常に愛らしい。
「すっごく似合ってます!」
「えへっ、ありがとう〜──って、そう言えばナナミちゃんの服も破けちゃってるね」
胸の辺りをざっくりやられたので、なかなかに扇情的な姿になっている。それに気付いたナナミは「ひゃうっ」と、可愛らしい悲鳴を上げて、胸元の生地を引っ張った。
「あたしの服で良ければ一着あげるよ?」
「リスティア様の服ですか? それって……アーティファクトとか言いませんか?」
「まさか、そんなはずないよ」
「ホントですか?」
なんだか、思いっきり疑いの眼差しを向けられている。
「どうしてそんなに疑うの?」
「だって、最初に着てたドレスは、エンチャントがしてあるとか言ってましたよね? そのワンピースにも、なにかエンチャントがしてあるんじゃないですか?」
「あぁ、普通のエンチャントくらいはしてるよ。えっと……一定値を超える紫外線のカットに、温度調整。後はスカートの中が見えないようになる能力に、自己修復機能だけだよ」
「思いっきりアーティファクトじゃないですかっ!」
「えぇ……」
リスティアが作る洋服には必ず施す、お手軽エンチャントセット。なのに、アーティファクトとか言われても……と、リスティアは困惑。
「取り敢えず、気にしなくて良いよ?」
「そ、そんな恐れ多いです! 大丈夫です、着替えがあるからちょっと待ってください」
ナナミはいそいそと着替え始める。
「気にしなくて良いのに……」
ナナミちゃんとおそろい! なんて考えていたリスティアは、残念そうに呟いた。そしてほどなく、素朴な服に着替えたナナミが話しかけてくる。
「お待たせしました」
「うぅん、大丈夫だよ。それじゃ、地上に出ようか」
「はい……って、他に荷物がないようですけど」
「必要なものは全部アイテムボックスだから大丈夫だよ」
「さすがリスティア様です!」
なにやら、ナナミの尊敬が信仰レベルに達している。出来ればそういう感じじゃなくて、甘えて欲しいんだけどなぁ……と、リスティアは少しだけ残念に思う。
「……リスティア様、どうかしましたか?」
「うぅん、なんでもないよ。それじゃ地上に上がろうか」
リスティアが先頭を切って歩き始め、ナナミが慌ててその横に並んだ。
地下迷宮──リスティアが魔法で掘り進めたそこは、一見ただの巨大な洞窟のように見えるが、その壁はどんな攻撃を受けても壊れない。
いや、リスティアの放ったような威力の攻撃では壊れるが、普通の攻撃では壊れない、魔法によって保護された洞窟となっている。
そんな洞窟を、リスティアとナナミはてくてくと歩いていた。
道中では、ダンジョンに巣くっていた魔物が時折襲いかかってくるのだが、それらは全てリスティアが蹴散らしていく。
ナナミちゃんを護るあたし、すっごくお姉ちゃんだよ! と、おおはりきりである。
「ところで、ナナミちゃん」
「はい、なんですか?」
「そのしゃべり方なんだけど……もう少し気さくに話してくれて良いんだよ?」
「ダメですよ!」
「ダメなの!?」
さすがに即答で断言されるとは思ってなくて、リスティアは衝撃を受けた。
「ど、どうしてダメなの?」
「だって、天使のリスティア様に気さくに話すだなんて、恐れ多いです」
「て、天使? それって、直喩が隠喩になっただけ、だよね?」
天使のような──が、いつのまにか、天使の──になっている。まさか、あたしのことを天使だと誤解してるわけじゃないよね? と、リスティアは一筋の汗を垂らした。
「大丈夫です、誤解なんてしていません」
「だったら良いけど……」
「リスティア様は紛れもなく天使です」
「それが誤解なんだよっ!?」
リスティアが否定するが、ナナミは「謙遜する姿も素敵です! さすが、天使であり、真祖でもあるリスティア様です!」と、まるで聞く耳を持たない。
違うのに、違うのに、ちーがーうーのーにーっ。
リスティアは『あたしは真祖の吸血姫なだけで、普通の女の子なんだよ!』と前提のおかしなことを心の中で叫びながら、けれど、同時に諦めつつもあった。
ここで強く否定すれば、またナナミに恐れられる可能性がある。そのリスクを考えると、このままの方が無難だと思ったからだ。
「……もぅ良いよぅ。それで、ナナミちゃんは、どうしてこの迷宮に来たの?」
「私達は、ギルドにこの迷宮がある遺跡を調査するように言われてきた、調査隊なんです」
「……ここの調査?」
魔法の練習で作った迷宮を調査したと聞いて、リスティアは不思議そうな顔をした。
「申し訳ありません。ご自分の家を勝手に調査されるなんて、良い気がしませんよね」
「別に家じゃないし、それは気にしてないよ。ただ……ここにはなにもないでしょ?」
「いいえ、天使のリスティア様がいました」
「ソ、ソウダネ。でも、それ以外にはなにもなかったよね?」
否定すれば否定するほど泥沼にはまりそうな気がして、リスティアはなけなしのスルースキルを発動した。
「たしかに遺跡としては、驚くほどなにもありませんでしたね。けど、調査隊はなにかを探しに来たわけじゃないんです」
「……ん? それってどういうこと?」
「開拓予定地に、魔法で保護された遺跡──旧時代の迷宮とおぼしき入り口が見つかったので、危険がないか調査するように言われて来たんです」
ナナミはそこまでを口にすると、「もっとも、遺跡の財宝目当てに参加した人が多かったみたいですけど」と小さな声で付け加えた。
ガウェイン達の目的がそれで、無茶をして大きな被害が出たと言うのだろう。ただ、リスティアはそれよりも、開拓予定地という言葉に反応した。
「……開拓? 人間が……こんな場所で?」
リスティアが迷宮を作った頃、周辺には人間なんて住んでいなかった。ドラゴンやらなにやら、わりと好戦的な種族が暮らす森だったからだ。
この千年のあいだに、人間が勢力を伸ばしたのかな? なんて考える。
「そう言えば、この時代はどういう状況にあるの?」
あんな幼体が成体だと勘違いされたくらいだし、ドラゴンは勢力を衰えさせているんだろうなぁ……なんて考えつつ尋ねた。
「えっと……この大陸を支配しているのは、私達人間だと思います」
「……え? そうなの?」
自分と同じような姿の種族だけど、その力は圧倒的に弱い。リスティアが知る種族の中で間違いなく最弱。そんな人間が、大陸を支配していると聞いて驚いた。
「もちろん、魔境と呼ばれるような場所はありますし、人類が最強というわけではありません。でも、今やこの大陸の大半に、人間が住んでいますから」
「ふぅん。なら、真祖の一族が姿を消したって言うのは? さっき、そう言ってたよね?」
「それは……言葉どおりですよ。千年前に、忽然と姿を消したと伝えられています」
「姿を消した、ねぇ……」
リスティアの家族が、他種族に滅ぼされるなんて想像も出来ない。どこかに引っ越しでもしたのかなぁ? と首を傾げた。
「ちなみに、そのしばらく後に、各種族が戦争を始めたそうです」
「あ〜、それはありそうだね」
リスティアのいた時代でも、力のある種族はみんな、自分達の領域を広げようとしていた。だから、真祖が姿を消して戦争が始まったと聞かされても驚きはしなかったのだけど……
「それで、どうして人間が大陸を支配しているの?」
「それは……人間の寿命が短いからだと言われています」
「……ん? あぁ……なるほどね」
リスティアは、その言葉だけで理解した。
真祖の一族は寿命が長く、滅多に子供が生まれることはない。数百年のあいだに生まれたのは、リスティアとその姉達のみ、というレベル。
だから、もしその個体数を大きく減らすようなことがあれば、もとの数に戻るのには何千年という時を必要とする。
そしてそれは、ドラゴンや魔族を初めとした種族も似たようなものだ。
つまりは、バトルロイヤル方式で強い種族が軒並み数を減らした結果、スカスカになった大陸を、数百年で爆発的に数を増やした人間が支配したと言うこと。
そして、それはつまり──
あたしの妹ちゃん候補がたくさんいるってことだよね!
そんな結論にいたって、リスティアは歓喜した。
「困ってる子供も一杯いるんだろうなぁ」
「そう、ですね。急激に人口が増えたので、最近は食糧難になったり、貧富の差も広がったりと、色々と問題が発生していますから」
「そっか。それじゃ、みんなみんな、あたしが助けてあげないと、だね」
「さすがです、リスティア様!」
リスティアは妹が欲しいだけなのだが、ナナミは盛大に誤解した。
とは言え、リスティアは妹目的で、形だけ助けようとしているわけではない。お姉ちゃんとして慕われたいがために、本気で困っている子供達を助けようとしている。
ナナミの評価も、あながち間違いとは言えない──どころか、今後のリスティアの行動を予想すれば、それですら過小評価となるだろう。
なぜなら、無自覚で最強の吸血姫は、妹のためなら決して自重しないのだから。
……と言うか、ナナミを助けるために、ドラゴンを消し飛ばした。自分が人間と隔絶した能力を持っていることをまるで理解していない。
そんなリスティアが、人里に出てやらかさないはずがない。
──と、予想している者は、残念ながらこの場にはいなかったのだけれど。
「あ、出口が見えてきたよ!」
リスティアにとってはつい数時間前に見た地上。だけど、その先に広がるのは千年後の、リスティアの知らない人間の世界。
光の先にまだ見ぬ妹がいることを願って、リスティアは走り出した。