「……だって、だって、ケイ……二人ずっと一緒だって約束したのに……いやだよぅ」
呻くようにそれだけ言うと、彼女は声を上げて泣き始めてしまう。その声にあたしは胸を引き裂かれる。死ぬほど、辛い。ごめんなさいって言いたい。
でも、今言うべきは違う言葉だ。今伝えるべきは、そんなことじゃない。
「……ねぇ、ナオ、あたし我儘、言うよ?」
彼女は泣き続ける。返事もせず、頷きもせず、転んでしまって泣いている子供のように。
「あたしは、あなたに幸せになってもらいたい」
「……もぅ、幸せだよ、十分だよぅ……」
「あたし、欲張りだからさ……。ダメなの、十分じゃ。もういいっていうくらい、嫌だっていうくらいにナオが幸せになってくれなきゃ嫌なんだ」
「そんなの……無理だよ、今ケイと一緒にいることより幸せなことなんて何もないよ……」
神様なんていないのかもしれない。いても、それはきっと役立たずだ。ナオを傷つけた他の人たちと同じように、きっと彼女を傷つけるだけなのだ。
役立たずな神様。だったらもう、頼らない。いらない。必要ない。
だから、あの時のように、あたしは言う。
「大丈夫。あたしが……どうにかするから」
え? とナオの小さな声。
「長い時間かもしれないけれど、でもその後で、別れていた時間を全部埋めちゃってもあり余るくらいあなたを幸せにしてみせるから! 世界中の人がちくしょうって嫉妬しちゃうくらい幸せにしてみせるから! 約束するから! だから!」
あたしは腕を解く。あたしにしがみつくようにしていたナオの肩を押し、少しだけ体を離し、真っ正面から彼女の涙で潤む瞳を見つめる。
「だから……待っていてほしいんだ」
あたしからの、生まれて初めてのプロポーズ。
ナオは顔をくしゃくしゃにして、泣きながらあたしの目を見つめ返す。
彼女の視線を受けるあたしは今、どんな顔をしているのだろう。笑っているのか、泣いているのか……もう、わからない。何より、自分の顔なんてどうでもよかった。
一秒か、二秒か、一時間か、一晩か。そんなことすらわからなくなるくらい時を感じない。
そっとナオが俯く。ポタポタと彼女の涙が滴る。
「あたし、ずっと一緒にいたい。離れてしまいたくない。もっと……あなたの笑顔を見ていたい。もっと抱きしめていたい。そしてあなたを誰よりも幸せにしたい……。好きだから、愛してるから……だから……お願い。ダメ、かな?」
ナオはそのまま黙った。何かを考えるようにして、口を閉ざし、ただポタリポタリと涙をこぼし続ける。
そして、長い沈黙の後に、ようやく口を開いてくれた。
「……一つ、お願い……してもいい?」
涙声で、グスングスンと鼻をすすりながら、ナオは言う。
「なに?」
「……わたし、欲張りなんだよ? ……ケイも幸せじゃないと、ケイが世界で一番幸せでいてくれないと、世界中の人が嫉妬しちゃうくらいにケイが幸せでないと……いやだな、わたし」
ナオは顔を上げる。泣き顔を、無理やりに笑顔にして、彼女はあたしを見つめてくる。
彼女の言葉に、彼女の顔に、あたしははっきりと自分が笑ったのがわかった。でも涙も一緒にこぼれた。嬉しくて、楽しくて、何もかもが最高で。
「もし、ケイがこのお願いを聞いてくれるんなら……わたし、待ってるよ。何年でも、何十年でも。毎日毎日ケイのこと想いながら、会えた時になんて言おう、何をしようって考えながら、ずっと待っていられるよ。どう、ケイ? わたしのお願い、聞いてくれる?」
今すぐにでも笑い出しそうで、泣き出してしまいそうで、胸がいっぱいいっぱい。
顔がにやけてくる。泣きそうになる。俯いてしまいたくて、空を見上げたくて、彼女を見ていたくて、顔をそらしてしまいたくて……涙を拭う。
「……うーん、どうだろう。すごく難しいお願いだね」
「無理なら、わたしもケイのお願いは聞いてあげられないよ?」
「あたし一人じゃ無理そう。ねぇ、ナオ……協力、してくれる?」
「うん」
「……あたしを、幸せにしてくれる?」
「うん!」
「それじゃ、ナオのお願い叶えてあげるよ」
「なら、ケイのお願いも聞いてあげる!」
ナオが、その手に最後まで握っていたSP101のグリップから手を離す。金属音がした。
それを聞いて、あたしたちは声をあげて、一緒に笑った。
お腹の底からの、何もかもを笑い飛ばすくらいの、大笑い。
楽しくて、面白くて、幸せで……切なくて。
そして、抱きしめ合って、大声をあげて、一緒に泣いた。
離れぬよう、別れてしまわぬよう、力一杯に抱きしめ合う。
幾人もの男たちに囲まれ、幾千もの人々に晒されながら、スポットライトのように空から降る明かりの下。あたしたちは泣いて泣いて、愛してるって言って、肩を壊してしまいかねないほど、強く、愛おしく世界で一番大好きな人を抱きしめ続けた。
いっそこのまま溶け合ってしまえればいい、そんなふうにすら、想いながら。
幸せな〝今〟と、そして〝これから〟を胸に抱きながら――。