「!!」

 射出された六本のニードル弾はギルマンの身体に命中したが、その全てが弾き落とされた。

「巨大化した分、鱗も丈夫なようね」

 素早く次の弾を装填して追撃するが、次の六本も同じように弾かれ、まるで効果がない。

「……くっ!」

 ギルマンの尾が鞭のように しなり 、華凛を嘲るように水流を操って機体を傾がせる。

 華凛を潜水させてその影響から逃れたリサは、装填を済ませた魔導散弾砲を少し悩んでから腰に戻し、長刀に切り替えた。

「正面から迎え撃つ気か? 自殺行為じゃぞ、ご主人」

 両腕を広げ、周囲の水流を操り、ギルマンの次の攻撃に備えながらシェンフゥが悲鳴のような声を上げる。

 リサは奥歯を噛みしめ、華凛に強く長刀を握らせながら叫び返した。

「このままだと埒があかないわ! 他に攻める手はある!?」

「……ない」

 リサの勢いに、シェンフゥが静かに答える。

「だったら、これで行くしかないわ」

 華凛の両腕が長刀の柄を強く握り締める。

 リサは、機体の脚を浮かせて水平に保ち、ギルマンとの接近戦に切り替えた。

「来る! 援護して、シェンフゥ!」

「合点承知!」

 猛スピードで迫るギルマンに切っ先を向け、シェンフゥの妖術で急加速を加えて斬りかかる。

「んんんっ!」

 刀を固定し、ギルマンの胴体に刃を当てたものの、加速しても鱗に弾かれてそれ以上刃を食い込ませることは叶わない。

「はあっ!」

 対流を利用して機体の向きを変え、ギルマンの尾を狙うが、いとも簡単に弾き返されてしまった。

「ぬおっ!」

 咄嗟に華凛を受け止めたシェンフゥが短く叫ぶ。

「さすがに陸と同じってわけにはいかないわね。勘が狂うわ」

「超高速ジェットが必要じゃのぅ」

 刀を構え直し、迫り来るギルマンを迎え撃つ。

「はあああっ!」

 静止から超急加速を加えて胴を斬りつける。

 刃を受けたギルマンの硬い鱗は、金属のように長刀と競り合う。

 激しい震動は華凛の腕を伝わり 操縦槽 そうじゅうそう のリサは腕を押さえて呻いた。

「こんのぉ!」

 弾き返されると同時に魔導散弾砲を抜き、至近距離からギルマンの頭部に向かってニードル弾を浴びせる。

「オォオオオッ!」

 危険を察したギルマンは低く唸りながら頭部を湖底へ向けて潜り、その姿はあっという間に見えなくなった。

「外した!」

 一撃でも目に浴びせられればとは思ったが、気泡で泡立つ視界にその痕跡はない。

 溜息を吐きながら魔導散弾砲に装填し、刀で周囲の気泡を追い払った。

「……逃げた?」

 暫く待ってはみたが、再びギルマンが迫る兆候は見られない。

 リサが呟くと、シェンフゥがその場からゆったりと泳いで離れながら、首を横に振った。

「いや、それはない。油断するでないぞ、ご主人」

「わかってるわ」

 華凛を潜水させながら、慎重に目を凝らす。

「身体がデカい分、斬りやすいかと思ったけど、意外とすばしっこいのね。おまけのこの視界……」

 伸ばした腕のほんの少し向こうすら、見通せるか怪しい。

「昼間なら、もう少し見通しも良いが、流石に機体の照明だけでは心許ないのぅ」

「確かにね……」

 せめて月明かりがあれば、と水面を仰ぐと、雲が晴れたのか白い月明かりが遠くに見えた。

「結構深いところまで来てるわね」

 近くに巣でもあるのか、華凛の手のひらほどの大きさのサーモンが機体の横を横切っていく。

「なかなか良いサーモンじゃな。カルパッチョにしたらさぞ、旨かろうな」

 シェンフゥがサーモンの群れを目で追いかけながら、ぶつぶつと呟いている。

「冗談言ってる場合じゃないでしょ。でも、この群れ……絶対巣かなにかがあるわよね?」

 サーモンの生態には詳しくなかったが、この数が一度に移動しているとなると、巣かそれに準じるものがありそうな気もする。

 月明かりが差したせいか、あるいは目が慣れてきたせいか、やや見通しが良くなった湖に目を凝らしていたリサは、やや先にある黒い影に気づいて声を上げた。

「あっ」

「どうした、ご主人」

 反応したシェンフゥに、目の前の黒い影を示す。

「あの影、岩場よね? あそこまで急いで移動できる?」

「なるほど。足場を利用するというわけじゃな。わしの負担も少しは軽くなりそうじゃ」

 シェンフゥが応じ、高速で移動を始める。

 その刹那。

「!!」

 今居た場所に鋭い もり のようなものが襲いかかった。

「あの背びれ、射出出来るようじゃな。便利じゃのぅ」

 犠牲になったサーモンの群れが、力なく水中を漂っている。

 その身体に突き刺さったものを手に取ったシェンフゥが、苦笑を浮かべて呟いた。

「間一髪だったわね。あれ、気づいてたの?」

「まあ、気配ぐらいは……のう」

 答えるシェンフゥの声が急に細る。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 そう言いながらも深く息を吐き出したシェンフゥは、幾分か苦しそうに見える。が、それを気遣う余裕がないことを理解し、リサは喉元まで出かかった言葉を呑み込むと、岩場に着地し、ギルマンの気配を探った。

「……はて、気配はすれど姿が——」

 シェンフゥが額に手を翳し、周囲を見回していると、風を切るような水流が巻き起こり、足元が激しく揺らいだ。

「なっ!?」

「おろ〜!」

 足場としていた岩場を噛み砕いて破壊し、ギルマンが奇襲を仕掛けてくる。

「思っていたよりも頭が回るのぅ」

「だから、感心してる場合じゃないってば!」

 迎え撃とうにも、岩の破片と舞い上がった底砂が視界不良を起こし、ギルマンを見失う。

「足場があるのはいいけど、これじゃあなんにも見えない!」

「考えるな、感じるのじゃ!」

「感じろって……!」

 言われる合間にも、ギルマンの鋭い牙が足場を破壊し、尾が華凛の胴を鞭打つ。

「……っ!」

 攻め あぐ ねて回避に専念するリサに、シェンフゥの鋭い声が飛んだ。

「伏せろ!」

 ギルマンの背びれが射出されるのを感知し、シェンフゥが氷狐で撃ち落とす。

 それを伏せてやり過ごしたリサは岩礁の上からギルマンと天狐の様子を眺め、目を伏せた。

「目で見ようとするのが問題なのよね」

 息を吐き、呼吸を整えながら全神経を視覚以外に集中させる。

「集中するわよ、華凛」

 視界を遮断したリサに合わせ、映像盤が暗転する。

 感覚を研ぎ澄ませ、ギルマンの気配に集中した華凛は、長刀を構え、岩礁の上で両足を踏みしめた。

「来たわね!」

 刃を向け、ギルマンを迎え撃つ。

 ギルマンは鋭い牙で刃を噛み、長刀ごと華凛を湖底へと追い込んだ。

「……はああああっ!」

 ガチガチと牙歯を鳴らし、襲い来るギルマンを突き出した長刀でじりじりと押し返す。

 競り合う牙と刃は火花を散らすように一旦離れたが、長刀を構え直す間もなくギルマンが再び身体を しな らせながら勢いを増し、華凛を追い詰めた。

「……くっ」

 比較的浅い湖底に到達したリサは、操縦槽の床に両足を突っ張り、操縦桿の役割を担う水晶玉を渾身の力で押し返す。

「あああああっ!」

 絶叫を上げ、ギルマンの牙歯の奥に長刀を喰い込ませる。

 双方の力は拮抗し、華凛の脚は湖底のめり込み、砂を巻き上げた。

「うぅ……っ」

 唸りを上げながら応戦するリサの眼前を、水の色とは違うなにかが漂う。

「え……?」

 咄嗟にそれを目で追ったリサが、それがギルマンの額から流れ出るものであることに気づいたその時——

「おりゃーー!!」

 シェンフゥの咆吼が上がり、岩礁が木っ端微塵に砕かれた。

「————!!」

 岩礁ごと殴られたギルマンが、頭部にダメージを受け、咆吼を上げて尾を翻す。

 そのまま逃げるように湖底に潜っていく姿を見留め、リサは、肩で大きく息を吐いた。

「大丈夫かの、ご主人」

 すぐそばに降り立ちながら、シェンフゥが華凛の映像盤を通じてリサを見つめる。

「ええ。それより、ギルマンの額に傷があった……そこだけ鱗が剥がれてたわ」

「ギルマンの、額……」

 リサの言葉をゆっくりと噛み締めるように、腕組みをしながら繰り返す。

「ハッ! それは、 銃創 じゅうそう じゃ!」

 腕組みを解き、シェンフゥが叫ぶ。

「つまり、私たちがあの魚人に喰らわせた分が本体にも影響していたってこと?」

「左様。本体の額にも当たっておったのじゃ……。BANG!!」

 リサの言葉に繰り返し頷きながら、シェンフゥが指で銃の構えを取る。

「そういうこと……。じゃあ、一か八か頭蓋を狙うしかないわね」

「まずは目を狙い、その隙を縫うとするかの」

「奇遇ね。同じことを考えてたわ」

 会話の間に急接近するギルマンを躱し、華凛がその胴体にしがみつく。

「でかしたぞ、ご主人!」

 勢いを落としたギルマンの正面に回り込んだシェンフゥが、ギルマンの右目を狙って鋭い氷柱を幾重にも放つ。

「!!」

 右目を損傷したギルマンが頭部を持ち上げ、絶叫を上げる。

 その隙に一気に頭部まで移動した華凛が、頭部を脚で締め上げ、銃創に刀を突き立てた。

「こんのぉおおおっ!」