どこから用意したのか、咆吼に合わせて狐火が踊り、点火された花火がトップデッキから夜闇を彩る。
その様子を終始ぽかんと口を開けて見つめていたリサは、はっと正気に戻って大きく溜息を吐いた。
「誰に向かって言ってるのよ……。もう突っ込むのも疲れたわ」
いつになく派手な変身に、二度目の溜息を吐きながら、操縦槽で一人頭を抱える。
「なんじゃあ、ノリの悪い奴じゃのぉ。 螺旋力が足りぬぞ?」
「……だからなんなのよ、それは」
相変わらずわからない例えを向けられ、リサはほとんど独り言のように呟いて舷へと華凛を歩ませた。
シェンフゥはその後ろで実に楽しげに、かかかっと笑みを漏らすと、湖面に向けて狐火を放ち、暗い水中を照らした。
「逃がした……?」
目を凝らしてみたが、ギルマンは見える範囲にいない。
リサが不安に呟くと、船の均衡を気にしてか、やや後ろで立ち止まったままのシェンフゥが低く唸った。
「いや、ここで逃げるとは思えんの」
「どうして?」
華凛を振り向かせながら、シェンフゥに問う。
「あやつがおるし、この船も守りたいじゃろう」
縛られたままの貴族の男を顎で示し、シェンフゥがくつくつと笑った。
「見たところ、かなりの位じゃろうて。わしらの証言など、どうとでも揉み消すほどの……な?」
「……確かにそうね」
シェンフゥの分析を聞きながら、奥歯を噛む。
ロープで拘束してあるとはいえ、貴族の男が逃げないとは限らない。
「…………」
「さて、どうする、ご主人?」
その迷いを見透かしたように、シェンフゥが訊ねる。
その問いにリサは迷いを振り払うと、睨むように水面を見つめた。
「決まってるじゃない。あのギルマンの本体を倒して、それからあいつを処分するわ」
「では、水中戦と行くかの」
「……そうね」
聖拝機関で水中戦の訓練は一通り受けてはいるが、ふと華凛の装備のことが気になり、両手足を確かめる。
その様子にシェンフゥは小さく笑い、リサの隣にゆっくりと並んだ。
「心配するでない。華凛の換装は、対水中戦用に済ませてある」
二人の機体の重みを受けた客船が、僅かに揺らぎ、白波を立てる。
「随分準備が良いのね」
「わざわざ船の上に誘い込むような奴じゃ、きっと水棲の魔族じゃろう?」
言われてみれば確かにその可能性は高い。
用意の良さに感心しながら頷き、リサは装備を検めた。
「魔導散弾砲と長刀……。いつもと変わらないけど、なにを装備させてくれたの?」
「とっておきの、ニードル弾じゃ」
シェンフゥが華凛の腰に取り付けられたポーチを指差して答える。
「中身が弾じゃなくて、ニードルになってるのね」
装填済みの弾の径は、普段よりも僅かに大きい。
「これでギルマンを仕留めればいいってわけね。行くわよ、シェンフゥ」
振り出したシリンダーを元に戻しながらリサは頷き、右手に長刀を構えた。
「柄がいつもと違うわ」
握り具合を確かめながら、シェンフゥを見る。
「おお、そっちも水中戦を想定してグリップを工夫しておいたぞ」
「確かにこれなら大丈夫そうね」
手のひらに吸いつくように馴染む柄は、水中での戦闘にも充分耐え得るだろう。確信を持ったリサは、天狐の鎧越しにシェンフゥの目を見て頷き、湖へと飛び込んだ。
華凛に続いて天狐が客船を離れる。
白い水柱が二つ続いて上がり、機体が湖に沈んでいく。二機が離れると同時に月が翳り、夜の闇と静寂がトップデッキを包み込んだ。
水中に飛び込んだ華凛と天狐を、白い気泡が包み込む。
気泡の上昇に押し上げられるように、二機はゆっくりと水面へと浮かび上がっていく。
水中から顔を出した華凛の首を巡らせ、客船の無事を確認したリサは船から泳いで遠ざかりながら、華凛を通じて感じる違和感に目を瞬かせた。
「あれ、思ったよりも水の抵抗が少ないわね」
「かかかっ、気づいたか。わしの進化を促す放射線を浴びたことで、おぬしの華凛は水中モードへと進化したのじゃ」
華凛の斜め後ろを泳ぎながら、シェンフゥが快活な笑い声を上げて説明する。
「はいはい。つまり、あんたが妖術でサポートしてるってわけね」
相変わらずその例えは理解できなかったが、少なくとも妖術の影響は感覚的に理解出来る。
「ふふふ、今なら大雪山をもおろせるじゃろうて」
「よくわかんないけど、ありがとうって言っておくわ」
華凛は機体の重さで沈むこともなく、水中をゆったりと進んでいく。
足元を見ると、夜闇の色に似た水が深く続いており、その底は全く見えなかった。
「ギルマンはどこかしら……」
「わしらには、とっくに気づいておるはず。そろそろ仕掛けて来るじゃろうな」
水流を操るように手足を動かしながら、シェンフゥが警戒を露わにして低く呟く。
機体を支えるような水の流れを感じ、リサはふと気になって訊ねた。
「ねえ、シェンフゥ、この妖術って結構エーテルを使うんじゃない?」
「まあ、活動限界時間まであと三十分といったところじゃな」
「いつもの半分じゃない!」
思わず声を上げたリサに、シェンフゥがくつくつと声を立てて笑う。
「問題あるかの?」
「ないわ。それまでにギルマンを倒せばいいだけのことよ」
至極単純なことだと言い切り、水中に目を凝らす。
上空の月の明かりは雲に翳り、客船から離れていることもあり、華凛に取り付けられた照明だけでは、それほど広い範囲を照らし出すことは出来なかった。
「けど、こんな広い湖の一体どこに——」
「来るぞ、ご主人!」
シェンフゥの鋭い警告に続いて、巨大な海竜の姿となったギルマンが湖の底から襲ってくる。