「ところで、あの酒はどこで手に入れたのじゃ?」
「……あの酒……?」
シェンフゥの質問を繰り返しながら、リサが目を瞬く。
「乗客を一通り観察してみたが、一服盛られておったのはおぬしだけじゃったが——」
「あれは、どこだったかの貴族の男にもらったのよ。こんな格好をしてたから、乗員かなにかと間違われて、そのお詫びだって」
話しながらその経緯を思い返したリサは、酒で記憶が曖昧になりつつある貴族の男の顔を必死に思い返す。
「わしらの正体に勘づいたわけではなさそうか?」
「そんなのわかんないわ。でも、勘違いしてたのは本当だし、お酒もとても良いものだって、バーテンダーの人が——」
「そやつとは、どこで会ったのじゃ?」
リサの答えを待ちきれないのか、シェンフゥが性急に質問を重ねる。
「部屋を出て少ししてからよ。金に物を言わせて、客室係の女性をナンパしていたのよね。……あれ……?」
リサもそれに合わせて記憶を総動員しながら答えていたが、ふと引っかかって口を噤んだ。
「どうしたのじゃ?」
シェンフゥの問いかけに、改めて貴族の男に関する記憶を辿る。
「ううん。そういえば、廊下で客室係の女性に絡んでた嫌なヤツだったのに、途中から人が変わったみたいに——」
「それじゃ!」
リサの発言にシェンフゥは組んでいた足を解き、人差し指でリサを指差した。
「やはり、わしの睨んだとおりじゃな」
「……どういうこと?」
シェンフゥの人差し指を握って、そっと下ろしながら眉を顰める。
シェンフゥは表情を険しくし、声を落として続けた。
「ヤツら、恐らく人間を喰って、乗っ取っておるぞ」
「え……。じゃあ、本物のザルクも……?」
ナクラバルの街の領主ザルクが、魔族に乗っ取られていたことは二人の記憶に新しい。
「……この客船に乗っていたということを考えても、そういうことになるかのぅ」
「なるほどね。じゃあ、その貴族の男を追いましょう」
納得したように頷き、リサは橙色のリボンを結び直すと、足早に部屋の入り口へと向かった。
「待て。丸腰で行くのは危険じゃ」
呼び止められ、苛立ったように振り返る。
「でも、武器なんて——」
「あるぞ」
ベッドから降りたシェンフゥが、部屋の隅のバイオリンケースを指し示す。
「えっ?」
「そのバイオリンケースの中に、魔導散弾砲が入っておる」
シェンフゥがそう言ってパチンと指を鳴らすと、バイオリンケースが自動的に開いた。
「これ、そういうことだったのね」
開かれたバイオリンケースの中には、シェンフゥの言う通りリサの魔導散弾砲が収まっている。
中折れ式の魔導散弾砲は折りたたまれているだけで、装填すれば直ぐにでも使えるように整備されていた。
「そのまま持ち込むには物騒じゃからのぅ。わしの妖術で鍵をかけておいた」
「……シェンフゥの錫杖は?」
魔導散弾砲と愛用のポーチ、弾薬を確かめながら訊ねる。
「ああ、あれはさすがに解体するわけにもいかぬからな。まあ、なんとかなるじゃろう」
聞きながら装備を検めていると、上下二連、中折れ式の見覚えのある小型拳銃型の魔導砲が収められていることに気がついた。
「ねえ、もう一つ魔導砲があるんだけど——」
「わしのホーネットじゃ」
「あの迷銃、確か没収したわよね?」
数々の名銃を生み出しているサティエンヌ
シェンフゥ愛用の魔導砲『ホーネット』は、安全装置がない代わりに引き金を極端に重くすることで暴発を防いでいる代物だ。
そのため、非力な者は引き金を引くことすら出来ず、迷銃に分類されている。
「まあ、ダブルバレルの銃をリクエストしておいたからの」
「悪戯なんてしたら、また没収するわよ?」
念を押しながら、魔導砲を手渡す。
「エーデルワイス家の子女を名乗っておるのに、悪戯などするものか」
「それは、そうなんだけど……」
思いがけない発言がシェンフゥの口から飛び出し、リサは熱くなった頬を押さえて息を吐いた。
「でも、錫杖の代わりがこれ? 引き金も重いんだし、もっと別のにすれば良かったのに」
「いや、わしはこれが気に入っておるのじゃ。一度に二発撃てるとは、なんともお得な銃じゃろう?」
「まあ、威力が単純に倍になるのは、いいかも……」
重い引き金を引く力があれば、案外便利なものなのかもしれない。
魔導砲を手の上で器用に
「かかかっ、一粒で二度おいしい、チョコレートのお菓子みたいじゃな!」
「……その例えはちょっとわからないけど——」
苦笑しながら視線を戻すと、シェンフゥはスリットを捲り、太腿を露わにしているところだった。
「ちょっ、なにやってるのよ!?」
「なにって、装備じゃが……?」
シェンフゥが小首を傾げてさらに太腿を捲り、ベルトに取り付けた魔導砲を示す。
「そ、そうね。そうよね……」
下着が見えそうなほど大胆に裾を捲られたリサは慌てて目を逸らし、誤魔化すように何度も頷きながらバイオリンケースを閉じた。
「さっ、これで、いつ魔族に遭遇しても大丈夫ね。行きましょう」
バイオリンケースを背に担ぎ、戦闘モードに切り替える。
魔族を討伐出来るとなり、その表情は普段のリサとは全く違う険しいものに変わっていた。
* * *
再び訪れた食堂は、既にバータイムへと移行しており、フリードリンクの置かれたテーブルや、移動式のバーカウンターが複数設けられ、食後のアルコールを
「……おや、もう大丈夫なのですか?」
壮年のバーテンダーが、リサの姿に驚いたように目を丸くしている。
「ええ。あんまり美味しいお酒だったから、つい飲み過ぎてしまったの」
リサは微笑んで頷き、まだ細い泡を立ち昇らせているシャンパングラスに手を伸ばしかけて止め、話を切り出した。
「ところで、あの方にお礼を言いたいのだけれど、どこへ行ったかご存じないかしら?」
「あの方?」
「わたくしのメイドに、貴重なシェリー酒をご馳走したくださった方ですわ。主人として、一言お礼を申し上げたいの」
背の高い椅子の背もたれにゆったりと腕を預け、シェンフゥが優美に微笑んで付け加える。
その仕草と言葉遣いにバーテンダーは自らの記憶を確かめるように食堂を見回し、穏やかな口調で答えた。
「ああ、その方でしたら……。確かお連れの方とカジノへ行かれましたかと」
「ありがとう」
さりげなくチップを取り出してカウンターに置き、シェンフゥが椅子から離れる。
「どうぞ、良い夜をお過ごしください」
バーテンダーはそれを深々と礼をして受け取り、二人を見送った。
黒と白が基調の制服に身を包んだ案内係の青年が、真紅の
二人が近づく歩調に合わせてゆっくりと開かれた扉の向こうでは、既に多くの人々がカジノに興じていた。
「あの男よ」
ルーレットテーブルに着いている貴族の男を見つけ、リサが小声で囁く。
シェンフゥはそれに静かに頷くと、つかつかとルーレットテーブルに近づいていった。
「寛いでいらっしゃるようね。わたくしも遊んでみようかしら?」
「え……?」
スピンが止まっているのを確認しながら貴族の男の隣に座り、ディーラーの女性に微笑みかける。
「全てチップに交換してちょうだい」
大量の金貨をテーブルに置いたシェンフゥは、胸元に垂れた髪を後方に流してオーダーした。
「ちょ——、お、お嬢様?」
「どうかしまして?」
驚くリサを一瞥し、シェンフゥが優雅に唇の端を持ち上げて笑う。
その唇から僅かに覗く犬歯に気づき、リサは口を噤んで半歩後ろに下がった。
(なにか考えがあるってことね?)
目で訴えると、シェンフゥが微かに頷く。
そうするうちに、金貨は全てチップに交換され、山のように積まれたチップがシェンフゥの前に戻された。
「わたくし、赤の3に致しますわ」
「おや、シングルナンバーとは、大きく出たね。では僕も——」
シェンフゥの動向を興味深げに眺めていた貴族の男が、同じようにチップを全部賭ける。
突然の大勝負に出た二人に、いつの間にか集まっていたカジノの客の中からどよめきが上がった。
「ノーモアベット」
ディーラーの女性が緊張した声音で、賭け時間の終了を告げる。
貴族の男とシェンフゥは揃って頷き、ディーラーに次の動作を促した。
ディーラーの女性が球を手に取って二人に示し、ホイールに取り付けられたノブを勢いよく
ホイールの回転が始まると同時に、反対方向に球が投入されると、小さな球は数字の上を弾むようにして転がり、そのうちに音が止んだ。
ホイールの回転が次第に緩やかになり、人々の視線がポケットの色に注目する。
「赤だ」
誰かが思わず呟き、その声に見物客が息を呑む。
ルーレットの回転が穏やかになり、数字が読み取れるようになると驚愕のざわめきが広がり始め、ルーレットの静止と共に大きくなった。
「嘘だろ……。36倍……」
赤の3のポケットに、白い球が収まっている。
目の前の信じられない光景にある者は息を呑み、別の者は目を擦りながらシェンフゥとルーレット盤とをしきりに見比べている。
「ふふっ、ジャックポット! ……かしら?」
漸く口を開いたシェンフゥが、手のひらを合わせて喜びの声を上げる。
「……ああ、大当たりだ。凄い強運だね」
貴族の男はそれに大きく感嘆の息を吐き、シェンフゥに握手を求めた。
「ビギナーズラックですわ」
握手に応えて席を立ち、視線をディーラーへと移す。
「チップの両替をお願いね。メイドに預けてくださる?」
「かしこまりました」
ディーラーは全てのチップを最高額のチップに両替し、リサに預けた。
「……本当に? ……夢じゃないの?」
手にしたチップが見慣れないせいもあり、リサはまだこの状況を理解出来ていない様子だ。
「……ふふっ、これでバカンスをさらに満喫できるわね?」
シェンフゥが頬に触れながら労っていると、貴族の男は漸くリサに気づき、その顔をまじまじと覗き込んだ。
「おや、君は——」
「…………」
(よくも騙してくれたわね!)
内心は穏やかではなかったが、笑顔を取り繕って頭を垂れる。
「主人を連れてくるとは、律儀だね」
「わたくしからも、一言お礼を申し上げたくて」
代わりにシェンフゥが答え、リサに目配せする。
リサはチップの束を手に、カジノの端にある換金所へと急いだ。
「ほんのお詫びだよ。どうかな、あのお酒は君のメイドの口に合ったかな?」
「はい。とっても美味しくて、少し飲み過ぎたようですわ」
「それは良かった」
換金所の貸金庫にチップを預けたリサが戻ってくる様子を見ながら、貴族の男が目を細める。
「飲み足りないようなら、もっとご馳走しよう」
「是非、わたくしのメイドも喜びますわ」
男の言葉に微笑んで頷き、シェンフゥがリサに目で合図する。
「では、移動しようか。グラナートの60年ものなんてどうかな?」
「ふふふ、楽しみですわ」
幻の高級酒を惜しげもなく例に出す男に、リサとシェンフゥは思わず顔を合わせる。
「では、こちらへ」
貴族の男の案内でカジノから移動を始める。
目的地を明らかにはされなかったが、人通りのある通路をゆったりと進むその様子は、魔族に乗っ取られた者という印象を薄れさせた。
「ねえ、この匂い……」
貴族の男からは甘い花の蜜のような香りが強く漂い、リサは眉根を寄せてシェンフゥを仰いだ。
「とても華やかな香りね」
念のため充分な距離を取り、小声で囁きながらも、会話の内容は当たり障りのないものに留める。
(魔族の臭いがしないってことよね……。もしかして犯人じゃないのかも?)
シェンフゥの答えを読み解きながら、心の中で呟き、男の背を眺める。
(でも、油断は禁物だわ)
気を引き締めるべきだと自分に言い聞かせていると、赤紫色の髪の船員が前方からやってくるのが見えた。
「…………」
船員は、貴族の男に会釈し、廊下の端へと避ける。
「それにしても、見た目によらず随分酒豪なようだね」
貴族の男はその前を通り過ぎながら、リサとシェンフゥに話しかけた。
「ええ。特にメイドは、安酒を飲み慣れていますの」
「——では、今度は別の方法で潰さないといけないね?」
シェンフゥが微笑みながら答えると、貴族の男から恐ろしく冷たい声が返された。
「なっ!?」
「危ない!」
鳥肌が立つほどの殺気が突如として現れ、さきほど追い越したばかりの船員が突然襲いかかってくる。
素早く躱し、絨毯の上を転げながらシェンフゥは魔導砲を抜き、至近距離からなんの
「やはりビンゴじゃったな!」
「ハッ! 流石に痛いぞ」
胸元に弾丸を浴びせられた船員が、破れた制服を脱ぎ捨て、シェンフゥに向かって突進する。
「チッ」
壁を蹴り、船員に後ろ回し蹴りを浴びせたシェンフゥは、そのまま跳躍して飛び退き、床に手のひらを突いて低く構えた。
「肉弾戦とは……。装填の隙はないのぅ」
スリットに手を差し込んでベルトに魔導砲を戻す。
「こんのぉ!」
狭い船内の通路では魔導散弾砲を使えないリサは、バイオリンケースを振り下ろしたが、それは突然太さを増した船員の腕によって、いとも簡単に阻まれた。
「邪魔だ、虫けらめ!」
嘲笑と共に、バイオリンケースごと投げ捨てられる。
「……っ!」
絨毯に叩き付けられた反動を利用して、跳ね起きる。
(なにか、武器がないと——)
「ご主人!」
武器に代わるものを探すリサの元へシェンフゥが駆けつけ、その手を取って握った。
「え?」
握られた手の違和感に目を向けると、複数の投げナイフが握らされている。
「これ、どうしたの?」
「前に言ったじゃろう? わしのポケットは四次元に繋がっておる」
「死ねい!」
冗談を続ける間もなく船員の拳が襲ってくる。
「失礼!」
その拳を片手をついて身体を浮かせると、シェンフゥはそのまま船員の頭を両太腿で挟み込み床へと叩き付けた。
「ふはっ、手応えがないのぅ」
一笑して飛び退き、片脚立ちの構えを取ったシェンフゥが、素早い蹴りの連打を浴びせる。
「はははは、効かぬ、効かぬぞ」
船員はシェンフゥの蹴りをものともせずに立ち上がり、ゆったりと防御の姿勢を取った。
「ほうほう。中身は筋肉だるまのようじゃのぅ」
防御壁の役割を果たしている太い腕に、浴びせ蹴りを喰らわせ、反動を利用して飛び退く。
「じゃが、刃物はどうかの?」
「はっ!」
シェンフゥと入れ替わりに背後から高く跳躍したリサが、ナイフを射出する。
回転をかけて投げられたナイフは船員の身体に次々と突き刺さった。
「……蚊でも止まったか?」
邪悪な笑みを浮かべながら、船員の男が大きく息を吸い込む。
その呼吸に合わせて船員の身体は異様なまでに膨らみ、制服が大きく裂け、釦が弾け飛んだ。
「後は任せたぞ!」
貴族の男が船員の男に呼びかけ、船首側の階段を駆け上がっていく。
「逃がさないわよ!」
「無駄だ」
リサは残るナイフを投げつけたが、それは全て船員の男によって叩き落とされた。
「……間違いないわね。あの男もあんたも魔族ね」
「それがどうかしたか?」
胸元に突き刺さったナイフを引き抜いて足元に落としながら、船員が首の関節を鳴らしている。
ナイフが刺さったにも拘わらず、血の一滴も滲ませない船員の男の姿を目の前にリサは歪んだ笑みを浮かべ、後方のシェンフゥに向けて手を差し出した。
「……ますます逃すわけにはいかなくなったわ」
投げナイフを受け取り、指の間にしっかりと挟んで強く握り締める。
「貴様らごとき、俺の足止めにもならんぞ」
「さあ、どうかしらね!?」
姿勢を低くして船員に急接近し、突き上げるようにして顎を狙う。
「この程度、痛くも
船員は嘲るようにしてナイフを受け止め、狙ってみよと言わんばかりに胸を張った。
「はあっ!」
「はははは、隙だらけだぞ」
残るナイフを投げたリサを、弄ぶようにして船員が脚で蹴り上げる。
「うぐっ!」
咄嗟に防御の姿勢を取ったリサが壁に叩き付けられる。
「
それと入れ替わりに空中から突如として現れたシェンフゥが、掌底でナイフを船員に叩き込んだ。
「ぐあああああっ!」
刃のみならず、柄までを身体に埋め込まれた船員が咆吼を上げる。
と、同時に船員の皮膚が醜く避け、薄紫色の肌が露わになった。
「やはり化けておったの。その目立つ頭髪といい……貴様、フリザじゃな?」
忌むように目を細めたシェンフゥが、正体を露わにしつつある船員の男を睨めつける。
「ハッ。我を見破るか……。やはり只者ではないようだな」
「その皮はどうした?」
シェンフゥの問いに、正体を現したフリザは肌にまとわりついていた人間の皮を剥がし、禍々しい赤色の瞳で嘲るように二人を見下ろした。
「わかりきったことを。人間から奪ったに決まっているだろう?」
「このっ!」
怒りに任せたリサが素早く床のナイフを拾って投げつける。
「どうした、なんの騒ぎだ!?」
フリザの咆吼に気づいたのか、船員と思しき者たちの声が響いてくる。
「チッ!」
舌打ちしたフリザは二人に背を向けると跳躍して階段を飛び越え、瞬く間に上階へと消えた。
「トップデッキへ出るつもりだわ」
「海へ逃げるつもりかの。そうはさせぬ!」
「た、助けてくれ!」
トップデッキで、ナイトプールを楽しんでいた乗客は、突如として響き渡った不穏な叫び声に一斉に注目した。
「ば、化物だ!」
貴族の男に続き、フリザが現れたことで乗客らは恐怖の悲鳴を上げ、次々とプールから上がり、非常用の出口や階下に続く階段に殺到した。
「……今のうちに」
乗客らを追い回しながら、貴族の男にそれとなく耳打ちし、フリザがトップデッキを荒らして回る。
貴族の男はバーカウンターの奥の通信機を引っ張り出すと、釦を操作し、受話器を耳に押し当てた。
「ギルマン様! 大変です——」
通信の開始と同時に訴える貴族の男の言葉は、そこで強制的に遮られた。
「貴様!」
振り向いた貴族の男に魔導散弾砲の銃口を突きつけ、リサが冷たい目で見下ろす。
「応援を呼んでも無駄よ。あなたはここで死ぬの」
「に、人間の姿の私を殺すつもりか?」
「中身が魔族なら、容赦はしないわ」
引き金にかけた指に力を込める。貴族の男が低く唸り、その目が赤く変わり始めた次の瞬間。
「シャァッ!」
鋭い叫びと共に、なにかがリサに激突した。
「あっ!」
不意を突かれたリサが濡れた床を滑りながら転げていく。
「ご主人!」
シェンフゥの悲鳴で、激突したものがフリザの脚だと気づく。
「平気。それよりフリザを!」
プールサイドの段差で止まったリサが跳ね起き、床に転がった魔導散弾砲を拾い上げる。
「承知! あの男、殺すでないぞ」
フリザに掌底と蹴りを叩き込んで吹き飛ばしたシェンフゥが、呼吸を整えながら忠告する。
「……わかった」
唇を噛みながら低く応え、魔導散弾砲を腰に戻したリサは、プールサイドの監視台に置かれていた救命具のロープを手に取った。
貴族の男は、再び無線に向かい、しきりになにかを叫んでいる。
「仲間を呼ぶ気ね。そうはさせないわ」
ロープを握りしめ、貴族の男の元へと駆け出すリサの前に、フリザが立ちはだかる。
「邪魔はさせんぞ!」
「それはわしの台詞じゃ!」
「無駄! 無駄ァ!」
シェンフゥの浴びせ蹴りを腕で弾き、フリザが嘲笑する。
シェンフゥは吹き飛ばされた勢いを倒立して受け流し、そのまま反動をつけて前方宙返りと共に踵落としをフリザの脳天に落とした。
「ハッ、効かぬ!」
「これならどうじゃ!?」
振り回されたフリザの腕を足場にし、シェンフゥが両脚できつくフリザの首を締め上げる。
「う……ぐ……」
頸動脈を締め上げられ、さすがのフリザも低く呻き、僅かに
「離——」
「離せと言われて、離すヤツがおるかあぁああっ!」
フリザの首に脚を巻き付けたまま、シェンフゥが叫び、勢い良く背を逸らす。
「な……っ!」
バランスを崩したフリザの身体は、そのまま大きく揺らぎ、シェンフゥの後方宙返りに巻き込まれて床に激しく叩きつけられ、反動でバウンドした。
「おまけじゃ!」
反動を利用したシェンフゥが手のひらを突いて脚を持ち上げ、渾身の力を加えて後方宙返りを繰り返す。
そうして勢いを増しながら頭部を何度も叩きつけられたフリザは、最後は
「はぁ、重かった……」
溜息を吐きながらスリットの隙間から
「さて、止めと行くかのぅ」
銃を折り、弾を装填しながら舷にめりこんだまま動かないフリザを見つめる。
「シェンフゥ!」
折った銃を元に戻し、銃口を突きつけたところでリサがバーカウンターから声を上げた。
傍らにはロープで縛り上げられたあの貴族の男の姿がある。
「こいつ、ギルマンって仲間を呼んでた。まだ来るわよ」
リサの声がトップデッキに強く吹いた風に流れていく。
「……そのようじゃの」
風に紛れて近づいてくる足音に耳を澄ませたシェンフゥが、トップデッキの出入り口へと銃口を向けた。
「なんの騒ぎですか?」
現れたのは、白い制服に身を包んだ恰幅の良い人の良さそうな中年男性だった。
白い船長服の
「船長! 実は——」
拘束した貴族の男を引き摺りながら、リサが近づこうとしたその刹那。
「待て、ご主人」
険しい声でシェンフゥが呼び止めた。
「悪人ほど善人を装うぞ」
「え……?」
つかつかと歩み寄ったシェンフゥが、リサの隣に並んで腕を組む。
「わしの目と鼻は誤魔化せぬ。魔族の臭いがぷんぷんしておるわ」
恰幅の良い男は、出入り口付近にあった船内用の無線を手に取ると、微笑みを湛えて話し始めた。
「皆さん、トップデッキに化物が現れました。しかし、ご安心ください。私——船長のギルマンが皆様をお守り致します。どうぞ自室へお戻りになり、次のアナウンスまでお待ちください——」
穏やかに発せられるその言葉の間に、船長の姿が怪魚のような魚人の姿へと変わっていく。
「ギルマン……こいつも、ザルクと同じ——」
リサの目の前で大きく裂けたような赤い口を開いたギルマンが、日よけの傘を引き抜く。
「槍となれ」
その呪文を受け、傘はサンゴ礁を削り出したような
「困るんですよ。私の船で勝手な真似をされるのは——」
槍を構えたギルマンが忌まわしく二人を睨めつける。
「……き、貴様よくもやってくれたな……」
怒りに任せて
「さあて、どちらが化物かの?」
「向こうに決まってるでしょ」
左手で魔導散弾砲を構えたリサがシェンフゥに向けて右手を差し出す。
「では、いよいよ任務も大詰めじゃな」
シェンフゥは、にっと八重歯を見せて笑うとリサの手を握り返し、具現させた青龍刀の柄を持たせた。
「我が一族の誇りにかけ、貴様を殺す!」
「ッ!」
リサから素早く手を離し、シェンフゥが床を転がる。
「おっと、危ないではないか」
背後からフリザに襲いかかられたシェンフゥは、魔導砲をベルトに戻し、挑発の構えを取った。
「その侮辱、許さん、許さんぞ!」
怒りに筋肉を増幅させたフリザが力でシェンフゥを圧倒する。
「ご主人、そっちの半魚人を頼んだぞ!」
「シェンフゥ!」
フリザに押され、瞬く間に遠ざかっていくシェンフゥにリサが声を上げる。
「余所見をしている場合か!」
視界を遮るように槍が突きつけられ、リサは素早く飛び退き、魔導散弾砲を浴びせた。
「しないわよ。あんたたち魔族の前で、余所見なんてしてやらないんだから」
「ハッ、遅いぞ!」
槍を回して銃弾を弾き、ギルマンが嘲笑する。
遠心力で弾かれた銃弾は、その場にバラバラと散らばった。
「少しはやるようね」
素早くシリンダーを振り出し、装填する。リサが構えるよりも早く、鋭く槍が伸ばされ、ギルマンは一気に距離を詰めてきた。
「くっ……!」
辛うじて構えたものの、ギルマンの槍が到達する方が遙かに早い。
「何度やっても同じこと!」
リサは魔導散弾砲を一旦仕舞い、青龍刀で槍を弾いた。
「……ぅ……」
「ははは! さっきまでの威勢はどうした?」
ギルマンが浴びせる打撃の重さに手こずりながら、じわじわと後退させられる。
防戦一方のリサは、どうにか引きつけて至近距離で魔導散弾砲を浴びせようとするが——
「その手が通じると思うか!?」
ギルマンの槍が魔導散弾砲を下から突き上げるようにして弾き、撃ち飛ばした。
「あっ!」
リサの腰から外された魔導散弾砲が、トップデッキを滑っていく。
「このっ!」
魔導散弾砲の行方を視界の端に留めつつ、リサはギルマンの眼前に狐火を浴びせ、素早く距離を取った。
「逃がさんぞ!」
「!!」
ギルマンの突きが鋭く繰り出される。
リサは素早くそれを避けたが、風を孕んではためいたスカートはその場に残り、槍の餌食になった。
「狙いが定まっていないわよ」
ステップを踏むようにしてスカートの裾を刺した槍から逃れながら、リサが挑発の声を上げる。
「ハッ! 望み通り串刺しにしてくれるわ」
挑発に乗ったギルマンが突きの体勢を取る。
次の攻撃が読めことで、リサは敢えて槍の
貫いた布地につられて
「ちっ!」
ギルマンは槍を引き戻して振り回したが、リサはその柄を軽く蹴り飛ばし、ギルマンの背後へと回った。
「どうしたの? 串刺しにするんじゃなかった?」
たっぷりとしたプリーツのスカートが破れて切り離されたことで、幾分か身軽になったリサが青龍刀を構え、反撃を開始する。
「ちょこまかとすばしっこいネズミめが!」
ギルマンは槍を短く持ち、リサの刀を薙ぐように大きく振るい始める。
「そのネズミ相手に手こずってる半魚人は誰かしら?」
シェンフゥの言葉を借りて挑発し、氷晶弾を放つ。
「ハッ! どこを狙っている!?」
怒りに
「そっちこそ、どこに向かって打ち返してるの? こっちよ、こっち!」
プールの水が波打つプールサイドへとギルマンを誘導し、デッキチェアの上に逃れる。
「よほど串刺しになりたいようだな!」
リサを捉えようと、踏み込んだギルマンが脚を滑らせてバランスを崩す。
「なっ、氷!? どういうことだ!?」
「さっき自分がやったことを忘れたの? おめでたい頭ね!」
ギルマンの槍を
「させるか!」
凍ったプールサイドの一角を利用して加速したリサを前に、ギルマンは息を吐くようにして短く笑い、プールの中へと身を投げた。
「……はぁっ、はあっ……」
素早くデッキチェアの上にまで下がり、肩で息を吐きながらプールを見下ろし、続いて見失った魔導散弾砲の位置を確かめる。
(あった……!)
魔導散弾砲は、二つ向こうのテーブルの下に落ちている。
それを見留めたリサは素早くギルマンへと視線を戻した。
「……っ!!」
二つに折られた槍が、それぞれ鋭い珊瑚の刃を形作り、足場にしていたデッキチェアに突き刺さる。
寸でのところで飛び退いたリサは、魔導散弾砲を回収し、素早く装填して構えた。
「水よ、槍となれ」
プールから頭を覗かせたギルマンが、低く呪うように唱える。
掲げた二本の腕に引き寄せられるように水が集まったかと思うと、プールサイドの日傘を槍に変えた時と同じように長短二本の鋭い槍が現れた。
「楽しませてもらったぞ……」
頬まで裂けた口を歪ませて笑み、プールからゆっくりと上がったギルマンが長柄の槍を回転させ始める。
「シャァ!」
長柄による打撃が繰り出され、それを躱したところですかさず短柄の槍による斬撃がリサを襲った。
「ダンスパーティと行こう。さあ、踊れ!」
「……っ!」
足払い攻撃と斬撃の多段攻撃を刀で受けながら、リサが徐々に押し負けていく。
ギルマンの攻撃は勢いを増し、防戦一方となったリサは、不意を突かれて足払いに蹌踉めいた。
「あっ!」
「これで仕舞いだ!」
リサの胴を突くように鋭く槍が伸ばされる。
「……っぅ!」
辛うじて躱した一撃目はリサのスカートの裾を床に縫い止め、それを破る間もなく短柄が平行に薙がれ、リサの頭部を襲った。
「んっ!!」
「リサ!」
背を逸らし、倒れ込むようにして致命傷を避けたリサの耳に、シェンフゥの悲鳴が響く。
「なっ!!」
転げながら見届けた視界の端で、シェンフゥが放った狐火がギルマンに命中したのが見えた。
「ハッ!」
刀をスカートの裾に突き立てて床を転げ、なりふり構わず破り捨てる。
体勢を立て直して再び刀を取り、構え直したリサを、ギルマンが槍を弄びながら見下ろした。
「寿命が少し延びたか?」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ」
デッキチェアを足場にして素早く逃れながら、魔導散弾砲に魔法弾を詰め替える。
「ははは、子ネズミは良く逃げるな」
ギルマンはそれに嘲笑を浴びせ、日よけの傘を抜き取ると、槍に変えて投げつけ始めた。
* * *
絶え間なく繰り出されるフリザの拳が、シェンフゥの脚をじりじりと後退させている。
「オラオラッ! どうした!?」
(くっ……。ご主人が苦戦しておる……)
強固な防御の姿勢を取りながらリサの動きを目で追っていたシェンフゥは、ギルマンの
「いかん!!」
フリザの拳を下から蹴り上げて跳躍して距離を取り、短柄の槍でリサを襲うギルマンに狙いを定める。
「……リサ!」
悲鳴のように叫びながら狐火を放つ。
狐の姿を成した炎は、ギルマンの顔と腕に鋭く噛みつき、小爆発を起こした。
「余所見をしている場合か!」
風を斬るような音を立て、フリザの蹴りが飛んでくる。
「……っ!」
大きく背を逸らし、後方宙返りで飛び退いたシェンフゥは、バーカウンターに激突して止まり、ゆるゆると立ち上がった。
「乙女の顔を狙うとは、紳士の風上には置けぬのぅ」
直撃は辛うじて避けたが、風圧で頬が切れている。
舌先で伝う血を舐め取りながら睨めつけると、フリザは鋭く叫んでシェンフゥとの距離を一息に縮めた。
「おっと」
カウンターに飛び上がり、そのまま宙返りをして離れたシェンフゥを、拳を振り回しながらフリザが追いかけてくる。
「攻撃は大したことないが、防御の高さが問題じゃのぅ。筋肉の鎧と言えば聞こえはいいが——」
掌底と腕を巧みに使って攻撃を防ぎ、あるいは受け流しながら、フリザの攻撃を分析する。
「おぬしの攻撃は、既に見切った!」
「何をごちゃごちゃ言っている!」
一向に攻撃が当たらなくなり始め、フリザが躍起になって攻撃を続ける。
シェンフゥはそのまま腕で防御すると見せかけ、フリザの打撃技を受け流して投げにかかった。
「
「なに!?」
不意を突かれたフリザが背中から落ちる。
が、すぐに跳ね起きてそのまま蹴りを繰り出した。
「今じゃ、シェンフゥ拳!」
攻撃の隙を突いて、シェンフゥが低い体勢からフリザの顎を狙う。
「ぐあっ!!」
顎にまともに打撃を喰らわされたフリザは叫びを上げて吹っ飛び、その場に倒れた。
「……ば、馬鹿な、なぜ、その動きが……!?」
衝撃に頭を振りながら、フリザが呻くように呟く。
「ハッ、見てから昇龍なぞ余裕じゃ」
シェンフゥは腰に手を当てて不敵に微笑むと、ゆっくりと腰を落とし、重心を低く構えた。
「人間の反応速度ではない……貴様、何者だ?」
「見てわからぬか? まあ、脳味噌まで筋肉で出来ておるならしょうがないかのぅ」
呆れたように目を細めて言い放つシェンフゥに、フリザが赤紫の髪を逆立てる。
「それは我が一族への侮辱か!」
フリザの身体に埋め込まれた赤い球のようなものが鋭く明滅を始め、怒りに任せて突進を始める。
「
低く構えたシェンフゥは手のひらから狐火を飛ばしながら応戦するが、フリザはそれを物ともせずに突っ込んでくる。
「おっと」
フリザの突進を側転で回避し、そのまま床に突いた手を軸に、両脚で鋭い回し蹴りを繰り出す。
「シェンフゥ脚ッ!」
間合いに入ったフリザは、シェンフゥの回し蹴りをまともに喰らったが、突進を止めただけで平然と立ち上がった。
「……参った、手応えがまるでないのぅ」
「我が鋼のごとき肉体に、貴様ごとき細腕の技が効くものか」
フリザが呼吸とともにさらに身体を膨らませ、自らの筋肉を誇示する。
「確かにそうじゃなぁ。内部に気でも送り込んでみるかのぅ」
シェンフゥはにっと笑って、一度構えを解くと、ゆっくりと呼吸を整え始めた。
「ほうほう、今度はどんな悪あがきだ?」
「それは見てのお楽しみじゃの」
目を薄く閉じ、ゆっくりと構えを取る。
右踵を上げ、次に右踵で地面を全力で踏み込んだシェンフゥは、自身の身体にエーテルを巡らせ、反作用の原理で気を足から腰に通し、肩、腕、拳へと順に伝えていった。
「待ちくたびれた。こちらから行くぞ!」
フリザが拳を構え、突進してくる。
「今じゃ!」
エーテルの高まりに目を開き、シェンフゥが攻撃点へと至る。
繰り出されたシェンフゥの拳はフリザの拳の勢いを無効化して流し、その身体に次々と強烈な拳と掌底を浴びせていった。
「ぐあああああっ!」
叫び声を上げて吹っ飛んだフリザが、プールへ転落する。
「さて、何ヒットしたかのぅ」
水しぶきが上がるのを額に手を翳して眺めながら、深く息を吐く。
「しかし、なんて固いんじゃ。わしの手の方がどうにかなってしまうぞ」
手をぷらぷらさせて痛みを逃しながら、水面を見ているが、フリザは一向に浮かんではこない。
「古典的な罠を使うか……。まあ、引っかかってやるかの」
スリットの隙間から魔導砲を取り出して引き金に手をかけ、プールサイドへとゆっくりと近づいた。
「……念のため、保険もかけておくか。氷狐よ、頼んだぞ」
左手で氷狐を出し、足元に走らせる。その行方を目で追ったシェンフゥの脚を、突如として水中から伸びたフリザの手が掴んだ。
「ははははっ! かかったな、馬鹿め!」
「かかってやったのじゃ。その区別もつかぬとは脳筋よのぅ」
勝ち誇るフリザに、シェンフゥが溜息を吐きながら答える。
「なぜ、何故だ?」
プールに引き摺り込もうとしていたフリザは、びくともしないシェンフゥの脚に焦ったような声を上げた。
「まあ、こうなると思っておったからの」
涼しい顔のシェンフゥが、視線で氷狐を呼び寄せる。
シェンフゥの脚を凍らせてプールサードに固定した氷狐は、するりと氷の中に溶けるように潜っていった。
「さて、自慢の筋肉の固さは充分確かめさせてもらったが——」
フリザの手も、氷狐の影響を受け、徐々に凍り始める。
「な、なんだこれは!?」
「では、口の中はどうじゃ!?」
驚愕の悲鳴を上げたフリザの口の中に銃口を捻じ込んだシェンフゥは、引き金を渾身の力で引き、二連発を浴びせた。
「!!」
悲鳴を上げる間もなく、フリザの頭が吹っ飛ぶ。
「ふぅ、馬鹿で助かったぞ」
狐火で足元を炙り、氷を溶かしながら溜息を吐く。
氷が溶けるとフリザの手はシェンフゥから力なく離れ、その身体は静かにプールの底へ沈んでいった。
「さて、ご主人に加勢せんとな」
* * *
ギルマンの槍による多段攻撃に苦戦するリサを見留めながら、魔導砲に弾を込める。
度重なる攻撃の餌食となったメイド服には無数の穴が空き、激しく損傷している。
「良い眺めになったのぅ、ご主人」
「ひらひらして戦いにくかったのよ」
肩で息を吐きながら、リサが破れた裾を裂いて引きちぎる。
「そっちは余裕みたいね」
「そうでもないぞ?」
答えたシェンフゥの視線は、露わになったリサの白い太腿に注がれている。
「ふっ、絶対領域が出現するとは、ギルマンのヤツもわかっておるのぅ」
「なんなのよ。その絶対領域とかって——」
言いかけたところでシェンフゥの視線に気づき、口を噤む。
「いや、言わなくていい」
引き裂いたことで半分ほどの長さになってしまったスカートの裾を気休めに力強く引いて、リサが槍を振り回しているギルマンに視線を戻す。
「こんなことなら、『食事』をしておけば良かった?」
「仕込みに時間がかかっておるが——、なんとかなるじゃろう」
苦笑混じりのリサの言葉に、シェンフゥが意味ありげに返す。
「仕込み?」
リサが問うと、シェンフゥはその手に握られた刃こぼれした青龍刀に気づき、リサの手ごとその柄を握り締めた。
「こっちの話じゃ」
シェンフゥが僅かに力を込め、リサの手を通じて刀にエーテルを流す。
刀はシェンフゥの具現化の妖術を受け、鋭い刃を取り戻した。
「たらららん♪ 」
「便利ね、それ」
歌うように目配せするシェンフゥに僅かに笑顔を見せ、リサは魔導散弾砲を腰のベルトに戻す。
「さっさと片付けるとするかの、ご主人」
「……そうね。二人揃えば余裕よ」
「ああ、余裕じゃ」
にかっと笑うシェンフゥにすっかり気力を持ち直したリサは、シェンフゥの手が離れるのを待ち、両手で青龍刀の柄を握り締めた。
「別れの挨拶は済んだか?」
長短二本の槍を合わせ、巨大な槍へと変えながらギルマンが問いかける。
「それが必要だとは思えないけどッ!」
言い終わらないうちに跳躍し、リサが斬撃を浴びせる。