第二話 特製オイル

「——やっぱりわかんない……」

 一通り命令を思い返してみたが、潜入装備の必然性がまるでわからない。

「水着メイドがそんなに気に入らぬかのぅ? わしとしては最高の装備だと思うが——」

「百歩譲ってあんたの趣味ならわからなくもないけど、機関長の用意した潜入装備がなんで……」

 納得がいかず、ぶつぶつと呟いていたリサだったが、突然沸点に達したのか、不満を露わにして叫んだ。

「なんでこうなるのよっ!!」

「わっ、びっくりした……」

 リサの突然の大声に、シェンフゥが片耳を押さえて小さく呟く。

 リサは不満を吐き出しきれずに肩で荒く息を吐いていたが、大声に気づいた他の客がひそひそと囁き合いながら視線を向けていることに気づき、慌てて笑顔を作った。

「そうそう。いつまでもふてくされておっても、目立つだけじゃからの。早く役に入った方が得策じゃ。これも仕事のうちじゃぞ」

「……覚えておきなさいよ」

 拳を握りしめて極力小さな声で低く言い、リサはゆっくりとシェンフゥの傍らに両膝をついて屈んだ。

「……シェンフゥお嬢様、御用がございましたら、このリサになんなりとお申し付けを」

「うはっ、想像以上の破壊力じゃ! こりゃ最高じゃな!」

 メイドの役に入ったリサを目の前に、シェンフゥはじたばたと脚を動かしながら喜びを全身で表現している。

「アキバのメイド喫茶を思い出すわい。それもわしの理想の美少女のメイドじゃ……! はー、なんという役得なのじゃ」

「……アキバがどこかは存じませんが、お気に召して頂けてなによりです」

 通りがかる乗客に目を配りながら、リサが笑顔を引き らせて頭を垂れる。

「さて、最初の命令だったわね。思ったよりも日差しが強くて、しっかりスキンケアをしなければならいと思うの。……頼めるかしら?」

「え……、あ、はい……」

 いつもと違う口調のシェンフゥに慌てて顔を上げる。

「ふふっ、じゃあ、このわたくしがブレンドした日焼け止めオイルをお願いするわね」

 目配せして背後の乗客たちの注目をリサに知らせながら、シェンフゥが足に めた装飾を外し、デッキチェアにうつ伏せに寝転ぶ。

 細い指先がつと背中の紐を解くと、遠巻きに集まっていた乗客の男性たちは流石に気まずくなったのか離れていった。

「ちょっ、なんで紐まで外してるのよ」

 目の遣り場に困ったリサが顔を背けながら小声で囁く。

「その方が塗りやすいでしょう? わたくしも、くっきりと水着の日焼け痕がつくのはちょっと……ね?」

 にっと八重歯を見せて笑ったシェンフゥは、そう言いながらリサの手にオイルの入った瓶を握らせた。

「それで、なんなのよ。この日焼け止め……『わたくしがブレンドしたって』つまり、自分で作ったの?」

「こんなこともあろうかと、スペシャルな薬草をブレンドして用意しておいたの」

 自分の腕を枕代わりにして落ち着きながら、シェンフゥが笑顔を見せる。

「……怪しいわね」

 怪訝に眉を寄せながら、瓶を目の高さに持ち上げてみる。

 日焼け止めというだけあって薬草でも混ぜてあるのか、うっすらと青みがかったオイルは、手のひらに零すとさらりと伸びた。

「効果は抜群じゃ! ほれ、疑うならわしの顔を見てみるがよい」

 なかなか塗り始めないリサに、シェンフゥが自分の頬を示す。

 流石に顔と首は自分で塗ったらしく、よく見るとオイルで艶っぽく濡れている。

 顔と比べると、日の光が当たっている肩や背中は少し赤味がかかっているように見えた。

「……確かに、なんともなってないわね。他の所はちょっと赤いのに」

「じゃろう? さっ、わしの肌が日に焼ける前に頼むぞ、メイド殿」

「はいはい……」

 左右に尻尾を揺らしながら催促するシェンフゥに、溜息を吐きながら頷き、リサは小瓶から垂らしたオイルを手のひらに溜める。

 やや冷たく感じたオイルの感触は体温で少しずつ温まり、シェンフゥの背中で滑らかに伸びた。

「満遍なく頼むわね」

「わかっております、お嬢様」

 プールサイドを巡回してるウェイターが、デッキチェアの傍らのテーブルに飲み物を追加して去って行く。

 飲み物に添えられたエキゾチックな果物の香りが甘い芳香となって、周囲に漂い始めた。

「豪華客船というだけあって、サービス満点ね。頼んでもないのに、持ってきてくれるの?」

 銀のトレイに飲み物を乗せたウェイターが、他の乗客にもそうして飲み物を配って回る姿を目で追いながら、小声で問う。

「そのようじゃな。夜は酒が飲み放題と聞く。楽しみじゃのぅ」

 手を伸ばして飲み物の一つを取り、口を付けたシェンフゥが、リサにもそれを勧めてくる。

「任務のこと、忘れてないでしょうね?」

 喉が渇いていたこともあり、オイルを塗る手を止め、ストローに口を近づけて手を使わずに飲み干す。

 湖をイメージした青のグラデーションが美しい飲み物は、リサの喉を甘く潤した。

「勿論じゃ。しかし、こういう貴族の集まりでは、情報交換も必要という。次に魔族化されそうな貴族……あるいは、もう既に魔族化している者を見極めるのにも役立つじゃろう」

「……それ、どうやってやるの?」

 再びオイルを塗る作業に戻りながら、会話を続ける。

「わしの鼻にかかれば一発じゃ」

 頭を起こしたシェンフゥが自慢げに自分の鼻を指差す。

 魔族特有の臭いを嗅ぎ分けるシェンフゥの嗅覚は、リサ自身も頼りにしているところだ。

「……まあ、そうよね……」

「そういう訳じゃから、安心して酒も料理も楽しめるぞ。おぬしも酒は好きじゃろう?」

 任務と割り切っている上に、メイドという設定ということもあり、全く期待していなかったが、シェンフゥの作戦も悪くないと思えてくる。

「わしの付き添いで飲む分には、誰も不思議には思うまい。わしとしても、美少女と飲む酒の方が旨いからのぅ」

「それは、そうだけど……。って、一言多いわね」

「かっかっか。その気になってきたじゃろう、ご主人。何と言っても、ここは高級な酒が飲み放題! どうじゃ、そんな機会、滅多にないじゃろう」

 そう言われると、大好きな酒を飲むのも、任務のうちに入るのかもしれない。

「それも、そうね……。じゃあ、ちょっと頂こうかしら……」

「その意気じゃ。なぁに、酒豪のご主人が酔い潰れる前に、船の酒がなくなるじゃろうて」

「確かにお酒は好きだけど、そこまでじゃないと思うわよ? まあ、何本か開けたところで酔い潰れたりなんてしないけど」

 シェンフゥと話すうちに、リサの思考の片隅にはすっかり酒のことがちらつき始めている。

(いけない、いけない。任務に集中しなくちゃ)

 トップデッキに集まった乗客の楽しげな雰囲気も手伝って、バカンス気分に傾きかけた自分に首を横に振る。

 酒の味を想像して緩みかけた頬をきゅっと引き締めたリサは、改めてシェンフゥの身体にオイルを塗り始めた。

 肩と背中を塗り終え、腕をそっと撫でるようにオイルを滑らせて指先まで丁寧に塗っていく。

 シェンフゥは気持ちよさそうに鼻歌混じりに目を閉じていたが、リサの手のひらが腰に至ると、手を伸ばして、ショーツの後ろにある紐を解いた。

「えっ……」

「水着の痕がくっきりというのは、困るじゃろ?」

 思わず声を上げたリサに、シェンフゥが微笑みを向ける。

「……かしこまりました、シェンフゥお嬢様」

 シェンフゥの期待を反映して揺れる尻尾を横目に、オイルを手に取り直す。

 シェンフゥの独自ブレンドとはいえ、爽やかな香りと伸びの良さは、塗っている側にとっても心地が良い。

「では、塗らせていただきます」

「うむ。良きに計らえじゃ」

 声が聞こえるような範囲には誰もいなかったが、敢えてメイド役になりきってシェンフゥの臀部に手のひらを押し当てる。

 手早く塗ってしまおうと、その丸みに手を滑らせ始めたその時。

「んんっ、……ぁ、はぁ……」

 シェンフゥの身体がぴくりと反応し、吐息が漏れた。

「ちょっと変な声出さないでよ」

 小声で叱責しながらも、オイルを塗り続け、露わになった臀部に水着のショーツを戻す。

 そのまま太腿に手を滑らせると、シェンフゥは湿っぽい吐息を漏らした。

「……んぅ。はっ……ん……。これは……んっ、たまらんのぅ……」

「なんなのよ、もう」

 流石に少し声を荒らげて、シェンフゥの 脹脛 ふくらはぎ を軽く絞るようにオイルを塗っていく。

 シェンフゥは上体を起こしてリサを振り返り、にんまりと微笑んだ。

「理想の美少女水着メイドのオイルマッサージじゃ。恍惚とした声の一つや二つ漏れるわい」

 紐がはだけたままになっている上の水着がずれて、シェンフゥのたわわな胸が際どいところまで見えつつある。

「……どんな理由よ。あと、その格好!」

 脚の甲と指にもオイルを塗りながら指摘し、咄嗟に立ち上がったリサは、シェンフゥが解いた水着の紐を慌てて元に戻した。

「はい、終わったわよ」

「さすがメイド殿、仕事が早いのぅ」

 シェンフゥは嬉しそうに微笑み、デッキチェアのリクライニングを起こしている。

 もっと注文が入るかと思えば、意外にあっさりと解放されたリサは、胸は自分でやるようにと念を押し、手足の塗り残し部分を手早く仕上げた。

「はぁ、極楽、極楽じゃぁ〜」

 満遍なくオイルを塗り終えたシェンフゥが、立ち上がって全身の具合を確かめながら大きく伸びをする。

「満足いただけましたか、シェンフゥお嬢様?」

 肌にすっかり馴染んだオイルは自然な艶となってシェンフゥの素肌を輝かせ、その姿に周囲の注目が集まった。

「ええ。夢心地でしたわ。次はあなたの番ね」

「いえ、結構です。お嬢様」

 リサの断りの言葉などまるで聞こえていないかのように、シェンフゥがリクライニングをフラットに調整し直している。

「そこに寝そべるだけよ。難しいことは言っていないと思うけれど?」

 優雅な笑顔を浮かべたシェンフゥが、デッキチェアの座面をぽんぽんと叩きながら呼んでいる。

「お嬢様の手を煩わせるまでもありません。お気持ちだけ頂戴致します」

  慇懃 いんぎん に断り、つと後ろに下がる。

 が、シェンフゥはその手を素早く捕らえて引き寄せ、身体を密着させた。

「それとも、なにかのぅ? おぬし、主人の厚意を 無碍 むげ に断る気かの?」

 水着から零れそうなシェンフゥの胸が、リサの胸をぐっと押す。

 たっぷり肌に塗られたオイルがシェンフゥの温もりを持って触れ、リサの肌につやつやと輝く痕を残した。

「い、いえ。そのようなつもりはありません」

「まことか?」

 疑いを解かずに訊ねるシェンフゥが、これ見よがしに胸を押しつけてくる。

「……有り難く、お受け致します」

 つやつやとオイルで濡れた膨らみを押し当てられたリサは、目の遣り場を失い、遠くを見ながら諦めたように呟いた。

「従者は素直が一番じゃ。どれ、日頃の労いを込めて、入念に塗ってやるぞ」

 満面の笑みを浮かべたシェンフゥが、デッキチェアの上にバスタオルを敷きながらリサを促す。

(こ、こいつ……絶対変なことするつもりよ……)

 入念な準備の様子に警戒心募らせたリサだったが、うつ伏せに寝転び、シェンフゥが日焼け止めオイルを塗り出すと、徐々にその警戒を解き始めた。

(なんだ……。意外と真面目じゃない)

 デッキチェアの傍らに膝立ちになったシェンフゥが、リサの肌を気遣うように入念にオイルを塗っていく。

 背中の紐を解かれた時は流石に身じろぎしたが、手のひら全体を使ってマッサージするように甲斐甲斐しくオイルを塗られるうちに、リサの警戒心は完全に解かれた。

「シェンフゥ——お嬢様……」

「なんじゃ?」

 声をかけるとすぐに、耳許に寄ってシェンフゥが答えてくれる。

「ありがとう……ございます」

 小声でシェンフゥに礼を言うと、シェンフゥはオイルを塗る手を止めずにかかかっと微かな声で快活に笑った。

「なに、日頃の労いじゃ」

 笑顔のシェンフゥが上体を起こし、周囲の客を観察する。

 その視線に気づいて、リサも寛ぎながら周囲を見渡した。

 乗船が進んだのか、トップデッキにも水着に着替えた乗客の姿が目立ち始めている。

 プールで泳ぐ者、トップデッキの日当たりを利用して日光浴を楽しむ者、バーカウンターで昼間から酒を楽しむ者の姿もある。

 ウェイターは乗客の数よりも多く、全ての乗客にサービスが行き渡るように目を配っている様子が窺えた。

「流石は豪華客船ね。バカンスを楽しんでいる貴族ばかり……って感じ。今のところ異常はないようね」

「そうかのぅ……?」

 呟いたリサに、シェンフゥが小首を傾げて答える。

「ねぇ、なにかあったの?」

 歯切れの悪い口調に目を瞬くと、シェンフゥはぼそぼそと独り言のように続けた。

「そろそろかと思うが……。まあいい、次は仰向けじゃな」

「そっちは自分で塗り——」

「わたくしに任せなさい」

 いつもとは違う口調で、短く制される。

「あ……うん……」

 周囲の視線を感じながら、これも作戦である可能性が高いと判断したリサは素直に従うことにした。

「華奢な肩じゃのう。これで良くあの馬鹿力が出せるものじゃ」

「あんたとは鍛え方が違うの」

 シェンフゥが普段の口調で声を抑えて会話をするのに合わせ、リサも口調を戻す。

 シェンフゥはそれに静かに頷き、手のひらで包み込むように肩と腕を、続いて、リサの胸の膨らみの形をそっとなぞった。

(……あれ、なんだか……)

 シェンフゥに触られた場所が、その手が離れてもなお微かな熱を帯びている。

 オイルの感触がそうさせるのか、じっくりと肌の上をなぞられているような感覚にリサは思わず身体を よじ った。

「そろそろ効いてきたかの?」

「え……?」

 リサの太腿の上に また がったシェンフゥが、舌なめずりをして見下ろしている。

 その視線が次第に熱を帯び始めた二つの膨らみに注がれていることに気づき、リサはハッとして胸元を押さえた。

「肌が桃色になってきておるぞ。火照って仕方ないじゃろう?」

「……まさか……」

 胸を押さえた腕に、ドキン、ドキンと心臓が脈打つ音が響いてくる。

「わしの独自ブレンドは良く効くのぅ……」

 そう思うと、先程のシェンフゥの変な声についても合点がいく。

「……っ!」

 シェンフゥの発言にホルターネック部分を引っ張って引き寄せ、思い切り睨めつけた。

「……あ、あんた、後で覚えておきなさいよ」

 声を出来るだけ抑えて囁くリサに、シェンフゥが笑顔で応じる。

「うむうむ。しっかり覚えておくぞ」

 特に悪びれる様子もなく、シェンフゥはオイルの瓶を手に取ると、改めてリサの肩をすべらせるようにオイルを塗り重ねた。

「美少女の柔肌の感触をな」

 オイルでたっぷりと濡れた手が肌の上を滑り、リサの水着の中へと入り込む。

「……っ!!」

「水着の境目は、特に入念に塗らなければなりませんわよ。あなたのその白い肌が日に焼けて赤くなるなんて、わたくし、とても耐えられませんわ」

 上品な令嬢を装ったシェンフゥが、表情からは想像も出来ない執拗さでオイルを塗り重ねていく。

「……ぁ、お、嬢様っ、……んぅ、いけません……あぁっ」

 意思とは関係なく漏れそうになる声を必死で押さえながら、なんとかシェンフゥから逃れようとリサは左右に身体を揺らしている。

 シェンフゥはそれを察して太腿でしっかりとリサの身体を捕まえながら、恐ろしく丁寧にオイルを塗り重ねていった。

「……はぁ、ん……っ。もう、充分でございます、お嬢様……」

 熱くなった息で、やっとそれだけを紡ぎ、リサがぐったりとリクライニングに背中を預ける。

「あらダメよ。隅々まできちんと塗らなくてわ。……でも、わたくしも少し手が疲れて来ましたわね」

 頷いたシェンフゥが脚の力を緩める。

「ふふふ。イイコトを思いつきましたわ」

 リサの上にまたがったまま、シェンフゥが自分の太腿にオイルを垂らす。

「お、お嬢様っ、……そんな、……っ」

「こうしましょう、ねっ? これなら手よりも効率よく塗れるのではなくて?」

 あろうことか、シェンフゥは自分の太腿を使ってリサの脚にオイルを塗り始めた。

(この、エロぎつねー!!!!)

 リサの心の絶叫は、その後暫く続いた。