「なぁぁぁっ!?

 リサラの言葉に、イリアは思わず椅子から立ち上がるほどに驚いてしまった。

「レ、レストール家って……死神界の名門中の名門で、この死神養成学校を運営してる、あのレストールっ!?

 イリアの言葉に、リサラが少し困ったような顔をする。

「そうなんだけどね。でも、だからってあまり特別あつかいして欲しくはないかな……」

「いやいやいやいや、だって特別よっ。死神界で一番権力がある家じゃないの!」

「それは事実なんだけど、私はまだ死神の資格すら持てない、貴女と同じただの学生よ」

「ただのって……」

 隣の可愛らしい少女を見ながらイリアは、自分の家を思い起こした。

 死神界でも田舎いなかの中の田舎。今まで故郷のことを言っても、十中八九どころか九割九分九りんの相手が、そこって人が住んでるっけ? と聞き返して来る、そんなド田舎に実家はある。

 お隣さんまで一キロ近くあり、そもそも村の人口は三十人に満たない。おかげで名字なんてものもない。

 そんな家のイリアとしては、死神界で最も強力な権力を持つレストール家のリサラは、とてもただの学生には思えないのだ。

(いやでも、これはもしかしてチャンスじゃないの)

 ド田舎出身でバックも何もないイリアとちがい、目の前の人の良さそうなリサラはレストール家という大きなバックがあるのだ。このリサラと友達となれば、ゆくゆくはレストール家の上層部に食い込み、てきな生活と権力を手に入れることが出来る。

(そうよっ。イリアはあんなド田舎で終わるうつわじゃないのよっ。えらくなって、死神界を動かすような地位と権力をにぎって、そうよっ、イリアのことを散々馬鹿にした村長の息子むすこを見返してやるんだから!)

 グッとこぶしを握りしめてから──イリアはニッコリと満面の笑みをリサラに向けた。

「そうね。今はまだイリアもリサラさんも、ただの学生だもんね~」

「ええ、その通りよ」

「ねえリサラさん。イリアってばぁ、田舎から出てきたばっかりで知り合いとかだれもいないの。だから、もしよければイリアと友達になってくれないかしら……心細くて」

 うつむさびしくて泣き出しそうな女の子を演じながら、チラリとリサラを見上げる。

 するとリサラは、本当に、心の底から同情する気配を見せて、イリアの手を両手で取った。

「そうなんだ。平気よ、イリアさん。私なんかでよければ、喜んで友達になるわ。もちろん分からないことがあったら、いくらでも私をたよってよ」

 じっとイリアを見つめながらリサラが言う。

「本当に?」

「もちろんよっ。今日から私達は友達よ。そうね、私のことはリサラって呼び捨てでいいわ。私もイリアって呼ぶから」

「リサラさ……ううん、リサラっ、ありがとう!」

 リサラの手を握りかえしながらリサラは、心の中で笑いが止まらなかった。

(ふふ、さすがはいいとこのおじようさまね。チョロすぎねぇ。これでイリアのグローリーロードが始まったのよ!)

 そんなイリアの腹黒さなどじんも気が付かずに、リサラがニコニコと笑う。

「でも良かったわ。おさまからルームメイトは、入学試験で次席を取った天才だって聞いてたから、もしかしたらものじしないで友達になってくれるかなぁって思ってたんだけど、本当に友達になってくれるなんてね」

「ちょ、ちょっと待って」

 リサラの言葉がすんなりとは頭に入らず、イリアは慌ててストップを掛けた。

「ルームメイト? 次席? どういうこと?」

「あら知らないの?」

「うん」

「そうね、まずは次席のことだけど……入学式の座順は成績順なのよ。だから、先頭列のひだりはしである私が首席で、その隣の貴女が次席ってわけ」

「ホントけ!?

 あまりの事実に、思わずなまりが出てしまう。

「え?」

「あ、いえ、それって本当なのぉ?」

 慌てて都会向けに、少女まんや雑誌で勉強してきた可愛い言葉づかいへとイリアは切りえた。

「ええ、本当よ。だから私とイリアはりようも同室ってわけ」

「首席と次席だから?」

「ええ。養成学校はぜんりようせいでしょ。だから私生活も教育のいつかんなんだそうよ」

「成績が近い者同士のほうが、せつたくするってことぉ?」

「そういう考えみたいね。だから、学校でも部屋でもよろしくね」

 リサラがもう一度手を差し出してきた。

 イリアはその手を握りながら、この人の良いお嬢様をしっかりと利用しくそう。そう決意したのだった。


    ※   ※   ※


 入学式から三週間もすると、じよじよにクラスの人間関係も固まってくるし、おのおののこともよく分かってくる。

 そうなると起きるのが、さつだ。

 特に異分子は標的となりやすい……。

「イリアさん。貴女ってば、すごい田舎の出身なんですってね」

 ろうを歩いていたイリアは呼び止められると、いきなり数人に囲まれた。ここ最近、すでに数回似たような事態があったせいか、イリアは特に慌てることもなくメンツを見回した。

(この間の実技で、イリアとリサラのペアに負けた連中かぁ)

 田舎出身で家も貧しいイリアに負けたことが、よほど腹にえかねるのだろう。もちろん、リサラにも負けたことになるが、レストール家のお嬢様である彼女には、この連中はこわくてほこさきを向けられないのだろう。

(この前は、ええとテストの点数でイリアを引き合いに出されておこられた連中だったかなぁ。その前は……ああもう、めんどうなんだから)

 思わずハァとため息が出てしまう。そのため息が取り囲んでいる生徒達には、自分達を鹿にしたものに映ったようだ。一気にいかりのボルテージが上がっていく。

「なによ、そのため息は。なに、ちょっと成績がいいからって私達を馬鹿にしてるわけ?」

「それに、実技だってリサラさんがいなければ私達に手も足も出なかったくせに」

 生徒達が言いつのってくる。

 イリアは再びため息をいた。

 彼女達に、ではない。その先に見えたひとかげにだ。どうせまた、おせつかいを焼くに決まっているのだ。

 リサラという友達は。

「何をしているのかしら、私のルームメイトに」

 イリアを囲んだ生徒達の後ろから、リサラが声を掛けた。

 幾分トーンが低いのは、かなりおこっているしようだ。

 イリアは、この三週間同じ部屋できし、教室での机も隣同士というかんきようで、このかりめ友達が、かなり短気だということがよく分かっていた。

 しかも、イリアの計画通りとはいえ、本気で自分を友達と思っている。そのせいで、イリアに火の粉が降りかかると必ずやってきて守ろうとするのだ。

 正直、お節介が過ぎてイリアとしてはうんざりだ。

「イリア、平気だった?」

 気が付けば、イリアとリサラ以外もう誰もいない。どうやらリサラのひとにらみで連中はげ去ったらしい。

「えっとぉ……ありがとね、リサラ」

 心の中で、この程度なら一人でどうにかなるのにと思いつつも、イリアは感謝を伝えるがおを作った。

「いいのよ、気にしないで。友達じゃない」

 リサラが、演技の欠片かけらもないしようかべる。

 はっきりいってまぶしい。イリアには眩しすぎる笑顔だ。

(何がやだって、この笑顔よねぇ……どうしてこう、単純にイリアを友達って思えるんだか……はぁぁぁ、油断すると、なんだかイリアまでホントにリサラが友達だって思っちゃう時があるし)

 リサラと並んで歩きつつ、イリアは頭の中でぼやいた。

 あくまでもリサラは、イリアの野心のための道具なのだ。流されるわけにはいかない。

(そうよ。そもそも、次席のイリアにとって首席のリサラ……とす対象でもあるんだからっ。情に流されちゃダメよ!)

 イリアは自分に言い聞かせるように、決意を新たにした。

 そんな日々が続き、半年も過ぎたころだ。

「ねぇリサラ~、今度の休みを使ってたいでもに行こうよぉ~」

 寮のベッドにこしけながら、イリアは舞台のパンフレットを広げて甘えた声を出した。そんなイリアにゆかのクッションに座っていたリサラが苦笑する。

「また行くの? 先週もその舞台観に行ったじゃない」

「この役者大好きなんだもん。い~じゃない、イリアとリサラは親友でしょぉ?」

 友達は、半年の時間を経て親友へとレベルアップしていた。

 そう。結局イリアは、リサラのお節介と裏表のない全力好意のおかげで、あっさりとかんらくしていたのだ。

「はいはい、分かったわよ。まったくもう、最近のイリアってかなり我がままなんだから」

 苦笑したリサラに、イリアはクスリと笑った。

「いーじゃない。イリアが我が儘言う相手ってリサラくらいなんだからぁ。うれしいでしょ

「そりゃ嬉しいけど……知ってるイリア?」

「何を?」

うわさ、私達に関する噂よ。最近私も知ったんだけど」

「イリアは、全然知らないなぁ」

「私達が付き合ってるっていう噂が流れてるのよ」

「え……でもでも、イリアもリサラも女同士じゃないのぉ」

 キョトンとしてしまうイリアだ。

「だから、そういう……そのレズっていうか、っていうか、なんだかそんな噂が流れてるのよ」

 発言内容がずかしいのか、リサラが少し俯きながらボソボソと説明する。

「そ、そうなんだぁ……」

「まぁ、言われてみれば男の子だっているのに……私達、いっつも二人でつるんでるものね」

 まだ少し顔を赤らめながらリサラが、ちよう気味に笑う。その言葉を聞きながらイリアは少し考え込み、首をかたむけた。

「う~ん、だってイリア、気になる男の子とかいないしなぁ。それにそれに」

「なによ?」

「なんだかみんな、イリア達のことチラチラって見るけど、まともに話しかけてくれないでしょぉ?」

 イリアとリサラは基本的にしにがみ養成学校でも、いつしよにいた。そんな二人を男子達はチラチラと見て、なにやら話し合うが、それだけで一定以上近づいては来ない。

 では一人の時はどうかといえば、全く同じだ。

 もちろんあいさつなどはするし、ちょっとした雑談はするのだけど、それ以上み込んできてはくれないのだ。

「そうよね。私達っていうより、なんだか向こうからきよを置かれてる感じあるわよね」

 うんうんとリサラがうなずいた。それを見つつ、イリアは内心で苦笑した。

 だってイリアには、男子達が自分とリサラに近寄ってこない理由が分かるのだ。

(イリアから見ても、リサラは美人だもの……。つうの男の子達には近寄りがたくて当たり前よねぇ)

 入学式の時には、まだかなり幼さが残っていたリサラだったが、この半年で一気に可愛かわいいかられいへと変わりつつあった。

 さらにいえば基本的になリサラは、レストール家のあとり候補に相応ふさわしい死神になろうと毎日毎日必死に勉強していて、あまり笑ったりはしゃいだりしないのだ。せいぜい、寮に帰ってきてからイリアとはしゃぐくらいで、校内の姿だけしか見ていない男子達にとっては、そのいえがらもあってあまりにも取っつきにくい存在だというのは、イリアには容易に想像出来る。

(ま、となりにいるイリアもぉ、いっつも成績はリサラに次いで二位だし、可愛さだって二位だもの。下手な男の子が話しかけてこなくて当然よねぇ。フフ、地位の高い格好良くて強い死神でもなければ、ちょっとイリア達には相応しくないわよねぇ)

 うんうんと何度も頷くイリアに、リサラがげんそうな顔を浮かべた。

「なにニヤニヤ笑いながら頷いてるのよ」

「え……あははは、えっとほら、イリアとリサラにり合うような男の子ってどんな感じかなぁとか、ちょっと考えちゃってぇ」

「私達に釣り合うって、あのねぇ。なんでそんなにえらそうなのよ」

 リサラがやれやれとかぶりる。

「だってぇ、イリアもリサラも可愛いもん」

「たまに思うけど、イリアってどうしてそうおくめんもなく言えるのかしらね」

「事実は事実だもの。でもでも、だったらぁ」

 イリアのひとみに、こうしんがバッとともる。

「な、なによ」

「リサラは、どんな男の子だったらいいのかなぁ」

「へっ? ど、どんなって……」

 リサラが口元を引きつらせる。

「ふふふ、男の子に興味ないなんて言わせないからね? それとも、本当に女の子が好きで……そうっ、イリアにこいしちゃってるって言うなら別だけどぉ」

「そんなわけないでしょ!」

「ふふっ、だったらぁ、イリアに好み教えて欲しいなぁ」

 ニヤニヤと笑いながら、イリアはリサラの隣に腰掛けた。あわててリサラが逃げようとするが、イリアは吸い付くように隣に座り続ける。

「ゔ、ゔゔ……そういうイリアの男の子の好みはどうなのよ」

 とうぼうあきらめたリサラが、せいいつぱいはんげきを試みた。

「イリア? そうねぇ。財産があってね、権力があって、野心にあふれてて、そうそうどうりようとか上司とか蹴落とす向上心がある男の子かな」

「か、かなって……そもそも、それって向上心って言うのかしら」

「言うわよぉ。やっぱり目標があるんだったら手段とか選ばないで、がむしゃらに走る人がイリア、好みかな」

 明るくイリアが微笑ほほえむと、リサラが少し顔を引きつらせた。

「まぁ、うん、確かにそんな男の子は校内にいなさそうよね」

「で、で、で、イリアは答えたんだからリサラの好みも教えてよね

「好みって言われても……そうね」

 観念したリサラがうでを組んで考え込む。

 どうやら今まで、そういったことを考えたこともなかったようだ。

「男の子……ううん、てきな男の子の条件よね」

「そんなに考え込むことかなぁ」

「だって、そういったことって私には関係ないことだったし……」

「そんなに難しく考えないでも、ほら、一緒にいたら楽しそうとか、隣にいてもいいかなぁって思える相手でいいじゃない」

「一緒に?」

「そうそう」

「そうね、そういう相手なら……」

 リサラがてんじように目を向けた。そしてボソリとつぶやく。

「素直な人かしら」

「素直って、それだけじゃわからないわよぉ」

「ええと思っていることをかくしたりしない、何を考えているかしっかり分かる相手?」

「思ってることって?」

「男の子って、何を考えているか全然分からないんだもの。だからちょっとこわいって思わない?」

 リサラの言葉に、イリアは「う~ん」となやみつつ人差し指をあごに当てた。

「男の子って、そりゃイリアだってよく知らないけど、なんだか単純なんじゃないのかなぁ」

「さあ。私にはそれも分からないわよ。だって、チラチラ私達を見るけど、何を見てるのか全然分からないし、なんで見たいかも分からないんだもの」

 それはきっとリサラが綺麗だって見とれてるんだと思うイリアだ。

「だからかな。思ってることを、ちょっと恥ずかしいようなことだってはっきり口にしてくれる相手が、私はいいかな」

 自分で言いながら自分でなつとくしたらしく、リサラがすっきりしたと笑う。

「ええぇっ、それだけなのぉ? イケメンだったり、頭が良かったり、色々とあるじゃない」

「う~ん、実際にその時にならないと分からないけど……今はあまり気にならないわね」

「はぁぁぁぁ、リサラってばホントにそっち方面にはとんちやくなのねぇ」

 やれやれとイリアは頭を振った。もっともそれはそれでリサラらしいかもとも思うのだが。

「ま、でもいいわ。リサラは当分そういったいた話はなさそうってことだけは、分かったもん」

 頭を上げて、イリアが手をった。

「なんだか失礼なこと言われてる気がするわね……」

「なのでイリアから提案で~す」

 リサラの言葉を無視して、イリアは思いっきり手を挙げる。

「提案って無茶なことはいやよ。そもそも明日あしたたいに行くんでしょ」

「まずは提案を聞いてよねっ」

「うん」

「明日、リサラはイリアと舞台を観に行きます」

 手を下ろさずにイリアが宣言を続ける。

「ええ、そうね」

「これを、デートの戦とします!」

「デートのって……はぁぁぁぁぁっ!?

 思わずこしを浮かしてリサラが聞き返して来た。

「だって、デートとか経験しないまま青春時代を送っちゃいそうなリサラが、イリアすごくかわいそうなんだもん」

「かわいそうなんだもん、じゃないわよ。そんなことしたら、私達が付き合ってるって噂がさらに強固になっちゃうじゃないっ」

「う~ん、まぁそれもいいかな」

「イリア、もしかしてっ」

 リサラが座ったまま思いっきり、イリアから距離を取る。

ちがう違う。どう思われててもいいじゃないってだけだってばぁ。それにまぁ、イリアは多分好きな相手が出来たら自分から、力くでもものにすると思うし

「手段を選ばずに、確かにしそうね……」

 あきれた様子でリサラが答える。

「そういうわけで、デート気分で楽しみましょってことよぉ」

「はぁぁ、いいけど……デートの模擬戦って何をするのよ」

「う~ん、まずは服装?」

 イリアが言うと、リサラがそくに理解する。

「ああ、ちゃんとした相手に見せる服装をしてこいってことね」

「うんうん」

「でもイリア。私は、りように気合い入った服なんて持ってきてないわよ。イリアだってそうじゃない」

 リサラのてき通り寮生活に必要な私服くらいで、デートなんかで着るような衣服は持ってきていない。

 一番手のんだ衣服といえば、入学式の時に着た正装になるが、おおやけの場で着る服装でデートで着るものでは絶対にない。

「そうだ。なら、一番お気に入りの下着を着て行くってのは、どーかしら」

 イリアのアイデアに、リサラが「はぁ?」と目を丸くする。

「あら勝負下着って、今日の授業でも言ってたでしょぉ。人間界では、ここ一番相手をろうらくしようって時は、一番気に入っている下着を身につけて勝負にいどむって」

「それは言ってたけど……」

「でしょでしょ。というわけで、明日の舞台は勝負下着を着用で決定!」

「まぁ……うん、その程度ならいいかな」

「デート前に勝負下着姿を見せっこしようね

 ニコニコと笑うイリアとは対照的に、リサラは額に手をあてたのだった。

「…………ほかの生徒に見られたら、うわさが確実に真実にされそうね」


    ※   ※   ※


「ふわぁぁぁぁぁぁぁ」

 翌日の朝、イリアは自分のベッドの上で思いっきり体をばした。

「時間は……うん、まだまだゆうね」

 反対側に置かれたリサラのベッドに目をやると、もう起き出しているらしく姿はない。ただベッドの上に下着が綺麗にたたまれて置いてあるだけだ。

「リサラも先生が言ったことを守ったのかぁ。よしよし」

 勝負下着は出かける直前に着けて、なるべく清潔な状態で行く。それが授業内容だった。

「まぁ、まれによごれている方が好きな人間もいるらしいけど、そういうのは変態って人種だって先生言ってたし、イリアは変態じゃないもんね」

 立ち上がり、イリアは勉強机二つ分あるベッドとベッドの間をそっと歩いた。

「着る前に、ちょっと気になるし……」

 レストール家のおじようさまが、一番気に入っている下着がどんな物なのか、やっぱり気になるのだ。以前のようにひがみとかはないけど、少しのおくれはどうしてもある。

 だから先にかくにんして、おどろきをおさえておきたい。

 とか思いつつ、本当はやっぱり好奇心のような気がしないでもないが……。

「あれ、意外にへいぼんかなぁ」

 手に取ったリサラのブラジャーは、ホックが背中にあり、クリーム色のはながらのレースが入ったものだ。寄せてあげるようなものでもなんでもなく、落ち着いたデザインのブラジャーだ。

「ううん、でもレストール家が買ったものなんだし……」

 ひっくり返して胸を包む部分を確認するが、人間界でいうところのコットン生地で、単にやさしいはだざわりってだけだ。

「あえて言うと、ストラップの付け根のこのリボンが可愛かわいいって感じ?」

 かたひもへと伸びるストラップにあしらわれた、ワンポイントのリボンが可愛らしい。派手すぎず、でもしっかりと目立つほどよい大きさのリボンだ。

「うーん、見てるウチにどんどんこのリボン気に入ってきちゃったかも」

 イリアはくりくりとリボンを指でいじった。

 するとだ。

 ぽろん。リボンが落ちてしまった。

「うえぇぇぇぇぇぇぇっ?!

 思わず退いてから、イリアはゆっくりと落っこちたリボンを手に取った。

 間違いなく外れてる。

 ただ引きちぎったというわけではなく、ストラップから取れてしまっただけらしい。

「あ、あせらせないでよ、もう……。とにかくリサラがもどってくるまでに、元通りにしないと」

 ガチャガチャとストラップにリボンを付け直そうとする。

「あれ、この、くぬっ……ああもうっ、なんでちゃんと付いてくれないのよぉっ!」

 ビリッ。

「あ……」

 ストラップごと、せんさいに編み込まれたレース部分が今度こそ、しようしんしようめい千切れてしまう。つまり、こわしてしまった。

「え、ちょ、ちょっと待って、ええとっ、うそっ……」

 イリアは自分でも顔が真っ青になってしまうのが分かる。

 こっそりけで確認したあげくに、壊したなんて、絶対におこられる。れつごとくリサラに怒られる。

 この半年間のルームメイト生活でけんは何回かしているものの、たぶん今回は過去最悪だろう。

「ええと、その……そ、そうだっ。イリアのブラジャーとパンツとこうかんで、ゆ、許してもらえないかなぁ」

 そう思い立って、自分のまくらもとに向かう。そこには夕べ畳んで用意しておいた下着があるはず、だった。

「あれ、ブラジャーがない?」

 枕をひっくり返してもない。ぞうが悪くばしたのかと、布団ふとんいでみても見つからない。

「あれ、どうして……夕べ、確かにイリア用意したと思ったのに」

 もう泣きそうだ。

「……そうだ。それならせめてソーイングセットで、直しちゃえばいいんだ」

 しにがみとして将来は人間の人生をサポートするのだ。さいほうの練習くらいはしている。

 そう思い立ってリサラのブラジャーと取れたリボンを手に取り、ソーイングセットを取り出そうとした時、とびらが開いてリサラが入って来てしまい、イリアは悲鳴と共に飛び上がってしまった。

「ひゃぁぁっ!?

「ど、どうしたのよ」

「あ、いえ、そのなんでもないかなぁ」

 がおを作りながら、イリアは自分の後ろにブラジャーをそそくさとかくした。そんなイリアの様子を、リサラがげんそうに見る。

「……イリア、どうしたの?」

「だ、だから、どうもしてないってばぁ」

 ニコニコと笑顔を作りながら『何事もない』と嘘をいてしまう。もうどろぬまだ。

(あーもうっ、どうしよう……なおに最初から謝れば良かったかも。で、でもでも、まだばれないいちの望みもあるんだもん)

 そう思いつつ、イリアはくしゃくしゃと背後でブラジャーをまとめて──きつな手触りにおそわれた。

 つめの先に破けた部分が引っかかって……ブラジャーの傷口が広がった気がするのだ!

(ああもうっ、なんでよぉぉっ。イリアが何か悪いことをしたって言うの────っ! あ、まぁうん、したんだけど……)

 泣き出したいイリアだ。

「イリア、やっぱり……いつもとちがうわよね」

 リサラがイリアの様子をうかがう。

「そ、そ、そぉぉぉかしらぁ」

 思いっきりあせが出てしまう。

「うん……ねぇ、イリア」

「な、なにかしらぁ」

「本当はもう、気が付いて──」

「ひぃぃぃっ、悪気はなかったのぉ!」

 とつにイリアはさけんだ。そんなイリアに、リサラが目を何度もまたたかせてる。

「悪気って……ええと、イリアが私に?」

「え……違うの?」

「あの、ええと、イリア、何かしたわけ?」

「あ、その、そうだけど、もしかしてリサラもイリアに何かしたの?」

 イリアが言うと、リサラが視線を泳がせた。

 間違いなく、何かリサラも隠している。

「ねぇイリア。おたがい何か隠してるみたいだし、同時に白状しない?」

「うん、それがよさそうかなぁ……。じゃぁ、いっせいの──」

 イリアとリサラが同時に「せっ!」と言って、ブラジャーを前に出した。

 イリアはリサラの壊しちゃったブラジャーを。

 リサラはイリアのれたブラジャーを、だ。

「リサラ、これはどういうこと?」

 自分のブラジャーがなんだかすごくさい。イリアは、けんにしわを寄せてリサラをにらんだ。

「あのええと……牛乳飲んでたら、イリアのブラジャーを見つけちゃったのよ。で、気になって手に取ったら、凄いパッドが入ってて……思わず笑い出しちゃってね、牛乳を思いっきりいたの。ほら、そしたら思いっきり牛乳がブラジャーにかかって、そのめ物とかにしっかり吸収されてしまいました」

 たじたじとリサラが説明する。

「やっちゃったって思ったから、おに行って洗ってドライヤーでかわかしたんだけど……そしたら、とっても臭くなっちゃって」

「な、なんてことするのよぉぉっ。これイリアが持ってるゆいいつのバストアップなブラジャーなのにぃっ。宝物なんだから!」

「う、うん、悪いって思ってる」

「それで済むわけないでしょ!」

 臭くなったブラジャーをつかんで、イリアはリサラに詰め寄った。

 と、モワァッと臭さがにおい立ち、お互いに顔をそむけてしまう。

「ゔゔ、イリアのブラジャーがぁ……ぞうきんになっちゃったじゃないっ。いくらリサラでも、これはさすがに許せないわよ!」

「え、ええと、その……詰め物取れば、まだそんなににおわないかも」

「それじゃ意味ないでしょっ。詰め物入れないと、おっぱいがあるんだかないんだか分からないから、だから入れてるんでしょぉ!」

「うん、まぁ……イリアのバストサイズ、私より小さいもんね」

 申し訳なさそうにリサラが言うが、その一言がイリアのいかりをさらにふんさせる。

「なによっ、その言い方っ。リサラだって、男の子と大して変わらない平べったいおっぱいじゃないの! みんな言ってるわよ。美人だし成績はいいけど、おっぱいだけは将来性の欠片かけらもないって!」

「なんですって!?

 イリアの中で燃えさかる怒りの火が、思いっきりリサラにも燃え移ってしまう。

「そもそもさっきから私が一方的に悪いみたいに言ってるけど、イリアだって私のブラジャーをどうしたのよっ」

「え……あ、その、肩紐のリボン壊しちゃったっていうか、そのごめんなさい」

 イリアが差し出したブラジャーをリサラがひったくる。

「ああっ、ホントにっ。リボンが取れちゃってるっ。このリボンが可愛いから、これ私のお気に入りだったのに!」

「いやでも、ほら、ブラジャーとしての機能は残ってるし……」

「機能って、ふんっ、私はイリアみたいにブラジャーでだれかをだまそうとか思ってないもの。可愛らしさが一番重要に決まってるじゃない」

「だ、騙そう? イリアは別に騙そうとかしてないもんっ。ただちょっとおっぱいを大きく見せようって思っただけだしっ。それが自分を可愛く見せようってことでしょぉ!」

 イリアが再度臭くなったブラジャーをリサラにき出す。その手をどけてリサラがイリアを睨む。

「それを騙すって言うんじゃないのっ!」

「違うもんっ。将来を先取りしてるだけよ!」

「将来? この間の身体測定で入学時から全然変わってなかったのは誰でしたっけ!」

 リサラが勝ちほこったように、上から目線でイリアを見下ろした。

「そ、それは……あれから大きくなったのよ!」

「身体測定って三日前なんですけどぉ。あーあー、イリアらしくもないわね。苦しい嘘にもほどがあるんじゃないかしらっ」

「自分だって五ミリしか育ってないくせに! てか、体重だってリサラ増えたんだし、太っただけでしょぉ」

 イリアの言葉に、リサラがまゆをぴくんとねさせた。

 そして二人がその場で睨み合い、バチバチと火花を散らせる。

 一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。

 完全に同時に二人が動いた。

「リサラっ、そこまで言うならイリアが、今ここで貧乳っぷりを測ってあげる!」

「それはこっちの台詞せりふよっ。お子様胸を私が測ってあげる!」

 互いにノーガードでシャツをがしあう。ほとんど取っ組み合い状態でゆかに転がり、二人共そのまま互いのスポーツブラを脱がしあう。

「あれリサラってば、今日はブラジャーしてるんだっ」

 リサラの上に今にも鼻と鼻がせつしよくしそうなきよおおかぶさったイリアが、ちようしようした。

「何よ、イリアだってそうだったじゃないのっ」

「ゔっ……あ、暑かったからいいのよっ」

あせいてくび見えてたわよっ。ホントもう信じられないっ」

 リサラがイリアのスポーツブラを一気にたくし上げる。同時にイリアもまたリサラのをたくし上げた。

「そういうリサラだって見えてたでしょうがっ」

 互いにうすいおっぱいがモロだし状態になり──またもや同時に動いた。

「どうせリサラは毛だって生えてないんでしょ!」

うぶは生えてきてるわよ!」

 今度は互いにパンツを下ろし始める。

「うるさいっていう苦情で来てみれば……。一つ質問してもいいかしらね」

 いきなり、大人の声が部屋にひびいた。

「りょ、りようちようさん……」

 イリアがギギッとり返り、いつの間にか部屋にいた独身のまま初老をむかえてしまった女性寮長を見た。

「それにみんな……」

 女子寮の生徒達も寮長の後ろで両手で顔を覆いながら、こうしんの視線を投げかけてきている。

「不純異性交遊は当然禁止していますけれど、不純同性交遊も許可した覚えはないのですけれど、これはつまりそういうこうの真っ最中だとにんしきしてもよろしいのかしら」

「違います!」

「違います!」

 イリアとリサラが仲良く叫ぶ。

「あのあの、二人ってやっぱり付き合ってるの?」

 女生徒の一人がおずおずと手を挙げた。