「悪い。憶えてないみたいだ」

「ううん。そうだろうなーって思ってたから」

「ねぇ、美菜。そのかさには何かあるわけ?」

 興味をそそられたらしいリサラが聞くが、美菜は「ないしよ」とそくとうだ。

「良介、貴方あなたに関係してるんだからさっさと思い出しなさいよね」

「いや、そー言われてもさ」

「ふふふ」

 良介とリサラの会話を聞きながら美菜がじようげんに笑い、いきなり「あっ」と小さな声を上げた。

「どうしたのよ?」

「リサラ、あの電柱のかげふるえてるねこ

「え……ええと、どこの」

 リサラがキョロキョロとした時には、美菜はもう走り出している。

 向かった先の電柱の下には、確かにずぶ濡れの三毛猫がいた。首輪を付けているところを見ると、飼い猫らしい。

「ずいぶんと甘やかされて育った猫みたいね」

 リサラがつぶやく。

「なんで分かるんだよ」

「だって、この雨の中でどこかにかくれようとしてないし……でも、その割にはずいぶんせてるわね」

 リサラの言葉で、良介は近所の電柱に『猫を探してます』という張り紙がしてあったのを思い出した。

「そうか、あいつ近所のひろさんの家の猫だ。一週間くらい前に迷子になったって書いてあったな」

「……そういえば、そんな張り紙あったわね」

 話しながら歩いていると、美菜が猫のかいじゆうに成功したらしい。青い傘をわきに置いて、両手でずぶ濡れの猫をき上げた、その時だ。

 とつぱつ的にいた風にあおられた美菜の傘が、コロコロと転がった。

 そして運の悪いことに、だんはあまり通らない車が走ってくる。

「あっ!」

 慌てて手をばそうとした美菜が、むなもとの猫を落としそうになって、抱きしめ直す。

 そして青い傘は車にかれ、ぐしゃりとつぶれてしまった……。

「…………」

 ぼうぜんと美菜が、潰れた傘を見ている。

 それはもう傘とは呼べないほどにグシャグシャで、どう見ても直すことなど出来ない状態だ。

「私の傘……」

 雨にれることも構わずに美菜が立ちくしている。

 そんな美菜に傘をかざすべく良介はけ寄りかけて、はたと思い出した。

 そう、傘だ。

 あの時も美菜は雨に濡れていた。

 小学校高学年だったはずだ。

 二人で帰っている時に、美菜が傘を飛ばしてしまった。そんな美菜を傘に入れてあげた。

 そして帰路が分かれる時に、良介はその傘を、買ってもらったばかりのお気に入りの傘を美菜に押しつけたのだ。

 確か美菜は、

『でも良介くんが濡れちゃうよ』

 とか言って最初はきよしたはずだ。そんな美菜に良介は、

『女の子は宝物だって父さんが言ってたんだよ。それに俺は弱っちい美菜とちがって強いからな。濡れたってなんか引かないぜ』

 とか強がって無理矢理傘を持たせると、そのまま濡れて帰ったはずだ。

 でもって、情けないことに風邪を引いた。

 今になって思えば家までいつしよに帰って、そこで傘を貸せばいいだけだが、いかんせん子供でそこまで頭が回らなかった。

(そうか、あの青い傘。俺が押しつけた傘だ。美菜の奴、ずっと大事に使ってたのか)

 一回美菜は傘を返しに来たが、『一度女の子にあげたものを受け取れるかよ!』とか、格好付けて受け取り拒否したのも思い出した。

(あの後、結局風邪を引いた俺をいに美菜が来て……そうだ、また持ってきてたはずだ)

 思い出なんてものは、とっかかりをつかめば一気によみがえるものらしい。

 当時のことがありありとのうかんでくる。

「良介、何をボサっとしてるのよ。美菜がこんなに濡れちゃったじゃないの」

 リサラの声で、良介の思い出はち切られた。

「え……あ、ああ」

 現実にもどると、もうリサラが美菜を自分の傘の中に入れている。ただ美菜は、もうずぶ濡れだ。

 かみの毛は濡れて顔にまとわり付き、その大きな胸を包んでいるブラジャーがばっちりけてしまっている。

「もしかして、こんな時まで濡れた美菜をエッチな目で……って、良介に限ってそれはないわね。鹿が付くほど、女の子にはやさしいんだし。どうかしたの?」

 ちゆうからいぶかしむというより、心配そうな顔になってリサラが聞いてくる。

「いや、ちょっと……まぁ、色々とさ」

 答えをにごしながら良介は近づくと、美菜に微笑ほほえんだ。

「美菜。傘なら俺がやるからさ」

 美菜が首を横に、強くる。

「違うよ。違うよ、良介くん。それじゃ意味がないの……あの傘じゃないと、何にもつながってないから。私と良介くんの繋がりが、一つこわれちゃったよ……」

 泣き出しそうな顔で──いや、雨に濡れているから分かりにくいだけで、泣いているのかも知れない──美菜が良介を見上げる。

 そんな美菜に、良介は今一度微笑んだ。

「分かってないのはお前の方だぞ、美菜」

「……え?」

「とにかく一度、うちに来いよ。その三毛猫を近所の広瀬さんに返さないといけないし、お前にはどうしても受け取ってもらわないといけないものもあるしな」

 良介はそう一方的に伝えると、キョトンとした美菜を半ば無理矢理、自分の家へと連行したのだった。


    ※   ※   ※


「美菜さん、ずぶ濡れでどうしたんですの?」

 良介達がげんかんに入ると、すでに制服から私服にえていたキュールがカエサルと共にいた。

「ちょっとしたトラブルだよ。それより、キュールこそ何してるんだよ」

 美菜の代わりに答えた良介にキュールがいつしゆんいぶかしむが、立ち入らない方がいいと判断したらしい。すぐに首をすくめる。

「久しぶりに雨がんだでしょう?」

 キュールの言う通り、確かに帰り道──広瀬さんに猫を返したころから、雨が上がっていた。

「いやでも、ほんの一瞬だろ。雨雲がまだすごいぞ」

「分かってますわよ。でも、たまにはカエサルに散歩させてあげないと」

「なるほどな」

「ってわけで、ちょっとだけ行ってきますわ」

 そう言うとキュールとカエサルが玄関から出て行く。

「さてと、俺たちは……まずは美菜、シャワー浴びて来いよ」

 良介の提案に美菜がコクンとなおうなずいてくれた。

「着替えはリサラのを使えばいいしな。いいだろ?」

「ええ、もちろん構わないわ」

 リサラはにっこりと笑うと、美菜を連れてバスルームへと向かい、顔だけで振り向く。

「良介、一つ言っておくけど……のぞいちゃダメよ」

「当たり前だろっ!」

「何が当たり前よ。前科者のくせに」

「いやその、俺だって時と場合をだな」

「ならいいけど。じゃぁ美菜、一緒に入りましょうよ」

「え?」

 おどろいた美菜に、リサラがクスリと笑った。

「あら、たまにははだかの付き合いもいいじゃない」

 そしてまた良介に振り向く。

「いい。のぞいたりしたら……絶対に許さないわよ」

「そ、そんな、くっ……いやだって、女の子二人が一緒におとか、だ、だって、くっ、くそぉぉっ」

 頭をかかえ、良介は身もだえ──とうとつに手を挙げた。

「はい、一つ提案があります!」

「一緒に入るってのはきやつ

「そんなの認められると思ってねぇよっ。そうじゃなくて、のぞきません」

「当然ね」

「その代わり」

「代わり?」

だつ場で、キャッキャウフフしてるっぽい音を聞いててもいいですか」

「良介」

 リサラの顔に、優しい笑みが広がっていく。

 それはもしかしてOKサイン! そう良介が確信したと同時に、

「私達がシャワー浴びている間、良介が居間から出ることを禁じるわね」

「なっ……ト、トイレとかどうすんだよ!」

まんしなさい」

「宅配便が来たら!」

「宅配便のお兄さんにはかわいそうだけど、居留守」

「いやでも、そうしたら二人の裸を経由した湿しつで、どうやってスーハースーハーすればいいんだよ!」

「だからそれをやめなさいって言ってるんでしょうが!」

 思いっきりられてしまった。もっとも、その様子に美菜がクスリとようやく笑ってくれる。

 それを見て良介とリサラは、ほぼ同時に小さくほっと笑い合った。


    ※   ※   ※


 良介は、リサラと美菜がバスルームに行った後、よんどころない用事でその言いつけを破って自分の部屋へと向かった。

 ガサゴソと古い荷物を引っ張り出して大きく一度頷き、そのまま居間へとリサラにばれないようにソロリソロリと歩いて行く。

「我ながらよくもまぁ取っておいたよな」

 居間にすべり込み、良介は持ってきた物をかべに立てかけた。

「後は美菜がシャワーを浴びて出てくるのを待つだけだな……ん?」

 自分でつぶやいて、自分で気が付いてしまった。

 なんか今の言葉って、まさしくこれからエッチしちゃうカップルみたいだ。

「いや待て、いやいや、俺は別にそんなやましい気持ちで言ったわけじゃなくてだな。そもそも相手は美菜だぞ。妹みたいなおさなみじゃないか」

 居間には良介しかいないのに、一人で否定して一人でずかしくなってしまう。

「落ち着けよ。うん……というか、あれだ、あれ。そもそも美菜一人じゃなくてリサラだって一緒にシャワー浴びてるわけで……………………くぅぅぅぅ」

 脳内にシャワーシーンが一気に広がっていく。

 きっとリサラは、美菜のたいを見て言うはずだ。


『ねぇ美菜。どうやったらそこまでおっぱいが大きくなるわけ?』

 長い赤髪をい上げたリサラが、いきなり美菜の胸を下から支えるようにさわった。

『ひゃんっ。リ、リサラ、ちょっと』

 美菜があわててリサラの手を振りほどこうとするが、ぴったりと吸い付いたようにはなれない。

 いやむしろ、ゆっくりとリサラの細い指がやわらかい美菜の胸にしずんでいく。

『あんっ……リサラ、だめだってば』

『美菜のおっぱい、凄く柔らかいし……重いわ。同じおっぱいなのに、どうしてこうまで違うのかしら』

 美菜のこうなんて耳も貸さず、リサラはぶつぶつ言いながら胸をみ始める。

『やんっ、だ、だめよ、リサラ、んぅっ』

~、やっぱり美菜のおっぱいはずるいわ』

『ず、ずるいって、リサラのウエストだって……じゅ、十分ずるいもの』

 はんげきとばかりに美菜が、リサラのウエストに手をやった。その瞬間リサラが、

『ひゃぁんっ!』

 んだ悲鳴を上げてしまう。

『ちょ、ちょっと美菜、なんてところ触ってるのよ!』

『リサラのおはだすべすべだし、ウエストに余計なお肉は全然ないし……ずるい』

『ず、ずるいって美菜のウエストだって!』

ぜいにく……ちょっとつかめちゃうし』

『そ、その代わり、このおっぱいがあるんだからいいじゃない。えい!』

『ふああぁんっ。リ、リサラっ……私だって、えい!』


「そこで『ひゃぁぁぁん』ってリサラが変な、なんかこう、エッチな声を上げるわけだ。うゔ、たまらない。これはやはり、ノゾキに行くべきではなかろうか。いや行くべきだ。それが、女の子同士でエッチな声を上げ合っている二人へのれいと言うものじゃないかっ──いってぇぇぇっ!」

 良介の耳にいきなり激痛が走る。

「つ、つねるの禁止っ。耳つねるの、い、痛いから!」

「勝手に私達を変なもうそうに登場させないでよね!」

 良介の耳から手を離したリサラが、するどにらんでくる。

「え……あれ、なんで、なんでもうシャワーシーン終わってるわけ?」

「知らないわよ、そんなの。ねぇ、美菜」

「うーん、良介くんの妄想がきっと凄く長かったんじゃないかなぁ」

 お風呂上がり特有のシャンプーのいいにおいをただよわせた美菜がしようした。

 リサラの白いワンピースを着ているが、のこのす時期、しかもお風呂上がりなのになぜかうすのショールを羽織っている。

「暑くないのか?」

 良介がぼくな疑問をぶつけると、美菜が目をキョトキョトとさせてこんわくの表情をかべた。

「そ、それはそのぉ……ええと……」

「いいわよ、美菜。私が答えるから」

 リサラがジロリと良介を睨む。

「服と下着を貸したのはいいんだけど……つ、つけられなかったのよ」

 いかりながらリサラが言う。

「つけられないって何がだよ?」

「だからっ!」

 声を張り上げた後、リサラがうつむいてぼそぼそと口を開いた。

「ブラジャー……」

「…………あ、ああ」

 ポンッと良介は手を打った。

 言われてみれば当然だ。貧しいというよりもあわれをさそうリサラの胸を包んでいるブラジャーが、ふくよかできようと言ってもいい美菜の胸に対応出来るわけがなかった。

「ん?」

 良介は小首をかしげた。

 ブラジャーがつけられなかったということはだ。

 今の美菜はブラジャーをつけていない。つまり、

「美菜、もしかしてノーブラなのか?」

 ってことだ。

 良介の問いに、美菜が顔を赤らめて小さく頷く。

「ちょっと待て。待ってくれ。ノーブラだからショールってことはだ……」

 額に人差し指を当て、良介は熟考体勢に入った。

 考えること数秒。

 顔を上げ、ビシッと美菜の胸を指差す。

「そうか。浮き出ちゃってるとつ物をかくすために、ショールを羽織ってるんだな!」

 見事な、見事なまでの推理だった。そう良介は自画自賛だが、

「わざわざ口にしないでもいいでしょうが!」

 リサラにおこられた。

「見てみなさい。美菜ったら、真っ赤になってどうしたらいいか分からないって顔してるじゃないの」

 リサラのてきの通り、美菜が真っ赤になったまま固まっている。

「いや、そう言われても。俺は厳正なる事実をだな」

「あーはいはい。とにかく、あのショールを取ろうとしたり、美菜の胸をジロジロ見たりしないこと。いいわね?」

「分かってるよ。リサラじゃないんだし」

「……そこでどうして私なのよ」

「だってシャワー浴びながら、ジロジロと美菜のおっぱい見たり、揉んだりしたんだろ?」

「し、してないわよっ。妄想と現実の区別くらい付けてよね!」

「本当か?」

 ジーッとリサラを見つめる。

「……当然じゃないの」

 みようにリサラの答えは歯切れが悪い。

「よし……分かった」

「分かればいいのよ、うん」

 そう満足げにうなずくリサラを横目に、良介は美菜に声をかけた。

「美菜、リサラに揉まれたんだろう?」

「あ、うん……」

 なおに頷いちゃう美菜だ。

「っ……ち、ちがうの良介くん、揉まれたっていうか、その触られたというか、いじられたっていうか……」

「もっとエロいじゃないか!」

「え、そうなのかな」

 美菜がリサラを見た。

「私はただ、その重さとか、だんりよくとかを……ちょっとその興味あっただけで」

 むなさきで両手の指をき合わせて、ばつの悪そうにリサラが言い訳をする。

「くそっ。なぜ、なぜ俺は理性的な男なんだっ」

「はぁっ?」

 リサラの目が、いや美菜の目まで点だ。

「俺がもう少し本能に正直だったなら、絶対にノゾキに行ったはずなのに。、自分の理性がにくい。あまりにしん的な俺が憎いぜ」

「妄想してて機会をのがしただけのくせに」

 リサラの声が冷たい。

「……妄想で自分のしようどうおさえ込んでいたのさ」

「妄想の衝動を抑えられなかっただけって気が、私はちょっとするかな」

 美菜の声は冷たくはないが、多分に苦笑いに属するものだ。

「……コホン」

 軽くせきばらいをして、良介はごういんに空気を変えようと試みた。

「何にせよ、シャワーを浴びてよかっただろ?」

 待っていたふんは、とても白々しいものだった……。

「はぁ~。ま、いいわ」

 リサラがやれやれと顔をる。

「それで良介。美菜をウチに連れてきたのには、ほかにも訳があるんでしょ?」

「え、そうなの?」

 美菜が口に手を当てておどろいた。

「そうよ。美菜は……かさこわれたせいで動転してておぼえてないと思うけど、良介は貴女あなたに『受け取ってもらうものがある』って言ったのよ。そうよね、良介」

「ああ、確かに言った。てか、よく憶えてるな」

めずらしく良介がな顔をしてたから、まぁなんとなくかしらね」

 リサラが軽くおどけてみせ、演技ぶった仕草で美菜へと良介をいざなう。

「ほら。私のことなんていいから、美菜と話しなさいよ」

「そうだな」

 良介はリサラにみを返してから、美菜の前へと立った。

「良介くん?」

「あの青い傘さ。俺がお前に──美菜にあげた傘だったんだよな」

「……思い出してくれたんだ」

 美菜が、ひとみに傘を失った悲しみをたたえたまま、さびしく微笑ほほえんだ。

「ああ。あの時も梅雨だったよな」

「うん。でも、もう無くなっちゃった……。良介くんとのつながりが一つ、切れちゃった」

 美菜がしやべりながら俯いてしまう。

「だから、それは違うぞ美菜」

「もちろん憶えてるし、忘れないよ。でも、やっぱり私にとってはあの傘は繋がりのしようちようだったの」

「……俺だって分かるさ。思い出の品があると、やっぱり強さが違うよな」

「うん」

「だからこそ、違うって言ってるんだよ、美菜」

 良介はポンポンと美菜の頭を、やさしくたたいた。

「……どういうこと?」

 顔を上げた美菜に、良介は軽く微笑み告げる。

「ちょっと待っててくれよな」

「う、うん」

 いぶかしげな表情を浮かべるが、美菜が頷く。

 そんな美菜を置いて良介は、かべぎわに立てかけておいた物に向かった。

「美菜もさ、俺のことをあまり責められないと思うぞ」

 良介はその物を手に取りながら、ちょっと意地悪い声を上げた。

「責めるって?」

「昔のことを忘れてるってことさ」

 良介は美菜に振り返ると、その物をかざした。

「あっ!」

 美菜が驚く。

 それは青い傘だ。

 青地に子犬がプリントされた子供向けの傘。

 美菜が小学校の時に良介からもらい、さっき無残に壊れてしまうまで使っていた傘と同じものだ。

「どういうことなの?」

 だまって良介と美菜のやりとりを見ていたリサラも、さすがに驚きを隠せずに聞いてくる。

「元々、あの青い傘は俺のだったんだよ。それを、傘を無くした美菜にあげたんだ」

「それは、まぁなんとなく分かっていたけど。でも、どうしてあげたはずの傘を良介が持っているのよ?」

「簡単さ。美菜がりちやつなんだよ」

「律儀?」

「ああ。美菜は傘を返しに来たんだけどさ、俺が一度女の子にあげたものを貰うわけにはいかないって、まぁ格好付けて突っぱねたわけだ」

「……らしいというか、良介は昔から変わらないのね」

 リサラがしようする。その苦笑は鹿にするというよりも、なんだか好意的なものに見えた。

「とにかくだ。でもってその後だよ」

「……うん。私、同じ傘をいつしようけんめい探して買ったんだ」

 美菜が思い出す。

「そして、貰った物じゃなくて私からのプレゼントだからって言って、良介くんに受け取ってもらったんだよね」

 思い出をなつかしんでか、美菜の瞳が心なしかうるんでいる。

「おう、その通りだ」

あきれた。どっちも強情ってことじゃない」

 リサラが目を丸くして、そしてかみぐしを通す。

「ま、でも、これがおさなみってものなのかしらね」

「そういうことだ」

「しかしまぁ、美菜もだけど良介も傘をよくちゃんと持ってたものよね」

「いやだって、女の子からプレゼントなんてされたことなくてさ。使いもせずに大事に取っておいたんだよ」

「あ……だから良介くん、傘を使ってくれなかったんだ」

 美菜がはっとした声を出した。

「え? ああ、まぁそうだな」

「私、使ってくれないからちょっとショックだったのに……」

「そ、そうなの? だってほら、うれしかったから大事に保管しようと思ってさ」

「ふうん。そこまで嬉しかったんだ」

 リサラがニヤリと笑う。

「だから言ってるだろ。初めて女の子から貰ったプレゼントなんだぞ」

「女の子ねぇ。いつも美菜は妹みたいなもんだって言ってるのに?」

 ニヤニヤとリサラが良介の顔をのぞき込んでくる。

「当たり前だ。いいか、バレンタインデーとかでも美菜がゆいいつの生命線だったんだぞ。嬉しいものは嬉しいに決まってるじゃないか。そうとも、それはそれ、これはこれだ」

「なんだかよく分からないくつね」

「俺がなつとくしてればいいんだよ」

 そう言い切って良介は、美菜に傘を差し出した。

「完全に同じ物ってわけじゃないのは分かってるけどさ。あの時の傘には違いないだろ?」

「……うん」

 美菜がじっと傘を見つめている。

「だから、この傘だってあの時の繋がりの一つだと思うんだ」

「……そうだよね」

「そうだとも。だから繋がりは切れても、うすれてもないだろ。ってわけで、受け取ってくれよ」

「え……私が?」

 びっくりした様子で、美菜が良介の顔を見た。

「そうとも。いいか、別に俺がいらないって言ってるわけじゃないぞ。ただ、女の子が必要としている物があれば、男は笑っておくるべきってだけだ」

 断言しながら、良介はさらにグイッと傘を美菜に差し出す。その傘を手に取って、美菜が嬉しそうに笑った。

「うん。また、良介くんから貰っちゃったね」

「言っておくけど、今度は同じ物を買ってこないでいいからな?」

「良介くん、さすがにもう売ってないと思うな」

「……そ、それもそうか」

 美菜のてきに、良介は頭をいた。当たり前すぎる指摘で、ちょっとずかしい。

「でも良介は、雨とはえんがあるようね」

 会話に一区切り付いたと判断したリサラが、声をかけてくる。

「どういう意味だよ?」

「だって私と出会ったのだって、雨の中じゃない」

「……なるほど。言われてみればそうだったな。ずぶれのリサラを拾ったんだものな」

「拾ったって言い方は、なんか、ううん……」

「いやでも、事実じゃないか」

「ちゃんと、そうせんたくに食事に……学校のお弁当まで作って、一宿一飯の恩義は返しているでしょ? だから拾ったじゃなくて、やっぱり出会ったが適当よね、うん」

 リサラがうんうんとこれで決定とうなずく。

 良介としては特に異論はないし、実際に食事等々生活面では世話になりっぱなしではあった。

「あ、そうだ。だったら傘を買ってお返しする代わりに、今度リサラの分もふくめて私がお弁当作ってきてあげるね」

 満面のみで美菜が提案してくる。なんというか、断るなんてだれにだって出来ないと思えるほどに、満面の晴れやかな笑みだ。

 もっとも良介には断る理由もないのだが。

「……申し訳ないんですけれど、キュールの分も作ってもらえると幸いですわね」

 いきなり、キュールの声がひびいた。

 ろうから、バケツを持って居間をのぞき込んでいる。しかもずぶ濡れ姿でだ。

「うん、キュールちゃんのも作るけど……どうしたの、その姿は」

 美菜がたずねると、キュールがちよう気味に笑った。

「油断して、ちょっと遠くまで散歩しただけですわ。案の定、一気に降られてこの有様ですわ……」

 足早に廊下を通り過ぎていく。

「なんでバケツを持ってるんだよ」

 キュールが良介の問いに、立ち止まることなく答えた。

「とりあえずカエサルがどろだらけですので、水で流すんですのよ」

「なら俺も手伝うよ」

 良介はそう言うと、あわててキュールの後を追う。いくら何でもずぶ濡れのキュール一人に任せてしまうわけにはいかない。そもそもカエサルは良介の家の犬なのだし。

「てかさ、キュールはシャワー浴びてろよ。俺がカエサルのめんどうは見ておくからさ」

「いいんですの?」

「いいも悪いもないって」

「でも……あっ……んっ」

 いきなりキュールが立ち止まってもぞもぞしだす。

「へっ……へっ……へっくち!」

 くしゃみだった。

「ほれ見ろ。引く前に暖まってこい」

「うう、分かりまし……へっくち……分かりましたわ」

 しぶしぶうなずくと、キュールが自分のえを取りに部屋に入った。その間に良介はバスルームに行き、バケツにお湯をめる。

「バケツ二はいってキュールの力じゃどのみち、無理だっただろ」

 お湯でいっぱいになった重いバケツを二杯手にげて、良介はげんかんに向かった。

「来たわね。流すの、私達も手伝うわよ」

「うん。カエサルにはいっつもお世話になってるし」

 玄関では、うでまくりをしたリサラと美菜が待っていてくれた。

「まぁ、そんなに人数いないでもいいと思うけど……しかし、ホントによごれてるな、お前」

 車に泥をはねられたのか、泥だらけのカエサルを呆れ顔で良介が見た時、だった。

 キュールが残したすいてきに、良介は足をすべらしてしまった。

 そう、転んだ。

 バケツ二杯を持ったまま。

 宙をうバケツ。

 そして──、

 ビッシャァ─────ン!

 激しい水音と共に、バケツは着地した。