「悪い。憶えてないみたいだ」
「ううん。そうだろうなーって思ってたから」
「ねぇ、美菜。その
興味をそそられたらしいリサラが聞くが、美菜は「
「良介、
「いや、そー言われてもさ」
「ふふふ」
良介とリサラの会話を聞きながら美菜が
「どうしたのよ?」
「リサラ、あの電柱の
「え……ええと、どこの」
リサラがキョロキョロとした時には、美菜はもう走り出している。
向かった先の電柱の下には、確かにずぶ濡れの三毛猫がいた。首輪を付けているところを見ると、飼い猫らしい。
「ずいぶんと甘やかされて育った猫みたいね」
リサラが
「なんで分かるんだよ」
「だって、この雨の中でどこかに
リサラの言葉で、良介は近所の電柱に『猫を探してます』という張り紙がしてあったのを思い出した。
「そうか、あいつ近所の
「……そういえば、そんな張り紙あったわね」
話しながら歩いていると、美菜が猫の
そして運の悪いことに、
「あっ!」
慌てて手を
そして青い傘は車に
「…………」
それはもう傘とは呼べないほどにグシャグシャで、どう見ても直すことなど出来ない状態だ。
「私の傘……」
雨に
そんな美菜に傘をかざすべく良介は
そう、傘だ。
あの時も美菜は雨に濡れていた。
小学校高学年だったはずだ。
二人で帰っている時に、美菜が傘を飛ばしてしまった。そんな美菜を傘に入れてあげた。
そして帰路が分かれる時に、良介はその傘を、買ってもらったばかりのお気に入りの傘を美菜に押しつけたのだ。
確か美菜は、
『でも良介くんが濡れちゃうよ』
とか言って最初は
『女の子は宝物だって父さんが言ってたんだよ。それに俺は弱っちい美菜と
とか強がって無理矢理傘を持たせると、そのまま濡れて帰ったはずだ。
でもって、情けないことに風邪を引いた。
今になって思えば家まで
(そうか、あの青い傘。俺が押しつけた傘だ。美菜の奴、ずっと大事に使ってたのか)
一回美菜は傘を返しに来たが、『一度女の子にあげたものを受け取れるかよ!』とか、格好付けて受け取り拒否したのも思い出した。
(あの後、結局風邪を引いた俺を
思い出なんてものは、とっかかりを
当時のことがありありと
「良介、何をボサっとしてるのよ。美菜がこんなに濡れちゃったじゃないの」
リサラの声で、良介の思い出は
「え……あ、ああ」
現実に
「もしかして、こんな時まで濡れた美菜をエッチな目で……って、良介に限ってそれはないわね。
「いや、ちょっと……まぁ、色々とさ」
答えを
「美菜。傘なら俺がやるからさ」
美菜が首を横に、強く
「違うよ。違うよ、良介くん。それじゃ意味がないの……あの傘じゃないと、何にも
泣き出しそうな顔で──いや、雨に濡れているから分かりにくいだけで、泣いているのかも知れない──美菜が良介を見上げる。
そんな美菜に、良介は今一度微笑んだ。
「分かってないのはお前の方だぞ、美菜」
「……え?」
「とにかく一度、
良介はそう一方的に伝えると、キョトンとした美菜を半ば無理矢理、自分の家へと連行したのだった。
※ ※ ※
「美菜さん、ずぶ濡れでどうしたんですの?」
良介達が
「ちょっとしたトラブルだよ。それより、キュールこそ何してるんだよ」
美菜の代わりに答えた良介にキュールが
「久しぶりに雨が
キュールの言う通り、確かに帰り道──広瀬さんに猫を返した
「いやでも、ほんの一瞬だろ。雨雲がまだ
「分かってますわよ。でも、たまにはカエサルに散歩させてあげないと」
「なるほどな」
「ってわけで、ちょっとだけ行ってきますわ」
そう言うとキュールとカエサルが玄関から出て行く。
「さてと、俺たちは……まずは美菜、シャワー浴びて来いよ」
良介の提案に美菜がコクンと
「着替えはリサラのを使えばいいしな。いいだろ?」
「ええ、もちろん構わないわ」
リサラはにっこりと笑うと、美菜を連れてバスルームへと向かい、顔だけで振り向く。
「良介、一つ言っておくけど……のぞいちゃダメよ」
「当たり前だろっ!」
「何が当たり前よ。前科者のくせに」
「いやその、俺だって時と場合をだな」
「ならいいけど。じゃぁ美菜、一緒に入りましょうよ」
「え?」
「あら、たまには
そしてまた良介に振り向く。
「いい。のぞいたりしたら……絶対に許さないわよ」
「そ、そんな、くっ……いやだって、女の子二人が一緒にお
頭を
「はい、一つ提案があります!」
「一緒に入るってのは
「そんなの認められると思ってねぇよっ。そうじゃなくて、のぞきません」
「当然ね」
「その代わり」
「代わり?」
「
「良介」
リサラの顔に、優しい笑みが広がっていく。
それはもしかしてOKサイン! そう良介が確信したと同時に、
「私達がシャワー浴びている間、良介が居間から出ることを禁じるわね」
「なっ……ト、トイレとかどうすんだよ!」
「
「宅配便が来たら!」
「宅配便のお兄さんにはかわいそうだけど、居留守」
「いやでも、そうしたら二人の裸を経由した
「だからそれをやめなさいって言ってるんでしょうが!」
思いっきり
それを見て良介とリサラは、ほぼ同時に小さくほっと笑い合った。
※ ※ ※
良介は、リサラと美菜がバスルームに行った後、よんどころない用事でその言いつけを破って自分の部屋へと向かった。
ガサゴソと古い荷物を引っ張り出して大きく一度頷き、そのまま居間へとリサラにばれないようにソロリソロリと歩いて行く。
「我ながらよくもまぁ取っておいたよな」
居間に
「後は美菜がシャワーを浴びて出てくるのを待つだけだな……ん?」
自分で
なんか今の言葉って、まさしくこれからエッチしちゃうカップルみたいだ。
「いや待て、いやいや、俺は別にそんなやましい気持ちで言ったわけじゃなくてだな。そもそも相手は美菜だぞ。妹みたいな
居間には良介しかいないのに、一人で否定して一人で
「落ち着けよ。うん……というか、あれだ、あれ。そもそも美菜一人じゃなくてリサラだって一緒にシャワー浴びてるわけで……………………くぅぅぅぅ」
脳内にシャワーシーンが一気に広がっていく。
きっとリサラは、美菜の
『ねぇ美菜。どうやったらそこまでおっぱいが大きくなるわけ?』
長い赤髪を
『ひゃんっ。リ、リサラ、ちょっと』
美菜が
いやむしろ、ゆっくりとリサラの細い指が
『あんっ……リサラ、だめだってば』
『美菜のおっぱい、凄く柔らかいし……重いわ。同じおっぱいなのに、どうしてこうまで違うのかしら』
美菜の
『やんっ、だ、だめよ、リサラ、んぅっ』
『ゔ~、やっぱり美菜のおっぱいはずるいわ』
『ず、ずるいって、リサラのウエストだって……じゅ、十分ずるいもの』
『ひゃぁんっ!』
『ちょ、ちょっと美菜、なんてところ触ってるのよ!』
『リサラのお
『ず、ずるいって美菜のウエストだって!』
『
『そ、その代わり、このおっぱいがあるんだからいいじゃない。えい!』
『ふああぁんっ。リ、リサラっ……私だって、えい!』
「そこで『ひゃぁぁぁん』ってリサラが変な、なんかこう、エッチな声を上げるわけだ。うゔ、たまらない。これはやはり、ノゾキに行くべきではなかろうか。いや行くべきだ。それが、女の子同士でエッチな声を上げ合っている二人への
良介の耳にいきなり激痛が走る。
「つ、つねるの禁止っ。耳つねるの、い、痛いから!」
「勝手に私達を変な
良介の耳から手を離したリサラが、
「え……あれ、なんで、なんでもうシャワーシーン終わってるわけ?」
「知らないわよ、そんなの。ねぇ、美菜」
「うーん、良介くんの妄想がきっと凄く長かったんじゃないかなぁ」
お風呂上がり特有のシャンプーのいい
リサラの白いワンピースを着ているが、
「暑くないのか?」
良介が
「そ、それはそのぉ……ええと……」
「いいわよ、美菜。私が答えるから」
リサラがジロリと良介を睨む。
「服と下着を貸したのはいいんだけど……つ、つけられなかったのよ」
「つけられないって何がだよ?」
「だからっ!」
声を張り上げた後、リサラが
「ブラジャー……」
「…………あ、ああ」
ポンッと良介は手を打った。
言われてみれば当然だ。貧しいというよりも
「ん?」
良介は小首を
ブラジャーがつけられなかったということはだ。
今の美菜はブラジャーをつけていない。つまり、
「美菜、もしかしてノーブラなのか?」
ってことだ。
良介の問いに、美菜が顔を赤らめて小さく頷く。
「ちょっと待て。待ってくれ。ノーブラだからショールってことはだ……」
額に人差し指を当て、良介は熟考体勢に入った。
考えること数秒。
顔を上げ、ビシッと美菜の胸を指差す。
「そうか。浮き出ちゃってる
見事な、見事なまでの推理だった。そう良介は自画自賛だが、
「わざわざ口にしないでもいいでしょうが!」
リサラに
「見てみなさい。美菜ったら、真っ赤になってどうしたらいいか分からないって顔してるじゃないの」
リサラの
「いや、そう言われても。俺は厳正なる事実をだな」
「あーはいはい。とにかく、あのショールを取ろうとしたり、美菜の胸をジロジロ見たりしないこと。いいわね?」
「分かってるよ。リサラじゃないんだし」
「……そこでどうして私なのよ」
「だってシャワー浴びながら、ジロジロと美菜のおっぱい見たり、揉んだりしたんだろ?」
「し、してないわよっ。妄想と現実の区別くらい付けてよね!」
「本当か?」
ジーッとリサラを見つめる。
「……当然じゃないの」
「よし……分かった」
「分かればいいのよ、うん」
そう満足げに
「美菜、リサラに揉まれたんだろう?」
「あ、うん……」
「っ……ち、
「もっとエロいじゃないか!」
「え、そうなのかな」
美菜がリサラを見た。
「私はただ、その重さとか、
「くそっ。なぜ、なぜ俺は理性的な男なんだっ」
「はぁっ?」
リサラの目が、いや美菜の目まで点だ。
「俺がもう少し本能に正直だったなら、絶対にノゾキに行ったはずなのに。
「妄想してて機会を
リサラの声が冷たい。
「……妄想で自分の
「妄想の衝動を抑えられなかっただけって気が、私はちょっとするかな」
美菜の声は冷たくはないが、多分に苦笑いに属するものだ。
「……コホン」
軽く
「何にせよ、シャワーを浴びてよかっただろ?」
待っていた
「はぁ~。ま、いいわ」
リサラがやれやれと顔を
「それで良介。美菜をウチに連れてきたのには、
「え、そうなの?」
美菜が口に手を当てて
「そうよ。美菜は……
「ああ、確かに言った。てか、よく憶えてるな」
「
リサラが軽くおどけてみせ、演技ぶった仕草で美菜へと良介を
「ほら。私のことなんていいから、美菜と話しなさいよ」
「そうだな」
良介はリサラに
「良介くん?」
「あの青い傘さ。俺がお前に──美菜にあげた傘だったんだよな」
「……思い出してくれたんだ」
美菜が、
「ああ。あの時も梅雨だったよな」
「うん。でも、もう無くなっちゃった……。良介くんとの
美菜が
「だから、それは違うぞ美菜」
「もちろん憶えてるし、忘れないよ。でも、やっぱり私にとってはあの傘は繋がりの
「……俺だって分かるさ。思い出の品があると、やっぱり強さが違うよな」
「うん」
「だからこそ、違うって言ってるんだよ、美菜」
良介はポンポンと美菜の頭を、
「……どういうこと?」
顔を上げた美菜に、良介は軽く微笑み告げる。
「ちょっと待っててくれよな」
「う、うん」
そんな美菜を置いて良介は、
「美菜もさ、俺のことをあまり責められないと思うぞ」
良介はその物を手に取りながら、ちょっと意地悪い声を上げた。
「責めるって?」
「昔のことを忘れてるってことさ」
良介は美菜に振り返ると、その物をかざした。
「あっ!」
美菜が驚く。
それは青い傘だ。
青地に子犬がプリントされた子供向けの傘。
美菜が小学校の時に良介から
「どういうことなの?」
「元々、あの青い傘は俺のだったんだよ。それを、傘を無くした美菜にあげたんだ」
「それは、まぁなんとなく分かっていたけど。でも、どうしてあげたはずの傘を良介が持っているのよ?」
「簡単さ。美菜が
「律儀?」
「ああ。美菜は傘を返しに来たんだけどさ、俺が一度女の子にあげたものを貰うわけにはいかないって、まぁ格好付けて突っぱねたわけだ」
「……らしいというか、良介は昔から変わらないのね」
リサラが
「とにかくだ。でもってその後だよ」
「……うん。私、同じ傘を
美菜が思い出す。
「そして、貰った物じゃなくて私からのプレゼントだからって言って、良介くんに受け取ってもらったんだよね」
思い出を
「おう、その通りだ」
「
リサラが目を丸くして、そして
「ま、でも、これが
「そういうことだ」
「しかしまぁ、美菜もだけど良介も傘をよくちゃんと持ってたものよね」
「いやだって、女の子からプレゼントなんてされたことなくてさ。使いもせずに大事に取っておいたんだよ」
「あ……だから良介くん、傘を使ってくれなかったんだ」
美菜がはっとした声を出した。
「え? ああ、まぁそうだな」
「私、使ってくれないからちょっとショックだったのに……」
「そ、そうなの? だってほら、
「ふうん。そこまで嬉しかったんだ」
リサラがニヤリと笑う。
「だから言ってるだろ。初めて女の子から貰ったプレゼントなんだぞ」
「女の子ねぇ。いつも美菜は妹みたいなもんだって言ってるのに?」
ニヤニヤとリサラが良介の顔をのぞき込んでくる。
「当たり前だ。いいか、バレンタインデーとかでも美菜が
「なんだかよく分からない
「俺が
そう言い切って良介は、美菜に傘を差し出した。
「完全に同じ物ってわけじゃないのは分かってるけどさ。あの時の傘には違いないだろ?」
「……うん」
美菜がじっと傘を見つめている。
「だから、この傘だってあの時の繋がりの一つだと思うんだ」
「……そうだよね」
「そうだとも。だから繋がりは切れても、
「え……私が?」
びっくりした様子で、美菜が良介の顔を見た。
「そうとも。いいか、別に俺がいらないって言ってるわけじゃないぞ。ただ、女の子が必要としている物があれば、男は笑って
断言しながら、良介はさらにグイッと傘を美菜に差し出す。その傘を手に取って、美菜が嬉しそうに笑った。
「うん。また、良介くんから貰っちゃったね」
「言っておくけど、今度は同じ物を買ってこないでいいからな?」
「良介くん、さすがにもう売ってないと思うな」
「……そ、それもそうか」
美菜の
「でも良介は、雨とは
会話に一区切り付いたと判断したリサラが、声をかけてくる。
「どういう意味だよ?」
「だって私と出会ったのだって、雨の中じゃない」
「……なるほど。言われてみればそうだったな。ずぶ
「拾ったって言い方は、なんか、ううん……」
「いやでも、事実じゃないか」
「ちゃんと、
リサラがうんうんとこれで決定と
良介としては特に異論はないし、実際に食事等々生活面では世話になりっぱなしではあった。
「あ、そうだ。だったら傘を買ってお返しする代わりに、今度リサラの分も
満面の
もっとも良介には断る理由もないのだが。
「……申し訳ないんですけれど、キュールの分も作ってもらえると幸いですわね」
いきなり、キュールの声が
「うん、キュールちゃんのも作るけど……どうしたの、その姿は」
美菜が
「油断して、ちょっと遠くまで散歩しただけですわ。案の定、一気に降られてこの有様ですわ……」
足早に廊下を通り過ぎていく。
「なんでバケツを持ってるんだよ」
キュールが良介の問いに、立ち止まることなく答えた。
「とりあえずカエサルが
「なら俺も手伝うよ」
良介はそう言うと、
「てかさ、キュールはシャワー浴びてろよ。俺がカエサルの
「いいんですの?」
「いいも悪いもないって」
「でも……あっ……んっ」
いきなりキュールが立ち止まってもぞもぞしだす。
「へっ……へっ……へっくち!」
くしゃみだった。
「ほれ見ろ。
「うう、分かりまし……へっくち……分かりましたわ」
「バケツ二
お湯でいっぱいになった重いバケツを二杯手に
「来たわね。流すの、私達も手伝うわよ」
「うん。カエサルにはいっつもお世話になってるし」
玄関では、
「まぁ、そんなに人数いないでもいいと思うけど……しかし、ホントに
車に泥をはねられたのか、泥だらけのカエサルを呆れ顔で良介が見た時、だった。
キュールが残した
そう、転んだ。
バケツ二杯を持ったまま。
宙を
そして──、
ビッシャァ─────ン!
激しい水音と共に、バケツは着地した。
