「えーと、あの、うぇっぷ……」

 教師とは見えないほどに小さく幼い顔立ちをしているらんばしが、真っ青な顔できようだんの机にした。

 一時間目が始まって入って来ていきなりの行動だった。

 と、クルリと黒板に振り返り、今にもくずれ落ちそうな様子でチョークを、フラフラと走らせる。

『さけのみすぎた。むり。じしゅう』

 かくして一時間目は自習となったのだった……。

「これでいいのかしら……」

 ユラユラと教室から出て行く乱橋を見つつ、リサラ・レストールはボソリとつぶやいた。赤く長いかみとスラリとしなやかなを持つ、れいという言葉がぴったりな一級しにがみだ。もっとも死神であることは一部の人間をのぞいてかくし、りようすけしんせき加賀リサラとして学校にせんにゆうしている。そんな彼女としては、どうしても死神界での学校とかくしてしまう。

 少なくとも、ここまでグダグダではなかった……。

「ま、まぁ、乱橋先生は……その、あまりつうではないんで」

 ななめ前に座るおおくらが、苦笑いをしつつリサラの机にやって来る。リサラが人間界に存在し続けるためのれいりよく供給源にして、そうろうさきの家主である良介のおさなみである美菜は、運動神経こそ残念なものの成績ゆうしゆう、顔立ちもちょっと地味ながら可愛かわいらしく、何より男の子の夢と希望ではち切れそうなきよにゆうを持った美少女だった。

 正直、色々と残念過ぎる良介にはもったいない幼馴染みだと、リサラは常々思っている。

 そんな美菜を見上げて、リサラは小首をかしげた。

「どうしたの?」

「夕べのおまじない特集のテレビ、その見たかなぁって思って」

 美菜が少女まんらしきコミックを持ちながら、そう話しかけてくる。

うらない?」

 リサラが聞き返すのと、ふくむねイリアが首を突っ込んできたのは、ほぼ同時だった。

「七時からやってる『しるだくミチル』でしょぉ。イリアが出てるヤツ!」

 リサラと同じく死神であることを隠しているイリアだが、人気グラビアモデルでもある。確かにグラビアモデルに相応ふさわしい豊満な、ボンキュッボーンなスタイルに可愛らしいはなのある顔をしている。

 が、その巨乳が実はにせであることは、リサラ達にはすでにばれていた。

 その偽乳により、死神界でリサラをとして一級死神として首席卒業をしたのだから、当然リサラとは仲が悪い。

「見るわけないでしょ、そんな番組」

 リサラがけんのんな顔で答える。

「あれ、確か良介くんが好きな番組なはずだけど……」

 美菜が、リサラのとなりの席に座る加賀良介をチラリと見る。エロすけとの異名を持つ彼は、らしくもなく校庭で体育の授業をしている女子には目もくれず、に縮こまって座り、挙動しんに周囲へキョロキョロと視線を投げていた。

「ああ、もしかしたら良介は見てたかもね。その時間は私、お入ったり夕飯作ったりしてるから、イリアが出ようが出まいが見れないのよ。でも、その……おまじない特集だっけ、それがどうかしたの?」

 良介に「何やってんだ?」的な視線を投げつつリサラが答える。

「えっと、その、見てないなら別に……い、いいかなぁ」

 なぜか美菜が言いよどむ。

「うーん、逆に気になっちゃうんだけど、それ」

「で、でも」

「うっふっふ、こいのおまじないの特集だったのよぉ」

 ニヤニヤとしながらイリアが、リサラと美菜を見た。

「恋のおまじない?」

 リサラがまゆをひそめる。

「あら、リサラさんはそーいったものに興味がないのぉ?」

「あのねイリア。どうしてこの私が、そんないかがわしいものに興味がないといけないのよ」

「えーでもぉ、恋になや乙女おとめなんじゃないかなぁって思ってたんだけどなぁ」

「やめてよね。私はそんなうわついたことよりも、特異者さがしでいそがしいんだから」

 特異者──通常の人間の数千、数万倍の霊力を持つ存在だ。死神は、人間が死ぬ際に放出する霊力のかたまり、ライフジュエルを得るために、人間とけいやくしてその人生をサポートしている。

 そんな死神にとって、一人で数千数万の霊力を持つ特異者は特別過ぎる存在だった。そしてそんな特異者と契約を結ぶことは、死神のめいでもあった。

 それゆえに、死神界の名門レストール家の当主候補でもあるリサラは、特異者を捜しに人間界にこっそり潜入しているのだ。

 色々失敗して、ぼんじん以下の霊力しか持たない良介とコンビを組む羽目になっているけれど……。

「ふうん、興味ないんだ。あ、でもそーだよねぇ」

 パンッとその大きな胸(かつこにせ)の前で、イリアが両手を合わせてニコニコと微笑ほほえむ。

「な、なによ」

「リサラさんは~、もう良介くんとラブラブだから恋のおまじないなんて、必要ないんだよねぇ」

「えっ」

 美菜が思わずリサラの顔を見た。

「な、なにバカなこと言ってるのよっ。そ、そ、そんなわけないでしょっ。なんでこの私が良介なんかとラブラブなのよっ」

 ブンブンと手をってリサラが美菜に否定する。

 その様子にイリアがニヤリと笑った。

「じゃーあぁ、イリアが良介くんに恋のおまじないしちゃおっかなぁ」

「なっ……べ、別に好きにすればいいじゃない」

 リサラがいつしゆん言葉にまり、すぐにイリアをにらみ付ける。美菜は、

「えっと、その……」

 オロオロしちゃう。

「ふふ、ホント~にいいのぉ?」

「当たり前じゃないの」

 リサラがニヤニヤ笑うイリアを睨む。

「でもでもぉ、良介くんってばリサラさんにとって大事な大事な存在でしょぉ?」

「はぁっ!?

「だってだって、レストール家の秘宝ふるき五つの一つ《折れたけんグラム》を、良介くんのたましいしたんでしょ、わ・ざ・わ・ざ

「なにおかしなかんちがいしてるのよっ。あれは、この私が人間界に存在するだけの霊力がなくなって……声をけて来た良介を選んだだけよっ。《グラム》を通さないと、魂の底にある生きる力から霊力を吸い取れないんだから仕方ないじゃないの」

「でっもなぁ、まさか生きる力が『エッチな心』なんて男の子を選ぶなんてねぇ。リサラさんって意外にエッチ?」

「後から知ってこっちがおどろいたわよっ。うう、良介のヤツ……どうしてあんなに変態っていうか、スケベなのよ」

「あ、あはははは、エロ介って知らない人、この学校にいないくらいだから……」

 美菜がかわいた笑いを上げる。

「うう、なんで私は良介を選んじゃったのかしら……」

 がっくりとリサラがうなだれる。その姿に、イリアは再度意味深な笑みを向ける。

「ふうん。でもホントに、イリアが恋のおまじないを良介くんとしちゃっていいのぉ? あのおまじない、ちよう効果あるって聞いてるんだよねぇ」

「バカバカしい。貴女あなたが私にいやがらせしたいのは知ってるけど、良介にちょっかい出して私がヤキモチいたりするもんですか」

「そーかなぁ」

「そうに決まってるわよ。そもそも、そのおまじないって何する気なのよ。言っておくけど、こうじよりようぞくに反するエッチなのだったら、ようしやなく学校に言いつけるからね」

「んっとねぇ。まずあこがれるれんあいいてあるコミックを買うの。で、その表紙の裏に自分の──女の子の名前を書いて、学校の高い所、高ければ高いほど効果あるみたいだけど、そこで好きな男の子にも名前を書いてもらうの

「……めんどくさそうね」

「えーでもでも、それで二人はそのコミックに描かれてるみたいな恋愛が出来るんだよぉ? ステキじゃない?」

「そもそも、学校に漫画とか持ってこないでしょ、普通」

「え……」

 あわてて美菜が、手に持っていた少女漫画を後ろに隠す。

「美菜……ソレ、もしかして」

「ち、違うよ。うんっ、その……ほら、大人気の少女漫画の発売日が今日で、た、たまたま朝のコンビニで見かけて買っちゃった、だ、だけだよ、うん!」

 必死の言い訳だった。

「美菜……」

「あれ、イリアも今朝その漫画買ったんだけどなぁ」

 同じ少女漫画をイリアが持ち出してくる。

「っていうか、そもそもこの少女漫画とタイアップのかくだったんだけどね。おかげでコンビニ売りはあちこちでもう売り切れみたい」

「なるほどね……」

「ま、でもでも、折角だし、イリアは良介くんに名前書いてもらおーっと

 ニヤニヤと笑いながらイリアがリサラの前で表紙をめくり、自分の名前を見せつけるように書いていく。

「さってと~。じゃ、良介くんにお願いしてこよっと」

 イリアが立ち上がって、良介の席に向かう。

 その姿に美菜は「う~」とうなってうつむき、リサラはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いたのだった。


    ※   ※   ※


 加賀良介はこうかいし、そしてきんちようしていた。

 そのしように、手にはじっとりとあぶらあせがにじんでいる。

 そもそもの失敗は授業が始まる前だ。わずか数分間でもいいからちょっと読んでみたい、見てみたいと、今朝コンビニで買った──最後の一冊だったまんを出してしまった。

 おかげで、じゆう共からその漫画をねらわれる羽目になってしまったのだ。

 慌ててブックカバーを掛けたが、時既におそしだった。

 折角の自習タイムだ。今、読みたい。すぐ読みたい。

 だがしかし、今ここで漫画を出して読み始めれば、絶対におおひらを筆頭とする校内女子愛好家集団マンコカパックパーティーのメンバーがやってくる。もしかしたら名誉会長で三年のたまひかるが、わざわざ二年のこのクラスにやってくるかも知れない。

 間違いなく、そうぜつな戦いになるだろう。

 あいつらのことだ。ごうだつし、家に持ち帰り、もろもろ満足した後でようやく返してくる可能性だってある。

 俺のだ! とか言ったところで「そんな証拠どこにあるんですかー!」とか子供じみたことまで言ってきそうだ。

 そう、女の子にはやさしい上にルールを守るが、究極的にはおのれの欲求になおでなければ、マンコカパックパーティーのメンバーではないのだ。

 だが、わたすわけにはいかない。

 このコミックを最初に読む──そう処女地をらす最初の男は自分であるべきなのだ。

 連中のあかなんぞ、絶対に付けさせてなるものか!

 良介は、背後からせまる大平達の視線を感じつつ、強くそう念じた。

 その時だ──。

「ねぇ、良介くん」

「ヒィィィィィィィィィ」

 ムンクのさけびもかくやという顔で良介がガタンとを引き、びびりながら顔を上げる。

「え……あ、あの」

「なんだイリアか」

 そこに居たのはイリア(かつこにせちち)だった。

あせらせるなよな……俺は今、男の戦いをり広げている最中なんだぞ」

「い、言っている意味がイリアには、よく分かんない……」

「ま、男には男の世界があるのさ」

「そーなんだ……」

「で、何の用だよ」

「良介くん『しるだくミチル』見てるんだよね?」

『汁だくミチル』、民放でやっているバラエティー番組だ。色々なうわさの検証や、知らない物事をおもしろおかしくしようかいしている。もっとも良介は、だらーと流しつつ漫画や写真集などを見ることが多いので、ちゃんと見ているとは限らない。

「うん、だったらお願い出来るよね。イリアね、このコミックに良介くんの名前を書いて欲しいの」

「名前を書くっ、それだ!」

 良介が椅子をって立ち上がる。

 良介の家にそうろうしているリサラがいたのだ。リサラに名前を書いてもらえば、大平達も手出しは出来ないはずだ。そして、無事に良介の元に届けてくれるはずだ。

 おさなみの美菜という手もあるが、あの押しの弱い美菜だとやはり不安だ。

 その点、リサラならば大平達にめ寄られても平然と蹴散らすキツい性格だ。

 万が一、教師にぼつしゆうされてもリサラは同じ家に住んでいるのだから、自分の元にもどってくる。

 これ以上ない人選だ。

「あのその、えっと、オッケーってことかなぁ」

 キョトンとするイリアを無視して、良介はリサラを向いた。

「な、何よ」

 リサラが少しかたを引きながら、良介を見上げる。

「リサラ……」

 名前を呼びながら、良介はブックカバーをかけたコミックを、周囲に見られないように机の中から取り出す。

だれにも渡したくないんだ」

「へっ、ちょ、ちょっと何を言ってるのよっ」

「でも俺の名前なんて書いたところで、意味はないはずだ」

「…………そ、それはまぁ」

 リサラが、赤くなった顔をかくすように俯く。

(お、女の子がまず書くってイリアは言ってたわよね……確か)

 そんなリサラの様子におかまいなく、良介は表紙をめくったコミックを差し出す。

「これに、お前の名前書いてくれ」

「──っ!」

 ビクンッとリサラが肩をね上げ、固まる。

「ちょ、ちょっと、それお願いしたのはイリアなのにぃっ!」

 慌てたイリアが首をっ込んでくるが、その顔を良介がどかす。

「イリア、お前じゃ意味がない」

「ムッ、ムッキ──────! 知らないもんっ、もう!」

 目をつり上げて、イリアがドスドスと足音もあらく自分の席に戻る。

「あ、あの……私は?」

 美菜がおずおずと聞いてきた。

「悪いな、美菜。いつしよに住んでるリサラにお願いしたいんだ」