「遅ぇぞ! 九子ぅぅ!」
「おめえが来るまで飯も酒もお預けだっつぅのー!」
「ゔぁあるぅあああ!」
「鬱陶しい鬱陶しい、三代揃って暑苦しいわ根津のガキンチョめ」
それとなく上座に座っていた覆面にふんどしの男三人がそれぞれマッスルポーズを見せながら叫び九子にアピールをした。全員がボディビルダーのような体つきだが、肉体に窺える若さは異なる。
根津ファームの創業者一族直系の三人である。祖父と父と息子といった関係だが、根津一族は子沢山であるので同じようなマッチョの兄弟も多い。大抵この忘年会には三人か四人ぐらいはどうにか参加してくる。
毎年のことながら九子はジト目で彼らを見てぼやく。
「まったく。こやつら一族の男はどうして、ある程度以上のトシになると暑苦しいマッチョゴリラになるのかのう。そこのジジイも、小さい頃は可愛い少年で己れのことを九子お姉ちゃん大好きとか呼んで懐いておったのに」
九子が指摘すると比較的若い二人のマッチョが頭を抱えた。
「ウチのジジイがロリに懐いていやがった話はあんまり聞きたくぬぇええ!」
「いい年こいたジジイが性欲見せてやがるのがキメエ!」
息子と孫からすると悩みどころかもしれないが、九子は肩を竦めた。
「お主らも子供の頃は全く同じ行動だったではないか。そして小学生ぐらいからエロガキになって子供なら許されるだろう的な思惑で尻とか胸とか触ってくるというところも同じだ。根津家の男で代々伝えておるのか、セクハラとゴリラ化の術を」
九子と根津一族の関係は長く、江戸時代を通して付き合いがある。それ故に日本財政のドンだとか、影のフィクサーだとか呼ばれる根津の長老とて彼女にとってはかつてのエロガキだった。
他の覆面が挙手をして提案をする。
「はいはーい! 九子姉さん! 根津一族の男は去勢か死刑にすべきです!」
「今度国会でエロガキ禁止法案を提出します!」
「俺なんか初恋で九子姉さんを遠くから眺めてたのに許せねえよなあ!」
「九子姉さんと一緒にお風呂入ってたガキの頃の俺の記憶……! 薄れてしまう前にどうにか外部出力されろ!」
「あ、うち今脳波で絵を出す装置の研究してるわ」
「マジ? 出資する」
覆面の忍び連中がざわついているが、いつものことである。
苦笑しながらも九子は毎年恒例の、ぐるぐる回るダーツの景品当てを叩きながら皆に告げた。
「なにはともあれ、さっさとこれをやって飲み会を始めるかのう。まったく、昔は全員酔っ払わせてからやっておったのに素面で待ち構えおって」
『イエエエエエエエエイ‼』
全員が拳を突き上げて咆哮した。毎年恒例、忘年会で行われる景品当てのプレゼント会。これこそが、彼ら高年収のエリートたちが望みに望んだ年に一度の楽しみなのだ!
江戸時代から恒例で続けられている、一等で天狗が願いを叶えてくれるドラゴンボールめいた最高の褒美である。
時代によって景品の種類は変わっていった。近年では参加者が全員高収入なので普通の金銭的価値ある景品は失われ、金では手に入らないもの──九郎助屋本店の宿泊券だったり、九子の手料理だったり、九子の膝枕だったりといった内容だ。
根津グループの幹部──江戸の頃より仕事の付き合いがある忍びの子孫がやっている家系は今でも深い繋がりがあり、親戚付き合いの一環で幼少時に九子と知り合った者が多い。そして小学生ぐらいまでに、初恋が九子お姉さんだった者がほとんどだ。
年を取って、嫁を貰っても、憧れの九子お姉さんと触れ合うことは熱狂の意思を持つ者が主にこの忘年会には集まる。若干キモい集団である。
ちなみに参加条件は既婚者であることも含まれている。
以前に一等の景品で九子を嫁にしようとした者も現れたからだ。抜け忍の如き扱いで皆から追われたが。
「さあて、今年は一等が当たるかのう」
悪戯っぽく九子が呼びかけると、忍び連中はメラメラと無闇矢鱈に闘志を燃やして決意を叫びだした。
「うおおお! オレが当てて九子姉さんをえっちな
「オレっちはメイドさんに!」
「娘と同じ高校に女子高生として通ってもらい、友達として家に招かれて欲しい!」
「天狗さまの写真集を出すからお前ら俺に協力しろー!」
などと言い合っている。そして順番でダーツを投げて一等を狙うのだ。
これまでに忘年会だというのに酒もご馳走も食べなかったのはダーツ投げに全力を出すためだ。日頃から鍛えていた投擲技能を発揮して彼らは願いを叶えようとする。
だが九子の方も対策を取っている。年々、訓練によって一等を当てる者が増えてきたことを考慮してタダでさえ細い一等の部分が回転する仕掛けを作っている。
気合を入れて投擲しては外し、後悔に崩れ落ちたり頭を抱えたりしていく忍び連中に九子も大いに笑って楽しむのであった。
この楽しみのためならば、当たったとしても願いを叶えるぐらいはしてやろうと思うぐらいに楽しい。
いつか、遥か昔に。
二百年以上も前に。古い友達たちとこうして遊んだときのまま。
その時も皆が必死に的を狙って、外して、嘆いてそして笑っていた。
思い出の中にいる彼らはとうに死んでしまっている。甚八丸も、晃之介も、浅右衛門も、影兵衛も、利悟も、あの頃の忍びたちも。
もし彼らが今に蘇ってまたこのゲームをやってくれるなら、結果の如何に関わらず願い事を叶えてやりたいぐらいに懐かしい気持ちがあるのだが、そうはならない。
だから。
彼らの子孫たちが、同じように楽しんでくれていることが、九子にとって嬉しくて堪らないのだ。
これは、現代を生きる根津家と忍び連中にとっても意義のある行事であった。
彼らとその親、祖父、更に遡って上の代まで、長生きをしてきた天狗によって受けた恩と利益、そして恋心の価値は計り知れない。
根津グループが発展をした大きな要因がこの天狗の少女なのだ。
過度の贅沢や祀り上げる神格化といった金や権力で行える恩返しは九子も望まず、むしろ迷惑であるようだった。
故に──かつて彼らは話し合って、決めたのだ。
いつまでも九子が懐かしめるように。
変わらず、馬鹿で愉快で助平で面倒をかける男たちであろうと。
勿論、彼らにとっては素というか、十代の頃のノリを持ち込むだけなのだが。
「──おっ! 膝枕券に当たったのう。今やるかえ?」
「はい! はい! やります!」
「待て! それを譲れ! うちの株二%譲るから!」
「俺の次回とその次の忘年会抽選券と交換してくれ!」
「はーい譲りませーん! 九子ママおねしゃーす!」
「ほいほい」
「羨ましいぞ!」
至福の表情で九子に膝枕されている覆面(国会議員)に嫉妬して男たちは瞬時に藁人形を作って釘を打ち始めるなどの嫌がらせを始めた。
そういった様子も九子からすると微笑ましくて楽しいのだ。
九子を楽しませるため──という名目で、ここに集まった忍び連中も全力で楽しみつつも九子に触れ合おうとしているのだ。嫁もいるし子供もいる、なんなら孫がいる参加者もここでは初恋の天狗に甘える。普段の社会人や家長として振る舞うように格好つけても仕方がない。相手は鼻垂れ坊主であった頃から見守ってくれていたお姉さんなのだ。
そして。
「ゔぁあああらあああ‼ 希望の未来へレディィゴオオオ‼」
「うわ! 根津の長老が投げたダーツが!」
「一等に刺さりやがった!」
「制約と誓約で命中率を上げたんだ!」
「新製品のサイバネで肉体を強化しているに違いない!」
「この……卑怯者がァ!」
マッチョのふんどしで一番年を取っていた根津家の長老、経済界のフィクサーが凄まじい集中力を発揮して見事に一等の願いを叶える権利を得たのである!
九子も感心をして頷く。
「おお……根津家が一等を当てるのは三十年ぶりぐらいかのう。前は『嫁になれ!』とかそういうのだったのだが、参加者と嫁に猛反発を食らって始末されたような……」
「ぶぅるうう……ふっ、俺様の親父のことだな。愚かな男だった。お袋めっちゃ怖いし」
「根津家はカカア天下がちょうどよかろう。馬鹿ばかりだしのう」
根津家だけでなく基本的に参加している忍び連中も愛妻家か恐妻家だ。九子に下手な願い事をすると死よりもつらい未来が待っている。
それでも参加という名の夢は止められないのだが。
根津の老人は勝利のアピールにマッスルポーズをやたらと決めまくってから告げた。
「よぉぉぉし! 俺様の願いはひとぉぉつだぁぁぁ!」
「なんだ?」
「九子ォ! 俺様の嫁ピッピになれぇ! なぁに去年婆さんがぽっくり死んだから俺様ってばフリーの独身男性だってばよぅ!」
もみもみと怪しげな手つきをしながら根津の長老は禁断の願いを口にした!
彼とて、幼少時から九子は憧れのデカパイお姉さんだったのだ。一時期はなんで自分の嫁にできないのか真剣に悩んだこともある。妖怪だとか天狗だとか関係なく、九子にガチ恋をこじらせたままの人間は根津グループに多数存在している!
色めきだったジジイの要求に場の殺意は膨れ上がった。
「追放だ! あの色ボケ妖怪を追放しろ!」
「クーデターを起こせ! 根津家の暴虐は今日までだ!」
「もはや人間とは思わん!」
忍び連中が鎖鎌や手裏剣などを手に立ち上がるのを長老は壁を背にしながら対峙し怒鳴り返す。
「息子ォ! 孫ォ! 俺様に協力すれば九子がママとかひよこ婆ちゃんとかそういうのになるぞ! 手を貸せェ!」
その呼びかけに、彼の身内である覆面マッチョの二人は「うーん」と腕を組んでひとしきり悩み、
「……ジジイだけが一番良い目を見るのが気に食わぬぇえええ!」
「死ねジジイ! お前を殺して人間的に成長してやるぁぁぁ!」
「ぅおのれぇぇぇクソガキども! 裏切りやがってぇぇ!」
「はっはっは」
争いの様子に九子は腹を抱えて笑っている。
「いくら根津の長老が一人で米軍基地を破壊していたリアル忍者でもこの人数なら!」
「うおおお! 九子姉さんを守れ!」
殺到しようとする忍び連中を前に長老はスッと怪しげな指印を組んで構えた!
「奥義! 分身の術ァァァ!」
「なにっ⁉」
彼が叫ぶと筋骨隆々な老人の背後から左右に二人ずつ、そっくりな筋肉覆面の分身が現れたのだ!
「ジジイが増えやがった!」
「気をつけろ! ジジイの影武者だ! 全員が同等の技量を持つぞ!」
「ぐへへ雑魚ガキどもめ! 俺様たちで返り討ちにしてやるぁぁぁ!」
根津家の長老……戦後から日本経済の重鎮であった彼は身一つでは足りないほど働き、ときにヤクザや外国勢力に命を狙われた。その対策として自らの影武者……分身を育て、同等の腕力、判断力、技を持つまでになったのだ。
老人とはいえ、一人でも熊とプロレスをして勝利するような怪人だ。それが五人に増えたとなれば恐るべき戦闘力だろう。
「ゔぁーっはっはっは! やれ! 俺様の分身ンン!」
そして。
長老の分身たちはお互いにちらりと顔を見合わせて。
そして背中を向けて隙だらけな長老の両手両足を掴んで
「ぐああああああ⁉」
「こいつを仕留めりゃあ九子は俺様の嫁よ‼」
「死ね! 本体! 偽物が本物に勝てるところを見せてやるぁぁぁ!」
半世紀以上も長老の影として付き従い、ときには命を掛けることすらあった忠実なる腹心にして一心同体の彼らが反逆したのである!
「ぎゃああ⁉ こいつら裏切りやがった⁉ でも俺様でもこの状況だと裏切るからなんとなく理解できちゃううううう⁉」
「今だてめえら! ジジイを分身ごと始末しろ!」
「おおおお!」
その機に乗じて周りの皆も乱闘へと参加し、忘年会はいつものように大騒ぎとなるのであった。
「はっはっはっは」
九子は楽しそうに、懐かしそうに笑ってそれを見ていた。
これまでに何十人も、忘年会に出るような友人たちを見送ってきた彼女だ。
大切な人たちが失われた悲しみを何度も味わってきた。
だがこうして、生きている限りは笑える楽しさもあるのだ。
これまでも、これからも生きていく意味なんてそれぐらいで充分なのだろう。