道行く人の中で女性は結構な割合で日傘を差している。浮世絵などを見ても目立つように当時から傘は生活の必需品であった。貧乏な武士がよく傘張りの仕事をやっている光景が描写される時代物は多いが、そんな武士がどこの町にも一人は居る程度に傘の需要はあった。

 庶民は竹製で無地の番傘、金持ちは木製で色合いの美しい蛇の目傘を使っていた。蛇の目傘は一本八百文(一万六千円)と、高価であったのだ。

「ありがとうな、浅右衛門や。大事にするぞ」

 にっこりと笑顔を返すと、浅右衛門は照れた様子で頬を掻いた。

 それから二人は日本橋の小間物などを冷やかし、簪に手ぬぐいを買っていった。京染めの手ぬぐいはさすがそこらで売られているものとは格が違うもので、お洒落より温泉宿などに使う備品として見てしまう九子である。

「よし、次は両国で見世物でも見て、そのあとは神田明神あたりでなにか軽く食おう」

「や。初めてかも。行くの」

「江戸に住んでおるのにのう」

「子供の頃から仕事ばっかりだったから」

 十歳になる前から家業である腑分けや試し切りの手伝いをしていた浅右衛門は、特に自分が首切り役人を継いでからというものの、あまり休みは取れていなかった。

 なにせ江戸では毎日のように死刑が執行されていたのだ。とはいえ死刑にも種類があり、『下手人』『死罪・獄門』『磔』『火罪』『鋸引き』と罪状によって変わる。このうち、浅右衛門が首を切りに出張るのは『死罪・獄門』の罪人のみだ。

 斬首刑となった罪人は町奉行所の同心が首切りを行う役目となるのだが、腕に自信がない者が担当である場合は浅右衛門へ報酬を支払って交代する。

 一刀のもとで首を切り落とすのは並の剣士どころか、町道場で免許皆伝の技量を持っていても困難であった。なにせ首切りを日頃から練習したことがある者などほぼ居ない。失敗すれば名誉に関わるとなれば、専門家に頼むのも無理はない。

「なんか最近、中山氏が片手業かたてわざで首を切ってくれるみたいだから少し休みができて。遺体はくれるからいいけど」

「あやつ、人を切りたいだけだろうのう……」

 片手業とはアルバイトのようなものだが、殺しが趣味のろくでなしである影兵衛には丁度いいのかもしれない。

 ただ本人に言わせれば、相手と切り合って殺したい戦闘狂なため、首切りは楽しみというより暇つぶしなのだろう。

 斬首刑で首を切り取ったあとの体は浅右衛門の物となり、試し切りや薬の素材として使われる。(ただし下手人の場合は死刑の中でも軽く、死体は遺族に戻される)

 首を斬るだけでなくその後の死体活用で日頃から忙しいのであった。

「今日は仕事のことは忘れて普通に楽しむとしよう」

「うん」

 そういうことになり、両国へと向かった。

 江戸の両国は武士の多い本所と町人の多い深川が混ざりあう境の町であり、非常に活気が溢れている。

 日本橋は些か高尚というか、そういった雰囲気があるのに比べて雑多で混み合い、怪しい商品を売る露天市や妙な見世物、大道芸などが盛り上がっていた。

「わ。変な人が」

「うむ。コスプレイベントのようだのう」

 通りにはまさに仮装をした者が口上を述べて人を寄せていた。

 全身に雑草かなにかを貼り付けた男を見世物にして隣の男が、

「さあさあ、こいつは武蔵野で捕まえてきた河童でござい! 明日には京都大阪に送られる大変貴重な妖怪! 見られるのは今だけだよ!」

「カーッパッパッパ! 貴様も河童にしてやろうか!」

 などと小芝居をしていて、見ている人が小銭を投げている。

 他にも仙人に化けたり、閻魔大王に化けたり、孝行息子に化けたりと妙ちくりんな格好の者たちが人を集めて小銭を投げさせている。

 江戸の庶民は娯楽に飢えていることが多く、こうしたちょっとした見世物で立ち止まっては一文二文ぐらいの小銭を与えてくれる。

大道芸人も専業の者もいれば、食い詰めてまともに働くのも嫌だからその日の酒代でも稼ごうとしている素人も大勢いるようだ。

「投げた紙も真っ二つの切れ味を誇る刀! ところが見てくれ、このガマの油を肌に塗ればこの通り、切れてなーい!」

 男が紙をスパスパと切って見せた刀を自分の肌に押し付けて引いて見せたが、商品であるガマの油を塗ったと豪語する部分はまるで傷ができていない。

「おお、あれはどういう原理なのだ?」

「ん。見た所、刀の先端部分だけ研いでいて、根本から半ばは刃を潰しているね。だから紙を斬るときは先端で、腕を斬るときは潰したところで」

「なるほどのう」

 別のところでは天狗っぽい格好をした変な女を台に乗せて、威勢よく男が紹介をしていた。

「こちらは熊野権現よりいらっしゃった天狗さまでございます! 霊験あらたか、御利益マシマシ! 天狗さまのお言葉、本日三日目のお話でございます!」

「天狗ちゃんさあ、去年まで居酒屋で仕事してたんだけどそこのおばちゃんすっごくいい人でさあ。客が残していった徳利の酒を持って帰っていいって言ってくれたから飲むのに困らなかったんだよね。おばちゃん元気かなあ」

 凄くどうでもいい話をする天狗のコスプレに銭を投げる人たち。非日常的存在である天狗が所帯じみているトークが妙に受けているらしい。最近のヴァーチャルな存在のチャンネルに課金する文化のようだった。九子はげんなりと肩を落として見ていた。

「ひょっとして己れもあのたぐいかと思われておるのかのう……」

「や。九子氏は……いい人だから」

 道理で天狗が受け入れやすい土壌があったわけだ、と理解しながら先へ進んだ。


 神田明神は江戸でも有数の大神社であり、毎日がお祭り騒ぎのような参拝客数を誇っていた。

 それだけ人が来るのならば商売の種にもなると、境内にも至るところに露天や店が立ち並んでいる。

 明治時代になり神社の経済活動に制限が入るまでは、境内で場所代を取って商売をさせることは神社の大きな収入の一つだったため、特にこういった大きな神社ではまさにお祭りのように出店が常時開かれていた。現代よりも盛況していたかもしれない。

「神田神社は縁結びの神さまなのだそうだ。お守りも買っておこう」

「縁結び……」

 そう言われてちょっと恥ずかしそうに浅右衛門は顔を反らした。初々しい反応である。

 それだけ繁盛している神田明神はとにかく見どころが多く、宮を順番に回るだけでも道中に引き止められていた。

「富くじ~! 富くじの売出しだよ~! 富札の販売は今日までだぁー!」

「おっ、富くじか」

 九子が反応した。富くじは江戸時代の宝くじみたいなもので、寺社でよく行われた。

 クジ一枚の値段は一分(約二万五千円)と高く、庶民では金を出し合って買った。

「浅右衛門は運が良かったからのう。一枚、己れと共同で購入してみようか」

「や。某が買って、九子氏にくれるけど」

 当然のように浅右衛門はそう提案するが、九子は指を立てて告げる。

「こういうのは記念だからのう。一緒に買って当たった方が、喜びは二倍になるものだ」

「そ、そうなんだ」

「まあ、そう当たるものでもないがのう」

 願掛けのようなものだと九子は言って、二人で半分ずつ金を出し合って一枚の富くじを購入した。


 それから軽く茶店で団子と甘酒を口にし、そろそろ夕方も近いので舟でゆっくりと浅右衛門の屋敷へ帰る。

 道中で豆腐屋や八百屋によって食材を買い集め、九子が夕食を作って二人で食べることにした。

「元気が出るように『豆乳鍋』を作ったぞ」

「わ」

 小ぶりの鍋いっぱいに豆乳を出汁、味噌で割ったつゆが張られており、そこに具材として油揚げ、枝豆、貝柱、たっぷりの胡麻が入っている。

 豆乳は日持ちがしないし、牛乳を飲む文化もなかったためか江戸ではほとんど豆腐以外には使われていなかったものの、豆腐屋だけはあちこちにあったので手に入れようとすれば簡単であった。

 江戸に住む人々は副食よりも白米で腹を満たすことが多いので、余程食生活に気を使っている者でなければタンパク質が不足しがちになる。そこでこの豆乳鍋は薬と言っても良いぐらいに滋養豊富であった。

 現代の調整された豆乳よりも些か青臭いような風味を味噌でごまかし、濃厚な味わいだ。肉や魚を避けている浅右衛門用に作ったそれを九子は椀についでやり、酒も用意した。材料費は浅右衛門が出したが。

「さ、食おう」

「うん。……美味し」

「だろう」

 静かに感想を述べ、だが五臓六腑へ染み渡るように微笑む浅右衛門へと満足そうに九子は頷いた。豆乳で茹でられた枝豆を食って酒を飲むと、晩酌なのに体に良いものを食べている気がする。

「飲め飲め。お主の酒だ」

 九子も浅右衛門へ酒を次々に勧めて飲ませる。大きな鍋に入れられた具材をつまみに、浅右衛門は一日の幸せを噛みしめて酒を飲んだ。

 やがて酒もほどよく回りだして、珍しく饒舌になった浅右衛門が様々なことを話した。

 口下手な彼だったが九子が聞き上手であったので、普段ならば言わないような思い出話や鑑定にまつわる笑い話をついつい語ってしまう。

 そもそも浅右衛門はこうして二人で酒を酌み交わす友が居ないのだ。

 弟子は門弟であるため親しいといえども線引きがあり、同業であった父親は亡くなっている。

 首切り役人と友人になるような奇特な人物はいない。

 だからこうして、話を聞いてくれる友が……それも女性が居て、浅右衛門は喜んだ。

「──そういえば浅右衛門や。なんでも願いを叶えるのに、こんな割りと普通な一日で良かったのかのう?」

 九子がそう聞いて、浅右衛門は頷いた。

「や。九子氏にとっては普通かもしれないけど、某にとっては得難い一日だったから」

「そうかのう?」

 首を傾げる彼女へと浅右衛門は懐かしそうに言う。

「昔。父に『普通の幸せ』ってどういうことかって聞いたことがあるんだ。首を斬った罪人が、来世では普通の幸せが欲しいって嘆いていたから。すると父も考えて、

『いい女と楽しく買い物をしたり、遊びどころへ出向いたり、茶屋で和んだり……美味い飯を作ってもらうこと……だろうか』

 そう言った。父はやったことあるのか、と聞いたら『ない』と肩を落としていたけれど。だから、今日はそんな『普通の幸せ』が体験できて、あの世で父に自慢できる」

 酒のせいか、いつになく饒舌にそう語る浅右衛門であった。

 たった一日だけでも、そんな日が訪れたのだ。十分に彼は幸せであった。

 だが話を聞いていた九子は、こちらも酒の影響か目頭を熱くして押さえ、浅右衛門の肩を軽く叩いた。

 年をとると若者の苦労話に弱くなるのだ。面倒を見てやりたくなる。

「そうか、そうか。お主みたいな善いやつは滅多におらん。安心せよ、必ずお主にも、よい女が現れる。いや、己れが嫁を見つけてやる。今日程度が普通の一日であったと思えるようにのう……」

 同情している様子の彼女に、たしかに同情されて然るような環境であるため浅右衛門は苦笑した。首切り役人が嫁を見つけるのは、きっとそこらの貧乏庶民が嫁を得るよりも難しかろう。

「うん。九子氏。お嫁になってくれそうな人を見つけたら、よろしく」

 だがそれだけでなく──

 

 山田浅右衛門は眼力に優れている。

彼の観察能力は、刀ならば見ただけで切れ味を把握し、武芸者と立ち会わずに腕前を測り、自分を見る同心や罪人の嫌悪や恐怖、蔑みや妬みの感情も理解できる。

 それ故に、わかる。

 自分に同情して泣いてくれている、この女性が。

 九分九厘、まっっったく、自分に恋愛の脈がないことを。

 自分を嫌っているわけでも、職業を恐れているわけでもなく。

 ごく自然に、まるで祖母が孫を見るように優しく慈しむ情を持っているものの、それは男女の愛情ではない。

 そのことを、鈍そうに見える山田浅右衛門はわかっている。


 だが。

 もしも──

 僅かな偶然の可能性があるのならば──

 適当に投げた針が、たまたま一等に当たるぐらいの確率で。

 一枚だけ買った富くじが的中してしまうほどの幸運が訪れたなら。

 そんな邪念を持ってしまうものなのだ。


 その後も時折、浅右衛門と九子はサシ飲みをするようになった。

 なかなかに彼の嫁は見つからなかったが、浅右衛門は幸せであったという。


 なお、二人で買った富くじは見事に百両を的中させて、浅右衛門は物思いに耽った。