花火大会から数日が経過したころ──

 江戸の夜空を、再び明るく照らす火があった。


 火事である。否、火事というよりも不可思議な現象であった。

 

 火柱が突如、大きく火花を撒き散らしながら出現したのだ。

 見るものが見ればすぐに火薬の燃焼と気づいただろう。


 場所は、小伝馬町牢屋敷。

 江戸の司法で未決囚や死刑囚を収容している拘置所である。

 そこが突如、火柱に包まれて燃え上がった。


 牢屋敷は敷地内に建物がいくつも独立しているのだが、町人や百姓を収容する百姓牢、無宿人を入れる大牢、武士や僧侶用の揚がり座敷、女牢の全てが火柱で一瞬に焼けた。

 延焼して敷地内の詰め所なども燃えたが、幸いなことに庭が広く、高い塀と水堀で囲まれているお陰で外へは火の粉が飛び散った小火を初期消火した程度の被害であった。

 だが火柱に包まれた牢では、誰もが逃げ出す間もなく収容していた囚人の多くが死亡、或いは少数が火事に紛れて逃亡をしたと見られる。

 特にこの頃は、吉宗襲撃事件や人攫いなどもあり、容疑のある者を次々に取り調べするため三百人程も収監していたが──それらの調査が進む前に、他の囚人ごと全員が死んだ。まるで捜査を行き詰まらせるように。


 これはどう見ても意図的な、何者かの放火だと幕府側は認識する。

 犯人をなんらかの一味として町奉行所と火付盗賊改方に増員と捜査を命じた。


 また、同時期に江戸の好景気を狙ってあちこちから盗賊が江戸へと集結しつつあった。


「──というわけで治安が悪くなってきたからお九ちゃんも気をつけて!」

「お、おお。なんか普通に仕事しておると意外に見えるが」

 悪党を縛って引っ立てている利悟を見つけて、そう声を掛けられた九子は呟いた。

 馬鹿みたいに胸を揉みに来ずにちゃんと仕事をすることもできたのか、とも思う。

 利悟の同僚である、覆面同心の藤林尋蔵が皮肉るような声音で言う。

「この人、荒事には無駄に強いんですよね……いつもこうして悪党の前で体張っててくれないかなあ」

「そういえば前も宿が襲われたときは数人相手に立ち回っておったしのう」

「見直した⁉ ねえ見直した⁉ そうだ! お九ちゃんに膝枕してもらう約束がまだ生きているはず!」

「死んでおるわ。まあ、悪党を十人捕まえたらやってやらんでもない。精々励め」

「うおおおお! 行くぞ藤林同心!」

「え⁉ ちょっ⁉ ズルっ! 拙者が捕まえた分は拙者が膝枕要求できるかなあ⁉」

 餌をぶら下げると仕事を励むのは単純で良いのかも知れない。

 しかし悪人が多く江戸に入ってきているとはいえ、一般人である九子にはどうすることもできない。それこそ利悟や影兵衛がいつも近所を見回りしてくれているので、助屋はある程度安心かもしれないが。


「……九郎助屋と蔵につける警備の話を進めるかのう。まったく、世の中は平穏無事で暮らしたいと思っても中々そうはいかんものだ」


 九子はため息をついて肩をすくめるのであった。


 もう夕暮れには秋の気配を感じる風が吹き始めている──