見たことのない種類の花火が上がるたび、江戸中で歓声が響くようだった。

 最高の場所で見ている九子の関係者たちも一発ごとに大喜びであった。特に皆の場合は、自分たちの友人がやっているというので誇らしい気持ちにもなった。

 お房など感動のあまり船の上で立ち上がり、花火に向けて手を伸ばして言う。

「わああ……見て! 見て! 九子の花火、凄いの!」

「うむ」

 転んで船から落ちぬよう、六科がお房の手を握ってやりつつそう頷いた。

 無表情だが、今まで苦労を掛けていた娘がこんなにも喜んでいることは六科にとって得難いほどに幸せであり、それを与えてくれる天狗に深く感謝をしている。

「そうだな……天狗殿が来てくれて、よかったな、お房」

「うん!」

 明るく花火に照らされて笑顔を見せる娘を、六科は不器用に撫でてやった。

 一方でその天狗は気ままに花火を続けている。

「はっはっは。なんか楽しくなってきたな。よし、『氷結符』を使ってダイヤモンドダストを発生させ光を反射させてみるか……『電撃符』でバリバリと雷を出してもいいな」

「あが、が……がが……」

「来年はお主が頑張るのだぞ、鍵屋よ」

 そう告げて九子は夜空に花火を打ちまくる。

 顎が外れんばかりに開いている鍵屋は涙ながらに叫んだ。

「無茶を言うなー!」

「ええ? なんて? 聞こえん」

 九子が軽く余興気分で打ち上げている色とりどり、大きさも自在な花火。

 現代日本基準での派手な大花火大会。

 そんなもの、江戸時代の花火師が再現できるわけがない。

(あのデカさはなんだ⁉)

 まず巨大な花を咲かせるほどの規模が出せない。火薬をどれだけ詰めればああなるのか。実験するだけで店が吹き飛びそうだった。

 花火の歴史は改良の歴史だ。職人が経験と知識を蓄えていきそれを弟子に伝え、危険物故に亀の歩みで徐々に良い花火を作っていった。

 現代日本で打ち上げられる花火は長い進化の歴史の集大成である。

 江戸の花火史はまさに本日の花火大会から始まるようなものであった。

 これから成長するレベル一なのだ。

 鍵屋が花火大会用に準備していた打ち上げ花火は『流星』と名付けていた。光の筋が夜空に上がっていき、そして落ちてくる。それぐらいのシンプルな花火であった。

 だというのにお出しされたのがこの大花火である。現代からするとショボい『流星』でも、初めての花火大会ならなにかしら打ち上がっただけで大ウケするはずだったのに、いきなり凄まじいものが上がったのだ。

 もはや『流星』なんて飛ばしても野次られるだけで終わるだろう。

(なんで花火に色がついている⁉)

 それも鍵屋には理解できないことであった。当時の花火は黒色火薬。火花の色は橙色一色が普通だった。

 時代劇などを見ると色とりどりの花火が打ち上がっているのだが、それは画面上の綺麗さを重視した演出。日本では明治時代に西洋科学が入ってくるまで、ほぼ一色の花火しか作れなかった。炎色反応ぐらい知っていただろうが、それを花火の色に利用できるかはまた別の話である。

 勿論、九子はそんな歴史は知らないので派手な方が良いとばかりに色とりどりの花火をバンバン出した。『炎熱符』による魔法の火ならば自由自在だ。

(なんだこの連発は⁉)

 花火大会が始まり、九子はバリバリと絶え間なく花火を上げていた。

 もう百発は越えただろうか。別に火薬玉の制限があるわけでもないので、九子が気の向くままに上げている。ざっと三十分ぐらいを彼女は予定していた。これも現代知識による花火大会の常識違いだ。

 鍵屋が、盗まれなければこの花火大会のために用意していた花火の数は、打ち上げ花火と仕掛け花火をあわせてたったの二十発である。記録でそう残っている。

 そして江戸時代の花火は発射の間隔が長かった。一発上がったら次の花火が上がるのが十五分後とか三十分後とかだった。

 花火の合間に草むらなどで男女がまぐわっていた、という話を聞いたことがあるかもしれないが、それはそうして花火の間隔が長くて暗闇の時間が多いからこっそりやれていたのだ。

 しかし九子の現代的な感覚からすればどんどん打ち上げた方が盛り上げて楽しい。

 遠慮なく、次々と技術的に不可能な連発を繰り返し発射していた。

「こ、こ、こんなん来年やれるかあああ!」

「スターマイン行くぞ~」

 鍵屋の叫びを無視して九子は連続速射花火を打ち上げる。

 複数種類、色とりどりの花火が間髪入れずに咲き誇り、空を彩り夜の江戸を明るく照らしていく。

 全体で調和を出すため一つ一つは小ぶりの花火だが、小ぶりと言っても鍵屋の作った大型仕掛け花火よりも凝っている。

「ざっと一個一両ぐらいの値段が掛かるとして……へもげっ!」

 一秒間に十数発は連続して上がっていく花火の値段を想像して鍵屋はストレスのあまり鼻孔の毛細血管が破裂して鼻血を出した。ちなみに二万発打ち上げる現代の隅田川花火大会は花火代で七千万円ほど掛かっている。

 これだけの花火は作れないし用意もできない。来年やれと言われても不可能だ。

(店を畳んで故郷に帰ろう)

 かなり真剣に鍵屋はそう考えた。

 九子は盛り上がるスターマインを終え、そろそろ花火も終了にしようかと考えた。

 だが初めての花火大会、見ている人たちはいつ終わるのかは分からず、最後を打ち上げてもまた次があるんじゃなかろうかと待ち続けてしまう。 

 そこで九子は大きな牡丹花火を単発で打ち上げる。

 『三』という模様が夜空に火花の文字として浮かんだ。次は『二』。そして『一』。

「よし、最後はこれだ」

 と、九子が打ち上げた最後の花火はなんと葵の模様が浮かぶものであった。

 これには武士たちも唖然としたが、温泉船でゆったりと浸かりながら見ていた吉宗は、

「見事なり」

 そう満足そうに言うので、勝手に葵紋を出したことには問題が起こらなかった。余談だが、この頃までは別段商人が三つ葉葵の紋様を道具などに入れることには規制はなかったのだ。ただこの件によって後々規制された。

「よしよし。では己れは飲みに行ってくるからのう」

「あ! ちょっと! 天狗さま⁉」

「なんか聞かれても天狗がやったなどと言うでないぞ。あくまでお主が備蓄しておった火薬を使い切っての花火大会だということにしなければならん」

「あんだけの花火、うちの店どれだけ火薬隠してたんですか⁉ 城を吹き飛ばせる量を打ち上げましたよ⁉」

「来年は頑張れよ」

「ぎゃー!」

 悲鳴を上げる鍵屋を置いて、九子は皆が楽しんでいる屋形船へと空へ飛び上がって向かっていった。

 大川の河口あたりで並んでいる屋形船に降り立ち、九子は皆に呼びかけた。

「どうだった? 楽しかったかのう?」

 するとお房が目を輝かせて、代表するように言った。

「うん! すっごく綺麗だったの! 九子、見せてくれてありがとう!」

「はっはっは、そうかそうか」

 お房の、そして女子供たちの満面の笑みだけでも九子はやってよかったという気分になった。

「九子、天晴なのじゃ!」

「お重も楽しめたかえ?」

 女用の屋形船には将軍の娘であるお重もお忍びで乗っていた。

 吉宗だけ温泉付きの船で花火見物に行くのにズルい、と駄々をこねたのだ。

 とはいえ性別を隠している上に嫡子の重まで同じ船に乗ることは不可能というので、九子の屋形船に預けられた。水中には護衛の忍びが潜んでいる。

 彼女は目を輝かせながら九子に迫る。

「どーんと来て! バリバリして! キラキラで! あんなの初めて見たのじゃ!」

「よかったのう」

「驚いておしっこ漏れたのじゃ」

「誰か拭いてやってくれ……」 

 お重は少々、漏らし癖があるのが難点であった。

 九子がそうぼやくとザバリと音を立てて川の中からずぶ濡れの男が屋形船に上がってきて、女性たちは悲鳴を上げた。

「きゃあ!」

「海坊主かね⁉」

 九子が庇うように前に出ると、男が顔を上げる。

「少女がお漏らしをしたとき──拭くのは拙者の役目」

「ていっ」

 九子が蹴りを入れて不埒な利悟を水に落とした。

 即座に彼は復帰して船の縁にしがみついて九子を見上げた。

「酷すぎる! お九ちゃんなんてことするんだ⁉」

「やかましい。慈悲で隣の船に乗せてやったのになんで川におるのだ」

 利悟は他の参加者からも好感度も低く、屋形船に乗りたい男を集めた際に立候補したものの拒否された。しかし祭りの当日、船奉行など役人の警備もあるため町奉行所の同心が一人乗っていれば面倒な臨検を受けずに済む、と説得してきたので仕方なく乗せたところであった。

 どうせ九子はこちらの女用の船に乗るし、男たちの間ならば大丈夫だろうと思っていたのだが。

「あいつらも酷いんだよお九ちゃん! ちょっと花火のドサクサで雨次きゅんに抱きついたぐらいで拙者をしこたま殴って川に捨てて……血も涙もねえ!」

「キッショ」

 男用には影兵衛や晃之介なども乗っていたのだが、利悟の気持ち悪さに耐えられなくなって追放したようだった。

 九子は軽蔑の眼差しで見下ろしながら言う。

「……っていうかお主、少年相手でも見境なしか」

「ふっ……男の子ってのはね、半分ぐらい女の子なんだよ」

 謎の台詞を吐く利悟を人類の敵と認識し、九子は彼の腕を掴んだ。自分の恩人であり、面倒を見てやっている雨次に手を出そうとしたところが許されざる。

「おっお九ちゃんなんだかんだ言って助けてくれ えっ──わあっ⁉」

 そして大根を引っこ抜くような動作で利悟を上にぶん投げる。更に術符を発動。

「あえええ飛ばされええええ⁉」

 『起風符』によって利悟の体は上空に運ばれて、九子は『炎熱符』を使った。

 パァンと利悟を中心にやや小規模な花火が弾け、夏の夜空を最後に染めた。

「汚い花火だのう」

「思い出が台無しなの。来年を期待だわ」

「さて。悪は滅んだから飲み直すとするか」

 九子は船の座敷に座って、火花の残光が残る夜空を見上げて酒を傾けるのであった。


 船から見る町の通りは夜中だというのにまだ人が多く、大勢が楽しんだ余韻のざわめきが聞こえてきて、九子も悪い気はしなかった。


 隣の男たちが乗っている屋形船も面白おかしく酒で盛り上がっているようだ。


 異世界から帰ったら江戸だった彼女は、ここで余生を過ごすつもりであった。

 

 だがどうせ暮らすのなら、明るく楽しく景気の良い町がいい。


 九子一人がどうしようが、病人は出るし、貧民は飢える。

悪党が跋扈し、商人は破産する。

 武士は横暴に振る舞い、遊女は酷使されている。

 彼女は別段、世の全てを良くしたいとは思わないし政治にも興味はないが。

 花火で大勢が楽しむ程度の助力を、この江戸にやっても良いだろう。

 九子はそう思うぐらい愛着を持つようになっていた。


「──なんだ、江戸に来て良かったのう」


 素直に九子はそう思い至って、楽しそうな皆の顔を眺めるのであった。



「う……ううう……拙者を独占したがるお九ちゃん可愛いなあ……!」

 黒焦げになって川に墜落した利悟だったが、持ち前の強運で船奉行の船に助けられ残念なことに一命は取り留めたという。



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