墓からの帰りに茶屋へと寄って団子を食べていった。なんだかんだと休みに不満がありそうなお房だったが、やはりこうして揃って出かけてなんでもいいから外食すると子供相応に楽しそうである。

「おうち帰ってお掃除するの。お雪さんが越してきたから適当に荷物を置いていて手狭になってるの」

「ごめんよう、お房ちゃん」

「いいの! 四人並んで寝られるぐらい片付けるの!」

「四人て……己れまで六科の隣に寝るのはのう」

 お房としては家族揃って、という感覚なのだろうが、九子は嫌とまでは言わないが寡夫暮らしの男と居候の女が同衾するのは風聞に悪い。ただでさえ勘違いしている者もいるのだ。

 だがうるうるとお房は九子の顔を見て言ってきた。

「九子……たまにでいいから一緒に寝るの……」

「ううっ、そう頼まれると弱い。仕方ない、六科と寝るか」

「ひぎいいい……寝取り宣言ですよう!」

「取らん取らん」

 などと話をして帰っていると、店の前に人影があった。

 中から出てきた雨次が店先で応対しているのは、樽めいた肉付きの良い体つきに地味だが高価そうな黒い着物を身に纏った男だ。

 見覚えのある姿であった。雨次が帰ってきた皆に気づいたようだ。

「あ。帰ってきましたよ」

「それは丁度よかった」

 相手のほっとした顔を見て九子は腕を組みながら思い出して呟く。

「お主は確か……鹿屋黒右衛門ではないか。薩摩の」

「そうでございます天狗殿……! お久しぶりでございまして。実は少しばかり相談事が……あっ、お嬢さま方。これは土産の地元銘菓『軽羹かるかん』です。どうぞどうぞ」

「九子! 話を聞いてあげるの! お茶も出すの!」

「現金だのう」

 菓子を渡されて喜んだお房に言われ、ひとまず店の中へ案内する。

 座敷に座って冷えた茶を出され、黒右衛門は友好的な笑みを浮かべて額の汗を拭う。

「いやあ、中は涼しゅうございますなあ」

「天狗の妖術でのう。まあお茶でも」

「お茶も冷えていらっしゃる! これは奇っ怪ながらうまい……」

 見た目通り暑さに弱そうな太り方をしている黒右衛門は冷たい茶を一気に飲み干した。この冷えた茶を持って帰りたい気持ちにもなった。

「それで要件とは?」

 九子が訊くと黒右衛門は店内を改めて見回す。幸いなことに店は休みであり、お房らは雨次も連れて店の奥へ掃除に行ったようだ。

「ここだけの、広めて欲しくない話なのですが……」

「いいだろう。ただ己れに解決できることかは知らんが」

 九子が話を促すと黒右衛門は覚悟を決めたように頷いた。

 出会って間もない天狗なのだが、もはやその妖術か知識に頼らなくてはならないぐらいの厄介事が起こっているのだ。

 真っ当な手段で解決すると下手をすれば殺されてしまう。それぐらいの決意であった。

「実は……私の知人で花火を作っております『鍵屋』という店が横川町にあるのですが」

「花火か。風流だのう」

 九子は隅田川花火大会の記憶を手繰り、なんとも夏らしい楽しかった気持ちを思い出した。江戸の町でも打ち上がれば気持ちが良いのだが。

 鍵屋の名前に「たまやーかぎやー」と打ち上げ時に叫ぶ言葉が浮かぶ。ひょっとしたらその鍵屋かもしれないな、と思った。

「その店は普段、小さな花火を作って販売をし、江戸の公方くぼうさまがお許しになったときだけ大型の打ち上げ花火を披露しておりました」

「ふむ」

 記録によれば最初に鍵屋が打ち上げたのが正徳元年の頃。先々代将軍家宣が改元を記念して許可を出したときのことであったそうだ。

 花火といえばめでたいものであるのだが、それ故に不幸があれば不謹慎となる。

 将軍家の死人や政治的なごたつきもあってそれ以来中々許可は降りなかったのだが。

「ところが今年、公方さまからの許可が出て久しぶりに大川で花火を打ち上げられるということになりまして」

「それは楽しみだのう」

 江戸も温泉景気で沸いているところなので花火大会となればお祭り騒ぎ、民衆も喜ぶことは間違いがない。

 吉宗も倹約家で知られているが、こうして民衆の活気が盛り上がれば景気が良くなる現状をある程度理解し許可を出したのだろう。

「ですが……」

「うん?」

 黒右衛門は声を低くして顔を寄せた。

「問題が起こりました。鍵屋が管理していた花火用の火薬が全て──盗人に奪われてしまったのです」

「なんと」

「まずいことに、火薬を盗まれたなど管理ができていない証拠、火付けにでも使われたら一族郎党火炙りは免れないでしょう……そこで鍵屋はこの事件をお役人に届けていないのです」

「そりゃあ……結構な大事件だのう。隠蔽したくもなるか」

 現代日本であっても大量の火薬が盗まれたなど、全国ニュースに取り上げられるぐらいの危険性がある案件だ。

 ましてや江戸時代。入り鉄砲に出女が死刑レベルで規制されている中で、何千発分もの弾薬に使える火薬の行方がわからなくなったのだ。

 報告しただけでも首を切られる可能性が高い。

「隠すことにしたのですが別の問題が……つまり、大花火を行うことは決まっているのに、それを打ち上げる現物がないのです」

「ああ……なるほどのう」

「そこで鍵屋はこっそりと連絡してきて、うちの店で取り扱っている分の火薬を分けてくれないかという話になりまして」

「お主の店、火薬も売っておるのか?」

「ま……まあ、少々」

 汗を拭いながら黒右衛門はそう言い淀んだ。

 薩摩では硫黄が幾らでも取れる硫黄島があり、硝石も外国との密貿易で手に入れることができた。

 この頃、日本では戦国の世に比べて火薬の消費量が極端に減っており、ほとんどの火薬は古い便所の土などから生成した硝石で作られたもので需要が足りていた。

 だがやはり外国製の硝石から作った花火は発色が良く、不発も少ないため花火職人は密かにそういった密貿易品を買い求めていた。

 花火作りは火薬の製造、砲術に通ずる戦に関わる部門として大大名家では花火職人という名の火薬研究家を雇っているところが多かった。硝石はそういった相手にも売れる優れた商品であったのだ。そうでなくとも、有事のために外国産の硝石を保管している大名はいるだろう。

「ですが……なんと、うちで保管していた火薬も全て、盗人に取られてしまったのです」

「それはまた……火薬を狙った計画的な犯行……かのう?」

「ええ……他にも伝手がある店を当たりましたが、農家へ猟銃の火薬を卸している三河屋さんでも同じ被害に……いずれも表沙汰にはできません。他所から船で火薬を運んでくるにも大花火の期日までにはとても……」

「ふうむ……」

 このままでは大花火をできず、それはどういう理由かと鍵屋が責められ、事情を吐かされたあとに下手をすれば鹿屋や三河屋も火薬の件で罪が及ぶかもしれない。

 もし鹿屋が本格的に捜査されれば後ろめたい商売が発覚し、或いはそれを恐れて先に薩摩藩から黒右衛門が口封じに殺される危険性もあった。

 九子としても大店であり輸入品も扱う鹿屋に恩を売って損はない。

 それに花火大会は見てみたかった。お房や他の友達も喜ぶだろう。

「とりあえず三つぐらい対策が考えられるな」

「お、お聞かせ願えますでしょうか!」

「一つは急ぎ盗まれた火薬を探して奪い返すこと。口が硬く、探索の得意な連中とは知り合いだから見つかる可能性は高い……が、どれぐらい時間が掛かるかは不明だな」

 忍び連中を動員して探す方法である。彼らの中には裏社会に通じている者もいるため、火薬などという扱いが難しく変わった物を選んで盗んだ相手の情報を探ることができるかもしれない。

 勿論、忍び連中は近頃だと様々な仕事に忙しいので探索の分は彼らと雇い主である甚八丸両方に相応の報酬が必要になるだろう。

「もう一つは己れがどこか他所から打ち上げ用の花火を買ってくることだが……花火屋といえばどこが多いのだ?」

「三河の岡崎城下でしょう。ここは公儀から、火薬の生産と貯蔵が許された土地なので数多くの花火師がいて、大名などに売っていると聞きます」

「岡崎か。ちょいと遠いが、一日で行って帰ってこれんことはない。しかし初対面の怪しい女に大量の花火を売ってくれるかはわからんな」

「大々的に花火を買い直すのも、理由を調べられたら困るので中々にこちらも難しく」

 江戸の鍵屋、ないし鹿屋の使いだといえば売ってくれるかもしれないが、当然ながらそういったところが大量に購入していったという記録は残ってしまう。

「三つ目はそうだのう。己れが天狗の妖術で花火を出してやろう」

「そ、そのようなことができるのですか⁉」

「調整すればいけるはずだ。どれ」

 九子が『炎熱符』を取り出して軽く念じて、手のひらほどの大きさで蒲公英たんぽぽに似た球形の火花を出してみた。

 以前に忍び連中たちとの宴会芸で口から火を吹いている者を見て、自分も芸の一つや二つできるかもと思っていたところである。術符を使えば水芸や扇を投げる技も自在にできて、少々ズルをしている感じだが。

「こんな感じのをな、でっかくしたやつを夜空に打ち上げればよかろう」

 九子は若い頃、祭りの手伝いはアルバイトで経験していて、打ち上げ花火の点火もしたことがある。真下から上に飛んでいく花火のイメージも充分にできた。

 九子の軽い手品みたいな火花を見て黒右衛門は目を見開き、感嘆の声を漏らした。

「デエナコッヒッタマグッ……ヤマンカンサアンミゴチワッジャ……」

「なんて?」

「あっ! すみません! つい地元言葉が!」

「薩摩の者ってちょっと言葉がわかりにくいよな……」

 基本的に九子や新六は異世界ペナルカンドで自動的に受けていた言語神の祝福により、異世界だろうが異国だろうが言葉が通じるようになっているのだが、強烈な方言だと対象外になることがある。

 激しい東北弁も難しいかもしれない。そう考えていると店の入り口にお花が飛び込んできた。

「ちーっす! 九子姐さん、定休日のビラ配り終わって来たっすよー!」

「お花か、ありがとうのう」

「なあに仕事っすから!」

 彼女に頼んで、近くの湯屋や番小屋、髪結処や出前をよく頼む火盗改役宅などに定休日のお知らせを書いた紙を持って行ってもらったのである。

 彼女は手をひらひら振りながら空いている椅子に座って、店の涼しい空気をパタパタと胸元へ送り込んだ。

「デエナアッサデスッタイダエタ~……ってお客さん居たんすね!」

 方言丸出しで呟いたあとで黒右衛門に気づいた様子でそちらを見て、ピタリとお花は動きを止めた。

「ん?」

 黒右衛門もお花の姿を確認して首を傾げる。とはいえ、彼女は目元まで隠した読売の格好をしているため、一目では若い女としか映らないのだが。

 ダラダラとお花が汗を浮かべ始めた。

「……そ、それじゃあうちは帰るっすから……」

「もし。そこの娘さん、どこかで……」