などなど、とにかく宿で不可解な行動を起こしていたのだ。

「ちっちゃい子は怖がっておったからのう……玉菊はよろこんでおったが」

「本当すいません……うちの母さんちょっと前々から頭がアレで」

「ううむ、如何ともし難いが……」

 ひょっとして梅毒の末期症状による精神異常ではないかと九子が診察してみたのだが、病原体は見られなかった。こうなっては九子の消毒能力で治療できるものではない。

 そんな母と共同生活を送る雨次を同情して、家賃も少々の手伝いで免除ということにしているのであるが……

 実際のところ、そもそもこの長屋の家賃が安く、九子もそれなりに金を持っているため、雨次とお花の家賃を十年や二十年分肩代わりしたところで屁でもない。

「そういえばお主の母親……お歌夢さんだったかはどうしたのだ?」

「仕事に行くと言って」

「……今は昼間だろうに」

 一応、仕事は夜鷹であるらしい。九子も親切心から他の仕事でも紹介しようかと確認したのだが、いきなり「わちきは夜に舞う鷹! キエェーッ!」と叫んで南米のテクニシャンレスラーめいた空中殺法を仕掛けてきたので思わず迎撃してしまった。

 あの精神状態で体を売っているのは色々と不安になる。稼ぎはちゃんとあり、雨次の家の床下を掘り返したら小判まであった。雨次は本当の仕事は追い剥ぎでないかと疑問視している。

「まあまあ! 雨の字はうちが面倒見るっすから! 文字の書き起こしで仕事代も出すっすから大丈夫っすよ!」

「雨次の書く文章はお主のより読みやすいからのう」

「うぐっ」

 お花は元々、瓦版の取材・発行・販売を全部一人でやっていた。

 本来はそれぞれ分業して行われているのだが、元来の器用さと体力に加え、零細読売だっただけあってなるべく利益を確保するために他人を使わなかった。

 しかしここ二ヶ月ほど、特に温泉が出てからは瓦版の売れ行きが数倍に跳ね上がり、出せば出した分だけ売れる状態になった。

 こうなると次々に新しいものを出す必要があり、彼女は取材と記事作りに忙しい。そこでこの長屋に移転するのをきっかけに、文字起こしを雨次に、挿絵をお房に、版画と摺り師が近所に居たのでそれに任せることにしたのだ。

 ちなみに記事のスピード重視とばかりに書いていたお花に比べて、雨次は視力の低いままじっくり見て学習をしていたせいか、連綿体ではなく一文字一文字丁寧に書いており読みやすく、ついでに習字のおかげで速度も早い。完全にお花は負けていた。

 専門で絵の勉強をしているお房が挿絵を手掛けることで、瓦版自体のクオリティは向上するはずではある。

「ううっ! 瓦版の価値はなんと言っても記事の内容っすから! 九子姐さん、どんどん事件起こしてくださいっす!」

「そんなこと言ってものう。平穏無事が一番だぞ」

「九子姐さんの近くにいれば変な事件が起こると信じてるっすよ! よし、今日は間に合わせで、温泉の転売でさらし首になってる人から話聞いてくるっす!」

「首に取材しても応えられんと思うが」

 お花はそう言って、引っ越しの荷物もまだ部屋に広げていないというのに小走りで現場へと向かった。

 取り残された雨次の肩を九子が叩いて告げる。

「まあ、騒がしい姉が増えたと思って」

「騒がしいのは、母だけで充分なんですけれどね……」

 歳に似合わない苦笑いをこぼす雨次に、表店の方から声が掛かった。

「おーい雨次~、賄いご飯作ってくれるってー。食べないかー?」

 お遊が板場の裏戸から顔を出して手を振っている。折角縁ができて、お遊の友人である雨次を近場に引っ越させたのだからお遊も仕事に誘うことにした。

 すっかり謎の金持ちだと思われている九子の提案にお遊の両親は怯え、奉公に行かせる気持ちで送り出したが、だいたいは日帰りである。道中、小唄や忍び連中とも一緒に通うために子供が千駄ヶ谷からやってくるのもそう危険ではない。

 呆れを滲ませた声で雨次が返事をした。

「賄いっていうのは働いている人が食べるやつだよ。僕に分け与えちゃいけない」

「そうなのかー? じゃあ、雨次も算盤やるかー?」

「お遊がやっていたら僕の仕事ないだろ……」

「お遊のやつ、数字が強いのう……農家の娘なのに」

 自分で雇っておいて九子も感心した様子であった。

給仕の手伝いや掃除など、子供でもできる仕事が助屋にはあるのだが、小唄の推薦で出入金の帳簿をお遊にやらせたらあっという間に覚えたのだ。

 これまでそれを担当していたお房も仕事が増えた中で金の管理が大変になっていたところなので非常に助かっている。九子もできなくはないが、面倒くさかった。

「引っ越し記念だしお主も店で食おう。お遊や、なんだったかのう。今日の飯は」

「今日はね~ウナギが安かったって六科おじちゃんが」

「おお、ウナギか! それはよいな」

「塩ゆでにして食べるんだってー」

「待て六科! 早まるな! もっと他に調理法もあろう!」

 まだ蒲焼なんて料理は江戸になかった頃、ウナギはなにかニョロニョロして下賤な食べ物であった。おまけに脂っこく毒もあるのだ。そう人気なわけもない。

 料理法も脂っこすぎるため、煮るか焼くかして脂を落として塩や酢で食べた。

 九子が板場へ駆け込むのを雨次は見送り、面白そうな顔で手招きをするお遊にため息混じりに従い、彼もそちらへ行った。


 

 現代の鰻屋には『串三年、裂き八年、焼き一生』などと技量習得までの年月が俗に言われている。

 九子は当然ながらそんなに長々と鰻屋で修行したわけではないが、素人料理としては充分なぐらいにウナギを捌ける。というかそう難しいものではない。

 冷水でぬめりを取ってから頭をまな板に打って固定し、背中か腹から二つに開いて内臓を取り去り、骨を削げばいいだけだ。

少々ヌルついて滑るのと血や粘液に毒が含まれているので作業中に目を触ったりしない程度の注意が必要だが。

 そして手頃な大きさに切り分けて串で固定し、軽く焼いて脂を抜き、蕎麦つゆに味醂と砂糖を加えたタレで焼き上げれば完成だ。

蒲焼にした身を丼飯に乗せて、七味唐辛子と山椒を振る。

──余談だが享保後期頃に鰻の食べ方として、醤油と酒を絡めて焼く方法が料理本にて紹介されるようになった。近年は助屋が広めたという説が支配的である。

「ほれ、出来上がりだ。うな丼だぞ」

「わーいなのー」

 嬉しそうに受け取るお房の丼を覗き込んでお遊が首を傾げた。

「なんだー? 美味いのかー?」

「九子の作るご飯に間違いはないの!」

 自慢気にお房がそう主張した。