義周の霊は涙を流し、悟りへの理解を一つ得た。
彼の嘆きや悔みが切り落とされて寂静へと至った。寺に集まっていた浮遊霊たちも供養の読経を聞き入り、地上に留まる執着を捨てていた。
この世に常はなく人は去るもの。
その道理を受けいれ、一つ、また一つと霊たちはどこかへ消えていく。
西方浄土や東方浄瑠璃世界で修行を積む者。地獄で業を燃やす者。すべてを忘れ新たな命に生まれ変わる者。様々だろうが、なにも迷うことなく。
『有り難き幸せでござった……』
最後に残った吉良義央の霊が深々と頭を下げる。
「いえ、僕は大したことはしていません。供養させてもらっただけです」
『これでもう思い残すことは……ようやく』
吉良は大きく安堵の息を吐いてから、背筋を伸ばして腰に帯びた刀に手を当てた。
『ようやく、武林との決着に集中できますな……!』
「え?」
力強いその言葉と共にどこからか叫びが聞こえてきた。
『吉良ァァァァァ‼ お前が殿を殺した‼ だから俺がお前を討つ‼ 殺されたから殺してそれで平和になるのか‼ このッ馬鹿野郎‼』
『武林ィィ‼ 儂の正義が勝つまで諦めるものか‼』
怒鳴りつつ降ってきた武林唯七の霊へと刀を投げつけながらその場を逃げ出しどこかで迎え撃つ吉良の霊。
死んだあとでも、彼らはずっと戦い続けているらしい。それは新六が供養を行っても終わらない地獄だ。殺したから殺されることを繰り返していく。
「……いつか吉良さんも救われるといいなあ」
もはや自分が関与するには根の深い問題だと思った新六は、少し哀しそうにそう願うのであった。
上様が特別目に掛けている家来、という評判が最近広まっていた新六が吉良家を手厚く供養した噂は人口に膾炙された。
勿論、供養は新六の私用みたいなものだったがそれを将軍が許可したから吉良家に対する風評が少しは弱まったであろう。もとより、名門の吉良家は親戚も多いため彼らもこぞって噂に便乗し吉良義央並びに吉良義周の名誉回復を画策した。
そして一人の少年が吉宗に謁見した。
まだ十ばかりでしかない彼の名は
この東条家は吉良家の傍流であり、先々代の当主は吉良義央の弟である。
彼が吉宗へと、東条家を吉良家に復することを願い出た。
赤穂事件後に武蔵吉良氏の蒔田家が高家の吉良を名乗るようになったのだが、元々同じ吉良氏とはいえかなり遠い関係である。
三河の吉良として東条家は吉良へと戻ることを望んだのである。
「高家肝煎の吉良家は既に居る故に、その役職には就けないが」
その条件で東条は吉良へとなり、代々書院番という将軍家の馬廻衆として格式の高い役目に就けられた。
問題なく、そして世間からの批判なく吉良家を再興できたことは川村新六の供養による世評もあってのことだと、感謝をしたと言われる。