僅か五日で諏訪まで往復してきた新六は将軍を初めとした関係者たちに驚愕を与えた。

 しかしながら新六は謙虚であるので、人に聞かれる度に「九子さんから手伝って貰った」と繰り返し言っていた。幕府の中で女天狗の噂は根強く広まったという。

 さておき、九子などは持ち帰った土産で宴会をして満悦だが新六の目的は供養だ。

 萬昌院に報告をして吉良義周の供養塔を建てる金を新六が出した。この寺は代々、住職も吉良家の縁者であるためもう粗末にはされないだろう。

 わざわざ諏訪から遺骨を持ってきてくれた新六には住職も感謝し、是非とも墓前で経を上げてくれと頼まれた。

 薄ぼんやりと現れた義央と義周の霊も見えたので、新六は数珠を片手に得意の般若心経を読むことにした。

 

 新六の生まれ育った異世界ペナルカンドでは言葉の神が実在し、神の不可思議な力によって知的生命体は同じ言語で意思疎通することができた。

それは例えば地球からペナルカンドへと迷い込んだ日本人であっても、言葉の神が影響を与えて自然と翻訳言語を喋るようになる。九子もそのおかげで言葉に困らなかった。

 その影響はペナルカンドを出ても続き、新六が江戸時代の日本語を問題なく喋ることができるのはその加護である。

 そんな彼が般若心経のような漢訳された文章を読み上げると、漢訳の音と共に日本語訳の意味が同時に通じる奇妙な現象が起こる。

 経典の発音は重要であり、その響き自体が尊く霊的な作用がある。また内容も悟りに至るために知るべき情報を纏めたものだ。

 般若心経自体に除霊の効果はなくとも、他人が自分を手厚く供養していることが救いになって亡霊は静まる。

両方を伝えることができる上に、彼の霊会話能力によって、幽霊にはっきりと聞こえる声で語りかけてくる。

供養と成仏の効果はこの上なく高いだろう。

静かに新六の般若心経が読まれた。