富士見のあたりからは諏訪高島藩に入る。

 新六は相変わらず注目を集め近くの農民や子供から度々、

「見越したり!」

 と、叫ばれていた。

「……なんですかアレ?」

「たぶん……見越し入道という妖怪だと思われておるのではないか? 見上げるほど大きな坊主の妖怪でな、先に『見越した』と宣言しないと死んでしまうのだとか。石燕はお主がその妖怪ではないかと最初は疑っておったぞ」

「怖! そんな怪物が居るんですかこの世界⁉ 巨人族⁉」

「実際は居ないと思うが……お主のようなデカい坊主を見て怪談になったのかのう」

 入道の妖怪は長野や山梨で多く見られ、諏訪あたりでは狢や狸が化けた妖怪だとも言われているようだ。ともあれ、常人の倍以上の速度で街道を走っていく巨漢の僧侶(天狗付き)はこういった山深い里ではいかにも化け物の類に見えただろう。中には見ただけで腰を抜かす者もいた。

(まあ、現代でも南米レスラーのエル・ヒガンテ(身長二百三十一センチメートル)が歩いておったら二度見ぐらいするだろうしのう。それが平均身長の低い江戸時代で、新六の巨体なら尚更か)

 江戸時代の大巨漢、力士の谷風や雷電ですら身長は百九十から二百ほどなのだから新六の非常識さが分かる。ただし生月鯨太左衛門という力士は背丈が二百二十七センチメートルもあったとされ、新六ぐらいの体格が一切居なかったわけではないようだ。

 諏訪湖に注ぐ宮川沿いを下っていく道に入った。甲府と諏訪は昔からよく行き来があったためか道が整っており、進む速度も上がる。標高は千四百メートルほどもある山中なので夏場でも涼しい。

「そろそろ昼飯も食っていこう。あそこが飯屋っぽいぞ」

「了解です」

 二人は近くの大きめな茶店に入る。相変わらずぎょっとされたが、座敷に座って九子と向き合った。彼女は茶屋娘を呼んで注文する。

「なにか食うものを出しておくれ」

「は、はあ。蕎麦なんてどうだら?」

「おお、そりゃいい。信州といえば蕎麦だしのう。二人前頼む。釣りはいらんぞ」

 九子は一朱銀を渡すと、不審感もどこかへ消えて上機嫌に娘は蕎麦を取りに行った。

 出された笊蕎麦にはおにぎりもサービスで付けられていた。清流で洗いたての艶やかな蕎麦で、啜ると目を見開くほど美味かった。蕎麦の香りも豊かで、僅かに麺からは甘みを感じる。味噌が混じった濃いめのつゆに負けていない味だ。

「美味い……」

 と、どちらともなく声に出した。

「これは特別な寒晒しの蕎麦だら。冬の寒いしみる盛りに蕎麦の実を川に漬けてから外で干しておけば、夏場になっても滅多めた美味い蕎麦が作れるずら」

「ほほう。いやあさすが信州。蕎麦の本場だのう」

「上様にも教えてあげよう。あの人、雑穀系好きなんですよね結構」

 ──余談だが、享保の頃より信州伊那の高遠藩では毎年、将軍家に寒晒し蕎麦が献上されるようになったという。

 


 夏の日中は長いが、山に囲まれた地方だ。太陽は平地よりも早く山陰に隠れ始め、残り火のような夕暮れ時になって二人は諏訪の一里塚へと辿り着いた。

 ここの一里塚は通称、『五十一里塚』と呼ばれるもので江戸から五十一里、約二百四キロメートルも二日で踏破したことになる。

 しかし超人的な体力を術符によって随時回復させていた新六は、気分的にくたびれただけでまだ元気そうであった。

「やっと来た~……遠かったなあ」

「それにしても、その吉良上野介の孫とやらはどこに葬られておるのだ? 寺があちこちにあるが」

 現代でもそれなりの数があるが、昔から諏訪では寺が多かった。

 諏訪といえば諏訪大社で神社が有名な印象だが、古来より神社と寺は同じようなものであり(乱暴に言えば)、諏訪の氏子も普通に寺の門徒になっている。

 諏訪大社の現人神、神職である大祝おおほうりであった諏訪一族だって仏教徒であり、仏式の葬儀を行っていたのだから双方の繋がりは強い。

「ええと、聞いた話だと諏訪大社の上社かみしゃにある法華寺の裏あたりだとか……」

「ふうむ。場所がわかっておるなら良いのだが。では己れは別れて宿を探して来ようかのう。ここまで来て木賃宿や野宿は嫌だぞ。温泉に入りたい」

「わかりました。供養するのは僕の都合ですし」

 そう言い合って一旦別れ、新六は上社へと向かうことにした。

 九子は足取りも軽く宿の並ぶ方へと駆けていく。街道沿いには酒蔵も並んでいて酒造りが盛んであることもわかり、彼女の脳内では酒と温泉と飯に支配されているようだ。

 そして新六も歩きだしてから、ややあって通行人に尋ねた。

「……あのお、諏訪大社の上社ってどっちですか?」

「見越したりーッ!」

「妖怪じゃないです」

 神社に入って怪物扱いされ、悪魔祓いとか出てこなければいいなあと願いながら。



 諏訪上社は諏訪湖の南側、山の麓に建てられている。神社の前には門前町が栄え、ここでは温泉も提供していた。特定の温泉宿が湯を引いているわけではなく(ただし、高島城にはある)、共同の湯場があった。 

 人通りも多いところなので新六は目立ちながらも上社へ進む。諏訪大社は寺社地として千五百石あまりの土地を持ち、警備の門番も雇っていた。怪しげな新六に門番が近寄る前から警戒しているようだったが、声を掛ける。

「あのー、法華寺ってどこにありますか?」

「あ、あ、あっちだ! こっちには来るなよ!」

「迫害かなあ」

 退治されるよりは良いとして新六は追い払われるように神社の脇を通って法華寺へと向かう。

 法華寺は鎌倉時代に、諏訪頼重が興した寺院であり古めかしい建物であった。一見諏訪上社よりも古く見えるのだが、それは上社が戦国時代に焼かれて再建したが、法華寺は残ったからだろう。

 上社の方は人気ひとけが多く、毎日出店が開かれて賑わっている。明治時代に禁止されるまで社内で様々な商品を販売し、幾らかを神社の取り分とすることで利益を得ていたため大きな神社ではどこでも毎日がお祭りか商店街のようであった。しかしながら、その上社に隣接する法華寺は境内にまったく人がおらず閑散としていた。

 夕暮れで薄暗くなった本堂へ新六はおずおずと顔を出す。

「すみませーん、どなたか居られませんか?」

「はい、はい。今行きますよ」

 呼ばれると奥から一人、かなり年を取った和尚がひょこひょこと出てきた。

 小柄な禿頭の老人で、小綺麗な袈裟を着ている。ニコニコとなにが楽しいのか笑みを浮かべているが、その目は白内障でかなり白く濁っていた。視力もかなり落ちているだろう。新六の前に来ても驚く素振りも見せない。

「愚僧はこの寺を任されている興梠こおろぎという者ですが、どなたさまですかな」

「江戸で温泉奉行をやっている、川村新六といいます」

「温泉奉行? 諏訪の温泉でも調査に来ましたのかな?」

 興梠和尚の疑問に新六はオカルト的な話で、仏僧に言っても大丈夫なものかと心配しながらも説明をする。

「いえ、仕事とは別件ですが。こちらに吉良義央さんのお孫さんの墓があると聞きまして……実はついこの前、その吉良さんの亡霊に供養を頼まれてここまで来たのです」

「ああ、吉良家の。たしかに寺の裏手に墓を造らせてもらいましたよ……と言っても、愚僧はこの通り、吉良義周殿が亡くなられたときから目が利かぬため、誰かに頼み人任せでしたが……」

「他に寺の小僧さんとかは居ないのですか?」

「なんともお恥ずかしいことですが小僧を養う金もありませんで。自分の世話と読経をする分には、見えずともどうにかできておりまして……」

「割りと立派なお寺なのになあ」

 新六が見回す。本尊だって格式がありそうな仏像が飾られているし、建物も広い。だというのにシンと静まり返っていて不気味であった。

「歴史はあるのですがね。ほれ、戦国の世では、甲州征伐をした織田信長公が焼き払われた諏訪大社を見ながらこの寺で宴会を開いたとか……地元受けはよくありませんな」

「ははあ」

「ちなみにその場で、明智光秀公が『殿! 戦い甲斐がいのある相手でしたな! 甲斐国かいのくにだけに!』ってダジャレを披露したところ『信濃国しなののくにだろうが!』とキレた信長公から蹴り倒されて、その恨みで本能寺の変を起こしたとかいう話も伝わっております」

「ギャグに厳しい人だったんですね」

 織田信長とか明智光秀とか、新六からしてみればピンと来ない人名ではあったがとりあえず相槌を打った。余談だが諏訪あたりでは上社を焼いた織田信忠、信長親子は悪人でそれを討った明智光秀は若干人気があったそうだ。

「あの、それで吉良さんのお墓は」

「はい、はい。寺の裏手に石塔を建てておったはずですので好きに見てくだされ。愚僧が案内しても良いですが、この通りめしいいておりまして確認もできませぬから」

「じゃあ失礼します」

 新六は頭を下げて本堂を出て義周の墓所へと向かった。

そこは日頃から手入れされた墓地、といった雰囲気ではなく限りなく野ざらしに近い環境であるようだ。苔むした石が転がり、落ち葉が積もっている。 

「これは……」

 眼前にあったのは小さな供養塔であった。正確にはそれが壊された残骸だろう。地面には掘り起こされた跡が残り、わずかに腐臭の残り香が感じられた。