峠を完全に抜ければ、街道の雰囲気もすっかり国が変わったように感じられる。かつて笹子峠は国境になっていただけはある。
神社仏閣の数が増え、茶屋も宿場町に多い。饅頭と桑茶がそこらで旅人の伴として売られていた。味噌を塗って焼かれた饅頭は香ばしくて腹に溜まって良い。
「なんか丸い石の道祖神があちこち置かれておるのう」
「巨石文明の遺跡かなにかですかね……」
変わった風習に首を傾げ、諏訪を目指した。
甲府盆地に入るとどこを向いても山だらけで、石の置かれた道祖神近くには『この道、富士行』などの注意書きが書かれていた。
「注意書きがあるということは間違えて富士山へ登る者もいるのかのう……」
「豪快な間違え方ですね……」
「逆に富士講の者が別の山に登るとか……いやさすがに富士山は見た目からして間違えんよな」
甲府盆地のあたりは山間に比べて人も多いので早足で進む新六が注目を浴びながらも北西へと抜けていく。
「さあ目的の諏訪まであと少し! ……百キロぐらいか」
「軽はずみに引き受けたけど本当に遠いところだったんだなあ……」
「ほれ、御庭番となれば他藩をちょいと内偵してこいとか任務申し付けられるのではないか? その予行と思えば」
「僕みたいな目立つのに内偵やらせるかなあ……ほら、なんか血相を変えたお侍さんが馬で寄ってきた」
怪しい僧侶が街道を走っているという通報でも受けたのか、甲府藩の武士が寄ってきて手形を出して身元を証明する羽目になるのであった。
どう考えてもスパイには不向きな男である。
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