新宿ではささやかに身内たちが集まり、温泉奉行を見送る会が開かれた。

 甚八丸などは、

「諏訪っつったら俺様の庭みてえなもんなんだが……往復五日の予定はしんどすぎるからついていかねえぞ」

 と、白いフンドシを振って見送った。根津という姓は諏訪に多く、甚八丸も親戚が住んでいて多少の交流もあった。

 しかしながらただでさえ忙しいのに強行軍の弾丸旅行はつらすぎる。案内といっても甲州道中を進めば諏訪まで辿り着くから問題はないだろう。

「それにしても……」

 と、誰となく進んでいく九子と新六の姿を見て呟いた。

「あれ……新六さん大変じゃないのかな」

「九子姐さんは軽い方だと思うけど……」

「少し羨ましいけどあれで一里も歩きたくないよな……」

 忍び連中がそう言っているのは二人の旅の仕方であった。

 新六はいつもの格好で旅用の僧杖を持ち、背中に大きな葛籠つづらかごを背負っているのだが、その葛籠に丁度座りやすいように座布団を敷いて九子が座っていた。

 つまり新六の上に乗って担がれたまま旅に出たのである。

「おお、なかなか眺めが良いのう。重子しげこが乗るはずだ」

「落っこちないでくださいよ」

 早足で歩く新六の頭上で景色を眺める九子である。いつもよりも急いでいるため、上下に揺られる幅は大きくなっているのだが九子は生来より三半規管やバランス感覚が強く、車酔いや船酔いをしたことがなく問題ではない。

 それにしても巨漢の新六が急ぎ歩きをするのはかなり早く、他の旅人はぎょっとして真っ黒い僧衣と編笠で顔を隠した大男の歩みを目にし、追い抜かれていった。

 ただそのペースでこれより五十里も早歩きを続けるのはなんとも大変に思えた。

「わかっておる。よし、では支援をしてやろう」

 九子は乗ったまま術符を取り出して次々に発動させる。

「『起風符』で背中を押してっと」

「おおお、ちょっと楽な感じになりました」

 強めの追い風を局所的に発生させると、新六の広い背中は風圧を受けて前へと進ませて速度もあがる。

「ちっと暑いのう『氷結符』で周囲を涼しくしておこう」

「風と相まって寒いぐらいに⁉」

「歩いておけば温まる」

 九子は自分には風が当たらないようにして、ひんやりと過ごしやすい気温に夏の日差しを浴びて快適な温度を保っていた。

「あとは『快癒符』で疲労も随時癒されるから根性がある限り歩き続けられるぞ。喉が乾いたら水を出してやる」

「助かります~……よし、頑張るぞ」

 気合を入れて新六は小走り気味にずんずんと前に進む。その速度は時速十五キロメートルほどで、競歩選手並に出ているだろう。

 おまけに疲れないので一日で百キロメートル程度進むのも現実的な速度になった。

『快癒符』は常人に使っても無限に体力を回復させるものではないが(徐々に精神、心肺機能、水分不足などの疲労が蓄積していくため)、新六のような基礎体力が怪物めいて高い者や九子みたいに本人にも自己回復の術が掛けられている者ならばほぼ休みなく動くことができる。

 その背中で九子は、のんびり旅をする気分で景色を楽しむのであった。若い頃は人力車で観光案内の仕事もやったなあと懐かしみながら。



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