新六から吉良上野介を名乗る幽霊と出会い、頼みを受けた話を吉宗は腕を組んで考え込んだ。

 話の真偽は疑っても仕方がない。新六がこんな脈絡もない嘘をつく筈がないからだ。

「上様はご存知ですか? 吉良さんって」

「知らいでか。非常に有名だ。江戸で知らぬ武士はお前ぐらいだぞ」

「そ、そうなんですか……」

「念のために訊くが、祟りを起こそうという類ではないのだな」

「大丈夫だと思いますけど……」

 あくまで風説であるが、赤穂事件の翌年に起こった元禄地震は吉良の怨霊が引き起こしたもの、などと噂も流れたことがあってその確認をしたのだ。

 この地震によって火災も発生し、旧吉良邸周辺は多大な被害を被ったためだ。民衆の不安を煽らぬよう、幕府は根拠のない風説の流布を御触書で禁止させたほどだった。

 新六に話しかけてきた義央の霊が危険であれば、江戸に再び地震や火事が起こるのではないか。そう考えざるを得なかった。

「赤穂事件か……将軍職についた今となっては、考えさせる出来事であったな」

「結局、どっちが悪い事件なんでしょう?」

「ふっ。そうだな、余の考えでは──幕府の対応が悪かったといったところか。余は綱吉公を尊敬しておるが、どうもこの事件に関してはな」

「幕府が?」

 新六の疑問に対して面白そうに吉宗は頷いた。

彼のようなまさに時の征夷大将軍に、過去の事件に関してどう思うかなど聞いてくる者は居ない。自分なりの考えを持っていても誰かに披露することもないので、この物知らずの部下に語るのは新鮮な気分である。

「この一連の事件で問題なのは、幕府の対応が協議をしながら二転三転としているのがいかん。諸般の罪に対する罰の規範ができておらぬのだ。殿中で喧嘩をしたのならば両成敗をするべきであった。浅野内匠頭を捕らえたのならば事情を聞き出し、意趣とやらを明確にすればよかったものを即座に切腹させたのもいかん」

「一方的に斬りつけられたらしいですけれど喧嘩なんですか?」

「例えば事前に相手が我慢できぬほど侮辱していたのならば、それは言葉の刃で斬りかかったのと同じことよ。武士ならば名誉を傷つけられたとあらば命がけで反撃をすることもあろう。どちらが先に手を出した、或いは手を出させるほどに侮辱したという議論はしばしば水掛け論になる。それ故に、そういった事態ではいかなる理由であろうとも、喧嘩両成敗で双方とも同等の罰を与えねばならん。結局、幕府の対応によって不平等に罰したが故に、遺臣らの仇討ちが起こったのだが」

「なるほど……武士の人を怒らせないようにしよ……」

「舐められたら殺す。それが武士の心がけだ。気をつけよ」

 やたら物騒な心がけを教える吉宗であった。

「もう一つの問題は赤穂浪士による仇討ちを許すのか、許さぬかが曖昧であった。許すのであれば仇討ちをした者を切腹などさせず許してやればよかった。許さぬのであれば市中に武装した武士四十余名が現れていたのだから討ち入り前に取り締まるべきであった。事件が起こったあとに、幕府内であれは許せだの許さぬだの議論をするよりも対応を決めておかねばならない」

 有力者の意見、世評、情などによって罰が変わってしまうような状態であったのだ。これでは文治政治とは言い難い。

 吉宗個人としては、藩を取り潰されるのも覚悟で大名が旗本へ襲いかかるというので余程の理由があったのだろうと浅野内匠頭に同情的ではあるが、そういった感情に左右されない明確な法が必要だ。

 なんなら松の廊下での刃傷事件直後には義央に対して幕府は同情的であったのに、吉良邸襲撃後にはやけに厳しく吉良家を改易にしている。これも決まった法ではなく当時の空気とでも言うべき、いわばその場のノリでそうなった。

「御成敗式目や武家諸法度があるものの……余が将軍になったのだから、基本となる法典を創らねばと思う事件であったな」

 この後、吉宗は三奉行と老中に命じて『公事方御定書くじがたおさだめがき』という百箇条に及ぶ規定、判例などを条文化したものを作成することになり、以後の幕府における裁定での規範とされた。恐らく、そういった事件を通して前々から必要性を考えていたのだろう。

「ええと……その、それで吉良さんのお孫さんの供養のことなんですけれど……」

 将軍の話が逸れたのを訂正できる者も少ないだろうが、新六はおずおずとそう訊いた。

 どうも印象として吉宗はあまり義央に良い感情を持っていないようだ。実際、義央が賄賂を受け取り欲深い性格であったのは記録に残っていること。また、襲撃に対して備えを怠り討ち取られたのも武士としては情けないことだと認識している。

 現代的な感覚では夜襲を仕掛ける方が悪そうに思えるが、事前に赤穂浪士が動いていることは町人の間ですら噂に上がっていたのだから襲撃を返り討ちにする準備をしておくことも当然だ。幾ら高家が文官でも武士は武士。そういった心構えは必要であった。

 義央が嫌いならば、供養の話も駄目かもしれないと新六は思った。

「ふうむ……諏訪の地ならば……甲州道中を急ぎ足で五日といったところか。シンでは馬に乗れぬであろうからな」

「はい?」

「お主の風体で止められぬよう、関所を通る手形を用意させよう。新宿の仕事もあるのだから、手早く済ませて帰って来い」

「は、はい! ……いいんですか?」

「供養してくれと頼まれれば敵だろうが供養するのが武士の情けというものだ。まあ、敵ではないがな。ハッハッハ」

 吉宗は豪快に笑って、新六の諏訪行きを認めた。その心のうちには、僅かな可能性であっても義央が怨霊になるのを防いでおきたい気持ちもあった。地震でも起これば治世者の徳が問われる時代なのだ。

 それに、事件に対して思うことはあっても吉宗は義央本人に遺恨があるわけではない。

 既に死んだ者が供養されずに嘆いているというのならば、人の情としても解決してやるべきであり、その役目は実際に霊を目にした新六が相応しいだろう。

「ありがとうございます! 仕事を一段落させてから出発することにします」

「うむ。諏訪は確か……酒造りが有名であった。土産に頼むぞ」

 そういうことになり、新六は旅の準備を始めるのであった。


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