助屋九子。

 昨晩自分が助けて、そして今日は自分にこんな綺麗な世界を与えてくれた女性だ。

 彼女はにこりと微笑んで雨次の前で手を振った。

「お? 見え方は大丈夫か? 度数とか合っておるのかのう……まあ、なんにせよ良く似合っておるぞ、雨次や。どことなく目元が優しく見えるしのう」

 そう言って笑う彼女の姿を見て、雨次は恐らく生まれて初めて素直な気持ちで、

(綺麗だな……)

 と、思った。

 視界が良好になったことと重なり、九子に強く恩義を感じた意識もあった。

 だいたいこれまで、女性という存在もぼんやりとしか見えていなかったのだ。母親の顔すら曖昧である。ふざけてお遊や、先程お八が眼前まで近づくことはあったが、そうすると顔のアップしか見えないので美醜などわからないし、基準も持っていなかった。

 それ故に、雨次にとって九子は初めて見た美しい女となった。記憶に焼き付くほどの。

「おーい、雨次。大丈夫かえ?」

「は、はい。ええと眼鏡って凄いですね……なんでも見える気がします」

「そうかえ。それはよかった」

「あの奥の方に転がってるの生首じゃないですか?」

「そんな訳はございませぬゥゥゥゥッ!」

 雨次が指差して九子が確認しようとすると残像が出そうなほど俊敏な速度で黒右衛門が駆け出して、奥にある従業員用の部屋から転げ出たなにか一抱えの物体を風呂敷で包んで放り投げた。

 暫く、黒右衛門が声を押し殺しながら従業員たちに矢継ぎ早の指示を出して……やがて張り付いた笑みともはや塩すら浮かんだ汗びっしょりの顔で果物を持ってきた。

「いやあ、これは鳳梨ほうりという名の、琉球で栽培された果物でして! ほら、ちょっと生首に似ているでしょう! これが転がっていたんですなあ! たまげたなあ!」

「苦しい気が……って、それパイナップルか」

 九子が目を見開いて黒右衛門の持ってきた果物を見る。南国の果実、パイナップルは中国や台湾、琉球王国で作られるもので江戸では貴重である。薩摩藩の琉球貿易で手に入れたのだろう。

「ええのう。鳳梨と呼ぶのかこの時代では。食いたいのう。いくらだ?」

「差し上げます。ええ差し上げます。差し上げます」

「そんな一句詠んだみたいな勢いで押し付けんでもいいって。ちゃんと金は払うから」

「いくら……いくら払えばよろしいんでしょうか……!」

「なんでそんなに押し付けたがる⁉」

 悲痛な顔で果物と小判を寄越そうとしてくる黒右衛門をどうにか宥めるのであった。


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